アホヲタ元法学部生の日常

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日本オタク法制史〜日本近代BLの父ボアソナード

法学事始―ボアソナードと門弟物語

法学事始―ボアソナードと門弟物語

1.日本民法の父ボアソナード
 ボアソナード博士(Gustave Émile Boissonade)。明治政府の近代法導入推進のため、フランスから招聘された法学者である。日本民法の父とも言われ、また、法政大学初代教頭としても有名である。
 しかし、ボアソナードが、日本の腐女子文化の発展に多大なる貢献をしたことは、意外な程知られていない。
 以下、日本近代におけるBL規制史を概観し、ボアソナード博士の貢献を論じよう。


2.鶏姦条例の制定と適用
 周知のとおり、江戸時代まで、日本においては、男性同士の性的関係については、比較的許容されていた。稚児文化、「醒睡笑」、「三王外記」等については、ここで改めて論じるまでもないだろう。
  しかし、近代日本を創設する際、この慣習を「悪弊」として葬り去ろうとする動きが見られた。

白川県伺
管下に於て官校私塾設立生徒入学頻に得競の処古来よりの悪習にて男色の憂あり
是が為めに幼年の徒大に修行の妨げと相成に付
屹と所件を加えたきの件
府県伺留4・128号より(カタカナを平仮名にした)

要するに、白川県で学校の生徒間で男同士の関係がはやり、学習の妨げになるので厳しく対応したいとの申し出が司法省(今の法務省)になされたのである。
 ここで、男色が古来よりの悪習とされている。そう、新生日本では撲滅しようという強い意思が伺われる。


 これが、近代日本の刑罰法規を起草しようとしていた明治政府の採用するところとなる。明治5年10月15日には、「鶏姦条例」として司法省が規制を求め、太政官(明治政府の最高行政機関)の認めることとなり、明治6年7月10日に施行された新しい刑罰法規、「改定律令」の中に取り込まれた*1

266条 凡(およそ)鶏姦する者は各懲役90日、華士族は破廉恥甚をもって論ず
其の姦せらるる幼童15歳以下の者は坐せず
若し強姦する者は懲役10年
未だ成らざる者は(罪)一等を減ず

 要するに、和姦と強姦の二種類を規定し、前者よりも後者を重く罰した上で、15歳以下の相手方は免責するといった規定を置いたのである。


 団藤重光『刑法要綱各論』によれば、主に幼い者に対する事案で実際に処罰された。
 同書の引用する大判明治9年12月21日大審院刑事判決録巻2508頁は、4歳の男児に対する鶏姦について、強姦罪に関する規定が準用されるかが問題となった。説明の便宜のため、現行刑法を挙げよう。

第百七十七条  暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

要するに、13歳未満だと相手と合意しても強姦罪で処罰される。これと同じ規定が当時の改定律令260条にあるところ、検察側は、「本件は4歳の被害者が問題となっているので、改定律令260条を類推適用し、懲役90日ではなく、懲役10年にすべき」と主張し、高知裁判所がこれを認めて懲役10年に処した。これに対し大審院に上告がなされたのである。

(鶏姦と強姦では)惟(ただ)男女の異あるのみにして其の状正に之に類す
(中略)
高知裁判所の裁判を破棄すべき理由なしとす
依って上告状却下する者成
大判明治9年12月21日大審院刑事判決録巻2508頁

 刑罰法規は何をやってよくて何がダメなのかが明確でなければならない。そこで、他の規定を類推して処罰してはいけない。それにも関わらず、この類推適用を認めて、強鶏姦とみなして10年の懲役としてしまったのである*2 。それでも類推適用して重罰を科したところに、大審院の裁判官が、近代化のため、男色行為を撲滅すべしとの強い意思を持っていたことが推測される。


3.旧刑法の起草
 明治13年に制定されたいわゆる旧刑法は、不平等条約改定のため、西欧の法律を導入する中で、ボアソナードに草案を作らせた、いわば初めての本格的西洋風刑法*3である。明治9〜10年、ボアソナードは司法省から、旧刑法起草を依頼された。ボアソナード博士はまだ50前後。日本法制度近代化のために、意欲を燃やしていた。


 ボアソナードの作った旧刑法草案は、鶴田皓をはじめとする司法省側で検討された。検討後、ボアソナードと鶴田の間の激しい質疑討論が行われた。
 ボアソナード草案の特徴の一つは鶏姦処罰規定を削除したことである。これに対し、司法省からは、鶏姦規定削除はこれを「公認」されたのではないかという危惧が示された。ボアソナードはいう。

仏国にては鶏姦と雖(いえど)も双方承諾上なれば之を罰せざる者と為せり
然(しか)し鶏姦は大抵丁年以上の者同志にて之を犯すことなし
故に若(も)し幼者に対して之を犯したる時は即猥褻の所行と成して罰すべきに付、是亦(これまた)刑法に置くに及ばず
(中略)
鶏姦獣姦を犯したる者は人民間に於(お)いて十分卑しみ悪まるる者に付丈夫けにても殆ど刑法にて罰せらると同じことなり
日本刑法草案会議筆記3分冊2044頁*4

要するに、無理やりの場合とか、何も知らない幼い子相手といった実害がある場合には、強制わいせつ罪で処断すればいい。しかし、大人の同意の上でされた場合、社会道徳的な問題はあるのだろうが、更に法律で刑罰をもって規制すべきでないというのである。


 ボアソナード博士は、「鶏姦獣姦を犯したる者は人民間に於(お)いて十分卑しみ悪まるる」と述べる等、ボアソナード自身がBL趣味を持っているという訳ではなさそうである*5
 むしろ、ボアソナードの主眼は刑罰法規は過度に私生活に介入してはならないというものであった。同様の問題意識でボアソナード削除させたものに近親相姦処罰規定がある。

仏国刑法に之(注:近親相姦処罰規定)を置かざるも畢竟(法律は)家内に出入り私事を言于かざるとの主意に因(よ)りて然(しか)る訳なり
日本刑法草案会議筆記3分冊2031頁

要するに、ボアソナードは、好きあう二人の間の「私事」に関しては、道徳的な問題や社会的非難はあるかもしれないが、それ以上に、刑罰法規を設けて国家権力が入ってはいけないとしたのだ。このボアソナードの気迫に、最後は鶴田も折れた。


 このようなボアソナードの並々ならぬ努力の結果、現在まで、男性同士の性的接触については、大人が同意して行っている限り、刑法的処罰がなされていないのである。
  

まとめ
 日本民法の父とも呼ばれるボワソナードは、日本近代BLの父でもあった。今日の腐女子文化はボワソナードの存在なくして語れない。
 しかし、ボアソナードの真の業績は刑罰法規は私事には過度に立ち入らないという考えで一度は鳴り物入りで導入された規定を排除したところだろう。権力者が規制を強化するのは積極的だが、規制緩和は並々ならぬ努力が必要である。
それでもなお、鶏姦処罰規定を廃止したのは、ボアソナード博士がこのようなプライベートな事項への国家介入を強く警戒していたことの現れである。
児童ポルノ単純所持処罰立法の是非*6等を考える上でも、このような刑法立法過程は省察されるべきであろう。

*1:手塚豊「明治六年太政官布告第65号の効力-最高裁判決に対する一異見-」法学研究37巻1号25頁以下、霞信彦「鶏姦規定をめぐる若干の交際」法学研究58巻1号1頁以下参照

*2:これは現在では刑法176条後段の強制わいせつ罪になるが、現行刑法は明文規定があるのであり、明文がないのに類推することを許容している訳ではない。

*3:改定律令は、いわば初めての西洋風を「目指した」刑法といっていいだろう。

*4:http://www.wul.waseda.ac.jp/collect/wa/wa13-6464.html

*5:はい、そこ、ボアソナード×鶴田は禁止! 鶴田×ボアソナードも禁止!

*6:製造や流通ならば私事ではないと言われる余地はあると思いますがね。