アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

新時代の司法試験は、ライトノベルで対策完了? ー大島義則「憲法ガール」

憲法ガール

憲法ガール

1.憲法ガールとは
 「憲法ガール」は、新司法試験憲法ライトノベル風の小説で解説してくれる、素敵な試みである。
 著者は弁護士の大島義則先生
『憲法ガール』書籍化しました! - インテグリティな日々
ツイッター@babel0101



ソーシャルメディア時代の個人情報保護Q&A

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 等を著されている。


 司法試験の問題を題材に、魅力的なキャラクターと一緒に、出題者の問題意識と判例・学説の到達点を探る旅に出ることができるということで、Web上での公開後、瞬く間に話題になった。



 それが、ついに、ついに、書籍化された!!


 ツイッター上で大きな話題になり、
大島義則『憲法ガール』出版に対する法クラの反応 - Togetter
 アマゾンでは、「人気商品第一位」を獲得。


その流れで、ついに発売日前に重版決定


様々な伝説を作り上げている。


 このような憲法ガール」についてレビューさせて頂きたい。


2.三段階審査の人にぴったり
 三段階審査を使って司法試験の論文を書こうとされている方は、「信頼できる過去問解答・解説」に飢えてるのではないだろうか。過去問を三段階審査で解説したものは少なく、むしろ、平成22年の問題等を安易に三段階審査で解いて痛い目にあった先輩等から、 「生兵法は怪我の元」と教えられているかもしれない。


憲法ガールは、まさにこの「信頼できる過去問解答・解説」である

本書では、最近流行の「三段階審査を行い、(保護範囲→制約→正当化と思考を進めて)実質的正当化のところで違憲審査基準を用いる」というスタンスを打ち出している。このスタンスには懐疑論*1もあるが、受験生にとっては、

(1)アメリカ流の審査基準論がやや曖昧にしていた*2保護範囲論、制約論を個別に考えることで、問題に即した思考をしやすくする
(2)判例の規範を特に正当化論証で使いやすく、判例に即した「実務家」らしい議論が展開できる
(3)流行の小山『憲法上の権利の作法』宍戸『憲法解釈論の応用と展開』木村『憲法の急所』との親和性が高い

等とメリットが多いように思われる。

つまり、作法・応用と展開・急所で「一般論は分かった。じゃあ、過去問はどう解くんだ」という人にぴったりなのである。



3.違憲審査基準論の人にとってもオススメ
本書は、昔ながらの違憲審査基準を使って司法試験の論文を書こうとされている方にもお勧めできる本である。 「制度準拠審査」等、あまり従来の教科書に出てこなかった、いわゆる「三段階審査チック」な単語については、レミ先生のワンポイントアドバス等で解説がされている。

 前述のとおり、本書のアプローチは、三段階審査を使って論点を抽出(前景化)し、審査基準で書くというものである。 「三段階審査論を知っているかのように思考し、三段階審査論を知らないかのように論述する」 *3というのが本書のキーポイントであって、本書の方法論を用いた場合に実際に出来上がるのは、判例や学説の審査基準を使った答案である。


 昔ながらの違憲審査基準を使って司法試験の論文を書こうとされている受験生にとっても、従来型の予備校の指導*4にあきたない場合や、処分違憲等旧来型の審査基準論で書きにくい箇所の書き方を模索している場合には、憲法ガールで、判例理論を踏まえた審査基準論の論じ方を学ぶことは、合格への近道である。


4.Web版「憲法ガール」を読めば十分? とんでもない!
 確かに、大島先生が書かれた「原型」である、「憲法ガール」はネット上に5月19日まで公開されてきており、私のように、公開中に全てダウンロードしておいた人は少なくないだろう。しかし、本書は何倍、いや、何十倍にもレベルアップしており、「原作」とそれを基にした「アニメ」の関係くらいの違いがあるといっても過言ではなかろう。


(1)推薦文
 本書の推薦者は、あの有名な宍戸常寿先生と、伊藤真先生である。
 宍戸先生は、「憲法解釈論の応用と展開」

憲法 解釈論の応用と展開 (法セミ LAW CLASS シリーズ )

憲法 解釈論の応用と展開 (法セミ LAW CLASS シリーズ )

を著された東京大学准教授でいらっしゃり、「憲法解釈論の応用と展開」は、新時代の司法試験憲法の方向性を決定づける一冊である。
2010年代司法試験の「憲法」の方向性を決定付ける一冊!〜「憲法解釈論の応用と展開」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
 その宍戸先生が、まさに「宍戸先生らしい」推薦文を書かれている訳である。
 更に、あの有名な、伊藤塾の塾長をされており、司法試験憲法の指導の第一人者である伊藤真先生も推薦されているのだ。


 この2人の推薦文だけでも、大きな価値があるといえよう。



(2)書き下ろし解答例がついている!
 これまでの司法試験過去問の「解答例」は、概ね、予備校が書くか、一部の学者が書いたものくらいしかなかった*5。しかし、予備校の答案には不満がある受験生も多いのではないか。また、学者の先生方も受験指導への懸念から、解答を示すことについて少し抵抗を示している様に思われる。いわゆる学者の解答例が掲載されているものとしては、ロースクール憲法総合演習*6日本評論社の「新司法試験の問題と解説」がある。ただ、前者には「自説の結論は*7違憲と決め打ちせよ*8!」等疑問な指導も少なくない。また、後者は、「出題趣旨」も「採点実感」も発表されていない時期に出版されており、出題趣旨や採点実感が公表された後になって振り返ると、司法試験委員の想定と異なった解答例も少なくない*9。 そんな中、日頃から憲法を活用されている実務家の大島先生が書かれた解答例は、「出題趣旨」と「採点実感」に準拠し、実務の観点が詰まっているものであり、非常に参考になる


(3)第0話がついている!
第0話は、旧試験の問題を題材にした書き下ろしであるが、なんと、今年の本試験と近い問題(論点的中)であり、あと数ヶ月発売が早ければ、これだけでも伝説になっていた可能性のある一作である。


 第0話では、具体的な「ダメ答案」と「いい答案」の実例が比較されている。このダメ答案が、「普通のロースクール生が書きそう」ないい例になっていて、それを徹底的に叩くところから始まっている。これけでも2500円の価値はあるのではないだろうか*10


(4)参考文献が脚注で詳しくついている!
 Web版と書籍版で学問的価値が大きく違うのは、脚注の有無といえよう。小説を楽しむだけなら、脚注なんか不要である。しかし、これを元に憲法学を学ぶなら、登場人物の各発言の意図と背景を脚注によって理解するということが重要であろう。更に深く知りたい場合には、脚注から憲法学の世界に羽ばたくことができる*11


 一般的基本書、いわゆる学者の過去問解説から、最新の論文まで。憲法だけではなく、行政法・情報法の論文が参照されており、SPEECH AND SILENCE IN AMERICCN LAWまで引用されているところには感服した*12


(5)なんと、かなり話を変えている!
もちろん、大筋の恋愛ストーリーは同じだが、「解説」に該当する部分の説明はかなり変えている。間違いなく内容は「深化」しており、ウェブ版よりもずっと情報価値が高い。
例えば、Web版憲法ガールの第4話(平成22年その2)では

そう。選挙権の権利重大性から選挙権制限の原則禁止・例外の許容要件を導くわけ。法的思考の基本である<原則・例外図式>がここで用いられているのが分かるかしら。選挙権の権利重大性から<原則・例外図式>を導くのが重要だから、選挙権の問題に安易に三段階審査論を適用することは 生存権と同様できないのよね。選挙権制限禁止の<原則>を打ち立てる、その論証こそが肝になるのよ。また選挙権の法的性格に関する一元説・二元説から 立法裁量の広狭を論じたり、選挙権は精神的自由であり自己実現・自己統治に資するというような一般論を説くのは不適切であることは、この判例からも分かるわね。


とされていたのが、本書では


そう。選挙権という重要な権利の行使の機会に対して重大な制限がなされていることから、選挙権制限の原則禁止・例外の許容要件を導くわけ。ここでも<原則/例外>図式が用いられているのが分かるかしら。在外邦人選挙権制限違憲訴訟は在外邦人の選挙権行使の機会を制度的に排除していた事件だったわけだから、ホームレスの選挙権行使を『住所』要件によって事実上困難にしているに過ぎない本件まで判例の射程が及ぶかは考えておかなくちゃいけないけど、精神的原因による投票困難者選挙権制限事件が在外邦人選挙権制限違憲訴訟の射程を選挙権行使の機会の事実上の制限が問題となった事案にまで拡張しているのを思い出せると、なお良いわね*13

となっており、これだけでも本書の議論がWeb版より深化していることが分かるだろう。


(6)イラストが入っている!
 Web版愛好者の方にはトウコちゃんがいったいどういう顔をしているのか、興味津々の方も多いだろう。いわゆる「萌え系」ではなく、落ち着いた絵柄のイラストになっているが、このイラストのテイストは、学術的価値の高い本書に相応しいと言えるのではないだろうか。
 裏表紙の絵もなかなかいい味を出している。


 更に、混浴温泉をテーマにした第8話(平成20年その2)にも挿絵が入っている*14ところは、一部のファンには垂涎ものだろう。


(7)レミ先生のワンポイントアドバイスがついている
 これまで違憲審査基準で司法試験の論文を書こうとして勉強をして来た人にとって、Web版の憲法ガールは、突然三段階審査の世界に飛び込んだ感じで、馴染むのに時間がかかった方もいらっしゃるかもしれない。
 本書の「レミ先生のワンポイントアドバイスの意義は、三段階審査を知らない受験生が、本書の記述を理解できるよう「架橋」することである。まだ三段階審査がよくわかっていない読者は、第0話とレミ先生のワンポイントアドバイスを読む事で、本書における「僕」と女性陣の世界に旅立つ準備ができるだろう。



(8)参考判例がまとめられている
 更に、書籍版の良い所は、巻末に、「判例一覧」という形で参考判例がまとまっているところである。もちろん、これで百選等を代替することはできないが、本書で紹介している判例・裁判例については公刊物未登載の裁判例を含み、丁寧にその裁判例のポイントを拾っており、わざわざ百選等を参照しなくとも、本書の1冊だけで関連する判例がどういうことを言っていたのか把握できるのは素晴らしい。

まとめ
 「憲法ガール」の書籍化は、新司法試験受験業界に大きなインパクトを与えることは間違いない。
 三段階審査の人はもちろん、違憲審査基準で書いていた人も、本書を用いることで、平成26年の憲法をよりうまく書けるようになるだろう。
 既にWeb版憲法ガールをダウンロードされた方も、8つものメジャーな変化がある書籍版憲法ガールは「買い」であることは間違いない
 過去問対策の重要性は、既に商法ガールシリーズでも何度も力説していたところであるが、過去問から、実践的な憲法の学力を養成してくれる本書は、新時代の新司憲法対策書の決定版と言えるだろう。

*1:例えば山本龍彦「三段階審査・制度準拠審査の可能性」法時82巻10号103頁

*2:少なくとも、2つを一緒に考えていた

*3:51頁

*4:最近の予備校では新しい指導を始める志を持った予備校講師の先生も増えて来ているそうですが

*5:あとは再現答案

*6:

ロースクール憲法総合演習―「基礎」から「合格」までステップ・アップ

ロースクール憲法総合演習―「基礎」から「合格」までステップ・アップ

*7:表現の自由なら

*8:263頁

*9:逆に言うと、いくら専門家がいろいろな資料を参照しても、司法試験委員の出題意図を読んだ的確な解答を書くのは至難の業であり、ましてや受験生はそんなに高いものが求められていないという安心材料と理解すべきだろう

*10:なお、ここで出てくるレミ先生が、コスプレ好きの若い法学研究者という設定で、なかなかいい味を出している。

*11:なお、司法試験受験生がそれをすべきかというのは時間との関係で疑問がないではない。

*12:176頁

*13:58頁

*14:117頁