「法務解体」シナリオの批判的検討
「法務解体」シナリオの批判的検討
1 はじめに
法務*1は、現時点で忙しい部門であるし、将来はもっと忙しくなりそうである。様々な法改正、判例変更、新たな実務対応が生じ、その対応に追われており、仕事は増えこそすれ、減らすためにはかなり「大鉈」を振るわないといけないだろう。このような状況に鑑みれば、、今は大変だし、今後も人が増えないと大変だが、長期的な将来を見据えれば、法務は徐々に大規模化することが見込めるし、必要な要員を確保するため、転職市場等における法務のスキルのある人のニーズも高まるだろう。法務の将来についてこのような理解をしている人も少なくはないのではないか。
しかし、これとは真逆の方向の考え方も示されている。このような法務機能を組織内でどの部門が担うべきかという議論は昔から行われており、今に始まったものではないが、例えば、昨年のリーガルアドベントカレンダーの酒井先生のエントリ(しかも私の担当回の一つ前)では、「日本版リーガルテック史〜2030年に向けて」として、以下の議論を行っている。
法務部門が法務機能を担うという当たり前を疑い、「自社に法務機能をどう実装するか」という点を考え、実行していくことが求められてくると考えます。
(中略)
時代の変化に伴い、企業成長を支えるリスクマネジメントという法務機能全般を一部門が担うことは難しくなっており、その限界を迎える日は近いと考えます。
(中略)
法務部門が主導して、営業部や開発部門などを巻き込み、リスクマネジメントプロセスを策定し、継続的改善を加える業務基盤を整える必要があります。
(中略)
法務は『部門』から『機能』へ」2030年に向けて。
これらの記載から、酒井先生はこれまで法務が行ってきたリスク管理業務を引き続き法務という一部門で行うことは難しいことから、各部門にリスク管理機能を担ってもらい、法務部門は司令塔的な役割に留まるという将来像をイメージしていることが推察される。
酒井先生ご自身はそこまで踏み込んではいないが、この考えを推し進めれば、「結局リスク管理という機能が社内に存在することそのものが重要であって、法務部門が存在することは必要はない」として、全ての部門に法務担当者(リスク管理担当者)は存在するが、法務部門はなくなるといった将来像(例えば現在すでに、事業部門、例えば営業部の営業支援セクションに契約担当者がいるといった会社が存在するところ、そのような事業部にいる法務担当者だけになる将来像)や、極端な話であるが、「法務担当者」や「リスク管理担当者」すらいなくなり、全てのビジネスパーソンが法律・契約の素養やリスク管理意識を持って業務にあたるのだ、という考えもあり得る。
これは、ある意味では「法務部門解体」に繋がりかねないところであって、警戒感を覚える方も多いだろう。以下、(法務部解体に反対する場合の)「説得力のない議論」について(2)、なぜ各部門に法務機能を分散させることにメリットがあるとされているのか(3)、それでも法務部門を維持強化すべき理由(4)について雑感を述べたい*2。
2 「説得力のない議論」について
ここで、上記1で述べた法務解体論に対しては以下のような反論があるかもしれない。
「法務部門が解体されてしまうと、頑張って獲得してきた法務部長等のポストがなくなってしまう。もし、各部門のジュニアレベルの支援担当者が(リーガルテックの支援を受けながら)リスク管理等を担当するようになれば、法務「機能」は会社に残っても、給料の安い、低いランクのポジションしかなくなってしまう。場合によっては全ての従業員が(リーガルテックの支援を受けながら)リスク管理等を行うとなると、そもそも法務系ポジションすらなくなり、本務として法務とは全く異なる営業等を新たに担当しなければならなくなる。そうすると、法務の専門性を有する我々として社内の昇進が難しくなったり、場合によっては社内で生き残るためには、法務の専門性を打ち捨てて、ゼロから他の部門の仕事を学ぶ必要が生じるかもしれない。そのようなことにならないよう、法務部門の解体は絶対反対である。」
しかし、この議論は法務の中の「内輪」の議論としては支持されるかもしれないものの、その議論で会社の他の部門や経営を説得することは困難と言わざるを得ない。むしろ、もし、上記のような議論しかできないのであれば、経営からは、「全ての従業員がリーガルテックの支援を受けることで法務が技術的に要らなくなるようなリーガルテックが出現し、その導入コストが法務の現在の予算を下回るなら、経営判断として法務を解体する」と言われてしまうだろう。
問題は、本当にこのような説得力のない議論しかできないのかであって、下記3及び4では、より説得的議論に向けて検討を行いたい。
3 なぜ各部門に法務機能を分散させることにメリットがあるとされているのか
やはり、説得的な議論をするためには、いわば「法務解体論」の根拠に遡るべきだろう。
なぜ法務部門がリスク管理を司るのではなく、各部門がリスク管理を行う方向が志向されるのだろうか。
この点は、先ほどの酒井先生のエントリが以下を述べることが参考になる。
時代の変化に伴い、企業成長を支えるリスクマネジメントという法務機能全般を一部門が担うことは難しくなっており、その限界を迎える日は近いと考えます。また、すでに現場のビジネスの最先端の事象は多岐に渡り、さらに高速で変化していく状況の下では、法務部門が適切な時期・内容で統制を及ぼすことの難易度は一層上がっていると考えます。
このような議論を正しく理解しているかは分からないが、私なりに、以下の二つの問題、すなわち、①専門性の問題と、②スピードの問題が課題として挙げられ、その解決策が各部門への法務機能の実装なのだと理解した。
一つは、①専門性の問題として、リスク管理の内容が多岐に渡り、適切な内容のリスク管理をするには様々な部門の専門性、いわばビジネスの専門性が必須であるところ、これまでのような法務が各部門とコミュニケーションしながらそのビジネスの専門性を補いリスク管理することに限界があるのではないか、という問題意識があるのだろう。
もう一つは、②スピードの問題として、状況が刻一刻と変化する中で、その変化に迅速に対応することが必要であるところ、そのような対応をビジネスがわざわざ法務部門に情報をあげて、そこでやり取りをして行うというのは時間がかかる。適時の対応のためには、まさに最先端の変化が生じている現場においてその場で対応できる必要がある、という問題意識もあるのだろう。
確かに、法務が遅いとか、ビジネスを分かってないといった声は従来から上がっていたところであり、もちろん法務なりに努力はしているものの、例えば法務の人手不足によって時間が掛かる等、やむを得ない事情で改善ができていないところもあったかもしれない。この点は、法務の立場からすると「必要なリソース(例えば転職者に提示する給料)を経営が法務に提供しないから」という見方もあるところではあるが、各部門として、そのような経営の問題を捨象して物事を考え、法務に対して不満を持っている可能性自体は否定できない。その結果として、
「法務はビジネスのことが分かってないし遅い、我々はこれまで法務が難しいため、自分たちでリスク管理をすることは諦めていた。しかし、テクノロジーにより、我々がリスク管理をできるようになったら、もはや法務は要らない、それが本来のあるべき姿だ」
このような考えを持つ人がいてもおかしくはないだろう*3。
4 それでも法務部門を維持強化すべき理由
そうすると、法務として法務部門という部門を維持強化すべきことを説得的に説明したければ、このような考えを各部門が持っていてもおかしくないことを前提に、いかに「それでも法務が部門として残ることが必要」と説明するか、という点を考えなければならない。
この点は、私はこれまで、『Q&A 若手弁護士からの相談199問』等の中で、法務は単なるリスク管理を行っている訳ではないとして、「法務=リスク管理」という、世の一部において存在するように思われる、安易かつ表層的な考えに警鐘を鳴らしてきた。
即ち、法務が行っているのは「全社的」リスク管理なのであり、この「全社」という部分に重点がある。この点の詳細は前掲書49頁以下を参照されたいが、要するに以下のような議論である。
- リスク管理は法務のみが行なっているのではなく、全部門全従業員が行っている。
- 例えば営業は、相手から契約の条件を提示された際に、その内容のリスクとメリットを天秤にかけて検討している
- そうすると、法務があえて(法的リスクを中心とした)リスク管理を営業に加えて行うことについては、何か「違う観点」から行うものではないと単なるリソースの無駄遣いである。
- ここで、例えば営業としてそのノルマ達成等のメリットに鑑みリスクを取れると判断したとしても、それはあくまでも営業の利害(特定の売上にコミットしていてそれを達成しなければならない等)があり、その中でのリスク管理に過ぎない。
- しかし、リスクを管理して、最終的には経営が経営判断原則で守られる範囲の意思決定をするためには、個々の部門の「部分最適」ではいけない。会社全体を見据えた「全体最適」でなければならない。
- よって、ノルマ達成のため前のめりになって「この程度のリスクは取れる」等という営業に対して、会社全体の観点から、「ちょっと待った、この点とこの点とこの点は検討したのか?その観点から本当に取れるリスクなのか?」等という検討をする必要があり、それが全社的リスク管理である。
このように法務の役割が全社的リスク管理だと捉えることで、法務が独立した部門として存在することの意義を説明することができる。
例えば営業部門内にいる契約担当者や、営業担当者自身がこのような「全社」の観点での検討を行うことが容易でない。同じ部門内で、ある意味ではその部門の利害を超え、場合によってはその利害と相剋するような観点から、「全社的な観点で検討すべきリスクはないか、そのリスクは取れるか」を検討するためには、やはり、営業とは異なる部門において、すなわち、営業等の他の部門の「外」に、全社的リスク管理の専門部門たる法務部門を設置することが必要である。そのような法務部門が適切に全社的リスク管理をするためには、法務担当者の人事評価について他部門ではなく法務部門においてこそ行うべきである。また、法務の教育・研修については各部門に対するもの、及び、法務担当者に対するものの双方を法務部門が責任を持って行い、一見各部門の利害と異なるように見える法務部門独自の全社的リスク管理について法務担当者及び各部門の理解を増進すべきである。
そして、法務解体論の問題意識たる、(ビジネスの)専門性や迅速性については、より多くの予算等のリソースを法務に注ぎ込むことで、例えばスピードの遅さを人員を増やすこと等で解決すべきであり、それはまさに「法務部門の拡大」による解決となるだろう*4。
5 おわりに
以上、単に法務系アドベントカレンダーに参加する人に「このレベルが最低ラインだ」ということを知って安心いただくというだけの目的で雑文を書かせて頂いた。本エントリは非常にお見苦しいもので、大変申し訳ないが、これから約25日のアドベントカレンダーの珠玉の作品の数々を拝読できることが心より楽しみである!
なお、本エントリ作成にあたり、dtk先生に貴重なご意見を頂戴した。もし法務系アドベントカレンダーに投稿するのに必要な最低限のレベルを充足しているとすればそれはdtk先生のお陰である。ここに感謝の意を表する。
*1:一口に法務といっても業務内容は多岐に渡っており、例えば、後述のとおり、契約審査は基本的に事業部に契約担当者を置いてそこで行っているかもしれないし、機関法務は総務等と共管だったりする。その意味で、各社の様々なありようがあることを前提にあくまでも一般的抽象的な法務の将来像という観点での検討を行うに留まっていることにつきご容赦いただきたい。
*2:なお、酒井先生の議論はリーガルテック技術の発展により、テクノロジーの支援によって各部門が法務機能を実際可能になるという未来像を前提とされているようである。この辺りは私はサッパリわからないので、「きっと法律の素人である各部門の担当者も、テクノロジーの発展によって『この契約条項にはこんなリスクがあるからこう直してはどうか』という形で適時適切に必要なリスク管理のための情報を入手できるようになるのだろうな」という程度の理解に基づいているところ、技術的に何ができるかについて解像度を高める方向でこの問題を検討するアプローチも本エントリとは全く別方向のものとして存在し得るだろうと考えていることを付言しておこう。リーガルテックには何らかの限界がある可能性があり、そのような限界を法務部門ではなく、各事業部門の法務担当者や従業員一人一人がリーガルテックを利用する中で補えるのか、という問題意識は別途存在すると思われる。
*3:なお、最近の傾向として、法律以外の倫理等の要請に基づくリスク管理等があり、これは法律の専門性をもとに、法律を中心とするリスク管理を行ってきた法務にとって手に余るのではないかという問題意識も存在する。このような問題意識については本エントリの範疇を超えており、別の機会に更に検討したい。
*4:なお、かなり頑張れば、例えば「(小さな)法務部門が司令塔となり、各部門の契約担当者と連携しながら全社的リスク管理を行い、各部門の契約担当者の人事評価は法務部門が行うのであり、各部門の上司が行うのではない」等と設計することで、法務部門を縮小しながら全社的リスク管理を行うことはあり得るだろう。しかし、それは、形式的に法務部門に所属していないというだけで、その「各部門の契約担当者」を法務部門に所属させた場合と実質はあまり変わらない以上、そのような技巧的な対応をしてまでも法務部門の現状を大きく変化させる上では意味はないと考える。
