- 作者: 芦原一郎,名取勝也,松下正
- 出版社/メーカー: 中央経済社
- 発売日: 2016/06/25
- メディア: 単行本
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1.はじめに
外資系法務は憂鬱である。
国内系企業と共通する部分もあるが、それにプラスして、様々な追加的な事項・要素が存在する。
外資系法務については、
外資系企業における電話会議サバイバル術〜法務部を念頭に - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
で、電話会議のサバイバル術に限定して、私の経験を少しだけ公開したところ、思わぬ好評を頂いた。
また、最近は法務系LTに130人もの参加者が申込み、参加枠に入れなかった人が補欠待ちをする大人気ぶりと聞く。
法務系ライトニングトーク(第4回)@阿佐ヶ谷ロフトA : ATND
これは、法務において、社内では相談しにくいテーマについて、外部の人と情報交換したいというニーズがあることの現れであろう。
このような点を踏まえ、以下、外資系法務一般について、国内系企業の法務との相違点と乗り切り方のコツという観点から、簡単に経験をお話ししたい。
前回とほぼ同様の想定事例を挙げよう。
あなた(山田太郎)は、日本企業の法務部(@東京)で3年間働いた法務パーソンである。
少し前に転職し、同業の外資系企業の法務部(@東京)で働き始めた。
あなたが働いているのはハゲタカジャパン株式会社(「ハゲタカ・ジャパン」)であり、ハゲタカ・ジャパン法務部は、一定以上の重要事項について、米国の親会社であるHagetaka Ltd. (「ハゲタカ・グローバル」)の法務部の決裁を得なければならない。
法務部の伊藤部長は、帰国子女でJackというアメリカンネームを持っている。法務部には元々大手事務所所属で、米国留学を終えて戻ってきた後、ハゲタカ・ジャパンに転職したインハウスの佐藤洋子先輩がいる。佐藤先輩は元々は契約法務を中心に全てを担当していたが、最近、訴訟が起こって、佐藤先輩一人では到底対応できないため、訴訟担当としてあなたが三人目の法務部員として入ってきた。
以上は、 #外資系法務の憂鬱 タグで@ahowotaアカウントからつぶやいたツイッターの投稿をベースに、dtk1970様をはじめとするフォロワーさんからの助言を踏まえてまとめなおしたものになります。色々とご助言ありがとうございます。(ただし内容の誤りについてはすべて私、ronnorの責任です。)
2.レポートラインとジョブディスクリプションの重要性
まず、入社にあたって気をつけるべきは、レポートラインとジョブディスクリプションである。
レポートラインというのは、「誰に報告・連絡・相談しながら仕事を進めて行くのか」ということだが、外資系の場合そのレポートラインに対して責任を持って仕事をするという要素が非常に強い。この場合、あなたは伊藤部長に対してレポートをしなければならない、つまり伊藤部長があなたの「上司」ということになるだろう。この程度であれば、そんなに難しくないが、例えば伊藤部長は、ハゲタカ・ジャパン社長にレポートするだけではなくハゲタカ・グローバルのジェネラル・カウンセル(GC)にもレポートしなければならないかもしれない。
ジョブディスクリプションというのは、あなたが責任を持つべき業務は何か、ということである。契約書上に通常これが明記されているが、あなたをハゲタカ・ジャパンで受け入れた経緯に鑑みると、基本的には、トランザクションは佐藤先輩、訴訟等の紛争対応は、あなたということだろう。外資系でも日本のオフィスだと、これが多少緩く、佐藤先輩はあなたを優しく助けてくれるかもしれないが、特に外国では厳格に「自分はジョブディスクリプションにある仕事しかしません」という人が多い印象である*1。
3.上司の立場を考える
このような外資系法務では、常に上司に気に入られるよう、仕事を進めていかなければならない。ここで、上司に気に入られるというのは、別に上司と同じ趣味を持つとかそういうことではない。
要するに、上司の立場を考えて仕事をするということである。
伊藤部長は、ハゲタカ・グローバルのGCという、日本法や日本の訴訟について何も分かっていない人にレポートしなければならない。レポートをする際には、「自分は何も分かっていない」というのではダメであって、「自分はハゲタカ・ジャパンの法務においてそつなく重要な問題とそのポイントをつかんでおり、その処理も適正である」ということを常に証明し続けなければならない*2。そのためには、各案件の処理状況に関する十分な情報を知っておく必要があり、また、当該処理が適正であることについて実体及び手続の双方につき説明できなければならない。
この観点からは、伊藤部長への報告の頻度や内容は、どうすれば、伊藤部長がハゲタカ・グローバルのGCへの報告等をしやすくなるのかという観点から配慮することが望ましい。各案件の重要性や、案件の数にもよるが、いつも詳細な報告をするのではなく、例えば、「エグゼクティブサマリー」といって1枚ものくらいの英文で要点をまとめた資料を作り、伊藤部長がそのままこれをハゲタカ・グローバルのGCに送って説明できるような形にしてあげると喜ばれるかもしれない。こういうことを「想像」した上で、上司には「こんな形で報告するということではいかがですか?」と聞いてみよう。
部下は上司のことを気にかけているが、それと同様に上司もその上のことを気にかけているのであり、そのような上司の「気持ち」ないしは「立場」を汲み取って対応をすることが、外資系法務において重要と言えるだろう*3。
4.内容・形式・期限の確認
外資系であれば、基本的にはレポートライン基づいて指示が降りて来る。要するに、伊藤部長が指示をして、あなたがその指示に従うということである。
これは、国内系でもあまり変わらないかもしれないが、指示があれば、その場でその指示の内容・形式・期限を確認すべきである。
ハゲタカ・ジャパンのような法務部の三人全員が日本人という環境であれば、日本語で指示がされることが想定されるが、例えば社内ルールで「メールは全て英語で行う」というルールがあれば、英文メールで伊藤部長から指示がされるかもしれない。
こういう場合に、あなたの英語力によっては、その指示が十分に理解できないこともあるかもしれないが、その場で即確認をすることで、後で「そういえば、あの指示っていつまでに何をどうすればいいんだっけ。。。」という状況を作らないようにしなければならない*4。
5.根回し
3年目で転職したという状況であれば、まだあまり社内政治に本格介入する必要はないかもしれないが、それでも初歩的な「根回し」はできるようになっておく必要がある。このような根回しの重要性は、国内系でも外資系でも変わらない。
例えば、日本人(例えばハゲタカ・ジャパン)と外国人(例えばハゲタカ・グローバル)の双方が参加する会議(電話会議を含む)で、事前にハゲタカ・ジャパン内で意思を統一せず、「出たとこ勝負」で対応すると、あなたの発言について会議の中でハゲタカ・ジャパンの他の部門から異論が出る等「後ろから鉄砲を撃たれる」状況になることもある。
特に、「日本法上の特殊な問題があるからハゲタカ・グローバル(及びハゲタカ・ジャパンの営業)がやりたい形でビジネスを進めることができず、方針を修正せざるを得ない」ということをハゲタカ・グローバルに説明し、説得するというシチュエーションでは、ハゲタカ・ジャパンの営業は、実は内心ではハゲタカ・グローバルのやり方でビジネスを進めたいのかもしれない。事前に詰めておかないと、会議で、ハゲタカ・グローバルがハゲタカ・ジャパン法務部の説明に異論を示した段階で、ハゲタカ・ジャパン営業がハゲタカ・グローバルに同調し、ハゲタカ・ジャパン法務部が孤立するといった状況もあり得る。
そこで、まずは事前にハゲタカ・ジャパン営業部と話をつけ、「ハゲタカ・ジャパン」が一丸となってハゲタカ・グローバルに対応するという形を取れるようにしなければ、うまく説得できないことも多いだろう。
6.法律事務所の活用
ハゲタカ・ジャパンは多くの場合国内系の法律事務所と、外資系の法律事務所の双方を活用することになるだろう。
外資系といっても様々であるが、ハゲタカ・グローバルと強い信頼関係*5を持ってやっていることから、「日本であれば通常こういう処理になるが、それをハゲタカ・グローバルに説得するのは容易ではない」といった状況で、当該事務所の東京オフィスに意見書等を依頼することで、「ほら、●●事務所もこのようにおっしゃってますよ」等として、説得をしやすくなるという効果があるだろう。また、日本法だけではなく、外国法の問題も生じている場合、一般論としては外資系事務所が相対的に強いと言えるだろう。
これに対し、一般論としては、純粋な日本法の問題、特に訴訟等は国内系の法律事務所に強みがあるように思われる。
外資系企業における電話会議サバイバル術〜法務部を念頭に - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
において、スキヤキ法律事務所という国内系法律事務所が登場していたのは、そのような理由からであろう。
なお、ハゲタカ・グローバルが、国内系法律事務所をなぜ使うのか等と利用に難色を示す場合には、外資系法律事務所からも一人入ってもらって監督・助言をしてもらう等色々な対処方法があり得るだろう*6。
7.英語
ハゲタカ・ジャパンの環境であれば、日常的に英語でのリーディングとライティングが発生する(報告書等)だろうが、スピーキングやリスニングが発生するのは、主に会議(電話会議)の場合と、ハゲタカ・グローバルの重役による東京オフィス訪問*7といった場合と思われる。
このような、スピーキング・リスニングの機会があまり多くないものの重要な機会である場合には、「今ある現状の英語力でなんとか通じさせる」ことが重要である。
その際には、
・ゆっくりと話す
・はっきりと話す
・大声で話す
・身振り、手振りを交えて話す
・結論を先に説明し、それから理由を説明する
といった方法が推奨される。
なお、英語力の度合いにもよるが、英語で一番苦しむのが「謝罪文」である。そもそも、外資系では言質を取られる文書を出したくないという意向が強いので、そういう方向の文書を出すことそのものについて否定的なことを言われる場合も多い。日本では、この種のトラブルを穏便におさめるためには、事情を説明し、相互に協力を求める必要があるところ、そういう趣旨のものであり、法的責任を認めるものではない等々散々言ってなんとか出すことを説得すると、後は「何を書くか」である。
これは、本当に英語力と日本語力の双方が問われる「総合芸術」だと思っている。何しろ、社内向けには英文で「我々は責任を認めていません!謝っていません!」と説明すべきであるが、逆に相手との関係ではできるだけ謝罪的なニュアンスの強い和文を作らなければならない。その英文と和文の間において「誤訳」と言われない程度の関係を保ち続けるのはまさに芸術の域であり、ノンバイリンガルにとって、これほど難しい業務はないと思っている。
まとめ
外資系法務の憂鬱ということで、国内系を少しやって外資系に転職する方を想定して、色々と外資系法務を回して行く上で重要そうなことをまとめてみた。
考えてみると、これらは「コミュニケーション能力」と総称することができるだろう。
国内系で求められる日本法の理解や日本における契約実務の理解に更に上乗せしてこのようなコミュニケーション能力を求められ、しかも強いプレッシャーの下にある外資系法務はまさに「憂鬱」であるというのが個人的実感であるが、インターネット上では同業者の方や隣接業種の方にいろいろとアドバイスを頂いている。今後とも引き続きご指導の程をよろしくお願いしたい次第である。
*1:日本ではそこまで大きな問題にならないことが多いものの、例えば、ジョブディスクリプションと異なる仕事を行って、それがトラブルになった場合、上に説明できないという状況が生じることもある
*2:さもなくば。。。
*3:そういう意味では外資系でも「空気を読んで仕事をする」ことが求められるのである。
*4:なお、御前会議で英語で指示された場合等でも、「自信を持って」確認をするのがよい。自信ない感じで話すと、「できない」という印象を与えるので注意が必要である。
*5:グローバルに一定量の仕事の発注を約束した上でボリューム・ディスカウントをもらっていることもある
*6:これは予算等とも関係するだろう。
*7:これが、最初はアメリカ本社、次はアジアパシフィック、GCが来たと思ったら次はLitigationのトップが来て等々なかなか接待側が大変なことがある。