アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

続法科大学院雑記帳

法科大学院雑記帳 II

法科大学院雑記帳 II

1.法科大学院雑記帳とは
 法科大学院雑記帳とは、米倉明先生という愛知学院大学法科大学院民法の教授の方が、ロースクールの実情を元に、本音でロースクールについて提言する本である。ロースクール生にとっては、笑えないが重要な指摘がされていることは、前稿で述べた法曹の卵にとっては笑えない一冊 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
 さて、ついにこの続編が出た。それが、続法科大学院雑記帳である。


2.笑えないが重要な指摘満載
 前編と同様、続法科大学院雑記帳でも、笑えないが重要な指摘が満載である。
例えば、真正未修者と表見未修者が、同じ「未修」の枠でくくられ、同じ授業を受けていることについて、

文字通り三年間しか法律学を学習したことのない真正未修者が、五年も六年も(人によってはそれ以上も)学習してきた後二者*1に追いつけることはまず無理だろう。
(中略)
真正未修者と表見未修者とを込みにして未修者ととらえ、その合格率は三割*2だといわれても、真正未修者の合格率の正確なところはわからない。私はこの合格率はせいぜいが五分〜一割くらいではないかと思っているが保証の限りではない
p4,p9

として、法科大学院教授として真正未修者の合格率を推定している*3のは、類書に例を見ない。

 また、議論はあるだろうが、「多様な人材を集める」ことを即刻やめるべきだとする。

司試時代と異なり、新司試法科大学院時代には、非法学部出身者から(も)法曹が輩出するようにするのだ、こうして法曹界に多様な人材が参入するようにする、この点にも新制度の一大特徴があると、当初、当局は強調し、報道もされた。私としても、そういう方向は歓迎すべきだと思い、なかなかの英断だとして敬服したのであった。しかし、その後の経緯に照らすと、「多様な人材を集める」というのは、たんなるスローガン、リップ・サーヴィスでしかなかったこと、この大そうなセリフは本気ではなく、ほんの浮気で吐かれていただけのことだということが、いや応なく判明してきた。
(中略)
今にして思えば、「多様な人材を集める」というスローガンを真に受けて、法科大学院の中でも、真正未修者を比較的多く入学させ、その教育に力を注いできた法科大学院先見の明を欠いていたのである
(中略)
いかに高い理想を掲げてみても、それを実現する技術が伴わない限り、その理想は空想でしかなく、なまじか掲げられていると、そんことをめぐって無用な議論をしないといけなくなり、そうしたことにエネルギーを費やすのはもったいなく、避けるに越したことはない。
(中略)
今や、多少な人材を法曹の世界に集めるということなどができないことがはっきりしたからには、当局はそのことを率直に表明し、かつ、今後は、多様な人材を法曹の世界に集めるなどという野望はひっこめ、新司試法科大学院制度の目標のひとつとして掲げるのもやめると、これまたはっきり宣言すべきである。(中略)できないことはできない、したくないことはしないと、素直に語ったほうがよい。
p161〜171

「多様な人材」を信じて入学した真正未修者はどうなるのだという疑問はないではないが、現役法科大学院教授からのドラスティックな提言が出る程の状況があるということは重く受け止めなければならないだろう。


3.軽妙な筆致で飽きさせない

 米倉先生は、ロースクール教員を考査委員から外し、ゆくゆくは、「考査委員は3年間大学を離れ、試験問題の作成と研究に専念する」というプランを提案されている。ここで、3年間試験問題と研究に没頭した以上、「学問的意味のある知的生産物を法務省に提出し、審査委員会の試験にパスしなければならない」と提案する。試験問題を作る時間以外は時間があいている以上、きちんと研究をせよという意味であろう。ここの記述は、米倉先生、ノリノリである

ここに、「学問的意味のある知的生産物」の中には体系書、教科書、判例評釈、解説類、マスコミ向け記事、随想、法科大学院雑記帳」の類は一切入らない。
こういう形の一種のサバティカルはむしろ喜ばれるであろう。「あゝこれでやっと研究ができることになった」というわけである。ひいては、考査委員になろうかという教員も出てこようというものである。
p24

法科大学院教授の本音が聞こえてくる感がする。


3.気になった点
 このように、続法科大学院雑記帳は、非常に興味深く、読む価値のある本であるが、いくつか気になった点があるので、そのうちの1つである、情報開示だけで「質の低下した弁護士に依頼することによる損害」は防止できるのか?という点について検討したい。

米倉先生は、司法試験合格者数数削減論に与しない。むしろ、5000人程度の合格者数にして、司法試験を資格試験化しようとされている。この考え自体は、議論としては面白いが、一つ議論で気になったことがある。米倉先生は、合格者数削減論の主張する「このままだと弁護士の質が低くなって、国民が保護されない」という主張に対し、以下のように反論する。

何も合格者数を削減する必要はなく、今の時点で、腕の立つ弁護士はこの弁護士だという信頼のおける情報さえ国民に提供されれば足りる。情報の提供・開示さえしっかりすれば、合格者数がいかに増えても、国民はその情報を頼りにして、自分が解決を依頼使用としている問題について、今の時点で腕の立つ弁護士に依頼できるから、質の悪い弁護士にひっかかって損害を受けることにはならないはずだからである。もっとも、怠け者がいて、せっかくの情報を利用しないで損害を受ける場合は別論で、そのような怠け者は救済される必要はないだろう。
p72

この情報開示論は、そもそも適切かつ有効な情報開示ができるのかという疑問はあるものの、この点を措けば、民事事件については相当程度あてはまるだろう。
しかし、無能な国選刑事弁護人による損害を回避できるのだろうか?
国選弁護人は、非常に重要な仕事である。例えば、被疑者段階で虚偽の自白をさせられてしまうと、これを「警察官に脅されて自白しただけで、虚偽ではありません」といっても*4もう遅い。そこで、被疑者国選弁護人が、しっかりと接見して励ますと共に、警察官等への牽制を行い、虚偽自白を回避する必要がある。被告人弁護人でも、どの証人を呼ぶか*5の判断や、証人尋問のどこでどう異議を出すかについて、高度な判断が迫られる。その意味で、国選弁護人が無能であることは、刑事被疑者・被告人にとって大きな損害である。
これは、否認事件だけの話ではない。実際はやっていないのに、自白して「自白事件」になってしまう案件は多々ある。暴力団関係で、身代わり犯人として出頭した被告人は、弁護人が疑いをもたなければ「自白事件」として有罪になる。富山連続婦女暴行冤罪事件では、再審無罪が確定しているが、一度は「自白事件」として判決が出て服役している。足利事件でも、一審の途中までは「自白事件」であった。
このように、刑事弁護人は、自白事件でも、否認事件でも、少なくとも標準以上の能力とやる気をもった弁護人がつかないと、非常に困ったことになる

ところで、現在は*6国選弁護人は、法テラスが国選弁護人候補に打診するか、国選弁護人自身が事件を選ぶ*7という運用で選任される。つまり被疑者・被告人側に選択権はないのである*8
被疑者・被告人が弁護士を選べないのだから、情報が開示されているかは無意味であり、「被害を受けてもそれは怠け者だったことによる自己責任」とは言えないだろう。たまたま「当たった」弁護人が能力がない弁護人である場合、その結果として冤罪で処罰されるという事態を可及的に避ける必要がある。その意味で、「(被告人・被害者に言わせれば)勝手に選ばれてくる弁護士が標準以上のレベルの人であること」を担保することは必要であろう。

現時点では、能力のない弁護人がいるが、それが上記のようにニュースになる程度である*9。しかし、これを「資格試験化して後は自由競争」とすれば、能力のない弁護士にあたる可能性は飛躍的に増大するだろう。これに対する対応として、長期間の研修を義務付けたり、司法試験とは別の試験に合格することを義務付けることも考えられるが、本当にそれが有効かは疑問がある*10

いずれにせよ、米倉先生の議論は、基本的には民事弁護を念頭においた議論と思われ、その限りでは一定の説得力があるが、刑事弁護との関係で、問題があるように思える。

まとめ

「続法科大学院雑記帳」は、ロースクール教授による、ロースクールの実態を本音でぶっちゃけるユニークな本である。
内容は興味深いし、ドラスティックな改革を迫る面白い議論も多いが、その改革が現実にあっているのか、若干疑問がないわけではない部分もある。

*1:表見未修者と既修者を指す

*2:2009年度だと18.9%であるが、2008年2月に戸籍時報に掲載されたエッセイを収録しているので、2007年度の合格率の高い試験の合格率を引用しているものとおもわれる

*3:しかも、その合格率は巷でささやかれている数字に近いものの、衝撃が小さくない数字である

*4:普通は

*5:専門的に言えばどの伝聞証拠に不同意をするか

*6:少なくともronnorの知っている東京の扱いによれば

*7:選ぶといっても、情報がほとんどないので、すでに決められている公判日にスケジュールが空いているか等を確認するだけというのが実態とも聞く。

*8:チェンジ!をしたくても、弁護人の変更は非常に厳格な要件でしか認められない。

*9:ということは、まだまだ少数派ということであろう。

*10:事弁護では飯を食っていくことは例外的な少数の方(この人達の努力には頭が下がる)以外は不可能である以上、そのような「飯が食べられない刑事」のために、時間を割いて研修をしたり、別の試験のための勉強をする人が多いのかは疑問であろう