アホヲタ元法学部生の日常

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一緒に読むともっと面白い「刑事裁判の心」と「無罪事例集」

刑事裁判の心―事実認定適正化の方策

刑事裁判の心―事実認定適正化の方策

無罪事例集〈第1集〉

無罪事例集〈第1集〉

・刑事裁判の心
 「刑事裁判の心」は、最高裁の調査官をなされた木谷明元裁判官が、「裁判官の一番重要な仕事は無辜*1を発見し解放することである」という発想から、適切な事実認定をするためには、どういうことを考えなければいけないのかについて、具体的に木谷判事が担当された事件を引きながら紹介している本である。
 木谷判事の考え方に対しては「無辜を処罰しようとする余り、真犯人を逃すのではないか」といった批判が一部あるところではあるが、少なくとも木谷裁判官自身の裁判においては、この点の批判は当っていない。その証拠に、1件を除いて木谷判事の無罪判決に対して検察官は不服を申し立てていないのである*2
 判事の指摘されるポイントとして一番印象的なのは捜査機関は案外証拠品を捏造するという点である。この点は、それまで弁護人の立場からは主張されてきたことはあっても、判断者としての裁判官が主張することはほとんどなかった点である。しかし、「髪の毛と陰毛がすりかえられた」鹿児島事件等、判事が担当された事件を引きながら説明しているので、難しくかつ重大な事件では、証拠品を捏造してまででも捕まえた「犯人」を有罪にしてやりたいという気持ちが生まれることもあり、それが現実に実行されることもあるんだなぁと思ったところである。


・無罪事例集
「無罪事例集」は、弁護人の立場から、無罪になった13の事例について、どのような弁護活動をして無罪を勝ち取ったのか、その事件の概要、証拠構造*3、弁護活動等の解説を通じて説明している本である。
 これを読んでまず思ったのは、窃盗や覚醒剤といった、比較的軽い事件でも意外に冤罪が多いということである。殺人強姦強盗等で冤罪となると、大々的に報道される(富山県で強姦として有罪服役した人が冤罪だと発覚したという例が大々的に報道されたのは記憶に新しい)が、小さな事件では冤罪であることがわかっても報道が少ない。しかし、小さな事件では捜査が雑なので、本当はアリバイの証拠等があるのにそれを看過して起訴してしまう*4こと、及び軽い事件だからこそ、「認めてもどうせたいしたことはないだろう」という心理から虚偽自白をしやすいという、大事件にない冤罪を生みやすい地盤がある。例えば事例6の窃盗冤罪事件では、捜査官から「事実を認めれば直ぐ帰してやる」といわれて早く帰りたい一心から「すみません」と謝ってしまい、第一審ではこの自白が信用できるとして懲役1年2月3年猶予*5の有罪判決が下ってしまい、その後控訴審で無罪となっている。
 また、共犯者の自白や犯人識別供述*6が実際に信用できないという点を実感した。事実認定モノの本を読んでいると、共犯者の自白や犯人識別供述は信用できないとある。「30人が同じ人を犯人といっても犯人でないことがある」と書かれていたりする*7。ただ、これまではあまり実感がわかず、本当なのかと思っていた。しかし、この「無罪事例集」の事案の多くは、共犯者の自白(事例3,7,10,13)ないし犯人識別供述(事例1,5,6,8,9)が嘘*8とされて無罪となったものであった。上記6の事例は、甲乙丙3人がそろって「こいつが犯人だ」と言った事例であったが、被告人は、犯人を追いかけていった人であって犯人ではないとして無罪となっているのである。
 本書は、冤罪の恐ろしさを知るとともに、いわゆる「事実認定本」の記載を具体的な事案でもって体感し、その意味を実感するという意味で、非常に意味のある本である。

・あわせて読むともっと面白い
 上記2冊はいずれも単独で興味深く面白い本であるが、両方をあわせるともっと面白くなる。
 「刑事裁判の心」p40では、警察の違法捜査や証拠隠し*9が次々と明らかになり、覚醒剤譲受の共同正犯について無罪となったが、覚醒剤譲受幇助について有罪となり、未決勾留期間を刑期に満つるまで算入(その犯罪ではもう刑務所に行かなくていい*10)という判決となったという事例が紹介されていた。そして、「無罪事例集」には全く同じ事例が紹介されていた。これが事例7である。
 「刑事裁判の心」においては、裁判官側がこの事件をどう見たのか、特に、最終段階で幇助を主張した検察官に対し、積極的防御をしない弁護側についてどう考えたか*11というのがよくわかり、非常に興味深い。
 「無罪事例集」では、弁護側がどう見たのか、特に「自白調書を一応任意性ありとして証拠採用した上で、判決の中で任意性を否定して許容性を否定する」といった木谷裁判官の訴訟指揮についての弁護側の考えがよくわかり、非常に興味深い。
 ある事件について弁護側が感想を述べたり、判決裁判官が感想を述べたりというのはあるが、同じ事件を多角的に見る機会というのは、めったにない。この意味でも、この事例は非常に貴重であり、2冊をあわせて読むことによりこの2冊の価値は何倍にもあがるものと考える。

まとめ
 「刑事裁判の心」も「無罪事例集」もそれぞれ非常に興味深い本であるが、2冊をあわせて読むと。同じ事例についての弁護側と裁判官側の考え方が良く分かり、非常に興味深い。

関連:「刑事事実認定入門」への提言 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
裁判官の爆笑お言葉集 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常(2冊一緒に読むと面白いシリーズ)

*1:無実の罪を着せられた人

*2:まあ、木谷判事だからできたのであり、他の人が同じやり方でやろうとしてもだめなのではないかという疑問点が残ることは否定できないが、それは今後の裁判官の努力にかかっているところであろう

*3:どこを崩せば無罪となるのか

*4:逆にいえば、きちんとしたツブシの捜査がされていないからそこを突くと無罪になりやすい

*5:刑の軽さに注目!

*6:「こいつが犯人です!」という目撃者の供述

*7:渡部保夫「無罪の発見」

*8:信用性がない

*9:最初は尿検査をしていないと強弁していたが、科学捜査研究所に問い合わせたら尿検査をしていたことが判明等

*10:とはいえ、前の猶予が取り消されたのですが...

*11:具体的には同書をお読み下さい