魂を踏みつけたキュウべえの罪状〜まどマギと刑法

出版社/メーカー: アニプレックス
発売日: 2011/04/27
メディア: Blu-ray
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０．はじめに〜まどマギ法学の時代
魔法少女まどか☆マギカ（以下「まどマギ」という。以下同じ）は、魔法少女物の中では特に絵のかわいさと話の内容のダークさのギャップの大きさが特徴であり、*1一部界隈で中毒的人気を誇っている。

社会問題化した魔法少女契約からの離脱については、既に諸説が発表された。
マンガと法律３６ｔｈ魔法少女まどか☆マギカ魔法少女契約について | ＲＰガスのブログ
 http://inocybe.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-4334.html
魔法少女契約からの離脱の法理〜魔法少女まどか☆マギカの法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

そして、つい先日放映されたばかりの第七話についても、早速分析がされている。
まどマギ第７話は、魔法少女の現実を知ったさやかの物語である。さやかに対して杏子が教会で語りかける一幕の法的分析を、RPガス様が早速検討されており、いつもながらよい仕事をされている。
マンガと法律３７ｔｈ魔法少女まどか☆マギカ第７話「本当の気持ちと向き合えますか？」より | ＲＰガスのブログ

まさに、まどマギは続々と法律学的考察の対象となっており、「まどマギ法学」の時代が到来したと言っても差し支えなかろう。

本稿では、第７話におけるさやかとQBのやりとりを法的に分析したい。

１．QBによるソウルジェムへの「暴行」
QBは、さやかが無断で魂を抜かれたことに抗議すると、「僕は魔法少女になってくれって、きちんとお願いしたはずだよ」「（魂を抜くと説明してないのは）聞かれなかったからさ。知らなければ知らないままで、なんの不都合もないからね」と開き直りを開始した。
悪徳業者は被害者に気づかれると逃走する、開き直る、泣き落しにかかるのいずれかの行動をする。QBの行為はまさに「悪徳業者の鑑」と言えよう*2。
さやかに更に問い詰められると、QBは、魂を安全なところに隔離し、魔女との戦いの際の痛みを回避するのだと言って、ソウルジェムを踏みつけた。

君は戦いというものを甘く考えすぎだよ。たとえば、お腹に槍が刺さった場合、肉体の痛覚がどれだけの刺激を受けるかって言うとね…
魔法少女まどか☆マギカ第７話

槍に貫かれる痛みに悶絶するさやか。
痛みを説明するだけなら、ここでソウルジェムを踏付けるのをやめても何ら差し支えないところ、更に踏付け続けるQB。

これが本来の痛みだよ。ただの一発でも動けやしないだろ。君が杏子との戦いで最後まで立っていられたのは、強すぎる苦痛がセーブされていたからさ。君の意識が肉体と直結していないからこそ可能なことだ。おかげで君はあの戦闘を生き延びることができた。
魔法少女まどか☆マギカ第７話

こうQBが上から目線*3で話をしている間、QBは更に痛みを与え続けるという人でなしの行動を行う*4。
さやかが戦闘を思い出し、更に精神的苦痛を強めた段階に至ってやっと踏付けを止めた。
このような行為は固く禁止すべきであろう。
QBの行動は刑法に違反しないか？

２．暴行罪の成立要件
ここで、現実に槍に貫かれるならば、さやかの肉体に傷害が生じ、傷害罪に問うことができる。しかし、さやかは「槍に貫かれる痛み」だけを味わっており、傷害の結果は生じていない*5。
すると、「頭は殴ったが怪我まで至らなかった」というような場合に適用される暴行罪にならないか？

（暴行）
刑法第208条　暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、２年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

刑法２０８条は、暴行罪を規定する。ここでポイントは、「傷害に至らなかった行為全てを規制する」のではなく、「暴行」という方法をとった場合にのみ規制されるということである。
わかりにくいので簡単に説明すれば、「書いた表現がきついため相手に精神的ダメージを与えた（PTSD等の病気にはなっていないことが前提）」という場合、文章を書くこと自体は「暴行」ではないので不可罰なのである。
では、「暴行」とは何か。
暴行は一般に「人に対する物理力の行使」と言われる。要するに殴るとか蹴るとか、人の身体に物理的に力を与えることである。
教会でりんごを粗末に扱ったさやかに対し、杏子はその首を締め上げる。さやかの「首」という身体に「締め上げる」という物理的な力を加えており、明らかな暴行罪である。
ただ、人に「対する」というのは人の身体に直接当たらなくともよいとされる。
判例では暴行概念をやや拡張しており、「腕を掴む、引っ張る」「塩を振りかける」「狭い部屋で日本刀を振り回す」「人の前に投石する」「幅寄せ」等も「暴行」とする。
このような判例の暴行概念は、物理的力が人の身体に接しているかで基準が異なるとされ、「人の身体に物理力が接すれば傷害の危険を欠いても暴行」「物理力が接触しなくとも、傷害の危険があれば暴行」と評される*6。
つまり、人の身体に何らかの物理的な力（パンチ、キックはもちろん、塩等を含む）を加えた場合は暴行である。物理的力が身体に触れなくとも、車の幅寄せのように身体に向けて物理力*7を発して傷害の危険を生じさせれば暴行である。
ここでいう「身体」は、上記のような精神のみに向けた侵害を罰しない刑法の考え方からは、（精神とは区別される意味の）「肉体」と解される*8。

３．ソウルジェムは「精神」
さて、QBの行為はこのような意味の「暴行」か。ここで、QBの発言が参考になる。

そもそも君達人間は魂の存在なんて最初から自覚できてないんだろう？そこは神経細胞の集まりでしかないし、そこは循環器系の中枢があるだけだ。そのくせ生命が維持できなくなると人間は精神まで消滅してしまう。そうならないよう、僕は君達の魂を実体化し手にとってきちんと守れる形にしてあげた。
魔法少女まどか☆マギカ第７話

つまり、ソウルジェムは、肉体ではなく精神である。
すると、QBの行為は「肉体に物理力を加えることなく精神に苦痛を与える」行為である。これは、判例のやや拡張された「暴行」概念を前提としても「暴行」ではないだろう。
例えば、人の嫌がる発言をしてその人に苦痛を与える場合、精神に苦痛はあっても肉体に向けた物理力の行使はない。そこで、「暴行」に該当しない。QBは、まさにこれと同じ、「肉体に物理力を加えない苦痛を与える」方法を取っているのである。
QBの行為は「法の抜け穴」を見事に突いている。

４．魂保護法か、魔法少女契約禁止法か
そもそもなぜ刑法は、物理力が肉体に向けて行使されない場合に「暴行」を認めないのだろうか。
それは、表現の自由を慮ったのであろう。つまり、表現で他人が傷つく場合、それがPTSDのような傷害になれば別であるが、広く罰するのでは、表現の自由が害される。そこで、「暴行」つまり肉体に向けた有形力という枷をはめている。
QBが無罪という結論は、常識的に考えて極めて不当であり、なんとか罰したいが、刑法は「罪刑法定主義」を大原則としており、法律の規定なくしてQBを罰せない。
これに対応する立法としては、魂*9を肉体と同様保護の対象とする魂保護法が考えられる。しかし、これは対処療法に過ぎない。

そもそも、魔法少女契約は勧誘方法の問題に加え、

全然釣り合ってないよっ！
あんな身体にされちゃうなんてっ！
さやかちゃんはただ、好きな人の怪我を治したかっただけなのに…
魔法少女まどか☆マギカ第７話

というまどかの発言にあるとおり、奇跡の代わりに魂の抜けた身体にされ、一生を魔女退治のために費やさせられるのは、ぼったくり以外の何者でもない。
このような魔法少女契約自体の悪性に鑑みれば、魔法少女作成罪を創設し、それによる致傷（魔法少女作成致傷罪）や致死（魔法少女作成致死罪）を重罰化する法制度もあり得る。