アホヲタ元法学部生の日常

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コクリコ坂からのカルチェラタン取り壊し問題も裁判で解決できる??〜豊郷小学校事件

コクリコ坂から [DVD]

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1.はじめに

 「コクリコ坂から」は、高度経済成長前夜の日本を舞台に、高校生の風間俊と松崎海(メル)の間の愛を描いた良作である。


 風間俊がその「居場所」としている古い部室棟、カルチェラタン。このカルチェラタンの取り壊しを、俊はなんとか阻止しようとする。古い建物を簡単に破壊していいのか。これは、コクリコ坂からのストーリーを貫く重要なテーマの1つだ。


俊らは、演説会を開催したり、新聞を発行したり、果ては池に飛び込んで注目を浴びるパフォーマンスをしたり等と、なんとか政治解決を目指している。


 ところで、同じ古い校舎を保存しようという目的であっても、これとは全く違うアプローチで解決した事案がある。それが、豊郷小学校事件(大津地決平成14年12月19日判タ1153号133頁)である。



2.豊郷小学校事件
この事案は、豊郷小学校という、いわゆるけいおん!のモデルとしても有名な小学校が舞台となった。


 どのような校舎なのかをパノラマで見ることがでできるアプリのPVがyoutube上にアップされているので、これを見ると概ねイメージができるのではないだろうか。


ウィリアム・メレル・ヴォーリズという大正から昭和初期にかけての有名な建築家が設計したこの建物は、昭和12年5月30日に建築されてから60年以上が経過し、老朽化が進んでいた。そこで、行政は校舎と講堂を解体して、新しい校舎等を立て直そうとした。


古くなったから壊すと言うなら、君達の頭こそ打ち砕け!
古いものを壊すことは過去の記憶を捨てることと同じじゃないのか?
人が生きて死んでいった記憶をないがしろにするということじゃないのか?
新しいものばかりに飛びついて歴史を顧みない君達に未来などあるか!
少数者の意見を聞こうとしない君達に民主主義を語る資格はない!!
コクリコ坂から」における風間俊の演説より



一部の住民がこれに反対する運動を始めた。
もちろん、俊らと同様に、政治的な運動も行っているが、反対住民が目を付けたのは法律である。


住民訴訟と仮処分に関する技術的な問題をはしょると*1、要するに、当時は公立学校を費用を支出して解体しようといった地方公共団体の執行機関又は職員による財務会計行為について違法性が認められれば、裁判所に仮処分という形で、一時的にそれを止めるよう命じてもらえるという状況であった。そこで、反対派住民は、大津地方裁判所に、仮処分を求めて訴え出たのである。


そもそも、古くなった公共の建物を取り壊して新しいものにすること自体、頻繁に行われていることである。取り壊す度に裁判所から差し止めを命じられていては、円滑な行政目的は達成できない。だから、差し止めが認められるのは、その財政支出行為(今回でいえば建て替え)が違法でなければならない。実際に校舎の取り壊しが違法として仮処分で止まったというのは、過去に例がない*2そこで争点は、歴史のある建物を取り壊すことが違法かという点に絞られた。


この事案でも、建物の老朽化に伴い耐久性が低下しており、耐震補強をしなければ地震に堪えられないと専門家からの指摘があり、耐震補強工事をして校舎を残す場合と、校舎を建て替える場合では、建て替えの方が約4億5000万円安いという見積もりがなされていた。「どうせ修理か建て替えをしないといけないなら安い方がいい。」これが建て替えの重要な理由とされていた。必要な耐震化のために、より安価な建て替えを選んだだけであり、何ら違法はない!この行政側の主張は、それだけを取り出せば、説得力がある。


しかし、 反対派住民は力説する。この建物には、文化的価値があるんだ!


そもそも、 最高裁も、

良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は,法律上保護に値するものと解するのが相当である。
 もっとも,この景観利益の内容は,景観の性質,態様等によって異なり得るものであるし,社会の変化に伴って変化する可能性のあるものでもあるところ,現時点においては,私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず,景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない。
最判平成18年3月30日民集60巻3号948頁


としており、まず、周辺住民の良い景観に対する利益を法律上保護に値するとまでは認めている。


また、文化財保護法は「文化財を保存し,且つ,その活用を図り,もって国民の文化的向上に資するとともに,世界文化の進歩に貢献することを目的とし」(1条)ているし、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法は、我が国の歴史上意義を有する建造物、遺跡等が周囲の自然環境と一体をなして古都における伝統と文化を具現し、及び形成している土地の状況を歴史的風土といい、その保存のための措置を規定している。更に、地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律は地域におけるその固有の歴史及び伝統を反映した人々の活動とその活動が行われる歴史上価値の高い建造物及びその周辺の市街地とが一体となって形成してきた良好な市街地の環境を歴史的風致といい、その維持向上のための措置を規定している。


 つまり、建造物に歴史的及び文化的な価値がある場合には、法律上もこれを保護すべきものとされているのである。 そして、このような歴史のある建物で勉強することは、児童の情操教育にも良い影響を与えるであろう。


文化価値の高い小学校の建物を破壊することは、このような文化的価値を失い、児童の教育上の価値も損なわれるということになる。建物を保存し改修工事に留めるのか、それとも、既存の建物を取り壊して新しい建物を建てるのかは単に双方の工事費用だけを比較対象するのではなく、文化的価値やそれが情操教育に与える影響を考慮すべきじゃないか、それを考慮せず、単に工事費用が安いというだけで建物を取り壊すのは違法だ。これが住民の主張の要点である。


その住民の熱意に動かされたのか、裁判所は、住民の主張を受け容れた


注:債権者は住民、債務者は行政、「改築」とは、建て替えのこと。

前記認定事実によれば,豊郷小学校改築計画は,耐震上の安全性や豊郷小学校における教育環境の整備及び施設の充実を図ることを目的としたものであって,この点においては,十分合理的な根拠を有するものということができる。
 他方,前記1(1),(3)の事実及び疎明(証拠略)並びに審尋の全趣旨によれば,豊郷小学校の建造物としての文化的価値が高いこと,本件校舎の保存改修が可能で,それにより学校施設として有用となる旨の専門家の意見及び本件校舎の保存を望む町民が少なからず存すること,見積りによれば,本件校舎を改築した場合の工事費用は,改修の場合と比べ約4億5000万円高くなるとされていることが一応認められる。
 したがって,豊郷小学校改築計画の策定に際しては,検討委員会及び債務者において,上記の教育環境の整備の必要性と文化的価値のある建造物との保存の要請との調整を図るという観点から,その価値がどの程度のものなのか,そのような文化的価値を有する建造物における学習が児童に与える情操面への教育的効果等を考慮しても,なお本件校舎を解体して改築する以外に採り得る方法がないのか,改修保存によることが可能であるとすれば,具体的にどのような改修方法があるのか等について,複数の専門家の意見を聴取するなどして,改築した場合と改修保存した場合とで建物の耐用年数,安全性,必要経費,教育環境に生じる利点,欠点にどのような差異があるのかを詳細に比較検討して,計画を策定すべきところ,債務者がそのような検討をしたことはうかがえず,かえって,本件決定後に設置した建設委員会においては,債務者は,平成14年2月に実施された豊郷小学校PTAを対象としたアンケート結果では約65%の者が本件校舎の改築を希望していたとして,本件校舎の改築を前提に森野設計事務所に一部設計変更を依頼し,それに基づき,本件校舎を解体して跡地に新校舎を建築し,その左右に図書館と本件講堂を現状を残す方向での豊郷小学校改築計画を進めようとしていることが一応認められる(証拠略)。
 また,豊郷小学校改築計画の根拠の一つとされた森野設計事務所による本件耐震診断結果について,本件校舎の北側半分だけしか調査せず補正計算をしていないこと,柱の太さを実際のものより細く入力して計算していること等の具体的な問題点を指摘する専門家の意見が提出されたところ(証拠略),森野設計事務所から,上記各問題点を事実として認めた上で,構造耐震指標値を再計算した結果,なお,補強を必要とする旨の本件耐震診断結果は正しいものであるとの説明資料(証拠略)が提出されたが,債務者あるいは建設委員会において,本件耐震診断結果又は同資料において算出された構造耐震指標値や森野設計事務所の見解の正確性,信用性について,他の専門機関や公的機関の意見を聴取するなどの措置を執ったことはうかがわれず,上記問題点解明のための議論,検討が十分尽くされたことの疎明はない。
 以上によれば,債務者は,本件校舎の文化的価値,保存改修の可否,保存改修する場合の必要経費,耐震性の程度等を十分に調査せず,真に実現可能な改修案があるか否かを十分な検討しないまま,豊郷小学校改築計画を決定し,本件校舎の解体工事を行おうとしているといえるのであって,このことは,債務者に広範な行政裁量が認められていることや本件講堂を保存する方向で豊郷小学校改築計画を一部変更したことを考慮しても,債務者が豊郷町長として負っている町の財産の管理方法や効率的な運用方法として,なお,適切さを欠くものといわざるを得ず,地方財政法8条に違反するものと認められる。
大津地決平成14年12月19日判タ1153号133頁


 裁判所は、このように判示して、建て替えの一時差止を認めたのである。


 もちろん、司法の判断が出ればこれで終わりではない。その後、行政に保存を決定させるまでは、一筋縄ではいかない経緯があったが、最終的には、司法の判断が出たことが1つの大きな理由となって保存が決まり、豊郷小学校の建物は、国の登録文化財になることも決まっている

まとめ
コクリコ坂から」では、俊ら反対派生徒が、演説会を開催したり、広報誌を刷ったりすることで政治的解決を試みていた。これは1つの解決である*3
しかし、同じような古くからの建物を保存するためであっても、豊郷小学校事件のように、法的な措置をとり、裁判により建て替え差止を勝ち取った事案もある。
 裁判所がいうように、建物の文化的価値を無視した取り壊し判断は、単に政治的におかしいだけではなく、少なくとも行政の所有する建物であれば、「違法」なのだ。

参考:コクリコ坂関連エントリ
コクリコ坂で学ぶ家族法〜婚姻障害とその除去 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
コクリコ坂の時代背景を教えてくれる「蛇足」審判〜「判例史学」という新たな地平 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
コクリコ坂からのカルチェラタン取り壊し問題も裁判で解決できる??〜豊郷小学校事件 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*1:実務上は非常に重要なのですけどね...。

*2:実は、横田基地と関係する訴訟で、浦和地裁が取り壊しを差し止めた仮処分を東京高裁がひっくり返した東京高判昭和52年11月16日判タ365号267頁がある。

*3:また、私立学校では、本件のような住民訴訟を前提とした戦略は使えず、少なくとも「管理権濫用」が必要だろう。例えば、私立高校の体育館改築工事差止を高校生が求めて認められなかった事案(大阪地判昭和57年8月27日判例時報1057号96頁)では「申請人らがいずれも本高校への入学を認められて入学し、定の納付金を納入しているものである以上、その対価として、本高校に就学し本高校の施設を利用しうるという在学契約の一方当事者としての法的地位を有しているのであるから、他方当事者である被申請人がその管理権を濫用して、合理的な理由もなく従来の教育条件及び教育環境を甚だしく改変し、その結果申請人らを含む布校生が本高校において教育を受けることを著しく困難にするような場合には、これに対する司法的救済を受け得る立場にある」としたことが参考になるだろう。