- 作者: 藤田広美
- 出版社/メーカー: 東京大学出版会
- 発売日: 2013/04/17
- メディア: 単行本
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「では、後半戦を開始しましょう。」
千石の部長が宣言する。
2 第1訴訟のその後の審理において,Yは,Xの主張する建物買取請求権の行使の事実を援用す るとともに,本件建物の時価相当額である500万円の支払があるまでは本件建物の引渡しを拒 むと申し立てたことから,裁判所は,結局,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受け るのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずる旨の判決を言い渡し,その判 決は平成20年11月21日の経過により確定した。
Xは,平成21年1月ころ,親戚の集う新年会の席上,親戚Bから,「数年前にAと会った際, 本件土地をめぐってYとトラブルになっており,その件で,今は亡き兄Cと相談していると言っ ていた。」と聞いた。そこで,Xは,すぐにAの亡兄Cの家族を訪ねて事情を聞いたところ,確か に,数年前にAが書類を封筒に入れて持参し,Cと2人で相談していたことがあったとのことで あり,AがC方に持参した書類は,封筒に入れたまま保管しているとのことであった。そこで, Xは,Cの家族からその封筒を受け取って自宅に戻り,封筒内の書類を整理したところ,Aから Yにあてた平成18年4月3日付け内容証明郵便が見付かった。同内容証明郵便には,Aが,Y に賃料支払の催告を行い,2週間以内に未払賃料の支払がないときは本件賃貸借契約を解除する との意思表示を行った旨の記載があり,Yが同内容証明郵便を同月6日に受領したことを示す郵 便物配達証明書も同封されていた。
そこで,Xは,Yを被告として,平成21年4月13日,別紙の訴状をT地方裁判所に提出し て,新たな訴え(以下「第2訴訟」という。)を提起した。これに対し,Yは,弁護士に委任して 答弁書を裁判所に提出し,Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべき であると主張するとともに,第2訴訟におけるXの請求には,第1訴訟の確定判決の効力が及ぶ ので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであると 主張した。この答弁書の送達を受けたXは不安になり,自分も弁護士に相談した方がよいと考え, 第2訴訟の第1回口頭弁論の期日の前に,D弁護士を訪れた。
以下は,Xから相談を受けたD弁護士と同弁護士の下で修習中の司法修習生との会話である。 弁護士:Xは,第1訴訟の判決確定後に新たな事実が判明したとの理由から,Yに対して第2の訴えを提起したのですね。
修習生:はい。第2訴訟は,賃料不払による賃貸借契約の解除の場合には建物買取請求権の行使ができないことを前提とする訴訟です。建物買取請求権は,誠実な借地人の保護のた めの規定ですので,借地人の債務不履行による賃貸借契約の解除の場合には,借地人に は建物買取請求権は認められないとする最高裁判所の判例があります。
弁護士:よく勉強していますね。次に,第2訴訟の訴訟物について考えてみましょう。第2訴 訟において,Xは,Yに対し,本件土地の所有権に基づき,本件建物の収去と本件土地 の明渡しを求めていますが,土地所有者が,土地上に建物を所有してその土地を占有す る者に対して,所有権に基づき建物収去土地明渡しを請求する場合の訴訟物については, どのように考えられますか。
修習生:はい。この場合の訴訟物については,考え方が分かれていますが,一般的な考え方に よれば,この場合の訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権1個であり,判決主文に建物収去が加えられるのは,土地明渡しの債務名義だけでは別個の不 動産である地上建物の収去執行ができないという執行法上の制約から,執行方法を明示 するためであるにすぎないとされています。したがって,建物収去は,土地明渡しの手 段ないし履行態様であって,土地明渡しと別個の実体法上の請求権の発現ではないとい うことになります。
弁護士:その考え方に立つと,第2訴訟の訴訟物と第1訴訟の訴訟物とが同一かどうかについ ては,どのように考えるべきでしょうか。
修習生:第1訴訟の判決は,Yに対し,本件建物の代金500万円の支払を受けるのと引換え に,本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命ずるものです。建物収去土地明渡訴 訟の訴訟物について先ほどお話しした一般的な考え方に立つとすれば,建物退去土地明 渡訴訟についても,訴訟物は所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権であり, 「建物退去」の点については「建物収去」の点と同様に,土地明渡しの手段ないし履行 態様にすぎないと考えることができますので,その訴訟物は同一であるといえるかと思 います。
弁護士:そうですね。ここでは,第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は同一であるという考え方を前 提として考えてみましょう。ところで,Yは,第2訴訟において,どのような主張をし ていますか。
修習生:Xの提起した訴えは,訴えの利益が認められないので却下されるべきであると主張す るとともに,第2訴訟におけるXの請求には,Yに対し,本件建物の代金500万円の 支払を受けるのと引換えに本件建物を退去して本件土地を明け渡すよう命じた第1訴訟 の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分に ついては棄却されるべきであると主張しています。
弁護士:Yの主張を理解するには,建物収去土地明渡請求と,建物代金の支払を受けるのと引 換えに建物退去土地明渡しを命ずる判決との関係をどのように考えるかが問題となりそ うですね。まず,Yのそれぞれの主張について,その論拠をまとめてみた方がよいかも しれません。その上で,それぞれの主張について,どのような反論をすべきか,検討し てください。
修習生:はい。わかりました。
〔設問2〕
(1) 前記会話を踏まえた上で,Xには第2訴訟について訴えの利益が認められないので,その訴えは却下されるべきであるとするYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
(2) 前記会話を踏まえた上で,第2訴訟におけるXの請求には第1訴訟の確定判決の効力が及ぶので,第2訴訟の請求は,少なくとも建物収去を求める部分については棄却されるべきであるとのYの主張につき,その考えられる論拠を説明しなさい。
(3) 上記(1)及び(2)の論拠を踏まえた上で,第2訴訟におけるYの主張に対し,Xとしてはいかな る反論をすべきかについて論じなさい。
「まず、訴えの利益は認められるでしょうか。」
千石の副部長が問題を出す。
「訴えの利益とは、判決を下すことによって紛争を解決することが必要であり、かつ実効的であるかの問題ですが*1、給付の訴えにおいては、その給付請求権の内容として裁判上履行を求める権能が含まれているので、原則として訴えの利益が認められます*2。」
志保ちゃんが端的に指摘して、星海側の立論の口火を切る。
「だけど、既にある訴訟物について確定判決を得ていれば、同じ訴訟物について新たに判決を得る必要性はないとして、重ねて訴えを提起することは原則として許されなくなるわ*3。ここで、問題文にあるとおり、第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は同一という考え方*4を前提とすると、既に確定した建物退去明渡判決をもらっているXは、訴訟物が同じ建物収去明渡を更に請求することができないと主張することになりそうね。」
五月ちゃんが問題を整理する。
「本当にそれでいいんですか? 建物『収去』は、Yが自費で建物を取り壊して更地を明け渡す必要がありますが、建物『退去』だけだと、その建物は500万円を払ってXが買い取らないといけませんよ。」
千石の1年が果敢に攻める。
「あら、敵に塩を送ってくれるなんて、ありがたいわね。Xにとって建物が不要である場合には、建物退去判決では、買取費用と取り壊し費用という大きな負担を負うのであって、第1訴訟の建物退去判決を持っているXとしても、新たに建物収去判決を求める必要性があるというのがXの反論になりそうね。」
五月ちゃんが格上なところを見せる。
「それでは、小問2はどうですか。」
「Yの主張の根拠は、建物『退去』自体も判決主文に記載されていることから既判力が及び(民事訴訟法114条1項)、退去と矛盾する『収去』の主張は排斥されるべきということになります。ところで、民事訴訟法114条*5は、『確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。』としているところ、一般には、訴訟物、つまり、訴訟の対象となる実体法上の権利又は法律関係*6に既判力が及ぶと解されます*7。この理解を前提とすると、退去を命じる部分は例え主文に記載されるとしても、単なる執行方法の明示*8に過ぎず、既判力そのものは生じないものと思われます。」
とうとうと述べる志保ちゃん。
「主文に記載されている以上は、既判力に準ずる効力が生じているという議論はどのようにお考えですか。限定承認について最高裁はこのように考えているようですが*9。」
千石の部長が問いただす。
「『既判力がない』というのは『既判力に準ずる効力』を否定するものではないわ。建物収去土地明渡請求に対して、建物退去土地明渡を命じることは、一種の『一部認容』よね*10、例えば100万円を請求して90万円が認容された場合と同じよ。この場合、90万円の債権の存在と、10万円の債権の不存在について既判力が認められる訳だから*11、今回は、建物退去土地明渡義務の存在についての既判力と、建物収去義務の不存在についての『既判力に準じる効力が生じる』という議論は十分可能よね。」
五月ちゃんがフォローに回る。
「そうすると、既判力に反する主張ということになりますか?」
千石の副部長が畳み掛けて来る。
「その前に、時的限界について検討する必要があります。既判力の基準時は事実審の口頭弁論終結時です。本件では、いくら早くとも第4回弁論準備手続のあった平成20年5月28日(第7話参照)以降に事実審の口頭弁論が終結しているところ、Xの主張は、平成18年4月13日の解除を内容とするものであって、既判力に準じた効力に矛盾する主張となります。」
志保ちゃんが答える。
「既判力の趣旨って、適正手続とそれによる自己責任ですよね*12? 前訴においてその主張を提出することが期待できなかった事項については、既判力の適用を認めない、いわば期待可能性の不存在による既判力の縮小を認めてはいかがですか。」
千石の1年が突っかかる。
「民事訴訟法338条1項5号は、前訴で提出できなかった攻撃防御方法の主張を再審で行うためには、刑事上罰すべき他人の行為が必要としていますよね。法的安定性という既判力制度の趣旨に鑑みれば、刑事上罰すべき他人の行為がある場合は別論、そうでなければ、既判力ないしはそれに準じる効力の縮小を認めるべきではないと思いますけど*13。」
五月ちゃんが応じる。
「民事訴訟法117条は例えば毎月1万円の医療費の賠償を認める等の定期金の賠償について、事後的な判決の変更を認めます。この趣旨は、判決が確定し、『毎月1万円』の部分に既判力が生じているものの、判決の基礎となった事情に事後的に変更が生じた場合には、賠償額を減額させるのが合理的であることから、再審の手続によらずして既判力の拘束を解くというものです*14。本条の趣旨からは、実質的に基準時後の事由と同視できるものについては、再審の手続によらず、既判力の拘束を解いても良いと解すべきでしょう。」
千石の部長が返す。
「両校とも、熱戦をありがとう。どちらもよく頑張っていたけれども、立論でも、反論でも、タイミングよくクリティカルな議論を繰り返していたという意味で、千石が少し上回るかな。」
千石側の歓声が上がる。
「最後の問題だけど、何が正解というのはなくて、なかなか難しいところだね。個人的には、基準時前に提出できたことの期待可能性が無い場合に、再審の手続によらずその主張をする余地を一定範囲で認めるとしても、単にその事実を知らなかったことだけでは足りず、知らなかったことが無理もないという場合でなければいけないと解すべきという立場だけど *15、親戚B、Cって、原告X側の人間なんだよね。親が死んで、状況が分からないなら、親戚に尋ねるというのは当然であって、そういうX側の人間とのコミュニケーション不足を理由に、後訴でこれを主張するというのは難しい気がするかな。」
みんそ部のみんなは、初めての実戦で、実力校との戦いを経験した。これがいい糧になって、本戦までにみんながもう1皮も、2皮も剥ければいいな。そんなことを思いながら法学科研究室で「重点講義」を読むうちに、今夜も更けて行ったのであった。