アホヲタ元法学部生の日常

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民訴ガール第9話「身代わり裁判の行方」平成22年その1

民事訴訟マニュアル上-書式のポイントと実務-

民事訴訟マニュアル上-書式のポイントと実務-

うららかな初夏の昼下がり、僕は、いつものように、法学科研究室で重点講義を読んでいた。

規範分類説(二重規範説)
これから手続を進めるにあたって誰を当事者として扱うかの行為規範の問題と、既に進行した手続を振り返ってその手続の当事者は誰であったかを懐古的に考える評価規範の観点とを自覚的に分離し、行為規範としては明確な基準を提供する表示説を採り、評価規範としては紛争解決に適する者で、かつ、手続の結果を帰せしめても構わない程度に関与する機会が与えられていた者を当事者と確定するという説である(新堂一三七頁)

(中略)

では、どのように考えるのが妥当だろうか(略)そうだとすれば、現時点では、新堂説のように、伝統的処理の延長上に評価規範としての当事者の確定で考えるというのも一つの考え方だということになりうる。理論としては過渡期のものであり多少の不純物を含むものになるにせよ、現時点では、解釈論としてはむしろこの方が通りがよいはずである。


重点講義上155頁〜160頁


学説を比較して、新堂説以外の学説の問題点を指摘し、そして、現時点では新堂説に行き着くという、典型的な重点講義の論理展開にうっとりとしてしまう*1



トントン


「どうぞ。」


そういって振り向くと、そこには、五月ちゃんと、沙奈ちゃんが不安そうな顔を浮かべていた。


「今日は、ご相談があって来たんですの。」



五月ちゃん、今日はいつもの元気がない。



「法律相談だけではなくて、『人生相談』も大歓迎だよ。」



「実は、私、裁判に巻き込まれているんです。今はお父さんにもらった土地に家を新築して五月ちゃんと同居しているんですけど、その家を立てる時に壊した古い家に抵当権がついていたって、お父さんと関係のあるサラ金が主張して、私を訴えたんです…。」



沙奈ちゃんが絞り出すような声を出す。


「それで、古い家を壊したことが抵当権侵害の不法行為になるかを相談したい、ってことかな。」


「そうじゃないんです。実は、こういう事情なんです。」



五月ちゃんが補足する。


1.印刷や製版の工場を個人で営むAとその妻であるBとの間には,昭和58年8月20日にC 男が生まれた。やがて平成5年にBが病没すると,Aは,平成6年2月にDと婚姻した。この時, Dには子としてE女があり,Eは,昭和60年2月6日生まれである*2
Aには,主な資産として,工場とその敷地のほかに,当面は使用する予定がない甲土地があ り,また,甲土地の近くにある乙土地とその上に所在する丙建物も所有しており,丙建物は,事 務所を兼ねた商品の一時保管の場所として用いられてきた。これら甲,乙及び丙の各不動産は, いずれもAを所有権登記名義人とする登記がされている。
2.Cは,大学卒業後,いったんは大手の食品メーカーに就職したが,やがて,小さくてもよい から年来の希望であった出版の仕事を自ら手がけたいと考え,就職先を辞め,雑誌出版の事業を 始めた。そして,事業が軌道に乗るまで,出版する雑誌の印刷はAの工場で安価に引き受けても らうことになった。
3.そのころ,Aは,事業を拡張することを考えていた。そこで,Aは,金融の事業を営むFに 資金の融資を要請し,両者間で折衝が持たれた結果,平成19年3月1日に,AとFが面談の上, FがAに1500万円を融資することとし,その担保として甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を 設定するという交渉がほぼまとまり,同月15日に正式な書類を調えることになった。なお, このころになって,Cの出版の事業も本格的に動き出し,そのための資金が不足になりがちで あった。
4.ところが,平成19年3月15日にAに所用ができたことから,前日である14日にAはF に電話をし,「自分が行けないことはお詫びするが,息子のCを赴かせる。先日の交渉の経過を 話してあり,息子も理解しているから,後は息子との間でよろしく進めてほしい。」と述べ,こ れをFも了解した。
5.平成19年3月15日午前にFと会ったCは,Fに対し,「父の方で資金の需要が急にできた ことから,融資額を2000万円に増やしてほしい。」と述べた。そこで,Fは,一応Aの携帯 電話に電話をして確認をしようとしたが,Aの携帯電話がつながらなかったことから,Aの自宅 に電話をしたところ,Aは不在であり,電話に出たDは,Fの照会に対し「融資のことはCに任 せてあると聞いている。」と答えた。これを受けFは,同日に,融資額を2000万円とし,最 終の弁済期を平成22年3月15日として融資をする旨の金銭消費貸借の証書を作成し,また, 2000万円を被担保債権の額とし,甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設 定契約の証書が作成され,Cが,これらにAの名を記してAの印鑑を押捺した。
6.この2000万円の貸付けの融資条件は,返済を3度に分けてすることとされ,第1回は平 成20年3月15日に500万円を,次いで第2回は平成21年3月15日に1000万円を, そして第3回は平成22年3月15日に500万円を支払うべきものとされた。また,利息は, 年365日の日割計算で年1割2分とし,借入日にその翌日から1年分の前払をし,以後も平成 20年3月15日及び平成21年3月15日にそれぞれの翌日から1年分の前払をすることと した。なお,遅延損害金については,同じく年365日の日割計算で年2割と定められた。
7.同じ3月15日の午後にAの銀行口座にFから2000万円が振り込まれた。これを受けCは,同日中に,日ごろから銀行口座の管理を任されているAの従業員を促し500万円を引き出 させた上で,それを同従業員から受け取った。
また,甲,乙及び丙の各不動産に係る抵当権の設定の登記も,同日中に申請された。これら の抵当権の設定の登記は,甲土地については,数日後に申請のとおりFを抵当権登記名義人とす る登記がされた。しかし,乙及び丙の各不動産については,添付書面に不備があるため登記官か ら補正を求められたが,その補正はされなかった。その後,【事実】9に記すとおり,AF間に 被担保債権をめぐり争いが生じたことから,乙及び丙の各不動産について抵当権の設定の登記 の再度の申請がされるには至らなかった。
8.翌4月になって,甲,乙及び丙の各不動産の登記事項証明書を調べて不審を感じたAは,C を問いただした。Cは,乙及び丙の各不動産について手続の手違いがあって登記の手続が遅れて いると説明し,また,自分の判断で2000万円の借入れを決めたことを認めた。
9.借入れの経過に納得しないAは,弁護士Pに相談した。そして,Aは弁護士Pを訴訟代理人 に選任した上で,平成19年6月1日,Fに対し,平成19年3月15日付けの消費貸借契約(以 下「本件消費貸借契約」という。)に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1500万円を 超えては存在しないことの確認を求める訴え(以下「第1訴訟」という。)をJ地方裁判所に提 起した。
10.Eは,AとDが婚姻して以来,A,D及びCと同居しており,その後は,Cと年齢が近かっ たこともあって,お互いに様々な悩みについて相談し合ったり,進路についてアドバイスをし合 ったりしていたが,平成19年6月中旬ころ,Cの勧めもあって,Eは,Aらとの同居をやめて 独立し,幼なじみのG女を誘って一緒に事業を始めることを決意した。そして,Eは,同月,ア パートを借りてGと同居生活を始めた。
11.平成19年7月,Aは,乙土地及び丙建物につきFを抵当権者とする抵当権の設定の登記が されていないことに乗じて,Eに対し,「いつもCの相談相手になり,励ましてくれてありがとう。私としては,今後もCにとって信頼できる友人として付き合ってほしいと願っている。また, 独立して自分の道を歩もうとする君を大いに支援したいので,乙土地及び丙建物を君に贈与し たい。」と述べた。
12.Eは,AがFから金銭を借り入れた事情や,その担保として甲土地,乙土地及び丙建物にF のための抵当権を設定する契約が結ばれたものの,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことなどについて,平成19年4月ころにAとCが話しているのを耳に しており,同年7月の時点でも,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされてい ないことを知っていた。
13.しかし,Eは,Aから乙土地及び丙建物の贈与を受けることができれば,丙建物を取り壊し て自分の住居を建築することができると算段し,乙土地及び丙建物にFのための抵当権の設定 の登記がされていない事情を十分に認識した上で,Aによる乙土地及び丙建物の贈与の申出を 受け入れ,平成19年7月27日,乙土地及び丙建物につき,贈与を登記原因としてAからE への所有権移転登記がされた。
14.平成19年8月19日,Eは,乙土地上に自己の居住用建物を建築するため,同土地上にあ った丙建物を取り壊した。これを知ったFは,弁護士Qを訴訟代理人に選任した上で,Eに対し, 抵当権の侵害による不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起することとした。
15.平成19年9月10日,Fは「被告E」と訴状に記載して,【事実】14に記す訴え(以下「第 2訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。第2訴訟は,被告側に訴訟代理人が選任されな いまま進行した。第1回口頭弁論期日が開かれた後,口頭弁論が続行され,第3回口頭弁論期日 までの間に,双方から事実に関する主張及びそれに対する認否が行われた。
16.弁護士Qは,第4回口頭弁論期日にこれまでどおり出頭し,J地方裁判所の法廷入口に用意 された期日の出頭票の原告訴訟代理人氏名欄に自らの名前をボールペンで書き入れようとした 際,これまでの口頭弁論期日にEとして出頭していた人物が,同じく出頭票の被告氏名欄にボー ルペンで「G」という氏名を記載した後に,慌ててその名前を塗りつぶして,「E」と記載した ところを目撃した。
そこで,弁護士Qは,不審に思い,第4回口頭弁論期日の冒頭において,Eとして出頭した 人物に対し,「あなたは,先ほど,出頭票に「G」という今まで見たことがない名前を書いてい ませんでしたか。訴状には,「被告E」と記載されています。あなたは,本当にEさんですか。」 と問いただした。すると,Eとして出頭した人物は,「実は,私は,Eと同居しているGです。」 と述べ,次回期日には,Eを連れてくる旨を確約した。裁判所は,口頭弁論を続行することとし, 第5回口頭弁論期日が指定された。
17.その後,第2訴訟に係る経緯をGから聞いたEは,訴訟代理人として弁護士Rを選任した。 そして,第5回口頭弁論期日には,弁護士Q並びにE,G及び弁護士Rが出頭した。
第5回口頭弁論期日においては,E本人が訴状の送達を受け,Gに対応を相談したところ,G が,「この裁判は,あなたの身代わりとして私がするから任せてほしい。」と申し出たので,Eが Gに対し「任せる。」とこたえた,という事実が確認された。
そして,弁護士Rは,「これまでにGがした訴訟行為は,すべて無効である。」と主張し,裁判所に対し,これを前提として手続を進めることを求めた。 これに対し,弁護士Qは,「弁護士Rの主張は認められない。Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶ。」と主張した。
〔設問3〕 【事実】1から17までを前提として,第2訴訟において,訴状の送達後,Gが第3回 口頭弁論期日までの間にした訴訟行為の効力がEに及ぶかどうかについて,理由を付して論じな さい。


「えっと、沙奈ちゃんは事業をやってるの?」


「はい。法学がこれからの生活でも大事なので、中学生向けの法律解説講座を発信してるんです。あ、クラスのみんなには内緒だよ。」


「えっと、僕は一応先生なんだけどなぁ…。まあ、いいや。結局、五月ちゃんが沙奈ちゃんの振りをして裁判所に出ていたのがバレたってことね。」


「はい…。私にはまだ弁護士資格がないから、地方裁判所では代理人ができないので…*3。」


「弁護士代理の原則というのは、いわゆる『三百代言』と言われる、劣悪な代理人により当事者の利益が損なわれるとともに、手続の円滑な進行を図るためのものだ*4。弁護士資格がない五月ちゃんは代理人をしてはいけないというこの規定を潜脱してはだめだよ。特に五月ちゃんは生徒会長なんだから、模範とならないといけないよ。」



どうしても語気が強くなる。



「悪いのは、お姉様じゃないんです。私が、法律知識がないから、お姉様に助けてとお願いしたのが悪いんです。」



沙奈ちゃんが泣き出す。


「いいえ、悪いのは私です、沙奈は悪くはありません。」



五月ちゃんは泣きながら、沙奈ちゃんの肩を抱く。



「困ったなぁ。女の子を泣かせるつもりはないんだけど。とりあえず、君たちのやるべきだったことは、最初から弁護士に相談するか、事情を正直に裁判官に話して補佐人申請をする(民事訴訟60条)ことだった訳*5だけど、とりあえず、もうやってしまったことはしょうがない、僕は一応弁護士だから、代理人になってなんとかしてみるよ。」


不純同性交友が禁止される学園において、教師が、「五月ちゃんと沙奈ちゃんが結婚すれば成年とみなされるから訴訟能力を持てるよ」*6というアドバイスをするというのは流石にできないだろう。


「それで、私のやった行為は、無効となるのでしょうか。それとも、有効なのでしょうか。できれば、無効として、一から先生に訴訟追行して頂きたいのですが。」



「要するに、五月ちゃんの行為の中には、今振り返ってみれば不利な行為もあるから、その全てが有効ではないと主張し、有利なものだけをセレクトしたいということかな。」


「まあ、それができないならしょうがないんですけど…。」



決まりが悪そうな五月ちゃん。



「まあ、これは、三者から見れば、自分で身代わり出廷しておいて、後で、それを無効だというのは、ずいぶん虫のいい話だと思われるんじゃないかな。まあ一応検討してみようか。まず最初に、誰が当事者かを考えてみようか。つまり、当事者は訴状に記載された『沙奈(E)』ちゃんなのか、それとも実際に行動した『五月(G)』ちゃんなのかという問題だよ。」


「確か、学説がいっぱいあって訳が分からなくなった気がします…。」


沙奈ちゃんがため息をつく。



「基本的には、学説と実務は、理論的整合性と結論の妥当性を指向する。こういう学説が多岐にわたっている論点は要するに、全ての事例を整合的に説明しながら妥当な結論を導くことができる見解がないということだよ。だから、基本的な考え方の軸を理解しておけばいい。」



「考え方の『軸』ですか?」



「基本的には、『当事者の確定という問題はどの局面を処理するのか』という軸だね。例えば、訴状に『大統領』と記載されていた場合、それがいったい誰のことか、分からないよね*7。実際には、そういう明白な事例*8ではなくて、より複雑な事案が問題となっているんだけど、少なくとも訴状が第一回口頭弁論期日で陳述されるまで*9に、原告が誰で、誰を訴えるのかをはっきりさせるべきではあるよね。」


「そうすると、当事者の確定というのは、第一回口頭弁論期日までの作業だということでよいのかな。」


「その沙奈ちゃんの疑問はいい視点だね。実は、こういう見解は1つの極であって、こういう見解を取る教授は、伊藤眞教授をはじめとして結構いるよ*10。でも、もう1つの極として、『判決が確定するまでは、訴訟の進行の各段階毎に当事者が違う人として確定されることもあり得る』という見解もあるね*11。」


「この見解は、訴訟の始めから終了までを通じて必要があれば常に繰り返して行われる作業であって、その都度暫定的になされるという見解ですよね*12。でも、この見解は、その立論の基礎を、紛争解決を与えることが適切な主体が当事者だという、いわゆる適格説に置いていて、形式的当事者概念とは大分離れるという問題があるんじゃないかしら*13。」



五月ちゃんがツッコミを入れる。


「適格説? 形式的当事者概念?」


沙奈ちゃんが混乱する。


「その具体的紛争において、誰が原告や被告といった当事者になるのが相応しいかを考える訴訟要件は何かな?」


早速、助け舟を出してあげる。


当事者適格です。当事者適格とは、特定の訴訟物について当事者として訴訟を追行し、本案判決を受ける事ができる資格をいいます*14。」



即答する沙奈ちゃん。


「そうだね。例えば、XがYに貸したお金が返ってこない場合に、いくらZがYの行為に憤っても、Zは貸金債権の当事者じゃないから、原告としての適格がないとかそういうことだよ。そうすると、当事者適格があるかは、一度ある人(例えばZ)が『当事者』であると確定された上で、その『当事者』と、その事案(例えばXY間の貸金請求訴訟)の関係で判断される訳だよね。ところが、紛争解決を与えることが適切な主体が当事者だといってしまうと…。」


当事者適格の考え方を当事者の確定の段階で先取りしてしまう!


沙奈ちゃんが気づく。


「そう、だから、当事者の確定段階では、請求の定立者とその相手方又は判決の名宛人を当事者という風に、紛争の内容と関係なく、形式的に当事者が誰かを決めようというのが形式的当事者概念だね*15。その意味では、いわゆる『適格説』を取るのはなかなか難しいところがあるかもしれないね。ただ、『判決が確定するまでは、訴訟の進行の各段階毎に当事者が違う人として確定されることもあり得る』という見解の論者の少なくとも一人は、適格説をその議論の基礎に置いているものの、適格説を取らない限りこういう考えを取ることができない訳ではないことには留意が必要だ*16。」


「そうすると、当事者の確定という作業を訴訟の初期にやってしまうという考えと、訴訟の進行中に徐々にも判断する考え方がある訳ですが、どのような考えの方向性がいいのかしら。」


五月ちゃんが首をひねる。



「これは難しいところだね。例えば、既に死んだ人を被告として訴状が送達されて、この訴状を唯一の相続人が受け取って、被告として応訴したとしようか。それで、原告は勝利を収めていざ執行しようとしたら、相続人は『被告は被相続人であって、自分は被告ではないから判決の効力は及ばない』という。これは不当だよね。」


「あれ、当事者の『承継人』に判決効は当然拡張されるのではないですか?」


沙奈ちゃんが指摘する。


「沙奈、民事訴訟115条1項3号は『口頭弁論終結後』の承継人に拡張するだけよ。」


五月ちゃんがたしなめる。


「この場合に、1つの解決は、応訴した相続人が当事者だと言ってしまい、被告の表示が誤っていたからといって表示を訂正するという対応をすることだね。でも、これが唯一の解決ではなくて、例えば、当事者は訴訟の初期に(被告として表示された死者=被相続人が被告として)確定されるけど、判決効をどこまで拡張するかという問題の中で、手続過程を実質的に支配していた者にも判決効が及ぶと考えれば良いという議論が考えられるよね*17。つまり、当事者の確定というものを後々様々な過程で使われるものと見るのか、当事者の確定の議論の射程は狭いものと見て、問題となる各場面で、各場面毎の理論を使って解決しようという方向かという点で最初に行った2つの方向性は先鋭に対立しているんだよ。」


「これまでの行為無効を主張するためには、通説*18である表示説、つまり、当事者の確定を初期に訴状の表示を基礎に確定する見解を主張して、被告は『沙奈(E)』であり、『五月(G)』は被告ではないと主張するのが一番強い議論ということでしょうかね。」



五月ちゃんがまとめる。


「この見解に対しては、表示説が有力な理由は裁判所が今後誰を当事者として扱うかを決める際に明確な基準を与えるからであって、既になりすましが発覚した後、事後的に誰が当事者であったかを懐古的に評価する際にはその要請はないという批判があるね。この様に考えれば、むしろ懐古的な判断の場面においては、手続の結果を帰せしめても構わない程度に手続に関与する機会が与えられていた者を当事者として評価するという規範分類説も近時有力*19であって、この考えからは、『五月(G)』ちゃんを当事者と見ることができるかもしれないね。」


「そもそも、なりすまし事案で、当事者が『五月(G)』お姉様だったって確定して何になるんだろう。結局、建物を壊した不法行為者は『沙奈(E)』なのですから、当事者の『五月(G)』お姉様としては『自分は建物を壊していない』と主張するだけで、請求棄却になるんじゃないかな。」


沙奈ちゃんが面白い事を考える。


「これは結構難しいところだね。だからこそ、規範分類説の論者は、単なる手続への関与の機会だけではなく『紛争解決に適する者』という要件を主張していることに留意が必要だ*20。1つの考えは、『五月(G)』ちゃんは任意的訴訟担当として、当事者として訴訟を追行している。だから、『五月(G)』ちゃんは当事者であり、かつその行為の効果は『沙奈(E)』ちゃんに帰属する(民事訴訟法115条1項2号参照)という議論かな。なお、いわゆる規範分類説は、将来の判断については基準の明確性から表示説を取るんだ。だから、なりすまし発覚後の将来の行為については、形式的にみて『沙奈(E)』ちゃんが当事者となり、『沙奈(E)』が今後は当事者として訴訟を追行することになるね。」


「もし、(Gによる訴訟追行当時の)当事者は『沙奈(E)』だということになれば、『五月(G)』お姉様の行為の効果は『沙奈(E)』に及ばないということでいいんですか。」


沙奈ちゃんが質問する。


「そうは簡単にはいかないよ。『五月(G)』ちゃんの行為を『沙奈(E)』ちゃんの代理と見る可能性はあるよね。」



「本件のように、代理人としてではなく、本人として行動をしているという場合にも、これを代理と見ることができるんでしょうか。」



五月ちゃんの主張は鋭い。


「訴訟行為は、法律行為を基礎に、それに訴訟法独自の要請から修正を加えて考えて行くことになる*21。そうすると、実体法上、署名代理が認められているのだから*22、訴訟行為としても、署名代理類似のものとして代理に準じて扱う余地があるんじゃないかな。」


「それは弁護士代理の原則からは許容されないのではないでしょうか。それを許容したら、民事訴訟54条の趣旨が骨抜きになります!」


「沙奈ちゃんもなかなか面白いことをいうね。この問題、『代理人』の行為の当事者への帰属だから、当事者の確定とは違う問題だけど、当事者の確定の問題でいうところの規範分類説のように考えるのがいいんじゃないかな。つまり、非弁護士の訴訟追行が発覚した時点で、将来の訴訟手続をどうするかという意味では、当然非弁護士は排除されるべきだ。でも、過去の行為の効力という意味では、少なくとも本人が自ら、弁護士資格のないと知りながら訴訟代理人に選任した以上はこの結果について後で無効を主張するのは不当であって、効果の帰属を否定できないんじゃないかな*23。」


判例は、弁護士資格の存在を訴訟代理人の地位の前提条件として、本人の追認がない限り、本人に対し効力を及ぼさないといっているのではないでしょうか?」



「五月ちゃんは判例を良く知っているね。最判昭和43年6月21日民集22巻6号1297頁を根拠に議論を展開するのは1つのあり得る議論だけど、この事案は弁護士の登録取消後の判決の送達の効力という特殊な事案だし、しかも、原判決が送達されてから二週間以内に上告が提起されているから、訴訟当事者が判決を現実に入手していて、送達は有効だといって*24、結局はこの瑕疵の治癒を認めている事案だよね。この判例をどこまで一般化できるか射程には疑問があるところだね。」


「そうすると、過去の私の訴訟の追行の結果を無効とするには、当事者性を否認した上で、仮に署名代理類似の代理人であるとしても、一応昭和43年最判を根拠に本人が追認を拒絶している限り効果は本人に及ばないと主張する、但しその主張が裁判所に認められる可能性は低いということかしらね。」



五月ちゃんがまとめる。


「これは和解をした方がよさそうですね。判例や学説から、裁判の見通しを教えてもらえて、すごく安心しました。」


沙奈ちゃんがすっきりした顔をしている。



「そうだね。委任状を書いてくれたら、できるだけ早く和解ができるよう努力してみるよ。そもそも、早めに相談してくれていれば、例えば、変な事実の陳述をしちゃった場合でも、その次の期日に当事者の更正権を行使する(民事訴訟法57条)とか、手はあったはずなんだから*25、今後は何でも早めに相談してくれよ。」


「「分かりました。ありがとうございます。」」


キンコンカンコーン


予鈴が鳴る。


「じゃあ、午後の授業に出てきますね。」


去って行く二人の後ろ姿を、見えなくなるまでそっと見送った。翌日、委任状を入れた可愛らしい封筒が僕の靴箱の中に入っていたのは、また別のお話。

*1:重点講義初版はしがきの中で「なぜ新堂説(略)を乗り越えることができないかを解き明かしたのが本書であり、それは同時に、私なりに現在の我が国の民事訴訟法学の状況を描いたということである。」と説明している。なお、「だったら最初から新堂民訴を読め」というツッコミはなしということで。

*2:ここは額面通りに受け取ると、この物語が2000年頃の物語になるが、司法改革の進展が速過ぎるので、却下。

*3:民事訴訟54条1項

*4:リーガルクエスト114頁

*5:なお、補佐人について訴訟能力の要否は問題となり得る。

*6:重点講義上192頁参照

*7:東京高判平成14年10月31日判時1810号52頁を参考にした。

*8:ただし、商品先物トラブルにおいて、勧誘員が偽名を名乗っていたと可能性がある(一審である東京地判平成21年7月10日判タ1329号268頁によると、そのような名で外務員登録をしていた職員はいないとのことであった。)事案において「自然人である当事者は、氏名及び住所によって特定するのが通常であるが、氏名は、通称や芸名などでもよく、現住所が判明しないときは、居所又は最後の住所等によって特定することも許される」として、先物会社を勤務場所として、被害者に対して名乗っていた名称の者という程度で特定があるとした東京高判平成21年12月25日判タ1329号263頁につき参照のこと

*9:それ以前の段階であれば、自由な訂正が可能である、重点講義上158頁参照

*10:重点講義上158頁

*11:同上

*12:重点講義上159頁

*13:重点講義上154〜154頁参照

*14:リーガルクエスト366頁

*15:伊藤109〜110頁

*16:重点講義下159頁

*17:重点講義上159頁。但し同頁には「そのような議論は、我が国ではまだ成熟していない」と批判されている

*18:重点講義上153頁

*19:河野94頁

*20:重点講義上156頁

*21:例えば、訴訟行為の訂正について、法律行為を基礎に検討をするものとして河野98頁。なお、このような考えは、「民事訴訟は権利行使の最終的な場としての機能を有する。その際、これらの行為が訴訟の相手方に対する権利行使という本質を有し、これと同じ責任原理が妥当するとすれば、それお規律する訴訟手続上の価値原理は私法のそれと共通であるはずで、その法的評価には実体法上の行為を起立する価値原理と全く異質の原理を持ち込んではならないはずである。」(河野37頁)という考えを前提としていることに留意されたい。

*22:最判昭和44年12月19日民集23巻12号2539頁

*23:重点講義上216〜217頁。なお、他の学説につき、伊藤146頁、リーガルクエスト116頁

*24:最判昭和38年4月12日民集17巻3号268頁

*25:当該陳述された期日に本人が出頭していない場合、次回期日の最初に更正すれば足り(岡口基一民事訴訟マニュアル上』116頁)、自白の撤回もできる(東京地判昭和43年9月24日判タ230号275頁)。