アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第3回法務の役割?

スキルアップのための 企業法務のセオリー (ビジネスセオリー 1)

スキルアップのための 企業法務のセオリー (ビジネスセオリー 1)

1.はじめに
 書き始めてから気付いたのですが、この連載、「時間軸がほぼ現実と一緒のストーリー展開」なのですね。その意味は、連載を休むと「真夏に真冬の話を書く」という非常にお寒いことになるということですので、できる限りオンタイムに書いていきたいと存じます。
 そもそも次何を書くかを全く考えていない*1「行き当たりばったり連載」ですが、第3回は「法務の役割」です。


ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第1回 自分が「即戦力」ではないことを理解する - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第2回依頼・相談を受ける際の対応 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第3回法務の役割? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第4回今すべき仕事は何か? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第5回ボールを持たない - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常



2.ストーリーパート


登場人物

僕(山田太郎)  1年目のインハウス。修習が終わってそのまま入社したばかり。

井上摩耶先輩   5年目の先輩インハウス。美人だが性格がキツい。

大越課長     我ら法務課の課長。



 12月に入社した後、あっという間に正月休みを経て1月になり、「人事・総務部門の新年会兼忘年会以降入社の新入社員歓迎会」というよく分からないイベントが開催された。そんなに頻繁に新しい社員が入社する訳でもないので、定例の飲み会の際に歓迎会を兼ねてしまえ、ということなのだろう。一次会(歓迎されるはずの僕もきっちり4000円を拠出させられた)が終わった後、井上先輩に近くのバーまで連れ出された。


「キミも入社してもうひと月。法務の仕事にも、もう慣れたかね?」


ウイスキー・ロックのグラスを唇に当てながらそう聞く井上先輩の顔には「ノー」という回答を期待しているかのように、いたずらっぽい笑みが浮かんでいた。


「いえいえ、まだまだ分からないことばかりです。パソコンに向かって契約書を直したりする仕事だと思ってたら、いろんな人とお話をする仕事が多くてビックリしました。」


こういう場所に慣れていないので、とりあえず頼んだハイボールを飲みながら、実感をそのまま口にする。


「法務の主な仕事としては、今やってもらっている契約書チェックのような、トラブルを未然に防ぐための予防法務と、トラブル発生後に迅速かつ円滑な解決を図る臨床法務がある。この他に、法務的観点を経営戦略・事業戦略に活かす戦略法務もあるけれども、うちの会社じゃあまりそういう仕事はないし、あってもキミみたいな1年目が担当することはあまりないだろう。」


うんうん、と頷きながら井上先輩は満足そうに言葉を紡ぐ。


「そして、臨床法務でも予防法務でも、重要なのは事業部門の人とのコミュニケーションだ。それは、なぜか分かるかね?」


「えっと、きちんと必要な情報をもらわないと適切な法的対応について判断ができないからですか。」


 前回井上先輩に恐ろしい目にあった時のことを思い出しながら、こう答える。


「それはミクロ的な理由にはなるけど、マクロ的な理由ではない。もっと大きい理由は、法務の役割にある。」


法務の役割、ですか?」


「そもそも、営業にとって、法務の印象としては『うるさい』、『面倒』というのが定番だ。先方の契約雛形でそのままサインすれば一瞬で売上げが立ち、ノルマが実現できるのに、そこに法務が口を挟んで、法的なチェックするとか弁護士先生に見てもらうからといってしばらく待たせた上で『ここはこう直して』と事細かに言ってくる。ビジネスは遅れるし、先方との面倒な交渉が発生する。数は多くないけど、時には営業がやりたいビジネスについて『やめろ』ということだってある。」


営業の立場に立って考えると、確かに「行く手を阻む邪魔者」という印象を持たれてもしょうがないだろう。


「えっと、臨床法務はどうなんですか? トラブルが生じて『困りました、助けて下さい!』と言って駆け込んで来るシチュエーションであれば、法務のありがたみが分かるんじゃないでしょうか?」


ちょっと思いついたことを、口にしてみる。


「確かに、事業部門では到底解決不可能な大きな法的問題が発生してから法務部門が対応にあたるというシチュエーションでは、もしかすると法務に『助けてもらう』という感覚の事案もあるかもしれない。でも、そんなタイミングで相談されても、もはや『手遅れ』で、後はどう『損切り』するかだけの問題という場合も多い。より良い解決を図るという意味では、最善はトラブルの種がまだ芽吹く前、そこまでいかなくともまだ小さい芽の段階で法務に相談してもらうことが望ましい。でも、その段階では、事業部門は『まだまだ行ける、大丈夫』と思っているかもしれない。そこをどうやって相談してもらうか、そして仮に相談してもらえたとしても、『行ける』と思っている事業部門をどう『これはマズイので、手遅れになる前に対応しましょう』と説得するか、という意味では、予防法務に似たところがある。」


「そうすると、法務の役割って、前向きに進もうとする事業部門に逆らって、後ろ向きに進もうとするってことになる訳ですか。」



「キミにしては良い質問だな。確かにそういう認識の事業部門の人も少なくない。でも、そんな足を引っ張るだけの法務部門だったら、会社にとってその存在自体不要ではないかしら?」


井上先輩の口角が少し緩み、また言葉を紡ぐ。


「私は、会社の目的は『健全に発展して行くこと』だと考えている。『持続可能な発展』という言葉を言う人もいる。要するに今だけよければいい、利益だけ上げればよいという短期的なものではなく、長期的に続けられるような発展をすること。これが株主、従業員、取引先等のステークホルダー全員にとって一番有益なはず。そういう中で、事業部門の『今早く売上げを立てたい』というだけの論理で会社を動かしていいのかしら?


「それはだめ、です。」


その答えはすぐに分かった。


「そう。その意味は、法務部門も事業部門も、本当は同じ方向を見ている、ということ。事業部門は会社の『発展』のために頑張るけれど、それが『健全』かどうか『持続可能』かどうかを考えるのはあまり得意ではない。」


だからこそ僕たち法務部門が必要なんですね。」


井上先輩が我が意を得たりとばかりにうなづく。


「そう、法務部門と事業部門が信頼関係を構築して、『健全な発展』『持続的な発展』に向けて手を携えて進んで行んでいくのが法務部門と事業部門の理想の関係。」


「じゃあ、法務にコミュニケーションが必要なのも。。。」


井上先輩が僕の言いかけた言葉を引き取る。


「同じ方向を向いてやっていくということは、『健全性』『持続性』の観点から言うべきことは言わないといけないけれども、『ノー』というだけではなく、『法務リスクを低減しながらビジネスを前に動かしていける修正案・代替案等はないか』等、ビジネスや会社の『発展』のための前向きな方向性をできる限り考えていかなければならない。それが、事業部門との信頼関係の構築につながる。そのためには、法務的知識・経験とビジネスの知識・経験の双方が不可欠で、その際、私たち法務はビジネスの知識・経験が不足しているという現実を正面から受け入れ、事業部門の人達の持つビジネスの知識・経験を借りなければいけない。そして、だからこそ」


「「法務にコミュニケーションが必要。」」


思わず二人の声がハモる。「もしかして、自分は今後法務でなんとかやっていけるのではないか。」井上先輩の戦略に乗せられているだけかもしれないが、そんな感覚が芽生えて、胸の奥が熱くなった。



3.解説のようなもの
 「法務の役割とは何か」というのは昔から色々論じられているテーマであって、色々な方がいろいろなことをおっしゃっていますが、個人的に重要だと思うのは、井上先輩のいうように、「法務部門も事業部門も同じ方向を向いている」ということです。法務部門は、決して事業部門の足を引っ張る悪い輩ではないんですね。逆に事業部門にそういう風に思われてしまったら、事業部門から気軽に相談をしてもらって問題の芽を手遅れにならないうちに摘み取る、なんてことは到底不可能です。


 問題は、なかなかそのことを事業部門が理解してくれない、ないしは頭では理解していても、具体的な案件で「これは法務的リスクがあるのでダメです」といわれた場合に、そのアドバイスを簡単に聞き入れてくれないということですね。


 それに対する対応策は色々な法務の先輩方がそれぞれにお持ちだと思いますが、私の考えは(できるだけ)「前向きにビジネスを進められる代替案や修正案がないかを一緒に検討する」ということだと思います。そして、法務部門だけで代替案や修正案を考えても、(その法務パーソンのビジネス経験にもよりますが)なかなか有効な案は出てこないので、事業部門がビジネスの知識・経験を、法務部門が法務の知識・経験をそれぞれに持ち寄って、「ああでもない、こうでもない」と話しあうしかないのではないかと考えています。そして、このような過程を通じて、事業部門の人に「法務というのは、ビジネスを前に進めようと真剣に考えてくれている」と思ってもらうことこそが、事業部門と法務部門の信頼関係の構築のための王道なのだと思います*2


まとめ
 正月から始めた連載も第3回になりました。皆様、特にdtk様の御指摘を踏まえ、加筆修正をしながらよりよいものとしていきますので、法務の諸先輩方の忌憚なきご意見・ご批判をお待ちしております。


(なお、コミュ障の筆者に言わせれば、「コミュ障な人は果たして、法務の道を進むかどうか真剣に考えた方がいい」です。その理由は上記で述べた通りです。しかも、年次が上がるとマネジメントという問題まで出てきますし。。。)


ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第1回 自分が「即戦力」ではないことを理解する - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第2回依頼・相談を受ける際の対応 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第3回法務の役割? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第4回今すべき仕事は何か? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第5回ボールを持たない - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*1:そもそも何回連載かも考えていない。。。52回ですかね?

*2:実際には、法務の役席者クラスになると、硬軟両面、表裏双方等様々な手法や社内人脈等の様々な資源を使い分けて海千山千の営業部長クラスを説得する手練手管があると聞いておりますが、まあこの連載は「法務一年目」ということで高度に社内政治に入り込んだ手法をご紹介することは遠慮させて頂きます。

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第2回依頼・相談を受ける際の対応

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで


1.はじめに

「ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書」と題した、法務パーソン向け記事の第1回につきまして、ご好評を頂きまして、どうもありがとうございます。また、dtk様及び経文緯武様には貴重なコメントを頂きました。どうも、ありがとうございます。




ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第1回 自分が「即戦力」ではないことを理解する - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第2回依頼・相談を受ける際の対応 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第3回法務の役割? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第4回今すべき仕事は何か? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第5回ボールを持たない - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


実際の仕事を始める前のロースクール生の方にも、いわばNEW GAME!』の法務版*1のような感じで楽しんで頂ければと思っております。



さて、今回のテーマは、依頼・相談を受けた際の対応です。




2.ストーリー


「キミね、まさか、こんなんで給料もらえるとでも思ってるの?」


井上先輩の美貌が怒りにひきつっている。


僕は、司法修習を終えてすぐにIT企業の法務部門に入社した。とはいえ、「法務部」という組織はなく、「総務部法務課」。課長と5年目の井上先輩、そして僕という3人だけの小所帯だ。


法務用の研修プログラムはないということで、1週間、井上先輩に命じられて雛形の読み込みを行った。そしてその次の月曜日に事件は起こった。


井上さん


秘密保持契約の作成をお願いします。


相手方はABC産業(本店所在地東京都●●区××△△代表取締役社長□□□□)で、目的は共同開発です。


できれば本日中でよろしくお願いします。


営業第一部 佐藤

こんな営業からの「よくある」メールを井上先輩に転送してもらい、僕は実質的な「初仕事」を始めたのだった。



秘密保持契約。NDAやCAとも呼ばれるが、どの会社でも使われる比較的オーソドックスな契約形態だ。「研修」用にと、比較的簡単なものを井上先輩が割り当ててくれたのだろう。そう思って、先週読んだ雛形の中から秘密保持契約の雛形を探して、佐藤さんのメールにある情報を埋め込んでいった。そして、「成果物」を井上先輩に送った瞬間、井上先輩に罵倒されたのである。



「は、はあ。何がいけなかったのでしょうか。。。」


「何がって。。。雛形の空欄に固有名詞を入れるだけで仕事をした気になるなんて、それでも法務パーソン!?


鬼の形相を見せる先輩*2


「す、すみません!」


ここはひたすら謝るしかない。


「そもそも、佐藤さんからはこの事案の背景事情とかを聞き取ったの?」


「えっと、まだ。。。です。」


「やっぱりね。」


井上先輩は大きなため息をついた。



「法務に相談や依頼する際に必要な情報を全部出してくれる事業部門の人なんていないわ。もしいるとしたらベテラン法務パーソンが事業部門に配転された場合くらいね。必要な情報を聞き出す前に作業をしたって、そんなの単なる時間の無駄。だから、相談や依頼を受けたらすぐに『どんな情報が必要か』を考えて、これを聞き出す。これは法務パーソンが身につけるべき習慣のイロハのイよ。」


具体的には、どういう情報を聞き出せばよいのでしょうか。雛形の空欄のうち、目的も相手の会社の情報も分かってますから、後は契約締結日とかを聞けばいいのかな?」


僕が大真面目にこう言うのを聞いて、井上先輩は頭を抱えた。



「困ったわね。。。抽象的に言えば、『法務リスクは何か』を聞き出して、それを成果物、今回の場合は秘密保持契約書に反映する、これが基本。」


「なるほど、佐藤さんに『この事案の法務リスクは何ですか?』と聞けばいいんですか?」


「う〜ん、確かに、最初の質問として『どういう背景でこの案件が発生したのか』とか『何か気になることはあるか』といった5W1Hのオープンクエスチョンから始めて、更なる質問のヒントをもらうことはあり得る。ただ、最終的には、リスクになりそうなところをこちらで想定して、答えをダイレクトに聞くのクローズドクエスチョンで情報を入手することになる。」


「例えば、この事案ではどういうことを聞けばいいのでしょうか。」



「まず、『共同開発』という目的は抽象的過ぎ。大体は何かのきっかけがあって、具体的にこういうものをこういう役割分担で開発しましょうといった『大まかな想定』がされているはず。これを踏まえて、目的を具体的に聞くことは最低限必要。」


「なるほど。」



「その上で、秘密保持契約の法務リスクの高低を決める決定的に重要な要素は『どちらがどのような情報をどちらに渡すのか』。一方的にうちが先方に渡すだけなのか、一方的に先方からうちがもらうだけなのか、それとも相互的なのか、相互的であるとしてどちらの方がもらう量が多いのか。これによって契約条項の書き方が大きく変わる。」


井上先輩はパッと図を書いて情報の流れを示す。


「例えば、うちが一方的に、ないしは大半の情報を渡す側としよう。そうすると、秘密情報の定義はできるだけ広く定義したい、秘密情報の例外はできるだけ狭くしたい、秘密情報の取扱いは厳しく縛って、契約終了後の秘密保持期間もできるだけ長期にしたい。逆にもらう側なら、話は逆になる。」


「そうすると、やりとりする情報の量に応じて雛形の文言を修正すればいいのですね。」


「量だけではなく情報の内容も重要だ。概ね情報をもらう側だとしても、うちが提供する(相対的に)少量の情報が、うちにとって非常に価値が高いという場合には、それをどう守りながら、同時に自社の義務の内容を合理的なものとするかが問題となる。その意味で、量と質の双方から、自社の利益を守り、自社の負担を最小限にする方法を考えて行く。」


「これは頭を使う仕事ですね。」


「それをやってはじめて『給料分働いた』ことになるんだよ、キミ。それに、自分の頭でゼロから考える必要はない。」


「どうすればいいんですか?」


コミュニケーション。要するに、佐藤さんに聞けばいいんだよ。例えば、こっちが提供する情報のうち、保護したいものについてマル秘マークとかを付けることが実務的かどうかを確認してみる。それが可能なら、秘密情報の定義として『秘密であることを明記したもの』という限定を付すことで、こちらの保護したい情報が秘密情報に入ることを確保しながら、相手方から提供を受けた情報のうちこちらとして秘密保持契約に基づき保護すべき情報も明確になる。」


「なるほど、法務はコミュニケーションが重要なんですね。」


「こんな感じでイメージがつかめたか。じゃあ、もう一度やり直し!最初からやってみよう!


今度こそ失敗しないぞ、と思いながら、僕は内線番号表から第一営業部の佐藤さんの番号を探し始めた。


3.解説のようなもの


今回は、「事業部門の人から質問・相談を受ける際に当該事案に関する事情を聞きましょう」という基本的な内容を扱っています。


 契約書ドラフト・修正業務といっても、法務パーソンが対応する場合、多くの場合は自社の雛形を修正したり、他社から送られてきた他社雛形を修正する業務であって、スクラッチから(ゼロから)ドラフトすることはあまり多くありません*3


今回は、秘密保持契約ということで会社に雛形がありそうです。しかし、雛形があるからといって、雛形に形式的に固有名詞格等を盛り込んでいけばいいということではありません。受付の際の「前さばき」ないしは「事前確認」をきちんと行うべきです。


会社によっては、
・情報をもらう側
・情報を渡す側
・中立的

の3パターンの秘密保持契約の雛形を備えているところもあるようですが、どうも「僕」の会社は中立的なドラフトが1つあるだけで、これを適宜事案に応じて修正することが求められているようです。


そこで、ストーリーにあるとおり、この事案において法務リスクに関係する事情である、「やり取りされる情報の量と質」等についてヒアリングをした上で、そのリスクに対応した修正をどのようにすべきか、ビジネス部門の方とコミュニケーションを図って行く必要があります*4


これはあくまでも1例ですが、相談や依頼を受けた時に、必要な情報をすぐに聞き出す、というのが法務では重要な「基本動作」と言えるでしょう。

まとめ
 依頼・相談を受けた際の最初の「前さばき」「事前確認」において気をつけていることを簡単にまとめましたが、
 法務の諸先輩方からのご助言を頂戴できれば幸いです。どうぞよろしくお願い致します。

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第1回 自分が「即戦力」ではないことを理解する - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第2回依頼・相談を受ける際の対応 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第3回法務の役割? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第4回今すべき仕事は何か? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第5回ボールを持たない - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*1:なお、タイトルとして一瞬「NEW HOME!」が浮かんだのですが、最終的には消えました。

*2:ちなみに、作者の脳内では、怒っている時はエルザ=グランヒルテ(ダークサイド)の感じをイメージしております。

*3:なお、自社に雛形がない場合には、顧問先の弁護士の先生にドラフトしてもらう、相手からドラフトを出してもらうという方法以外に「顧問の先生に(顧問料の範囲内で)雛形を提供してもらう」という方法があります。「企業法務やっている事務所なら当然雛形はあるでしょう」というような類型の契約であれば、雛形を提供してもらってこちらで直した方が(法務パーソンの経験等にもよりますが)リーズナブルな場合が多いでしょう。これに対し、そもそも「事務所にも雛形あるのかな?」というくらい複雑で非典型的な案件であれば、最初から顧問先の弁護士の先生にドラフトしてもらうのがよいでしょう。

*4:上記の会話では、やり取りされる情報の質として一定の秘密保持契約上の保護が必要という前提でやっていますが、そもそも、今の段階では秘密保持契約は要らないのではないか、という場合もありますし、逆に営業担当者が「この位の情報なので、NDA要らないですよね?」と言っていても、きちんと話を聞いてみるとNDAが必要な場合もあります。ご参考

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第1回 自分が「即戦力」ではないことを理解する

Business Law Journal(ビジネスロージャーナル) 2017年 02 月号 [雑誌]

Business Law Journal(ビジネスロージャーナル) 2017年 02 月号 [雑誌]





0. 企画趣旨

 あけましておめでとうございます。





 当アカウント(当ブログ及び運営者によるtwitter @ahowota )は、10年前にアカウントを開設した当初は完全な「オタクアカウント」としてアニメの話ばかりつぶやいておりましたが、最近では「企業法務アカウント」の度合いが強まり、昨年は、4回に渡りビジネスロージャーナル様に法務パーソンのためのブックレビュー記事を連載させて頂くことができました*1





 2017年は、(アニメネタも続けながらも)きちんとこのブログを企業法務ブログにしていこうということで、色々考えた結果、ツイッターの企業法務系ツイートのうち、一番評判がよい #新人法務パーソンへ を素材に、新人法務パーソン向けに、企業法務の実務の回し方のコツをストーリーで学んでいただこう、というのが企画趣旨となります。





 一応修習終わってそのままインハウスとして入った「僕」が美人だが性格がキツい先輩の洗礼を受けるという基本線ですすめていこうか、とは思っておりますが、資格の有無を問わずに一年目くらいの法務パーソンの皆様にとって役に立つ内容にしていこう、と思っております。





 完全な「不定期連載」となりますが、諸先輩方の忌憚なきご意見を頂戴できれば幸いです。





 なお、応用編としての外資系法務のサバイバル術的なものものも





外資系企業における電話会議サバイバル術〜法務部を念頭に - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常







 等がある程度評判でしたので、続けていこうと思っておりますが、これをどのような形式でやるかはまだ全く未定です。





なお、とりあえず、登場人物をご紹介。


登場人物

僕(山田太郎)  1年目のインハウス。修習が終わってそのまま入社したばかり。

井上摩耶先輩   5年目の先輩インハウス。美人だが性格がキツい。

大越課長     我ら法務課の課長。



2.ストーリー:「自分が『即戦力』ではないことを理解する」







「ぶっちゃけ、つまんないですよ。雛形読んでるだけなんて。」





入社してちょうど丸1週間が経過した金曜日、井上先輩が僕を食事に誘ってくれた。食事が概ね終わった後、先輩の発した





「この会社に入ってちょうど一週間だけど、仕事はどう?」





という、多分儀礼的な質問に、僕はついつい「マジレス」をしてしまった。





「あらあら、やっぱりそう思ってた?」





井上先輩はいたずらっぽい微笑みを浮かべる。





「『やっぱり』って、そりゃあ修習で実務にちょっと触れて、面白そうだなと思って胸をときめかせて仕事始めたら、『とりあえず雛形読んでみて』、ですから、そりゃあ、ずっこけますよ。早く本物の仕事がしたいです。」





僕は、ロースクール卒業後司法修習を終えてそのまま内定していた会社に就職した。わずか3人の法務課に配属され、特に法務に特化した研修制度もないから、ということで、大量の雛形の山を渡され、「これ、うちの会社の雛形だから、とりあえず読んでおいて」と言われたのだ。それ以来、1週間無味乾燥な雛形を読み込むだけの単純作業だけが続き、いい加減仕事をしたい、と思っていたところだった。





で、まさか、キミは自分が現状で『本物の仕事』とやらができるとでも思ってるの?




井上先輩の目が急に真剣なものになる。





「えっと、そりゃあ、司法修習もやってますし。。。」





思わぬ展開に、しどろもどろにならざるを得ない。





債務整理、交通事故、相続、離婚、訴訟…。これはみんな弁護士の仕事として重要だ。でも、これをやっただけで企業法務は到底できない。弁護士バッジを持っているというだけで仕事ができる気になって、『何でもお任せ下さい!』なんて啖呵を切っても、惨めな結果になるだけだ。





ここまで言うと、一瞬何かを思い出したように、井上先輩の顔が陰った。しかし、それも一瞬だけで、彼女は決然として、言葉を紡ぎ続ける。





「だから、バッジのことは忘れて、1つ1つ謙虚に勉強するしかない。雛形はその勉強の教材として渡したものだ。」





そう言われてしまうとグウの音も出ない。声も出せず、ただ俯いていると、先輩が耳元でささやきかける。





「まあ、これからの頑張り次第だな。来週から少しずつ仕事回すから、頑張ってみなさい。」





そう言うと、井上先輩は僕の返事を聞く前に伝票をサッと取って、レジに向かって歩いて行ったのだった。





4.解説のようなもの





 もちろん、例外はありますが、基本的には、学部卒→ロースクール→司法修習でそのまま企業法務に入った場合、入社時点で「実務では使えない」という場合が非常に多いと思われます。その理由は、以下の2つでしょう。





 まず一番大きいのは、「実務が分からない」ということです。ロースクールや修習で学んできた「法律実務」「裁判実務」というのは必ずしも企業法務実務と無関係な訳ではない(例えば銀行の法務部では親族相続法の勉強はマストでしょう)のですが、やはり、「この会社はどういう仕組みでビジネスが動いているのか」という実務の流れというものや「その全体像の中で法務はどのような役割を果たすべきか」といった法務の立ち位置が分からないと、相談を受けたり、契約書チェック・ドラフト等を依頼されても、どうすればいいのかが分からないのである。





 次に、関連するものの少し違う話としては、「法律が分からない」が挙げられるでしょう。もちろん、業務の中では簡単な民法の相談を受けることもありますが、国際取引の問題だったり、業法の問題だったりと、知らない法令、知らない通達・ガイドライン、知らない判例等を問われることも多い訳です。実際には、これらの法令、通達・ガイドライン判例等を踏まえて実務が既に形成されているので、ぶっちゃけ前提となる法律が分からなくてもある程度実務を回して行くことはできる訳ですが、きちんと実務運用についてその理由まで理解しようと考えた場合、前提となる法律が分からないと「なぜここでこんなことをするのか」がよく理解できない訳です。





 そういう状況下において、「即戦力」になり得るのは、多分数年間以上企業法務事務所で実務を行ってきた人くらいで、そういう人でもある程度慣れるまでは勉強の連続だと聞きます。





 逆に言えば、最初からその限界を自覚して、「自分は実務のことは分からないので教えて下さい」という姿勢で臨むことが、いち早く実務(と実務で出て来る法律)を覚えて期待に応えることができるようになるための近道でしょう。




まとめ

 作者である私自身「僕」とあまり変わらない位の能力なので、偉そうなことは言えないものの、企業法務一年目に「こういうことを知っていればもっとよかったのに」と思うような情報を提供していければと思っております。

 もっとも、私自身の経験・能力の限界から、十分なものになっていない可能性も高いことから、是非皆様のきたんなきご意見等を頂戴できれば幸いです。(ツイッターのリプが一番ありがたいです。)


ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第1回 自分が「即戦力」ではないことを理解する - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ企業法務一年目の教科書〜第2回依頼・相談を受ける際の対応 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第3回法務の役割? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第4回今すべき仕事は何か? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ストーリーで学ぶ法務1年目の教科書〜第5回ボールを持たない - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*1:それまでに関与した商業作品が『アニメキャラが行列を作る法律相談所』や『100人がしゃべり倒す! 「魔法少女まどか☆マギカ」』でしたので、かなり方向性が変わっているのが見て取れます。

ラブライブ!サンシャイン!!第1話〜第12話までの法的分析


注意:本エントリはラブライブ!サンシャイン!!第12話(公開日である9月24日基準で「先週」分)までのネタバレを含んでいます。お気をつけ下さい!




ラブライブ!サンシャイン!!はこの3ヶ月間の私の生活の中心を構成し、生きる意味を与えてくれた。


既に、QBの勧誘にも勝るとも劣らないスクールアイドルへの勧誘方法の悪辣性については、



スクールアイドル勧誘規制とストーカー規制法〜ラブライブ!サンシャイン!!の法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


の中で紹介したところであるが、


本日、最終話、第13話が放映されるにあたり、第1話から第12話までの法的考察をまとめたい。


1.個人的ベスト5


 まずは個人的ベスト5から。


 ベスト4及び5は、

中二病は、自分の好きな、輝いている姿を迷わず見せるという「自己実現」である。リトルデーモンとなるよう勧誘することは政治過程にも影響を与える自己統治の価値がある。表現の自由憲法21条)の最も核心的な保護対象だ。



お小遣いを前借りして東京に行くというのはラブライブ!伝統の「法律の抜け穴」を突く名案だ。未成年者が東京旅行が終わった後に消費貸借契約を取り消す(民法5条2項)ことで、その返済を免れることができる(民法121条但書)。


思わず中二病憲法的意義を再確認してしまうような第5話のヨハネに対する発言、そして映画(ラブライブ!The School Idol Movie)の穂乃果の名台詞を受け継ぐ第7話の発言に、千歌ちゃんが主人公にふさわしい「大物」だと確信しました



ベスト3はこれ。


徒歩1分あたり「80メートル」と決めたのは不動産の表示に関する公正競争規約施行規則10条10号であって、私立学校には適用されない。
「これが私たちの町です! 沼津駅徒歩1分(分速10キロ換算)!」
と言っても大丈夫? (ダメです!)

第6話の、廃校を免れるためなら法的に危ない宣伝文句をも辞さないAqoursの必死さに、ついつい法の抜け穴を探ってみてしまったが、やっぱりダメでしょうね。



第2位は、

「善子ちゃん!」「ギラン」二人の少女の視線が交錯する。
この瞬間、二人の間に
「共謀」
が成立した。
そこで千歌も逮捕罪(刑法220条)の共謀共同正犯(刑法60条)としての罪責を負う。


第9話の、いわゆるヨハネによる身柄拘束(二回目)ですね。現在研修所で集合修習中の皆様、こうやって現場共謀を認定するのが検察・刑裁です!



さて、輝ける第一位は!

Q「未成年者を理事又は監事に選任することはできますか?」
A「できます。(…)ただし(…)その法定代理人の同意を得なければなりません」
(俵正市『Q&A学校法人の管理機関をめぐる問題と対策』3頁)


第3話の鞠莉の衝撃の宣言に、ついつい専門書を買ってしまった。


Q&A学校法人の管理機関をめぐる問題と対策 (私学経営の法律相談)

Q&A学校法人の管理機関をめぐる問題と対策 (私学経営の法律相談)


小原パパ・ママが同意すれば、鞠莉は確かに理事長になれることが確認できたことに衝撃を受けた。



ということで、以下、各話毎に、法律ネタをまとめてみます。


2.第1話
・ルビィへの勧誘は最初はまだしも、最後は、「人の身体又は衣服を捕らえ」たとして、執拗な客引き等の禁止(静岡県迷惑行為防止条例10条2項2号)に違反するだろう。
・仮の名を用い、自己の実名を明かしたくないという自己のプライバシーに対する意向は法的に保護される(大津地彦根支判平成27年1月22日参照)。ヨハネと名乗ったにも関わらず、実名を暴露した行為は損害賠償ものだ。
・学則上の部活動設立要件を満たしても「生徒会長でいる限り認めない」というのは、明らかな他事考慮であり、その拒否処分は違法である。私立学校なので民事訴訟法にもとづき承認を求めるべき。
・命を助けようと梨子を抱き止めるのは事務管理民法697条)だが、本人の「意思に従って事務管理をしなければならない」(同2項)点に鑑みると、振り切ろうとしたのになお追いすがるのは違法?
・スクールアイドル加入契約は、契約の一種なので、双方の意思の合致が必要だ。「一緒にスクールアイドル始めませんか?」に対して「ごめんなさい。」では意思が合致せず、契約は成立しない。


3.第2話
・「ごめんなさい」と言う梨子に対し執拗に勧誘を続ける千歌。ストーカー規制法2条1項1号の「恋愛感情その他の好意の感情」該当性は微妙だが、静岡県迷惑防止条例4条の正当な理由なきつきまとい行為だ。
・「んん…。ごめんなさい…。」と怪訝な表情で断る梨子。これはストーカー被害者支援用語でいうところの「報酬」をストーカーに与えていることになる。生活圏に侵入されてめちゃくちゃになる前に、弁護士に相談だ!
・国民的アイドル、μ’sの名前を間違えることで、μ’sを侮辱した千歌。確かに民法では軽率な過失でも不法行為は成立するが、少なくとも「第三者」であるダイヤ様は千歌に対して請求権を持たない。
・校内放送のスイッチをオンにして生徒会長がアイドルオタクであることを校内中にしらしめたことは不法行為になり得る。故意はないだろうが、過失くらいはあるのでは?
・ストーカー行為にことかいてスカートめくりにまで及ぶのは違法だが、一瞬めくった程度だと強制わいせつには至らず、条例違反程度か。
・限定プリンを勝手に食べるのは窃盗罪。ただ、いつまでも取っておいて、自分のものであるかわからなくなっているとすると、窃盗の故意が否定されるかも。
・ぬいぐるみや浮き輪を投げたところ、違う人に命中!これは典型的な方法の錯誤(打撃の錯誤)であり、故意は阻却されない。


4.第3話
Q「未成年者を理事又は監事に選任することはできますか?」
A「できます。(…)ただし(…)その法定代理人の同意を得なければなりません」(俵正市『Q&A学校法人の管理機関をめぐる問題と対策』3頁)
・スキンシップという趣旨だろうが、胸を撫でて「相変わらず」等と言うのは、強制わいせつと条例違反の中間だろう。
・顔に「バカチカ」と書くのは、生理的機能も身体の完全性も害していないから傷害にはならないだろう。ただ、暴行罪と侮辱罪はあり得る。
・器物損壊は犬でも成立し得るが、傷害に至らないと成立しない。動物愛護法の愛護動物殺傷罪(46条1項)も同じ。
沼津駅前等の交通のひんぱんな道路において宣伝物、印刷物その他のものを配布若しくは販売する場合、道路交通法77条1項4号および静岡県道路交通法施行細則11条1項5号により、警察署長の許可が必要だ。「全速前進ー! ヨーソロー!」の前に法令を確認すべき!?
・ファーストライブに向けた沼津駅前でのビラ配りと執拗な客引き等の禁止(静岡県迷惑行為防止条例10条2項2号)については、千歌ちゃんの壁ドンまで至れば「進路に立ち塞が」ったとして違反になるが、曜ちゃん程度は問題ないだろう。
・日本一の鳥取砂丘を守り育てる条例10条1項1号のような規定があれば、砂浜への落書きは違法になるが、静岡県条例にはそのような規定は見当たらない。
災害対策基本法第49条4第1項及び同第60条第2項に基づき、ゲリラ豪雨という災害に対応するため、避難所として浦の星女学園の体育館が指定されたというのが法解釈的には一番可能性が高い??


5.第4話
・内心と違う意思表示を相手方が善意無過失で信じた場合、民法93条(心裡留保)の規定によりこの意思表示は有効となる。一生懸命翻意するよう説得しなくとも、民法の規定により、既に運命は決まっていたのだ!
・4話冒頭の図書館のシーンを実写化する場合、必然的に本棚の本が映り込むが、それぞれの著作権者の許可を得るのは煩瑣だろう。平成24年改正により新設された著作権法30条の2により、基本的に許可は不要である。
・学内の規則である「5人以上」の人数要件に違反しているのを知りながらノリノリで判子を押す理事長は、文科省の設けている理事長の資質に関する基準を満たさないと思われる。
・学校法人の寄附行為及び寄附行為の変更の認可に関する審査基準第一の三(三)理事長は学校法人の業務の全般について主導的な役割等を果たすために必要な知識又は経験を有し,その職務を十分に果たすことができると認められる者であること。
・理事長が学生を兼ねる場合(それ自体の可否は兎も角)、少なくとも来自らが学生としての立場で加入するつもりの団体設立許可については、利益相反行為として特別代理人の選任(私立学校法40条の5)が必要だろう。
・部室にあった図書館の本は取得時効の主張も考えられる程埃を被っていたが、「所有の意思」(民法162条)が要件。元々が借りるつもりで所有の意思がない(他主占有)なら長く占有していても返さないといけない。


6.第5話
・電磁的記録媒体の効用をデータが記憶されていることそれ自体に求めれば、衣装等のデータを飛ばせば、器物損壊の構成要件を満たす(法教51号86頁、東京高判平成24年3月26日参照)ただし、故意がないので無罪。
・動物を一種の「放し飼い」状態にしていれば、相当の注意をもってその管理をしたとは言えず、その動物が与えた害について民法718条により責任を負わないといけないだろう。占有者は、腰の治療費の賠償等が必要だ。
・なお、「人畜に害を加える性癖のあることの明らかな犬その他の鳥獣類を正当な理由がなくて解放し、又はその監守を怠つてこれを逃がした者」(軽犯罪法1条12号)
・準委任契約は法律行為ではない事務を委託する場合に成立し、受任者は善管注意義務を負う(民法656条、644条)。単なる注意以上のものが要請されており、予想外の展開でもきちんと制止しなければ債務不履行だ。
・一気に順位を上げるきっかけとなったあのビデオが、後日「黒歴史」になった場合、検索エンジンに対し、検索結果からこのビデオを外すよう要請できるか。これは忘れられる権利の問題である。未成年なので肯定の方向か。
・はるか十数年前の、幼稚園における恥ずかしい発言の内容はプライバシーとして保護されるだろう。他人の幼稚園時代の発言を第三者に無断で漏えいすることは、プライバシー侵害として損害賠償等の請求対象になるだろう。
・神学は不勉強であるものの、きっと天使にとっては、「故意堕天罪」が一番重い犯罪で、次が「過失堕天罪」なのではないだろうか。過失堕天罪の罰は天国のロッカー内にて拘禁とか?
中二病は、自分の好きな、輝いている姿を迷わず見せる、自己実現である。リトルデーモンとなるよう勧誘することは政治過程にも影響を与える自己統治の価値がある。表現の自由憲法21条)の最も核心的な保護対象だ。


7.第6話
・「統廃合は廃校」というのは、法律的に正しい。私立学校法50条1項4号により、他の学校法人と合併することは学校法人の解散事由となる。なお、理事長一人が反対しても、理事の3分の2が同意すれば合併は成立し得る(同法52条1項)。
・鳥の羽を髪に突き刺して「堕天」させる行為は一見暴行罪(刑法208条)だが、PTSDの招来が傷害罪(刑法204条)という判例(最決平成24年7月24日刑集66巻8号709頁)によれば、中二病を発病させたとして傷害罪に問える?
・幼稚園時代の恥ずかしい言動を暴露することは違法なプライバシー侵害行為であり、損害賠償責任を負うだろう。なお、相互に当時のことを第三者に対し暴露しあっているようだが、不法行為に基づく損害賠償は相殺できない(民法509条)。
・先輩に唆されて短いスカートで踊る等、不道徳な人と交際し(少年法3条3号ハ)、また、日が暮れるまで帰れという保護者の正当な監督に服さない(同イ)少女は「虞犯」として少年審判の対象となり得る。姉の心配は法律上の根拠があった?
・徒歩1分を80メートルと決めたのは不動産の表示に関する公正競争規約施行規則10条10号であって、私立学校には適用されない。
「これが私たちの町です!沼津駅徒歩1分(分速10キロ換算)!」
といっても大丈夫? (ダメです!)
・動物の「占有者」は民法718条1項に基づき動物が他人に及ぼした損害について賠償責任を負う。しかし、喫茶店の犬(わた)を客が一瞬抱いただけでは、単なる占有補助者であって喫茶店オーナーと独立した占有者とは認められないだろう。
・住居侵入罪(刑法130条)は住居権者の意に反する侵入について成立する。勝手に入って来ると住居権者である両親が「激おこぷんぷん丸」なのであれば、その(推定的)同意がない以上、いくら侵入行為につき子どもの同意があっても有罪だ。
・「一生つきまとってやる」といった脅迫文言をもって脅迫罪で有罪とした事案(名古屋地判平成19年3月12日裁判所HP)等に鑑みると、「ストーカー宣言」をして自らの計画への協力を強要する行為は強要罪(刑法223条1項)だろう。


8.第7話
・お小遣いを前借りして東京に行くというのはラブライブ!伝統の「法律の抜け穴」を突く名案だ。未成年者が東京旅行が終わった後に消費貸借契約を取り消す(民法5条2項)ことで、その返済を免れることができる(民法121条但書)。
・相手の体のすぐ横を突く「壁ドン」行為はその程度によるが暴行罪(刑法208条)が成立し得るだろう(最決昭和39年1月28日刑集18巻1号31頁参照)。
・内浦民は田舎者である旨を摘示して公共の電波上でその名誉を毀損したことは沼津市内浦の人口が約2000人であることに鑑みると、名誉毀損が成立し得る(ほぼ同数で名誉毀損を肯定した最判平成15年10月16日を参照のこと)。
・お菓子の差し入れについては「浦女の凄いところを見せる」という負担がついた負担付き贈与(民法553条)というより、純粋な贈与と期待の表明と理解すべき。さもなくば「くやしくないの?」となった時、債務不履行の問題になってしまう。
・旅館のものだと信じて、同行者がお土産として購入したおまんじゅうを誤って食べてしまうのは、窃盗罪(刑法235条)の構成要件を満たし得るが、基本的には故意がなく無罪だろう。不法行為責任(民法709条)は別途成立し得る。
・公共の娯楽場でライバル宣言をしても、「著しく粗野又は乱暴な言動」とまでは言えないので、軽犯罪法1条5号に該当するとは言い難いのではなかろうか。それによって強く動揺させたとして業務妨害(刑法234条他)の可能性はある。


9.第8話
・人は、他人からその氏名を正確に呼称されることについて人格的な利益を有する(最判昭和63年2月16日民集42巻2号27頁)。嫌がってるにも関わらず「善子」と呼ぶ行為は違法行為である。
・天界から魔力を放つことにより、セイントスノーの順位に影響を及ぼしたのであれば、これは業務妨害(刑法233条、234条)に該当し得るが、魔力は「偽計」でも「威力」でもなく、不能犯だろう。
・複数人で会場前にうろついて、「ラブライブは遊びじゃない」「馬鹿にしないで」等とすごんで不安を覚えさせるという行為は、東京都迷惑条例5条2項違反なのではなかろうか。
・部屋までたどりつけば住居侵入罪(刑法130条)が成立することは明らかだが、たとえ端っこであっても私有地に侵入した以上は、住居侵入罪の成立を免れることはできないだろう。
・「うんというまでハグする」は、義務がないことを行わない限り身体の自由に害を加えると告知し、実際に暴力を用いているのだから、強要罪(刑法223条)の構成要件に該当する犯罪行為だ。
・演奏債務は典型的な不代替債務で間接強制しかあり得ない。しかし、性質上、間接強制で無理矢理演奏させても債務の本旨に従った履行とはいえず、その意味では間接強制も不可能と思われる。
・一方が両手を広げても、もう一方がそれを受け入れず素通りしてしまえば、百合は成立しない。これはまさに申込と承諾が合致してはじめて契約が成立する様を象徴するシーンと言えるだろう。
・他人が溺れそうになるのを見ただけではこれを止める義務は生じないが、法律、契約、慣習等で作為義務が生じる場合がある。スクールアイドルのメンバーもそのような慣習上の作為義務を発生させる?



10.第9話
・「善子ちゃん!」「ギラン」二人少女の視線が交錯する。
この瞬間、二人の間に
「共謀」
が成立した。
そこで千歌も逮捕罪(刑法220条)の共謀共同正犯(刑法60条)としての罪責を負う。
・天界の眷属の憑依によって性格が変化したとしても、天界の眷属は「人」として扱われないと思われるし、性格の変化は刑法上保護されていないことから、刑事責任の追及は困難。せいぜい不法行為か。
・刑法は第三者に対する正当防衛を認めるので、友人を助けるため、友人を捕まえた犯人の頭をチョップすることは、(暴行罪の構成要件を満たすが)正当防衛(刑法36条)として違法性が阻却される。
・スクールアイドルの衣装が落ちてきたのを拾う行為は、占有離脱物横領罪(刑法254条)が成立し得るが、単に「制服」に反応しただけで、それを処分しようという意思まではないかもしれない。
・他人の事故防止のためわざと歌わないことは帰責性否定事由たり得るか。難しい問題であるが、純粋な第三者ではなく同じスクールアイドルグループの一員の事情である以上、帰責性を否定し得ないだろう。
・相手が自分の当時の説明不足を悔い、黙示にビンタされることについて同意していれば、当該法益は処分可能な法益であることから同意により暴行罪(刑法208条)の違法性が阻却されるだろう。


11.第10話
・建造物侵入罪(刑法130条)は「正当な理由がない」場合にのみ成立する。「百合」は正当な理由となるという一人説を取りたいところである。
μ’sの合宿のスケジュールを示す図表は海未が著作権を有するが、これを複製できるか。創作性で処理するか私的使用(著作権法30条)で処理するかだろう。
・他人を溺れさせるのは殺人未遂(刑法203条、199条)にもなり得るが、そこまでの故意はないだろうから暴行罪(刑法208条)位で終わりか。
・「おばかさん」程度であれば、侮辱行為ではあるが社会通念上許される限度を超えないとして適法になる余地があるが、一文字抜いた「おばさん」はどうだろうか。
・「堕天使の涙」を食べさせることで、辛さで身体の完全性を害する行為は傷害罪(刑法204条)になり得るだろう。ただ、明らかに怪しい外観なので、危険の引受けがあった可能性も。
・寝ながら胸を揉むのは強制わいせつ(刑法176条)の構成要件に該当するが故意がないというよりは、そもそも「行為」ですらないという方が筋が良さそう。
・ 旅館の神様が尻子玉を抜く行為は一見傷害罪(刑法204条)に見えるが、尻子玉というものは存在しないので不能犯だし、そもそも旅館の神様は刑法上「人」として扱われない。


12.第11話
・特訓という名目でプール掃除をAqoursのメンバーにやらせるのは、先輩の権限濫用ないしいじめとも思われるが、コスプレしてノリノリの人もいるので、今回は適法の範囲内のように思われる。
・リトルデーモンの皆に漆黒卿の力を貰う契約の法的性質如何?力を貸す行為は一般には「法律行為でない事務の委託」(民法656条)として準委任の場合が多いが、漆黒卿の力に民法は適用される?
・生徒会長は理事長に仕事を手伝わせられるか。「学校法人を代表し、その業務を総理する」(私立学校法37条1項)理事長は生徒会長とも利害が対立し得る以上、会長を補佐するのは不適切だろう。
・突然襲いかかって胸を揉む行為は強制わいせつ罪(刑法176条)だから、自己の権利を防衛するため、犯人を投げ飛ばして尻餅をつかせる行為は正当防衛(刑法36条)として違法性が阻却される。
・百合のあまり壁ドンしたり、押し倒してしまう行為。これらを正当業務行為(刑法35条)といえないのであれば、期待可能性の欠缺の理論を適用して二人を救うのが法律家だろう。百合万歳!


13.第12話
・闇の契約を結ぶことで漆黒の鼓動を打つ悩みを抱えた場合どうすればよいか。多分闇の契約は公序良俗違反(民法90条)なので、法律上の保護は受けられない。やはり親切な先輩に悩みを聞いてもらう等の事実上の対応が適切であろう。
・リトルデーモンから魔力、霊力、すべての力を受け取るための魔方陣のロウソクの火を消す行為はどのように評価されるか。リトルデーモンとヨハネの間の契約を侵害したという場合、債権侵害の法理が適用され、賠償が限定される可能性がある。
・握手は不代替的作為義務であって、いくら別人が代わりに握手したり写真を撮ってあげるといっても、到底債務の本旨に従った履行にはならないだろう。ダイヤ様は民法を勉強すべきである。
・目のところを強く押さえつけ、跡まで残るのは傷害罪(刑法204条)であるが、自己の名誉に対する現在の危難を避けるためやむを得ずにした行為として緊急避難(刑法37条1項)の可能性がある。
・電車の中で隣に座って胸を触りながら「ビッグになったね」と言う行為に対しては、「訴えるよ」というのが正しい。強制わいせつ罪は親告罪(刑法180条1項、176条)なので、告訴してはじめて起訴できる。


まとめ
ラブライブ!」の伝統を引く要素も、「サンシャイン!!」オリジナルの要素もあって、どちらも大変楽しめる傑作アニメ、ラブライブ!サンシャイン!!。法学的にも興味深い論点が目白押しです!


「Dear 千歌さん、私はAqoursが大好きです。法律をもっと勉強して早く0を1にしたいと強く想いました。」


3ヶ月間、楽しい時間をありがとうございました!


(来月から、何を心の支えに生きて行けばいいんだろうか。。。。?)

スクールアイドル勧誘規制とストーカー規制法〜ラブライブ!サンシャイン!!の法的考察



注意:本エントリはラブライブ!サンシャイン!!第8話(公開日である8月27日基準で「先週」分)までのネタバレを含んでいます。お気をつけ下さい!



1.はじめにースクールアイドル勧誘規制の必要性



 世は「スクールアイドル」全盛期である。



 一説によると、スクールアイドルの数は7236*1を越えると言われる。



 日本中で数千、数万人がスクールアイドルに勧誘されていることは間違いない。



 このような状況は、スクールアイドル同士が切磋琢磨してレベル向上を目指している。昔は



「スクールアイドル全部が素人にしか見えない」



等とエリチに言われる*2ような状況だったが、今では、



「スクールアイドルとして十分練習を積み、見てくれる人を楽しませるに足りるだけのパフォーマンス」をしても、それだけではだめな位までのレベルの向上を生んだ*3



このようなレベルの向上自体は否定すべきものではないだろう。





しかし、スクールアイドルには勧誘過程において魔法少女契約に勝るとも劣らない「強制的、ストーカー的な勧誘行為」が行われていることを忘れてはならない。





 作詞も作曲もできないのにスクールアイドル結成を決定し、「お断りします!」という同級生と下級生に迫り、最終的にはスクールアイドルにしてしまった「あのグループ」*4とか、



 「ごめんなさい」と言われてもスクールアイドルに参加するように促し続け、あまりにも頻繁に参加を勧誘するものだから、しまいには、「んん…。ごめんなさい…。」と怪訝な表情で断るような状況に陥り、そのような状況を「あと一歩」とか「あと一押し」と考えて更なる勧誘を行う「このグループ」*5とか、



 スクールアイドルを勧誘し、”School Idol?”と怪訝そうにするところを「うんというまでハグする」と言って強制わいせつ行為*6を行う等した「あんなグループ」さえある*7



 スクールアイドルの勧誘過程で行われる、このようなストーカー被害から、法はうら若き高校生をどうやって救うのだろうか?







3.ストーカー規制法の概要

 ここで、日本には、ストーカー行為等の規制等に関する法律がある。長いのでストーカー規制法と呼ぼう。



 ストーカー規制法は、増加するつきまとい被害の中、それらが殺人事件等にまで発展し得るところ、刑法の規定ではこれらの行為に対して有効な対策を取れないことから平成12年に制定された(檜垣重臣ストーカー規制法解説』(改訂版)2〜6頁)。



 要するに、ストーカー行為というのは、その一部が住居侵入(刑法130条*8)、名誉毀損(刑法230条*9)等の刑法犯になり得るものの、単なる「つきまとい」等は刑法の規定する犯罪カタログには含まれていない。そこで、警察としても、なかなか動きにくかったという事情がある。しかし、その結果、桶川ストーカー殺人事件等の凄惨なストーカー殺人事件等の被害が起こってしまい、警察が動きやすくする立法をすることで、有効な対策を取れるようにすることが必要と理解された。そこでできたのがストーカー規制法だ。





 ストーカー規制法の法構造は複雑であるが、簡単に言うと、いわゆるストーキングに対し、その一部の行為については直接犯罪(法第13条、檜垣重臣ストーカー規制法解説』86頁以下)とし、一部の行為に対しては警察が警告や禁止命令等(法4条以下、檜垣重臣ストーカー規制法解説』28頁以下)を可能とした。概ねのイメージとしては、警察に注意してもらって、「これが違法なストーキングだ」と理解すれば止むような比較的軽微な事案に対しては、警察から正式にこれは違法なストーキングであってやってはいけないという旨の警告や禁止命令を出すことになるだろう。しかし、既にストーキング行為がエスカレートし、例えば、被害者が、犯人に対し「ごめんなさい」等と嫌がっている様を示しても、犯人にとって、そのような反応が「報酬」となり、更なるストーキング行為を生むといった状況もあり得る(長谷川京子・山脇絵里子『ストーカー』(日本加除出版)83〜84頁)。まさに、上記の嫌がる梨子に対して、「もうすぐ落とせる!」とワクワクしている千歌のような状況である。そのような状況まで至ってしまえば、もはや警告や禁止命令の効果はなく、そのような手続を踏むよりは直接刑事手続を行うことがよいだろう。



 ところが、この2つのいずれの対応を取るにせよ、その上で基本となる「つきまとい行為等」をストーカー規制法は、以下のように定義する。


ストーカー規制法第2条第1項 この法律において「つきまとい等」とは、特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。

一  つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、又は住居等に押し掛けること。

二  その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。

三  面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。

四  著しく粗野又は乱暴な言動をすること。

五  電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールを送信すること。

六  汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。

七  その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。

八  その性的羞恥心を害する事項を告げ若しくはその知り得る状態に置き、又はその性的羞恥心を害する文書、図画その他の物を送付し若しくはその知り得る状態に置くこと。

注:現在、このうちの第5号については、電子メールだけではなくSNSメッセージも含めようという法改正の動きがあると報道されているが、少なくとも平成28年8月段階の現行法はこうなっている。



ここで大事なのは、ストーカー規制法第2条第1項柱書が、「つきまとい等」が一定の目的、つまり「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」で行われる必要があると規定していることである。



この点については、現在の行政解釈である「ストーカー行為等の規制等に関する法律等の解釈及び運用上の留意事項について (通達)*10」も、以下のように述べている。


「好意の感情」とは、好きな気持ち、親愛感のことをいう。「充足する目的」で行うものとしていることから、相手方にそれが受け入れられること、それにこたえ て何らかの行動を取ることを望むものであることが必要となる。恋愛感情のほか、 女優等に対するあこがれの感情等が含まれるものと解される。



(中略)



なお、これらの感情は男女間に限って抱かれるものではないが、不特定の者の中 の一人に対して向けられた感情ではなく、特定の者に向けられた特別な感情を抱いている必要がある。



ストーカー行為等の規制等に関する法律等の解釈及び運用上の留意事項について (通達)

要するに、女性が女性に対して行うものも含まれるものの、相手への恋愛感情や憧れの感情等の好意の感情が必要で、それが受け入れられ又は相手が何かの行動を取ることを望んで行う場合でなければいけないのである。





このような解釈となった理由については、実体として恋愛感情等に基づくストーキング被害がほとんであり、また、マスコミ活動、組合活動等を規制の対象から外すためと言われる(檜垣重臣ストーカー規制法解説』12〜13頁)。



ストーカー規制法2条1項各号が列挙する行為、例えば、「つきまとい」「面会要求」等は、商行為、マスコミ活動、組合活動等として行われることもあり得るだろう。熱心に商売をしようとしたり、取材をしようとするあまり、相手につきまとったり、熱心な組合活動のため、(団交として)面会を要求する行為が、ストーカー規制法の規制の範囲内に入ってしまうとすれば、国民の正当な行為が規制されてしまいかねない。



そこで、ストーカー規制法は、(1)行為要件として1号から8号のいずれかの行為をしなければならないこと、及び(2)目的要件として、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」を要求したのである。このような厳格な限定によって、ストーカー規制法は合憲とされる*11



逆に言うと、現行ストーカ―規制法が規制できない多くの領域がある、ということである。


マンションの住人間での生活音トラブルに起因して加害者が被害者宅に何度も押し掛け たり、職場の上司と部下の間での仕事上のトラブルに起因して加害者が被害者の使用する 携帯電話に無言電話を架け続けたりするなど、近隣トラブルや職場・商取引上のトラブル に起因したつきまとい行為が見られるところ、ストーカー規制法では、恋愛感情等充足目的で行う一定の行為を規制の対象としていることから、これらの行為はストーカー規制法 の対象外となっている。

ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会『ストーカー行為等の規制等の在り方に関する報告書』*12



3.スクールアイドル勧誘を規制できるか?

 問題は、現行ストーカー規制法によってスクールアイドル勧誘を規制できるかである。



 そして、この点については、事実認定として、恋愛感情等の好意の感情充足目的で勧誘が行われているか、の立証の問題に尽きるだろう*13



 例えば、千歌による梨子の勧誘行為は、梨子に対する好意を元に行っているという解釈の余地もある(これを「千歌×梨子説」と呼ぼう)。このことが証拠によって立証できればよく、例えば、千歌が梨子のスカートをめくった行為等*14を元に、このような立証をする余地もあるだろう。



 しかし、基本的には、千歌にとっては、ダイヤ様から「作曲できる人を捕まえてこないとスクールアイドル部設立を認めない」と言い渡されたので、作曲ができる転校生として梨子を勧誘しているに過ぎず、仮に千歌×梨子が成立したとしても、これは第2話終了時の二人が窓を乗り越えて手を触れ合った段階、すなわちスクールアイドル勧誘が終わった段階に過ぎないという解釈もあり得る(これを「作曲家必要説」と呼ぼう)。



 当然のことながら、裁判所が「千歌×梨子説」を認めれば「つきまとい」や「面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求」等を、行動の自由が著しく害され、不安を覚えるような方法で反復して行った(ストーカー規制法2条2項、13条)として、千歌の行為はストーカー規制法で有罪にできる。



 これに対し、裁判所が「作曲家必要説」を取れば、いわゆる「校内トラブル」によるストーキング行為として、現行ストーカー規制法では対応不可能となるだろう。そして、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事手続の原則によれば「作曲家必要説」が取られる可能性もそう低くはない。





そうすると、スクールアイドルはストーキング的な不当な方法で勧誘し放題になってしまいかねない。



4.スクールアイドル規制法の立法を!


 ここで、今年盛んに行われているストーカー規制法改正の議論においても、なかなか好意等の感情充足目的を外すのは困難と思われる。これを外してしまうと、相当広い範囲の社会生活がストーカー規制法によって規制されてしまうからであり、違憲の可能性すらあるからである。



だからこそ、必要なのは、「スクールアイドル規制法」である。魔法少女勧誘を規制すべきなのと同様、このような特に問題の多い行為類型にターゲットを絞った法令を設ければ良い。



例えば、

この法律において「スクールアイドル勧誘等」とは、特定の者に対する学生アイドルグループ、学生歌手グループ、学生バンド、学生タレントグループ等に勧誘する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。

一  つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、又は住居等に押し掛けること。

二  その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。

三  面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。

四  著しく粗野又は乱暴な言動をすること。

五  電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールを送信すること。

六  汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。

七  その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。

八  その性的羞恥心を害する事項を告げ若しくはその知り得る状態に置き、又はその性的羞恥心を害する文書、図画その他の物を送付し若しくはその知り得る状態に置くこと。

といった形で、目的をスクールアイドル勧誘に限定することで、憲法上の問題も解消されるだろう。


まとめ

現行ストーカー規制法によって、問題の多いスクールアイドル勧誘行為を規制することは困難である。

必要なのはスクールアイドル勧誘を専門に規制する特別法である!

さあ、3年生勧誘まで、法改正が間に合うか、楽しみですね!

*1:これは、ヨハネのリトルデーモンの数ではなく昨年ラブライブにエントリーしたスクールアイドルの数。ラブライブ!サンシャイン!!第8話のダイヤ様談。

*2:ラブライブ!第1期第7話より

*3:ラブライブ!サンシャイン!!第8話のダイヤ様談

*4:ラブライブ!第1期2話以降参照

*5:ラブライブ!サンシャイン!!第2話参照

*6:最近裁判例でみられる非傾向犯説を採用した場合。傾向犯説を採用すれば強要罪

*7:ラブライブ!サンシャイン!!第8話

*8:なお、スクールアイドル勧誘の過程におけるものではないが、勝手に入って来ると住居権者である両親が「激おこぷんぷん丸」なのであれば、住居権者の意思に反した侵入として、第6話の果南は住居侵入罪だろう。

*9:なお、第7話全体は、沼津市内浦の住民約2000人を「田舎者」だとして名誉を毀損する内容であり、ほぼ同数の所沢市の農家について名誉毀損を肯定した最判平成15年10月16日によれば、名誉毀損になり得る!?

*10:平成25年10月2日警察庁丙生企発第115号

*11:最判平成15年12月11日刑集57巻11号1147頁。この調査官解説は、憲法上の恋愛の自由ないし権利を認めており、調査官がリア充であることを示唆するものである。

*12:https://www.npa.go.jp/syokai/soumu2/pdf/05-1.pdf

*13:ストーカー規制法研究会・園田寿『わかりやすいストーカー規制法』(有斐閣)16頁

*14:ラブライブ!サンシャイン!!第2話

久美子と麗奈のコンサートホールにおける「約束」の効力は?〜響け!ユーフォニアムの刑法的考察


本エントリは、日付が変わった直後のいくつかのツイートを元に、その後のフォロワー様(特にsynnA207先生)のアドバイスを踏まえて加筆修正したものです。アドバイス、ありがとうございました!なお、当然ながらユーフォ第1期のネタバレを含みます。


1.はじめに


本日、8月21日は、響け!ユーフォニアムのヒロイン、黄前久美子ちゃんの誕生日です。おめでとうございます!



約1年前に、



「中世古先輩がソロを吹けないのは許せません!」吉川優子の訴えは法的に通るのか〜響け!ユーフォニアムの法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常





等で取り上げた後、最近は、ラブライブ!サンシャイン!!のことばかり呟いておりますが、「ダイヤ」「ルビー」の黒澤姉妹を見ながら、



「黒澤サファイア(緑輝)」



を妄想するくらい、やはりユーフォのことが忘れられません*1



大好評の劇場版に続き、10月からはアニメ第二期が始まるので、大変楽しみなところですね!!



『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』公式サイト





2.問題の所在


 さて、ユーフォ1期において、重要な法律問題を含む話として、第11話「おかえりオーディション」がある*2



1年前のエントリでは第11話のうちの「再オーディション」というところをテーマに法的分析を展開したものの、それ以外にも、久美子×麗奈派(or麗奈×久美子派)としては外せない、コンサートホールの2人のやりとりがある。



リボンちゃんの「脅迫」もあって、一年生であるにもかかわらず、3年生の中世古先輩を差し置いて「ソロ」を吹くことの重みを感じた高坂麗奈が、久美子に「私が負けたら嫌か」と尋ねる。「嫌だ!!麗奈は特別な人になるんでしょ?」と言う久美子に、麗奈は「今勝ったら私が悪者になる…」とこぼす。そこに「ソロは麗奈が吹くべきだって言う!言ってやる!」と畳み掛ける久美子。



この後の会話はそのまま引用しましょう。


麗奈「そばにいてくれる?裏切らない?」


久美子「もし裏切ったら、殺していい」


麗奈「本気で殺すよ?」


久美子「麗奈ならしかねない、それをわかった上で言ってる。だってこれは、愛の告白だから


響け!ユーフォニアム第11話より

素晴らしい百合を見せてくれます(小並感)





では、この合意って法律的にみて、有効なのでしょうか、それとも無効なのでしょうか?





もう少し具体的なシチュエーションをイメージすると、


事例:少女Kは、ずっと少女Rのそばにいる、裏切らないと約束したのに、Rが上級生から疎まれるようになると、Kは上級生のプレッシャーに負けて、Rとあまり話さなくなった。Rはかつての約束を思い出し、Kを殺した。


まあ、本編の百合百合っぷりを考えると、こういう展開になる可能性はほとんどないのだろうが、麗奈が交わした「約束」を忘れないで、実行に至った場合、この「約束」法的にはどのように評価されるのか、問題となる。





2.(普通)殺人罪or同意殺人罪

刑法199条は「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」として(普通)殺人罪を規定する。しかし、被害者本人が同意をしている場合については、これとは異なる条文がある。


刑法202条「人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の懲役又は禁錮に処する。」

 刑法202条は同意殺人罪承諾殺人罪)を規定し、普通殺人罪よりも明らかに軽い処罰(六月以上七年以下の懲役又は禁錮)を定める。



 自殺が違法かは争いがあるものの、少なくとも第三者が自殺に関与すること、ないしは殺害を望むものの生命を第三者が侵害することも違法であるとされる。その理由は、生命の価値が絶対的であることから、その段階で被害者本人が死を望んでいても「それでもなお殺してはいけない」という要請が優越する(パターナリズムということである(山口厚『刑法各論』(第2版)12頁)。



そこで、被害者本人が承諾していたとしても、同意殺人はなお違法であって処罰すべきであるものの、本人の意思に合致していることから、その法益侵害性が軽微として軽い処罰に留めている(山口厚『刑法各論』12〜13頁)。



3.高校生で大丈夫!
 さて、このような同意殺人が普通殺人より軽く処罰される前提は、本人が承諾し、本人の意思に合致していることである。



 すると、被害者本人が死ぬことの意味を理解する精神能力を持っていることが前提となる(山口厚『刑法各論』14頁)。そして、生命という重大な法益に関しては高度の同意能力が必要となる*3

 

 例えば、わずか5歳11月の幼児には自殺の何たるかを理解する能力がなく殺人に同意できるはずがないだろう(大判昭和9年8月27日刑集13巻1086頁)*4



 しかし、16歳でも承諾能力があるとした事案がある。母娘心中において知能も別段通常の人より劣っていたことを窺わせる事情はない16歳の娘について承諾能力を認め、生き残った母について同意殺人とした(新潟地判昭和46年11月12日判タ274号353頁)。



 そこで、高校一年生で知能も特段通常の人より劣っていない久美子については死ぬことの意味を理解する精神能力が備わっていると言えるだろう。



4.条件付きの同意も可能
 それでは、同意は条件付きでもよいのか。「約束を破ったら殺しても良い」といった条件付きの同意が可能かが問題となる。



 この点、一般に、「『同意』に付けられた条件は有効」といわれる(佐藤陽子『被害者の承諾〜各論的考察による再構成』256頁)。



 要するに、約束を破っていない(=条件未成就)のに殺せば、条件を満たしていないとして普通殺人罪となるが、約束を破った(=条件成就)のであれば同意殺人罪になり得るということである。



 私の判例リサーチでは日本の裁判例でよい事例は出てこなかったものの、ドイツでは、要旨「自分でうまく自殺できなかったら、殺してくれるか?」というような、条件付きで、かつ質問形のものであっても、同意殺人の成立を認めている(BGH NStZ 1987,365)。同事案では、叔父が甥に対し、自分自身で薬品(睡眠薬の一種)を注射するのだが、「(自分で薬品を)注射できなかったら注射を手伝ってくれないか?*5という依頼について、文言の観点からも目的の観点からも条件のないものに限定すべき理由はないとして、嘱託殺人(ドイツ刑法216条)としての有効な嘱託(要求)だとした*6



 そこで、「ずっとそばにいる、裏切ったら殺しても良い」条件付きの同意でも有効である*7



5.真意に基づく同意

 この事例で一番問題となるのは「真意に基づく同意」である。同意は真意に基づくもの、つまり死亡することの意味を熟慮の上、自由な意思により殺害を求め又は受容するものでなければならない*8

この点について佐藤陽子先生の以下の言明は大変参考になる。

「死にたい」「殺して欲しい」という言葉は、生命がその人の存在そのものを支えるからこそ、比較的容易に表明される傾向にあるからである。それは冗談としてのみならず、ヒロイズム的な精神状態や気の弱み、あるいは同情をひきたいがために真意ではなく表明されうる。それゆえ、同意殺人罪においては、同意の真意性に関する判例が多く存在している


佐藤陽子『被害者の承諾〜各論的考察による再構成』(成文堂、2011年)

 ツイッターで「死にたい」を検索するとすごいことになる*9ように、巷では、日常的にものすごい数の『死にたい』『殺して欲しい』が発せられているが、これらがすべて自己の生命という法益を処分するという真意の発露であるとは到底言えないことは、SNSを使っている人なら誰でも知っているだろう。



 裁判所も、少なからぬ事案において、承諾が真意に基づかなかったとする判断を示している



 例えば、アルコール依存症自傷をして苦しんでいる長男を殺害した夫婦につき「死にたい」等と言っていたとしても、本気で死のうとして負った傷跡とは認め難く、情緒不安定な状態にあり、真意で死を望んでいる状況は窺えないとして普通殺人罪を成立させた名古屋地判平成9年5月21日判例タイムズ968号277頁や、下半身不随の義父が死にたいと口走ることから被告人が塩化水銀を服用させた事案でなお数年は生命に異常がない状態だった等として真実被告人に自分を殺してくれることを嘱託した意思表示と認められないとして普通殺人罪を成立させた東京高判昭和33年1月27日裁特5巻1号21頁、シンナーに耽溺した弟が「シンナーをかぶって死んでやる」と言ったので被告人がシンナーをかけて火を放ち死亡させた事案につき、いつものうそか冗談であっていい加減なものだったとして普通殺人罪を成立させた東京高判昭和61年5月1日判時1221号140頁等がある。



 本件に少し似た事案として、双子の兄を殺した事案がある。この事案では、17歳の双子の事件であり、双子の兄が自殺願望を持ち「自殺に失敗したら殺してくれ」という、ある意味では条件付きの殺人への同意文言を発していたところ、実際に自殺に失敗して植物状態になってしまった。そこで被告人(少年)は兄を殺したという事案について、裁判所は殺人罪を適用したのである(名古屋高判平成14年9月17日高刑速報集(平14)137頁)。これも、真意による同意ではないと判断されたものと理解される。


 久美子が「殺していい」と言ったのは、佐藤先生のいうところの「ヒロイズム的な精神状態」、ないしは、麗奈への強い共感ないしは支持の表明(「愛の告白」)であって、真に自己が死亡することの意味を熟慮した上で、自己の生命と言う法益を処分するという意思で死亡に同意したとは到底言えないだろう。



そこで、 法的にいえば、久美子による「同意」には何ら意味はなく、万が一麗奈が久美子を殺してしまえば、普通殺人罪になる。




第8話(「おまつりトライアングル」)に続くユーフォ百合回である第11話「おかえりオーディション」。


この中の名シーンの1つ、コンサートホールにおける「殺されてもいい!」は、法的には、「何ら意味がない(無効)」ということにあいなってしまった。


しかし、それはあくまでも法律の観点からであって、ストーリー的にも百合的にも非常に意味のある話であることは争いのない事実だろう。今後の、久美子と麗奈の関係の進展は? 



響け!ユーフォニアム第2期が大変楽しみである!!

*1:久美子役の声優も「黒沢」ともよちゃんですし。なお、「さふぁいあ」だけではなく、「だいや」、「るびー」も、奇特な名前として改名申請が可能な様に思われるものの、「頑張るびー」といったネタがなくなるので、個人的にはキラキラネームを続けて頂きたいところですね。なお、みどりちゃんのような改名をするとするとダイヤ様は「こんごう(金剛)」になりそうですが、これだと鞠莉とキャラが被りそう。。。

*2:この話は、私が好きな吉川優子(いわゆる「リボン」)ちゃん大活躍で大変素晴らしいので、是非見て下さい。

*3:西田=山口=佐伯『注釈刑法第1巻』(深町晋也)350頁

*4:その他、いわゆる精神障害者について、最決昭和27年2月21日刑集6巻2号275頁参照。

*5:"Würdest du mir helfen, die Spritze zu geben, wenn ich es nicht kann?”

*6:“Weder der Wortlaut noch der Zweck” "gebietet die Beschränkung der Privilegierung auf ein bedingungsfreies Verlangen.”

*7:但し、同意は常時撤回可能なので、後でいざ殺されそうになったら撤回してしまうという手もある(佐藤陽子『被害者の承諾〜各論的考察による再構成』256頁。なお、行為の終了前に同意が撤回された場合には原則として可罰性が否定されないとするものの、これでは不都合な場合があるとしてその解決を検討するもとして、西田=山口=佐伯『注釈刑法第1巻』(深町晋也)351〜352頁を参照。)。

*8:前田雅英『条解刑法』(第3版)584頁

*9:お勧めしません

ポケモンGOの法的分析〜ポケモンHOの研究

マルチラテラル民法

マルチラテラル民法


1.はじめに


 ポケモンと法律、この2つに関係性を見いだせない人も少なくないだろう。

 しかし、約15年前、この関係を見い出した法学者がいた。

民法は、ポケモンワールド。百数十のポケモンの名前や性質・得意技などを覚えたように、民法ワールドに潜む、できるだけ多くの概念や制度をゲットし、その制度理解や解釈技法に習熟することによって、民法マスターへの道をめざそう。君のピカチュー(ママ)は何かな?」
松本恒雄他『マルチラテラル民法』v頁


 民法学者も認めるように、ポケモンは、法律と密接な関わりを持っている。



 ここで、大ヒット中のポケモンGOについては、既に実用的な側面から、法的分析が展開されている。



 例えば、町村泰貴教授の「ポケモンGOと法的問題」



ポケモンGOと法的問題: Matimulog


は、人の動きをコントロールできるといった側面等から様々な法的問題を検討している。



 また、橋詰先生の「Pokémon Goの利用規約を分析してみた」


元企業法務マンサバイバル : Pokémon Goの利用規約を分析してみた


は、法務パーソンらしい観点から、利用規約を分析されている。



このように充実しているこれまでの法的考察において唯一足りないのは、非実用的な法的分析である。つまり、ポケモンの世界に対して現実の法律を適用するとどうなるかをギリギリまで詰めて考える、いわば「ゲーム世界の出来事の法的分析」は、これまであまりされてこなかった。


筆者は、これまでも、アニメやゲームの法的分析ということで、例えば艦これについて


艦隊これくしょん法学(艦これ法)研究序説〜艦娘被害対策弁護団設立宣言 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


といった分析をしてきた。また、ポケモンGOについては、ツイッター(@ahowota)上で、 #ポケモンHO というタグで若干の検討を進めてきた。そこで、現段階までのテンタティブな見解を簡単にまとめたい



2.ポケモンの捕獲に関する問題
 そもそも、ポケモンの捕獲は自由なのだろうか。


 ここで、鳥獣保護法(鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)第8条柱書は「鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等又は採取等(採取又は損傷をいう。以下同じ。)をしてはならない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。」として「鳥獣」の捕獲等を原則として禁止する。


 つまり、ポケモンが「鳥獣」であれば、捕獲は禁止されるのである。*1


 さて、鳥獣保護法第2条1項は「この法律において「鳥獣」とは、鳥類又は哺乳類に属する野生動物をいう。」と鳥獣を定義する。


 そしてポケモンには、多くの種類があるところ、その中には、「鳥類又は哺乳類に属する」ものとそうではないものがあるだろう。


 例えば、コラッタ、ポッポ、オニスズメ等は「鳥獣」と言わざるを得ない反面、ナゾノクサコイキングは違うといった形で、鳥獣該当性はポケモンの種類毎に個別具体的に判断されるだろう。



 ポケモンを見つけたらすぐにモンスターボールを投げるのではなく、それが「鳥類又は哺乳類に属する」かを検討してから捕まえるべきである!


3.ポケストップにおけるアイテム等の取得
 ポケストップでは、様々なアイテム等を取得できるが、これはどのように判断すべきだろうか。


 もしこれが誰のものでもないことが確定していれば、無主物の先占により、そのポケモントレーナーが所有権を取得する(民法239条1項「所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する。」)。
 ただ、本当に誰のものでもないのだろうか。


 この辺りは、微妙なところがあるところ、もし本当は誰かのものであれば、それを自分のものにしてしまう行為は占有離脱物横領罪という犯罪になってしまう(刑法254条「遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。」)。


 そのリスクを取れないということであれば、なすべきことは、遺失物の拾得に準じた手続を取ることである。


 つまり、遺失物法第4条に従い、これを警察署長に提出しなければならないだろう。その後、公告後3ヶ月以内に所有者が判明しない場合にはじめてトレーナーのものとなる(民法240条)。


4.ゲットしたモンスターを博士に送る
 ゲットしたモンスターは、ウィロー博士に送ると、「アメ」が届く。


 この「博士に送る」行為がどのような法的意味を持つのかは、なかなか難しいところである。


 1つの説は、交換契約説であり、アメとポケモンを交換(民法586条)しているという見解である。これは一見自然なように思われる。



 しかし、アメはどこから来るのかという問題がある。ポケモンを捕まえる元からポケモンが持っていることもあること、当該ポケモンの種類に対応したアメがあること等に鑑みると、2つ目の説として、ポケモンからアメが出て来るのではないかという仮説が成り立つ。それがポケモンに苦痛を与えて体内から吐き出させている*2のか、それとも、ポケモンの体を煮詰める等の加工をすることで生産しているのか*3等は分からないものの、この場合には、準委任契約(民法656条)ないしは請負契約(民法632条)に基づく加工がなされたといえるだろう。原則として加工後に生じたアメも元のトレーナーの所有物である(民法246条)。


 なお、博士がアメを作るにあたり食品衛生法52条1項の許可を得ているかも問題であろう。


5.ゲットしたモンスターでのバトル
 ゲットしたモンスターでバトルを繰り広げるのは、決闘罪決闘罪ニ関スル件参照)にはならないとしても、「愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた」(動物愛護法44条1項)として、刑罰を科される恐れがある。ここでいう「愛護動物」は「牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる」(動物愛護法44条4項1号)または「前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの」(動物愛護法44条4項2号)である。闘犬については、伝統行事として社会的に認容されているならば禁止されないと考えられているようであるが、流石にポケモンのバトルは伝統行事とは言えないだろう。


 さらに、各地では、動物の戦いを規制する条例を設けているところもある。東京都であれば闘犬・闘鶏・闘牛取締条例が「犬、鶏、牛その他の動物を互に闘わせてはならない。」(闘犬・闘鶏・闘牛取締条例1条)としており、動物ポケモン全般におけるバトルが禁止されている


まとめ
 コンプライアンスを重視する遵法精神溢れるポケモントレーナーは、
ポケモンをゲットする前にポケモンの種類を確認し、
ポケストップで獲得したアイテムについて遺失物法所定の手続を取り、
・バトルをする際にも、ほ乳類、鳥類、爬虫類を避ける

等の措置を講じることになるだろう。



これは一見煩瑣だが、今や弁護士が手に手にスマホを持ってイノシシ狩りならぬポケモンGOに興じる時代である。
Schulze BLOG:日弁連臨時総会潜入レポ19
日弁連臨時総会,イノシシに罠をしかける若手弁護士 : 弁護士谷直樹/医療事件のみを取り扱う法律事務所のブログ
1500人か1000人か 「司法試験の合格者数」めぐり弁護士たちが白熱議論 - 弁護士ドットコム
今後は、法クラポケモントレーナーポケモンGOにおけるコンプライアンスの徹底を先導することを期待したいところである。


いずれにせよ、ポケモンGOの法的考察は始まったばかりである。今後も皆様にご指導を賜りながら、考察を進化(ママ)させて行きたいところである。よろしくお願いしたい。

*1:なお、弓矢を射掛けたが、当たらなかった場合でも弓矢による捕獲とする最高裁判例最判平成8年2月8日刑集50巻2号221頁)によれば、モンスターボールの投擲が下手で、ポケモンを発見したのにHITさせられず、捕まえることに失敗した場合であっても、鳥獣保護法によって原則として禁止される「捕獲」行為に該当するだろう。

*2:https://twitter.com/terayasan/status/757208653736792066参照

*3:この場合、ポケモンの種類によっては化製場等に関する法律の許可を得る必要があるかもしれない。