アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

環境法ガール17 さくらちゃんとの地元デート〜平成19年第1問

環境アセスメントとは何か――対応から戦略へ (岩波新書)

環境アセスメントとは何か――対応から戦略へ (岩波新書)


注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


1.変わる故郷の風景
 午前中で授業が終わる土曜日。学校の近くの駅で、さくらちゃんに出会う。


「先輩、今日お時間あります? 一緒に来て頂きたいところがあるんです。」さくらちゃんの真剣なまなざしに、思わずうなずく。


自宅最寄り駅で下りると、さくらちゃんは僕の手を握って、海の方へ向かって歩いて行く。


「さくらちゃん、どこに行くの?」


うふふ、先輩と手をつなぐのって、何年ぶりでしたっけ。」結局答えてくれないさくらちゃん。



さくらちゃんは、住宅街を見下ろす海沿いの丘に向かっているようだ。


「ここです。」丘の頂上で、さくらちゃんが笑う。そういえば、小さい頃、よくここに来て、さくらちゃんと遊んでいたなぁ。


「懐かしい場所だね。前と全然変わっていない。」


「それが、ここに出力1万kWの風力発電所を建設する計画が持ち上がっているんです。」


「そうなんだ、風力は、再生可能エネルギーだから、固定価格買取制度の対象として、奨励されているんだったよね。メガソーラー等が注目されているけど、風力発電も、今後増えて行くはずだよ*1。」


「でも、風力発電には環境への懸念もあります。低周波音、鳥類への影響(バードストライク)、
日陰問題(シャドーフリッカー)、そして景観への影響
等が挙げられます*2



「住宅街も近いので、低周波音や日陰問題は重要な問題だよな。あと、この近くには、オオタカ、ミサゴ、ハヤブサ、ズグロカモメ、コアジサシといった、貴重な鳥類がいるから、鳥類への影響も考えないといけないね。」


「そういう問題って、どうやって解決していけばいいんですか。」


「色々な解決方法はあるけど、1つの有力な仕組みは環境アセスメント(環境影響評価制度)だね。閣議要綱アセスという形で不完全ながら導入された後、現在まで改正がなされて大分進んでは来た。でも、まだ不完全とも称されているよ。」


「先輩、環境影響評価制度について教えてください。」

環境影響評価法施行以前の国レベルにおける環境影響評価は,閣議決定「環境影響評価の実施について」に基づく環境影響評価実施要綱により実施されていた([資料]参照)。環境影響評価法は, 同実施要綱に基づく制度を,幾つかの点で改善している。
以下の設問に答えよ。
〔設問1〕
環境影響評価実施要綱と環境影響評価法を比較して,同法の特徴について論ぜよ。(配点:35)
〔設問2〕
環境影響評価法がなお有する限界について論ぜよ。(配点:15)
[資 料]
○ 環境影響評価の実施について(昭和59年8月28日閣議決定)
1 政府は,事業の実施前に環境影響評価を行うことが,公害の防止及び自然環境の保全上極め て重要であることにかんがみ,環境影響評価の手続等について,下記のとおり,環境影響評価実施要綱を決定する。

2 国の行政機関は,環境影響評価を実施するため,この要綱に基づき,国の行う対象事業については所要の措置を,免許等を受けて行われる対象事業については,当該事業者に対する指導等の措置をできるだけ速やかに講ずるものとする。

3 政府は,この要綱に基づく措置が円滑に実施されるよう事業者及び地方公共団体の理解と協力を求めるものとする。

4 政府は,地方公共団体において環境影響評価について施策を講ずる場合においては,この決定の趣旨を尊重し,この要綱との整合性に配意するよう要請するものとする。

5 この要綱で別に定めるとされている事項等この要綱に基づく手続等に必要な共通的事項を定めるため,別紙に定めるところにより,内閣に環境影響評価実施推進会議を設ける。

環境影響評価実施要綱
第1 対象事業等
1 対象事業は,次に掲げる事業で,規模が大きく,その実施により環境に著しい影響(公害 (放射性物質によるものを除く。)又は自然環境に係るものに限る。)を及ぼすおそれがある ものとして主務大臣が環境庁長官に協議して定めるものとすること。
(1) 高速自動車国道,一般国道その他の道路の新設及び改築
(2) 河川法に規定する河川に関するダムの新築その他同法の河川工事
(3) 鉄道の建設及び改良
(4) 飛行場の設置及びその施設の変更
(5) 埋立及び干拓
(6) 土地区画整理法に規定する土地区画整理事業
(7) 新住宅市街地開発法に規定する新住宅市街地開発事業
(8) 首都圏の近郊整備地帯及び都市開発区域の整備に関する法律に規定する工業団地造成事業及び近畿圏の近郊整備区域及び都市開発区域の整備及び開発に関する法律に規定する工業団地造成事業
(9) 新都市基盤整備法に規定する新都市基盤整備事業(10) 流通業務市街地の整備に関する法律に規定する流通業務団地造成事業
(11) 特別の法律により設立された法人によって行われる住宅の用に供する宅地,工場又は事業場のための敷地その他の土地の造成
(12) (1)から(11)までに掲げるもののほか,これらに準ずるものとして主務大臣が環境庁長官に協議して定めるもの

2 環境影響評価を行う者は事業者とし,事業者とは,対象事業を実施しようとする別に定める者とすること。
第2 環境影響評価に関する手続等
1 環境影響評価準備書の作成
(1) 事業者は,対象事業を実施しようとするときは,対象事業の実施が環境に及ぼす影響(対象事業が第1の1(5)の事業以外の事業である場合には,対象事業の実施後の土地(当該対象事業以外の対象事業の用に供するものを除く。)又は工作物において行われることが予定 される事業活動その他の人の活動に伴って生じる影響を含むものとし,対象事業の実施の ために行う第1の1(5)に掲げる事業により生ずる影響を含まないものとする。)について, 調査,予測及び評価を行い,次に掲げる事項を記載した環境影響評価準備書を作成するこ と。
1 氏名及び住所等
2 対象事業の目的及び内容
3 調査の結果の概要
4 対象事業の実施による影響の内容及び程度並びに公害の防止及び自然環境の保全のための措置5 対象事業の実施による影響の評価
(2) (1)の調査等は,主務大臣が環境庁長官に協議して対象事業の種類ごとに定める指針に従 って行うものとし,環境庁長官は,関係行政機関の長に協議して,主務大臣が指針を定め る場合に考慮すべき調査等のための基本的事項を定めること。
2 準備書に関する周知
(1) 事業者は,関係地域を管轄する都道府県知事及び市町村長に準備書を送付するとともに,当該都道府県知事及び市町村長の協力を得て,準備書を作成した旨等を公告し,準備書を公告の日から1月間縦覧に供すること。
(2) 事業者は,準備書の縦覧期間内に,関係地域内において,その説明会を開催すること。この場合において,事業者は,その責めに帰することのできない理由で説明会を開催する ことができない場合には,当該説明会を開催することを要せず,他の方法により周知に努 めること。
3 準備書に関する意見
(1) 事業者は,準備書について公害の防止及び自然環境の保全の見地からの関係地域内に住所を有する者の意見(準備書の縦覧期間及びその後2週間の間に意見書により述べられたものに限る。)の把握に努めること。
(2) 事業者は,関係都道府県知事及び関係市町村長に(1)の意見の概要を記載した書面を送付するとともに,関係都道府県知事に対し,送付を受けた日から3月間内に,準備書につい て公害の防止及び自然環境の保全の見地からの意見を関係市町村長の意見を聴いた上で述 べるよう求めること。
4 環境影響評価書の作成等
(1) 事業者は,準備書に関する意見が述べられた後又は3(2)の期間を経過した日以後,準備書の記載事項について検討を加え,次に掲げる事項を記載した環境影響評価書を作成する こと。
1 1(1)の1から5までに掲げる事項
2 関係地域内に住所を有する者の意見の概要 3 関係都道府県知事の意見 4 2及び3の意見についての事業者の見解
(2) 事業者は,関係都道府県知事及び関係市町村長に評価書を送付するとともに,当該関係
都道府県知事及び関係市町村長の協力を得て,評価書を作成した旨等を公告し,評価書を公告の日から1月間縦覧に供すること。
5 環境影響評価の手続等に係るその他の事項
(1) 事業者は,都道府県等と協議の上,説明会の開催等を都道府県等に委託することができ ること。
(2) 国は,地方公共団体が国の補助金等の交付を受けて対象事業の実施をする場合には,環境影響評価の手続等に要する費用について適切な配慮をするものとすること。
第3 公害の防止及び自然環境の保全についての行政への反映
1 評価書の行政庁への送付
(1) 事業者は,評価書に係る公告の日以後,速やかに,免許等が行われる対象事業にあっては別に定める者に,国が行う対象事業にあっては環境庁長官に評価書を送付すること。 (2) (1)により評価書の送付を受けた国の行政機関の長は,評価書の送付を受けた後,速やかに,環境庁長官に評価書を送付すること。
2 環境庁長官の意見
主務大臣は,1により環境庁長官に評価書が送付された対象事業のうち,規模が大きく, その実施により環境に及ぼす影響について,特に配慮する必要があると認められる事項があ るときは,当該事業に係る評価書に対する公害の防止及び自然環境の保全の見地からの環境 庁長官の意見を求めること。
3 公害の防止及び自然環境の保全の配慮についての審査等
(1) 対象事業の免許等を行う者は,免許等に際し,当該免許等に係る法律の規定に反しない限りにおいて,評価書の記載事項につき,当該対象事業の実施において公害の防止及び自 然環境の保全についての適正な配慮がなされるものであるかどうかを審査し,その結果に 配慮すること。
(2) 2により環境庁長官が意見を述べる場合には,(1)の審査等の前にこれを述べるものと し,免許等を行う者は,当該免許等に係る法律の規定に反しない限りにおいて,その意見 に配意して審査等を行うこと。
(3) 事業者は,評価書に記載されているところにより対象事業の実施による影響につき考慮 するとともに,2による環境庁長官の意見が述べられているときはその意見に配意し,公 害の防止及び自然環境の保全についての適正な配慮をして当該対象事業を実施すること。
第4 その他

1 主務大臣が定める事項,別に定める事項等この要綱に基づく手続等に必要な事項は,できるだけ速やかに定めること。ただし,第2の1(2)の基本的事項その他この要綱に基づく手続等に必要な共通的事項は,本決定の日から3月以内に定めること。
2 この要綱の実施に関する経過措置については,別に定めること。


2.環境アセスメント総論
「まず最初に、環境アセスメントの考え方から勉強しようか。」


「確か、事業を行うにあたって、環境に配慮しようって話だと思うんですが、同じ環境への配慮のための方法として、個別法で規制基準を定めてそれを遵守させるという方法もありますよね。どうして、環境アセスメントが必要なんですか?」


「そうだね、環境配慮をさせる方法には規制基準を定めてそれを遵守させるというのがまず、1つある。でも、それは画一的な基準にならざるを得ず、具体的な個別事業の立地の環境保全との関係では、なお低減が求められる環境負荷が残る訳だよ*3。そうすると、事前にその立地の環境を調査して、環境への影響を予測、評価し、それに基づき立地先環境との関係での『最適解』を探ること、これが、環境アセスメントの特徴なんだ。」


環境影響評価法はどのような経緯で制定されたんですか。」


「この法律は、環境省環境庁)にとっては、22年もの長い年月がかかったもので、要綱の閣議決定まで9年、環境基本計画を踏まえた法制化に3年かかったことから前九年の役後三年の役とも呼ばれるね。」


「どうして時間がかかったんですか。」


「そもそも、昭和47年の時点で、既に公共事業における環境配慮が閣議了解されていた訳だから、環境影響評価制度の嚆矢といわれるアメリカの国家環境政策法が昭和44年に制定された直後に、既に日本でも環境アセスメントの歴史が始まっていたんだ*4。でも、昭和56年の環境影響評価法案が昭和58年に廃案になったことが痛かったね。しょうがないから、環境影響評価法案の閣議要綱をベースに始めたのが昭和59年の閣議要綱アセス(環境影響評価の実施について)だね。」


「そういう経緯があったんですね。」


3.環境アセスメントの進め方
「平成23年改正を前提に、環境アセスメントの進め方の手続を簡単に説明すると、配慮書、方法書、準備書、評価書の4つの書類が作られるんだ。」


「4つもあると混乱しちゃうんですが、それぞれどういうものでしょうか。」


「配慮書というのは、計画段階のもので、平成23年改正で導入されたんだ。もともとは、事業段階でアセスメントをするというたてつけだったんだけど、それでは遅過ぎるということで、事業をどこで行うかという場所の決定について、代替案を検討しなさいということだね*5。」



「確かに、『ここで事業をします、さあ、どうやって環境に配慮しましょう』というよりも、『環境に配慮するためには、こっちで事業した方がいいですか、あっちで事業した方がいいですか』という方がより適切な環境への配慮ができそうですね。」


「その上で、事業段階でのアセスメントでは、まず、どういう『方法』でアセスメントを進めるかを決めた『方法書』を作成する*6。」



「アセスメントの方法なんて、どの事業でも同じじゃないんですか。」


閣議要綱アセスの時代はそういう考えだったんだけど、よく考えてみると、どういう場所でどういう事業をやるかによって影響の仕方や程度は異なる。だから、カスタムメイド、テイラーメイドでその事業毎にベストなアセスメントの内容を絞り込む(スコーピング)必要がある、これが『方法書』の役割だよ*7。」



「次は準備書と評価書ですか。」



「そうだね。環境影響評価の中核とされ、最終的に作成されるのが評価書だけど、それを一気に作ってしまうのではなく、その準備段階として、方法書に基づく調査・予測・評価を一応終えた段階で、その結果を取りまとめて、どのように環境への影響を低減するか(環境保全措置、ミティゲーション)を記載したのが、準備書だね。これを経て評価書を作成するよ*8。」



「この4つは、事業者が単独で作成するのですか。」



「いや、行政や周辺住民とのコミュニケーションを取りながら作成するよ。配慮書の段階で、事業者の努力義務として自治体や住民の意見を求める必要があるし(環境影響評価法3条の4〜3条の7)、方法書の段階でも市民(8条意見)や知事(10条意見)が意見を出して、これを勘案してスコーピングをする(11〜13条)。準備書の段階でも、方法書と同様に意見書提出手続があり(15条から20条)、この市民(18条意見)や知事(20条意見)の意見を勘案して準備書の内容に検討を加えて、評価書を作成することになるんだ(21条)。」



「この評価書はどのように使われるんですか。」



「評価書作成の時点で、市民や行政とコミュニケーションを取り、環境に与える影響に対する適切な配慮が自主的に講じられていることが期待されているけど*9評価書は許認可機関に送られるよ(22条1項)。これに対しては、環境大臣の意見(23条)が述べられ、許認可機関が行政指導をする(24条)。」



「結局、行政指導に従わなければ終わりなんでしょうか。」



「行政の環境配慮の上で一番重要なのは、33条のいわゆる横断条項だ。要するに、個別法の規定を問わず、どのような許認可をする場合であっても、評価書等に基づき、その事業が環境の保全について適切な配慮をしているかを審査し、この審査の内容によって許認可をするかを決める訳だ。つまり、個別法に列挙された許認可基準に加えて『環境への配慮』も許認可基準の1つとなり、その判断のために評価書が活用されるんだよ*10



3.閣議要綱アセスとの関係
「今の環境影響評価制度は、閣議要綱アセスとどう違うのですか。」


「そもそも、閣議要綱アセスの発想は、環境基準といった環境保全目標があることを前提に、『事業は実施するとして、環境にどういう影響はあるんだろうか、どうすれば規制目標を達成できるんだろうか』という考えだね。これに対し、環境影響評価法は、社会における合理的意思決定のツールとしての環境影響評価制度という色彩が出て来ているよ*11。」


「その違いは具体的にどのような形で現れているのですか?」



「違いは10個*12ないし6個*13と言われているけど、対象、内容、効力の3つに分けると分かりやすいんじゃないかな。」



「3つに絞った方が多分覚えやすいと思います!」



「まず、対象だけれども、対象事業の拡大が1つの特徴だね*14閣議要綱アセスでは認められなかった発電所、鉄道、大規模林道等が追加されたし、環境について、公害と貴重な環境の保全に加え、地球環境、廃棄物、生態系、身近な自然等が問題となっているよ。あとは、法律では、スクリーニングといって、中くらいの大きさの事業について、果たしてアセスメントが必要か、地域の環境条件に対応して判断する手続が導入されているね*15。」



閣議要綱アセスなら、風力発電は対象外なんですか。」



「そうだね*16。後は内容で、これは結構大きく変わっている。まずは、方法書の手続(スコーピング)が入って、カスタムメイドでのアセス内容となったこと、次が、住民の意見提出機会が拡大し、誰でも意見を提出できるようになったこと、更に、自分で作った(お手盛りの)目標を自分でクリアするという閣議要綱アセスから、環境の影響を低減するためベストを追及する方向性に変わったこと、そして、準備書の検討の中で代替案検討が必要とされていること、加えて、計画段階の環境配慮としての配慮書があるね。後は細かいけど、環境大臣の関与が、閣議アセスでは、求められた場合に意見を述べられただけなのが、法律アセスでは自分の判断で意見を述べられるようになった点も指摘できるかな*17。」



「それぞれの段階で充実した内容になっているんですね。」



「最後の効力は、閣議要綱アセスが、形式が単なる閣議決定に過ぎず、民間事業者に対しては単なる行政指導しかできなかったのに対し、法律という形式で義務付けができること、そして、横断条項が入ったことから、アセスメント決定が事業内容決定に反映されることが上げられるね。」



4.残された課題

「そうすると、平成23年改正が、環境アセスメントの最終形なんですか?」


「大分改善が進んでいるけれど、まだ完璧ではないね。一番大事なのは、戦略的環境アセスメント(SEA)の観点が導入されていないことかな。」



戦略的環境アセスメントって何ですか?」


「そもそも、個別事業の実施に枠組みを与える決定の段階でアセスメントをすべきという考え方だね。つまり、(1)そもそもその事業をするか、(2)どこでそれをするか、(3)どのようにそれをするかという3つの段階がある中で、平成23年改正前は、純粋に(3)の段階だけの事業アセスメントで、平成23年改正で(2)の計画アセスメントが入った。でも、配慮書は、もう既にその事業をする事自体が規定事項になっている中で、それをどこに作るか等を検討するものだけど、そもそも事業をするかどうかの段階で環境を考慮して決めるべきだと思わない?



「一度作ると決めてしまうと、そこから環境負荷軽減措置を取ることには限界があるので、作ると決めるかどうかの段階で、環境へ配慮すべきです。」



「これが戦略的環境アセスメントの発想だよ。そもそも事業をするかを決定する段階でのアセスメントが入らない一番の原因は、環境基本法20条に『事業の実施に当たり』環境アセスメントをすると書いていることで、これを変えるのは政治的に容易ではないと言われているんだ*18。だから、平成23年改正は、環境基本法の枠組みの中で最大限戦略的環境アセスメントに近づけたと言えるけど、この点は現行法の重大な限界といえるね*19。」


「そこが改善されれば問題はないのですか」


「色々あるけれど、大事なものとしては、代替案考慮義務が明示されていないこと、スクリーニング手続への住民参加がないこと、許認可手続において評価書をどう扱ったかという理由説明制度がないこと、そして、不適切な方法書等の法律の制度趣旨に反する行為をチェックするための紛訟制度が整備されていないことが重要で、これらについて制度的対応がされなければ、環境アセスメント制度は十分なものとはならないと評されているね*20。」



「そうなんですね。現行法の改善が期待されますね。」


話をしているうちに、空が暗くなり、太陽が海に沈んで行く。


「先輩」といいながら、僕によりかかるさくらちゃん。


「今日は色々歩いて疲れちゃったから、また、昔みたいに、私のことをおぶって家まで連れて行ってくれませんか。」甘いささやきに、ついうなずいてしまう。


さくらちゃんを背中に背負う。強く握ると今にも折れてしまうような細い手足と、知らないうちに成長して凹凸を持った胴体。



「うふふ、なんか、昔に戻ったみたいですね。ずっとこんな風に、先輩と一緒にいたいです。」耳元で甘えるさくらちゃん。



「そうだね。そうしたら、今日は一緒に、風力発電所の方法書に対してどういう意見を述べるべきか、考えてみようか!」


「はい!」



さくらちゃんの髪の毛は、夕日に照らされいつも以上に桜色に輝いていた。

まとめ
 ということで、さくらちゃん編でした。

*1:平成26年度は洋上風力発電の価格が引き上げられる予定と報道されており、これにより、洋上風力の増加が期待されるところ

*2:環境省のレポートが比較的まとまっている。http://www.env.go.jp/policy/assess/4-1report/file/h24_04-01.pdf

*3:北村307頁

*4:ロースクール環境法132頁

*5:北村315頁

*6:北村318頁

*7:北村318頁

*8:北村320、321頁

*9:北村321頁

*10:北村324〜325頁。個別法の法的仕組みに応じた具体的な仕組みについては北村325頁〜328頁が詳しい。

*11:Basic116〜117頁

*12:北村331頁

*13:Basic117頁

*14:北村331頁

*15:北村331頁

*16:なお、風力発電については、事後的な政令改正による追加であることに留意。Basic119頁参照

*17:北村331、332頁

*18:北村316頁

*19:なお、生物多様性基本法25条が戦略的環境影響評価制度につながり得ることはBasic309頁参照。

*20:北村343頁

環境法ガール16 2人きりの試飲会後編〜平成20年第2問設問2

環境法入門 第2版 (有斐閣アルマ)

環境法入門 第2版 (有斐閣アルマ)


注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


新しい紅茶を持って来たほむら先生は、僕にピッタリと寄り添って座る。


「次の問題は簡単よね。期待してるわよ。」と、耳元でささやくほむら先生。それは、間違えることを期待しているのだろうか、それとも正解することを期待しているのだろうか

Dによるビル2の解体作業が終了したが,Eは,石綿吸入による健康被害の不安を抑え切れないでいる。Eは,C及びDに対してどのような訴訟上の請求をすることができるか。


「えっと、この問題の『解体作業が終了した』ということの意味は、もう差止を請求することに意味がないということだと思います。そうすると、C及びDに対し、損害賠償を請求することになります。」


「そうね、じゃあ、請求原因はどうかしら。」


「えっと、Dに対しては、公害防止協定違反を主張します。後C及びDに対しての不法行為に基づく請求ですかね*1。」


「公害防止協定違反の請求はどうやって基礎付けるのかしら。」


「この場合、債務不履行責任になるので、単純な不法行為と異なり、帰責性(過失)の立証責任がD側にあることにE側のメリットがあります。Eが協定に基づき直接請求権を持つところは、第三者のためにする契約の理論等で基礎付けることができます。」


「そうすると、Eは協定に基づく損害賠償請求を認容してもらえそうなの。」微笑んで小首をかしげるほむら先生。


「直前にCがビル1の解体工事をしていますので、Dの債務不履行行為を単独で取り出した場合の関係の因果関係立証が難しいことから、共同不法行為構成で行った方が勝ち目は高いと思われます。」


「それで、不法行為構成ではどう論じるの。」


「これは、この間やった話と似ています*2。まず、共同不法行為性ですが、隣同士の建物で連続した時期に相次いでアスベストを含む建材が使われた建物を解体するということで、相互の行為が社会通念上1個の行為と客観的に観念でき、少なくとも弱い関連共同性民法719条1項後段類推)は認められます。問題は、その先の強い関連共同性ですが、CとDの間の資本関係や両ビルが一体として利用されているといった、特段の事情がない限り、強い関連共同性(民法719条1項前段)は認められないと解されます。」


「そうね。受験生の中には、強い関連共同性まで認めちゃった人もいたみたいだけど、その答案の評価は低かったようね。」


「違法性ということですが、Dについては、差止と同じように、公害防止協定を『テコ』に受忍限度を最小化する議論ができそうですが、Cについてはそれができないので、一般の基準を1つの参考にしながら、議論をしていくことになると思います。」


「そう、ここがCとの間で公害防止協定等を結べなかったことの残念なところで、結局、Cについて受忍限度の範囲内等となると、Dの行為単独での因果関係を考えることになってしまうため、Eにとってはなかなか難しいことになるわね。」


「最後は、因果関係と損害論ですが、普通は、具体的な健康被害が生じて、それとの間の因果関係があるか、それをどう金額に算定するか(包括慰謝料、ランク別一律請求等)が問題となるところ、今回は、Eはじん肺中皮腫を発症した訳ではなく、『石綿吸入による健康被害の不安』があるに留まります。」


「そんな、漠然とした『不安』なんていうものに対する損害賠償が認められる訳?」


「それなら、Eがじん肺中皮腫に発症するまで待って、それから救済を求めるとかでしょうか。」


「ふふふ、今回は、私の『勝ち』のようね。原告代理人がそんな弱気でどうするの? じん肺中皮腫発症まで何年もかかるのに、その間不安な毎日を過ごすEの救済の扉を閉ざすの?


「そんな事言われても、主観的不安なんかで賠償が取れるんですか?」


「確かに、この問題について問題意識を持って、きちんと損害論を論じることができた受験生は少なかったみたいだけど、一般的な教科書でも紹介されている裁判例、裁定例*3から、CとDの共同不法行為による平穏生活権侵害*4を理由とした慰謝料を基礎付けることができるわ。」


「そうなんですか?」


「試験が出題された頃にはまだ出てなかった裁決だけど、最近の重要な公害等調整委員会の裁決例として、神栖市ヒ素汚染健康被害事件裁定*5があるわね。この事案は、井戸がヒ素等で汚染された事案なんだけど、健康被害が認められない原告についても、平穏な生活を営む利益が侵害されたとして、平穏生活利益の侵害として、一定の慰謝料を認定しているわ。」

身体・健康に関する利益は,人格的利益の中でも根幹をなすものであり,これらに対する重大な不安要素の存在は,平穏な日常生活に動揺を与えるとともに,心身の健全性を害する要因ともなるものであるから,人が身体・健康に関して重大な不安を抱かずに日常生活を送ることは,平穏な生活を営む利益に属する利益として法 的保護に値すると言うべきである。
(略)
(注:ヒ素の情報を受領しながら権限行使を怠った)県は,健康被害の認められない申請人らに対しても,その 権限不行使によって,平穏な生活を営む利益を害したと言えるのであり,そのこと によって生じた精神的損害について,国家賠償法上の賠償責任を負うと解するのが相当である。


「判決ではないと思って読み流していました…」


「うふふ、環境事件では様々なADRが発達しており、一定の影響もあるんだから、きちんと目配りしてないとだめよ。更に、裁判例でも、例えば水俣病関西訴訟一審判決*6では、こんな風に言っているわ。」

行政的解決においては、まず、健康不安を抱く者を救済するための論理が問題となる。水俣病に関する事実経過からみて、メチル水銀を含む魚介類をそうとは知らずに地域住民が摂食していた時期が存在することは間違いなく、これが後に中毒を引き起こすメチル水銀を含んでいたと証明された場合、たとえ加齢により水俣病と同様の症状が出たとしても、そのような住民が感ずる健康不安は、単なる漠然とした根拠のない不安とはいえない。民法上、このような健康不安に対する慰謝料という考え方も解釈上導けないわけではないと考えられる


「更に、豊島産業廃棄物公害訴訟*7でもこういっているわ」続けざまに裁判例を見せるほむら先生。

悪臭、騒音、振動、煙害、交通の危険、健康不安、名誉感情の毀損等による種々の精神的損害が発生しているのであるから、これらの事情を勘案すれば、各原告の精神的損害を慰謝するために必要な金員は少なくとも五万円を下ることはないと認められる。


「これなら、原告は勝てそうですね。」


「もちろん、まだ健康被害が生じていないから、認容される金額は低いけれど、教科書に挙げられている裁判例について、きちんと原文にあたっていれば、こういう議論を構築する際の『ヒント』が見つかるはずよ。」


「はい、先生のおっしゃるとおりです。」


「あら、そうしたら、間違い1つだから、私の言う事を1つ聞いてもらいましょうかしら。」急に真顔になるほむら先生。


「えっと、何をすれば、いいのでしょうか。」ほむら先生は、戸惑う僕の方に屈み込み、両手をメガホンの形にして、ひそひそ話でもするように、僕の耳に当てる。柔らかい、指の感覚。


「……てもらいます。これからは、夜の個人レッスンを受けてもらうことになります。」小さな声で囁くほむら先生。


「えっと…」突然のことに戸惑いを隠せない。


「うふふ、大丈夫よ。初めてなのは知っているから、私が1つ1つ丁寧に教えてあげるわ。ちょうどいいことに、この部屋にはベッドもあるから、朝まででも大丈夫ね。」こう言って、ほむら先生は両手で僕の両手を包む。伝わる、ほむら先生の体温。


「ほ、ほむら先生、そ、それは、ほ、本気ですか?」


「もちろん本気よ。これから、授業が終わった後は、私の指導の下で、初めての論文作成に挑んで頂くわ。提出直前は徹夜になるかもしれないけど、この部屋には仮眠設備も整っているし、執筆環境はバッチリだと思うわ。」こう言うと、ほむら先生は、満面の笑みでウィンクをしたのだった。

まとめ
これを作るにあたり、某大学のアカハラ・セクハラ指針を読み、成人に対して「おじさん、おばさん」などという呼び方をすると性別により差別しようとする意識等に基づく発言としてセクハラになる等の規定がされていることを知りました。えっと、今回のほむら先生の行為は、「僕」が受け入れているから大丈夫ですよね??

*1:なお、工作物責任の可否については、大阪地判平成21年8月31日判時2068号100頁の射程が解体中にも広がるかの問題と思われる

*2:環境ガール10 大波乱の夏合宿その1 平成22年第2問設問1 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*3:以下の3つはすべてBasic環境法掲載のもの。同書421頁以下の判例索引参照

*4:両当事者が複合して相次いで受忍限度を超えるアスベストをまき散らしたために生じた合理的な将来の中皮腫じん肺等罹患に対する不安感、恐怖感と解される

*5:公調委裁定平成24年5月11日判時2154号3頁

*6:大阪地判平成6年7月11日判タ856号81頁

*7:高松地判平成8年12月26日判タ949号186頁

環境ガール15 二人きりの試飲会その1〜平成20年第2問設問1

石の綿―マンガで読むアスベスト問題

石の綿―マンガで読むアスベスト問題

1.ローから研究者へ?
「新しい茶葉を買ってみたから、試飲に来ない?」ほむら先生に誘われて、研究室に遊びに行く。



「今日はかなめさんや、さくらさんはいないんですか。」と質問してみる。


「えっとね、あ、そうそう、今日の紅茶はキーマン、三大紅茶の一つだけど、ある程度紅茶を飲んでいないと、その良さはなかなか分かりにくいのよね。お茶請けには、月餅を買ってきたのよ。こういうナッツやドライフルーツを使ったお菓子にあうから、ちょっとシノワズリな感じのティータイムが味わえるのよ。」あれ、なんか話をそらされた気が…


「最近は、少しずつ環境法の勉強が進んで来たはずなんですが、勉強すればするほど、自分が分ってないと思うことが増えてしまいます。」



「それは当然のことよ。」お茶を入れていたほむら先生が、一瞬振り向く。


「私も、専門の行政法・環境法の勉強は、学部を含めればもう10年、専門的に研究を始めた法科大学院の研究論文からすれば5年以上ということになるけど、勉強を進めるにつれ、分からないことが増えていると感じるわ。」


「先生ですらそうなんですか。」


「私の場合、研究論文を書く過程で、学術論文をきちんと読むようになってから、最初はよく理解しないまま読んでいた教科書の行間にいろんな含意があることが、少しずつ分かって来て、自分が『分かっていない』ことがよく分かるようになってきたわ。逆に、それが、法律学の研究が面白くなったきっかけでもあるけど。」


「研究論文、ですか。」


「大学によって呼称はちがうけど、うちの大学だと、自主研究・論文作成という科目があって、法学の研究を体験することができるわ。その中で、自分に適性があって、このまま研究を続けたいということなら、博士課程に進学することも可能よ。法科大学院生は、無限の可能性に満ちているわ。研究者をやりながら実務と関わることもできるんだから、来年は環境法の論文を書いてみたらどうかしら。」


「論文を書くと、司法試験に影響しませんか。」


「もちろん、司法試験の勉強に割ける時間は短くなるわよね。でも、司法試験委員会が確認したいことって、基本的には、各科目についての基礎的な理解がきちんとできているか、そしてその基礎的理解を使って、その場で考えて、具体的にありそうな事案に対して何らかの解決を示せるかというだけ。まあ、環境法には、基礎的な理解というのに、法政策的な内容も含まれているという特徴がある訳だけどね。だから、きちんと基本を押さえて、それを具体的事案でどう使うかを、原告・被告・裁判所の三者の立場で考える訓練を積めば大丈夫よ。私も、受験が博士課程の一年目と重なって、あまり勉強する時間がなかったけど、なんとかなった訳だし。」


「先生は司法試験に合格されているのですね。」


「うふふ、修習は行ってないんだけどね。」こう言いながら、甘い香りがする紅茶のトレイを持ってソファーのところにやってきて、僕の隣に座るほむら先生。あれ、今までは向かい側の席に座っていた気が


「じゃあ、私が受けた年の環境法の問題でも、一緒に解いてみまましょうか。」いつになく近い距離で、ほむら先生がささやく。

A県内のB地区内に,石綿(アスベスト)を発生,飛散させる原因となる建築材料が大量に使用されている古いビル2棟(以下「ビル1」,「ビル2」という。)が隣接して存在していた。その所有者は,ビル1がC,ビル2がDであり,B地区住民であるEは,ビル1,ビル2と道路を面した向 かい側に住居を構えている。Cが平成19年4月からビル1の解体作業をしたところ,Eは,自宅の敷地内の大気中に,石綿が浮遊していることを確認した。
Eは,石綿吸入による健康被害の不安を感じていたところ,今度はDが同年6月からビル2を解 体する予定であることを聞き及んだ。Eは,近隣住民全体の健康に影響を及ぼすおそれがあると考えてB地区自治会に自治会として対策を講じるように申し入れた。これを受け,B地区自治会は, A県を介し,Dに対して石綿飛散防止の措置が十分に講じられるように求める申入れを行った。そ の結果,B地区自治会とDとの間で資料1のような内容の公害防止協定が交わされた。
その後,Dは,ビル2の解体作業に着手したが,E宅の敷地内の大気中に,公害防止協定第2条で定めた許容基準を超える石綿が浮遊していることが確認された。A県が調査したところ,Dは, 石綿を発生,飛散させる原因となる建築材料の除去を行う場所をほかの場所から全く隔離していないことが明らかとなった。
資料2は,厚生労働省石綿について一般向けに説明するために作成したパンフレットの抜粋で あり,これを参照しながら,以下の設問に答えよ。


〔設問1〕
Dによるビル2の解体作業がなお続いているという状況の下で,A県知事としては,どのよう な措置を講ずることができるか。また,Eは,Dに対してどのような訴訟上の請求をすることが できるか。


資料1
公害防止協定書
B地区自治会とDは,Dが行うビル2の解体工事について,同ビルの近隣住民のために次のとおり 公害防止協定を締結する。
第1条 Dは,その所有するビル2の解体工事に当たって,周辺に石綿を飛散させないための措置を 講ずることを約束する。
第2条 Dは,近隣住民の自宅敷地内の大気中において,1リットルにつき1本を超える石綿を飛散 させないことを約束する。



資料2
(1) 石綿(アスベスト)とは?
石綿(アスベスト)は,天然に産する繊維状けい酸塩鉱物で「せきめん」「いしわた」と呼ばれ ています。
その繊維が極めて細いため,研磨機,切断機などの施設での使用や飛散しやすい吹き付け石綿 などの除去等において所要の措置を行わないと石綿が飛散して人が吸入してしまうおそれがあり ます。以前はビル等の建築工事において,保温断熱の目的で石綿を吹き付ける作業が行われてい ましたが,昭和50年に原則禁止されました。
その後も,スレート材,ブレーキライニングやブレーキパッド,防音材,断熱材,保温材など で使用されましたが,現在では,原則として製造等が禁止されています。
石綿は,そこにあること自体が直ちに問題なのではなく,飛び散ること,吸い込むことが問題 となります。
(2) 石綿が原因で発症する病気は?
石綿(アスベスト)の繊維は,肺線維症(じん肺),悪性中皮腫の原因になるといわれ,肺がん を起こす可能性があることが知られています(WHO報告)。石綿による健康被害は,石綿を扱っ てから長い年月を経て出てきます。例えば,中皮腫は平均35年前後という長い潜伏期間の後発 病することが多いとされています。仕事を通して石綿を扱っている方,あるいは扱っていた方は, その作業方法にもよりますが,石綿を扱う機会が多いことになりますので,定期的に健康診断を 受けることをお勧めします。
石綿を吸うことにより発生する疾病としては主に次のものがあります。労働基準監督署の認定 を受け,業務上疾病とされると,労災保険で治療できます。
石綿(アスベスト)肺
肺が線維化してしまう肺線維症(じん肺)という病気の一つです。肺の線維化を起こすもの としては石綿のほか,粉じん,薬品等多くの原因があげられますが,石綿のばく露によって起 きた肺線維症を特に石綿肺と呼んで区別しています。職業上アスベスト粉じんを10年以上吸 入した労働者に起こるといわれており,潜伏期間は15~20年といわれております。アスベ ストばく露をやめた後でも進行することもあります。
イ 肺がん 石綿が肺がんを起こすメカニズムはまだ十分に解明されていませんが,肺細胞に取り込まれ
石綿繊維の主に物理的刺激により肺がんが発生するとされています。また,喫煙と深い関係 にあることも知られています。アスベストばく露から肺がん発症までに15~40年の潜伏期 間があり,ばく露量が多いほど肺がんの発生が多いことが知られています。治療法には外科治 療,抗がん剤治療,放射線治療などがあります。
ウ 悪性中皮腫 肺を取り囲む胸膜,肝臓や胃などの臓器を囲む腹膜,心臓及び大血管の起始部を覆う心膜等
にできる悪性の腫瘍です。若い時期にアスベストを吸い込んだ方のほうが悪性中皮腫になりや すいことが知られています。潜伏期間は20~50年といわれています。治療法には外科治療, 抗がん剤治療,放射線治療などがあります。
(3) どの程度の量のアスベストを吸い込んだら発病するのか?
アスベストを吸い込んだ量と中皮腫や肺がんなどの発病との間には相関関係が認められていま すが,短期間の低濃度ばく露における発がんの危険性については不明な点が多いとされています。 現時点では,どれくらい以上のアスベストを吸えば,中皮腫になるかということは明らかではあ りません。
(4) 省略
(5) アスベストを吸い込んだかどうかはどのような検査で分かるのか?
胸部エックス線写真でアスベストを吸い込んでいた可能性を示唆する所見が見られる場合もあ りますが,アスベストを吸い込んだ方すべてに胸部エックス線写真の所見があるとは限りません。
(6) 吸い込んだアスベストは除去できるか?
いったん吸い込んだアスベストの一部は異物として痰の中に混ざり,体外に排出されますが, 大量のアスベストを吸い込んだ場合や大きなアスベストは除去されずに肺内に蓄積されると言わ れています。
(7) アスベストが原因で発症する疾患に特有の症状はあるか?
発病し,更にある程度進行するまでは無症状のことが多いと言われています。
(8) 中皮腫や肺がんの発症を予防するにはどうすればよいか?
過去,石綿にばく露したことによる中皮腫や肺がんの発症を予防することについては現在有効 な手段は明らかではありませんが,石綿を吸い込んだ方がすべて中皮腫を発症するわけではあり ません。吸い込んだ石綿の量,期間,種類によって異なります。
肺がんについては,石綿ばく露と喫煙との組合せで肺がんの発症は相乗的に上昇するとの報告 があり,禁煙は重要です。
(9) 省略

(10) 省略

(11) 昔,石綿工場の近くに住んでいたことがあるが大丈夫か?
中皮腫は吸い込んだ石綿の量が多いほど発症のリスクが高いと考えられており,労働者など直 接石綿又は石綿含有の製品を取り扱う方は大量にかつ長期にわたって吸い込むので,最もリスク が高いと考えられています。
昭和30年代から40年代ころの間に石綿工場の周辺に居住していた住民の中皮腫の発症につ いては,その実態が明らかではありませんが,国においても情報の収集等を行って,一般住民の リスクについて検討することとしています。
(12) 省略
(13) 省略
(14) 省略
(15) 建築物(事務所,店舗,倉庫等)はアスベストの危険性があるか?
建築物においては,
・ 耐火被覆材等として吹き付けアスベストが
・ 屋根材,壁材,天井材等としてアスベストを含んだセメント等を板状に固めたスレートボード等が
使用されている可能性があります。
アスベストは,その繊維が空気中に浮遊した状態にあると危険であると言われています。
すなわち,露出して吹き付けアスベストが使用されている場合,劣化等によりその繊維が飛散 するおそれがありますが,板状に固めたスレートボードや,天井裏・壁の内部にある吹き付けア スベストからは,通常の使用状態では室内に繊維が飛散する可能性は低いと考えられます。
吹き付けアスベストは,比較的規模の大きい鉄骨造の建築物の耐火被覆として使用されている 場合がほとんどです。
建築時の工事業者や建築士等に使用の有無を問い合わせてみるなどの対応が考えられます。
(16) 建築物(事務所,店舗,倉庫等)に吹き付けアスベストが使用されている場合においては,ど うしたらよいか?
吹き付けられたアスベストが劣化等により粉じんを発散させ,労働者がその粉じんにばく露す るおそれがあるときは,除去,封じ込め,囲い込み等の措置を講じなければならないこととされ ています。


2.大気汚染防止法上の措置
「えっと、A知事の措置ですが、大気汚染防止法で、アスベストの規制がされていたはずです。確か、『特定粉じん』(2条8項)でしたっけ。」緊張のため、カップを持つ手が震える。


「うふふ、そうなるわね。」優雅に香りを楽しみながらお茶を飲む、ほむら先生。


「えっと、大防法18条11に基づき、都道府県知事が改善命令等ができる、こんな感じでどうでしょう?」

大気汚染防止法18条の11 都道府県知事は、特定粉じん排出者が排出し、又は飛散させる特定粉じんの当該工場又は事業場の敷地の境界線における大気中の濃度が敷地境界基準に適合しないと認めるときは、当該特定粉じん排出者に対し、期限を定めて当該特定粉じん発生施設の構造若しくは使用の方法の改善若しくは特定粉じんの処理の方法若しくは飛散の防止の方法の改善を命じ、又は当該特定粉じん発生施設の使用の一時停止を命ずることができる。


「ダメよ。きちんと法律の条文を読まないと。せっかちな男子は嫌われるぞ☆」ウィンクを決めるほむら先生。


「えっと、あ、そうか。『特定粉じん発生施設』って、特定粉じんを発生等させる『工場又は事業場に設置される施設』(2条11項)ですが、今回は普通の建物の解体工事なんですね。そうすると、大防法上の規制対象ではないのかな?」


「あら、今日は間違ってばかりよ。困ったわね。ちょっと刺激が必要かしら。1つ間違える毎に、1つ私の言うことを聞くってのはどうかしら。」


「なんか、これだと、いくつ言う事を聞かないといけないか分からないんですが…。」


「大丈夫よ、きちんと条文と判例と基礎知識を使ってあてはめるだけなんだから。」満面の笑みのほむら先生に、押し切られる。


「えっと、今回のような建築工事は『特定粉じん排出等作業』に該当します(2条12項)。そこで、届出制(18条の15)となっており、建築材料の除去を行う場所をほかの場所から全く隔離していないことが『作業基準を遵守していないと認めるとき』として、作業基準適合命令等(18条の18*1)を出すことができます。」


「そのとおりよ。ちょうど、平成7年の阪神淡路大震災アスベスト飛散の問題が生じて、平成8年改正でこの規制が入ったのよ*2東日本大震災を受けた平成25年改正では、事前調査結果の掲示義務等のアスベスト対策強化が導入されているわ*3。」


3.周辺住民の措置
「次の、周辺住民ですが、まずは、公害防止協定違反があることをうまく使いたいところですね。」


「視点はいいわね。後はこれをどう使うか、ね。」


「締結主体が、Eじゃなくて、自治だってことが気になるんですよ…。」


「いい視点ね。そうすると、Eはどういう議論をして自分に訴権があると言うのかしら。」


「う〜ん、三者のためにする契約(民法537条)とかでしょうか。」


「これはいい考え方ね。ある裁判例は、廃棄物広域処分組合、町、そして自治会が締結した公害防止協定において、「周辺住民」から要求があったときは、組合は町を通じて資料の閲覧をしないといけないとしているところ、これを第三者のためにする契約と認めているわね*4。産業廃棄物処理場についてのものだけど、住民団体が業者と締結した協定の履行請求権を、調印した住民団体代表者は、地域住民個々人の法益のために、同人達に帰属する権利を協定によって設定する立場で、右住民の代表として協定に調印し、それを業者も受容した等として、住民自身が協定に基づく請求権を行使できるとした裁判例*5もあるわ。」



「後は、公害防止協定の法的拘束力ですが、今回は私人間ですから、行政が主体の場合と異なり*6、あまり問題は多くなく、契約の性質を持つことから、任意の合意で、法的義務が定められており、公序良俗違反に違反しない限り、その協定は有効です。」


「それで、今回はどうなの。」


「まあ、両方とも任意に合意していますし、内容は1リットル1本という具体的で明確な基準が示されていて、これは、アスベストによる被害防止のために合意された合理的なもので、公序良俗に違反しません。」


「まあ良しとしましょうか。」


「請求としては、協定1条に基づく飛散防止措置を講じるよう請求する感じですかね。」


「この義務は、やや曖昧だから、『大防法上の義務があることを前提に合意がされた』等して、例えば、具体的な飛散防止措置の義務の内容が少なくとも、大防法18条の17*7の『作業基準』の遵守にある等と明確化しないと、何をしなければいけないのか分からないというのが注意が必要ね。工事中止までは求められないのかしら。」


「後は、かなめ先生のおっしゃっていた産業廃棄物処理場についての判例を『はしご』にします。この事案では、公害防止協定において住民の搬入中止請求が認められているものの、廃棄物撤去請求について何も記載されていなかったところ、『同定めが存在しないことを理由に安易に右撤去請求権がないものと断定することは相当でない』とした上で、当事者の意思解釈をした上で、中止要求に従わず更に廃棄物を捨てたため、廃棄物飛散防止のために廃棄物を撤去するしかなくなっているという状況に鑑み、廃棄物撤去請求権を認めています。今回も、公害防止協定には、明文での工事停止は記載されていなくとも、飛散防止のために、工事を停止するしかなくなっている状況であれば、工事停止を求めることもできるのではないでしょうか。」



「そうすると、Eの請求は、公害防止協定に基づくものだけかしら?」


「いいえ、Eは、Dの工事の結果、少なくとも、じん肺中皮腫等の生命・身体に対する侵害の危険が、不快感に留まらず、合理的な不安・恐怖感を生じさせており、平穏な生活を侵害しているとして、人格権に基づく差止が可能です*8。」


「どんな請求をするのかしら。」


「一般論としては、加害者側への情報の偏在、そして、むしろ加害者側に選択権を与えられることを根拠に抽象的差止も認められると考えます*9。しかし、汚染源が複数ある場合に、例えば、『E宅の空気中に1リットル1本以上のアスベストを侵入させないこと』といった抽象的差止を求めると、Dにとって無理を強いる可能性があり、認めにくいといえます*10。本件事案では平成19年4月にCによるビル1の解体が始まり、6月にDがビル2の解体をしようとして、公害防止協定についての話し合いが始まったというだけで、ビル2の解体作業着手時点で、既にCによるビル1の解体を原因とするアスベストの放出が収束していたのであれば、単一汚染源として抽象的差止は認められますが、そうでないと、抽象的差止は認められないということになると思われます。」



「まあ良いのではないかしら。」こう言って、お茶を飲み干すほむら先生の喉の動きに目が釘付けになる。


「問題は、受忍限度を超えた違法で、被害の性質と内容、加害行為の内容と程度、加害行為の行政的基準遵守状況、被害防除措置の状況等を総合的に考慮します*11が、公害防止協定第2条で定めた許容基準を超える石綿が浮遊していることが確認されています。この基準(1リットル1本)は、敷地境界線基準である1リットル10本*12より少ないものの、県を通じて合意した準公的な基準として、こちらを行政的基準と見るべきです。そして、被害はじん肺中皮腫等の重大なものであり、しかも、Dが被害防除措置等を取っていない状況に鑑み、受忍限度違反が認められます。」


「この問題の少しいやらしいところは、アスベストの浮遊量が公害防止協定の基準を超えたというだけで、一般的な基準との関係が問題文にないというところね。例えば1リットル2本だったら、公害防止協定も何もなければ、受忍限度内になるかもしれない。原告としては、そこを公害防止協定でもって補充することが必要ね。」


「後は、差止を緊急に必要とすることから、仮処分を使う*13という感じですかね。」


「あら、よくできているじゃない。お茶、もう一杯入れてくるから、設問2も頑張ってみてね!」ほむら先生が立ち去った後には、キーマンとはまた違う香りがほのかに残っていた。

まとめ
 ということで、昨日は職場の新年会で、全く更新できる状況ではありませんでした。申し訳ないです。なんとか今日からまた更新を続けて行く予定ですので、よろしくお願いします。

*1:平成25年改正適用後は18条の19

*2:北村393頁

*3:Basic158,159頁

*4:東京地八王子支判平成8年2月21日判タ908号149頁、なお、限界について自治体環境行政法71頁、Basic64頁、札幌地判昭和55年10月14日判時988号37頁参照

*5:奈良地五條支判平成10年10月10日判時1701号128頁

*6:行政が主体の場合につき、環境法ガール第1話 平成24年第1問設問1 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*7:改正後は18条の18

*8:Basic403頁参照

*9:最判平成5年2月25日集民167号下359頁、Basic405頁

*10:Basic406頁参照

*11:http://d.hatena.ne.jp/ronnor/20140102/1388593028

*12:施行規則16条の2

*13:民事保全法23条2項

環境法ガール14 〜 おからと廃棄物の美味しい関係 平成20年第1問

おいしく食べてやせる&デトックス!  おからレシピ (食べてすこやかシリーズ)

おいしく食べてやせる&デトックス! おからレシピ (食べてすこやかシリーズ)


注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


1.放課後ティータイムには差し入れを
 研究室のドアを開けると、紅茶の香りが漂ってきた。


 「あ、先輩、今日は差し入れを持って来たんですよ〜」そういって、クッキーの箱を開けるさくらちゃん。



「クッキーなんだ。美味しそうにできてるね。」



「最近、美味しいものを食べ過ぎちゃったから、おからクッキーにしたんですよ。カロリー低めでヘルシーなんです。」嬉しそうな顔をするさくらちゃん。



「もう、デレデレしちゃって。私だって、クッキーくらい作れるんだから。」ぷいと横を向くかなめさん。



「さあ、紅茶ができましたよ。」と、トレイを運んで来たほむら先生。



「あら、おからクッキーね。おからは、食用として売買の対象にもなるけれど、残念ながら、発生する全量について食用の需要がある訳でもないから、産業廃棄物にもなるのよね。」


「そういえば、そういう問題が、ありました!」さくらちゃんが、問題を取り出す。


2.放課後ティータイムには過去問を

検察官は,以下の趣旨の公訴事実により,Aを起訴した。「Aは,B県に隣接するC県の知事の許可を得て産業廃棄物収集運搬処理及び最終処分の事業を営む者であるが,B県知事の許可を受けないで,業として,平成20年1月から3月までの間, 処分費用を無料とする一方で運搬費との名目により1回10万円を収受して,計200回にわた り,いずれもB県内にあるD外3名から処理の委託を受けた産業廃棄物である『おから』合計 2000トンを収集し,運搬した上で,B県にある自己の工場において,熱処理及び乾燥をして, 飼料及び肥料を製造し,もって無許可で産業廃棄物の収集,運搬,処分を業として行ったもので ある。」 Aの弁護人の主張としてはどのようなことが考えられるか。これに対する検察官の反論としてはどのようなことが考えられるか。それぞれについて,再生利用(リサイクル)との関係にも配慮し て答えよ。なお,「おから」は,国内において有料で(処理者に支払をして)処理が委託されている状況にあ るものの,全国で発生量の5%が食用として売買され,利用されているものとする。

「これは、戦力的には、弁護側を二人にするのがいいわね。かなめさんに検察官をやってもらいましょうか。」



「廃掃法14条1項、6項は産業廃棄物収集・運搬・処理につき『当該業を行おうとする区域』『を管轄する都道府県知事の許可』を要求します。Aは、C県知事から許可を得ていても、B県知事の許可を得ていないところ、Aは、B県内でおからの収集・運搬・処理を行っています。そして、最高裁判例*1は、産業廃棄物*2とは、『自ら利用し又は他人に有償で譲渡することができないために事業者にとって不要になった物をいい、これに該当するか否かは、その物の性状、排出の状况、通常の取扱い形態、取引価値の有無及び事業者の意思等を総合的に勘案して決するのが相当』とした上で、おからを産業廃棄物に該当するとしています。本件でも、Aは、B県において無許可で産業廃棄物たるおからの収集・運搬・処理を行っているのですから、その内容が再生事業であったとしても、公訴事実記載の犯罪が成立します。」理路整然と答えるかなめさん。



「おからが廃棄物だってことは、勉強を始めたばかりの私でも知ってますよ。この問題は、弁護側の主張と検察官の主張を書けっていうけれど、弁護人が『おからは食用にもなるから廃棄物じゃない』と言って、検察官がかなめ先輩みたいなことを言って終わりじゃないんですか。」弁護人役を割り当てられたさくらちゃんは不満げだ。



ほむら先生が、僕たちを2人組にして弁護側に割り当てた以上は、何かあるはずだ。何か…。



「あ、判例は『本件おから』が廃棄物と言っているだけで、全てのおからが廃棄物だとは言っていないですよね。そうすると、Bが受託したおからは、廃棄物とは限らない、という理屈もあるかも」自信がないが、一応言ってみる。



「弁護人は、眼の前の依頼者を救うための論理を考えるのが仕事よ。問題は、その『理屈』が何かよね。」嬉しそうに笑うほむら先生。



「じゃあ、私から。もっぱら再生利用の目的となる産業廃棄物のみの収集・運搬・処分については、許可が不要とされています(専ら物、廃掃法14条1項但書、6項但書)。判例は、その物の性質及び技術水準等に照らして再生利用されるのが通常である産業廃棄物をいうとするところ*3、Aは全量を再生利用しており、『再生利用されるのが通常である』専ら物です。」さくらちゃんが頭をひねる。



「短い最高裁判例は、原審や第一審までさかのぼる必要があります。おから決定の原審*4は、当該産業廃棄物について、排出、収集、保管、管理ないし加工、利用の過程が技術的及び経済的に有益な取引過程として社会において形成普及していることが必要とした上で、その具体的なおからがどうかではなく、『社会の取引の実状』を踏まえて判断しています。この判断は、本件の10年程前ではあるものの、5%が利用され、95%が利用されていないのであれば、同様に、専ら物ではありません。」あっさりとかなめさんに撃退される*5



「『廃棄物』の定義が不明確であることから構成要件の明確性に欠けるし、たとえ廃棄物であるとしてもリサイクルされている以上は可罰的違法性に欠けるってのはどうだろうか。」



一般廃棄物に関するものだけれど、廃棄物の収集運搬を業とすることという構成要件が明確性を欠くという主張は最高裁が否定しているわ*6。また、廃掃法14条6項の「処分」には再生が含まれる(廃掃法6条の2第1項括弧書参照)ところ、現在可罰的違法性が認められるのは極めて限られており、少なくとも、再生についても原則許可を要求した上で、専ら物等の限られた例外についてこれを免除しているという法の構造から見れば、これがその例外に該当するという主張に通る余地はありません。」厳しい切り返しのかなめさん。



「処理費用をもらっていないと言ったって、だめですよね…。」さくらちゃんもちょっと諦め気味だ。



最高裁判例の事案では、被告人は、豆腐製造業者から収集、運搬して処分していた本件おからについて処理料金を徴していたと認定されているところ、Aは、運搬料金という名目で、1回10万円の支払いを受けています。つまり、取引全体を見ると、Dらの排出業者が、Aにお金も払って物も持って行ってもらうという『逆有償』*7状態が成立しており、このような有価物でないからこそ、構造的に不法投棄等の問題が生じやすい訳です。最高裁判例の事案と同様に廃棄物性は優に認められます*8。」揺るがないかなめさん。



「この一見完璧な論理を崩すには、判例をはしごにするしかない。最高裁判例では勝てないなら、裁判例で戦うしかない。希望を捨てちゃだめだ。」さくらちゃんと目が合う。無言でうなづいて、判例データベースを操作する、さくらちゃん。



「裁判例が、ありました!」さくらちゃんが、うわずった声を上げる。



「水戸地判平成16年1月26日は、木屑を、処分費用をもらって受け入れて粉砕処理をした事案において、これを無罪としています。その理屈は、逆有償性を広い時間的スパンで捉えたところにあります。」



「要するに、この判決の事案では、被告人は、木屑を木材チップの材料として、このほぼすべてを木材チップとして加工していたんだよね。そして、被告人の会社に引き渡す際には、きちんと木材を選別した上で渡していたと認定されました。そして単に受け取り時における有償性のみならず、排出業者と受取側にとって、当該物に関連する一連の経済活動の中で価値や利益があると判断されているかを実質的に判断すべきとした上で、経済活動全体の流れに照らし、選別を経て被告人に引き渡された時点では、木材には取引価値が認められ、廃棄物ではないとしました。この事案の枠組みを使えば、Aは全量を飼料や肥料としているのであり、おからは再生用の材料なのですから、『一連の経済活動の中で価値や利益があると判断されている』と見るべきです*9。」さくらちゃんの助けを借りて、裁判例をはしごにした議論をする。




「その主張は通りません。この下級審判決に対しては学者は、『取引価値があるとまではいえない当該物について、安易に有用物性を認定した判断は疑問である』*10とか、『水戸地裁の立場は、おから事件の最高裁決定から若干逸脱しており(大塚直・法教316号39頁、317号74頁)、前掲東京高裁判決とも異なっていることから、主流ではない参考判決として位置づけるべき』と言われているのであり*11、こんな裁判例しか参照できていないところに、被告人の議論が負け筋であることが如実に現れています。」さくらちゃんの方を向いて勝ち誇ったように言うかなめさん。



「『前掲東京高裁判決』?あっ!」さくらちゃんが、何かに気づく。



「東京高判平成20年4月24日判タ1294号307頁、東京高判平成20年5月19日判タ1294号307頁は、取引価値の有無は重視しているものの、再生利用事業が確立し、継続して行われている場合には、廃掃法の規制を及ぼす必要がなく、利用目的という占有者の意思が産業廃棄物該当性を否定する事情になるとしています*12。結局、リサイクル促進こそが国是であるところ(循環基本法6条、7条、18条等参照)、リサイクルを促進する上では、廃掃法上の許可を広く求めることは適切ではなく、むしろ、再生利用が確立して不法投棄の危険性が低い場合には廃掃法上の規制を及ぼさないことが適切です。本件でも、Aは3ヶ月で200回、しかも量は計2000トンと反復継続して大量にリサイクルを行っており、再生利用事業が確立し、継続して行われている場合といえるので、産業廃棄物該当性を否定すべきです。」


「そもそも、Aは、産業廃棄物業の許可を得ており、『その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者』(14条5項2号イで準用される7条5項4号ト)ではない訳です。また、不法投棄のような廃掃法違反をすればせっかくの許可が取消されてしまうのですから、そんなことをするはずがないですよね。」さくらちゃんの議論に加勢する。



「どうも、かなめさんは、さくらさんに『塩』を送った結果になったようね。この事案は、基本的には弁護人は辛い立場であり、なかなか説得的な主張はできないけれども、相対的に強い主張としてはこんな感じの、裁判例の積み重ねを利用した主張になるかな。」おいしそうに、クッキーをつまみながら紅茶をすするほむら先生。



「私、さくらさんには負けませんからね。まず、飼料及び肥料を製造したというだけで、それが売れたとは限りません。おから事件の原審も、飼料や肥料にするにも、一定以上の質のものにすることが必要であり、そうでなければ、結局は使い物にならないとしています。商取引の実績がなければ、それをもって再生事業とはいえず、むしろ、フェロシルト事件のような偽装再生事業に近いと言えましょう*13。また、さくらさんの議論は、リサイクル促進にはリサイクル業者に廃掃法の許可を得させるべきではないということが前提のようですが、リサイクル業者にも産業廃棄物の処理等の許可を取得させて適正なリサイクルを図ることはむしろ望ましい方向性です*14。最後に、東京高判のうち、平成20年5月19日の方は、取引価値について、当該物について一般的に取引価格が形成されているかという、一般的な面を重視し、個別的な面をあまり重視しない方向性を打ち出していますが、これは、リサイクル偽装の廃棄物逃れを許さないという判断基準の客観化につながる適切な方向です。おからの95%については、産業廃棄物なのであって、一般に取引価格は形成されていないものであり、そのようなものについて、リサイクルをしたければ、正々堂々と、B県知事の許可を得てリサイクルをすべきです。」鬼気迫る勢いで語るかなめさん。



「食品の原料として流通しているような、安定的な有償の経済取引が行われているおからについては、最高裁判例を前提としても、流石に廃棄物とはならないと解されているわ*15。本件では、10トンあたり10万円と、B県内での運送であることを考えると単なる運送費としては高額な*16金銭をAがDらから受け取っていて、やはりこの点が有罪説のキモになりそうね。ただ、かなめさんの指摘するとおり、当初行政が客観説を打ち出していたところ、行政が主観面を考慮するようになり、その結果、香川県豊島の大量不法投棄事件のように、業者がリサイクルと主張して摘発できないまま事態が悪化するという悪影響が起こり、再度当事者の意思の客観化を図ろうとしているという行政の解釈の変遷*17は厳然たる事実であって、少なくとも、リサイクル偽装の廃棄物逃れを許さないような解釈を取るべきよね。」



「最初から辛い戦いだったけれど、先輩と一緒に協力して、頭をひねって考えて『戦える』ところまで持ってくるところ、とっても楽しかったです。これからも、先輩と二人三脚でやっていきたいな。」ぽっと顔を赤らめるさくらちゃん。



「ちょっと、そこ、何いい雰囲気になってるの?」



「かなめさん、紅茶にはリラクゼーション効果があるといわれているわ。ゆっくり気持ちを落ち着けて紅茶を飲むといいわよ。」ほむら先生はにっこりと微笑んだ。

まとめ
 仕事始め早々なんですが、「仕事とブログ更新の両立って難しいですね…。」とはいえ、できるところまで突っ走るつもりですので、どうぞよろしくお願い致します。

*1:最決平成11年3月10日刑集53巻3号339頁

*2:の前提となる「不要物」

*3:最決昭和56年1月27日判タ436号123頁、つまり、通達のいう4品目に限定する趣旨ではない。北村468頁参照。

*4:広島高岡山支判平成8年12月16日判時1603号154頁

*5:なお、再生利用認定制度(廃掃法15条の4の2)は、環境省告示におからがなく、適用されない。

*6:最決昭和60年2月22日刑集39巻1号23頁

*7:その意味についてはBasic230〜231頁参照

*8:北村455頁参照

*9:実務環境法講義151頁以下も参照

*10:北村455〜456頁

*11:Basic233頁

*12:Basic233頁

*13:酸化チタン製造工程から排出させる汚泥を土壌改良剤フェロシルトとしてこれを「販売」しつつ、業者に品質改良費用や運送費等の名目で支払っていたフェロシルト事件については、実務環境法講義153頁参照

*14:Basic233頁

*15:北村455頁

*16:10トントラックの運送費は、各社のホームページで検索すると出てくるが、10万円あれば、東京から名古屋等は余裕で行けそうである

*17:北村453頁、454頁、Basic220頁参照

環境法ガール13 大波乱の夏合宿4 平成21年第2問

環境法 第4版 (有斐閣ブックス)

環境法 第4版 (有斐閣ブックス)


注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


1.観光客が多過ぎる?
「先輩、おはようございます。」

「ほら、チャッチャと起きなさい。」

「あら、みんな、おはよう。」


夢の世界から急に現実に引き戻され、バスを降りる。周りにはたくさんのバスと車が止まっている。


「やはり、世界遺産に指定されただけあって、観光客も多いですね。」白いワンピースに麦わら帽子のさくらちゃんは、寝起きにも関わらず元気そうだ。


「1000円の入山料も、登山者数の抑制にはつながっていないようですね。」かなめさんは防寒対策でカーディガンを羽織っている。


世界遺産指定前から、富士山は、富士箱根伊豆国立公園の中核の1つだった訳だけど、この自然公園制度を考えると、今の状況も理解しやすいわね。」ここでも環境法につなげるほむら先生。


「それはどういう意味ですか。面白そうです!」反応するさくらちゃん。


「例えば、『道無き道を歩かないとアクセスできない、手つかずの優れた自然の風景地』があったとしましょう。これを国立公園等に指定して保護することはできる?」微笑むほむら先生。


「その言い方だと、多分できないってことだと思うけど、どうしてだろう?」まだ頭が回らない。


「自然公園法1条は、『優れた自然の風景値を保護するとともに、その利用の増進を図』ることを目的としています。未踏の原生林等は、利用増進が難しいので、自然公園法の枠組みで保護することは困難です*1。」


「かなめさんの言う通りよ。自然保護法は伝統的に、風景重視、レクレーション重視だからね*2。そもそも、自然公園法の前身である国立公園法の所掌部署は(一時期)『厚生省体力局施設課』だった*3訳で、景勝地を開発して、国民に自然に親しんでもらい、国民の保健休養等に役立てようっていう発想が根っこにあるのが分かるわよね。」


「自然公園法にそういう限界があるから、自然公園法に加えて、自然環境保全法もあるんですね。」さくらちゃんは朝から頭が回る。


「半分正解で半分間違い、かな。建前はそのとおりで、生活環境に近い自然や、未踏の原生林を保護するのに自然公園法が『帯に短したすきに長し』というのが、自然環境保全法を別建てで作った制度的な理由よ。でも、実際のところ、本当は自然保護を目的とした総合的な法律を作って自然公園法もそこに一本化しようとしたんだけど、政治的に当時の環境庁の力が弱くて農林省林野庁)と建設省の折衝の結果、他の省庁の権限を侵さない範囲に限定した自然環境保全法を作るに留まったという背景も指摘できるわね*4。」


2.自然公園内の規制
「今日は時間もないし、私たちみな軽装だから、上には登らないけど、5合目の時点で、下では見られない植物が色々と生育しているのが分かるでしょ。」

ほむら先生の声に下を見ると、麓では見かけない植物が群生している。

「こういう美しい自然は、自然公園法でどのように守られているんですか?」さくらちゃんが聞く。

「あら、丁度いいわね。そうしたら、この問題を検討しましょう。」ほむら先生が、用意していた問題を取り出す。

A県にあるB国定公園は,美しい山岳に恵まれた自然公園である。B国定公園にはカタクリ(自然公園法第13条第3項第10号の指定を受けている。)の群落があり,近隣に住む甲は,そのカタクリの群落の保護・生育を図ることを目的とする団体(以下「本件団体」という。)を設立して代表者となり,会則も作成して,これまで約30名の地域住民の会員とともに,10年以上にわたって, そのカタクリの群落の生育調査を行い,年数回の一般向けの観察会や保護・生育のための提言を行ってきた。
ところで,約3年前から,B国定公園の特別保護地区内の遊歩道沿いにある前記カタクリの群落に近接した空き地に,乙が多数回にわたって数百本もの廃タイヤを投棄し,廃タイヤが野積みされた状態になっている。そして約1年前から,前記野積みされた廃タイヤからの自然発火により,頻 繁に「ぼや」が発生したため,甲ら本件団体のメンバーは,前記野積みされた廃タイヤの処理につ いて,A県に対し,早急に対策を講じるよう何度も交渉をしていた(1)。
その後,前記野積みされた廃タイヤの自然発火により大規模な火災が発生し,B国定公園におい てA県が公園事業として設置していたビジターセンターが焼失するとともに,前記カタクリの群落 も焼失した(2)。
この場合について,以下の設問に答えなさい。
〔設問1〕
1の段階及び2以後の段階において,それぞれA県知事は乙に対し,行政上,どのような対応 措置を採ることができるか。ただし,廃棄物の処理及び清掃に関する法律に基づく措置は除くものとする。
〔設問2〕
1の段階で,本件団体が乙に対し,前記野積みされた廃タイヤの撤去を求める裁判上の請求を したときに,その請求は認められるか。予想される当事者の法的主張とそれに対する相手方当事者の反論とを指摘しながら論じなさい。

「廃タイヤって、確か、廃棄物性が問題となっていて、リサイクルにも使えるから、全て廃棄物とは言い切れず、『占有者が自ら利用し又は他人に有償で売却することができないために不要になった物』と言えるか、性状、排出の状況、通常の取扱い携帯、取引価値の有無及び占有者の客観的意思を元に決めるっていう話を聞いた事があります*5。」


「それは、問題で『除くものとする。』といわれている廃掃法の問題じゃないかな。『多数回にわたって数百本もの廃タイヤを投棄』っていうんだから、仮にその基準を取ったとしても、廃棄物と言えると思うけど。」


「海域公園の話を考えないとすれば、自然公園法上、自然公園には、その核心的自然*6が含まれる特別保護地区、その周りの第1種から第3種までの特別地域、そして、バッファゾーンである普通地域に分かれます。特別保護地区、特別地域、特別地域の順に規制が緩くなります。今回は、特別保護地域なので、自然公園法21条3項が、禁止行為を定めています。廃タイヤの積み上げは、自然公園法の目的とする優れた自然の風景地の保護に反する行為であり、5号の『物の集積・貯蔵』として、中止命令、原状回復命令等を出せます(34条1項)*7。これに従わなければ行政代執行、刑事告発(83条参照)が考えられます。」かなめさんがまとめる。


「質問です。特別保護地区では、『物の集積・貯蔵』をするなとありますが、私たちのような観光客を考えると、他人の土地の上に勝手に物を積み上げてはいけないというのはあまりにも当たり前な気がするのですが。」さくらちゃんの質問。


「その質問は、自然公園制度が、地域指定制度を採用していることと関係するよ。富士山は誰の物かな?」



「だ、誰のものって、日本人みんなのもの、いや、世界遺産だから、世界のみんなのものですよね。」混乱するさくらちゃん。


最高裁は、8合目以上の土地は富士山本宮浅間神社最判昭和49年4月9日判時740号42頁)のものだとしました。」かなめさんが判例を指摘する。


アメリカの国立公園制度は、営造物制公園といって、国有地上に公園があるというたてつけになっているわ。これに対し、日本は、地域指定公園といって、国有地、公有地、民有地に関係なく、自然公園法の要件に満たすものを国立公園等に指定するから、国立公園でも4分の1以上は民有地なのよ*8。」


「なるほど、だからこそ、民有地の所有者といえども、国立公園内では、ゾーンに応じて、一定の行為ができないとされている訳ですね。」納得顔のさくらちゃん。


「もちろん、20条3項の行為も21条3項の行為も『許可を受けなければ、してはならない』というんだから、許可を受ければいいわ。でも、許可をしないこともできるから、その場合は、所有権が制限される訳で、これに対する不許可補償の制度もあるわね(64条)。」


「実際に火事が起こった場合には、59条に基づき、乙の故意・過失を問わず、費用負担を命じることができ、理論上は強制徴収もできます(66条)*9。」


3.環境団体訴訟と環境権
「そういう制度があるといっても、カタクリの群落等のかけがえのない自然が失われてからでは遅過ぎると思います。行政の腰が重いのであれば、市民が動くしかないのではないですか。」


「この、さくらさんの問題意識は設問2に反映されているわね。」



「この訴訟は、環境団体が乙という私人を訴える訴訟として、民事訴訟と解されます。代表者がいる団体なので、会則等において、多数決の原則で運営され、構成員の変更に関わらず団体が存続し、団体としての主要な点が規定されていれば、当事者能力自体は、権利能力なき社団(民訴29条)として認められます*10。問題は、原告適格であり、固有の請求権を主張する場合と第三者の請求権を主張する場合の双方が問題となります。」


「確か、団体固有の請求権として主張する場合として、これまで乙と廃タイヤの処理について交渉をしていたのであれば、紛争管理者としての資格があるとかそういう主張があった気がします。」



「その主張は、豊前火力発電所差止事件(最判昭和60年12月20日判タ586号64頁)で否定されているね。」


「第三者の請求権を主張する場合、会員の請求権であれば、団体を『共同の利益を有する多数の者』ととらえて、選定当事者(民訴30条)や任意的訴訟担当を使うことになります*11。」


「ただ、そこでいう『請求権』の内容が問題よね。カタクリの群生地の土地を会員が所有していればまた別だけど、単なる『地域住民』だとすると、どういう主張になるかしら。」


「人格権が侵害されていれば、撤去請求もできそうですが、難しそうですね。」



「ここは、いわゆる環境権の考え方とも関係してくるかもね。環境破壊により生命や健康に直接影響が生じれば、人格権で差し止めができる。でも、そこまでいかないと何も言えないのかということで、『人格権の防波堤』*12として、環境負荷発生により生活環境や自然環境に影響を及ぼせば、その段階で差止等を認めて行こう*13、そして、環境権侵害があれば受忍限度を問う事なく直ちに違法と判断してもらおう*14という発想から出て来た訳だよね。」


「確か、環境権は、憲法25条により認められることを政府も認めていると聞いたことがあります*15。」


「環境権は、文脈によって意味が違うから注意が必要よ。」注意するほむら先生。


「立法政策において、国民がより良い環境を享受し得る権利を最大限尊重していこうという点では、多くの賛同を得ていると言えるでしょうが、今回問題となっているのは、そのような場面ではなく、撤去請求等の根拠としての私権としての場面があります。このような意味では、『良き環境を享受し、支配し得る権利』*16等が提唱されていますが、立法措置がないままこれを差止や撤去等の根拠としては認められないと解されています*17。」


「確かに、環境権を支配権と捉えてしまうと、誰が支配できるのかって問題が生じるよね。この事案では、比較的利害関係の調整が簡単かもしれないけど、施設の建設とかでは、賛成派、反対派、一部賛成一部反対の人等がいるはずで、提訴した人に支配権があって利害調整の主体になれると考えてしまうと、提訴していない人の立場はどうなるのって、問題があるよね*18。」


「確か、景観利益のような法的に保護される利益では、差止等はできないと解されているようですから*19、美しいカタクリの群落を享受する利益が法的に保護されるといっても、せいぜい事後的損害賠償の問題に過ぎないかもしれませんね。」


「環境権論の主張のうち、周縁的部分は裁判例や立法で認められている*20けれども、なかなか私権としての構成は難しく、むしろ公法上の問題として、特に参加権としての環境権が注目されているわね*21。また、立法論としては、自然公園法に関して環境NPOに権限を認め、団体訴訟を認める制度設計等も議論されているわ*22。」


その後、みんなで、富士山の自然を満喫したのだった。

まとめ
1年分を2回でまとめると、1回分の量がどうしても多くなってしまうのですが、なんとか、21年は2回でまとめることができました。前編、中編がほぼ終わり、後は後編に突入します。最後までおつきあい頂ければ幸いです。

*1:北村548頁

*2:北村554頁

*3:北村549頁

*4:北村548頁

*5:厚生省生活局水道環境部環境整備課長「野積みされた使用済みタイヤの適正処理について」(平成12年7月24日衛環65号)

*6:「特別地域内で特に厳重に景観の維持を図る必要のある地区」。自然公園法21条1項とそれに基づく公園計画作成要領参照

*7:命令を出せるのが、別に許可条件違反の場合だけではないことについては、北村33頁参照

*8:北村557頁

*9:北村580頁

*10:最判昭和39年10月15日民集18巻8号1671頁

*11:なお、カタクリを原告にすることについては、北村248頁参照

*12:Basic41頁

*13:北村49頁の図が分かりやすい

*14:Basic41頁

*15:Basic44頁。なお、第126回国会参議院予算委員会会議録6号(平成7年3月22日)19頁内閣法制局長官答弁参照

*16:大阪弁護士会環境法研究会「環境権」21頁以下

*17:なお、『将来世代からの信託に基づいて自然破壊を排除する権利』(自然享有権)については、北村51頁参照

*18:この点に関し、北村50頁「客観的にみれば、環境権の主張の根底には『みんなも自分と同じように考えるはずだ』という独善的な発想がある」とする。

*19:最判平成18年3月30日判タ1209号87頁、北村220頁。ただし、反対論としてBasic43頁参照

*20:Basic41頁

*21:Basic40頁

*22:行政の権限行使に関する文脈だが、北村247頁

環境法ガール12〜大波乱の夏合宿3 平成21年第1問

環境法判例百選 第2版 (別冊ジュリスト206)

環境法判例百選 第2版 (別冊ジュリスト206)


注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


1.性犯罪対策は世を徹して?
旅館の宴会場で美味しい夕飯を四人で頂き、客室に帰ると、既に、女将さんの手により、布団が4つ敷かれていた。


「女性陣は奥の3つね。私がその一番手前の最終防衛ラインでディフェンスするわ。」と、僕のことを性犯罪者予備軍扱いする。


「ディフェンスって…。」と思わず漏らしてしまう。


「最近、特にほむら先生とさくらちゃんに対する目線が怪しいのよ。」まあ、二人は「着やせ」する方だから、身体のラインが出る浴衣姿に自然に目がいったのかもしれないが…。


あら、私は別にいいんですよ。」と言って顔を赤らめる、さくらちゃん。


「だ〜か〜ら〜、絶対だめです! やっぱり私が徹夜で見張らないといけないわ。」悲壮な決意をするかなめさん。


「徹夜はお肌に悪いわよ。シンデレラタイムには寝ていないとねっ。」と、微笑むほむら先生。


「もうっ、ほむら先生までっ。とにかく、四人で枕を並べて寝るってパターンだけはやっぱり絶対なしです!」最後まで抵抗する、かなめさん。


「そういえば、昔、不倫事件で被告が出した抗弁に、トランプをしていただけっていうのがあったという話を聞いた気がします。環境法ゼミのゼミ旅行なんですから、環境法の問題検討をしていただけっていうのはいかがでしょうか。」さくらちゃんが提案する。


「若い子は元気ねぇ。さくらさんも、あと10年経ったら、徹夜するとお化粧のノリがガタっと悪くなるってことに留意しておくといいわよ。」って、ほむら先生、裏から言えば加齢を自白してませんか。


「まあ、問題検討ってことなら、しょうがないわねっ。」かなめさんも渋々同意する。

環境負荷物質を大気中に排出することを抑制する手法について,以下の設問に答えなさい。
〔設問1〕
ばい煙と有害大気汚染物質についての対応の仕方を比較し,それぞれの考え方を説明するとと もに,なぜ対応の仕方にそのような相違があるかを論じなさい。解答に当たっては資料1も参照 すること。
【資料1】
○ 大気汚染防止法(昭和43年6月10日法律第97号)附則(抄)
1~8 (略)
(指定物質抑制基準)
9 環境大臣は,当分の間,有害大気汚染物質による大気の汚染により人の健康に係る被害が 生ずることを防止するために必要があると認めるときは,有害大気汚染物質のうち人の健康 に係る被害を防止するためその排出又は飛散を早急に抑制しなければならないもので政令で 定めるもの(以下「指定物質」という。)を大気中に排出し,又は飛散させる施設(工場又は 事業場に設置されるものに限る。)で政令で定めるもの(以下「指定物質排出施設」という。) について,指定物質の種類及び指定物質排出施設の種類ごとに排出又は飛散の抑制に関する 基準(以下「指定物質抑制基準」という。)を定め,これを公表するものとする。
(勧告)

10 都道府県知事は,指定物質抑制基準が定められた場合において,当該都道府県の区域において指定物質による大気の汚染により人の健康に係る被害が生ずることを防止するために 必要があると認めるときは,指定物質排出施設を設置している者に対し,指定物質抑制基準 を勘案して,指定物質排出施設からの指定物質の排出又は飛散の抑制について必要な勧告を することができる。
(報告)

11 都道府県知事は,前項の勧告をするために必要な限度において,同項に規定する者に対し,指定物質排出施設の状況その他必要な事項に関し報告を求めることができる。

12 環境大臣は,指定物質による大気の汚染により人の健康に係る被害が生ずることを防止 するため緊急の必要があると認めるときは,都道府県知事又は第31条第1項の政令で定める市の長に対し,第10項の規定による勧告に関し,必要な指示を行うことができる。
13 環境大臣は,前項の指示をするために必要な限度において,指定物質排出施設を設置し ている者に対し,指定物質排出施設の状況その他必要な事項に関し報告を求めることができる。
〔設問2〕
環境基本法第22条は,規制的手法とは異なった手法について規定している。この手法を国内 の二酸化炭素排出削減に用いることが有効であるとの議論がある。これについて,資料2を参照 しつつ,以下の小問に答えなさい。
(1) 前記議論について,その理由は何か。ばい煙と比較しつつ,二酸化炭素の特質に基づいて答 えなさい。
(2) 前記議論について,具体的にあり得る措置を複数挙げた上,それぞれの長所,短所を述べな さい。
【資料2】
○ 京都議定書目標達成計画(平成17年4月28日策定,平成18年7月11日一部改定,平成20年3月28日全部改定)(抄)

第1章 地球温暖化対策の推進に関する基本的方向
第2節 地球温暖化対策の基本的考え方
1.環境と経済の両立(略)
2.革新的技術の開発とそれを中核とする低炭素社会づくり 京都議定書の約束を達成するとともに,更に「低炭素社会」に向けて長期的・継続的な排出削減を進めるには,究極的には化石燃料への依存を減らすことが必要である。 環境と経済の両立を図りつつ,これらの目標を達成するため,既に効果を上げている対策 や既存技術の普及を加速することと併せて,省エネルギー,再生可能エネルギー,原子力等 の環境・エネルギー技術に磨きをかけ,創造的な技術革新を図り,効率的な機器や先進的な システムの普及を図るとともに,ライフスタイル,都市や交通の在り方など社会の仕組みを根本から変えていくことで,世界をリードする環境立国を目指す。
3.全ての主体の参加・連携の促進とそのための透明性の確保,情報の共有地球温暖化問題は,経済社会活動,地域社会,国民生活全般に深く関わることから,国, 地方公共団体,事業者,国民といった全ての主体が参加・連携して取り組むことが必要であ る。このため,地球温暖化対策の進捗状況に関する情報を積極的に提供・共有することを通じ て各主体の対策・施策への積極的な参加や各主体間の連携の強化を促進する。また,深刻さを増す地球温暖化問題に関する知見や,6%削減約束の達成のために格段の 努力を必要とする具体的な行動,及び一人一人が何をすべきかについての情報を,なるべく 目に見える形で伝わるよう,積極的に提供・共有し,広報普及活動を行い,家庭や企業にお ける意識の改革と行動の喚起につなげる。
4.多様な政策手段の活用 分野ごとの実情をきめ細かく踏まえて,削減余地を最大限発現し,あらゆる政策手段を総動員して,効果的かつ効率的な温室効果ガスの抑制等を図るため,各主体間の費用負担の公 平性に配慮しつつ,自主的手法,規制的手法,経済的手法,情報的手法など多様な政策手段 を,その特徴を活かしながら,有効に活用する。また,幅広い排出抑制効果を確保するため,コスト制約を克服する技術開発・対策導入を 誘導するような経済的手法を活用したインセンティブ付与型施策を重視する。
5.評価・見直しプロセス(PDCA)の重視(略)
6.地球温暖化対策の国際的連携の確保(略)


2.環境法の規制手法
「この問題を考える前提としては、環境法の規制のバラエティってのがあるわね。まず、どんなものがあるかしら。」


「はい、規制的手法、誘導的手法・合意的手法、総合的手法、そして事後的措置があります*1。」


「さくらさんの言うような整理をすることもできますが、1つ1つの手法の内容が豊富になり過ぎる懸念があります。より具体的な手法を書き出すと、強制手法、誘導手法、合意手法、啓発手法、事業手法、調整手法、計画手法、情報収集手法、義務違反に対するサンクション手法、市民参画手法、組織整備手法となります*2。」かなめさん、よく11個も覚えているなぁ。


「この辺りは、整理の問題で、どちらかが『間違っている』ということはないわ。このうちの代表的なものは、規制的(強制)手法、誘導手法、合意手法の3つね。」


「規制的(強制)手法は一定行為の法的義務付けと遵守の強制を基本とするものです*3。誘導手法は、経済手法や情報手法を利用して、制度の対象者に自立的・自主的判断をさせ、その結果望ましい方向へと誘導するものです*4、合意手法は、協定等の形で、行政の個別的関与に対し規制を受ける側がこれを自発的に了承し履行することにより行われます*5。」僕も発言する。


「立法者は環境法制定の際にこれらの各手法のうちのどれをどこで使うか選択していく訳だけど、この各手法には、当然メリットとデメリットがあるわよね。」ほむら先生が水を向ける。


「強制手法は、規制対象が行政リソースの範囲内であれば、確実な実現というメリットがあります。しかし、行政コストが高い事、一律規制のため事業者の対応コストの差が無視され、非効率になること、一律の規制さえ達成すればそれ以上の対応をするインセンティブが働かないこと等がデメリットとして指摘されます。*6」一言でまとめるかなめさん。


「これは、教科書等でよく見かける記述なんですが、大体は分かるんですけど、ピンとこないんです。」さくらちゃんが質問する。


「強制手法を理解するには、伝統的な公害とかをイメージするといいわね。因果関係が明確な大口かつ少数の発生源がある場合、『一定以上の環境負荷物質を出すな!』と明確な規制をして、違反に対するサンクションを背景に規制を遵守させる。規制対象が少数だから、多少行政リソースの範囲内で対応できるでしょ。少なくとも、伝統的公害に対し強制手法は一定程度以上の効果を示して来たわ*7。でも、多数かつ因果関係が不明確な発生源が複合的に関与して環境リスクを形成している場合、まともに対応したら、行政コストが高くなりすぎる、何人公務員がいても足りなくなる訳。しかも、どうしても一律規制になってしまうから、その規制さえ達成したら、規制対象者としてそれ以上環境負荷を低減しようって気にはならないわよね。実際には、環境負荷を軽減しやすい効率が高い業者と低い業者がいるんだから、もしも政策目標が全国で排出される環境負荷物質の合計量を一定以下に抑えたいというなら、効率が高い業者に多く環境負荷を軽減させた方が、低コストでその政策目標が達成できるかもしれないのにね。大体こんなことを言っていると思えばいいわ。」ほむら先生が解説する。


「誘導手法や合意手法は、基本的にはその反対で、メリットとしては、自主性を尊重して創意工夫を引き出すことができ、比較的コストが低くて済むというものだけれども、本当にやってもらえるか、目標達成が不確実だという問題があるね。」ちょっと荒っぽいが簡単にまとめる。


「基本的にはそういうことになるけど、コストについては、例えば、誘導のために経済的手法を取るのであれば、虚偽申告をして経済的メリットだけ享受するプレイヤーがいないか検証するコストがかかるとか、誘導のため情報的手法を取るのであれば、情報収集や正確性の関しコストがかかるとか言われているから、本当に強制手法よりも『安上がり』なのか疑問視されていることにも留意が必要よ。」ほむら先生が補足してくれる。


2.ばい煙に対する規制
「それじゃあ、具体的にばい煙について見てみましょうか。」


「『ばい煙』は、硫黄酸化物、ばいじん、有害物質の3つを意味します(大気汚染防止法2条1項各号、3条2項参照)。これを排出する施設が『ばい煙発生施設』とされ、施行令で一定以上の規模のもののみを規制することとしています。」条文からきちんと説明するさくらちゃん。


「規制方式の特徴は、いわゆる規制基準の1つである排出基準を定め、この遵守を義務付けることにあります(大気汚染防止法13条1項)。排出基準には一般排出基準(3条2項)と、環境基準が達成されていない地域に新設されるばい煙発生施設に対する特別排出基準(3条3項)の2つがあり、条例での上乗せも可能です(4条1項)*8。」


「かなめさんの説明に補足すると、ばいじんと有害物質はおなじみの排出段階での濃度規制だけれども、硫黄酸化物についてはK値(Konstanz、定数*9)規制がされているわ。要するに、煙突を高くすればする程多くの硫黄酸化物を出せるというものよ。これは、煙突を高くして拡散させることしか有効な対処方法がなかった時代の、歴史的手法とも言われているわ*10。」


「工場等の集合する地域や排出基準による規制だけでは環境基準の達成が困難な地域(5条の2)である指定地域については、総量規制もされていますね。指定地域の総量削減計画に基づいて、工場単位で総量規制基準が定められ、これが一般排出基準に加えて適用される、ってことですね*11。」


「排出基準は瞬間値だけれども、総量規制基準は毎時単位だという違いがあるわね*12。」


「この規制の遵守を確保させるため、ばい煙発生施設につき届け出義務を課し(6条)、問題があれば変更命令を出せます(9条)。排出基準、総量規制基準については、遵守が義務付けられ(13条、13条の2)、直罰ですし(33条の2第1項1号)、改善命令が出せるので(14条)、改善命令に違反した場合にはもっと刑罰が重くなっています*13。」


「実は、毎時単位で計測される総量規制基準違反に直罰制を導入するのは技術的には無理*14だって批判されているんだけど、指定地域においてなんとしてでも、環境基準を達成するぞっていう政治的な意味はあるのかもしれないわね。」


3.有害大気汚染物質に対する規制
「次は、有害大気汚染物質への規制に行きましょうか。」ほむら先生の声に時計を見ると、既に時間は12時を回っている。大気汚染防止法12条は、「事業者の処理」だな。


有害大気汚染物質って何ですか? 確か、有害物質って、窒素酸化物(2条1項3号、施行令1条5号)とかじゃありませんでしたっけ?」さくらちゃんが質問するのも無理はない。ややマイナーな分野だ。



「有害物質と有害大気汚染物質は違う概念よ。アメリカの大気清浄法で189物質が対象とされているのに、大気汚染防止法においては7物質しか規制されていないから、規制対象を拡げて行く必要があることが指摘されていたわ*15。でも、今すぐに、その他の物質についても7物質と同じような規制をすることは難しいってのは、分かるかしら。」


「それは、どうしてですか?」


健康被害の確実性に対する知見の確実性の問題ですね*16。」かなめさんが指摘する。


「要するに、7物質については、充実した科学的知見があるから、それを前提に、被害が発生するのを未然に防ぐために規制をする*17という未然防止アプローチを取る事ができるけれども、それ以外の物質については、科学的不確実性があるから、未然防止アプローチで規制するのは難しい。でも、それじゃあだめだということで、有害大気汚染物質についても特殊な規制をすることになったんだ。」


「つまり、予防的アプローチですね!」さくらちゃんが叫ぶ。


「実は、大気汚染防止法18条の20によると、有害大気汚染物質への規制は『科学的知見の充実の下に、将来にわたつて人の健康に係る被害が未然に防止されるようにすることを旨として、実施されなければならない。』と書かれているんだけど、この点は、有害大気汚染物質規制を予防的アプローチと理解する上での支障にならない?」ほむら先生が微笑む。


「これは、環境基本法4条とほぼ同じですが、環境基本法4条は、問題が発生してから取り組むという事後的対応との決別を明確にしたもので、問題の性質に基づき予防的アプローチも未然防止的アプローチを使い分けて対応するという趣旨と解すべきです*18。そうであれば、大気汚染防止法18条の20の文言もまた予防的アプローチを認めていると解するのが正当です。」


「そうね。実際の規制を見ると予防的アプローチと見るべきね*19。細かく見ると仕組みは複雑だけど、主要なポイントは、低濃度での長期間曝露による健康影響が懸念される物質について、事業者に排出抑制についての努力義務を課し、国・公共団体が情報収集・提供をし、中でも早急な排出抑制対策を要する物質(指定物質)については、排出抑制基準を定め、都道府県知事が勧告を行うこととしているわ(附則9〜11項)。科学的知見が充実するまでは、予防的アプローチに基づき、附則に基づく勧告等で事業者の自主的取り組みを誘導し、科学的知見の充実がなされた後に、未然防止的アプローチに基づき法律本則における強制的手法を基調とした対応をするということが予定されているわ*20。」


4.二酸化炭素削減に関する規制
「最後は二酸化炭素ね。もちろん、環境基本法22条の手法が何かは分かるわよね?」

(環境の保全上の支障を防止するための経済的措置)
第二十二条  国は、環境への負荷を生じさせる活動又は生じさせる原因となる活動(以下この条において「負荷活動」という。)を行う者がその負荷活動に係る環境への負荷の低減のための施設の整備その他の適切な措置をとることを助長することにより環境の保全上の支障を防止するため、その負荷活動を行う者にその者の経済的な状況等を勘案しつつ必要かつ適正な経済的な助成を行うために必要な措置を講ずるように努めるものとする。
2  国は、負荷活動を行う者に対し適正かつ公平な経済的な負担を課すことによりその者が自らその負荷活動に係る環境への負荷の低減に努めることとなるように誘導することを目的とする施策が、環境の保全上の支障を防止するための有効性を期待され、国際的にも推奨されていることにかんがみ、その施策に関し、これに係る措置を講じた場合における環境の保全上の支障の防止に係る効果、我が国の経済に与える影響等を適切に調査し及び研究するとともに、その措置を講ずる必要がある場合には、その措置に係る施策を活用して環境の保全上の支障を防止することについて国民の理解と協力を得るように努めるものとする。この場合において、その措置が地球環境保全のための施策に係るものであるときは、その効果が適切に確保されるようにするため、国際的な連携に配慮するものとする。


「経済的手法です!でも、特に第2項は読みにくいです。」


「第1項は助成措置、第2項は賦課措置を意味しているんだけど、炭素税を導入したかった環境省とそれに反対する経済官庁の綱引きの結果こういう様々な条件が付けられたんだ。霞ヶ関文学の粋』と皮肉られているね*21。」


「今回の問題は、助成措置と賦課措置に限らず、広く経済的手法全体について問うているみたいよ。どうして、二酸化炭素排出抑制に経済的手法が有効なのかしら。」


二酸化炭素は、国民の日常生活からも相当量が排出され、発生源を特定しにくいことから、強制的手法がなじみにくい事が指摘できます。」夜更けにも元気なさくらちゃん。


二酸化炭素の場合、一定地域の濃度が高くて被害が発生しているという話ではなく、全世界の総排出量を削減しないと、徐々に地球の温暖化が進んで困るという問題です。そこで、効率の良い所から二酸化炭素削減をして行くことが望ましく、一律規制が原則の強制手法よりも、経済手法に軍配が上がります。」

「後は、削除には莫大なコストがかかるから、コストを下げるためには経済的手法に軍配が上がるというのがあるかもね。」


「三人とも、それぞれ経済的手法がなぜ二酸化炭素排出削減に適しているのかについて、よく説明できているわね。それに加え、二酸化炭素削減のためには、更なる技術革新が必要であって、各事業者の創意工夫を促進する仕組みが望ましいというのもあるわね。」


「そうすると、その手法の比較ということですが、京都議定書について、日本は1990年比6%減という目標を達成しそうというニュースを聞きました*22。」


「そうね、京都議定書の話は、話し始めると長くなるんだけれど、要するに、二酸化炭素を含む温室効果ガスについて、先進国全体で2008年から2013年の間に少なくとも1990年比5%を削減することとし、EUは8%、日本は6%等の削減が合意されたの。その後、マラケシュ合意で運用細目が合意され、2005年に発効したんだけど、先ほどさくらちゃんのいった、どこで削減してもいいから、全体量を削減したい、だから、効率的に減らせるところで減らすインセンティブを与えるという発想が、京都メカニズムの発想ね。大きく分けて3つの方法があるんだけど、共同実施は、先進国間で他国に投資することで、排出削減を実現し、その削減量の一部が投資国に移転するという仕組み、排出枠取引は、目標を達成できそうな国が、他国に割当量の一部を譲渡する仕組み、クリーン開発メカニズムは、先進国が途上国に投資して排出量削減をすると、その削減量の一部が投資国に移転する仕組みよ*23。」


「質問です!共同実施もクリーン開発メカニズムも、優れた技術と資金を持った投資国が、排出量削減の余地がより大きな国でプロジェクトを行って排出量削減を行い、それによって、投資国の削減目標達成に貢献するという点で共通していると思うのですが、この2つを分けて考えるのはどうしてですか?」


京都議定書では、先進国と途上国で差があって、途上国については、数値目標等の新たな義務が導入されていないから、先進国間のプロジェクトである共同実施と、先進国と途上国の間のプロジェクトであるクリーン開発メカニズムは分けて考えないといけません。」そう言いながら、眠そうなかなめさんが口元を押さえる。


「そうね、途上国との格差は、アメリカが京都議定書を脱退した重要な理由の1つだわ。ところで、この排出枠の手法のメリットはどこにあるのかしら。」目をこする、ほむら先生


排出総量が管理できるっていうところにあるってことかな。排出枠取引をした場合でも、結局総排出枠は同じで、その中で個別の国の割当量が変わるだけだから*24」。」


「でも、排出枠取引には、モニタリングの困難性の問題がありますし、日本だけが削減して、アメリカが削減しないとすると、国際競争力も落ちるという問題があります。」


「二人ともよくメリット、デメリットを理解しているわね。あとは、炭素リーケージといって、排出削減が不要だったり規制が緩い外国に工場や生産拠点が移転して、その結果、一見排出量は削減されたように見えるが、実は世界全体での排出量削減にはつながっていないといった問題もあるわね*25。」


「排出枠取引以外に、経済的手法はあるんですか?」さくらちゃんはまだまだ元気そう。


「税や賦課金制度があります。炭素税なんかは典型で、税金を安くしたければ、技術革新をして二酸化炭素を排出しなさいということで、企業の創意工夫や技術革新を促進させます。でも、税率等によっては、『減らすのは大変だから、お金払おう』となる可能性もあり、どこまで排出量が削減されるかは疑問があります。*26


「そうね、環境対策のための歳入増加につながることも指摘できるわね。」


「後は、補助金があるかな。頑張ればお金をあげるよというわかりやすい『にんじん』のぶら下げ方なので、即効性のあるやり方だから、過渡期には効果を発揮する*27けれど、財源の問題や汚染者負担原則(PPP)に反する可能性、補助金目当てに新規参入が増えてかえって環境負荷が増える可能性等のデメリットも指摘できるね。」僕もそろそろ眠くなってきた。


「そうなんですか、私もっと、環境法について教えてもらいたいです!」元気なさくらちゃん。


議論は、結局、朝まで続いた。結局二日目の目的地、富士山に向かうバスの中で、四人で枕を並べて寝たのはまた別の話である。

まとめ
全年齢向けって書くのが難しいですね(挨拶)
冗談はさておき、合宿編が長くなっているのですが、次回で合宿は終わりますので、もう一回だけお付き合い頂ければ幸いです。

*1:Basic58頁

*2:北村112頁

*3:北村112頁

*4:北村113頁参照

*5:北村115頁

*6:北村118頁参照

*7:以上につき北村111頁参照

*8:なお、硫黄酸化物のK値規制について上乗せ条例は認められない、北村388頁参照

*9:北村385頁参照

*10:北村387頁

*11:北村391頁、Basic151頁

*12:北村400頁

*13:33条と33条の2を比較

*14:北村400頁

*15:Basic154頁

*16:北村397頁

*17:つまり、従前の事後対応的アプローチを避けるということ

*18:北村72頁、なお、基本権保護義務を通して読む事により予防原則の立場を採用したと解されることになるとする行政法の新構想I397頁(桑原勇進)も参照。

*19:北村397頁、Basic153頁

*20:北村397頁参照

*21:北村290頁

*22:環境省_国連気候変動枠組条約第19回締約国会議(COP19)及び京都議定書第9回締約国会合(COP/MOP9)について(結果概要) (お知らせ)

*23:Basic350頁、351頁の図解参照

*24:Basic71頁

*25:Basic71頁

*26:Basic71頁参照

*27:Basic71頁

環境ガール11 大波乱の夏合宿その2 平成22年第2問設問2

環境法入門〔第4版〕

環境法入門〔第4版〕

注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。


1.富士山麓の大波乱
 今日の宿泊先は富士山の麓のホテル。先に富士山の見える浴場に行って、旅の疲れを癒した後、今日宿泊する客室に入った時だ。


「ど、どうして男女別室じゃないんですか!」和室の中心で、浴衣姿のかなめさんが叫ぶ。


「あらあら、部屋を予約する時に、『何人様ですか』と言われて、四人って答えたんだけど、そういえば、そのことを失念していたわ。」戸惑うほむら先生。


「さくらちゃんも嫌でしょ。」同意を求めるかなめさん。


「私は別に構いませんよ。先輩とは将来の結婚を約束した仲ですし。」


「ど、ど、ど!?」かなめさんが声にならない声を出す。


「あれ、そうだっけ?」突然の展開に慌ててさくらちゃんに確認する。


「先輩、忘れないでくださいよ。さくらが三歳の時、喘息で苦しんでいるさくらを抱きしめて、さくらと結婚してくれるって言って下さって、私とっても嬉しかったんですから。」


「すっかり忘れてた、ごめん。」確かに、そんなことがあった気がする。


「そんな15年も前のこと、時効です、時効! 婚姻適齢を大幅に下回るそんな年齢での婚約なんて無効です、無効!」声が裏返るかなめさん。


「あら、大審院判例が、婚姻年齢に達していない人と、将来婚姻年齢に達した後に婚姻することを目的として、婚姻の予約をできるとしているのをかなめ先輩はご存知ないのですか*1?」


「もう、ダメっていったらダメなの!


「かなめさんも、法曹の卵として、どんな時でも感情的になっちゃだめだわ。そうね、法律家らしく、二人で法律で勝負して、今日四人でこの部屋で寝るかどうかを決めたらどうかしら。例えば、平成22年の第2問設問2なんかいかがかしら。」


「分かりました、その勝負受けさせていただきます!」即答するさくらちゃん。


「なら、私は被告をやりますけど、それでいいなら。」熟慮の末絞り出すように答えるかなめさん。


「うふふ、問題文のなお書きがポイントね。」意味深にほほえむほむら先生。

二酸化窒素の環境基準値については,厳しすぎるという科学的知見が蓄積されてきたことから, 基準値が緩和されたとする。この措置に不満なBは,その直後に取消訴訟を提起できるか。原告 Bの主張と被告の反論について論ぜよ。なお,原告適格については触れなくてよい。


2.環境基準の処分性
「まず、私からいきます。改定告示につき、国に対して取消訴訟、つまり、『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』『の取消しを求める訴訟』(行訴法3条2項)を起こすには、その対象である改定告示が処分、つまり、『その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの』である必要があります。環境基準が緩和さられると、それにより汚染物質の増加が許容され、国民の健康等に重大な影響を及ぼします。その意味で、直接国民の権利・義務を形成・確定する効果があると言うべきです*2。」さくらちゃんが立論を始める。

「環境基本法第16条第1項は、『政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。』としており、環境基準は、『維持されることが望ましい基準』、つまり、政策目標を定めた基準に過ぎません*3。そこで、このような努力目標を示す指標は直接国民の権利・義務を形成・確定するものではないと一般的に解されており、本件と類似の事例でも、裁判所によって処分性が否定されています*4。」かなめさんが、さくらちゃんの論理に乗って反論する。


「環境基準を行政計画と同様の法的性質と理解するものね*5。ただ、環境基準は、その基準の受け皿となる法制度がどのようなものかによってその法的性質が変わり得るから、環境基準の法的性質そのものが争われている本件のような事案では、一般論としての環境基準とはなんぞやという議論だけでは不十分な気もするわね*6。」ほむら先生がコメントする。


「本件では、二酸化窒素の環境基準が問題となっているところ、大気汚染防止法の総量規制基準の基礎となる総量削減計画が、環境基準の達成を目途としています(大気汚染防止法5条の3、5条の2)。つまり、総量規制基準は、環境基準から相当の確実さをもって決定*7され(措置導入基準*8)、これによって、事業者に対して直接的法的効果が生じる訳です。病院開設中止勧告(医療法30条の7)があれば相当程度の確実さを持って保険医療機関の指定を受けることができなくなることを理由に処分性を認めた最高裁の考え方をここに応用すれば、処分性を肯定可能です。」


「裁判所は、環境基準と総量規制の間にそこまで密接な連動関係を認めていません。総量規制基準は各種の複雑かつ流動的な諸要素を総合、勘案して決定されるものであり、環境基準のみから直接的、自動的に決定されるものではない、ようするに環境基準は総量規制基準導入のきっかけにすぎないとしています*9。また、環境基準の厳格化であれば、それにより、基準が達成できなかったところが出て、総量規制基準が導入されるという関係にあるかもしれませんが、今回は、緩和に過ぎず、更に関連は薄いでしょう*10。」


「各種法規制は環境基準を前提に総合的、計画的に行われているのですから、環境基準と各種法規制の間に直接の関連性がないという見方自体に疑問があります*11。」食い下がるさくらちゃん。


「ここは、見解が分かれているけれども、実務家登用試験としては、環境基準と総量規制の間に直接の連動関係がないという立場を前提に検討すべきではないかしら。」このほむら先生のコメントで、さくらちゃんは作戦を練り直さないといけなくなる。


「環境基準と総量規制の間に直接の連動関係がないということは、環境基準が変わったとしても、だからといって、ただちに、それにより事業者が総量規制を受けて排出が制限されるという意味での関連はないという、事業者との関係でのみ問題になる点に過ぎません。Bのような公害被害住民との関係では、環境基準設定の場面はもちろん、総量規制の場面でも、Bが義務を負うということはないのですから、Bとの関係で、環境基準と総量規制の間に直接の連動関係がないことを理由に処分性を否定すべきではありません*12。」さくらちゃんが新しい議論を展開する。


「それって、原告が誰かによって、ある行為につき処分性があったり、なかったりすることになる訳?」かなめさんの疑問はもっともだ。


「ここで言いたいのはむしろ、仮に、事業者にとって直接法的な不利益が生じる関係がないとしても、環境基準の緩和により、Bにとって、法的な不利益が生じるならば、その点をもって、処分性を認めることができるという議論です。各種法規制の前提となる改定告示を争うことが最も実効的な救済方法であるところ、国道43号線判決は、原判決が環境基準を受忍限度とした判断を是認しており、環境基準が緩和されれば、受忍限度が緩和され、これによって、民事責任を追及する場合に被害が救済されなくなるというという法的効果が生じます。そしてこの点は司法判断になじみますので、環境基準引き下げにつき処分性を認めるべきです*13。」


「環境基準は、法律上の許容限度・受忍限度を設定するものではないのであって、環境基準と受忍限度が一致する場合と一致しない場合があるに過ぎません。国道43号線判決は、環境基準と受忍限度が偶然一致した事案と読むべきです*14。」


3.問題文の「なお書き」の意味
「原告と被告側の議論が概ね出て来たわね。ここはどちらもあり得るところで、処分性自体については、さくらちゃんの議論も説得力があるわ。ただ、原告は結果的には負けそうね。」


「ど、どうしてですか?」硬直するさくらちゃん。


「紛争の成熟性の問題もあるけど、原告適格も難しそうよね*15。東京高判の処分性の枠組み自体であれば、これを崩そうというさくらちゃんの議論について行政法学会の賛同者は結構いると思うけど、結論として本件で本案審理をすべきとまで言う人は少数派に留まりそうね。」


「そうなんですか」不満気な顔をするさくらちゃん。


「でも、この問題は、『原告適格については触れなくてよい』としているから、今回の勝負は引き分けでいいでしょう、ねぇ。」って、僕に向かってウィンクしないでください、ほむら先生。


「は、はぁ。」とうなずく。



「それじゃあ、引き分けだから、現状維持ってことでいいわね。」微笑むほむら先生。


「な、なんですって!」二の句が継げないかなめさん。


「3対1の多数決なんですから、尊重して下さいますね、せ・ん・ぱ・い♪」満面の笑みを浮かべるさくらちゃん。


こうして、その晩の部屋割りが決まったのだった

まとめ
 学説間の対立はほとんどないといわれる環境法ですが、環境基準の処分性については下級審裁判例とそれに対する有力な批判的学説があることから、それぞれの立場を整理して理解することが大事だと思われます。

*1:大判昭和6年2月20日新聞3240号4頁

*2:後記東京高判昭和62年12月24日判タ668号140頁における控訴人の主張参照

*3:北村132頁

*4:Basic140頁、東京高判昭和62年12月24日判タ668号140頁

*5:Basic141頁

*6:図解として北村134頁参照、特に北村133頁は、廃棄物処理法上のダイオキシン類に関する環境基準につき「処分性はあるのではないだろうか」とする。

*7:Basic141頁

*8:北村133頁

*9:北村133頁参照

*10:実務環境法講義26頁参照

*11:実務環境法講義26頁参照

*12:Basic140頁

*13:Basic140頁、大塚324頁参照

*14:北村134頁参照

*15:Basic140頁、大塚324頁参照