アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

「そらのおとしもの」のパンツ飛ばしと青少年健全育成条例

本エントリは、「そらのおとしもの」のネタバレを含みます。また、若干青少年健全育成条例の問題点については扱っていますが、非実在青少年規制の是非の論点については扱っておりません*1

そらのおとしもの 1 (角川コミックス・エース)

そらのおとしもの 1 (角川コミックス・エース)

1.そらのおとしものとは
 「平和が一番」をモットーにする中学生、桜井智樹。ところが、ある日突然智樹のもとに、美少女イカロスが空から降ってくる。その日から、智樹の平和な日常は崩壊していく。そらのおとしものは、この平和崩壊の姿を描いたアニメ*2である。


さて、そらのおとしものの名を世に知らしめたのは、なんといってもパンツエンディングであろう。パンツエンディングに至る経緯を簡単に要約しよう。

アニメ第2話、智樹は、幼なじみのそはらのパンツを見てしまう。それは、犬柄のパンツ。智樹は、思わず、これと違うものを履いて欲しいと思ってしまう。
すると、イカロスからもらったカードが発動し、パンツが空へ飛びたってしまう。
更に、智樹がイカロスに「パンツが〜」と泣きついた結果、イカロスが、半径100メートル以内のパンツをすべて収集してしまう。
そして、そはらは、パンツを履こうとするが、どのパンツを履こうとしても、いつもパンツが空へ飛びたってしまう。そこで、何十、何百というパンツが無駄になった。
結局最後にそはらはとあるパンツ*3を履くことができ、メデタシメデタシ。
と思ったら、エンディングでは、飛んで行ったパンツが鳥のように編隊飛行を行い、時には戦闘機を追い越しながら、流星のように舞い飛んだ


この奇想天外なエンディングに、世の中の変態*4は、製作者の素晴らしきパンツ魂に感涙したのであった。


さて、このパンツエンディングについては、あまり法的に論じられることがない。通常考えられるのは廃棄物処理法くらいだろうが、廃棄物はいわば「汚物又は不要物」であって、神々しい飛鳥のようなパンツが「汚物又は不要物」に該当するはずがないので、廃棄物処理法違反にはならない*5


ところが、パンツエンディングを違法化しようとする輩がいる。それが、青少年保護育成条例である。


2.青少年保護育成条例とは

 青少年保護育成条例(若しくは青少年健全育成条例)とは、青少年保護育成とその環境整備を目的に各都道府県(及びいくつかの市町村)が制定したものである。


 概ね、18歳未満の青少年に対し、有害図書等の指定、深夜外出の規制等でその行為を制限した上で、大人に対しても、青少年に対する淫行禁止等、青少年に害のある行為を禁止するものである。なお、各都道府県等が独自に制定しているものであるため、その内容は、相当程度ばらついている。


 このような、青少年保護育成条例に対しては、果たして有害図書等の指定等により、保護育成という目的が達成できるのか疑問であるといった声や、青少年の行為が制限される程度が大き過ぎるといった声が上がっているものの、長野県を除く46都道府県で制定されている*6


 最近では、 東京都青少年健全育成条例を改正して、外見上18歳未満に見えるキャラクター*7を規制しようとする動きがある等、議論を巻き起こしている。


3.パンツの飛行と青少年健全育成条例
 ここで、一般的な青少年保護育成条例には、いわゆる「使用済みパンツの売買」を規制する、ブルセラ条項がある。条例毎に内容は若干異なるが、基本的には使用済みパンツの売買を禁止するか、もしくはブルセラ業者を規制する形になっている。
例えば、東京都青少年の健全な育成に関する条例15条の2は「何人も、青少年から着用済み下着等*8を買い受け、売却の委託を受け、又は着用済み下着等の売却の相手方を青少年に紹介してはならない。」として、売買を問題視している。
 また、福岡県青少年健全育成条例第8条の2は、「使用済みの下着である旨の表示をし、又はこれと誤認される表示をし、若しくは形態を用いて、包装箱その他の物に収納されている下着」を「有害ながん具類」とした上で、「がん具類の販売又は貸付けを業とする者」に対し、使用済み下着を含む有害玩具類を「青少年に販売し、交換し、貸し付け、又は頒布してはならない。」とする。これは、ブルセラ業者に対する規制である。

 これらの規制には一定の合理性がある。東京都型の、売買を規制する条例は、要するに、売買が行われると、簡単におこずかいを稼げるので、青少年が進んでブルセラ行為を行い、その健全な育成に支障をきたすとの考えであり、これ自体は合理性に欠ける規制とまではいえないだろう。
 また、福岡県型の、業者を規制する条例は、逆に言えば「業者以外の一般人」に対する規制をしないということであり、規制の必要性の高い業者だけを規制しようとしている。これもまた、合理性に欠ける規制とはいえない。


 しかし、ところが、日本全国で唯一*9愛媛県だけが、一般人が使用済みパンツを青少年に対し「(お金を得ることを目的としないで)頒布・贈与する行為」を禁止している。

愛媛県青少年保護条例第5条の2第1項は、

何人も、がん具類、刃物類その他これらに類する物品(以下「がん具類等」という。)の形状、構造又は機能が次の各号のいずれかに該当するものと認めるときは、そのものを青少年にみだりに所持させ、又は青少年に販売し、頒布し、贈与し、若しくは貸し付けないようにしなければならない。

として、玩具の頒布、贈与を禁止した上で、第5条の2第4項第2号で「使用済みの下着*10」をがん具類等とみなしているのである。


 すると、使用済みパンツを飛ばす行為は、*11使用済み下着を頒布ないし贈与する行為として、愛媛県青少年保護条例に違反することになる*12


5.愛媛に飛んでくればアウト
 ここで、そらのおとしものの舞台となった空美町は福岡県である。上記のとおり、福岡県は業者しか規制していない。そこで、パンツが好きなだけで、パンツ販売業者ではない智樹は、規制の対象外ではないかというツッコミがあるものと思われる。

たしかに、条例は、一般に「その地域でしか適用されない」という性質がある。しかし、その地域で犯罪行為の一部が行われ、またはその結果が発生していたら、条例が適用されるのである。たとえば、高松高判昭和61年12月2日*13では、「香川県条例で禁止される内容の電話を、被告人Xが、徳島県の自宅から、香川にある被害者Yの家にかけた」という事案につき、香川県において犯罪の結果が発生している*14として、*15香川県条例の適用を認め、Xを有罪としている。


すなわち、使用済みパンツを飛ばしたのが福岡でも、愛媛でばらまかれれば、行為ないし結果が愛媛で発生したとして、規制が広範な愛媛県条例が適用され違法になるのである。エンディングでは「ニューヨークの自由の女神像まで飛んで行った*16」ことが描かれているが、福岡県からニューヨークの直線経路上*17に愛媛はある。また、世界中を飛び回っているので、再度愛媛に来たり、愛媛に落ちることは十分にありえる。これが「違法」なのである*18

まとめ
 ある県で変な条例が作られると、その県とちょっとでも関係してしまえば、変な条例が適用される。インターネットで、県境など簡単に超えられる現代。変な条例が、その県の住民だけの問題ではなく、その県の住民と関わり合う可能性のあるすべての人に規制が及ぶ可能性があるのである*19

 実際に、パンツを飛ばす人はあまり居ないかもしれないが、例えば、鹿児島県青少年保護育成条例12条は、「何人も、」「有害ながん具刃物等」を「青少年に所持させないようにしなければならない。」とし、使用済みの下着を「有害ながん具刃物等」と定義している。そのため、自分の娘にパンツを買い与え、使用済み下着を所持させることすらも、違法*20と解されるおそれがあるのである*21

条例の立法者は、このような条例の与える予想外の影響の大きさを十分に理解した上で、条例が過度の規制にならないかを慎重に考慮して、規制範囲を厳格に定める必要があるのである。

*1:もう少し勉強してから書こうと思っています

*2:原作は漫画

*3:どういうパンツかは、ネタバレになるので略。アニメ本編を御覧下さい。

*4:含むronnor

*5:廃棄物処理法2条1項参照

*6:長野県でも、市町村で青少年保護育成条例又はその一部を内容とする条例が制定されている

*7:非実在青少年等といわれている

*8:青少年が一度着用した下着又は青少年のだ液若しくはふん尿をいい、青少年がこれらに該当すると称した下着、だ液又はふん尿を含む。以下この条において同じ。

*9:独自調査による。間違っていたら指摘してください。

*10:これと誤認される表示がなされ、又は形態であるものを含む。

*11:青少年を含む万人に対し

*12:罰則はないもよう

*13:判例タイムズ631号244頁、なお、日本一早い!「D1-Law nano 判例20000」レビュー - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常で紹介した、D1-Law nano 判例20000にも掲載されている。

*14:被害者が「禁止されている電話を聞かされてしまった」という被害にあっている

*15:電話をかけたのが徳島県であるにもかかわらず

*16:ちなみに、漫画だとホワイトハウス

*17:大体

*18:なお、イカロスが半径100メートル四方のパンツを飛ばしたことにより、イカロスが条例違反となるとしても、「智樹」が違法になるのかという問題は残ります。私見としては、第1話ですでに「イカロスには願いがすべてかなわせる力がある」と知ってしまった以上、後は未必の故意があるのではないかと思いますが、微妙なところです。また、「使用済み」の定義について、(半径100メートル四方の女性はともかく)そはらの「履こうとしたパンツ」が使用済みかもまた微妙なところです。まあ、「これと誤認される表示がなされ、又は形態であるもの」にはなりそうですが。

*19:例えば、古物商が未成年からの買取を禁止する条例があると、ネットで買取をしている古物商は年齢確認が必要になる。これを「規制がある県の住民かどうか」いちいち確認するのは面倒くさいので、どうしても、一番規制がきつい県を基準に対応する事にならざるを得なくなる。

*20:なお、あの愛媛県条例ですら「みだりに」として、例えば、自分で履いた下着を持っているような、正当な理由がある場合を除外している

*21:娘が鹿児島に旅行すれば、上記の判例によりこれに該当する可能性がある。