アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

狂言誘拐だからといって誘拐罪にならないと言っていいのか!? 〜まよチキと未成年者誘拐罪

まよチキ! (MF文庫J)

まよチキ! (MF文庫J)

本エントリはまよチキのネタバレ記事ですので、未見の方はご注意ください。


1.まよチキとは
  「スバル様」と崇められ、ファンクラブができるような超美男子の近衛スバルは、美少女涼月奏に仕える執事。その同級生で、女難の相が出ている坂町近次郎(サカマ・チキン・次郎)は、スバルの秘密を知ってしまい、そこから大変な目に遭う。迷える執事とチキンな俺と、これがまよチキである。


 まよチキは、まさに「犯罪のデパート」だ。冒頭からちょっと検討すべき犯罪を挙げると、公然わいせつ罪、脅迫罪、暴行罪、傷害罪、殺人未遂、監禁罪、住居侵入罪、銃刀法違反等々、ありとあらゆる凶悪犯罪が居並ぶ。ちなみに、私立高校だから、教師に賄賂を渡しても贈賄罪(刑法198条)は成立しないぞ。


 この全てを解説するだけの紙幅はないので、奏に対する誘拐罪*1について検討しよう。


事案の概要は以下の通りである。

 日曜日ー全天候型レジャー施設に、男二人(うち男装一名)、女二人で遊びに行く、しかも、1人はとびっきりの美少女ときた。これは、「ダブルデート」でウハウハか??
 しかし、薄いけしからん本でもない限り、そういう方向にはいかない。まよチキらしく、トラブルが勃発する。
 近次郎とスバルが鼻血を出しながらプールでスクール水着の小学生に抱きついていたら、何時の間にか、奏お嬢様と妹が居なくなっている。
 売店のオバチャンから渡された携帯電話から響く誘拐犯の犯行宣言
  来るよう指示された建設中のアトラクションの中で、今、バイオハザードが始まる!?


  さて、この誘拐は実際は奏が、スバルの刃物恐怖症を克服させようと仕組んだ狂言誘拐なのだが、誘拐犯近衛流(ながれ)に、誘拐罪は成立するか!?


2.本人の同意と誘拐罪
  とりあえず、誘拐罪の条文を挙げよう*2

(営利目的等略取及び誘拐)
第二百二十五条  営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。

 誘拐罪の基本的な要件は「人を略取し、又は誘拐」すること。甘言を弄して誘い出すのが誘拐、無理矢理連れ出すのが略取だ。連れ出す先は、「生活圏の外」でなければいけないとされる。この生活圏というのは説明が難しいが、要するに、普通の暮らしで行き得る場所という意味で、それ以外のところに無理矢理もしくはうまく説得して連れ出せば、「誘拐罪」である*3。少なくとも、誰も立ち入ってはならない、隔絶された立入禁止の工事中のアトラクションであれば、生活圏外と言って良いだろう。


 ここで、本件は、近衛流は涼月奏と共謀して、息子(娘)のトラウマを打破し、刃物恐怖症を治させようとしての「狂言誘拐」である。このような、誘拐されている「被害者」が誘拐されていいと言っている場合はどうか。


 無理矢理薬を嗅がせてさらう等の略取はともかく、誘拐の場合、例えば、「お母さんが病気で入院したからこの車に乗りなさい」「はい」等と言って一応「同意」を取り付ける訳である。そこで、そういう意味の、甘言に誘われての同意があったって、誘拐罪は誘拐罪だ


 しかし、今回の奏は、そういう意味での「問題のある同意」ではなく、真意で建設中のアトラクションの中に連れて行かれていいと思っている(だから「狂言誘」なのだ。)。本人が真意からそれで良いと言っていれば、もはや刑法225条の誘拐罪は成立しない)。


3.未成年誘拐罪
 ところで、誘拐罪については、被害者の年齢を問わない225条の誘拐罪に加え、未成年誘拐罪というものもある。

(未成年者略取及び誘拐)
第二百二十四条  未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

 「被害者」の奏は「未成年」であるところ、未成年誘拐罪については、別個の考察が必要だ。
  要するに子どもが真意で同意しても、親が同意しないとダメだろということである。その理由は、福岡高判昭和34年4月14日*4等の判例は、未成年誘拐罪は、単に子どもを保護するのではなく、親権者の監護権をも保護すると考えているからだ。



  今回の事件では、多分奏での両親はレジャー施設のアトラクションのうち、客の行けるところに奏が行くことには同意していたのだろう。
しかし、客が本来行かない工事中のアトラクションという危険で生活圏から外れた場所に行くというのは想定しておらず、許可もしていないだろう。
  そうすると、いくら未成年者である奏本人が真に同意していても、親の許可がない以上は、なお未成年誘拐罪が成立するのである。

まとめ
  未成年誘拐罪の恐ろしさは、親の許可なく生活圏から子どもを離脱させれば、いくら本人が同意していても誘拐罪になってしまう可能性があるところである*5。奏自身も、近衛流も、そんな結果になるとは思いもしなかっただろうが、「適法に狂言誘拐をする*6」ためには事前に奏の親の許可を取る*7必要があったのだ*8

*1:略取・誘拐罪が正式名称であり、法律家が略すると「拐取罪」になるが、法クラ以外ではあんまり一般的でないので、誘拐罪という一般向け表現をあえて用いる

*2:身代金目的だと226条があるが「遊ぼう」と言っているだけで身代金目的はなさそうだ。

*3:ただし、成人なら、営利等の目的が必要だ。

*4:高等裁判所刑事裁判特報3巻8号409頁

*5:いわゆる「神待ち掲示板」で家出少女と同意して家に泊めた「神様」は、例え青少年健全育成条例の問題がある行為に及ばなくとも、未成年誘拐罪の可能性がある。

*6:この言葉自体が論理矛盾っぽいが

*7:普通は取れないと思うが…。

*8:なお、刑法229条は親告罪とするので、被害者の奏か、監護権者の奏の両親の告訴が必要だ。長年仕えた執事ということで告訴しないというのは、判断としてありえるが、これは刑法犯が成立するかとは直接関係ない。