アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

アンパンマンで「刑事訴訟法」!?

刑事訴訟法

刑事訴訟法

1.アンパンマン法律書に出てくる!?
 刑事訴訟法は今般の司法改革で大幅に改正された。裁判員制度、公判前整理手続等々が導入され、既に公判前整理手続や即決裁判は動き始めている。ちょうど、この新しい改正に対応した刑事訴訟法の本を探していたところ、ある本の帯にこんな文句が書かれていた。

アンパンマンを見たときは、なんだこりゃあ、って、正直ビックリしたんですよ。でも、アンパンマンジャムおじさんで説明されると、公訴事実の同一性が不思議と良く解るんですね。
ー大学院修士課程2年生

 刑事訴訟法アンパンマンが出てくるなんて...。私は大変驚いた。3分後、気がつくと自分の財布から3000円*1がなくなっており、1冊の本が自分の手の中にあった。それが寺崎嘉博著「刑事訴訟法」であった。


2.アンパンマンで解る公訴事実の同一性
 そもそも、「公訴事実の同一性」というのは、以下のような場合に問題となる言葉である。

事例1 XはYのバッグを盗んだという疑いで起訴された。しかし、審理が進むにつれて、XはYのバッグをZから買っただけで、Yのバッグを盗んだわけではないということがわかってきた。

 こんな場合、検察官であれば今までは「Yのバッグを盗んだか」について審理してきたけれども、これから「Yのバッグを*2Zから買ったか」を審理して欲しいとお願いしたくなるだろう。このように審理*3の対象を変えてもらうのが訴因変更という手続きであり、訴因変更自体は刑事訴訟法上認められている。

事例2 甲は乙を殺したという疑いで起訴された。しかし、審理が進むにつれて、甲は乙を殺してはいないが、10年前に丙を殺したという疑いが出てきた。

 こんな場合、「乙を殺した」から「丙を殺した」に審理対象を変えてくれと検察は思うかもしれない。しかし、被告人・弁護人の立場に立ってみればわかるように、乙を殺したというのと丙を殺したというのは全然違う問題であって*4、突然「丙を殺したか」について審理対象が変わるのは、被告人にとって大きな不利益であり、これまでの訴訟結果も全く生かせない。そこで、刑訴法312条は「公訴事実の同一性の範囲内」でのみ訴因変更をして審理対象を変えられるんだと規定している。

 ここでの問題は、「公訴事実の同一性」って何かということであり、学説は百花繚乱の様相を呈している。これについて、寺崎教授は、本書p282以下で、アンパンマンの例を出しておおよそ以下のように論じられている。

 まず、検察官は「アンパンマンだ(事例1ならXはYのバッグを盗んだんだ!)」という内容で起訴をする。この段階では公判廷で事実が確定されたわけではない、単なる主張だから、点線で描くことになる。
 この点線で描かれたアンパンマンが存在するかどうか(Yのバッグを盗んだかどうか)について、証拠を見たり、証言を聞いたりする形で審理が進む。そして、審理の過程で、被告人側が「いや、ジャムおじさんの眉毛と鼻髭がある(いや、Zから買い受けたものだ)」と主張し、そのように立証することがある。この時点では、既に顔の部分の図柄は立証されており、後はコック帽があることが立証されれば、ジャムおじさんだということになる(既にZからの買受は立証されており、後は買受時にXが盗品と知っていることが立証されれば、盗品買受になる)。このように、立証が進み事実が明確になるにつれて図柄(該当すべき犯罪事実)が変わってくることがある。
 その場合に、検察官が「ジャムおじさん(Zからの盗品買受)」を立証したいのであれば、訴因をアンパンマン(窃盗)からジャムおじさん(盗品買受)に変更しなさい。その上で、「ジャムおじさん(盗品買受)」が認定できるかについて審理を続けていくことができる。これが訴因変更という手続きである。
 「アンパンマンジャムおじさん(Yバッグの窃盗→Yバッグの盗品買受)」のように、公判で審理がなされ事実が固まってきた段階で、そこまで固まった事実を前提にして他の犯罪事実に行ける場合には公訴事実の同一性があり、訴因変更が認められる。しかし、顔と眉毛、鼻髭が立証されたところで、「バタコさん(丙を殺したこと)」に変えたいといっても、その変更は許されないことになる*5

 上の説明ではわかりにくいかもしれないが、同書はやなせたかしさんらの許可を得てアンパンマンの絵を使った図解があるので、実際には、上の説明よりも格段にわかりやすくなっている。

3.初学者からロースクール生まで使える
 まず、ロースクール生にとって、新司法試験に対応するためには、判例・学説についてその構造を理解しなければならない。学説を「a,b,c説があってその根拠は〜で、判例は○説だ」という形で平板に理解するだけで対応できるのは、学部試験レベルに過ぎない。なぜ学説がそこで説が割れるのかどういう考慮から判例はこの説をとったのかを理解しなければ、学説を理解したことにならないし、判例の射程を具体的事例に適用することもできない。この点、本書では、学説の対立構造や判例の考え方を重視して説明されているし、新司法試験レベルのレベルの高い内容も「問題の焦点」「take a break」コーナーにおいて論述されている。この点ロースクール生にとって使える本である。
 学部生や、未修ロースクール生にとっては、この本の内容を一読して全部理解することはまず不可能である。しかし、Eコース(エレメンタリーコース)というのが設けられており、Eコースマークのついているところだけを追えば、深い議論に入らずに、基本的な構造を理解することができる。Eコースでまずは手続きの流れを理解した上で、授業等をペースメーカーに、Eコース以外の本文を読んでいく。そして本文が終わったら、囲みや、take a break、問題の焦点にも挑戦するという形で段階的に読み進めることで、刑訴法の理解が深まるだろう。なお、本書は語句の定義にこだわっており、用語マークと下線で、定義がパッと見て解るようになっている。刑訴法に限らず定義は非常に重要であり、この点も初学者にとって有益であろう。
 なお、この本についてあえて難を言うのであれば、take a breakコーナーの登場人物のF子の話し方が非常に読みにくくわかりにくい点くらいであろうか*6

まとめ
寺崎「刑事訴訟法」は、アンパンマンを使って公訴事実を説明する等、斬新でわかりやすく、かつ、「問題の焦点」「take a break」コーナーにおいて新司法試験レベルまでの詳しい記述もある。最新改正に対応しており初心者からロースクール生まで使えるおすすめの刑事訴訟法の基本書である。

*1:10%引きの価格。定価は3465円

*2:盗品と知って

*3:判断

*4:事例1が「同じバッグ」が問題となっている点と比較するとわかるだろう

*5:そして、このような意味で訴因変更が認められる場合というのは、まさに判例がいうように、訴因事実の基本的な部分が共通し、両者が両立しない場合である

*6:この点は本書v頁によれば「この手のダイアローグ演習形式の平板さを避けようとして作った重要なキャラクターなので、ご容赦いただきたい。」とあるが、もう少しユニークさを落としても平板さは避けられたのではないか...。