アホヲタ元法学部生の日常

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司法試験受験生にこそ読んで欲しい刑事訴訟法の「入門書」〜緑大輔「刑事訴訟法入門」

刑事訴訟法入門 (法セミLAW CLASSシリーズ)

刑事訴訟法入門 (法セミLAW CLASSシリーズ)

1.刑事訴訟法の難しさ
 多くの学生・法科大学院生にとって刑事訴訟法は難しいとされている。この科目が特に難しい理由は、判例実務と学説の間に少なくとも一昔前まではかなりの乖離があったことである。古典的な例を挙げれば、取調受忍義務の論点については、判例実務は肯定説を取っているが、学説は否定説を取っているとされており、「理論刑事訴訟法学の最前線は、実務と異なるパラレルワールドで展開しているのでは?」と思った学生がいてもおかしくはないだろう*1

しかし、最近は変化の兆しが見えてきている。これを象徴する文献がいくつかあるが、特に重要な文献をあえて1つに絞れば古江頼隆「事例演習刑事訴訟法である*2

事例演習刑事訴訟法 (法学教室ライブラリィ)

事例演習刑事訴訟法 (法学教室ライブラリィ)

元東京高検公判部長で、元東京大学教授*3の古江先生が短い事例を元に、判例実務と学説の位置づけを実務家としての豊富な経験を背景に紹介するこの本は、まさに実務と理論の架橋という法科大学院制度の本旨に即した一冊と言えよう。


2.若手学者の手による「入門書」
昨年11月、若手学者*4の手による刑事訴訟法の「入門書」が出版された。これが緑大輔「刑事訴訟法入門」である。
緑先生は、現在北海道大学の准教授をされており、最近、試験問題にももいろクローバーZを出題されたことが、ツイッター上及び2ch*5で局所的話題を呼んだ。労働讃歌の歌詞が「労働法 優」に聞こえる私の緑先生に対する個人的な好感度がかなり上がったところである*6


同書の特徴は、刑事訴訟法を学ぶ上で重要な問題点について、基礎から平易な言葉で判例学説を解き明かし、現時点の到達点にかなり近いところまで連れて行ってくれるというところである。


本書は、各トピックについて、事例を原則として2つ挙げる。この事例について、甲乙という学生が短い会話をする中で基本的な問題意識を明らかにする。その後、古典的文献、判例、実務家の見解等が資料として提示される。これらを前提に、緑先生が柔らかい語り口で当該トピックの問題の所在、制度条文等の概説的な説明から始め、これを前提に、事例や論点についての判例や学説の位置づけ等を綺麗に説明していく


例えば、いわゆる司法試験平成21年で出題された実況見分調書*7については*8、現場指示および現場供述と思われる事例が提示され、(お調子者の?)学生乙が「検証に似た処分であることからすると、321条3項の要件を満たせばいいんじゃないかな。」と軽率な発言をし、それに対し、甲は「最高裁判決(ママ)は、そんな単純な判断をしているようには思えない」とたしなめる。
その上で、資料として、ご存知最決平成17年9月27日刑集59巻7号753頁が引用されている。
緑先生は、まず、伝聞例外の意義について説明した上で、捜査機関作成の供述録取書という典型的な伝聞例外について二重の伝聞性というキーワードで説明される。
その上で、実況見分調書一般について検証との性質の共通性について説明*9した上で、いよいよ事例および決定の解説という山場にさしかかる


実務的な指示説明の必要性を指摘して、いわゆる現場指示が指示により対象となる物・場所を特定し、検証・見分の目的・動機を明らかにする点に意味があるとし、具体例を挙げて、現場指示自体は供述証拠ではなく、非伝聞であり、立会人を公判期日に出頭させて直接に説明内容を吟味する必要はありませんと、現場指示の特徴とその処理を明確に説明する*10


続けて、現場供述の具体的事例を挙げ、指示説明の要証事実が過去の事実についての知覚・記憶・叙述の内容の正確性について、立会人直接確認すべき場合があり、この場合の指示説明はもはや非伝聞とはいえず、供述証拠に該当すると解すべきだとされます*11。脚注に落とされていますが、この要証事実の把握が立証趣旨に拘束されず、当該事案の争点を踏まえた上で、犯行再現内容や指示説明内容が嘘だと仮定すると証拠価値をほとんど見出せない場合には、実質的に現場供述として提出されるものだと捉えるべきと、具体的な事案における実質的な要証事実の把握の把握についてまで踏み込んでらっしゃるのは受験生にとって非常にありがたい指針を与えるものである*12


そして、最高裁決定における現場供述とされた場合の伝聞例外にあたるための要件を、現場供述が文字に起こされて実況見分調書に記録されている場合と、いわゆる供述写真*13写真に撮影されて、その写真が実況見分調書に添付されている場合に分けて解説される*14


これでも十分な解説であるが、さらに2点追加の解説をされている。1つは、いわゆる犯行再現写真がいわゆる現場写真*15として、非伝聞と解される場合についてである。犯行再現写真が、「その日被告人は本当に被害者が畏怖するような怖い行為をしたのか」といった点を証明するために撮影されれば、これは供述写真としての厳しい規律に服することになる。しかし、同じ犯行を再現させた写真でも、実際に被告人は羽交い絞めできる体格か等の動作の物理的な可能性を問う場合には、再現どおりの羽交い絞めをしたのかを認定するのではないので現場写真として簡単に証拠能力が認められることになる。このような司法試験的には極めて重要な点をわかりやすく解説する本書は評価できる*16


 もう1つは、いわゆる「平成17年決定の謎」である。簡単に言えば、平成17年決定は、現場供述に含まれる伝聞の2過程(供述者の知覚記憶叙述と、記録者の知覚記憶叙述)に対応して、被告人なら322条1項の要件、それ以外なら321条1項2号ないし3号の要件を満たせと言っている訳だから、被告人なら322条1項の要件、それ以外なら321条1項2号ないし3号の要件を満たした以上は、もはや伝聞性は排除されているはずなのだ。それなのに、平成17年決定は重ねて「321条3項所定の要件を満たす必要があることはもとより」として、実況見分調書(検証調書)としての伝聞例外の要件該当性を要求するのである。学者によっては、その必要はないのではないかという向きもあるようである*17。この点は、緑先生は、

その含意はやや不明確なようにも感じられます。しかし、実況見分調書に収められている写真にせよ、立会人の発言の録取部分にせよ、多様な情報が含まれています。例えば、犯行再現写真の場合、犯行現場に撮影されたものであれば、被告人の犯行再現の動作の他に、その背景に現場の物品の位置関係など種々の情報も含まれるわけです。したがって、現場供述・供述写真にあたる部分以外のパーツについて、321条3項の充足を求める趣旨として理解できるように思われます。つまり、犯行再現等の物品の位置関係・場所の情況等、立会人の記憶・認識に依存しない事実(供述部分以外の事実)について、見分結果の真正性を立証することを求めたと理解できそうです。
緑大輔「刑事訴訟法入門」287〜288頁

と、1つの明快な答えをだされる*18


 これは1つの例であるが、いわば山の麓から山頂へのルートを概観する地図を示し、山頂まで導いてくれる本書は、新しい刑事訴訟法学を象徴する良作だと思う。いわば「かくれんぼ刑訴」*19として自説を強く押し出しすぎず、判例や通説・有力説をきちんと解説しながらも、筆者の問題意識が理解できるタッチは好感が持てた*20


3.司法試験受験生にお薦め
ところで、本書のタイトルは「刑事訴訟法入門」である。しかし、私の印象は、「入門レベルよりむしろ司法試験受験生にお薦め」ということである。


入門レベルでは、このような個々の論点の深い理解までは必要はなく、「なぜ被告人は無罪が推定され、超怪しい被告人でも合理的疑いがあれば無罪放免にしないといけないのか」「日常生活では伝聞は*21普通に判断の基礎とされているが、なぜ刑事裁判ではだめなのか」といった刑事訴訟基本原理を理解することが先決であり、その意味では、入門者は本書の各論点の1〜2という基本部分をまずは押さえるべきであろう。3〜5は入門期を脱した後のステップアップのように思われる。


むしろ、新司法試験で頻出の論点の多くについて、新司法試験レベルまでわかりやすく解説するという意味では、新司法試験受験生(ローで刑訴を一通り学んだ人や、予備試験受験生を含む)こそが本書を100%活用するに相応しいと思われる。古江頼隆「事例演習刑事訴訟法」には、やや基礎がわかっていないと議論についていけないというきらいがあるが、本書は、「入門」というように、基礎が不十分な受験生*22でも、きちんとステップアップできるので、学部かローで一応刑訴を学んだという受験生が、司法試験対策のため最初に読む本として最適だろう。後は古江演習や過去問等を活用すれば、司法試験刑事訴訟法は十分にマスターできる。


なお、司法試験受験対策のことを考えると、脚注にある文献を全部読む必要はないとも思われるが、ある論点を深めたいという場合、脚注が充実しているのは魅力的である。例えば、署名押印を第2過程の伝聞性除去だという一般的な見解を紹介した後、脚注2では、田口守一「刑事訴訟法(第6版)」では、署名押印は第1過程の伝聞性を除去すると解していると紹介する*23等、反対説を含め広くリファレンスのキーを提示しているところは良心的である*24


4.「学説」を学ぶ意義
 本書は第25講として、本エントリの冒頭で触れた「学説は不要では?」という疑問に答える形で、刑事訴訟法学説を学ぶ意義について詳細に説明する。


学説の意義について、学説の持つ真理探求の重要性を力説する見解や、学説の持つ判例立法に影響を及ぼす力を重視する見解等を紹介した上で、佐伯千仞先生のご見解を引いて、

私なりにこれらの述懐を理解するならば、次のようなことを意味しているのではないか、と思います。それは、研究者が自ら抱く理念を徹底したときの理論を提示し、それを実務家が共有するならば、そのときには実務家が直面する事件の個性に応じて、まさに専門家としての理想と現実のギャップの中で「落としどころ」を探るであろう。裏返せば、実務家が「落としどころ」を見出すためには、実務で現実に要求される必要性を前にして、理念・理想との間の調整点を探り出す必要があり、そのためには理念・理想をまずは共有する必要がある――ということではないでしょうか。
緑大輔「刑事訴訟法入門」323頁

とされる。


実務家が複眼的思考を持つきかっけとしての学説が展開する議論の意義*25に着目するこの見解は傾聴に値するのではないだろうか。


5.論点を網羅する形での補充に期待
本書は、そもそも「入門」であるため、全範囲網羅を目的とはしていない。とはいえ、本書の司法試験受験生への影響を考えると、ぜひ、司法試験に出る論点を網羅する形で補充していただきたい。
現時点でも、相当重要論点は取り上げられているが、共犯者の供述の扱いや、概括的認定・択一的認定等について補充の余地がありそうである。


また、誤植も気になった。上記の最高裁「判決」だけではなく266頁の図解で「甲」の「『Xが物を盗っていたよ』とが言ったのを聞いたわ」という発言等については、増刷の際に直していただきたいところである。

まとめ
緑大輔「刑事訴訟法入門」は、「入門」とあるが、司法試験受験生向けの良い教材である。
古江頼隆「事例演習刑事訴訟法」が難しいと思っているロースクールの2、3年生は、まずは「刑事訴訟法入門」から入って、司法試験刑訴のレベルまで連れて行ってもらうことをオススメする!

*1:私自身が学部生時代に刑事訴訟法を学んでの感想の1つはこれである。

*2:そういえば、いわゆる酒巻連載は、いつ本になるのでしょうか…

*3:同志社大学教授

*4:1976年生まれとのこと。

*5:北海道大学の刑事訴訟法の試験にももクロ キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!! : ももクロまとめ速報

*6:なお、毎年伝聞のことろでネタ出題をされているという噂もある。

*7:

*8:277頁以下

*9:最判昭和35年9月8日刑集14巻11号1437頁。

*10:284〜285頁

*11:285頁

*12:285頁脚注5

*13:被告人が事件当時の自らの言動を思い出して再現している様子を撮影した写真のように、言葉の代わりに身体の動作によって犯行状況を再現した行為(言語的動作)を撮影した写真、286頁

*14:286頁〜287頁

*15:見分対象たる物や場所の情況を撮影した写真、つまり実況見分調書の見分結果として貼付される写真、286頁

*16:287頁

*17:寺崎「捜査官が被害者や被疑者に被害・犯行状況を再現させ記録した実況見分調書の証拠能力」受理すと1345号104頁参照。

*18:なお、同旨と思われる見解として植村他「事例演習刑事法II刑事訴訟法」671頁参照

*19:325頁

*20:時々「隠れていない」部分もあるが、そのらはほとんどが先生の論文が引かれており、緑先生が特に問題意識として強く持っている部分なのだろう。

*21:信用性が低くなりこそすれ

*22:悲しいことに相当数いるように思われる

*23:282頁

*24:なお、実務家、つまり検察官や弁護人のお立場であれば、ある証拠をいかに自分に有利な形で裁判所に提出させるか/させないかというレベルで戦ってらっしゃる。つまり、検察官がこれは物理的可能性だから証拠採用してくださいよというのに対し、弁護人としてどう反論して証拠採用をやめさせるかを考えるというのが実務家レベルであり、その場合の戦略についてまでは本書はカバーしていない。その意味では本書はその前提となる知識を得るための「入門書」なのだろう

*25:323頁