まりほりの「裁判員裁判」に見る、一般人の裁判手続に対する誤解
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1.与那国裁判?
まりあ†ほりっくとは、天の妃女学院という女子校を舞台とした遠藤海成先生の漫画であり、「まりほり」とも略される。
現在アニメは2期「まりあ†ほりっく あらいぶ」が放映中である。
さて、影が薄い気もするが、一応主人公は、宮前かなこである。
まりあ†ほりっく あらいぶ「第4章 囚われの乙女」は、エンディングがまどマギということで有名になったが、ストーリーは、 このかなこが裁判にかけられたというものである。
LHRで裁判員裁判の勉強をしたその日、
それでは、これより宮前かなこ被告による与那国襲撃事件の公判をはじめさせていただきますよ。
(ああ。いったいどうしてこんなことになってしまったのでしょうか)
まりあ†ほりっく あらいぶ第4章 囚われの乙女より
と、宮前かなこが被告人になってしまう。
2.与那国裁判の進行
寮長先生を裁判長とするこの裁判は、以下の手順で進行した。
手順その1「検察官による起訴状の読み上げ」
手順その2「被告人による反論」
手順その3 「検察側の尋問」
手順その4「弁護人による反論」
手順その5「さぁ裁判員の出番です」
手順その6「証人を呼んでのあれやこれや」
手順その7「証拠品をめぐってのあれやこれや」
手順その8「意外な証人の登場」
手順その9「白熱する論議」
手順その10「審 議」
これが、一般人の理解する「裁判って大体こんなもの」を象徴していると思われる。これを実際の裁判と比較するとどうか?
3.一般人の裁判への誤解がここに!
まあ、「異議あり!!」はこういうタイミングでは言わないというのはあるが、「異議」に関する部分は、完全に「逆転裁判」のオマージュなので、逆転裁判に関するエントリをご参照いただきたい。
本当にあった「逆転」裁判!〜オタク判例百選第2事件 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
それ以外にも細かいことを言い出すときりがない*1が、私が重要だと思うのは、主張と証拠が混在しているというところである。
簡単にいうと、与那国裁判においては、証人尋問や被告人質問で、裁判員・検察官・弁護人が論争を繰り広げる。正当防衛*2になるかならないか、当日空腹でやむを得なかったのではないか等々。
本当の裁判では、 こういう議論を尋問の段階でやってはいけない。
刑事訴訟規則第百九十九条の十三 第2 項訴訟関係人は、次に掲げる尋問をしてはならない。ただし、第二号から第四号までの尋問については、正当な理由がある場合は、この限りでない。
(中略)
三 意見を求め又は議論にわたる尋問
弁護人、検察官等の訴訟関係人は、証人と議論をしてはいけないのである。
4.主張と証拠の峻別
なぜ、証人との議論が禁じられるか。それは、主張と証拠の峻別のためである。
刑事訴訟では、議論をすべきタイミングというのがある。一番は、裁判員と裁判官の間の評議タイムである。
しかし、証人尋問や被告人質問というのは、議論の素材となる「事実」を集めるための手続、「証拠調べ手続」として行われる。証人がどんな体験をしたのかといった「事実」を述べさせ、その後の評議等における議論・評価(「正当防衛だ!」等)の材料にするという訳である。
これをやらないと、議論がうまい証人を連れて来た者勝ちになってしまうし、事実関係の全体像を知らない証人の推測・憶測が、裁判に不当な影響を及ぼすおそれも出てくるだろう*3。
5.本当の裁判の手順
細かいことを言うといろいろあるが、ざくっと本当の裁判(裁判員裁判を前提)の手順を説明しよう。
手順その1「本人確認」
間違った人を裁かないよう、名前、住所、本籍等を確認する(人定質問)。
手順その2「検察官による起訴状の読み上げ」
正確には、起訴状全体ではなく、「公訴事実」といって、被告人が罪に問われている事実の内容を読み上げる。
手順その3「被告人による認否」
被告人が起訴状に書いていることを事実として認めるのか、否認するのかを明らかにする。このタイミングでは、被告人の主張の詳細は開示されず、要するに「否認事件か自白事件か」が区別される。
なお、弁護人も認否をする*4。
手順その4 「検察側の冒頭陳述」
これはまさに、検察官の「主張」を明らかにする手続。本件なら、何の罪もない与那国さんが、被告人によって足に大怪我を負わせられ云々という主張をすることになるだろう。この主張内容をこれから証拠によって立証するのだ。
手順その5「弁護人による冒頭陳述」
弁護人の主張を明らかにする手続。裁判員に、弁護側からの「事件の見方」を提示し、検察官のストーリーに確信が持てず、弁護側ストーリーの可能性もある*5なら、弁護側ストーリーを認定すべき*6と訴える。汐王寺茉莉花弁護人は、正当防衛か、期待可能性の欠如*7の主張をすることになると思われる*8。
この手順4と手順5は、いわば弁護側と検察側の「議論」ということになる。
手順その6「証拠調べ」
これからが、証拠調べ手続であり、例えばビデオカメラの映像を見たり、証人を呼んでのあれやこれやをやる。議論をすることが目的ではない。証人尋問では、当該証人の記憶している事実、及び当該証言の信用性に関する事実を確認する*9手続になる。
被告人質問もここに入る。
手順その7「論告」
検察側の証拠及び被告人側の証拠を調べ終わったら、検察官が、これらの証拠に基づく事実をどう評価するかという点を主張立証する。「公訴事実は、関係各証拠により、証明十分である!」というのが定番フレーズ。要するに、「ねっ、検察側の冒頭陳述で言ったとおりだったでしょ、被告人は悪いやつだから、重い刑にしてね」という訳である。
論告の最後に「求刑」といって、どういう刑を求めるかを主張する。
手順その8「弁論」
検察官に引き続き、弁護人がその主張を述べる。一時期は、検察官は、パワーポイントの格好いい資料を作るが、弁護人は紙を淡々と読むだけで、弁論がしょぼいなどと言われたこともあったようだが、現在は弁護士会で研修を行い、弁護側も工夫をこらしている。
概ね、「無罪だ!」と主張するか、「有罪だけど、被告人はいい奴だから軽い刑を」と主張するかのどちらかである*10。
手順その9「被告人の最終陳述」
手続を終わるに当たって、被告人として言いたいことを述べる。結構時間を取ってくれるので、「演説」をぶつ被告人もいるそうだが、裁判員に最後に、良い印象をもってもらうという目的の範囲でやりましょう。
手順その10「白熱する評議」
裁判官と裁判員とで議論をして、有罪か無罪か、及び、有罪としてどのような刑にするかを決める。
手順その11「判決」
決まった判決内容を裁判長が厳粛に読み上げる。「説諭」と言って、いわゆる「お言葉」を被告人に投げかけることもある。
まとめ
一般の方は、裁判において、議論が行われるというイメージを持っているようである。 確かに激論が交わされるのは事実である。しかし、議論するのは、予め定められた「議論すべきタイミング」においてであり、証人尋問で議論をするのではない。
まりほりは、このような「主張と証拠の峻別ができていない」という一般人の方の誤解を明らかにするという、重要な役割を果たしているアニメなのだ!
*1:器物損壊は裁判員裁判対象事件ではない、期日前整理手続を経た裁判員裁判では、意外な証人(怪人?)が出ることはない等
*2:多分誤想防衛
*3:もう少し言うと、証拠「能力」の問題があるので、証拠能力のない伝聞証拠に基づいて議論をして心証を固めてしまうと、後で「証拠に基づかない裁判」ということになりかねない。
*4:事実問題であれば「被告人と同様です。」が多い。法的問題なら、弁護人が法的観点から被告人の説明を補足することも。
*5:合理的疑いが残る
*6:正確には、検察官のストーリーは認定できない
*7:お腹が空いていてかぶりつかずにはいられなかった
*8:客観的にみると、いずれの主張もかなりキツイです。
*9:証人が偽証していないかとか、本当のことを言っているつもりでも、誤認等していないか
*10:無罪を主張しながら、有罪でも軽い刑をと主張していいかという問題もある。