
- 作者: 倉田卓次
- 出版社/メーカー: 判例タイムズ社
- 発売日: 1996/12/01
- メディア: 単行本
- クリック: 6回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
1.法学部生とそれ以外を判別する簡単な方法
いわゆる法律学会/法曹界には「業界読み」というものがある。
有名なものとしては、「乙女」「何人」「同人」がある。
一般人は「おとめ」「なんにん」「どうじん」と読むが、法学関係者は違う。「おつじょ*1」「なんぴと*2」「どうにん*3」と読む。
2.「いごん」か「ゆいごん」か
こういう普通の日本語と異なる用語が多い中、従来から論争が繰り広げられてきたのが、遺言の読みは「いごん」か「ゆいごん」かである。基本的には、「いごん」が多数説である*4。
しかし、「ゆいごん」派も負けてはいない 。
「ゆいごん」派の代表的な論者は、倉田卓次元裁判官*5、渡辺五三九元裁判官*6、植松正博士*7、中川善之助名誉教授*8、新野利公証人等の錚々たるメンバーが揃っている。「ゆいごん」派の主張をまとめると、以下のようになる。
遺言という漢字を漢音で読むと「イゲン」、呉音で読めば「ユイゴン」である*9。和語にも「ゆいごん」という言葉がある*10。
確かに、法律用語は漢音が多いが、必ずしも、漢音で読まないとならない訳ではない。また、「イゲン」説を取るならともかく、「イゴン」は、漢音+呉音であって、漢音説で一貫している訳でもない*11。そもそも、漢音は「イ」というよりむしろ正確には「ywi」であって、Yの部分を重視すれば「ゆい」である*12。
法律は国民宛のものであって、できる限り国民に親まれている用語を用いるべきで、変なジャーゴンを用いて専門家気取りをするのは良くない*13。遺言はそもそも和語「ゆいごん」として日本社会に古くから定着してきており、それを法律用語として採用したに過ぎない*14。
このように、そうそうたるメンバーに諭されると、「ユイゴン」説に改説したくなってくる。
3.「イゴン」派の巻き返し
しかし、「イゴン」派も黙ってはいない。
近時の家族法の有力文献である、窪田先生の「家族法 民法を学ぶ」には、以下の一文がある。
日常語の遺言(ゆいごん)には、法的効果のある遺言(いごん)だけではなく、法的には無効だが社会的意味があるものも含まれる。例えば「残された母さんに親孝行せよ」としても法的義務は生じないが、社会的意味がある。この点に、イゴンとユイゴンの使分けの意味がある。
窪田充見「家族法 民法を学ぶ」442頁
ユイゴン派は、イゴン派を、「使い分ける必要がない以上、一般市民にわかりやすい『ユイゴン』とすべき」と批判する。
しかし、窪田先生は、法的に意味がある相続財産の分配等を内容とする「イゴン」と、残された家族を結束させ、「争族」を可及的に防ぐという社会的な意味があるものの、法的には意味がないと言わざるを得ない「兄弟仲良く」「親孝行せよ」等の「ユイゴン」と、を区別するという意義があり、そこに「イゴン」という専門用語を使う意味があるというのである。
これは、1つの説得的な説明であろう。
まとめ
「ユイゴン」派と「イゴン」派の対立を知らずに当然に*15「イゴン」と思っていた私であったが、@asty_md先生に倉田先生の文献を教えていただき、現在までの学説の対立史を簡単にまとめてみた。
個人的には、窪田先生の「巻き返し」は、相当説得的だと思う。しかし、これ対し、「ユイゴン」派は、どのような反論をするのか。今後も目が離せない重要論点である。
道垣内先生が、
判例・法令検索・判例データベースのウエストロー・ジャパン|第162回 学説「総選挙」
で紹介される法律学説総選挙が実現する暁には、ぜひ遺言の読み方も総選挙していただいたい。
*1:「甲男と乙女との間に丙男という子どもができたが、丁男と戊女の間の子どもとして出生届を出した場合、丙男と丁男/戊女の間の養子縁組届として有効か」といった文脈で用いられる。
*2:How many peopleではなく、憲法38条1項の「 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」のように、だれでも、どんなひとでもという意味です。
*3:その人という意味。
*4:なお、「いげん」派もいる。
*5:倉田卓次「解説・遺言判例140」357頁。最近お亡くなりになられ、判例タイムズに追悼文が多数掲載されており、人となりをうかがうことができる。なお、一定世代以上の法曹(例えば、判事を定年退官された実務家教員の方とか)の間では「家畜人ヤプー問題」で分かるので、人生の大先輩にお聞きしてみよう!
*6:「ごさく」と読む。「『意思』と『意志』の起源」ジュリスト686号のように、語源を調べることに定評がある
*7:「刑法教室」のような面白い本を書かれた刑法学者の方
*8:身分行為概念で家族法に革命を起こされた方。内田民法IVを読むと、イメージがつかめる。
*10:渡辺五三九「遺言称呼雑考」公証法学8号63頁
*11:中川善之助「遺言という字」注釈民法相続(3)付録「随想注釈民法」
*12:林大編「法と日本語」37頁。なお、植松正博士の文章である。
*13:渡辺五三九「遺言称呼雑考」公証法学8号75頁、林大編「法と日本語」38頁。なお、植松正博士の文章である
*15:法律用語としての読み方は