アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成22年過去問その2

ブロッコリー ハイブリッドスリーブ オーギュスト・ロダン 「考える人」

ブロッコリー ハイブリッドスリーブ オーギュスト・ロダン 「考える人」

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成22年過去問その1 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
の続きです。


1.テトラちゃん〜続き
「払込が無効なら、当然無効ではないんですか。」

「その考えは1つの整理であって、弥永先生*1みたいにそのような考えに立っている先生もいる。でも、例えば最判平成9年1月28日民集51巻1号71頁は、旧商法下の判例だけど、取締役に引受担保責任が規定されていたことを理由に、新株発行自体は有効としている。会社法になって引受担保責任が廃止されたけれども、現行法でも、*2取引安全という観点を重視して有効説をとることはできるね。まあ、この辺りは、どのような整理でも良くて、自説に整合的な考えを取るべきだね。」
「そうしたら、私は、一番分かり易い、払込が無効なら、株式も無効という見解に立ちます。」
「その場合には、2つ論じておくべき点があるよね。」
「2つですか。」
「まず、引き出されていない1000万円はどう評価するか、ということだよね。」
「この点は、どう考えればいいのでしょうか。」
「まあ、考え方はいろいろあるけれども、1000株のうち100株は有効な払込がある以上無効にする必要はないというのが1つの整理だよね。まあ、この考えに立つと、どの株券が有効で、どれが無効か分からなくなるので、公開会社である甲社株を今後買い受けるかもしれない第三者の取引安全を害するという批判もありそうなところだというのは、留意する必要があるけどね。」
「分かりました。」
「後は、新株発行無効の訴え制度に乗るかどうか。」
「あ、この間自己株式の処分について勉強しました*3。」
「そう、この訴えに乗るかのらないかの違いは分かるかな。」
会社法828条1項2号の新株発行無効の訴え制度に乗る場合、6ヶ月以内に訴えないと、無効を主張できなくなる。」
「そう、そういうことだから、訴えに乗るかどうかを考える必要がある。1つの整理は、訴えるまでもなく当然『不存在』だと整理する。そうすると、誰でもいつでも無効というか、株式が存在しないといえるということになるね。これに対し、一応発行はしているけれども、瑕疵はあるから6ヶ月以内に無効の訴えを起こすことで、無効にできるという整理。大きく分けて、この2つがあるね。」
「分かりました。でも、難しくてアップアップ気味です。」
「大丈夫、司法試験合格者でも、この辺りまできちんと整理できている人は本当に少ないから、当面は、こういう問題意識があること、及び、論理的に一貫した整理を自分なりにすることの2つを意識して勉強できれば十分だよ。」
「そういっていただけると、肩の荷が少し下りた感じがします。」


「さて、続いて[2]だけど、見せ金の関与者であるA、B、丙社は、甲社に対してどういう責任を負うのかな。まずは、一番簡単なAから。」
「首謀者という感じの人ですね。そうすると、423条1項になるでしょうか。」

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。
3  第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。
一  第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役
二  株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役
三  当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(委員会設置会社においては、当該取引が委員会設置会社と取締役との間の取引又は委員会設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)

「そう、実務でも非常によく使われるし、毎年のように司法試験でも問われる最重要条文の1つだね。そうすると、本件のAは?」
「違法行為をしているから、任務懈怠はあるってことですね。」
「まあ、この結論自体は比較的明らかだね。でも、無効説の場合には損害額の点が難しいよね。」
9000万円が損害ということではだめなのでしょうか。」
「簡単に言えば、『結局丙は9000万円分*4の株式を取得していない』という問題意識だね。丙が株式を取得しているのであれば、会社としては株式に対応する資本が必要であってそれが損害だろうけれど、丙は株式を取得していないのであって、そうすると、何が損害かが疑問というのが1つあるね。本試験であれば、ここは、論じなくても十分に合格点がつくところだと思うけれども、『株式発行手続にかかった費用だ』というのは1つの整理だし、『無効の訴えのために必要な訴訟費用だ』という整理もできるんじゃないかな。」
「ふぇええ、難しいです…。」
「試験テクニックとしては、『Aは違法で無効な見せ金をその支配する会社である丙社を利用して行っており、甲社の取締役としての「法令に従って事業を運営する」という任務を懈怠しており、423条により損害賠償責任を負う』とだけ書いてしまうのは手だね。でも、試験で書くのはこの程度であるとしても、勉強する時はこの点の問題意識だけはもっておいてもらいたいな。」
「分かりました。」
「さて、Bだけど、この場合は、どうかな。」
「同じ423条だと思います。」
「うん、そして、Bに任務懈怠はあるのかな。」
「問題文にはAに一任しており、事情を認識しなかったとあるので、信頼の抗弁が使えるのではないでしょうか。」
「…。信頼の抗弁ってどういう考え方だっけ?」
「大企業においては、取締役が、自己の担当以外の分野において、代表取締役や当該担当取締役の個別具体的な職務執行の状況について監視を及ぼすことは事実上不可能なので、当該会社に内部統制システムが構築されていることを前提に、個々の取締役の職務執行が違法であることを疑わせる特段の事情が存在しない限り、他の取締役としては、代表取締役や担当取締役の職務執行が適法であると信頼することができ、結果的に、代表取締役や担当取締役の職務執行が違法不当で会社に損害を与えても、他の取締役は監視義務を免れるということです。」
「そうだね。ヤクルト事件第1審判決(平成16年12月16日判例タイムズ1174号150頁)等でこの考え方は認められている。でも、そもそも、甲社は、ヤクルト社のような上場大企業かな。」
「取締役3人で、総資産も7億5000万円です。」
「だよね。しかも、今回の新株発行は、本来やるべき手続きを踏んでいる?」
「本来やるべき手続ですか?」
「募集株式の発行の手続は?」
「あ、公開会社で、特に有利な価格ではないから取締役会決議ですね。」
「そう、有利発行でないので、会社法201条1項、199条2項により、取締役会決議が必要なんだね。でも、Bは何をしていたのかな。
「Aに…任せていた。」
「そう、ヒトゴトではなく取締役として自らの審理・判断すべきこととして真摯に検討すべきなのに、人任せにしていた訳だよね。これ自体が、任務懈怠といえるんじゃないかな。」
「なるほど、同じ『任せていた』でも、信頼の原則で責任を免れる場合と、任務懈怠になる場合があるんですね。」
「そうだね。問題文にある同じ表現でも、その法的評価は文脈から決まってくる。同じ平成22年の刑法なんかも同じような観点での分析が必要になってくる。」
「どうして、そういう問題になっているんですか。」
「それは、実務では生の事実しか目に見えないからかな。クライアントが提供する生の事実に意味付けを与えるのが法律家の仕事。そのための『評価の練習』が司法試験の問題なんじゃないかな。」
「なるほど、司法試験って、実務につながっているんですね。」


「後は、丙の責任だね。丙については、そもそも、無効説を取ると、株主ではないから、払い込む義務がないという議論もできるよね。」
「そんな議論があるんですか。」
会社法208条5項を見てごらん。」

会社法208条5項 募集株式の引受人は、出資の履行をしないときは、当該出資の履行をすることにより募集株式の株主となる権利を失う。

「なるほど、今回は丙の出資が無効、つまり株主としての権利を失い無権利者となったので、反面、出資をすべき責任を負わないというのも1つの整理なんですね。」
「それはその通り。ただ、違法で無効な見せ金をしたのに責任はないというのは、なかなか座りが悪い結論であることは間違いないよね。」
「そうですね。じゃあ、民法709条はどうでしょう。」
「なるほど、実は問題文は『会社法』と聞いているので、その意味では、必ずしも題意に沿っているかというと疑問はある。でも、確かに会社法上の責任はないとした上で、一般不法行為で解決するのは1つの整理だし、理論的・形式的解釈による結論が実務的に妥当な結論を導かないということを分かっているとアピールできているのでいい考えかもね。」
「そうなんですか。」
「そう、よく『悩みを見せる答案』というのがいい答案と言われるけど、それは、別に答案にロダンの『考える人』の落書きを書くということではなく*5、こういう理論と実務の間のすきまを自分は分かっていますというのをさりげなくアピールすればいいんだよ*6。」
「法学部出身の人はさも当然のように『悩みを見せる答案』とかこういう言葉を使うんですが、純粋未修の私にとっては、あまりにも抽象的で良く分かりませんでした。こういう具体的な問題に即して説明してもらえると良く分かりました。」
「そうだね。ところで、この事案の丙の責任だけど、会社法212条1項1号の類推適用で解決した人も多かったみたいだね。」
「それはどういうことでしょうか。」

第二百十二条  募集株式の引受人は、次の各号に掲げる場合には、株式会社に対し、当該各号に定める額を支払う義務を負う。
一  取締役(委員会設置会社にあっては、取締役又は執行役)と通じて著しく不公正な払込金額で募集株式を引き受けた場合 当該払込金額と当該募集株式の公正な価額との差額に相当する金額

「平成23年の問題で、不当に安く自己株式を引き受けた乙社が212条の責任を負うという話をしたのを覚えているかな。」
「はい。」
「まさに、この条文は、不当に安く引き受けた人の責任を書いているんだ。でも、これが直接適用できるかな。」
「えっと、えっと…。あっ」

本件募集株式発行の払込金額は,丙社に特に有利な金額であるとはいえなかった

「そう、そこだね。今回は価格が安いことが問題な事案ではないから、直接適用はできない。でも、この条文の趣旨、スピリットは、取締役とつるんで不当に株式を手にした悪い人から利益を剥奪しようというものだから、今回にも当てはまるという議論をしてもいいかもね。」
「なるほど、他の年の過去問で簡単に触れていた事項が、役に立つんですね。」
「毎年同じ問題は出ないけれども、いつでも司法試験の問題が聞きたいのは、『基礎ができているか』ということ。そうすると、基本的な条文を使って自分なりに未知の問題を解釈できるかということだから、基本的な条文については、それがメインで問われるかサブで問われるかはともかく、何度も繰り返し問われると思っていいんじゃないかな。『去年出たから今年は出ないだろう』といったヤマ掛けはあんまりお勧めしないよ。刑事訴訟法の伝聞法則なんて、6年中5回も出ているくらいだ。」
「わかりました。」


「さて、最後は[3]だ。AとBの乙銀行に対する責任だけど、条文は。」
「429条です。」
「そうだね。423条とならんで、司法試験でも実務でも重要度は極めて高いね。」

(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第四百二十九条  役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2  次の各号に掲げる者が、当該各号に定める行為をしたときも、前項と同様とする。ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。
一  取締役及び執行役 次に掲げる行為
イ 株式、新株予約権社債若しくは新株予約権社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録
ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
ハ 虚偽の登記
ニ 虚偽の公告(第四百四十条第三項に規定する措置を含む。)
二  会計参与 計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
三  監査役及び監査委員 監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
四  会計監査人 会計監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録

「ところで、何項?」
「えっ、1項じゃないんですか?」
「確かに、『その職務を行うについて悪意又は重大な過失があったとき』ということで、先ほどの見せ金をして、それでもって、融資を受けている訳だから、1項、つまり、見せ金をしたAは悪意があるのではないか、それを看過したBに重大な過失*7があったのではないかを考えるのは自然だね。」
「私、それだけしか思いつかなくて。」
「ただ、2項の1号もよく見てみて。」
「あっ。ロで計算書類の虚偽記載、ハで虚偽の登記があります。」
「少なくとも、払込も株式の効力も無効だと考えれば、虚偽記載や虚偽の登記が認められると言っていいのではないかな。」
「分かりました。でも、どうして、1項があるのに、それに加えて2項もあるのですか。」
「2項の『ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。』という文言に注目するといいと思うよ。会社法は、情報の開示というのが重要である反面、みんなが信用するからそれが虚偽である場合に損害を発生させる危険が高いということで、過失の立証責任を転換したんだ*8。」
「そうすると、A及びBは、見せ金についての実行犯ないし過失犯と考えると、1項でも2項でも乙銀行に焦げ付いた融資金1億円の賠償責任を負うということですね。」
「多分これだけで十分合格答案になると思うけど、更に良い答案を書くには、因果関係を論じたいね。つまり、Aは実行犯だからいいとして、Bは、過失は、『見せ金』についてあるだけなんだよね。そうすると、そこから1億円の融資金について因果関係があるのかという問題がある。」
「そんな問題があるんですね。私、全然分からなかったです。」
「応用的な話なので、今出来なくても気に病む必要はまったくない。1つの筋は、相当因果関係論、まさに民法だよね。見せ金によって膨らませた架空の信用力に応じて融資する会社があるのは通常生じることであり、融資金は通常損害とか、予見可能性のある特別損害と論じてしまうのは1つの手。また、融資をすることについて取締役会決議を経ている*9から、この場において、見せ金の問題を提起する等の適切な行為をしなかったことに悪意重過失があるといった整理もできなくもないね。」
「難しいですね。」
「まあ、今は、問題文から、条文を引いて、矛盾のない議論ができる、要するに『一応の水準』に達することができれば、上出来だよ。今、応用的な問題意識や、反対説についても説明しているのは、今後受験をするまで時間があるから、それまでに何を勉強すべきかというヒントになるということだよね。これをきっかけにして、勉強を進めて行けばいいと思うよ」
「今後の勉強のやり方が分かりました。ありがとうございました。」
 ピョコンとお辞儀をして手を振って去っていくテトラちゃん。その姿は小動物のようでかわいい。その姿が、見えなくなるまで、僕は、ずっと、テトラちゃんを見つめて…。


2.ミルカさん
「名残惜しそうね。」
「ミ、ミルカさん!?」
「株式会社の2つの設立方法」
「...発起設立と、募集設立。」
 これはロースクール一年生レベルの問題だ。設立に際し発行される株式の全部を発起人が引受ける場合が発起設立、設立に際し発行される株式の一部につき発起人以外の引受人を募集する募集設立*10
「実務で行われているのは?」
これは、知ってる。
「発起設立」
「なぜ?」
「えっと…。募集設立をする必要がないから?」
「必要がないって、どういうこと」
「…」
標準的なロースクール生にとって、こういう実務的なことは、さっぱり分からない。
「逆に考えてみたらどう。発起設立と募集設立の違いは、誰がいること?」
「う〜ん、発起人ではない株式の引受人かな。」
「つまり、当初会社を作ろうと奔走する、会社設立プロジェクトメンバーの発起人以外に、広く公衆から出資を募って設立時株主になってもらうのが、募集設立。でも、設立したばかりの会社にお金をだそうって人はいる?」
そりゃあ、いなそうだ。最近IPOが話題になっているFacebookだって、サービス開始は2004年だから、かれこれ8年もやってはじめて信頼を勝ち取っている
「そうすると、普通は、発起人つまり会社設立プロジェクトメンバー同士でお金を出しあって会社を設立して、それから事業を遂行する中で、信用を得たら、取引先とか少しづつ広く出資を受け入れることを考えるのが普通なんじゃないかな。」
なるほど、そりゃあ普通は発起設立になるわけだ。
「実務的には、『法人成り』といって、個人事業主が節税のために株式会社化することが多いけど、実質個人企業なので、本人とその家族が発起人になって終わりっていうパターンが多いわね。」
 なるほど、そうすると、募集設立なんてやらないのが普通だ。
「だから、ドイツでも1965年の株式法*11では募集設立制度が廃止され、日本でも、会社法が出来る時、募集設立廃止論が有力だった。でも…、結局維持された。」
「それは、どうして?」
「全く利用されないとはいえないという声が上がったから。発起人の責任を嫌がるが設立時株主になりたい者や、外国人が発起人になることで生じる複雑な手続を回避したいといったニーズがない訳ではないということのようね*12。」


「ところで、募集設立では、大きく2つの特徴がある。それは?」
「株式引受人を募集することと、あともう1つは…」
「それを入れると3つね。新しい会社の株主になりませんかという勧誘を行い、申し込みを受付けて、株主を決定し、出資を受け入れてもらうという一連の手続きが会社法60条以下に規定されている。でも、会社法に規定されていない手続もある。」
会社法に規定されていない手続…?」
金融商品取引法。」
また、金融商品取引法が出てきた。
「人数や金額にもよるけど、概ね50名以上に対して勧誘*13し、株式の発行価額の総額が1000万円を超えると金融商品取引法に基づく企業内容開示が要請される*14。」
募集設立は確かに面倒な手続だなぁ。
「残り2つは?」
えっと…。
「例えば、公衆からお金を集める訳で、使い込みを防がないといけない。」
「保管証明か。」
これは、旧法の規定が新法でも募集設立についてのみ存続したと聞いたことがある。
「そう、会社法64条1項により、銀行等の払込取扱機関は、発起人の請求があれば、発起人や引受人から払い込まれた金額を保管していますという証明書を出さなければならず、出した以上は、実際には払込がなくとも、会社に対して払い込むことはできない(会社法64条2項)という規律になっている。設立登記の申請書に添付しないといけない(商業登記法47条2項5号)から、発起人としても請求しないわけにはいかないんだけど、金融機関としても証明した以上は責任が生じてくる。」
「これも…」
「そう、こういうことをしてくれる金融機関も探さないといけない。」
こりゃあ、募集設立が使われない訳だ


「最後は、創立総会(会社法65条1項)。発起人が設立に関する事項を報告し、設立時役員を選任し、設立時役員が調査をしてその結果を創立総会に報告する。これ以外にもいろいろなことができるけど、この3つがメインかな。」
発起人の報告、役員の選任、調査…。あれ?
「疑問点に気づいた?」
設立時役員って、創立総会で選任されたばかりなのに、創立総会で調査結果を報告してる!?
「そう、もちろん、延会の規定もある(会社法80条)から、選任だけやって延会して調査後報告という方法もあるけど、普通はそういうことはやらない。」
「じゃあ、いったい?」
「いわゆる実務の知恵が詰まってる。そもそも、設立時役員として、大物社外役員を呼んでこようとか、選任されるかどうか微妙な人を候補に選ぼうって考える?」
まあ、普通はそうじゃないでしょうな。
「平成22年商法過去問にあるように、発起人が設立時役員になることは可能。発起人のうち、設立時役員候補者が事前に決まっているとか、そういう候補者が内定していることは多い、そうすると?」
「事前に事実上の調査をしてしまう。」
「正解!」
 満面の笑顔と共に、久しぶりに、ミルカさんの白い歯が見える。
「調査の対象は、出資の履行等が完了していることや、設立手続が適法に行われていることといった、書面で判断がつく事項がほとんど。だから、極端な話、当日選任後に書類を見て確認をして終わりということもできなくもない。ただ、短時間で確認して後で責任を問われるのが嫌であれば、事前に内定者の方で書類を事実上調査することも可能とされている。*15
 なるほど、こうやって実務はうまく回っているのか。
「そもそも、招集手続省略(会社法69条)や書面決議(会社法82条、83条)といった、もっと簡易な手続が取られることもあるんだけどね。」
 面倒くさい募集設立はできるだけ使わない。でも、使わざるをえない場合には、実務の知恵を使ってできるだけ簡易に済ませようとする。これが実務の知恵か。
「まさか、『実務の知恵を司法試験に応用して簡単に済ませよう』なんて考えてないでしょうね? 簡便な方法を考えつくためには、まずは正規の方法を知らなければならない。学生のうちは、まずは実直に、回り道になっても1つ1つプロセスを踏む。これが回り回って近道になる。じゃあね。」
ミルカさんは、去っていってしまった。最後の言葉は最初はよく分からなかったけど、何回か咀嚼してみて、実務家になって新しい実務の知恵を生むためにも、今のうち基礎固めておく必要がある、そういう意味なんだろうと感じた。

まとめ
 平成22年その1からかなり時間が空いてしまったこと、お詫び申し上げます。
 今年の新司法試験前に商法だけでもアップし、今年中までに基本3科目をアップすることを目標に徐々にぼちぼちやっていきますので、何卒よろしくお願いします。


目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成21年商法過去問解説その1
平成21年商法過去問解説その2


平成20年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成20年商法過去問解説その1
平成20年商法過去問解説その2


平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:12版262頁参照

*2:丙社ではなく、公開会社である甲社株を今後買い受けるかもしれない第三者

*3:会社法828条1項3号

*4:整理によっては1億円分

*5:って、やったら特定答案です!

*6:https://twitter.com/#!/uwaaaa/status/134202057631608832参照

*7:または、取締役会における討議を経て決議をすることという適切な手続きを行わないことへの「悪意」

*8:相澤他「論点解説新会社法」355頁

*9:これに先立ち,甲社の取締役会は,A,B及びCの全員一致で,乙銀行から1億円の融資を受けることを決定していた

*10:江頭「株式会社法(第4版)」59頁

*11:Aktiengesetz

*12:江頭「株式会社法(第4版)」59頁

*13:結果的に株主が50名未満であっても、勧誘の相手方が50名以上であればアウト

*14:江頭「株式会社法(第4版)」89頁

*15:相澤哲「論点解説新・会社法」43頁