アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

三博士没後100周年記念企画「法学ガール」〜新司法試験商法平成22年過去問その1

スーパーの女<Blu-ray>

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1.テトラちゃん
授業が終わり、図書館に向かう。
僕のいつもの席の隣には、いつの間にか、彼女が座るようになっていた。

「今日も頑張ってるね。」
 イスに座るタイミングで、声を掛ける。
「今日は、平成22年の問題に挑戦しているんです。」
pdf直リンク注意:平成22年民事系第1問
「レベルの高いものに自分から挑んでいく姿勢は重要だね。」
「あ、ありがとうございます! でも、難しくって。」
「そうしたら、今回は、分かるところまでは、自分で事案や分析内容を説明してみたらどうかな。説明できれば、それは分かっている、うまく説明できなければ、それは分かっていないってことだよね。」
「そうですね。じゃあ、ちょっとできるところまでやってみます。この事案は、スーパーマーケットの甲社に関する問題です。大きく分けて、設問1に関する怪しい現物出資の事案と、設問2に関する怪しい増資の事案に分かれます。」
「いいね。こういう大づかみな理解をした上で、細かい事案の分析をすると、理解が進むね。それじゃあ、設問1は、どういう問題かな。」

本件現物出資に関し、会社法上、A及びBが甲社に対して負担する責任について、説明しなさい。

「AさんとBさんの責任について論じる問題です。」
「責任を論じるということは、何か問題が起こっているということだろうね。どういう問題が起こったのかな。」
「5億円で現物出資した不動産が、土壌汚染のため、本当は1億円の価値しかなかったんです。」
 これは結構リアリティーがある。目に見えぬ土壌汚染によって、土地の価値が暴落する、こういうことは実務上まま見られる。


「ちょうどいい機会だから、現物出資について、確認しようか。定義は?」
「えっと、金銭以外の財産による出資のことです。」
「条文は?」
「今回のような発起設立では、28条1号でしょうか。」

第二十八条  株式会社を設立する場合には、次に掲げる事項は、第二十六条第一項の定款に記載し、又は記録しなければ、その効力を生じない。
一  金銭以外の財産を出資する者の氏名又は名称、当該財産及びその価額並びにその者に対して割り当てる設立時発行株式の数(設立しようとする株式会社が種類株式発行会社である場合にあっては、設立時発行株式の種類及び種類ごとの数。第三十二条第一項第一号において同じ。)
(略)

「そこで、『現物出資』は定義はされている?」
「えっと…、あれれ?」
会社法は、『現物出資財産等(33条10項1号)』とか『現物出資財産(207条)』は定義しているけど、会社法上は『現物出資』という言葉の定義自体はないんだよ。さて、現物出資については、普通の金銭による出資と違っていろいろな制約があるんだけど、それはどうしてかな?」
危険だから、ということでしょうか。」
「具体的にはどういうことかな。」
「今回みたいに、本当は、1億円の価値しかないのに、5億円だとして出資がされてしまう危険でしょうか。」
「そうだね。具体的に誰が困るの。」
「債権者、ということでしょうか。」
「そうだね。財産が6億ある会社だと思って信頼して多額の取引をしていたら、2億円しかなかったというのでは、困ってしまうね。他には?」
「えっと、他には…。」
「他の株主だね。Bは1億円を出したのに6分の1の株式しか得られていないけど、Aは、たった1億円相当の不動産を現物出資することで、6分の5の株式を得ている。これでは、株主間の平等を害することになるね。」
「なるほど、株主間の平等という問題は思いつきませんでした。」
 テトラちゃんは授業等をよく理解して問題の本質を掴んでいる。後は同じ事項について事例等を通じて多角的に検討して、理解を深めていくだけだ。


「さて、そういう弊害を防ぐために、会社法はどういう仕組みを取っているのかな?」
検査役、です。」
「そうだね。何条?」
「33条です。」

(定款の記載又は記録事項に関する検査役の選任)
第三十三条  発起人は、定款に第二十八条各号に掲げる事項についての記載又は記録があるときは、第三十条第一項の公証人の認証の後遅滞なく、当該事項を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをしなければならない。
2  前項の申立てがあった場合には、裁判所は、これを不適法として却下する場合を除き、検査役を選任しなければならない。
(後略)

「そうだね、検査役を選任して、不正なことがないか、確認しないといけない。ただ、検査役って誰がなるのかな?」
「えっと、執行官みたいに、裁判所の事務室に検査役が待ってたりしないんですか?」
「そうだったら、すぐに検査役に調査してもらえるから便利だね。でも、実際は、弁護士がなることが多いね*1。」
「そうなんですか。」
「そうすると、弁護士を選任して、選任された実際に検査をして、最終的に『大丈夫です』という報告をするまで時間がかかるよね。時間がかかると、どうなるのかな。」
「設立ができないってことですか?」
「そう。会社が設立するためには、登記(49条)が必要なんだけど、登記のためには検査等の手続きが適切になされたことを示す書面を申請書類に添付する必要があるんだね(商業登記法47条2項3号)。つまり、現物出資の場合には、検査役の検査が終わるまで登記ができず、いつまでも会社が設立されない。そこで、現物出資は嫌われるし、現物出資をする場合でも、検査役を選任せずに現物出資をしてしまいたいと思う。ところで、今回は、検査役は選任されたの。」
「選任、されてません。」
「そうすると、会社法33条1項2項に基づく検査役の選任なくして現物出資をしてしまった、AとBの責任を考えればいいのかな。」
「そういうことになりますね…あれ?
 採点実感を見ると、一部の受験生は、検査役の選任がないこと自体を手続の瑕疵と見てしまったらしい。受験生レベルでもこういう方向に行ってしまうのだから、テトラちゃんがそう考えてしまうのも無理はないところだ。


「うん、この辺りは、条文をもう一度よく見てみようね。」
「あ、ありました。33条10項です。」

定款の記載又は記録事項に関する検査役の選任)
第三十三条  発起人は、定款に第二十八条各号に掲げる事項についての記載又は記録があるときは、第三十条第一項の公証人の認証の後遅滞なく、当該事項を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをしなければならない。
(略)
10  前各項の規定は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に定める事項については、適用しない
一  第二十八条第一号及び第二号の財産(以下この章において「現物出資財産等」という。)について定款に記載され、又は記録された価額の総額が五百万円を超えない場合 同条第一号及び第二号に掲げる事項
二  現物出資財産等のうち、市場価格のある有価証券(証券取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第一項に規定する有価証券をいい、同条第二項の規定により有価証券とみなされる権利を含む。以下同じ。)について定款に記載され、又は記録された価額が当該有価証券の市場価格として法務省令で定める方法により算定されるものを超えない場合 当該有価証券についての第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項
三  現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額が相当であることについて弁護士、弁護士法人公認会計士(外国公認会計士公認会計士法(昭和二十三年法律第百三号)第十六条の二第五項に規定する外国公認会計士をいう。)を含む。以下同じ。)、監査法人、税理士又は税理士法人の証明(現物出資財産等が不動産である場合にあっては、当該証明及び不動産鑑定士の鑑定評価。以下この号において同じ。)を受けた場合 第二十八条第一号又は第二号に掲げる事項(当該証明を受けた現物出資財産等に係るものに限る。)

「この場合は10項の何号にあたるのかな?」
不動産鑑定士公認会計士の証明を得ているので、10項3号です。」
「そうだね。そうすると、今回AやBが検査役を選任しなかったこと自体に問題はない訳だね。」
「なるほど、そうですね。」
「でも、結果的には、1億円の不動産が5億円として出資されている訳だよね。何か言えないかな。」
「不足額の填補責任があります。」
「何条?」
「52条です。」

(出資された財産等の価額が不足する場合の責任)
第五十二条  株式会社の成立の時における現物出資財産等の価額が当該現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額(定款の変更があった場合にあっては、変更後の価額)に著しく不足するときは、発起人及び設立時取締役は、当該株式会社に対し、連帯して、当該不足額を支払う義務を負う
(略)

「そうだね。不足額支払義務とも言われる責任だね。まず、この責任を負うのは、発起人や設立時取締役なんだけど、今回は該当する?」
「AもBも発起人でかつ設立時取締役です。」
「設立時取締役って何?」
「えっと、『株式会社の設立に際して取締役となる者』ですか。」
「何条?」
「38条1項です。」

(設立時役員等の選任)
第三十八条  発起人は、出資の履行が完了した後、遅滞なく、設立時取締役(株式会社の設立に際して取締役となる者をいう。以下同じ。)を選任しなければならない。

「そうだね。この設立時取締役は取締役とどう違うの? 例えば、設立時取締役は会社法423条の責任を負うのかな?」
「なんか、負いそうな気もします、けど…。」
 会社法が苦手という人の特徴として、「条文を読まずに結論を出す」という傾向がある。会社法は似たような用語がたくさん並んでいる。設立時取締役と取締役もその一例だ。条文を見ないで悩むのではなく、条文を見る。これが会社法上達の秘訣だ。


「423条の文言は何て書いているの?」
「えっと、えっと、『取締役』です。」

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
第四百二十三条  取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(略)

「そうだね。この『取締役』は、『設立時取締役』を含む概念なのかな?」
「う〜ん…。どうなんでしょうか。」
「やることは?」
「条文、ですね。」
「そのとおり。」
 少しずつ、少しずつ、テトラちゃんが会社法の勉強の方法を覚えていく。
 何も考えなくても条文を引くようになった時、もう僕が教えることはなくなるだろう。


「ありました!847条です」

(責任追及等の訴え)
第八百四十七条  六箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主(第百八十九条第二項の定款の定めによりその権利を行使することができない単元未満株主を除く。)は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、発起人、設立時取締役、設立時監査役、役員等(第四百二十三条第一項に規定する役員等をいう。以下この条において同じ。)若しくは清算人の責任を追及する訴え、第百二十条第三項の利益の返還を求める訴え又は第二百十二条第一項若しくは第二百八十五条第一項の規定による支払を求める訴え(以下この節において「責任追及等の訴え」という。)の提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りでない。

「これは、どういう意味なのかな。」
会社法847条は、責任追及等の訴え、いわゆる代表訴訟の規定です。会社の取締役等が会社に対して損害賠償義務等を負っても、取締役同士の馴れ合い等で責任を追求しないことがあるので、一定の要件で、株主自らが会社の代わりに責任を追求できるようにするという規定です。」
「そうだね。そして847条が設立時取締役と取締役の区別を検討する上でどういう意味があるのかな。」
会社法423条は、取締役に監査役等を加えて『役員等』と呼んでいます。そして、会社法847条は、この423条の『役員等』とは別個に発起人や設立時取締役への責任追及を規定している。つまり、会社法は取締役と設立時取締役を別個のものと見ています。」
 これだけのことを、条文から導き出せれば十分だろう。逆に言うと、条文さえあれば、その内容や相互間の関係だけで、教科書に書いていることのかなりの部分が網羅される。


「旧商法では、取締役と設立時取締役が一部混同されていたけど、会社法になるときにこういうところをしっかり区別したんだね。さて、先ほどの話にもどろう。会社法52条により、発起人や設立時取締役が、現物出資等の不足額てん補責任を負うのは、真実の価格が定款に記載した額に『著しく不足する時』だけど、今回はどうかな?」
「当該財産の会社財産中に占める規模、重要性、使用価値等を総合すると言われていますが*2、総額6億円中の4億円が飛んでいますし、客商売のスーパーの土地が汚染されていたというのでは、お客さんは来なくなるので、使用価値といった面でも著しい不足と言えると思います。」
「そうだね。ところで、財産価額の填補責任は無過失責任?」
「基本的には過失責任です。」
「条文上の根拠は?」
「52条2項2号です。」

(出資された財産等の価額が不足する場合の責任)
第五十二条  株式会社の成立の時における現物出資財産等の価額が当該現物出資財産等について定款に記載され、又は記録された価額(定款の変更があった場合にあっては、変更後の価額)に著しく不足するときは、発起人及び設立時取締役は、当該株式会社に対し、連帯して、当該不足額を支払う義務を負う
2  前項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、発起人(第二十八条第一号の財産を給付した者又は同条第二号の財産の譲渡人を除く。第二号において同じ。)及び設立時取締役は、現物出資財産等について同項の義務を負わない
(略)
二  当該発起人又は設立時取締役がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合
(略)

「そうだね。『当該発起人又は設立時取締役がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合』場合には、責任を負わないのだから、立証責任が転換された過失責任だ。さて、ここで、AとB二人ともそのまま52条2項2号を適用しちゃっていいのかな?」
「二人とも発起人ですし、設立時取締役ですよね…。そうすると、適用してもいいような気もしますけど。」
「もう少し前後を見てみよう。52条2項柱書きに何かないかな。」
「あっ、『第二十八条第一号の財産を給付した者又は同条第二号の財産の譲渡人を除く』とあります。」
「その意味は?」
「Aみたいな、現物出資をした本人は、2項各号に該当しても責任を免れられない、つまり無過失責任なんです。」
「そうだね。だから、問題なく発起人及び設立時取締役として52条1項の財産価額の填補責任を負うんだね。今回の場合の責任はどうかな。」
「『当該不足額(52条1項)』である4億円の支払い義務を負うということですか。」
「そうなるね。じゃあ、Bは?」
「Bについては、2項2号、つまり、発起人及び設立時取締役としての注意を怠ったかということだと思います。」
「具体的に、何をしたかどうか?」
「具体的に、ですか?」
 抽象的な注意義務違反等を考えても、実際にはうまく議論ができないことが多い。
具体的な設立の手続を考えて、その中で、いつ、だれが、何をすべきかを考える。これが、具体的に考えるということだ。


「これは、設立の流れを聞いている訳だよ。発起設立の大まかな流れはこうだ。」

定款の作成

株式発行事項の決定

株式の引き受け

出資の履行

設立役員等の選任

設立経過の調査

登記
伊藤他「リーガルクエス会社法」28頁より

「この中で、Bの注意義務に関係しそうなのは?」
「設立経過の調査、ですか?」
「そう。条文は?」
「46条1項2号です。」
「そうだね。」

第四十六条  設立時取締役(設立しようとする株式会社が監査役設置会社である場合にあっては、設立時取締役及び設立時監査役。以下この条において同じ。)は、その選任後遅滞なく、次に掲げる事項を調査しなければならない。
(略)
二  第三十三条第十項第三号に規定する証明が相当であること
(略)

「何を調査することになるかな。」
「33条10項3号の証明、つまり、公認会計士の証明と土地家屋調査士の評価の相当性です。」
「そうだね。この場合はどうかな。」
「問題文には、A及びBがこの点の調査をしたとあります。」
「うん。この趣旨が若干不明確なんだけど、これを、調査をしたのに分からなかったから注意を尽くしたという読み方と、調査の内容が不明なので、場合分けをすべきだという読み方の双方があり得そうだね。結局、こういう曖昧な文言の場合は、どちらで整理をしても差がつかないから、あんまり気にする必要はないよ。むしろ専門家に調査させてそれでも分からなかったといった議論をした方が分かりやすいかもね。」
 問題文が曖昧で困るというのは、意外とよくある。あまりにもひどいと、平成23年の刑事系のように訂正を打つが、打たないで終わる場合も多い。
 こういう細かい所で混乱して時間を失うのはもったいない。時間を見ながら、どちらかに決め打ちするという勇気も時には必要だ。


「なるほど、分かりました。」
「さて、これで終わりかな。」
「そうなんじゃ、ないんでしょうか?」
「53条は?」

(発起人等の損害賠償責任)
第五十三条  発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、株式会社の設立についてその任務を怠ったときは、当該株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
2  発起人、設立時取締役又は設立時監査役がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該発起人、設立時取締役又は設立時監査役は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

「確かに、発起人、設立時取締役の任務懈怠があれば、会社に対して責任を負うとあります。」
「この点は、Aについては、汚染を知りながら隠していたから任務懈怠ありとして、発起人及び設立時取締役としての任務懈怠責任を負う、Bについては、上記で無過失と考えるのであれば、ここでも無過失なので発起人及び設立時取締役としての任務懈怠責任を負わないということだろうね*3。」
「はい。」


「さて、次が、設問2だね。こちらは、いろいろと入り組んでいる。」

本件募集株式発行に関し、
[1]払込みの効力及び発行された株式の効力について論じた上、
会社法上、
[2]A、B及び丙社が甲社に対して負担する責任並びに
[3]A及びBが乙銀行に対して負担する責任について、説明しなさい。

「とりあえず、[1]からいこうか。今回の怪しい増資は、どこが怪しいの。」
「本当は1000万円しかお金がないのに、丁銀行からお金を借りて、1億円あるふりをしています。」
「そうだね。こういうのを何ていうの?」
見せ金です。」
「定義は?」
「条文上の定義はないですが、一般には、預け合いに係る規制を潜脱するために行われる仮装手段といわれます。」
「そもそもの『預け合い』は。」
発起人が払込取扱金融機関の役職員と通謀して出資に係る金銭の払込みを仮装する行為です。」
「条文は。」
会社法965条に預け合い罪があります。」

(預合いの罪)
第九百六十五条  第九百六十条第一項第一号から第七号までに掲げる者が、株式の発行に係る払込みを仮装するため預合いを行ったときは、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。預合いに応じた者も、同様とする。

会社法上預け合いも、見せ金も定義規定はないよね。見せ金と預け合いはどちらも仮装払込ということだけど、具体的にどう違うのかな。」
「えっと、預け合いに該当するのが、預け合いで、該当しないのが見せ金で…。」
「論理的にはそのとおりなんだけど、問題は実態は何かということだよ。」
「えっと…。分からないです。」
「この辺りはマイナー論点といっちゃマイナー論点だから、試験では、受験生が相当苦しんだと聞くね。試験対策上は、マイナーなものは無視すればいいのかもしれないけど、実務に出たらマイナーでもメジャーでも、自分で責任をもって解釈しないといけない。基本的な点なんだから、一度きちんと理解しておくのがいいね。」
 形式的な定義を覚えても、実態を理解しないと使えない。逆に実態さえ理解していれば、定義なんかはその場で作ることだってできる。


「大きなポイントは、『お金が動くか』だよ。」
「お金が動くか、ですか。」
「預け合いの場合、『同じ銀行間で完結する』というのがポイント。今回の問題文は、払込取扱機関、つまり、『甲社の口座』が設置されている銀行の名前が出ていないけど、これを戊銀行としようか。」

Aは、戊銀行の職員に「私に9000万円を貸して下さい。それを私が甲社に振り込んだことにして、帳簿上甲社の戊銀行の口座に9000万円を移動させて、その残高を証明してください。9000万円を完済するまでは、甲社の口座の9000万円は移動させませんから」とお願いし、戊銀行の職員はこれに応じた。

「これが典型的な預け合い。戊銀行の帳簿上Aの口座から甲の口座に数字が移っているだけで、何のお金の移動もない。これは、まさにブラック中のブラックだから、刑事罰もある。これに対し、今回の例は、お金はどうなっている?」
「丙銀行から借りて、えっと、戊銀行に移っています。あっ、動いていますね。」
「そう、お金が現実に動いているんだよね。お金を借りて払い込むこと全てを禁止するっていうのはなかなか現実的ではないよね。でも、だからといって、払込取扱機関以外の第三者と通謀するだけで、実質的には、何ら会社に資本が入っていない、預け合いと同じような場合も規制できないのはおかしい。これが、見せ金の一番のポイントなんだ。」
「授業では、判例の3要件ですか、あれを解説して終わりだったんですが、今説明してもらって、何が問題なのかよく分かりました。」
「そうだね。判例の3要件は、この悩みから出てきた基準なんだ。どういう要件だっけ。」
「返済期間、運用事実、資金関係への影響です。」

[1]株式発行後、借入金を返済するまでの期間の長短
[2]払込金が会社資産として運用された事実の有無
[3]借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無
等を総合的に判断
最判昭和38年12月6日民集17巻12号1633頁

 テトラちゃん、授業で習ったことは良く覚えているようだ。


「そうだね。期間が短くて、すぐに引き出されてしまって会社の資金として使われた形跡がない。そうすると、やっぱり預合いと一緒で払込は仮想であるという疑いが強い。しかも、返済してしまったために会社の資金繰り等に重大な影響を及ぼすということであれば、これは、単なる『借金による払込』という話ではなく、『見せ金』として規制する必要がある訳だ。」
「なるほど、こういうところから三要件が出ているんですね。」
判例の要件は、無から有を生んでいる訳ではない。必ず理由がある。そこを理解したほうが、記憶もずっとしやすいよ。」
「わたし、今まで、いろんな判例が出てきて、その要件をカードとかを作って1つ1つ覚えていました。でも、そういう必要は実はなかったんですね。」
「一度理解した後、記憶を確かなものにするための方法はそれぞれ工夫が必要だよ。でも、理解せずに、ただひたすら暗記するのは辛いことなんじゃないかな。法律は楽しいもの。そんな苦行をしたって、苦しくて、法律が嫌いになっちゃうよ。」
「今でも法律は簡単だとは思えないですが、理解すると、法律の勉強が少し楽しくなってきた気がします。」


「うん。じゃあ、三要件を本件にあてはめてみようか。」
「[1]払込の翌日口座から引き出されており、[2]会社資産として運用はされていません。また、資金繰りが苦しい中で、[3]純資産の7分の1近くの9000万円円もの大金が返済により流出しているので、判例の要件からは、見せ金といえます。」
「そうだね。本件は比較的結論が明らかだね。」
「じゃあ、見せ金だから無効ということで[1]は終わりですか。」
「そうは簡単にいかないよ。まず、見せ金による『払込』が無効というのは、判例最判昭和38年12月6日民集17巻12号1633頁)の見解だね。」
「はい。」
「でも、学説上は有効説も有力だよ。これは、会社法の制定によって、この判例や無効説がもはやアウトオブデートになったのではないかという問題意識によるね。簡単に言えば、判例は払込後の事情を重視しているけれども、会社法では払込期間内に払い込みがなされないと失権、つまり引受人が権利を失う(208条5項参照)のだから、払込後の事情は判断基準になり得ないであるとか、従前、見せ金を無効とする目的は、有効な払込がないとして、取締役らに引受・払込担保責任を負わせて会社財産の充実を図ろうとするところにあった(設立時について旧商法192条2項、新株発行について旧商法280条の13)ところ、会社法で引受・払込担保責任は廃止されたからその趣旨はあてはまらない。こういう有力な指摘があるから、これを踏まえてどう考えるのが妥当かというところまで聞きたいのが試験委員の本音なんだろうね。」
「ふええ、旧商法ですか、そこまで手が回っていません。」
「実際の受験生も、判例の規範をあてはめて無効と言えればそれで『一応の水準』だったみたいだね。だから、そう高度なところまで今到達する必要はないよ。1つ1つ基礎的なところを確実にしていけばいい。判例の考えを支持する見解は今も多数説とされており、見せ金で払い込んだ丙社を株主として扱うのは不当であり、少なくとも丙社との関係では取引安全が働かないのだから、無効と考えて良いという整理をするのは1つの整理として正当だと思うよ。」
「分かりました。そうすると、払込みは無効ってことですね。株式を得るために払ったお金が無効なんだから、丙が得た株式も当然無効。これで、設問2の[1]は終わりましたね。」
いや、そうとは限らないよ…」(その2に続く!?



目次
梅謙次郎博士、ボアソナード博士、穂積八束博士の没後100周年となる2010〜2012年を記念し、新司法試験の過去問を小説で解説する企画です。


法学ガールのコンセプト
商法ガール、始めます


平成23年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成23年商法過去問解説その1
平成23年商法過去問解説その2


平成22年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成22年商法過去問解説その1
平成22年商法過去問解説その2


平成21年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成21年商法過去問解説その1
平成21年商法過去問解説その2


平成20年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成20年商法過去問解説その1
平成20年商法過去問解説その2


平成19年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成19年商法過去問解説その1
平成19年商法過去問解説その2



平成18年民事系過去問【pdf直リン注意】
平成18年商法過去問解説その1
平成18年商法過去問解説その2


ご参考
バベル先生が憲法18〜23年を小説で解説された「憲法ガール」、傑作です
http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20130101/1324891852

*1:針塚遵「東京地裁商事部における現物出資等検査役選任事件の現状」商事法務1590号5頁

*2:大谷禎男「改正会社法」91頁

*3:とはいえ、じゃあこの場合の損害は何かという別の議論もあるところである。