アホヲタ元法学部生の日常

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全法曹関係者が読むべき岡口裁判官の「民事訴訟マニュアル」

民事訴訟マニュアル上-書式のポイントと実務-

民事訴訟マニュアル上-書式のポイントと実務-

1.はじめに
要件事実マニュアルで有名な岡口基一裁判官の民事訴訟法マニュアル」が刊行された。
早速通読したので、感想を簡単にまとめたい。


2.網羅的な項目と、優れたリファレンス
基本的な項目が網羅されており、民事訴訟法総論(計算、異議、送達、管轄等)、一審・控訴・上告・再審・簡裁の手続、証拠法等が揃っている。しかも、刑事和解、訴訟費用額確定手続等のかなり細かい点も解説しているので、充実度は高い。対質の実効的なやり方等、裁判官にとって勉強になる記載が豊富である*1
書式は、実質的な議論の詳細は省略されているが、形式面はよくわかり、また、実務的にいうと、どの地裁のサイトでダウンロードできるかも書いているのがありがたい。
なお、ある書式*2の尋問事項は以下の通りであった。

(別紙)
尋問事項
被告本人 ○○○
(略)
2 被告は、梶芽衣子の新譜を知っていたか。
3 被告桑田は、雨を見たことがあるか。
以上

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル!?*3


本書の解説は、全て根拠法令、(裁)判例、参考文献が括弧書きで付されており、また、項目毎の参考文献欄も存在する。そこで、結論だけを知るのであれば本書で十分目的は達せられるし、なぜその結論になったのか等を知るために判例や参考文献を読んで深めることもできるようになっている。例えば、和解条項については、下巻12頁から28頁までの16頁を割いて解説した上で様々な参考文献を引いているので、この記載では足りなければ参考文献である例えば「書記官事務を中心とした和解条項に関する実証的研究」を読むことで補うことができる。


 実は当事者側の立場からこの本を読む上で重要なのは、裁判官がどの本を読んでいるかという視点であり、学者本・裁判官本はもちろんであるが、弁護士本としては東京弁護士会法友全期会民事弁護研究会「民事弁護ガイドブック」や、京野哲也「クロスリファレンス民事実務講義」が頻繁に引用されているのは*4、興味深い。


3.手続・要件・効果・不服申立手続・手数料等が整理される
各手続の進み方、要件、効果、不服申立等がまとまっており、必要な情報を即時に把握することができる。
「この手続で負けたらどうすればいいのか」といった不服申立手続が根拠条文とともに明示されているのは、分かりやすい。


また、例えば、「裁判所書記官の処分に対する異議」には500円の手数料が必要だが*5、期日調書に対する異議はこの対象外であるといったことも分かり、本書を読んでおけば、窓口で書記官に「印紙買って来てください!」と言われることもなくなるだろう*6


なお、当該手続を当日どう進めるかという点について、本書は「式次第」 という言葉を良く使う。例えば、弁論の更新であれば、

式次第
裁判長「裁判官が交代しましたので、弁論を更新しますが、従前と同じということでよろしいですか」
当事者ら「よろしいです」(声をそろえて)
岡口基一民事訴訟マニュアル上」209頁

という感じである。ただ、実際は、稀だが、再度の証人尋問を求めたい場合(民訴249条3項)もあるので、この「式次第」どおりでいいのかは、当事者側が十分に検討すべきであろう。


4.修習生は通読しておくべき
本書を修習生は必ず通読すべきである
例えば、修習生が常識として知っておくべき計算*7、原本、副本、正本、謄本、抄本の違い*8、処分証書と報告証書*9等が載っており、修習が終わって法曹になった段階で、「正本と謄本の違いが分からない」といった恥ずかしい事態は、本書を読めば避けることができる。


もちろん、書記官等が主に参照すべき送達の細かい話*10や、訴訟費用額の確定手続*11についてはパラパラめくるだけでいいだろうが、どこに何が書いているかさえ把握できていれば、法曹にあってから実際に必要になった場合にも迅速に必要な資料にアクセスできるだろう。



5.若手弁護士は「当事者としての視点」を入れて読む
法曹資格者も、もちろん修習生と同様の利用方法は可能であるし、また、具体的な事件で必要となった項目を調べるという辞書的な使い方は可能である。
ただ、せっかくであるので、「当事者としての視点」を入れて読むことで、より深く活用したいところである。


例えば、岡口基一民事訴訟マニュアル上」67頁に「閲覧制限*12の申立てがあったときは、それについての裁判の確定まで、第三者は、秘密記載部分の閲覧等の請求ができない(民訴92II)」という記載がある。もちろん、あまりにも公汎に閲覧禁止請求しすぎれば、すぐに却下される可能性があるが、「議論ができる」程の根拠のある部分だけ請求しておけば、双方の議論の応酬中はとりあえず閲覧を制限できるという効果を得ることが可能である。


例えば、岡口基一民事訴訟マニュアル上」116頁は「当事者の更正権」をとりあげているが、意図しない自白をするといったミスをした場合(#弁護士死亡カルタ (50音順) - Togetterせ「先行自白していますよね、前の書面で」)に、*13次の期日の冒頭で当事者に更正させることで、実質的には自白撤回の効果を生むことができる。もちろん、非常に恥ずかしいことだが、ミスをした場合の挽回方法という意味では検討の余地がある方法である。


例えば、岡口基一民事訴訟マニュアル下」4頁に「通常共同訴訟の場合、そのうち一部のみと和解することもできる。」とある。そのとおりなのだが、法曹は「そっか、できるのか」という姿勢ではいけないだろう。
例えば、XがYとZを共同不法行為として訴えるとしよう。XとYだけで和解することはもちろん「できる」。しかし、Yの代理人が弁護過誤を防ぐためには、損害額5000万円を前提に半額の2500万円を払ってXYだけで和解した後、Zが訴訟を続け損害額1億円を前提とした敗訴判決を受けた場合や(損害額5000万円が前提でも)負担割合がYとZで違う場合のYのZからYへの求償の可否といった、当事者の視点が必要である*14

まとめ
 結論から言えば、「裁判所の視点から『実務』を手続の流れに沿ってまとめたもの」としては極めて優れており、全法曹関係者必読の一冊と言える。
 ただ、本書の記載における視点は、あくまでも「裁判所」の立場であって、このような制度の下でどのような訴訟活動を行うのが「有効か」という当事者視点は本書がそもそも目的とするものではない。
 その意味で、弁護士等の当事者は、本書の内容を十分に自分のものとした上で、当事者の視点を入れて検討し、本書に書いていない部分はきちんと参考文献を読んで補うというのが、「望ましい法曹の読み方」だろう。

*1:偶数より奇数でやるといいとのこと。岡口基一民事訴訟マニュアル上」308頁

*2:どう被告の代理権の授与の事実及び弁済の事実を立証したいらしい。

*3:

Have You Ever Seen The Rain - Original

Have You Ever Seen The Rain - Original

*4:どちらも「ぎょうせい」から出ているというところは関係あるのか?

*5:岡口基一民事訴訟マニュアル上」8頁、民訴費3、別表第1の17イ

*6:同9頁。なお、この頁には調書に対する異議の頁が載っていないが、上200頁である。このようなクロスリファレンスが充実することが望まれるところである。

*7:岡口基一民事訴訟マニュアル上」1頁

*8:岡口基一民事訴訟マニュアル上」36頁

*9:岡口基一民事訴訟マニュアル上」266頁

*10:岡口基一民事訴訟マニュアル上」37頁以下の原則である郵便による交付送達以外の送達方法

*11:岡口基一民事訴訟マニュアル下」69頁以下

*12:なお、判決書も含むことは同書66頁

*13:当事者が来ていなかったことを前提に

*14:なお、別の問題として、XがYと和解することでZとの債務を免除することにならないかというものがあるが、最判平成10年9月10日民集52巻6号1494頁により、和解に際しZの残債務を免除する意思を持つものではないといえる場合には、Zとの関係で債権は存続する。