アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

要件事実の再入門に最適の一冊、『要件事実入門』」〜「要件事実のマニュアル化」を防げ!?

要件事実入門

要件事実入門


1.超話題の書籍、刊行!
 要件事実マニュアル民事訴訟マニュアル、そして岡口撮りで有名な、「岡口基一」裁判官。岡口判事の新刊のタイトルが「要件事実入門」であると公表された時から、一部の法クラの間で期待が高まり、21日と言われていた*1発売日に向け、期待は最高潮に高まっていた。


21日だと思った?残念、20日発売でした!


 同書を早速ゲットしたので、レビューさせていただきたい。



2.「要件事実」の「マニュアル化」を防げ!!
 岡口判事の主著のタイトルから誤解している人が多いかもしれないが、岡口判事は、要件事実のマニュアル化については反対の立場に立っている


 確かに、要件事実は裁判実務における基本ツール*2であり、そのツールをよりうまく使えるためのガイドとして『要件事実マニュアル』シリーズは極めて有益な実務ツールである。



 しかし、要件事実を学習する際に、いわば、「これが正解である」という結論だけを丸暗記する人や、結論を丸暗記させるに等しい教育がなされることがあるが、これでは、要件事実を真に「理解」したことにならないのであって、それでは、たとえばこれまであまり論じられてこなかった訴訟類型の要件事実について自分の頭で考えて要件事実を抽出して訴状を作成したり、争点整理をするといったことはできなくなってしまう。


 このような意味での「要件事実のマニュアル化」問題に関連し、司法研修所において現在要件事実の教授のため用いられている「新問題研究要件事実」に対しては、「司法研修所民事裁判教官各位が、どういう視点から議論された上、記載されるに至ったのか、それを推察する端緒すら見いだせない」*3と批判されているところである。

 
 そして本書でも、いわゆる返還時期の定めのない貸金の返還請求に関する「新問題研究」の記載に対する、以下のような痛烈な批判がなされている。

なお、司研・新問題研究40頁も、「返還時期の定めがないこと」が請求原因の要件事実にならないとしますが、その理由は記載していません。理由を記載せずに結論だけ記載するのでは、要件事実が暗記科目になりかねません。
岡口基一『要件事実入門』75頁


 そう、要件事実はマニュアル化してはいけないのであって、なぜそのような要件事実になるのかを自分の頭で考えて理論的に整理をしてその体系を体得すべきである。


 このような考えから作成された書物が、『要件事実入門』である。


3.「要件事実は裁判規範としての民法」という言葉の意味が分かる
 本書で非常に重要だと思うことは、本書を理解することで「要件事実は裁判規範としての民法という言葉の意味が分かるという点である。


 この点についての私の理解を非常に簡単にまとめると、以下のようになる。


 要するに、立証責任とは何かについては、証明責任規範説と法規不適用説の2つが対立している。


 証明責任規範説は、主要事実の存否が不明な場合には、「その事実をない*4擬制する」のが証明責任規範であり、このような規範を用いることで、主要事実の存否が不明になった場合には、裁判所は、当該規範による擬制に従い裁判をする(通常は、証明責任規範はその事実をないとすることから、法規不適用となる)ことができるので、判決をするのに困らなくなる*5。この見解によれば、立証責任とは、主要事実の存否が不明であるため証明責任規範が適用されて裁判がされることにより生ずる不利益となる。
 法規不適用説は、このような証明責任規範の考えをあえて介在することは必要ないと考える。要するに、主要事実の存在が立証されてはじめて法規が適用されるのであるから、主要事実の存否が不明であれば、当然に法規は適用されないのであって、わざわざ証明責任規範を介在させる必要はないという訳である*6。この見解によれば、立証責任とは、主要事実の存否が不明であるため法規が適用されず、法律効果の発生が認められない不利益となる。


 ところで、民法を行為規範と考えると、法律効果は現実の社会で発生していることになるが、民事裁判において主要事実の存否が不明に終わると、現実の社会で法律効果が発生したか否かがわからない。そこで、その場合でも裁判を可能ならしめるための特別な規範として、証明責任規範が必要になる*7
 反面、民法を裁判規範とすると、法律効果が発生するのは、主要事実の存在が立証され、その判決が確定したときであり、主要事実の存在が立証されないと、法律効果は発生しないことになる。そこで、証明責任規範は不要となる*8


 そして、法的三段論法は「大前提(規範)」→「小前提(あてはめ)」→「結論」であるところ、民法が行為規範であれば、実体法上の行為規範である大前提に裁判の立証のルールである証明責任分配の原則を組み込むことはできないはずである。
 逆に、民法を裁判規範と考えれば、法律効果の発生(@判決の確定)は、民事裁判過程における主要事実の立証と結びついているので、その立証のルールを「大前提」に組み込むことができ、そこで、各当事者が立証責任を負う法律要件のみを当該当事者の攻撃防御方法における「大前提」とする、要件事実論のいわゆる「請求原因」「抗弁」「再抗弁」「再々抗弁」「再々々抗弁」以下の攻撃防御方法の構造が成立するのである*9

2つの考え方 民法は何規範? 証明責任規範の要否 三段論法への証明責任分配の組み込み
要件事実論が前提とする見解 民法は裁判規範 証明責任規範不要 裁判規範なのだから三段論法への証明責任分配の組み込みが可能
もう1つの見解 民法は行為規範 証明責任規範必要 行為規範たる大前提に裁判上の立証のルールたる証明責任分配は組み込めない

岡口基一『要件事実入門』を元に、筆者が独自にまとめたもの。


 本書は、このようにして要件事実論の理論的根拠を明らかにする等、要件事実を「暗記物」ではなく、「真に理解」させるための説明がなされている点で類書のない秀逸な一作と言えよう。



4.要件事実の「再入門」に最適な一冊
 本書は、確かに要件事実の入門書としても適しており、特に、難しいところ等は「初学者の方は読み飛ばしましょう。」*10とされており、要件事実入門のために必要最低限の部分が明示されている点は親切である。



 しかし、本書は、特に、要件事実を暗記物として学んでしまった方への「再入門」として優れている。本書は、「一般に理解しやすい見解」*11のロジックを説明することで、「どうしてそのような結論になるのか」を明快に解き明かしているところ、実は、結論としては本書の結論と、司法研修所の要件事実とはそう大きくは異ならない*12。そこで、容易に暗記物としての要件事実からの脱却ができるのである。親切なことに、これまで司法研修所の要件事実論と、「一般に理解しやすい見解」が異なっている部分については丁寧な説明があるので*13、結論として司法研修所の要件事実論と同じ見解を取りたい人(例えば、現在修習生で二回試験を受けないといけない方)にとっても、本書を通じて要件事実を学ぶ際に注意すべき点が分かって安心であろう。その意味で、予備試験受験生、ロースクール生、司法試験受験生、修習生、若手法曹(≒法クラのみんな)に非常にお勧めである。


 なお、本書の「はじめに」は、再入門者は第1章の民事訴訟入門の部分を読み飛ばしていいとするが、上記3で述べた、「要件事実は裁判規範としての民法」という言葉の意味が分かるという部分は、第1章(特にその末尾の「7 立証レベル」)を読んでこそ十分に理解できるので、少なくともこの部分はきちんと読んでから第2章以下を読むのがよいだろう。


 そして、司法試験受験生にとっては、本書と要件事実問題集

要件事実問題集

要件事実問題集

をあわせて読むことにより、平成19年と平成23年という、要件事実がほとんど問題とならなかった年を除くすべての民法過去問を要件事実の観点から検討できるという点でも大変おいしい一冊である。

まとめ
 要件事実マニュアル」の著者「岡口基一」裁判官の「要件事実入門」は「要件事実のマニュアル化」を防ぐため、要件事実を暗記物ではなく、きちんと理解できるための説明がなされた出色の一冊である。
 入門者にも向いているが、特に要件事実を暗記物として学んでしまった方のための「再入門」として最適であり、予備試験受験生、ロースクール生、司法試験受験生、修習生、若手法曹にとって非常にお勧めである。
 同書のAmazonリンクが見つからなかったのは残念だが、本日まで送料無料で注文できる
【好評予約受付中!8月20日まで】『要件事実入門』(※ご予約の方には送料無料サービス中)|お知らせ|新着情報|株式会社創耕舎
らしいので、ぜひご注文ください!

*1:http://ameblo.jp/pompompomnoone/entry-11893484983.html

*2:井上哲男教官の「要件事実は争点と証拠の整理を行うための『共通言語』」という言葉が本書81頁で紹介されている。

*3:本書はしがき参照。なお、伊藤滋夫先生の、主張立証責任の分配基準に関する記載への批判

*4:又はある

*5:本書19頁

*6:本書20〜21頁。但し、本書21頁のような、「実体法は、法律要件に該当する主要事実が存在する場合には法規が適用され、存在しないばあいには法規が適用されない旨を定めているだけで、主要事実の存否が不明であるばあいに法規が適用されないとは定めていません」「この見解には論理の飛躍があります」という批判に留意

*7:本書31頁

*8:本書31頁

*9:32頁

*10:本書38頁等

*11:はしがき参照

*12:本書79頁。ただし、司法研修所でいう「法律効果の発生障害要件」を「法律要件の不存在の抗弁」としている点や、「要件事実」を司法研修所が具体的事実(主要事実)の意味で使っているのに対し、本書は抽象的事実として使っている等差異はある。

*13:特に本書78頁以下