アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

俺の父親がこんなに非道なわけがない〜俺妹で学ぶ民法平成23年改正

本エントリは、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」のネタバレを含んでいます。

1.「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」とは
「美少女が実はオタクだった」という話は、一種の「ギャップ萌え」として、「乃木坂春香の秘密」その他、漫画・アニメ・ライトノベルでよく取り上げられるテーマということができる。

乃木坂春香の秘密 (電撃文庫)

乃木坂春香の秘密 (電撃文庫)


とはいえ、その中でも、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」は異彩を放っている。
平凡な高校2年生、高坂京介を主人公に、茶髪の読モなのに「星くず☆うぃっちメルル」「妹と恋しよっ♪」等にはまっているオタクの妹、高坂桐乃、幼なじみの田村麻奈実(「地味子」)、桐乃の読モ仲間でオタクを嫌う新垣あやせゴスロリ中二病黒猫等のいろいろキャラ立ちしまくっているキャラクターは、その理由の1つであろう*1。当ブログでも、俺妹にインスパイアされた小話を過去掲載したことがある*2


原作はエンディングに向けラストスパートであるが、丁度アニメ第2期の発表もされたところであり、目が離せないところである。
「俺の妹がこんなに可愛いわけがない。」


2.俺の親父がこんなに凶悪なはずがない!?
ところで、高坂家の父親(高坂大介)は凶悪である。警察官という法律を守る仕事をしているにも関わらず、極道面で、アニメ等に偏見を持っている。


日曜日の夕方、俺が図書館から帰ってくると、家の中が異様に静まり返っていた。料理を作るよおな音も聞こえなけりゃ、テレビの音も、話し声も、物音すらしない。不自然だ。俺は靴を脱ぎながら、ぴりっとした刺激を感じ、首の裏に手をやった。妙に張りつめた空気が漂っている。ぞわぞわぞわっ......と、肌が粟立つ。
伏見つかさ俺の妹がこんなに可愛いわけがない」209頁


桐乃の18禁DVDが、親バレしてしまった。

「化粧品やバッグはよくて、ゲームやアニメはダメだってのか?」
「当然だ。あんな世間でよくないと思われているようなものは、桐乃に持たせてやるわけにはいかん。(略)」
オタク趣味は、桐乃をダメにする。だから、やめさせる。親父の論旨はこうだ。
伏見つかさ俺の妹がこんなに可愛いわけがない」222頁

桐乃の部屋を「ガサ入れ」しようとする親父を止める京介。

「どけ、京介」
(略)
「いでででででっ!?」
親父は俺の手首を軽々と捻り上げて、同じ台詞を繰り返す。
「どけ」
(略)
俺は手首の痛みに涙を流しながら、こういった
「どか.......ねえっ」
ぎりぎりぎりっ......。
手首の激痛が、さらに強まった。効率よく痛みを与える術については、親父はプロだ。
「ぐっ......」
っ痛てぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?

伏見つかさ俺の妹がこんなに可愛いわけがない」224〜225頁

全てのコレクションを捨てろという親父に突っかかり、果ては18禁ゲームは自分のものだという「嘘」をつく京介に対し怒る親父。

「(略)おまえは、妹の部屋で、妹のパソコンを使って、妹にいかがわしいことをするゲームをやっていたというんだな?」
「超面白かったぜ!文句あっか!」
顔面をブッ飛ばされた。俺は盛大にスッ転がって、壁にぶつかった。
(略)
視界がチカチカしやがる。口の中に血の味が広がっていく。ぐらんぐらん頭痛がして、意識が急速にぼやけていく。あ、も、ダメだな......コレ.....死んだかも......
伏見つかさ俺の妹がこんなに可愛いわけがない」259〜260頁

親父に趣味を認めさせたその代償として、顔面にデカデカと湿布薬を貼ることになった。


俺の親父がこんなに凶悪なはずがない!?といえるような親父、これは法律に違反していないか。


3.監護権vs.虐待禁止
親権者は、子の監護権を持つ(民法820条)。その最たるものは「懲戒権」である。

民法第822条  親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる

この凄いところは、一定範囲では体罰も可能というのが判例なことである。


例えば、札幌高函館支判昭和28年2月18日高刑集6巻1号128頁は

凡そ親権を行うものはその必要な範囲内で自らその子を懲戒することかできるし、懲戒のためには、それが適宜な手段である場合には、打擲することも是認さるべきであるけれども、それにはおのづから一般社会観念上の制約もあり、殊にそれが子の監護教育に必要な範囲内でなげればならない。

としているし、京都地判昭和47年1月26日判例タイムズ277号366頁も

およそ親権を行う者は、その子の悪癖等を矯正するため殴る、捻るなど適宜の手段方法を用いて、その身体に対し或程度の有形力を行使する等の措置に出ることは、法が親権者に懲戒権を認めた趣旨に鑑みて許されるものと解すべきである。

としている。


つまり、監護教育に必要な範囲であって、かつ、一般の社会常識で認められる範囲であれば、親による体罰も正当な監護権行使とされる余地があるのである*3


問題は、どこまで認めるかである。その許容範囲を超えれば、単なる虐待に過ぎない。例えば、怪我が生じる程度のものはあまりにもやり過ぎだろう。

 しかしながら、親権者が躾の目的で子を懲戒するに当たり、当該行為が子に対する愛情から行われたものであったとしても、その方法、程度が子の身体に創傷を負わせる程度に至るなど、社会常識に照らして不相当なものであるときは、もはや正当な懲戒権行使といえず、虐待行為と評価せざるを得ない大審院明治三七年二月一日判決、大審院刑事判決録一〇集一巻一二二頁参照*4)。

とした裁判例がある(大阪地判平成13年3月30日判例タイムズ1109号149頁)し、児童虐待防止法2条1号もこのような趣旨であろう。

児童虐待の防止等に関する法律第2条  この法律において、「児童虐待」とは、保護者(略)がその監護する児童(略)について行う次に掲げる行為をいう。
一  児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
二  児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
三  児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
四  児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(略)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。


また、そもそも、体罰も子供の心身の健全な育成という目的のために許されるに過ぎない(例えば「子の心身の健全な育成という監護教育の目的に照らし、(略)自ずから一定の限界がある」とする名古屋地判昭和60年2月18日判例タイムズ549号325頁)。かかる目的に沿わない場合にも体罰は認められないだろう。


ここで、本件には2つの問題がある。
1つ目は、暴力の程度である。手首ねじり上げは、仕事上のスキルを活用しているところが怪しいが、とりあえず「疑わしきは被告人の利益に」ということで、程度については一応限界内といえても、最後の本気の顔面ブッ飛ばしについては、弁解の余地はないだろう。皮下組織挫滅・内出血で全治1週間の傷害といったところだ。もはや社会常識で認められる体罰の程度を超えている。

2つ目は暴力の目的である。まあ、18禁ゲームをするなという目的自体はひとまず置いておこう*5。とはいえ、全年齢対象のアニメ・ゲームを全て禁止し、その手段として体罰を振るうのは、子供の心身の健全な育成という目的に適うとは到底言えないだろう。もちろん、(全年齢版)アニメ・ゲームを見る・プレーする時間を制限することで、勉学と両立させるという目的は適切だ。しかし、桐乃は勉学と(しかもモデル業も!)両立させているし、親父のやろうとすることは、アニメ・ゲーム全ての殲滅だ。ここまで来ると、桐乃本人の人格を破壊する逆効果なものと言わざるを得ない。


そこで、程度の点からも、目的の点からも、親父の体罰は懲戒権の範囲を超える、正当化されない暴力、いわば虐待だということが言えよう。


4.暴力親父から親権を取りあげろ!
さて、このような親権者による懲戒権の濫用にどう対抗すべきか。

まずは、刑事手続がある。正当な懲戒権の行使でなければ、正当行為としての違法性阻却もない(刑法35条参照)。傷害罪で略式起訴で罰金くらいくらってもおかしくない*6


加えて、平成23年の民法改正(平成24年4月1日施行)により、 拡充された親権の剥奪が考えられる。

第834条 父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。

第834条の2  父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権停止の審判をすることができる
2  家庭裁判所は、親権停止の審判をするときは、その原因が消滅するまでに要すると見込まれる期間、子の心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して、二年を超えない範囲内で、親権を停止する期間を定める。

親権の行使が困難だったり不適当であって、そのため子どもの利益を害する場合に用意されたのが、2年以内の親権の停止制度である。この度合いが酷く、虐待等、親権の行使が著しく困難だったり不適当であって、そのため子どもの利益を著しく害する場合には、親権の喪失制度が用意されている。


改正前は親権喪失のみが設けられていた上、単に「親権を濫用し、又は著しく不行跡」な場合に親権を喪失させるとするだけで、基準がよくわからなかった。そこで、例えば生命の危機にある未成年者に必要な治療行為を行うことに同意しない*7親権を児童相談所への抗議行動や謝罪・金銭要求の手段としている*8等の例外的場合くらいしか親権はなかなか喪失できず、夫以外の男と不倫の関係に陥り、夫や幼けない二児を捨てて他所に断落ちした位では*9喪失させられない*10


これは、親権を喪失させるかさせないかの二択という柔軟性のなさや、基準が「濫用」とか「不行跡」というだけで抽象的で具体的にどういう場合に喪失させられるか不明という問題によるものであろう。そこで、平成23年改正は、柔軟な対応のため、中間的な親権停止制度を設け、また、「虐待又は悪意の遺棄」という基準を明示したのである*11



このような趣旨からは、必要に応じて柔軟な親権停止を広く認め、子の福祉に役立てるべきである。


本件でも、過剰な暴力を振るい、アニメ・ゲーム全てを禁止して子どもの「生き甲斐」を奪うという点において、「親権の行使が困難だったり不適当であって、そのため子どもの利益を害する」と言えるのではないか。そこで、親父が反省・更生するまで当分親権を停止することも考えられる

まとめ
高坂家の頑固親父のやっていることは、正当な親権の行使を超え、もはや虐待の領域に至っている。
民法改正で導入された、親権停止制度により、誤った思想から過剰な体罰を加えることがなくなるまでしばらく親権を停止させるべきだろう!

*1:筆者の個人的一押しが五更日向と五更珠希なのは秘密です。

*2:僕の価値判断が妹より優れているはずがない〜星野英一先生へ捧ぐ - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*3:なお、学校教育の文脈では学校教育法11条が「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」とする。なお、http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/soumu/somu/reiki_int/reiki_honbun/o4001153001.html参照。

*4:国立国会図書館デジタルコレクション - 検索結果

*5:この点がどこまで本当に悪影響を及すのかという考察をし出すとそれだけで一冊の本になりますので

*6:ただ、警察官の不祥事なので、実務上起訴猶予の可能性が高い。

*7:家審平成20年1月25日家月62巻8号83頁

*8:名家岡崎支審平成16年12月9日家月57巻12号82頁

*9:ただし、その後反省したようである

*10:新潟家高田支審昭和43年6月29日家月20巻11号170頁、類似の事例として岡山家審昭和39年11月6日家月17巻1号112頁、広島高岡山支決昭和34年3月4日家月12巻3号103頁

*11:改正全般について、コンパクトにまとまったものとして、橋本他「新実務家族法講義」(第2版)215頁以下参照