「天気の子」の刑法的考察ー逃走罪の観点からー
【注意:天気の子の完全ネタバレです。ドンデン返しとか全部わかっている人前提です。また、200X年代に「エロゲ版天気の子をレビューしていたらこんな感じ」というイメージの、昔ながらの(「元」がない)「アホヲタ法学部生の日常」テイストでお送りしております。なお、脚注、とりわけ脚注6は私のヤバい趣味全開なので、引く可能性のある人は見ないでください*1。】
1.はじめに
天気の子、軽犯罪法違反がかなりの回数あるらしいので法学徒と六法片手に観ます。 pic.twitter.com/XefzUkh0Ft
— 専攻がわからない怠惰清盛 (@kiyomori_taida) August 8, 2019
天気の子をなぜか「軽犯罪法違反」の問題とする投稿が大量にリツイートされている。
天気の子を見て思った。
— さとろう (@satolaw) July 20, 2019
「これはronnor先生(@ahwota)が法学的に切り込むんだろうな」と。
という応援の言葉も頂いた。
一人の法学徒として、天気の子の世界で鳴り響いていた「警報」ではなく「刑法」についてきちんと考察しなければならない、との意を強くした。
2.超マイナーな「逃走罪」
刑法にはメジャーな条文とマイナーな条文がある。例えば、論文検索サイトのci.niiで、「殺人」で検索すると約5000件である。しかし、「逃走罪」はなんと11件である。
この、超マイナーな逃走罪、条文も単純だ。
第六章 逃走の罪
(逃走)
第九十七条 裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者が逃走したときは、一年以下の懲役に処する。
(加重逃走)
第九十八条 前条に規定する者又は勾引状の執行を受けた者が拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、暴行若しくは脅迫をし、又は二人以上通謀して、逃走したときは、三月以上五年以下の懲役に処する。
(被拘禁者奪取)
第九十九条 法令により拘禁された者を奪取した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
(逃走援助)
第百条 法令により拘禁された者を逃走させる目的で、器具を提供し、その他逃走を容易にすべき行為をした者は、三年以下の懲役に処する。
2 前項の目的で、暴行又は脅迫をした者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
(看守者等による逃走援助)
第百一条 法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者を逃走させたときは、一年以上十年以下の懲役に処する。
(未遂罪)
第百二条 この章の罪の未遂は、罰する。
マイナーで、一見単純ながらも、実は奥深い、「逃走罪」についてこれから検討していこう。
3.「天気の子」と逃走罪
天気の子では、広義の「逃走」が多く見られる*2。冒頭から、陽菜さんは、母親の入院している病院を離れて太陽の光を差し込む代々木の廃ビル*3に駆け出す。帆高も、島を出て東京砂漠*4へ逃げ出す。
しかし、刑法上問題となるのは、そういう日常語としての「逃走」ではない。以下、主な逃走を4つ挙げよう*5。なお、私の「一押し」は第3逃走である*6。
第1逃走:警察が帆高を追い、児童相談所が陽菜と凪を離れ離れにしようとしていることを知った三人が一緒に池袋駅前まで来たところ、警察に捕まった帆高を陽菜さんが助けて「逃した」シーン
第2逃走:ラブホに警官が押し入り「御用」となって池袋署まで連行された帆高。しかし、「今度は陽菜さんを助ける番だ!」と逃走するシーン
第3逃走:凪先輩が児童相談所の一時保護から逃走するシーン
第4逃走:代々木の廃ビルで、須賀さん、そして凪先輩が帆高を逃して陽菜さんを取り戻しに行かせるシーン
さて、これらを刑法的に考察しよう!
4.逃走罪オーバビュー*7
いわゆる司法試験択一知識であるが、逃走罪関連は、行為が過激になる程主体も広がる。単純逃走罪(97条)は「裁判の執行により拘禁」された者。加重逃走罪(98条)はこれに「勾引状の執行を受けた者」が加わり、被拘禁者奪取(99条)に至ると「法令より拘禁された者」全て、となる。もう少し具体的に択一知識チックにまとめると、
- 単純逃走罪(97条)は「裁判の執行により拘禁された既決・未決の者」が「逃走」することが構成要件で確定裁判により拘禁される受刑者や勾留中の者が該当するが被逮捕者は入らない。「逃走」とは、(作為によって)拘禁を脱すること。期待可能性の減少を考慮に入れて1年以下の懲役と刑が軽い。
- 加重逃走罪(98条)は「裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者」又は「勾引状の執行を受けた者」が「拘束具破壊、暴行脅迫、複数人通謀」して「逃走」した場合。前条の主体に加え、逮捕状により逮捕された被疑者、勾留状等の執行を受けたが未収容の者等が追加。3月以上5年以下の懲役。
- 被拘禁者奪取罪、逃走援助罪、看守者等による逃走援助罪(99~101条)は第三者による逃走補助形態を類型毎に罰しているが、重要なのは「法令により拘禁された者」を逃走させ、奪取するところ。98条の主体に加え、現行犯逮捕や緊急逮捕された者も含まれる。
という感じであろう。
5.第1逃走
池袋駅前で警察官が「子供だけ?家出?」と詰め寄る。帆高の顔を見て「銃器所持の可能性あり」と警戒する警察官を見て、帆高は駆け出す。警察は捕獲体制に入り「公妨(公務執行妨害罪)!」と叫んで帆高を押し倒す。陽菜は「お願い」と天に祈って近くのトラックに雷を落とすことで逃走させる。
基本的には、被拘禁者奪取(99条)は実力支配下に置く行為(条解刑法第3版308頁)であるところ、陽菜は帆高を実力支配下には置いていないので、逃走援助罪(100条)、つまり、「法令により拘禁された者を逃走させる目的」で「暴行又は脅迫」をする行為が問題となる。
ここで、逃走援助罪でいうところの「法令により拘禁された者」に、現行犯逮捕者も含まれると解されている(条解刑法第3版308頁、注解刑法2巻91頁)。公務執行妨害罪の現行犯で逮捕された帆高はこれにあたるのだろう*8。
ここで、暴行脅迫は看守者に直接向けられたものである必要はない(条解刑法第3版310頁)。「拘禁を破ることに寄与しうる行為が実行されれば足りる」(注解刑法2巻95頁)とされる。そうであれば、陽菜が雷を落としてトラックを爆発炎上させた行為もまた「暴行又は脅迫」に含まれるであろう*9。
このように、陽菜の行為には逃走援助罪(100条)が成立する。
6.第2逃走
ラブホで捕まった帆高は当初は一人で逃走しており、単純逃走罪(97条)が問題となる。なお、加重逃走の場合には、「拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、暴行若しくは脅迫をし、又は二人以上通謀して」という要件が必要であるところ、単に植木を倒し、ダンボールを落とし、警察官の股をすり抜ける程度でこの要件を満たさないだろう*10。
ここで、帆高に対しては「捜索願いが出ていて、かつ、拳銃所持の疑いがある」という表現で、警察手帳は見せているが、逮捕状は示されていない。
そうすると、まず、「迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者」に対する保護(警職法3条1項2号)の可能性があるが、同号カッコ書きは「本人がこれを拒んだ場合を除く」とするので問題がある。そうでなければ、単なる任意同行(警職法2条2項)であるが、これもあのような強制的手段が取れるかは問題である。
いずれにせよ、単純逃走罪の主体は「裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者が逃走したとき」であるところ、裁判の執行によって拘禁された訳ではない以上主体とはなり得ない*11。よって、この第2逃走において、帆高の行為に犯罪は成立しない*12。
7.第3逃走
個人的に一番好きなのは第三逃走である。凪先輩の元カノであるアヤネは、凪先輩及びその現在の彼女であるのカナと通謀し、カナが見張りの警察官を引きつけている間に、アヤネと凪先輩でカツラと服を交換することで、凪先輩がアヤネに偽装し、まんまと児童相談所を脱走できた。
児童福祉法33条は「児童相談所長は、必要があると認めるときは」「児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童の一時保護を行い、又は適当な者に委託して、当該一時保護を行わせることができる」とする。これが一時保護である。
一時保護については、「子ども虐待対応の手引き」が詳しい。
「職権による一時保護をするに当たって、まず留意すべきは、それが非常に強力な行政権限であるという認識を踏まえて適切に運用しなければならない、ということである。」「子どもの意思にも反して実施できる。関係者の意思に反して行う強制的な制度は、通常は裁判所の判断を必要とするが、児童福祉法の一時保護については裁判所の事前事後の許可も不要である。このような強力な行政権限を認めた制度は、諸外国の虐待に関する制度としても珍しく、日本にも類似の制度は見当たらない。」(「子ども虐待対応の手引き」第5章5(1))とあるように非常に強い行政権限が規定されている。
凪先輩はこの一時保護下に置かれていた可能性が高い。
ところで、アヤネはこのような凪先輩に「器具を提供し、その他逃走を容易にすべき行為」をしているので、逃走援助罪(100条1項)の可能性がある。
しかし、「凪先輩」は果たして「法令により拘禁された者」なのか。ここで、児童福祉法には、27条の2という少年法に基づき自立支援施設へ入所決定がされた場合の強権的収容の規定があるところ、「法令により拘禁された者」をかなり広く解する見解は、この児童福祉法27条の2による場合を「法令により拘禁された者」に含むが、そのような広い見解であっても、「児童福祉法33条による一時保護は、拘禁を許す趣旨が十分でなく、法令に因る拘禁とは言い難い」とする(注釈刑法3巻107頁)。
要するに、逃走罪の対象を国の司法作用一般について適正な実現を担保すべく、法令上の根拠のある身柄拘束が侵される事態を防ぐ(注解刑法2巻92頁)として狭く解しても、「刑事司法のため」の拘禁という要件を無用(注釈刑法3巻107頁)として広く解しても、いずれにせよ一時保護は該当しない、つまり、逃走援助罪は成立しないのである。
8.第4逃走
代々木の廃ビルで、一度帆高が拳銃不法所持等で現行犯逮捕され、片手に手錠を掛けられた直後に、須賀さんがタックルして逃がし、安井刑事につかまるところも凪先輩が逃した行為である。
このような行為は、典型的な逃走援助罪(100条2項)であろう。
9.手続の適法性
意外なことに、第1逃走と第4逃走のみが(形式上)逃走罪の構成要件に該当し、それ以外は逃走罪の構成要件に該当しなかった。
これに加え、手続きの違法性の問題がある。
判例は、逃走罪の対象者から違法・無効な逮捕状の執行により拘禁された者は除かれるとしている*13。
どこまで違法な場合に逃走罪の対象から外れるかは争いがあるが、「有効要件である手続ないし法律上重要な手続きを踏んで行われなければならないが、手続きに軽微又は形式的な瑕疵があるに過ぎない場合は、なお適法性が認められると解すべき」(大コンメンタール3版6巻270頁)といった辺りが穏当な見解であろう。
この見解によると、第1逃走は「逮捕」の根拠が「公妨!」と叫んだだけであり、いわゆる「転び公妨」である。逮捕の理由なく逮捕しているのは、「有効要件である手続ないし法律上重要な手続きを踏んで行われ」ていないといえる。よって、第1逃走にもまた、逃走罪(陽菜の逃走援助罪)は成立しない。
10.なぜ逃走罪の成立範囲が狭いのか〜逃走罪250年の歴史を紐解く
ここで逃走罪については平野先生の「逃走罪の規定はもう一度整理し直す必要がある」*14という語が有名であるが、本稿作成の過程で、米山哲夫「 単純逃走罪の当罰性・可罰性」早稲田法学会誌36巻213頁に触れた。
米山論文については「とにかく面白いのでぜひ読んでください」というだけなのであるが、1742年の「公事方御定書」から紐解いて、この250年の歴史*15の中で、江戸時代は逃走に対して重罰をもって臨んでいた*16ところ、ボアソナードの旧刑法の時点で急激に緩和ないしは刑罰化されたことを指摘する。
「これには権力の強弱と逃走者捕縛能力の問題が関係していよう。逃走できないよう拘禁施設を強化する人的・物的資源を調達するための財政基盤の充実と警察能力の向上が、逃走に重罰をもって対処する必要性を減少させた」*17という議論は、現在の逃走罪の構成要件の狭さや量刑の軽さを説明する。
その上で、捕まった人に対して「逃げない」ことを期待できるか、という期待可能性の問題も指摘する。警察力が強化される中、期待可能性が薄い逃走罪については、より構成要件が狭く規定される、そしてだからこそ、一見犯罪っぽい数多くの逃走が犯罪ではなくなるのである。
これに加えて、米山論文は、刑法97条等の犯罪カタログに記載された以上、当該状況下では逃げないことが一般的に期待されているとしても「個別具体的な事情においては、もう一段期待可能性の判断をする余地が残されていると言っても良い」*18として、個別具体的な事情の下での期待可能性否定の可能性を示唆している。
米山論文は単純逃走罪を念頭に置いており、逃走援助罪についてはその期待可能性の低下の程度はあまり大きくないだろうが、帆高の必死な「陽菜を取り戻す」という思いについては期待可能性がないし、そのような帆高の気持ちに心を動かされた須賀さんや凪先輩についてもこのような「個別具体的な事情」においては、帆高に陽菜を取り戻させる以外の行為を期待できないのではないか。しかも、帆高が「逃げた」先は廃ビルの屋上、つまり、結果的には「逃走」にはなっておらず、現に帆高は陽菜さんと一緒に捕まっている。
このような状況を踏まえれば、第4逃走についても期待可能性を否定し、責任阻却の可能性もあるのではないか。
まとめ
「犯罪がたくさん!」という「第一印象」に踊らされず、個別の具体的事情を構成要件・違法性・責任の各段階に沿って判断してみると、少なくとも逃走罪については、かなり不成立の議論が有力なものが多い。
法律学徒たる以上、最終手段たる刑法の発動要件については、慎重に検討することが重要である。
付記:映画は他も色々見ているのですが、前にブログで話題にした映画が「ラブライブ!サンシャイン!!The School Idol Movie Over the Rainbow」だったので、もう少し増やしたいところですね。
付言2:尊敬するイシダP先輩(@twit_chu) *19のコメントを踏まえ、第一逃走周りを少し修正しております。ありがとうございました。
付記3:某ブログサービスのAIの示す関連記事はちょっとアレなので、個人的に関連すると思うのは、「コクリコ坂の時代背景を教えてくれる「蛇足」審判〜「判例史学」という新たな地平」です。アニメ映画を楽しんでいたら、もっと楽しい原資料を発見した感があるブログ記事です。
付記4:前作に引き続き*20企業法務戦士先生にご引用頂きました。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
前作に引き、完全な同意見というよりは、異なる立場からの非常に参考になるご意見という感じで、視野が広がります。ありがとうございます! (なお、私は普通に天気の子の映画を複数回観てる派です。)
*1:とりあえず、PS2版天気の子を俺たちは遊んだことが有る気がしてならないんだ。 - セラミックロケッツ! を面白いと思える人でないとドン引き確定かと。
*2:とりあえず、第2逃走の赤いヘルメットの帆高が線路を走る様子は、赤髪のローラが走るドイツ映画「Lola rennt(ラン・ローラ・ラン)」を思い起こすなぁ、と思いながら観ていました。
*4:水没してますが(笑)
*5:なお、帆高が風俗に売られそうな陽菜さんの手を引いて逃げるのも逃走罪とは関係がない。威力業務妨害かは議論があるが、刑法上保護されるのが相当ではない程度の違法な業務は保護されない説に立つ(条解3版695頁)と、15歳の少女を風俗に沈めようとする女衒野郎の行為は刑法上保護されるのが相当ではない程度の違法性があると解する。なお、この金髪スカウトが追いかけられて逃げるのも、明らかに逃走罪の問題ではないですよね。
*6:いや、男装美少女と女装美少年の着替えシーンとか、いくらなんでも美味しすぎるでしょう。アヤネ(記帳シーンを見ると「佐倉彩音」)ちゃんの、「元カノ」なのにとブツクサいいながら健気に協力するところや、「あっち向いて」と、少し恥ずかしげなところはまさにこの映画のハイライトであり、このシーンだけで映画入場券代の元を取った気分ですし、このシーンだけを何度も見返すため、BDを買いたくなります
*8:なお、後述9も参照
*9:まあ、そんなのは「迷信犯」じゃないか、というのは、未遂か不能かで問題となが、今回は「既遂」の事案。「空と繋がった」「100%の晴れ女」なら、具体的に何が起こるかはともかく、逃走援助罪における「暴行又は脅迫」程度の結果(「逃走を実現するために必要な範囲の何らかの気象上の物理力」)を惹起することは最初から想定されていたのであり、実行行為性も故意も問題ないだろう。
*10:なお、「拘禁場等の損壊が別に規定されていることから、対物暴行は含まない」とする条解3版306頁も参照
*11:なお、単純逃走ではなく加重逃走を検討するメリットは「勾引状の執行を受けた者」が入るところであるが、仮に逮捕状の執行を受けた場合(東京高判昭和33年7月19日高刑集11巻6号347頁)が含まれるとしても、本件では上記のとおり逮捕状の執行は受けていない。
*12:なお、その後の夏美がバイクに載せる部分は、逃走援助罪にも見えるが、いわゆる不可罰的な事後共犯であろう。
*13:旧刑法144条につき大判明28・10・28刑録1集3巻176頁、大判明28・11月4日刑録1輯4巻34頁
*15:800年前、というお寺の天井画や、その前からの「天気の巫女」の歴史と比べれば短い歴史であるが
*16:米山哲夫「 単純逃走罪の当罰性・可罰性」早稲田法学会誌36巻216頁
*18:同上239頁
*19:私の憲法に対するイメージがネコミミメイドなのは多分先輩のお陰
*20:ブログ開設から14年を迎えて~「法務職域論」に関する若干の考察 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~ 参照