アホヲタ元法学部生の日常

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「ハセビアン」のススメ〜長谷部恭男教授を知るためのブックガイド

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)


1.はじめに
 今、長谷部恭男教授がアツい。長谷部恭男教授は一言で言えば「時の人」になっている。


 長谷部教授は、ある方が憲法学者をジャニーズで例えるとキムタクに相当する」と評されていたが、憲法学の大巨頭である芦部信喜教授がお亡くなりになられた後、「日本の憲法学を牽引する第一人者」と言っても何も過言はないだろう。特に立憲主義にお詳しい。まさに憲法調査会立憲主義の審議をする際の参考人にふさわしいお方である。


 この出来事で、長谷部教授に興味を持った方もいらっしゃるだろう。ただ、長谷部教授がどういう人か、その全体像を知ることは簡単ではない。某政権党から見れば、この間の特定秘密で政権に有利なことを言ったから、今回も有利なことを言ってくれると思ったら真逆のことを言われて「御用学者に手を噛まれた」といった感覚であってもおかしくないだろう*1。また、長谷部教授は、左翼運動として安保関連法案反対を主張する憲法学者(特にそれが「人として善い生き方」だから軍備を全廃すべきという学者)について、「多元的な価値観が相剋するこの社会において、そうした特定の『善い生き方』をすべての国民に強いることは、日本国憲法の拠って立つ立憲主義と両立し難い」*2と、立憲主義に反するとしてバッサリ切り捨てる。その意味で、長谷部教授のことを一口に理解することは難しい


 長谷部教授とはどのような方なのか、長谷部ファン、通称「ハセビアン」の一人としてブックガイドを作ることで、皆様に長谷部教授を少し理解するお役に立ちたい。なお、裏の趣旨として、皆様をハセビアンへの道へ引き込みたいというものがないではないが、実際に引き込まれるかどうかは、皆様次第であろう。


 ここで「ハセビアン」について、私は純粋主観説を採用している。つまり、ハセビアンとは、自分が長谷部教授のファンであると思う全ての人のことをいうのであり、長谷部教授の授業を受けたことがあるとか、長谷部教授のサインをもらったことがあるといった客観的な基準への該当を必要としない。(つまり、どこかの政治屋みたいに私は長谷部教授の直弟子ですよ。 あなたの憲法論はどなたの受け売り?なんてことは言わず、長谷部教授のファン同士仲良くしましょうという趣旨です。)


2.長谷部教授入門にベストの一冊
 長谷部教授の考え方、特に今話題となっている立憲主義と平和主義の関係に関する見解に簡単に触れる入門書としては、長谷部恭男『憲法と平和を問い直す』がベストであろう。

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

 同書は約10年前に書かれたものであるが、
憲法はそもそも何のためにあるのか
・お互いに価値観が違う人達が社会で共存できるようにするにはどうすればいいのか
憲法によって平和を守ることができるのか

 といった憲法と平和を理解する上で最も根本的な疑問について、平易に答えている。そしてこの問題が根源的な問題である以上、10年前のものであるにもかかわらず、古さを感じさせない*3


 ここで「平易」とあるが、、長谷部教授の作品なので、平易さと「深さ」が両立する。すなわち、一部の論者は、憲法に戦争をしないと明記すれば、それだけで平和がやってきます(キリッ!)といった非常に単純(ある意味ナイーブ)な議論をしているが、本書はそういう浅い議論ではなく、本質まで深堀した議論になるので、その意味では新書ながら、さっと読むのではなく、じっくりと向き合うにふさわしい本である。


追記:重版されました!



3.芦部憲法を読もう!
 その後は自由に読んで頂いてもちろん構わないのだが、1点申し上げたいのは、


芦部憲法論(芦部信喜教授の憲法学)を知らないと、長谷部憲法の新しさや面白さが分かりにくい


 ということである。こういう例えが正しいか分からないが、元ネタを知らない人は、オマージュの面白さが分かりにくいだろう。長谷部教授の研究や学説の底流には、当時の大通説であった芦部憲法学への挑戦・批判というものがある。だから、長谷部憲法の新しさを知る上では、芦部憲法学が何を打ち立てていたのかを知ることが望ましい。


 そこで、芦部憲法学を理解するのが良いだろう。流石に『憲法学』まで読むのは大変であろうが、元々放送大学のテキストとして、シンプルにまとまっている*4芦部信喜憲法』を読むのがいいだろう。


憲法 第六版

憲法 第六版


芦部教授の死後、高橋和之教授が、**5等の記号を付した上で、最新の判例や法改正をフォローする補訂をされている。もし、長谷部憲法の面白さを知るというだけならば、芦部先生の書かれた本文だけを読めば十分である。ただ、芦部教授は1999年にお亡くなりになられ、それから15年以上が経過しているため、憲法を勉強するための教材として読むのであれば、高橋補訂部分は役に立つだろう。


4.その後のオススメ本
 その後は基本的には皆様の好きな様に読んで頂きたいが、いくつかのオススメ本をご紹介したい。


 まずは、芦部憲法のアンチテーゼとして書かれたユニークな基本書である長谷部恭男『憲法』であろう。

憲法 (新法学ライブラリ)

憲法 (新法学ライブラリ)

 憲法の通説的ではない新たな読み解きかたに、一気にファンになった法学部生も多かったのではないかと想像される。2014年12月刊行なので、集団的自衛権についても、

 安倍内閣は2014年7月1日の閣議決定で、集団的自衛権の行使も限定的には容認されるとし、(略)憲法解釈を変更した。
 この解釈変更に対しては、憲法9条の規範的意義をほとんど無に帰するものである上、集団的自衛権を行使するためには憲法自体の改正が必要であるとしてきた政府の見解と矛盾し、さらに、従来の個別的自衛権行使の要件と異なり、実力行使に対する明確な歯止めを提供するものではないこと等につき、強い批判がある
長谷部恭男『憲法』(第6版)61頁


と言及されている。憲法調査会に長谷部教授を推薦された方、推薦する以上は当然ここを読んでいらっしゃいますよね??


 次に、学部生向けの雑誌である法学教室」の連載をまとめた、長谷部恭男『Interactive憲法』『続Interactive憲法』は、B准教授らの対話形式で、長谷部憲法の本質をえぐり出す良書である。


Interactive憲法 (法学教室Library)

Interactive憲法 (法学教室Library)

続・Interactive憲法 (法学教室ライブラリィ)

続・Interactive憲法 (法学教室ライブラリィ)


 長谷部教授らしいウィットとユーモアと皮肉に富んでおり、タイトルも「憲法学者はなぜ著作権を勉強する必要がないか?」のような刺激的なものから、「おいしい中華粥の作り方について」という「わけがわからないよ」というものまで色々ある。


 エッセーから軽目の論文までという類型の書きものをまとめた本は数多いが、一冊挙げるとしたら、長谷部恭男『憲法学のフロンティア』が良いのではないか。


憲法学のフロンティア (岩波人文書セレクション)

憲法学のフロンティア (岩波人文書セレクション)


 長谷部教授の研究のそこかしこに出て来る、法哲学なもの*6のエッセンスをまとめたものとして、長谷部恭男『法とは何か---法思想史入門』を読んでおくと、長谷部憲法論の理解に資するだろう。


法とは何か---法思想史入門 (河出ブックス)

法とは何か---法思想史入門 (河出ブックス)


 そして、重厚な「これぞ学術論文」というものを一つ挙げるなら、やはり長谷部恭男『比較不能な価値の迷宮』になるだろう。


比較不能な価値の迷路―リベラル・デモクラシーの憲法理論

比較不能な価値の迷路―リベラル・デモクラシーの憲法理論


 重厚な学術論文である以上、新書である『憲法と平和を問い直す』と比べれば読むのに労力も時間もかかるものの、これを読んで、面白かったと言う人はすでに立派なハセビアンと言える。


 後は、本記事のようなブックガイドに頼るのではなく、自力で遥かなる長谷部憲法論の世界へと漕ぎ出して行って下さい!

まとめ
 (自称)ハセビアンとしては、長谷部教授が脚光を浴びることは、嬉しくもあるが、同時に長谷部教授についてよく理解されていない方からのコメントを読んで頭を抱えることもある。
 私ができることは、長谷部教授について知るための分かり易いブックガイドを作ること位しかないだろうということで、上記のような簡単なものを作ってみた。
 なお、いわゆる「ハセビアンTL」になった際に、 #ハセビアンですが何か タグで色々と呟かれていたハセビアンの皆様には大変勇気づけられた。ここに感謝の意を表したい。

*1:後記:F氏の発言からはこの予想が本当だったことが強く伺われる。

*2:長谷部恭男『憲法』(第6版)68〜69頁

*3:感じさせるとすれば当時の政治情勢に言及した「あとがき」だろうか。

*4:分かり易いと言う意味ではない

*5:デレマスのユニット名ではない。

*6:長谷部教授は、名著、HLAハート「法の概念」の訳者でもある。

法の概念 第3版 (ちくま学芸文庫)

法の概念 第3版 (ちくま学芸文庫)