アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

秘密保持義務に関する例外条項のドラフティングの困難性

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで


 本ブログは、あまり知られていないが、実は企業法務ブログであるので、企業法務の日常において悩んでいることを綴ってみたい。


 企業法務において日常的にチェックする契約に、秘密保持契約がある。


 秘密保持契約(条項)というのは、NDAやCAと略称されるが、当事者が開示された秘密を厳守し、当該契約の目的の為にのみこれを用いるといったことを約する契約(ないしは契約書における特定の条項)である。

事例1 XとYは、共同開発を行うこととし、そのために、XはYと秘密保持契約を結び、YからYが秘密として管理する甲ノウハウの開示を受けた。


このような場合、甲ノウハウは秘密であり、これを保護するため、秘密保持契約が締結される。


ここで、秘密保持契約における秘密の定義については、以下のような例外規定を設けるのが通常である。

ただし、以下のいずれかに該当する情報は、秘密情報には含まれないものとする。
(1)開示された時点において、受領当事者がすでに了知していた情報
(2)開示された時点において、すでに公知であった情報
(3)開示された後に受領当事者の責に帰すべき事由によらずに公知となった情報
(4)開示当事者に対して秘密保持義務を負わない正当な権限を有する第三者から、受領当事者が秘密保持義務を負うことなく適法に取得した情報

森本大介ほか『秘密保持契約の実務』29頁
*1


このような内容が、秘密保持義務の例外事由として比較的頻繁に見られる。


ただ、実務で疑問が生じるのは、「?開示当事者に対して秘密保持義務を負わない正当な権限を有する第三者から、受領当事者が秘密保持義務を負うことなく適法に取得した情報」である。

事例2 ZはYと独立に甲ノウハウを開発していたところ、XはZとも共同開発を行うこととし、そのために、XはZと秘密保持契約を結び、YからZが秘密として管理する甲ノウハウの開示を受けた。

この場合、Zは、甲ノウハウを独自に開発したのであって、Zは甲ノウハウに対する完全な権限を有している。


そしてZとXの間の関係では、甲ノウハウは「受領当事者(X)が既に了知していた情報」である。


そこで、Xは甲ノウハウについてZとの間の秘密保持契約上の秘密保持義務を負わないということになりそうである。



そうすると、Yとの関係で甲ノウハウが「(4)開示当事者に対して秘密保持義務を負わない正当な権限を有する第三者(Y)から、受領当事者が秘密保持義務を負うことなく適法に取得した情報」になってしまいそうである。このように解されれば、Xは甲ノウハウを、Yとの関係でもZとの関係でも自由に利用できることになりかねない。



しかし、その結論はいかがなものだろうか。

開示当事者に対して秘密保持義務を負わない第三者から秘密保持義務を課されずにその情報を受領した以上は、その情報はもはや要保護性が低く、開示・使用を制限されるべきではない


(中略)


受領当事者が第三者との間で秘密保持義務を負うことなく取得した情報に限られる。受領当事者が、開示当事者と第三者の双方との間で秘密保持義務を負っている情報は、三者間で依然として秘密として取扱われている情報であり、依然として要保護性が高いからである。
森本大介ほか『秘密保持契約の実務』33頁

といった議論を参考にすると、事例2の場合でもやはり甲ノウハウの要保護性は高く、甲ノウハウは秘密とされなければならないだろう。


すると、(これを実際のドラフトに使うかはともかく)Yの合理的意図を文言に無理矢理落とし込むと「(4)開示当事者に対して秘密保持義務を負わない正当な権限を有する第三者から、受領当事者が秘密保持義務を負わず適法に取得した情報(既了知の例外により秘密保持義務を負わない場合を除く)」という趣旨であると理解される。


 (逆にわかりにくいといった批判もあるだろうが、)それはそれで、Yの合理的意図は達成できるかもしれないのだが、逆にこのような合意の内容は、XがZと行う共同開発に支障をきたす可能性を含むように思われる。すなわち、秘密保持契約においては、単に第三者に開示しないという条項だけではなく、当該契約の目的のためにのみ利用するという条項が通常入っている。


事例3 事例2の背景は、Xは薬の材料となる化学物質乙及び丙を製造していたが、乙や丙は従来の剤型ではなく新しい剤型にして投与する方が効果が高まり、市場価値が高まる。ところが、乙や丙を新しい剤型にするためには特殊なノウハウが必要であり、それが甲ノウハウであった。Yは丁という化学物質について、Zは戊という化学物質についてそれぞれ甲ノウハウを使って新しい剤型の薬品を作っていたところ、YはXの有する乙、ZはXの有する丙という化学物質に着目し、自社の持つ甲ノウハウを利用して新剤型の薬品を製造することで相乗効果があると考え、それぞれ独立してXに対してアプローチをして共同開発に合意したものであった。

このような場合に、Yが先にXとアプローチし、甲ノウハウを開示してしまい、かつ、上記のとおり、Zとの契約に基づく甲ノウハウの開示後も、XY間の秘密保持契約の義務が甲ノウハウについて及ぶとすると、Zからの甲ノウハウの開示後もXは、なおYとの共同開発のためにのみ利用しなければならないことになりかねない。その意味では、過度に厳しいという面もあるように思われる。


だからといって、全く秘密保持義務の対象にもならないというのも言い過ぎであり、そうすると、Yとの関係でもZとの関係でもそれぞれの契約の目的のためには甲ノウハウを利用してよいという契約内容とするべきであるように思われる。



この点は、例外規定ではなく「目的外使用の禁止」の解釈にもよってくるように思われる。

(目的外使用の禁止)
受領当事者は、開示当事者から開示された秘密情報を、本目的以外のために使用してはならないものとする
森本大介ほか『秘密保持契約の実務』44頁

これは一般的な規定だが、この「開示当事者から開示された秘密情報を、本目的以外のために使用してはならない」というのを「Xから開示された甲ノウハウはXとの共同開発以外のために使用してはいけないのであって、Zから開示された甲ノウハウはZとの共同開発に利用してもよい」と解することができれば上記の問題はなくなると思われる。しかし、ここまで詰めた議論はあまりされていないように思われる。


企業法務の先輩の皆様はどのようにお考えでしょうか?

まとめ
秘密保持義務に関する例外条項のドラフティングはなかなか難しく日々苦労している。
森本大介ほか『秘密保持契約の実務』を購入した際には、このような実務上苦慮する点(上記の過剰包摂・過少包摂の問題をどうするのか、文言で対処しているのか、それとも、契約以外の方法で対応しているのか等)についての著者なりの回答が存在するのかと思って期待していたが、その点についての言及はみつけられなかったのは残念であった。

*1:なお、独自開発の例外については、同書34頁参照