アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

非法務系の聴衆に対する研修はどうすればいいのか〜『Web業界受注契約の教科書』の例を通じて

Web業界 受注契約の教科書 Textbook for Business Contracts in the Web Industry

Web業界 受注契約の教科書 Textbook for Business Contracts in the Web Industry

1.はじめに

 当方は3年くらい前のある時期、
IT企業法務部員の仕事〜おおまかなスケッチ - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

速習!企業法務入門 1.総論〜新人法務部員のために - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

等の企業法務系の記事を書いていたが、最近はあまりそれ系の記事を書く事ができていない。これはあくまでも、私の怠慢が原因であり、お恥ずかしい限りである。


ところで、最近、私が尊敬する

元企業法務マンサバイバル : ビジネス法務の話題を効率良くインプットしたい方にお勧めなtwitterアカウント20選
様に突如として

企業法務の専門家はここまでやるのだ、をtweetの端々から感じさせるプロ中のプロ。


 との過分も過分な超お恥ずかしい位のご紹介を頂いた。その結果、当方のツイッターアカウント(@ahowota)の従前のフォロワー様の数の1割近くに匹敵する数のフォロワー様に新規にフォローして頂いた。まさに「マンサバ砲」である。心から感謝すると共に、これは、「企業法務についてつぶやいたり、ブログ記事を書け」という叱咤激励と受け止めたい。




 さて、じゃあ、法務系の話題を取り上げるとして、具体的にブログに何を書こうかなぁと思ったが、最近、IT企業の法務パーソンで、営業向け契約研修講師を勤めないといけない人にとってのいい資料を発見した。


 営業向け研修ではケーススタディを使うことで、注意を引くというのが望ましいが、1から作るのも大変だし、直近の実例を使うと、当事者で研修に出ている人に恨まれかねない。じゃあ、それが分からないようにパッチワーク的に複数の事例をつぎはぎして。。。とかやると、アドオン開発が膨らみすぎたパッケージ開発のように、かえってスクラッチ開発をした方が楽だったりする。ここで、高本徹他著『Web業界受注契約の教科書』の前半は、一応、Web制作会社を念頭に置いているが、IT系で頻出の「あるある」状況が具体的にシチュエーションとして描かれており、営業向け研修の「ケーススタディ」にぴったりである。




2.非法務系の聴衆に対する研修はどうすればいいのか?

  さて、不肖私は、最近講師系を申し付けられることが増えているが、その相手は、一定程度法律の素養がある方の場合もあるが、法律の素養がない方の場合も少なくない。若手法務パーソンだと営業向け契約研修とかが典型であるし、もう少し上の世代(or弁護士)だと役員向け研修が典型だろう。

 この場合に感じるのは、「法学入門的な話をし出したら、伝えたいところに入る前に持ち時間が終わる」ということである。

 しかし、「だからといって、伝えたい内容について法律論だけ語ると寝る」ということも同時に感じるところである。



じゃあ、どうすればいいのか?



 色々な経験を経て、最近感じているのは、「伝えたい内容を受け手のいつも使っている言葉に『翻訳』して、かつシチュエーションを想定できるように具体的に具体的に話す」しかないなぁということである。



結局、ITの営業研修だと

・(本当は契約書を交わしてからなのだが、)発注書ももらわずに実作業を始めるな!
・契約外の作業をするなら、(本当は費用負担・納期変更の覚書を結んでほしいのだが)最低限「別途費用が発生しますので、ご精算願いします。納期にも影響します。」と書面で連絡!
・「あれ、納期大丈夫かな?」でも「あれ、これって有償だよね?」でも何でも、ちょっとでも不安に感じたら法務に相談せよ!


 とかを伝えるのが大事で、そういう「大事な事」を「法律法律していない」言葉を使うことで、理解して頂くということに尽きるのかなぁと思う。



3.具体例
 そんなことをいうと、当然「具体的にどうするのだ、例を示せ」となるだろう。

そこで、私がもしも、営業向けの研修を命じられ、同書44頁以下の事案を題材に、説明をすることになったらどうするかを具体的に説明してみたい。これは、あくまでも1例であり「模範解答」ではなく、「一人の企業法務業界の片隅でひっそりと生きる無能な若手」が一つの案として示すものに過ぎないとご理解頂きたい。




  それでは、はじまり、始まり〜。


企業AのWebサイトリニューアルがあり、企業Aは現在サイトのメンテナンスを任せている制作会社Bには内密にして、他の制作会社Cとのリニューアルの話を進めていました。
大方のリニューアル方針が決定したところで、システム部分も次の制作会社に引き継がせようと、企業Aは制作会社Bに対して、「仕様書などをすべて制作会社Cへ送っていただき、必要事項も制作会社Cに引き継いでほしい」と連絡しました。
何も知らされていなかった制作会社Bは急な事に驚き、事情を聞く為に企業Aへ連絡しました。
 すると企業Aは、
「Bには提案力がなかった」
「メンテナンスだけでなく、次の企画をどんどん一緒にやって欲しかった」
ということを理由に挙げて、サポートが良く、提案力もある制作会社Cに変更する旨を制作会社Bに伝えました。
高本徹他著『Web業界受注契約の教科書』44〜45頁より

 このケースでは、お客様がA、Bが当社、Cが憎っき競合になります。


 お客様の更新時期に、積極的な攻勢をかけてくる競合に負けて、競合への引き継ぎ協力をせとと通告されるというのは、営業的に絶対あってはいけないことですが、実際にはない訳ではない話であり、リスクとしてどうすればいいのか検討すべきです。もちろん、ビジネス的には、提案が契約内容でなくとも、日頃から最新情報等を提供する形を取って相手のニーズを引き出し、更新時期を見越して事前にニーズに応じた営業を掛けるといった対応が考えられる訳ですが、今日は「契約書研修」ということですので、契約的にどうすればいいのかについてお話したいと思います


 お客様は神様ですが、トラブルになって法律が問題となるときは、具体的な会社名等をイメージすると、どうしても「そんなことを言ってもどうせ無理だろうな」とか消極的な考えになってしまって、権利があるのに十分に主張できなくなったりします。ここは一度、冷静になって、抽象化してしまい、「乙」というただの契約書上の当事者に過ぎないと思って下さい。ビジネスのことは、法的な判断をした後で考えればいいのです。この事例では、お客様との間の契約内容が不明なのですが、まず、考えるべきことは「道義的義務はともかく、法的に、お客様の仕様書等の資料の全てを引き渡す義務があるのか」でしょう。


 プロジェクトの詳細はよくわかりませんが、要するにWebサイトを提供することを目的とする請負契約を締結し、その契約に基づいて(お客様に資料を頂いたり、要件をご確認頂きながらも)自社で(詳細)仕様書を作成し、プログラミング、テストをしてリリースをした案件と想像されます。その場合、契約書に別の趣旨の記載がない限り、仕様書、ソースコード、プログラムは当社の知的財産です。お客様からは、「金を払っているだろ」と言われるかもしれませんが、あくまでも、「Webサイトを提供する対価」を頂いているだけで、例えば、詳細仕様やソースコードには、当社が他社のWebサイトでも使いたい当社独自のモジュール等の著作権や、ノウハウ等が入っている可能性も高い訳です。そうすると、そういう当社の知的財産を譲り渡すというお約束もしていないし、それに対する追加対価も頂いていないのですから、それをお渡しできないというのは当然のことです。また、このお客様は、当社のプログラムを修正して使い続けたいというご趣旨のようですが、当社には著作権に基づきプログラムを無断で改変されない権利があります*1。もちろん、ライセンス料を追加でお支払い頂けるなら別ですが、お支払い頂けないならば、お客様及び競合のやろうとしていることは著作権侵害の違法行為です。もしも、当社が引き継ぎに協力してしまえば、後で著作権違反を追及しようとする場合に、「承諾していた」「黙認していた」とか言われて、競合側に付け入る隙を与えるだけです。判例上も、ソースコードに関してですが、合意がない場合、ユーザーは、当然にはベンダーに対しソースコードの開示を求めることができないとされています*2



 さて、具体的にどうするかなのですが、常にこういう「法的位置づけ」を前提にビジネス的な判断をして頂きたいと思います。実際には、法務部と一緒に、どうしていくか、相談して行くということになりますが、例えばこうなりますよということで、場合分けをしてご説明しましょう。



 もしも、他のビジネスもやっているとか、今他の部門が他の取引に向けて攻勢をかけているという場合、どうするかですね。その場合には、本当はそういう義務はないことを十分にお客様にご理解頂いた上で、「パッケージ」で合意する感じでしょうか。要するに、他のビジネスで何か「実入り」を頂けるなら引き継ぎに協力するというバーター合意を目指すということです。



 これに対し、他のビジネスはない、これだけですという場合、このままだと切られるだけな訳ですから、遠慮は要らないと思います。

「もちろん、契約終了後にどの会社とお取引されるかは御社にご選択権があります。しかし、それはあくまでも、『新規にWebサイトを作成するコストを負担される』ことが前提であり、弊社の知的財産を流用して他社に引き継がせたいとおっしゃるのであれば、知財のライセンス料金として相応の対価を頂くことになります。ざっと計算するとこれくらいでしょうか。ところで、弊社のこれまでの対応についてご不満があるということで、これに対しましては弊社も反省しておりまして、今後は必ずや御社の期待に応えられるよう、全力を注ぐ予定です。弊社であれば、これまでのWebサイトを修正する費用だけで、貴社のお望みのサイトを構築できるのですが、本来であればこの位なところ、今回特別にこのくらいまで誠意お値引き致します。何卒再考をお願い致します。」


とでも言ってみてはどうでしょうか。



なお、このケースに関連して、皆様の日常的な業務において気をつけていただきたいことは、以下の3点です。

・競合が既にいるところに入る場合には、契約上簡単に切られないようになっている可能性に留意。特に、お客様の「従前のものを改良する前提で見積もって下さい」には慎重に。
・お客様のドラフトに知財の譲渡/ライセンスや終了時の成果物引き渡しに関する条項がある場合には「絶対に」営業限りでサインせず、法務の確認を経る事。
・ふわっと「Webサイト公開及びアフターサポート」とかが業務範囲として書いていると、「サポートにはこれも入るはず」といったクレームを招く可能性もあるので、業務範囲は明確に、制限的に書く

そして、こういうトラブルになったら、イエスともノーとも言う前に、必ず法務に連絡してください!! 親身になって、対応を一緒に考えます!



ざっと、こんな感じであるが、いかがだろうか。


まとめ
高本徹他著『Web業界受注契約の教科書』は、百戦錬磨のウェブディレクター、高本徹先生が、IT業界で「あるある」な事例をふんだんに盛り込んで説明している前半が素晴らしい。

これを研修用のケーススタディとして使えば、ケースを探す/作る手間が省ける上、ケースに対する解説を自分の経験と判例・文献の調査を通じて考えることで、自分自身の勉強になり、まさに一石二鳥であろう。営業向け契約研修講師を勤めないといけない企業法務パーソンに大変オススメである。

 

*1:著作権法47条の3とかは、営業向けなのでカット。ただ、プログラムを渡せといわれる事案であれば、複製物をお客様が所有していない事案だろう。なお、いわゆる業務用システムと同条だと、植松宏嘉『コンピュータプログラム著作権Q&A』115〜116頁でどこまで戦えるかでしょうかね。

*2: 東京地判平成21年2月25日、大阪地判平成26年6月12日等。なお、このブログをお読みの読者の方は、私より遥かにレベルが高いので、東京地判平成22年9月16日はどうかというツッコミをされるかと存じますが、私は無能なので「レイシオデシデンダイではなく、同案件でも開示されていない」くらいしか言えません。