アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

コードギアスの刑法的考察〜虐殺を命じたルルーシュの罪責?

1.日本人虐殺事件
「日本人を名乗る皆さん!」


理想郷を目指す行政特区「日本」で、民衆に呼びかける美しき皇女。その時、皇女の口から、信じられない言葉が漏れる。


「お願いがあります。死んでいただけないでしょうか?」


集まった群衆は、突然の事態に何をすることもできないまま虐殺されていく。


ここで、「日本」*1法を適用すれば、皇女ユーフェミアは無罪である。それは、ユーフェミアはマインドコントロールを受けており、「責任」がないからである*2


ユーフェミアに対してギアスの力を使ってマインドコントロールをかけたのは、ルルーシュである。ルルーシュはどのような刑事責任を負うのだろうか*3


2.間接正犯
 ここで、ルルーシュの行為は、

ルルーシューギアス→ユーフェミアー虐殺→日本人


と図解できるが、これと同じ様な状況が、刑法学でも論じられている。これが、間接正犯である。


例えば、AがCを殺そうとして、毒入りの饅頭を運送業者Bに送らせ、Cがこれを食べて死亡したとする。その場合、Aは自らがCを殺したのと同じであり、自ら殺人罪を犯した者(殺人罪の正犯)として責任を負う。これが、間接正犯の理論である。

A―送らせる→B―配送→C


ここでいうAとBの関係は、ルルーシュユーフェミアと同じである。そこで、ルルーシュは、間接正犯として日本人虐殺事件について、殺人罪の責任を負うようにも思える。


3.ギアスの暴走?
 ところが、ルルーシュユーフェミアにギアスをかけたのは、ギアスの暴走によるものだった。
 ルルーシュは、ギアスを使って命令すればどんな命令でもいうことを聞かせられるという例を出す意味で「日本人を殺せ」という命令の例を出したところ、その瞬間ルルーシュのギアスが暴走していたのである。


 つまり、ルルーシュは、日本人を殺そうと思っていたのではなく、ギアスが「暴走」したことにより、結果的にユーフェミアに虐殺を命じてしまったに過ぎないのである。


殺人罪の責任を負わせるためには、客観的に人を殺しているだけでは足りない。ルルーシュが故意、つまり、わざと殺した場合でなければならない。刑法学では、死亡の結果を認識して認容しなければならないという。


ルルーシュは、日本人の死亡の結果を認識して認容している訳ではないので、故意がないとして殺人罪の成立は、否定される。


4.過失致死?
 じゃあ、ルルーシュは、無罪なのだろうか?


 例えば、自転車事故で相手を殺してしまう場合*4、これは過失、つまり、誤って殺す場合である。この場合は、無罪ではなく過失致死の責任を負う*5。注意義務があるのにその注意義務に違反するのが過失であり、例えば、信号無視をして自転車を走らせて歩行者とぶつかる場合等は、注意義務違反の過失があるといえる。


 ルルーシュは、CCがルルーシュの前にギアスを与えた相手であるマオがギアスを使い過ぎて、周りにいる人の心の声が聞きたくなくともどんどん聞こえてしまうという状況になった事態を知っていた。また、ルルーシュ自身も式根島において左目に圧迫感を覚え、意思と無関係にギアスの文様が浮かんだ経験がある。つまり、自分自身もまたマオと同様にギアスのコントロールができなくなっていることに気づく機会があったのだ。しかも、ルルーシュは、ユーフェミアとの会話中に何度も左目に異常な圧迫感を覚えていた。



そう考えると、ルルーシュは、ギアスが暴走し、安易に発した命令を相手に強制する可能性があることを予見し、そのような事態が発生しないよう、安易な命令をしない注意義務があったといえるだろう。信号のたとえでいえば、「赤信号」とまではいわなくても「黄色信号」くらいはあったはずであり、少なくとも注意すべきであって、「青信号」の場合のような行動をとるべきではなかった。それにもかかわらず、安易に殺人を命じ、その結果虐殺を引き起こしてしまった。


 そこで、ルルーシュは過失致死罪の責任を負う。

まとめ
ルルーシュの行為については、殺人罪は成立しない。しかし、ルルーシュは、過失致死罪の責任を負う。
力を持つこと、それ自体はすばらしいことのように見える。しかし、それをコントロールできない場合には、そもそも力を持っていない場合よりも不幸な結果を招く可能性がある。
ギアスでも、それ以外でも、大きな力を持った者は、(主人公補正に頼るのではなく)それをコントロールできなければならないし、できないなら最初から力を持つべきではない。
コードギアスの日本人虐殺事件は、このことを教えてくれる。

*1:違う意味の「日本」である

*2:なお、行為論における立場によっては、意思に基づかない行為だからそもそも「行為」すら存在しないという理由付けもあり得るだろう

*3:コードギアス・反逆のルルーシュStage -4- ZERO」110頁以下

*4:自「動」車の場合には特別法が適用されます。

*5:本稿では、重過失や業務上過失の問題には立ち入らない。

一騎当千の刑法的考察〜闘士達は、みな少年院送り?

一騎当千 (1) (Gum comics)

一騎当千 (1) (Gum comics)

1.一騎当千とは

勾玉に封じられた三国志の英雄達の魂が、2000年の年月を経て蘇った!

爆乳女子高生孫策伯符は、天下統一を目指して戦いの中へと身を投じる。

そんな物語が、「一騎当千」である。





一騎当千』では、大量の負傷者、死者が出ている。主人公の孫策も何度も大怪我をしている。これらの怪我を負わせた闘士達は、みな傷害罪・傷害致死罪・殺人罪になるのだろうか。



2.ダートトライアル事件と危険の引き受け



 ここで、注目すべきは、危険なモータスポーツである「ダートトライアル」についての裁判である。





ダートトライアルというのは、競技専用の非舗装路面をより速く走行することを競うタイムトライアル競技である。非舗装のデコボコ道を超高速で走る以上、事故が発生する危険は当然存在する。





ダートトライアルにおいて事故が起こり、ナビゲーターとして同乗した被害者が死亡したという事件について、裁判所は、運転手に無罪を言い渡した(千葉地判平成7年12月13日判時1565号144頁)。



この場合、被害者は、死ぬことに同意していた訳ではないので、被害者の同意があったから無罪という単純なロジックではない*1





しかし、千葉地裁は、以下のように述べている。




同乗者の側で、ダートトライアル走行の前記危険性についての知識を有しており、技術の向上を目指す運転者が自己の技術の限界に近い、あるいはこれをある程度上回る運転を試みて、暴走、転倒等の一定の危険を冒すことを予見していることもある。また、そのような同乗者には、運転者への助言を通じて一定限度でその危険を制御する機会もある。
 したがって、このような認識、予見等の事情の下で同乗していた者については、運転者が右予見の範囲内にある運転方法をとることを容認した上で(技術と隔絶した運転をしたり、走行上の基本的ルールに反すること−前車との間隔を開けずにスタートして追突、逆走して衝突等−は容認していない。)、それに伴う危険(ダートトライアル走行では死亡の危険も含む)を自己の危険として引き受けたとみることができ、右危険が現実化した事態については違法性の阻却を認める根拠がある。もっとも、そのような同乗者でも、死亡や重大な傷害についての意識は薄いかもしれないが、それはコースや車両に対する信頼から死亡等には至らないと期待しているにすぎず、直接的な原因となる転倒や衝突を予測しているのであれば、死亡等の結果発生の危険をも引き受けたものと認めうる。

千葉地判平成7年12月13日判時1565号144頁



この判決の言いたいことを想像して敷衍するに、世の中には、ボクシング等場合によっては死亡の危険もあり得るような危険なスポーツが存在するのであり、そのスポーツに参加する者は、みな、スポーツをする中で怪我をしたり死亡をする危険があることを理解した(危険を引き受けた)上で参加しているところ、そのスポーツ自体が社会的に認められている以上は、そのスポーツを行う過程で、怪我や死亡事故が発生しても、ルールに則って行動をする中で発生したものである限り、それは社会的に相当と認められるのであって、怪我や死亡事故を発生させた行為者(スポーツ参加者)の刑事責任を追及する必要はないということであろう。





そして、このダートトライアル事件の論理を「一騎当千」の事案に適用すると、被害者が「戦いに身を投じた」時点で、危険を「引き受けていた」と認める余地がある。



3.戦闘は社会的に認められているのか?
問題は、そもそも「戦闘」が「スポーツ」の一種として社会的に認められるかどうか、という問題であるだろう。

確かに、多くの「戦闘」の目的は、勾玉を奪って大闘士大会*2の参加資格を得るためであり、いわば「甲子園出場のための地区予選」のようなものと評する余地もある。そのうえ大闘士大会への出場を希望する闘士達は、お互いに参加資格を奪うために戦闘が生じ得ることを予想している。

また、一部の参加者(夏候惇元譲等)は、戦闘によって破壊された道路や壁を、パテとやすりで丁寧に修復することを「基本」としており(2巻76頁)、このような競技場(聖地)を大切にする心は、他のスポーツとも相通じるところがある。

更に、孫策の家を襲った際*3に、(結果的には、一般人ではなかったものの)「一般人には手を出すな」と指導があったり、太史慈史義と孫策周瑜 の戦いの際*4、揚州学園の生徒が幼女に危害が加わらないように、「公園内立ち入り禁止 座ってもダメ ご迷惑おかけします」という立て札を持って入り口を封鎖する等、闘士以外の安全にも配慮している。





そうすると、

被害者の側で、戦闘の危険性についての知識を有しており、大闘士大会への出場を目指す加害者が勾玉を奪おうと一定の危険な行為を行うことを予見していることもある。また、そのような被害者には、加害者への適時適切な反撃を通じて一定限度でその危険を制御する機会もある。

 したがって、このような認識、予見等の事情の下で同乗していた者については、加害者が右予見の範囲内にある行動をとることを容認した上で(勾玉のランクと隔絶した攻撃をしたり、戦闘の基本的ルールに反することー一般人に手を出すなどーは容認していない。)、それに伴う危険(戦闘では死亡の危険も含む)を自己の危険として引き受けたとみることができ、右危険が現実化した事態については違法性の阻却を認める根拠がある。もっとも、そのような被害者でも、死亡や重大な傷害についての意識は薄いかもしれないが、それは自己の防御力に対する信頼から死亡等には至らないと期待しているにすぎず、直接的な原因となる攻撃を予測しているのであれば、死亡等の結果発生の危険をも引き受けたものと認めうる。


というロジックが使える余地があるようにも思われる。





もっとも、戦闘とスポーツの間には、否定できない違いがある。夏候惇元譲以外はほとんど修復に向けた行為をしておらず、墓石の破壊、建物の破壊等の損害は甚大である。また、公園や河川敷等の封鎖に必要な許可を取っている形跡もない。大闘士大会はさておき「勅」に基づく誅殺は、少人数対大人数の戦いであり、これを「ルールにのっとった正当なもの」と言うことはできないだろう。だからこそ、警察に追われた場合、「俺達スポーツやってるんです、何か?」と正々堂々と胸を張ることができず、蜘蛛の子を散らすように霧散せざるをえないのである。

まとめ

闘士たちの戦いは、違法であり、警察につかまれば、全員少年院送りといわざるを得ない。

もっとも、最強を求める美しい戦いが、警察による検挙で終わるのはあまりにさびしすぎる。

例えば、ルールを明確化し、できれば武器については制限し、原則として1対1で戦うといった方向にもっていくことで、闘士の戦いを「社会上正当なもの」として、合法的なものにすることは可能である。

ぜひ、戦闘をスポーツマンシップに基づくものとするような「勅」を出して頂き、現代に蘇った三国志の闘士たちが、少年院送りの憂いなく、思う存分戦闘ができる環境を作ってもらいたい。

*1:山口厚「刑法」第2版84頁脚注22参照。なお、そもそも、承諾殺人罪があるように、生命は同意によっても処分できない。

*2:学校単位で天下一を決めるトーナメント、3巻138頁参照

*3:10巻82頁

*4:2巻111頁

お蔵出し第5弾! マリア様がみてるの刑法的考察2〜福沢祐巳誘拐事件で柏木優は有罪?



1.マリみてお蔵出し第2弾

お蔵出し第4弾! マリア様がみてるの刑法的考察1〜バレンタインデートのカードを抜き取った鵜沢美冬の罪は? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

バレンタインデートのカードを抜き取った鵜沢美冬の罪に引き続き、もう1つのマリみて史上の重要犯罪事件について検討したい。それが、福沢祐巳誘拐事件である。





推理小説同好会のメンバーは憤慨した。弱小同好会で、メンバーが少ないため、新たに部に昇格したアニメーション同好会に部室が奪われ、予算はなくなり、文化祭で割り当てられたスペースは、教室半分である。

「絶対、部に再昇格する!」

この目的を達成するため、推理小説同好会は生徒会に対してあることを持ちかける。

「文化祭期間中に推理小説同好会が生徒会のメンバーをギャフンといわせたら生徒会役員全員が入部する」

という賭けである。推理小説同好会は、同人誌に「生徒会長が誘拐される」という筋書きの小説を書き、生徒会長を誘拐することにした。

機会を狙っていると、何たる幸運か! 生徒会長の福沢祐麒がメンバーの前に現れた。すかさず、4人がかりでダンボール箱に押し込むと、推理小説同好会のアジトまで連行した。ところが、箱を開けてみると、中にいたのは、どちらもたぬき顔ではあるものの、祐麒ではなく、その姉、祐巳だったのである。*1





2.推理小説同好会の4人の罪責

この推理小説同好会の4人は略取・誘拐*2という重要な判例がある。 

これは、ある反社会的な団体の幹部が警護を担当する「スワット」と称するボディーガードを引き連れて上京したところ、警察がスワットの身体検査をし、5丁の拳銃を発見した。そこで、スワットを引き連れた「幹部」が拳銃所持の共同正犯になるかが問題となった。





共同正犯というのは、「犯罪を共同して行ったのであれば、すべての人の行為が一連の行為と見て、その責任を全員が負う」というものである。この事件において団体幹部は、自分では拳銃を持っていなかったが、「共同して」拳銃を持っていたとなれば、拳銃所持の責任を負うことになる。





この事件のポイントは、体幹部は、「拳銃をもってガードせよ」と指示したことは一度もなかったところである。指示もしていないし、自分が拳銃をもっていたわけでもない。それにもかかわらず、最高裁は、団体幹部を有罪とした。





最高裁は、組幹部はスワットの拳銃所持について、大雑把とはいえ「間違いなくもっている」と認識しており、スワット側も組幹部の意向を知っていた。このような状況の下、明示の指示はなくとも、暗黙のうちに「心を通じ合わせていた(意思の連絡があった)」として、「共同して犯罪を行った」としたのである。



ここで、この判決については、そういう反社会的団体のような、日頃から犯罪を繰り返している人たちの間の特殊な関係に鑑みて行われた特殊な認定に過ぎず、これを一般化してはいけないという評もされているところである。そこで、この判決の存在を前提に、慎重にその「射程」(どのような事案であれば、この判決と同様の議論をしてもいいのか)について検討すべきであろう。



まず、OBとして部活に深くかかわっていて同人誌は読んでいるはずの柏木にとって、「生徒会長誘拐」という計画自体は知っていたはずである。柏木にとって、同好会の部員が誘拐を計画しているだろうという大雑把な認識は持ちえたのではないか。つまり柏木優は、スワット事件判決を使える(射程内)であれば、今回の福沢祐巳誘拐事件において共謀正犯ではないかとも考えられるのである。

 ここで、福沢祐巳誘拐事件において特筆されるべきは、柏木優は過去に福沢祐麒を誘拐して小笠原家に連行する*3等、誘拐の常習犯であった。その点からは、誘拐の常習犯を頂点とする団体において行われた誘拐事案として、スワット事件と同様の判断をすることもあり得なくはない。

ただ、スワット事件で問題となった反社会団体は、「よい部下は上役に言われなくとも上役の意図を実現する」という「ツーカー」の関係があったと言えるだろう。だからこそ、部下と幹部の間に「暗黙のうちに心を通じ合わせていた」という関係であるという認定につながった。一般に花寺学園における部の組織規律統制は高そうだが、推理小説同好会の柏木と部下の関係が、反社会団体における程度までツーカーの関係にあったのか、というと少し微妙であろう。

その意味で、柏木が有罪になる可能性はあるものの、必ず有罪になるとまでは言えないという感じになるだろうか。



まとめ

共同正犯認定が比較的緩やかである日本においては、柏木優が共同正犯になるという「可能性」はあるが、なるかどうかは名言できないという、あまり「涼風さつさつ」っぽくない、すっきりしない結論になってしまった。


日本法が、比較的緩やかに共同正犯を認めることについては、「後ろにいる本当の悪玉を処罰できる」という肯定的な側面があるが同時に「処罰範囲が過度に広がってしまう可能性がある」という否定的評価もあることを考えながら、スワット事件の射程を考えていくべきであろう。福沢祐巳誘拐事件における柏木優の罪責の認定の難しさは、まさに、この2つのバランスを取ることの難しさを示しているといえるのではなかろうか。

*1:涼風さつさつ」180頁以下

*2:法的には、「略取」が正しい。つまり、略取は人を暴行強迫により実力支配下に入れること、誘拐はそれ以外の誘惑等による場合である)&監禁罪で有罪なのであろうか?  ここで、4人は完全に「人違い」をしており、もしも祐巳と知っていれば犯行を行わなかったのだから、無罪ではないかが問題となる。 この点は、裁判所の判例も、法学研究者の学説も一致して有罪としている。被害者が祐麒祐巳かは重要ではないのである。誘拐罪は「人を」誘拐したものが有罪となるという書き方をしている以上、重要なのは、「人を誘拐しようとして誘拐した」という1点であり、4人は人を誘拐しようとして人を誘拐している以上、有罪に変わりない。 3.柏木優の罪責 一番の問題は、推理小説同好会のOBで、キャンディーを配っていた柏木優の罪である。 「犯行当時はキャンディーを配っていて犯行に直接関与せず、誘拐を指示したこともない」。こんな柏木優が責任を負うことがあるのだろうか? ここで、スワット事件判決((最決平成15年5月1日刑集57巻5号507頁

*3:ロサ・カニーナ192頁

お蔵出し第4弾! マリア様がみてるの刑法的考察1〜バレンタインデートのカードを抜き取った鵜沢美冬の罪は?


1. 本ブログとマリみて

 私は、マリみてファン(というか、百合ファン)なので、

「キラキラまわる」と民法〜運送契約と履行補助者 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

「いばらの森」で分かる刑事訴訟法〜親告罪の一部起訴 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

ドイツ語版マリア様がみてるレビュー - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

レイニー止めと消費者法 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

スール契約の民法学的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

等の記事を書いてきた。



このような私の趣味から、お蔵出し記事の中には、2本マリみて記事があったので、こちらを連続更新でアップさせて頂きたい。



2.バレンタインカード窃盗(?)事件とは

リリアン女学園付属幼稚園に在籍していた鵜沢美冬は、同級生の小笠原祥子様にあこがれていた。

美冬は親の転勤でリリアンを去るが、高校生になって、リリアンに戻ってきた。ところが、美冬が祥子様に「お久しぶりです。」と声をかけても、祥子様は、「どこかでお会いしたことがあったかしら。」と冷たい返事が返ってくる。美冬は忘れられていたのであった。悲しい思いを抱えながら、バレンタインデーに祥子にチョコレートを渡そうとした美冬が目にしたのは、チョコレートをすべて断る祥子様の姿であった。高校2年生のバレンタインの日の早朝、あきらめきれない美冬がチョコをかばんに忍ばせて登校すると、祥子様がどこかへ向かっていく。祥子様は、古い温室の土の中に、何かを埋めていた。美冬がついついこれを掘り返すと、それは赤いカード。祥子様とのバレンタインデートをかけた「宝探し大会」の「宝」であった。美冬は思わずカードをポケットの中に入れてしまう。

美冬は、宝探し終了までカードを戻すことができず、温室に来た祐巳は、カードを見つけることができなかった。宝探し大会終了後、美冬はそっとカードを埋め戻した*1


3. 窃盗罪は成立するのか?

さて、この事件の場合、美冬は窃盗罪で処罰されるだろうか? 答えは、ノーである。

窃盗罪で処罰されない理由は、「最終的には宝探し終了後カードを戻したから」ではない。盗んだものを返そうが返すまいが、盗みをはたらいた時点で窃盗罪は成立する*2

では、なぜ窃盗罪が成立しないのであろうか? それは、窃盗罪が成立するためには、盗んだ時点の主観として「盗んだものの経済的効用を得たい」という気持ち(不法領得の意思)がなければならないからである*3

例えば、「5000円札を奪って、これでマリみての1〜10巻を買う」という事案と「5000円札を奪って、これをバラバラに引きちぎる」という事案を比べてみよう。

前者の場合、マリみてを買うことで、5000円札というお札のもっている働き(5000円分の商品と引き換えられる)を獲得している。盗んだ人は、マリみてというすばらしい小説を手にすることができ、大きな満足感を得られるだろう*4。このように、盗む、すなわち取得したものの経済的効果を得る場合には、犯人にとってのメリットが大きく、「盗みたい」という誘惑が大きい。だからこそ、いざ盗んだ場合には、窃盗罪として最大10年の懲役という重い刑で処罰しているのである。これに対し、奪ったお札を単に損壊した場合を考える。壊したら、後は片付けてゴミ箱に捨てるだけであり、何の経済的効果も得られない。この場合、窃盗罪ではなくより軽い「器物損壊罪」で処罰されることとなる。



今回美冬はカードを隠していたが、「カードによる効果を得る」、たとえばこれを提出して引き換えのデートを得るだとか、ヤフオクで高値で売り抜けるといった何らかの用途に利用処分することを狙ったわけではない。そこで、窃盗罪は成立しない



だが、何の犯罪にもならないということではない。この場合は、カードを破ったのと同じ「器物損壊罪*5が成立するのである。

しかし、器物損壊は、3年以下の懲役と、刑が軽い。美冬の行為のせいで、祐巳はもちろん、宝探しというイベント自体に大きな影響を与えたことは、どう評価されるのだろうか?


4.イベントを台無しにした罪は?

それでは、美冬は宝探しイベントを妨害したとして、業務妨害罪にならないだろうか。

ここで言う業務とは、「個人的生活以外にもとづき行われる事務」のことをいうところ、山百合会による宝探しイベントもこれに該当するだろう*6

では、美冬の行動は「妨害した」とまでいえるのだろうか。確かに、宝探し自体は表面上つつがなくおこなわれ、赤いカードについては「聖ウアレンティーヌスのいたづら」((「ウァレンティーヌスの贈り物」前編202頁以降参照))という形で、話は決着しているようにも思える。しかし、裁判所の判例は「妨害」を広くとらえている。業務が秘密のうちに妨害される場合、例えば、電力計に細工して使用量より少ない量を表示させる(福岡地判昭和61年3月3日判タ595号95頁)といった、こっそり裏で業務が妨害されていてそれが発覚するまでみんながつつがなく業務を行う(本来より安い電力料金の請求をする)場合も(偽計による業務の)「妨害」といえるのである。

そこで、今回の美冬の行動について、業務妨害罪が成立する。




まとめ

美冬は、窃盗罪ではないが、器物損壊および業務妨害罪の責任を負う。とはいえ、物語の面白さという意味では「お嬢様学校の箱入り娘による非行事案」よりも「聖ウァレンティーヌスのいたずら」の方がずっと美しいので、真相が発覚しないことを祈りたいところである。

*1:ウァレンティーヌスの贈り物」後編198頁以降参照

*2:有罪であることを前提にどの程度の量刑になるかという点では、返却することで、刑が軽くなるという側面はありますが。

*3:これまでの判例をもとにより正確にまとめると、「毀棄,隠匿の意思を除外した何らかの用途に利用・処分する意思」といえるのではないか。なお、最近の判例としては詐欺罪だが、最判平成16年11月30日刑集58巻8号1005頁参照。

*4:10巻まで読み進めた時にどうなるのかは、ここでは語らないようにしましょう。

*5:刑法261条は、役に立たなくする行為(効用を喪失させる行為)を広く処罰している。そこで、語感としておかしいかもしれないが、隠してしまって役に立たなくする行為も器物損壊罪なのである。

*6:なお、「街頭で人が偶然集まった」といっただけでは、保護に値する活動とはいえなく、「反復継続して行われる」行為が業務として保護されるところ、継続して清く正しく美しいリリアンの伝統を継受させる努力をする生徒会としての山百合会の継続的営為の一環として保護されるだろう。裁判所の判例も、政党の結党大会や万国博覧会等につき、行事そのものは一回的だが、業務に該当するとしている。

お蔵出し第三弾! ローゼンメイデンの民法的考察〜下僕契約からの離脱の法理

Rozen Maiden 新装版 全7巻 完結セット (ヤングジャンプコミックス)

Rozen Maiden 新装版 全7巻 完結セット (ヤングジャンプコミックス)



当然のごとく、ネタバレを含みますので、未見の方はアニメorマンガで予習をしてください。なお、アニメ版の設定を前提としているところがあります。


1.ローゼンメイデンのストーリーそのものについては議論をしていない!?
 ローゼンメイデンについては、昔記事を書いたことがあり、一定程度話題になった。

看板作品の休載と錯誤〜ローゼンメイデン休載問題についての法的考察〜 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


 ただ、これは、あくまでも、「休載問題」という、外部的な側面を法的に考察したものであり、ローゼンメイデンの「ストーリー」そのものについて議論したことはない。それでは、ストーリーそのものについても法的に検討をしてみよう。


2.ラテン語の契約書に署名したのと一緒?
 主人公ジュンは、真紅に指示されるまま、「バラの指輪にかけて、真紅のローザミスティカを守る」と誓って左手の指輪にキスをすることで*1、形式的には、「契約」を結んでいる。しかし、ジュン自身は、そのことの意味がわかっていなかったようだ*2


 ここで、ジュン自身の契約内容に関する認識の程度がきわめて低いことに着目すれば、ラテン語で書かれた契約書を渡され、『ここにサインしてくださいね』といわれて、内容もわからないままサインをする」のと同じであろう。つまり、およそその意味を理解しないまま、形式的に意思表示に該当するような行為をしても、白紙に署名するのと同じで、意思表示自体が行われていないと解することが相当な場合がある。


 ただ、例えば、ネットサービスを使うときにみんなが「規約に合意する」をクリックする際、その規約の内容を全て理解している人はいないだろう。その際のユーザーの素朴な感覚は、「このサービスを利用したいが、やっちゃだめなことをやると不利益があるんだろうな」位ではなかろうか。それでも、基本的には契約は有効であり、*3白紙に署名した場合と同様にそもそも意思表示はなく無効だという議論は難しいことが多い。
 すると、ジュンは、わからないなりに「真紅を守ることを誓っている」という程度の認識はあり、これでも、契約成立に必要な程度を超えていると判断される可能性はあるだろう。




3.意思無能力?
 ジュンの場合は、「クマのブーさんに包丁を投げつけられて錯乱していた」*4。そこで、意思無能力はどうか。例えば、完全に判断能力を失った老人から、リフォームとか、金融商品の購入といった契約を取り付けるという消費者被害があるが、この場合には、そもそもその老人には、有効な契約を締結できるだけの判断能力はなく、契約は無効である。
 ただ、それでも、ジュンは、「真紅のしもべになる契約を結ぶ」程度は理解しており、それだけの理解力、判断力があったと考えられるので「判断能力がない」とまでは言えないだろう。


4.消費者契約?詐欺?強迫?
 次に真紅は、「契約を結ぶことで、心の中の世界に関わる結果、触れたくないジュン自身のトラウマに触れる」という重要な事実をジュンに教えずに、契約を結ばせたという点が問題となる。契約締結後の話になるが、ジュンは、ラプラスの魔にトラウマを見せられて、寝込む程のショックを受けた*5


 この契約が仮に「消費者契約」(消費者契約法2条3項)であれば、重要事実が告知されなかったとして、契約を取り消すことができる(消費者契約法4条参照)。ところが、消費者契約は、例えば、会社や個人事業主といった「事業者」と消費者の間の契約であり、「事業者」ではない真紅との契約は同法の対象外である*6。「通常の契約」であれば、それだけは契約を取り消すことができない。

  通常の契約では、重要事実を告知しないことが「だます意思をもって」行われた場合のみ詐欺として取り消せる。単なる(悪意のない)不告知では取り消せないのだ。この「だます意思(詐欺の故意)」の立証は困難であり、これによってジュンを救済することに困難性がある。


もうひとつ考えられるのは「強迫」であり、「相手方を畏怖させる(強くおびえさせる)行為」によって契約を結ばせれば、取り消すことができる(民法96条1項)。典型例は、「ヤのつく自由業」のお兄ちゃんが刺青や代紋をちらつかせて契約を結ばせた場合である。ジュンが契約をさせられた当時、彼は確かにめちゃくちゃおびえている。ただ、ジュンをおびえさせたのはクマのブーさんであって、真紅ではない。
 この点、第三者による強迫の場合でも取り消せると解されている*7強迫が「意思決定の自由を強く害する」ことから、無関係の人による強迫であっても、「仮におびえさせる行為がなければ契約をしなかった」という事態が明白な場合は、契約者を保護しようという考え方である。


それではジュンの結んだ契約は法的には取り消せる…のであろうか?ところがジュンは、ブーさんによる攻撃が終了した後も、真紅との契約関係を取り消そうとせず、むしろ、真紅との絆を深めている。民法125条は法定追認というものを定めている。追認というのは、「取り消せる」契約について、「この契約は有効でいいです」として、契約を有効に確定させる行為をいう。そして、民法125条は、いくつかの行為を行うと追認とみなされるとする。その1つが、「履行」、つまりジュンの場合で言えば、「しもべとしての職務を全うすること」である。ブーさんによる強迫状態が終了した後も、契約に従った行為を続けていれば、真紅が「この契約は有効」と信頼して当然であり、その後取消をすることはできないのである。ジュンは、「強迫」という考え方によって契約を取り消すことができない。


 そうすると、もう、ジュンは契約から解放される余地はないのだろうか?


5.未成年取消し!
 ところが、ジュンを法的に救済する決定打は存在する。
それは、未成年取り消し(民法第5条2項)である。中学2年のジュンは、未成年なので、その契約を取り消すことができるのである*8
ここで、取消の場合には、取消権者自身が、取消す気がなければそのまま契約は有効となる。そこで、ジュンとして、このままでいいのであれば、取消権を行使しないでもいいし、やっぱり解放されたければ、行使すればよい、そういう権利があるのだ*9


6.間接強制?
 契約の取り消しが可能ということの意味は、ジュンは、下僕契約からの「やっぱり真紅とはやっていけない」と思えば、契約を取り消すことができるのである。


 ただ、取り消すことができるといっても、ジュンはどのような手順で指輪を解除し、真紅の媒介としての立場を解消してもらえるのだろうか?


 真紅が応じない場合でも裁判所に訴え出て、契約取消に基づく原状回復を裁判所に命令してもらい、その債務名義をもって「強制執行」という手続きが可能である。要するに、ジュンは裁判所の公権力を使って指輪を解除し、真紅の媒介としての立場を解消するよう求めることができるのだ。


しかし、指輪を外すには、ドールが指輪にキスする行為がどうしても必要になる。流石に、公権力が、真紅に無理矢理指輪にキスをさせることはできないだろう。また、第三者が代わりにキスをする(代替執行)ことも無意味である。


このようなときに使われる手段が、「間接強制」という方法である。これは、債務者(真紅)が債権者(ジュン)に対し原状回復義務を履行しない場合には、債務者(真紅)は債権者(ジュン)に対し、解除に至るまで、一日につき金●●万円の割合による金員を支払え。といった判決をもらい、「下僕」としての拘束を解除するまで1日いくらといった形でお金を支払わせるものである。これは、お金を払わせるというプレッシャーによって、判決を履行させようというものである。


ただ、この間接強制には「穴」がある。つまり、真紅としては、どうしてもジュンとの関係を維持したければ、命令されたお金を払い続けることができるのだ。実際に、巨額の金額の支払いを続けた例もある*10



真紅の手持ちのドレス等は、非常に高価と思われる。ドレスや鞄を質入れすることで、間接強制の履行が可能かもしれない。真紅へアドバイスするとすれば、ジュンが関係を解消したいと思う原因を探り、お金を払うことで時間を稼いで、その間にジュンとの復縁を図るというのが1つの現実解だろう。

まとめ
日本の法律は、未成年者を保護しているので、ジュンと真紅の契約は取り消し可能である。しかし、簡単に関係が解消され、ローゼンメイデンの話が終わってしまうのでは、あまりにも惜しすぎる。日本法上、指輪にキスをすることの直接強制は不可能であり、そこに「話し合い」の余地が残されているのである。
ジュンと真紅のような極限状態での契約は、アニメ等ではまま見られるところであり、例えば、魔法少女まどか☆マギカのマミ先輩等の契約も、それに近いように思われる。本エントリの議論は、そういう場合についての議論の参考にもなるのではなかろうか。

*1:第1巻36頁参照

*2:第1巻36頁「誓う?何を?わからない わからないけど」参照

*3:消費者契約法等による修正が入るとしても

*4:第1巻35頁参照

*5:第2巻15頁参照

*6:魔法少女まどか☆マギカにおけるQBは、「宇宙のエネルギー回収業者」の営業マンとして、継続的に事業を行っているといえるが、これに対し、真紅は、自分自身の契約者を探しているだけで、継続性や事業性を見いだすことは困難であろう。

*7:最判平成10年5月26日民集52巻4号985頁の原審である大阪高判平成7年11月17日民集52巻4号1021頁参照。同判決は、第三者の強迫による意思表示の取り消しについて民法96条2項は類推されないとするところが重要であろう。

*8:法定追認は「追認できる状態」になってからでなければ効果が発生しないところ、まだ未成年のジュンが「履行」をしても追認にはならない

*9:なお、下僕契約が取り消されるのか否か心配な真紅は、ジュンの保護者に対し、「取り消すのか取り消さないのかはっきりしてくれ」と通告することができる、民法20条参照

*10:例えば、140回国会衆議院法務委員会7号平成9年5月14日の134番目の発言(http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/140/0080/14005140080007a.html)を引用しよう。「○保坂委員 社会民主党保坂展人です。きょうは、ごみの問題について伺ってみたいと思います。ごみというと、これは今日の本当に深刻な問題なわけですけれども、一方で、岐阜で昨年あった町長の襲撃事件というような、大変アンダーグラウンドな非常に怖い事件が解決をされていないということも思い起こします。実は、ごみといいましてもこの東京のごみについてなんです。先日、五月八日、日比谷公会堂で、三多摩の日の出町につくられている、私も三多摩の狛江というところに住んでいて、私の家から出るごみも含めてということで人ごとではないということでお聞きしたいと思いますけれども、そのごみ処分場、これが満杯になるということから二つ目のごみ処分場をつくらなければならないということをめぐって、日の出町在住の住民の方々、及び環境問題としてこの問題にかかわっておられる市民運動の方たちと、第二処分場をめぐって収用委員会が開かれて、その論戦の火ぶたが切られたわけなんです。その場で語られたこと、これは新聞等にも小さく出ているんですが、大変驚くべきことが語られたということをお話をしたいと思うのです。その驚くべきことというのは、若干背景説明をしなければいけないのですけれども、この第一処分場、つまり現在ある処分場の形というのは、谷にゴムシートを張って、そこにごみだとかプラスチックだとか灰を入れていくという形をとっているのですが、この処分場のシートが破れているのではないかという指摘があるわけですね。例えば、九三年五月の日本環境学会の調査だと、それぞれ高濃度の塩素イオンだとかDCP分解菌だとか、亜鉛だとかマンガンその他検出されているということで、これに関しての情報を、住民として生活環境にかかわる情報であるということで、この情報の開示を求めたいという、これを裁判所に求めるという訴えがあったわけですね。これが、東京地方裁判所の八王子支部で三月八日に仮処分決定ということで、これは、絵本作家で田島征三さんという方がいらっしゃいますが、その連れ合いの方で田島喜代恵さんという方が、その決定を受けて、裁判所の決定もあるのでその情報を見せていただきましょうということで行ったところ、これは開示ができないということになったわけです。そして、それらを受けて、間接強制という形で、では情報の開示をするようにという手続をとられて、裁判所がこういった指示をして、この処分組合に対して、一日十五万円を払いなさいという間接強制のいわば罰金といいますか、金額の支払いが始まったわけです。これがおととしの五月のことなのです。七月に、十五万円をずっと払い続けられているので、これでは足らないようだということで、百万円に増額したいという訴えを起こしたようですが、裁判所の方は三十万円が相当ということで、三十万円という支払いが始まったわけです。ここに新聞記事を持ってきましたけれども、東京新聞の二年前の七月十三日の夕刊ですが、罰金がついに一千万円を超したという記事がここにございます。現在はどうなっているかということなのですけれども、三月の上旬現在で一億九千万円を超えているという事実があるわけですね。つまり、一日三十万円ですから、一カ月で九百万円、一年という期間をはかれば大体一億と少しです。つまり、このままこの間接強制の支払いが続けられていけば、これは概算ですけれども、年末で二億五千万円、そして来年の春には三億円という巨額に及んでいくだろうというふうに思うのです。まず司法当局に伺いたいのですけれども、間接強制というのは一体どういう性格のお金なのか。東京新聞のこの記事を見ますと、強制金の支払いは住民の銀行口座にプールされている、処分組合は強制金の返還を求めることはできない、こういうふうに書いてあるのですが、そのとおりなのか。いわゆる供託金というようなものとは違って、間接強制というのは支払いきりのものなのかということも含めて答弁を願いたいと思います。」なお、リンク先では、当該質問に対する司法関係者の困惑した答弁が見られる。

「まほろまてぃっく」の刑法的考察〜みなわちゃんは誘拐事件の被害者か?


なお、本エントリには「まほろまてぃっく」のネタバレがありますので、まだみていない人はBlu-rayを買いましょう!


1.まほろまてぃっくとは
 異星人勢力「セイント」。地球を支配し、セイントと強く対立する「The KEEPER(管理者)」。融和を目指す地球人組織「ヴェスパー」。これら三者が鼎立し、抗争を繰り広げる世界。


 そんな世界において、ヴェスパーのアンドロイド*1V1046-R MAHOROこと安藤まほろさんが、主人公「優」のメイドとして、最後の1年を過ごす物語である。


2.みなわちゃんを誘拐してもいいんですか?
 まほろさんさんと優が釣りをしていると、管理者のところから逃亡してきた改造人間370が落ちてくる。管理者の追っ手が迫る中、まほろさんは管理者のマンイーターを瞬殺し、370を自宅に連れ帰り、「みなわちゃん」と呼んで一緒に生活する*2


これは、形式的には未成年者拐取罪(刑法224条)の要件に該当するだろう*3。日本の刑法では、保護監督者の同意なく、(実力ないしは欺罔・誘惑によって)未成年(14歳)であるみなわちゃんは*4を元々の生活環境から離脱させ、自分等の支配下に移すことは、未成年者拐取罪(刑法224条)として禁止されている。未成年者は成年者とは異なり、心身が未発達であり、特に誘拐を強く禁じなくてはならないものであるから、営利・わいせつ・結婚等の不法な目的がなくとも成立する。


3.改造されているよね?
もっとも、みなわちゃんはただの人間ではない。「管理者」によって大幅に改造されたサイボーグである。「機械のカラダ」はおおいなる萌えポイントであるが、法律的にもポイントにはならないであろうか?


 法律的にいうと、人体改造については、まほろさんさんの罪を否定する理由にはならない。なぜなら、改造の後も、みなわちゃんの生命は維持されているからである。義肢・義足をつけた人が誘拐や殺人から法的に保護されなければならないのは当たり前であるように、人体改造はみなわちゃんの法的権利には何ら影響しないのである。


4.みなわちゃんは同意してる?
 ここで、みなわちゃん自身は、管理者のところから離れ、優の家でまほろさんさんたちと生活をすることを望んでいる。このような、未成年者自身の同意がある場合でも、未成年者誘拐罪になるのだろうか

「自己の判断に従って適切な行動をなしうる年齢に達した未成年者による承諾があり,その承諾が瑕疵のない真意に基づくものであれば」拐取罪を構成しないと解する余地があるとされている*5


ここで、みなわちゃんとほぼ同年齢の13歳の少女について、13歳の少女と交際中の男性*6が、周囲に反対されたために、「駆け落ちしよう」といって少女の同意の下で駆け落ちした事案について、少女は、「実年齢以上の判断能力を兼ね備えていたものとは到底認められない」ところ、少女は「未だ若年で十分な判断能力を備えていなかった」とした事案がある(東京地判平成20年2月28日)。


これに対し、十分な判断力があるとされた事案は、18歳の事案である*7


13歳の年齢相当の判断力で「未だ若年で十分な判断能力を備えていなかった」とされるのであれば、1歳しか違わない14歳でも、判断能力なし、つまり、みなわちゃん本人がいくらまほろさんと一緒にいたくとも、その同意は何ら効力を及ぼさないだろう*8


5.まほろさんは「有罪」に?
 ただし、刑事裁判の手続きと裁判はどうしてもある程度の時間がかかる。いくら裁判員制度と公判前整理手続きで迅速化されるといっても、最低、逮捕されてから3ヶ月、争いのある事件では、半年以上はかかるだろう。だが、まほろさんさんにみなわちゃんを「誘拐」した時点*9でも「残された時間は限りなく少ない」のである。
 結局、まほろさんさんは、有罪になる前に動きを止めてしまい「公訴棄却」(刑事訴訟法339条4号)、つまり、実質的に審理しないまま手続が終了する可能性が高い。


まとめ
まほろさんさんが有罪の危機に瀕するのは、少年少女を保護するために、刑法が未成年に対する誘拐を厳しく処罰しているからである。
そのような処罰は、一面においては、将来の日本を担う若者の保護という意味で肯定できる部分がある。しかし、他面においては、文字通り読むと、18歳の大学生の駆け落ちでも有罪になりかねないという意味で、個人の自由への過剰な介入にもなりかねない。この2つのバランスを取った解釈論が重要であろう。

*1:アンドロイドが刑事責任を負うのかって? う〜ん、いい質問ですね。弊サークルの同人誌「これから契約の話をしよう」でこの点は詳述しております。

*2:まほろまてぃっく」第4巻第5話参照

*3:誘拐は欺罔・誘惑によるもの、略取は暴行又は脅迫による(山口各論第2版91頁)ところ、まほろさんは暴力によってみなわちゃんを管理者から引き離しており、正確には略取の方

*4:5巻32頁参照

*5:後述の東京地判平成20年2月28日。なお、学説については、山口各論2版93頁、西田各論6版78頁等参照。

*6:ああ、羨ましい...おっと、つい本音が。。。

*7:阪高判昭和62年9月18日判タ660号251頁は、満18歳に達した大学生ともなれば、自己の行動に対する意思決定の自由は、相当程度保護されるべきだとする。

*8:ここで、管理者は、実はみなわちゃんをまほろさんさんの身近に置いておくことを意図していた。すると、保護監督者の同意として免責されないかも問題となる。もっとも、検討すべきは、管理者が保護監督者なのかというそもそも論であろう。通常どおり、母親から生まれていれば、母親が保護監督者となる(父親については、親族法の色々な問題がからむので省略)ところ、みなわちゃんは、試験管ベイビー(本当の意味での)である。試験管から生まれていても、その遺伝子の「元」となっているという意味での父母はいるだろう。しかし、代理母に関する最高裁判例最判平成19年3月23日民集61巻2号619頁)を前提とする限り、いくら遺伝子が元となっていても、実際に生んでいない限り、母親とはいえない。そして、管理者は、試験管ベイビーの製造者、いわば、「医者」や「病院」の役割を果たしているだけであり、親権者にはならない。実質的にみても、14歳の少女をサイボーグに改造し、(敵アンドロイドである)まほろさんさんを捕獲させるための囮とするというような「管理者」が、親権者と同視できるような「保護監督者」とはいえないだろう。こう考えると、本件では、保護監督者が存在しない事案である。保護監督者が存在しないのだから、保護監督者の同意そのものを問題とする余地はなく、問題とすべきは、上述のとおり、「みなわちゃん」の「同意」が真意に基づく有効なものか、であろう。

*9:第7巻第6話

爆笑漫画・要件事実やらないか〜a+bも、C契約も、あるんだよ!?

ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト

ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト

注:イメージ映像


 さて、岡口基一『要件事実入門』には、その「Epilogue」に、タイトルからして一部の法クラを大変「わくわく」させた漫画が挿入されている。それが、「要件事実やらないか」である。
 

 もちろん、このタイトルは、「山がなくて落ちがなくて意味がない」例のあの業界の超有名な漫画のオマージュであるところ、法クラにおいて面白い漫画・イラストを描かれる方として超有名な中村真先生と、岡口基一先生の



中村×岡口



または、



岡口×中村


が展開されるとあって、一部の法クラにとっては、「胸熱」の一作である。当該「想定読者」であれば、


「わくわくしすぎて『せりあがり』しただろ(笑)」
中村真「要件事実やらないか」(岡口基一『要件事実入門』195頁)


という岡口判事の言葉に、「ああ・・・次は同人誌だ」とばかりに冬コミ用の同人誌を作り始めることは必至であろう。


同作の中で「表面上」展開されている話は、いわゆる「要件事実の面白い話」であるが、注目は、画面から切れている部分であり、「一部法クラの妄想を掻き立てる」というニーズに応えながらも、同時に弁護士法56条1項の「その品位を失うべき非行」を回避するための中村真先生の努力がにじむところである。


なお、同漫画のメインの読者層という意味では、岡口判事の「法衣を着る日」よりも「法衣を脱ぐ日」の方が良かった気もするが、その点は、「中村真先生の次回作に期待!」であろう。

まとめ
 「a+bの理論、C契約」岡口基一『要件事実入門』はしがき参照)等、多くの、(一部法クラの)妄想を掻き立てる理論を生んできた要件事実論は、ついに「要件事実やらないか」を生んだ。
 爆笑漫画「要件事実やらないか」を読んだ一部法クラ達が、「大嘘判例801選」に続き、冬コミで大変興味深い「薄い本」を執筆されることが強く期待できる、すばらしい一作であった。