アホヲタ元法学部生の日常

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「弁護士独立のすすめ」のすすめ〜その「具体性」を、類書「弁護士の夢のカタチ」と対比しながらレビュー

弁護士 独立のすすめ

弁護士 独立のすすめ

1.はじめに
私見では、2012年末以前の、弁護士の独立開業に関し最も参考になる本は、
独立開業ああ本日も仕事なし―新人司法書士円月堂抱腹絶倒奮戦記

独立開業ああ本日も仕事なし―新人司法書士円月堂抱腹絶倒奮戦記

である。
即独を考えている人の必読書〜「独立開業ああ本日も仕事なし」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
上記エントリにあるとおり、「独立開業ああ本日も仕事なし」は、司法書士である成田先生が、即独をされた際の、いわば「失敗談」を生々しく語ったものである。今後独立開業しようという弁護士の先生方にとって、各ポイント・ポイントで「じゃあいったいどうすればよかったのか」を考えることこそが、独立の成功につながるものと考えている。


しかし、この状況は最近変わった。平成24年末から平成25年初頭にかけ、2冊の本が出版されたのである*1
1冊目は、日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」である。

弁護士の夢のカタチ

弁護士の夢のカタチ

  • 作者: 日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター
  • 出版社/メーカー: アニモ出版
  • 発売日: 2012/11/13
  • メディア: 単行本
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2冊目は、北周士@kanehitokita)「弁護士独立のすすめ」である*2
弁護士 独立のすすめ

弁護士 独立のすすめ

この2冊の本を比較し、独立開業を考えている若手弁護士将来は弁護士として独立開業をしたいと考えている学生・ロースクール生・修習生にとって有益かという観点からレビューしていきたい。


なお、「弁護士の夢のカタチ」は、独立開業に限らず、これからの弁護士の可能性について述べることを主眼としている。しかし、二部構成のうちの第一部(計104頁)が「ある若手弁護士の夢と独立のお話」となっているように、独立はその「可能性」の中でも重要性の高いものとして位置づけられていることから、本エントリにおけるような比較考察も成り立ち得ると考えている。


2.具体的な「独立のすすめ」とやや抽象的な「夢のカタチ」
 2冊読み比べて一番印象に残ったのは、「具体的」かどうかという点である。
 「独立のすすめ」は、若手で開業している弁護士に具体的な状況の説明を依頼し、これに応じた17名の体験談が記載されている。1人当たりコラムを含めて10ページ弱の分量となっており、その分、それぞれの体験が深く、具体的なものとなっている。


 概ね、事務所の構成、取扱案件*3、独立のきっかけ*4、事務所の選び方*5、独立形態の決定方法*6開業資金の額と使徒*7、事務員*8使っている書籍・判例データーベース*9、1週間の業務の流れのイメージ*10顧客獲得の方法*11、依頼者との接し方*12、会務への態度 *13、プライベート*14本当は教えたくない事務所経営がうまくいくコツ*15、独立にあたっての失敗談*16、独立してうれしかったこと*17独立してからから大変だった出来事*18、今、不安なこと*19、将来像*20、正直独立してどうか*21という感じの興味を引くトピックにしたがって、それぞれの体験が語られている。


この具体性を編者はきわめて重視されており、そもそも40人以上の新人・若手に協力を依頼したものの回答内容が具体的であることから、協力いただけなかった先生や、アンケートの一部に回答ができないという意見も多数頂戴し、結果的に具体的な内容の説明に協力できるとおっしゃった17人分をまとめるという結果になったそうである*22


たとえば、開業資金をどのように調達し、事務所の賃貸、内装、備品等それぞれにいくらくらい使ったのか等は、今後独立を目指す弁護士において、どのくらいの貯金が必要で、どのように割り当てるのか等を考える上で参考になるだろう。事例毎に、それが個人事務所か共同経営かや、開業場所が過疎地か密集地かもわかるので、それぞれの違いに応じてどの先生の事例を参考にすべきかがわかることも便利である。


また、例えば、依頼者との接し方、特に依頼者の断り方等については、例えば、依頼者との相性に問題がないが利益相反等のため受けられない場合は別の先生を紹介するが、そうではなく、依頼者の相性に問題がありそうな場合には「現在、受けている事件数が多く、新件が受けづらい状態で受けられません。」と説明しておく*23等、具体的な方法が赤裸々に書かれており、独立開業を考えている方にとって参考になる度合いは極めて高いのではないだろうか*24


このような「独立のすすめ」の具体性*25と対比してみると、「弁護士の夢のカタチ」がやや抽象性をもった記載になっていることが指摘できるだろう。


「弁護士の夢のカタチ」第2部はいろいろな弁護士等*26のインタビューであるが、32人ものインタビューが1冊(のしかも半分)に詰め込まれているため、基本的にスペースは1人当たり3頁になっている。例えば、吉本のインハウス・ローヤーである渡邉宙志先生のインタビュー*27のように、読んでいて「面白い、この人の話をもっと知りたい」というような先生もいらっしゃるのだが、如何せん短いので、知りたいポイントの手前で話が終わってしまっている。例えば、1つの例としては、渡邉先生がNMB48のプロジェクトに関わり、どのようなスキームで運営していくのかなどの相談を受けた」*28との記載がある。このことは非常に興味深く、どのような社内・社外の利害関係者が、どのような利害を持っていて、それをどう調整し、どのようなスキームにしたのか等のロングインタビューがあれば、たぶん「弁護士の夢のカタチ」への評価はダダ上がりしただろうと思う。しかし、結局、紙幅の関係だと思うが*29、単に「関わった」というだけで終わっていて、「具体的にどう関わったのか」まで書かれていないのである。


他にも、マーケティングの話が書いていると思っても、資料込みで10頁程度の内容であって、いわゆる「さわりだけ紹介」という印象を持った*30


また、「夢のカタチ」のインタビューを「独立のすすめ」と読み比べると、比較的精神論が多いように感じられることも気になった*31。少し例を出すと、

  • 今後の弁護士の職域拡大についてお聞かせください。

1990年にアメリカ各地を国務省からの招待で1か月ほど訪問した際、同国ではすでに法曹資格を有した役人・NGOメンバー・国会議員などが幅広く活躍し、そのキャリアを存分に活かしていました。その意味で、日本でも現場で即戦力となる法律知識を有する弁護士の未開拓業務領域はまだまだ存在し、今後も具体的活動領域はどんどん拡大されていくと確信しています
日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」110頁〜111頁

これは、福島瑞穂参議院議員へのインタビューの一節であるが、結論そのものの当否はさておき、少なくとも本書を読んでもどうすれば、「日本において弁護士の具体的活動領域はどんどん拡大されていく」ようになるのかが書かれていないのである*32


もう1つの例を挙げると、

弁護士の宝は何よりも現場での経験、そして経験で得た選択肢と知恵です。1年目の弁護士でも他人の3倍、5倍働けば、短期間で3年目、5年目の弁護士を追い抜けるはずです。
日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」138頁

これは、白出博之弁護士のインタビューだが、もちろん、白出先生も「1年目の弁護士が文字通り他人の3倍から5倍働くべき」とは言っていないだろう。1週間に50時間弁護士が働いているとすると*33、3倍の段階で週150時間*34、5倍だと週250時間と1週間の総時間数を越す。要するに、これは、具体的に若手弁護士がどうすればいいかという具体的アドバイスというよりも、むしろ経験が重要だから、仕事の大変さを厭わず他の人よりも多く働くようにという精神論に近い議論をしているものと理解される。


これはあくまでも例であるし、精神論ももそれを必要する人はいるだろうし、一定の意義があることは否定しない。もっとも、独立を目指す人が読んでそれを自分の独立にそのまま役立てることができる本であるかという観点からすれば、人数を絞ってその分1人当たりの説明分量を多く取った「独立のすすめ」の方法が成功しているという印象を受けた次第である。


3.失敗談
「独立のすすめ」では上記のとおり具体的に記載されているところが素晴らしいが、その具体的な記載の中でも特筆すべきは、失敗談である。本当に独立を考えている方にとっては、具体的な話の中でも、とりわけ失敗談が役に立つところ、基本実名顔出し*35にもかかわらず、赤裸々に失敗談が語られているところが素晴らしい。


 印象に残った事例の一部挙げるだけでも、裁判員裁判が独立直前に入り開業準備ができなかった」*36、「最初の1月は開店休業だったので不安を感じていた」*37、「在宅事件で実刑判決の日に(確定前なのに)収監されると説明してしまった」*38、「集客方法を法テラス法律相談から紹介へ変更した時期に毎月結構な額の赤字が出た」*39、「体調を崩してもフォローしてくれる人がいない」*40、「事務員にすぐに辞められた」*41、「依頼者の友人と名乗る人に脅される」*42等々であり、これほど独立のありのままの姿に近づいた本は、これまでになかったと思われる。


ほとんどが具体性がある失敗談なので、本書を読めば、例えば、


「そうか!独立開業への準備を十分余裕をもって行い、突発的な案件が入っても準備不足にならないようにしよう!」


「先輩も最初は売り上げが立たず赤字になっているのだから、最初は赤字でも、それだけで心配する必要はないのか。」

「体調を崩した場合に備え、近隣にいる弁護士とサポートしあえる体制を構築し、所得補償保険にも入ろう」


「事務員さんとの相性がわからない場合には、試験採用的な期間を置いて、その上で正社員として本採用しよう。」


等と、具体的な対策が取れるだろう。


本書を読むのと読まないのでは、その意味で独立の成功率に明らかな差が出ること間違いなしであり、本書は独立を目指す人の必読書といえよう。


「夢のカタチ」についてみるに、もちろん「夢のカタチ」という題名だからなのかもしれないが、「独立のすすめ」と比べてみると、ポジティブな話が多い印象を持った。勿論失敗談もあるが、「久保利先生のセミナーに毎回参加して熱心に聴いていたら、熱が入りすぎて財布をすられた話*43」というような、やや武勇伝的話が多い印象を持った。もちろん、ポジティブな話に意味がないと言っているのではなく、例えばあの名誉毀損、プライバシー、肖像権で有名な佃克彦先生は、実は出版社の依頼を受けて「名誉毀損の法律実務」「プライバシー権・肖像権の法律実務」を書かれたのではなく、自分で書き始めたのか*44といった、肯定的な驚きを与えてくれる話もあった。


ただ、例えば、「夢のカタチ」にはアウトリーチを今後重要になる新たな可能性として薦める部分があるものの、そのデメリットやリスクについて説明がされていない*45。一人3頁という枠が原因なのかもしれないが、例えば弁護士が依頼者の家にアウトリーチということで訪問して法律相談をする際のトラブルの可能性等は大丈夫なのか等と心配になった。


4.「独立のすすめ」も完璧ではない
 以上のように、2冊を比較しながら説明してきたが、もしかするとこのレビューを読んで、「『弁護士独立のすすめ』は素晴らしいが、『弁護士の夢のカタチ』は単なる『独立のすすめ』の引き立て役に過ぎないじゃないか」との印象を受ける方もいらっしゃるかもしれない。しかし、実際はそう簡単な話ではないのであって誤解をしないでいただきたい。


 まず、「独立のすすめ」の卓越性の理由である「具体性」のアダではないが、サンプルが必ずしも独立開業者の全体像を示していないという点は指摘できるだろう。


「独立のすすめ」は60期以降でかつアンケート発送時点ですでに開業している先生のみを対象としている*46「あえて対象を絞る」という戦略により若手の姿がビビッドに描き出されたという良い面ももちろんあるが、逆にそれ以外の独立開業者の姿は少し見えにくい印象である。そこで、例えば、17事例の中で勤務経験がある弁護士の中では、登録後3年の開業が一番多い*47とあるが、それは若くして開業に踏み切った60期以降の若手開業者の中ではという意味であり、独立開業者の全体という意味ではもう少し遅いところにピークがありそうである。


 また、「独立のすすめ」に寄稿している人は、同じ若手開業者の中でも、比較的成功している人が多いような印象を受ける。例えば、「独立のすすめ」に寄稿されている17人の中では、「独立してよかった」という感想の先生方が大多数である。もちろん、「よかったです。間違いありません。」*48、「本当によかったと思います」*49というところから、もう少し冷静に見ていらっしゃる方まで、各先生毎に温度差はあるが、少なくとも「独立は失敗した」「独立しなければよかった」という明確なマイナスを打ち出している先生はいらっしゃらない。しかし、いわゆる提携業者等が弁護士を食い物にする事例等もあり、まさにそのターゲットになるような「苦しい」若手独立者もいるはずである。タイトルが「弁護士独立のすすめ」であることも一因あろうが、やはり赤裸々に開示するためには、ある程度独立を肯定的にとらえられる状況でないと難しいというところが大きいのではないだろうか。


このように、「独立のすすめ」は素晴らしい本ではあるものの、読まれる際は、このような点に留意することが望ましいと思われる。


また、「弁護士の夢のカタチ」には、上記で若干記載した以外にも、いろいろと評価できるところはある。例えば、そもそも今まで法曹業界は暗いニュースが多く、なんとかしてポジティブな気持ちになりたいと願っている司法試験受験生は、たとえ精神論チックではあっても概ね頑張れば将来は明るい、さあ頑張れ!というメッセージが多くちりばめられている「夢のカタチ」を読むことによって、将来に希望を持てるのかもしれない*50


また、第一部にはストーリーそのものはともかく*51 、日弁連のプロジェクトチームが書いているだけあって、30以上の統計データ等の資料が付いており、資料的価値はある可能性がある*52


さらに、アクティブな人であれば、インタビューを受けている人が33人とたくさんいることから、この中に自分のロールモデルを見つけ、直接コンタクトを取り、「夢のカタチ」に書ききれなかった具体的な話を聞き取るという活用方法もあるだろう。

まとめ
独立開業予定者や、将来的に独立を考えている法学部生・法科大学院生・司法試験受験生にとっては、北周士「弁護士独立のすすめ」は、これまでの弁護士業界になかった、独立するとはどうなることなのかを具体的情報を元に生々しく描き出すという意味で、必読書といっていいだろう。
これに対し、日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」はもちろん評価できるところもあるが、具体的情報や、失敗談を知りたい人には向いていない気がする。

*1:なお、書籍に限らなければ、『自由と正義』2013年2月号の特集、即時・早期独立経験談集【pdf】や、特集 就職最前線(前編)「即独弁護士の現状〜中井真雄弁護士の場合」《愛知県弁護士会会報SOPHIA2009年1月号より》等の資料が存在していた。

*2:なお、私はツイッター上で北先生をフォローさせて頂いているが、本エントリは、私が独自に購入した上で、独自に考察しているものであることを付言する。

*3:割合まで書かれているのが興味深い

*4:早くから決めている人が多い印象

*5:密集地の事例も過疎地の事例もあるのでバラエティに富む

*6:多くは一人で独立に落ち着いているが、それまでの思考過程を知るだけでも興味深い

*7:ランニングコストを抑えることの重要性や、最初報酬が入らなくても事務所経営がまわるための運転資金を用意することの重要性等、うなずかされる記載が多い

*8:すぐに辞められた事例が出ており、(正社員であったこともあって)社会保障の関係等で大変なことになった等、生々しく非常に参考になる。

*9:WestlawとD1-Lawを採用する人が意外に多く、判例秘書(LIC)とLexisの先生もいらっしゃるがあまり多くないのが意外。「独立のすすめ」の出版社が第一法規なのは関係ないでしょうが。

*10:1週間ずっと「ああ今日も仕事なし」という人は一人もいらっしゃいません。

*11:具体的受任ルート等

*12:特に仕事の断り方が興味深い

*13:しっかりされている方が多い印象

*14:ここだけは短い記載の方が多い印象

*15:「私が知りたいです」の方もいらっしゃいましたが、台所が苦しくても余裕を見せ続ける(100頁)や、生活費等で追い込まれないよう資金を準備して独立する(108頁)、人と会う時間と考える時間は短縮できないことを理解する(28頁)、1件の仕事で儲け過ぎない(90頁)等、この質問に真摯に向き合ったと思われる回答が多く、良い印象を受けました。

*16:後述

*17:独立いいなと思わせてくれます

*18:後述

*19:後述

*20:大規模化等のビジョンをお持ちの方が多い印象

*21:ポジティブな方が多い印象

*22:北周士「弁護士独立のすすめ」II頁

*23:北周士「弁護士独立のすすめ」151頁

*24:むしろ、読んでいて、「著者の先生の依頼者がこの記述を読んでも大丈夫だろうか」等と思わず心配になった記述もあった位である。

*25:なお、コラムや資料も具体的なものが多く、例えば付録の独立開業に必要な備品リスト等はトイレ用品や「正本・副本・控え・甲・乙のスタンプ」等、経験を活かした具体的記載がされている。

*26:数は弁護士が多いが、それ以外にも外国弁護士、隣接士業、NPO等様々

*27:日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」118頁

*28:日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」119頁

*29:まあ守秘義務もあるでしょうけど

*30:もちろん、独立予定者で「夢のカタチ」で紹介されているような基本事項を知らない方がいらっしゃるのであればそれはマズいので、それなりの意義はあるのでしょうが…

*31:あくまでも相対的なものなので、「夢のカタチ」が全て精神論ではないし、「独立のすすめ」に精神論が書いていない訳ではない。

*32:もちろん、本当は福島議員には具体策があるということなのかもしれないが、いずれにせよ本書にはそれが「書かれていない」のである。

*33:少な目に見積もってみました。

*34:1日20時間でも足りない

*35:中には顔は出されていない先生もいらっしゃいますが

*36:北周士「弁護士独立のすすめ」4頁以下

*37:北周士「弁護士独立のすすめ」15頁

*38:北周士「弁護士独立のすすめ」29頁

*39:北周士「弁護士独立のすすめ」72頁

*40:北周士「弁護士独立のすすめ」83頁

*41:北周士「弁護士独立のすすめ」109頁、139頁

*42:北周士「弁護士独立のすすめ」133頁

*43:日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」144頁

*44:日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」181頁以下

*45:日本弁護士連合会若手法曹サポートセンター「弁護士の夢のカタチ」163頁〜164頁

*46:北周士「弁護士独立のすすめ」VIII頁

*47:北周士「弁護士独立のすすめ」IX頁

*48:北周士「弁護士独立のすすめ」101頁

*49:北周士「弁護士独立のすすめ」121頁

*50:もちろん希望を持てるかは人によりますが。

*51:後輩が入る話をボスから聞いている会議の中で唐突に「独立したい!」と言い出し、「一人全国キャラバン」をして日本中の弁護士に話を聞きまくり、外国の弁護士にも話を聞くというストーリーなのですが…

*52:ただし、民事訴訟新受件数が2008年までしか掲載されていない(37頁)等は残念である

司法試験受験生にこそ読んで欲しい刑事訴訟法の「入門書」〜緑大輔「刑事訴訟法入門」

刑事訴訟法入門 (法セミLAW CLASSシリーズ)

刑事訴訟法入門 (法セミLAW CLASSシリーズ)

1.刑事訴訟法の難しさ
 多くの学生・法科大学院生にとって刑事訴訟法は難しいとされている。この科目が特に難しい理由は、判例実務と学説の間に少なくとも一昔前まではかなりの乖離があったことである。古典的な例を挙げれば、取調受忍義務の論点については、判例実務は肯定説を取っているが、学説は否定説を取っているとされており、「理論刑事訴訟法学の最前線は、実務と異なるパラレルワールドで展開しているのでは?」と思った学生がいてもおかしくはないだろう*1

しかし、最近は変化の兆しが見えてきている。これを象徴する文献がいくつかあるが、特に重要な文献をあえて1つに絞れば古江頼隆「事例演習刑事訴訟法である*2

事例演習刑事訴訟法 (法学教室ライブラリィ)

事例演習刑事訴訟法 (法学教室ライブラリィ)

元東京高検公判部長で、元東京大学教授*3の古江先生が短い事例を元に、判例実務と学説の位置づけを実務家としての豊富な経験を背景に紹介するこの本は、まさに実務と理論の架橋という法科大学院制度の本旨に即した一冊と言えよう。


2.若手学者の手による「入門書」
昨年11月、若手学者*4の手による刑事訴訟法の「入門書」が出版された。これが緑大輔「刑事訴訟法入門」である。
緑先生は、現在北海道大学の准教授をされており、最近、試験問題にももいろクローバーZを出題されたことが、ツイッター上及び2ch*5で局所的話題を呼んだ。労働讃歌の歌詞が「労働法 優」に聞こえる私の緑先生に対する個人的な好感度がかなり上がったところである*6


同書の特徴は、刑事訴訟法を学ぶ上で重要な問題点について、基礎から平易な言葉で判例学説を解き明かし、現時点の到達点にかなり近いところまで連れて行ってくれるというところである。


本書は、各トピックについて、事例を原則として2つ挙げる。この事例について、甲乙という学生が短い会話をする中で基本的な問題意識を明らかにする。その後、古典的文献、判例、実務家の見解等が資料として提示される。これらを前提に、緑先生が柔らかい語り口で当該トピックの問題の所在、制度条文等の概説的な説明から始め、これを前提に、事例や論点についての判例や学説の位置づけ等を綺麗に説明していく


例えば、いわゆる司法試験平成21年で出題された実況見分調書*7については*8、現場指示および現場供述と思われる事例が提示され、(お調子者の?)学生乙が「検証に似た処分であることからすると、321条3項の要件を満たせばいいんじゃないかな。」と軽率な発言をし、それに対し、甲は「最高裁判決(ママ)は、そんな単純な判断をしているようには思えない」とたしなめる。
その上で、資料として、ご存知最決平成17年9月27日刑集59巻7号753頁が引用されている。
緑先生は、まず、伝聞例外の意義について説明した上で、捜査機関作成の供述録取書という典型的な伝聞例外について二重の伝聞性というキーワードで説明される。
その上で、実況見分調書一般について検証との性質の共通性について説明*9した上で、いよいよ事例および決定の解説という山場にさしかかる


実務的な指示説明の必要性を指摘して、いわゆる現場指示が指示により対象となる物・場所を特定し、検証・見分の目的・動機を明らかにする点に意味があるとし、具体例を挙げて、現場指示自体は供述証拠ではなく、非伝聞であり、立会人を公判期日に出頭させて直接に説明内容を吟味する必要はありませんと、現場指示の特徴とその処理を明確に説明する*10


続けて、現場供述の具体的事例を挙げ、指示説明の要証事実が過去の事実についての知覚・記憶・叙述の内容の正確性について、立会人直接確認すべき場合があり、この場合の指示説明はもはや非伝聞とはいえず、供述証拠に該当すると解すべきだとされます*11。脚注に落とされていますが、この要証事実の把握が立証趣旨に拘束されず、当該事案の争点を踏まえた上で、犯行再現内容や指示説明内容が嘘だと仮定すると証拠価値をほとんど見出せない場合には、実質的に現場供述として提出されるものだと捉えるべきと、具体的な事案における実質的な要証事実の把握の把握についてまで踏み込んでらっしゃるのは受験生にとって非常にありがたい指針を与えるものである*12


そして、最高裁決定における現場供述とされた場合の伝聞例外にあたるための要件を、現場供述が文字に起こされて実況見分調書に記録されている場合と、いわゆる供述写真*13写真に撮影されて、その写真が実況見分調書に添付されている場合に分けて解説される*14


これでも十分な解説であるが、さらに2点追加の解説をされている。1つは、いわゆる犯行再現写真がいわゆる現場写真*15として、非伝聞と解される場合についてである。犯行再現写真が、「その日被告人は本当に被害者が畏怖するような怖い行為をしたのか」といった点を証明するために撮影されれば、これは供述写真としての厳しい規律に服することになる。しかし、同じ犯行を再現させた写真でも、実際に被告人は羽交い絞めできる体格か等の動作の物理的な可能性を問う場合には、再現どおりの羽交い絞めをしたのかを認定するのではないので現場写真として簡単に証拠能力が認められることになる。このような司法試験的には極めて重要な点をわかりやすく解説する本書は評価できる*16


 もう1つは、いわゆる「平成17年決定の謎」である。簡単に言えば、平成17年決定は、現場供述に含まれる伝聞の2過程(供述者の知覚記憶叙述と、記録者の知覚記憶叙述)に対応して、被告人なら322条1項の要件、それ以外なら321条1項2号ないし3号の要件を満たせと言っている訳だから、被告人なら322条1項の要件、それ以外なら321条1項2号ないし3号の要件を満たした以上は、もはや伝聞性は排除されているはずなのだ。それなのに、平成17年決定は重ねて「321条3項所定の要件を満たす必要があることはもとより」として、実況見分調書(検証調書)としての伝聞例外の要件該当性を要求するのである。学者によっては、その必要はないのではないかという向きもあるようである*17。この点は、緑先生は、

その含意はやや不明確なようにも感じられます。しかし、実況見分調書に収められている写真にせよ、立会人の発言の録取部分にせよ、多様な情報が含まれています。例えば、犯行再現写真の場合、犯行現場に撮影されたものであれば、被告人の犯行再現の動作の他に、その背景に現場の物品の位置関係など種々の情報も含まれるわけです。したがって、現場供述・供述写真にあたる部分以外のパーツについて、321条3項の充足を求める趣旨として理解できるように思われます。つまり、犯行再現等の物品の位置関係・場所の情況等、立会人の記憶・認識に依存しない事実(供述部分以外の事実)について、見分結果の真正性を立証することを求めたと理解できそうです。
緑大輔「刑事訴訟法入門」287〜288頁

と、1つの明快な答えをだされる*18


 これは1つの例であるが、いわば山の麓から山頂へのルートを概観する地図を示し、山頂まで導いてくれる本書は、新しい刑事訴訟法学を象徴する良作だと思う。いわば「かくれんぼ刑訴」*19として自説を強く押し出しすぎず、判例や通説・有力説をきちんと解説しながらも、筆者の問題意識が理解できるタッチは好感が持てた*20


3.司法試験受験生にお薦め
ところで、本書のタイトルは「刑事訴訟法入門」である。しかし、私の印象は、「入門レベルよりむしろ司法試験受験生にお薦め」ということである。


入門レベルでは、このような個々の論点の深い理解までは必要はなく、「なぜ被告人は無罪が推定され、超怪しい被告人でも合理的疑いがあれば無罪放免にしないといけないのか」「日常生活では伝聞は*21普通に判断の基礎とされているが、なぜ刑事裁判ではだめなのか」といった刑事訴訟基本原理を理解することが先決であり、その意味では、入門者は本書の各論点の1〜2という基本部分をまずは押さえるべきであろう。3〜5は入門期を脱した後のステップアップのように思われる。


むしろ、新司法試験で頻出の論点の多くについて、新司法試験レベルまでわかりやすく解説するという意味では、新司法試験受験生(ローで刑訴を一通り学んだ人や、予備試験受験生を含む)こそが本書を100%活用するに相応しいと思われる。古江頼隆「事例演習刑事訴訟法」には、やや基礎がわかっていないと議論についていけないというきらいがあるが、本書は、「入門」というように、基礎が不十分な受験生*22でも、きちんとステップアップできるので、学部かローで一応刑訴を学んだという受験生が、司法試験対策のため最初に読む本として最適だろう。後は古江演習や過去問等を活用すれば、司法試験刑事訴訟法は十分にマスターできる。


なお、司法試験受験対策のことを考えると、脚注にある文献を全部読む必要はないとも思われるが、ある論点を深めたいという場合、脚注が充実しているのは魅力的である。例えば、署名押印を第2過程の伝聞性除去だという一般的な見解を紹介した後、脚注2では、田口守一「刑事訴訟法(第6版)」では、署名押印は第1過程の伝聞性を除去すると解していると紹介する*23等、反対説を含め広くリファレンスのキーを提示しているところは良心的である*24


4.「学説」を学ぶ意義
 本書は第25講として、本エントリの冒頭で触れた「学説は不要では?」という疑問に答える形で、刑事訴訟法学説を学ぶ意義について詳細に説明する。


学説の意義について、学説の持つ真理探求の重要性を力説する見解や、学説の持つ判例立法に影響を及ぼす力を重視する見解等を紹介した上で、佐伯千仞先生のご見解を引いて、

私なりにこれらの述懐を理解するならば、次のようなことを意味しているのではないか、と思います。それは、研究者が自ら抱く理念を徹底したときの理論を提示し、それを実務家が共有するならば、そのときには実務家が直面する事件の個性に応じて、まさに専門家としての理想と現実のギャップの中で「落としどころ」を探るであろう。裏返せば、実務家が「落としどころ」を見出すためには、実務で現実に要求される必要性を前にして、理念・理想との間の調整点を探り出す必要があり、そのためには理念・理想をまずは共有する必要がある――ということではないでしょうか。
緑大輔「刑事訴訟法入門」323頁

とされる。


実務家が複眼的思考を持つきかっけとしての学説が展開する議論の意義*25に着目するこの見解は傾聴に値するのではないだろうか。


5.論点を網羅する形での補充に期待
本書は、そもそも「入門」であるため、全範囲網羅を目的とはしていない。とはいえ、本書の司法試験受験生への影響を考えると、ぜひ、司法試験に出る論点を網羅する形で補充していただきたい。
現時点でも、相当重要論点は取り上げられているが、共犯者の供述の扱いや、概括的認定・択一的認定等について補充の余地がありそうである。


また、誤植も気になった。上記の最高裁「判決」だけではなく266頁の図解で「甲」の「『Xが物を盗っていたよ』とが言ったのを聞いたわ」という発言等については、増刷の際に直していただきたいところである。

まとめ
緑大輔「刑事訴訟法入門」は、「入門」とあるが、司法試験受験生向けの良い教材である。
古江頼隆「事例演習刑事訴訟法」が難しいと思っているロースクールの2、3年生は、まずは「刑事訴訟法入門」から入って、司法試験刑訴のレベルまで連れて行ってもらうことをオススメする!

*1:私自身が学部生時代に刑事訴訟法を学んでの感想の1つはこれである。

*2:そういえば、いわゆる酒巻連載は、いつ本になるのでしょうか…

*3:同志社大学教授

*4:1976年生まれとのこと。

*5:北海道大学の刑事訴訟法の試験にももクロ キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!! : ももクロまとめ速報

*6:なお、毎年伝聞のことろでネタ出題をされているという噂もある。

*7:

*8:277頁以下

*9:最判昭和35年9月8日刑集14巻11号1437頁。

*10:284〜285頁

*11:285頁

*12:285頁脚注5

*13:被告人が事件当時の自らの言動を思い出して再現している様子を撮影した写真のように、言葉の代わりに身体の動作によって犯行状況を再現した行為(言語的動作)を撮影した写真、286頁

*14:286頁〜287頁

*15:見分対象たる物や場所の情況を撮影した写真、つまり実況見分調書の見分結果として貼付される写真、286頁

*16:287頁

*17:寺崎「捜査官が被害者や被疑者に被害・犯行状況を再現させ記録した実況見分調書の証拠能力」受理すと1345号104頁参照。

*18:なお、同旨と思われる見解として植村他「事例演習刑事法II刑事訴訟法」671頁参照

*19:325頁

*20:時々「隠れていない」部分もあるが、そのらはほとんどが先生の論文が引かれており、緑先生が特に問題意識として強く持っている部分なのだろう。

*21:信用性が低くなりこそすれ

*22:悲しいことに相当数いるように思われる

*23:282頁

*24:なお、実務家、つまり検察官や弁護人のお立場であれば、ある証拠をいかに自分に有利な形で裁判所に提出させるか/させないかというレベルで戦ってらっしゃる。つまり、検察官がこれは物理的可能性だから証拠採用してくださいよというのに対し、弁護人としてどう反論して証拠採用をやめさせるかを考えるというのが実務家レベルであり、その場合の戦略についてまでは本書はカバーしていない。その意味では本書はその前提となる知識を得るための「入門書」なのだろう

*25:323頁

今年一番笑った同人誌!「大嘘判例八百選」

別冊ジュリスト No.186 憲法判例百選1

別冊ジュリスト No.186 憲法判例百選1

*イメージ映像


1.はじめに
ツイッター上の法クラの中で、「面白い」ネタを得意とされている方は多いが、間違いなくその中で1、2位を争うのが、刑裁サイ太先生(@uwaaaa)である。
先生は、ブログ、ゴ3ネタ
ゴ3ネタ[ゴ3]
の運営者としても有名であり、法クラのスターと言ってよいだろう*1


そのネタの源泉は、判例秘書*2を中心とした判例検索能力の高さであり、的確な判例を迅速に発見する能力に関しては脱帽である


ところで、先生が年末出された同人誌、「大嘘判例八百選」を「関係者」*3にご恵贈いただけるとのことでお願いしたところ、ご快諾頂いた。早速、読んでみたところ、今年一番の爆笑をさせていただいた


2.ウソ判例パート
 まず、法クラが作成した*4判例を類型別に体系化・集成した「大嘘判例の部」は、最近のものはもちろん、古典的なもので、
ウソ判例百選[第5版] - Togetter
等でフォローできていないものも多く、資料的価値が高い


また、弁護士死亡カルタも、
#弁護士死亡カルタ (50音順) - Togetter
を中心に、精選されている。


3.オリジナル部分
ところで、この同人誌で特に必見なのは、後半のサイ太先生オリジナル部分である。


豊胸判例百選は、豊胸に関する裁判例を総覧し、「片胸○円、両胸○円*5」という、判例にみる「おっぱい」の価値を検討している。サイ太先生の胸部に対する並々ならぬこだわりが伺われる


かくいう私も、昔、「おっぱいの価値」をリサーチし、
オッパイ将棋と賭博罪〜ハチワンダイバーの法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
という記事にまとめたことがあるが、この視点はなかった


また、裁判官が署名できない理由については、本書発刊の報を聞き、喜びの余り、
署名押印できない理由〜極めて特殊な法ヲタの1分野 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
という記事を書いたが、本書は、この分野の初の文献ではないだろうか。


4.「判例の射程」
そして、非常に面白いと感じたのが判例の射程」である。


 判例の射程というと、通常は、ある判例の判示事項(たとえば、猿払事件の「休みの日であっても、公務員が政治活動するのはダメ。ダメなものはダメ!」*6が、その判決で問題となった事例を離れて、どの範囲まで適用されるのかであり、たとえば、非幹部公務員の政治活動を無罪とした最判平成24年12月7日(堀越事件判決)は、猿払事件「事案を異にする」、つまり、判例の射程外だとした*7


 ところが、サイ太先生は、最高裁から、事件の現場や当事者の住所地までの距離という、「射程」という言葉の持つもう1つの意味を用いて、「最高裁判例の射程」を検討される。


 そして、射程が短い事件として、自民党本部、麹町中学校、国会議事堂を指摘される。


 ただ、これは、GoogleMap上の徒歩距離、つまり、直線距離ではなく歩道を歩いてどのくらいかという基準をとったからであり、単純な直線距離をとればもっと短いものは多いのではなかろうか。


 たとえば、パッと思いつく限り、近そうなものとして、大嘗祭出席事件*8の「皇居」(皇居外苑*9ではない)、「新国立劇場事件*10で被上告財団独立行政法人に対して新国立劇場*11の運営を委託した日本芸術文化振興会(東京都千代田区隼町4-1)*12等がある。


 そして、何よりも、最高裁長官忌避事件*13最高裁がある。



 なお、逆に「遠い」射程のものとしては、在ブラジル被爆者健康管理手当等請求事件・最判平成19年2月6日民集61巻1号122頁なんていうのはどうだろうか。最高裁に限らなければ、南極海(仙台高判平成23年7月12日、東京地判平成22年7月7日判時2111号138頁、長崎地判平成16年3月2日労判873号43頁等)なんてものもある。



サイ太先生は、大ウソ判例八百選の第2版(第二弾)を計画されているそうである。

第二弾では、この点もご検討頂ければ幸いである。

まとめ
刑裁サイ太「大嘘判例八百選」は、法クラなら爆笑必至の面白い同人誌である。
特に、前半の資料的価値の高さと、オリジナルの後半部分の、誰も想像できないアイディアを出して判例秘書で検索して実現する行動力には、感服の一言である。
これを「関係者」で独占するのは極めてもったいないので、ぜひ、委託販売や電子出版(Kindle Digital Publishing等)していただきたい。
今から、第二弾が楽しみである。


謝辞:
謝辞 - ゴ3ネタ[ゴ3]
で、早速本レビュー記事をご紹介いただきました。ありがとうございます。

*1:「ビジネス法務系スター弁護士」との呼び声も高い。

*2:「よきパートナー」であり、「判例秘書」か「美女」かどちらかを選べと言われれば、間違いなく「判例美女」を選択するという。刑裁サイ太「大嘘判例八百選」2頁

*3:なお、地方税法415条1項にいう「関係者」とは、一葉ごとの固定資産課税台帳の固定資産について、同法343条により納税義務者となるべき者又はその代理人等納税義務者本人に準ずる者をいうものと解されている(最判昭和62年7月17日判タ657号76頁)。

*4:相当部分サイ太先生作成を含むが、とりとく(@tkbei)先生のご作成のものもかなりある。なお、若干ながら私のものも御収録いただいた。(私的)ウソ判例百選 - ム4ネタ[ム4]参照。

*5:具体的な金額は、「大嘘判例八百選」26頁をご参照ください

*6:最判昭和49年11月6日刑集第28巻9号393頁

*7:所論引用の判例(前掲最高裁昭和49年11月6日大法廷判決)の事案は,特定の地区の労働組合協議会事務局長である郵便局職員が,同労 働組合協議会の決定に従って選挙用ポスターの掲示や配布をしたというものであるところ,これは,上記労働組合協議会の構成員である職員団体の活動の一環と して行われ,公務員により組織される団体の活動としての性格を有するものであり,勤務時間外の行為であっても,その行為の態様からみて当該地区において公 務員が特定の政党の候補者を国政選挙において積極的に支援する行為であることが一般人に容易に認識され得るようなものであった。これらの事情によれば,当 該公務員が管理職的地位になく,その職務の内容や権限に裁量の余地がなく,当該行為が勤務時間外に,国ないし職場の施設を利用せず,公務員の地位を利用す ることなく行われたことなどの事情を考慮しても,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものであったということができ,行 政の中立的運営の確保とこれに対する国民の信頼に影響を及ぼすものであった。したがって,上記判例は,このような文書の掲示又は配布の事案についてのものであり,判例違反の主張は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切ではなく,所論は刑訴法405条の上告理由に当たらない。

*8:最判平成14年7月11日民事判例集56巻6号1204頁

*9:メーデー事件最判昭和28年12月23日7巻13号1561頁

*10:平成23年4月12日民集65巻3号943頁

*11:新国立劇場そのものは初台であり、最高裁からは遠い。

*12:http://www.ntj.jac.go.jp/about.html

*13:最決平成23年5月31日刑集65巻4号373頁

刑事弁護人としてのスタートラインに立つための新しいスタンダード「事例に学ぶ刑事弁護入門」〜「刑事弁護人あるある」付き書評

1.はじめに

事例に学ぶ刑事弁護入門―弁護方針完結の思考と実務

事例に学ぶ刑事弁護入門―弁護方針完結の思考と実務

 私は、刑事弁護に関しては現代人文社の大ファンであり、「季刊刑事弁護」の愛読者である*1
 刑事弁護入門書のスタンダードとしては、少なくとも従来は、現代人文社の「刑事弁護ビギナーズ」が燦然と輝いていた
刑事弁護ビギナーズ

刑事弁護ビギナーズ

 ここで、あえて「いた」と書いたのには理由がある。もちろん、この刑事弁護ビギナーズは「実務で求められる技術と情熱を凝縮した刑事弁護の入門書」という言葉に違わず、若手刑事弁護人(あの極めて難関の「季刊刑事弁護新人賞」を獲得された弁護士の先生もたくさん!!)の先生達が中心となって、手続面、倫理面から、情熱まで、刑事弁護人に必要な基礎的な事項を網羅している良書である。


しかし、もう5年も経ってしまった。刑事弁護ビギナーズは2008年(平成20年)1月に発行された。現在、つまり2013年(平成25年)1月からすると、もう5年前である。当時、裁判員制度は始まってなかった。また、被疑者国選は、その後範囲が大幅に拡大した。更に、例の事件*2によって、法テラスへの報酬請求のための手続が複雑化した。


 今も修習生の方等に、刑事弁護の入門書でオススメは何ですかという質問をいただくことがあるが、このような時代の変化に応えた改訂が欲しいぁと思いながら*3、これまでは、刑事弁護ビギナーズを引き続き薦めていた。ところが、今回、この状況を変える1冊が出版された。それが、宮村啓太先生*4「事例に学ぶ刑事弁護入門」である。


2.薄い本
 手に取って頂くと分かるが、約200頁の、本当に薄い本である。これだけ薄いと、逆に大丈夫なのか?と思う向きもあるだろうが、大丈夫である。


 この本は刑事弁護の基礎と題する第1編、刑事弁護の現場と題する第2編、そして、刑事弁護Q&Aと題する第3編の3編構成であるが、約8割を占め、また、内容的に極めて有意義なのが刑事弁護の現場である。


 そもそも、刑事弁護の世界には、自白事件か否認事件かという軸と、起訴前弁護か基礎後弁護かという軸の2軸がある。
 本書の白眉は、この2軸によってできた4つのマトリックスそれぞれについて典型的な事例を1つ作成し、この事例に沿って弁護活動を解説するところにある。

自白の有無 起訴前 起訴後
自白 第1章自白事件の起訴前弁護活動 第3章自白事件の起訴後弁護活動
否認 第2章否認事件の起訴前弁護活動 第4章否認事件の起訴後弁護活動

 第1章で起訴前弁護活動の重要事項を押さえたら、第2章で、これが否認になった場合どのような考慮をしなければならないかが分かる。
 第3章で起訴後弁護活動を押さえたら、第4章で否認かつ裁判員裁判の争い方を知るといったように、ステップアップ方式で学べるのが素晴らしい。


3.コンパクトながら最新の実務に基づく基本的事項を押さえている
 本書の解説の内容は、コンパクトながら最新の実務に基づく基本的事項を押さえている。当番弁護士の出動要請の際のFAXの読み方*5起訴前弁護活動のスケジュールの立て方*6早く供述録取書を作る方法*7示談交渉の指針*8「黙秘する、又は、供述した上で署名押印するかを慎重に判断してください」といった抽象的な基準ではダメ*9取調べの録画の際の注意点*10模擬取調べの有用性*11違法取調べへの対応*12裁判所への証拠保全の請求*13自白事件のスケジュール*14公判手続リハーサル*15保釈を受けている被告人の判決期日の対応*16公判整理決定後の打ち合わせの留意点*17「自白事件」における類型証拠開示の重要性*18裁判員裁判における被告人調書の扱い*19自己矛盾供述による弾劾の方法*20等、実務的に重要で、最近*21実務が変わった(変わりつつある)ところをかなり拾って説明している


 もちろん、入門をした後、実際に具体的な類型の事案、例えば、「外国人事件」とか「薬物事件」に当たった場合は

外国人刑事弁護マニュアル

外国人刑事弁護マニュアル

  • 作者: 大木和弘,金竜介,児玉晃一,関聡介
  • 出版社/メーカー: 現代人文社
  • 発売日: 2008/10/07
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 6回
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実務家のための入管法入門【改訂第2版】

実務家のための入管法入門【改訂第2版】

もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術 (GENJIN刑事弁護シリーズ15)

もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術 (GENJIN刑事弁護シリーズ15)

*22
等の類型毎の本を読んで知識を補充する必要はあるだろう。


 しかし、「入門」という意味ではこの本1冊でかなり目的を達成できるのであり、その意味で、本書を修習生や、新人弁護士の方にお勧めしたい。


4.頻繁な改訂を!
 なお、本書が前提としているのは「現在」の実務であるが、現在も実務は揺れ動いている


 例えば、署名押印拒否に対する捜査側の対応策として、本書は、「起訴後に検察官が、刑事訴訟法324条1項、322条1項により被告人の取調べ時の供述を内容とする取調官の供述に証拠能力が認められると主張し、取調官の証人尋問を請求する可能性はある。」とする*23。しかし、このような対応策に加え、署名押印を拒否していると、(実は本書の事案は単独犯なのであまり関係ないが)共犯者との関係で、 「証人」だとして、起訴前の証人尋問をされる場合等があり、このような場合における対処等は、今後重要性が増す可能性があるだろう。


 また、本書では、公判前整理手続におけるスケジュールについて「見通しが立たない段階の期日指定を受けない」ことの重要性を力説している*24ところ、これは弁護人の行動指針に関する一般論としては正しい。もっとも、本書137頁の打ち合わせ例では、「見通しが立たない」という主張を裁判官が受け容れている。こういう風にすぐに矛を収めてくれる裁判官ばかりであれば楽なのだが、実際には、「そこをなんとか」とおっしゃる方もいる。そういう場合への対処等も、今後重要性が増す可能性があるだろう。


 これと同様に、自己矛盾供述についての弾劾についても、本書ではかなり詳細にテクニックを披露されており、宮村先生の実例*25を交えた説明は非常に臨場感があるものであるが、「自己矛盾供述の存在を検察官が気づき、検察官が主尋問で先出しにして尋問し、弁護人の弾劾を潰してしまう」という捜査側のテクニックもある。このようなテクニックへの対処法等も、今後重要性が増す可能性があるだろう。


 このように揺れ動く実務の中、本書の「現在」における優位性が永続するよう、望むらくは毎年、遅くとも2、3年毎に頻繁に改訂して、その時点その時点の最新の実務を反映すること*26を期待したい。

まとめ
 あさひ法律事務所という企業法務系の事務所に所属されているのに熱心に刑事弁護をされている宮村先生に対しては素直に「すごい」の一言である
 その著者による現在の実務を前提として入門者に必須の事項をコンパクトにまとめた「事例に学ぶ刑事弁護入門」は、全ての修習生と新人弁護士の必読の一冊と言えよう。
 本書がベストセラーになり、頻繁な改訂が続くことを期待したい!

*1:季刊刑事弁護については、過去に林原めぐみ閣下に関するアナログ調査の効用ー刑事弁護専門書に声優インタビュー掲載 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常というエントリを書いたこともある。

*2:弁護士である被告人が、被疑者国選弁護事件及び被告人国選弁護事件の報酬を請求するに当たり法テラス接見回数等を水増しして弁護報酬をだまし取ったとする詐欺被告事件で、否認する被告人の弁解を排して詐欺罪の成立を認めた事例(岡山地判平成23年4月21日) - ム4ネタ[ム4]参照

*3:きっと少年弁護ビギナーズの方にリソースを割かれたんだろうなぁ、このご判断もよくわかるな等と思っていました。

*4:弁護士列伝 - 学生が直撃インタビュー! | 弁護士ドットコム:<あさひ法律事務所 宮村 啓太 先生>参照

*5:12頁以下。【刑事弁護人あるある:被疑事実に「被疑者は◯◯組所属の暴力団員であるが」とか「『俺は××組のもんだぞ』と凄み」等と書いたFAXが送られてくる。】

*6:23頁以下、【刑事弁護人あるある:勾留を回避しようと頑張ったところ、身元引受け人が残業当たり前のブラック企業に勤務しているので、深夜12時にやっと会えた。】

*7:27頁以下。【刑事弁護人あるある:供述録取書を作ろうと、白紙に手書きで書いて被疑者に示したら、「字が汚くて読めない」といわれた。】これは1つの方法で、ネットプリント等を利用される方もいらっしゃるみたいですね。

*8:44頁以下。【刑事弁護人あるある:被疑者が『お金はいくらでも出します』というのでかなり高い金額になったもののなんとか示談をまとめたところ、『そんなに高い金額、払えません』と言われた】

*9:58頁、【刑事弁護人あるある:被疑者が「大丈夫です。完全に否認の調書になっているので署名押印しました」と言っているので安心していたが、起訴されて開示された証拠を見たら、自白調書ができていた。】

*10:60頁、【刑事弁護人あるある:取調べの録画DVDが最近ブルーレイディスクになったので、PS3を買って経費で落とした。】

*11:66頁、【刑事弁護人あるある:厳しい警察官になりきって「こんな取調べをされたらどう対応する?」という模擬取調べを厳しくやり過ぎたため、被疑者が接見を恐がり、「本当の刑事さんといる方がずっと落ち着ける」と言い出した。】

*12:78頁以下、【刑事弁護人あるある:違法な取調べがされたことに怒って平静を欠き、「通知人」を弁護人とした上で、「貴職は通知人の取調べに際し、通知人に対し以下のような違法な言辞を弄しました。」と書いてしまった。】

*13:80頁以下、【刑事弁護人あるある:この証拠は絶対こっちに有利だと思って証拠保全を申立てたら、実は捜査機関にとって極めて有利な内容だった】(刑事訴訟法180条1項参照)

*14:109頁以下、【刑事弁護人あるある:執行猶予を確実にしようと、保釈を得て期日を2回もらってじっくり立証活動を行ったところ、判決直前に被告人が現行犯逮捕された。】

*15:112頁以下、【刑事弁護人あるある:被告人に対し公判手続きのリハーサルをしたところ、被告人から、弁護人の質問の仕方が下手だと言われ、「話し方」のレクチャーを受けた。】

*16:124頁以下、【刑事弁護人あるある:実刑になり身柄を拘束されると思って、保釈金の追加の手配をして、保釈請求書まで持って判決期日に立ち会ったが、あっけなく執行猶予判決が下された。】

*17:134頁以下、【刑事弁護人あるある:裁判官が早くスケジュールの見通しを言えと強く求め、検察官がすらすらと見通しを述べるので、「検察官が予定通りに請求する全証拠を開示することを前提に」スケジュールの見通しを述べたところ、検察官は証拠開示を渋るのに、裁判官は前提を聞いていない風を装って、スケジュールを守るよう求める。】

*18:150頁、【刑事弁護人あるある:自白事件なので、書記官に結審予定を聞かれて証拠を見る前に「全部同意、1回結審予定です」と言ったが、開示証拠を見たら重要な情状の争いを発見し、証拠開示を求めて大バトルに発展した。】

*19:161頁以下、【刑事弁護人あるある:被告人質問の後必要性を判断して調書の採否を決めるとされていたが、証人尋問の予定が押せ押せになり、身上経歴に関する必要十分な被告人質問をする時間がなくなり、結局調書を出すことになった。】

*20:167頁以下、【刑事弁護人あるある:自己矛盾供述があったので、よ〜し弾劾するぞと意気込んで証人尋問に望んだら、検察官の主尋問の冒頭で、自己矛盾供述が作成された経緯について合理的説明がされてしまった。】

*21:この5年には限らない

*22:よりよい弁護を目指し、弁護過誤を防ぐために〜「もう一歩踏み込んだ薬物事件の弁護術」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*23:宮村啓太「事例に学ぶ刑事弁護入門」59頁

*24:本書135頁

*25:本書170頁

*26:そのことと本書の特長である薄さを両立させるのはなみなみならぬことではあろうが

一緒に読むと面白い「司法修習QUEST」と「わたしの修習時代」

司法修習QUEST~弁護士になるまでに (ウィングス・コミックス)

司法修習QUEST~弁護士になるまでに (ウィングス・コミックス)

1.あの「赤ネコ」先生の司法修習漫画登場!
本業が漫画家で、漫画7対弁護士3の割合で仕事をされ、「漫画のために弁護士になろう」と法学部に進学されたという*1、異色の弁護士、赤ネコ先生


その4コマ漫画、「修習QUEST」
4コマ修習 もくじ | 法律擬人化!〜赤ネコ式六法全書〜
は、(当初)主人公のミリオタ、修実遥ちゃんが、人質司法を脱するために戦車を使う等の意外性のある行動が、一部にカルト的人気を博していた*2


この「修習QUEST」がついに商業出版された。それが、赤ネコ法律事務所「司法修習QUEST〜弁護士になるまでに」である。これは買うしかないだろう。


2.修習を追体験しながら、ストーリーとしても読ませる
約150頁であるが、あまり薄いという感じはしない。
単なる4コマweb漫画の単なる再録ではなく、(4コマで使われたネタも収録されていますが)「霊能ネタ」で有名な新井司を主人公としたストーリー漫画として、書き下ろされたものである*3


内容は、なんとか就職にこぎつけた新井司が、新人弁護士として、パワハラ好きのボス弁御鳥翔子先生のところでこき使われるという設定の中で、実務修習から集合修習、そして選択修習までの思い出を語るという感じである。


 赤ネコ先生ご自身が、法科大学院出身*4の弁護士でいらっしゃることもあり、給費制末期の司法修習生の生活をビビッドに追体験できる。


また、真面目な話*5と、面白おかしい話*6ベストバランスでちりばめられており、物語そのものとして読ませる。



3.一緒に読むと面白い「わたしの修習時代」
私が密かに注目したのは、ボス弁の御鳥先生が、修習時代について

二年の間に 裁判所や検察庁に行って 色々な経験をさせてもらえるんだ
楽しかったなあ まさに青春って感じだったよ
赤ネコ法律事務所「司法修習QUEST」25頁

と、バラ色の青春として語っており、これに対し、「お歳がバレますよ」と、新井司が忠告しているところである。
修習は、2年、1年6ヶ月、1年4ヶ月、そしてついには1年へと期間が減らされており、どの修習期間なのかで、年代が分かるのである。



そして、一般に、昔に遡れば遡る程、修習時代は楽しい青春時代だと、バラ色に見る人が多い傾向が指摘できるだろう。



このことを裏付けるのが、東京弁護士会の会報「LIBRA」に連載されている「わたしの修習時代」である。


殺人や強姦という大事件が修習生に割り当てられ、被疑者や被害者を大部屋で調べた*7、とか、前期修習において、4 月には入所パーティーソフトボール大会、5 月には1泊での見学旅行、7 月にはいずみ祭(寮祭)とキャンプ等と公式行事も多く、クラス仲間同士の親睦や教官との親睦も深まっていった*8とか、修習生ワルツ*9といった思い出が語られている。




もちろん女子修習生に対する教官の女性差別発言問題等、まだ法曹界に女性が少なかった当時ならでは*10の問題はあったようだが*11概ね楽しい思い出という趣旨の記載に溢れている



これに対して、司法修習QUESTでは、就職問題期間の短さによって、特に集合修習が大変になっており、二回試験不合格者も増えていること任官・任検が狭き門となっていること貸与制への移行等の問題をも浮き彫りにしており、このような問題を抱えながらも、前向きに勉強する現代の司法修習生の姿を描いている。


 そもそも、「わたしの修習時代」に出てくるキーワードには、前期修習ボーナス等、今の修習生には存在しないものも多く出てくるし、即日起案夜の修習等も今ではかなり減ってしまった。


主にここ約10年の司法改革による司法修習生の変化を知る上で、「司法修習QUEST」と「わたしの修習時代」を併せて読むことは非常に有益だろう。


まとめ
赤ネコ法律事務所「司法修習QUEST」は、単品としても、司法修習の内容をリアリティをもって伝えると共に、真面目な話と面白い話が適度にブレンドされており、多くの人に読んでもらいたい本である。
また、司法修習が「バラ色の青春」だった頃の、「わたしの修習時代」と対比することで、司法改革を経て現代の修習生がどう変わったかを立体的に知ることもできる

謝辞
赤ネコ先生のブログに取り上げて頂きました。
警告文であり挑戦状でもある | 赤ネコ法律事務所・別館!
ありがとうございます。

そう。あそこはそうなんです。
「バラ色の青春」を語るベテラン弁護士。
 今の修習生をこんな過酷な状況に陥れた当事者でもあるはずのベテランの方々がバラ色の青春を語ることが、新人からどう見られるのか。

 というコメントを頂戴し、大変感謝しております。
 まだまだ「造詣の深い」には至っておりませんが、今後とも先生の「挑戦状」を楽しみにしております。

*1:弁護士列伝 - 学生が直撃インタビュー! | 弁護士ドットコム:<赤ネコ法律事務所 森田優子先生>

*2:第8話 人質司法 | 法律擬人化!〜赤ネコ式六法全書〜

*3:正確には、出版元の新書館のWeb漫画雑誌であるWingsに連載されたものを単行本としたもの。AHREF参照

*4:法政大学とのこと。

*5:例えば、同じ裁判体の前で同じ検察官がずっと訴訟を追行するのはいかがなものかという問題(60頁)や、裁判官が本人訴訟に弁護士をつけることを薦める場合、マジでつけた方がいいといった話(81頁)

*6:例えば、勉強会をする目的として、「万一間違っても自分一人ではないから」とのがあるといった話等(30頁)、就活の際特技欄に霊視と書く(118頁)等。

*7:http://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2012_12/p48.pdf

*8:http://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2012_09/p46.pdf

*9:http://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2012_05/p34.pdf

*10:法曹界に男女差別が存在しないという趣旨ではない。

*11:http://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2012_07/p40.pdf

分かりやすい具体例で法学のフレームワークを身につけよう!〜「キヨミズ准教授の法学入門」

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)

キヨミズ准教授の法学入門 (星海社新書)


1.法学入門の類型
法学入門には、いくつかの類型がある。
1つ目は、オーソドックスに、法学のエッセンスを抽象化したもの。
一番有名なのは伊藤正己・加藤一郎編「現代法学入門」か。

現代法学入門 (有斐閣双書)

現代法学入門 (有斐閣双書)

例えば、法解釈には、文理解釈、論理解釈、拡大解釈、縮小解釈がある等と、一般に使われている解釈の類型を網羅的に説明する*1
どんな法分野でも通用する基礎を網羅的・体系的に学べるが、ただでさえ抽象的な法律を更に抽象化するものであり、この点に抵抗感を感じる学生もいる。


2つ目は、全部の事項を網羅するのではなく、具体的な事例等を元に法学の考え方の要点を学ばせるものである。例えば、道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門」が代表的であり、

自分で考えるちょっと違った法学入門 第3版

自分で考えるちょっと違った法学入門 第3版

拙著「アニメキャラが行列を作る法律相談所」もその1つである。
アニメキャラが行列を作る法律相談所

アニメキャラが行列を作る法律相談所

どうしても網羅性に欠ける*2が、面白さという意味では最初の類型を超えることが多い。


ところが、木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」は、このいずれの類型でもない。
本書は、あえていえば「メタ入門書」とでも言えようか。法学を学ぶにあたって理解しておくべきフレームワーク(枠組み)を、実定法、法解釈等の取っ付きやすい分野だけではなく、法学の社会科学における位置づけ、法哲学、法学史等のいわゆる「取っ付きにくい分野」も含めて1冊にまとめているものである。


2.「キヨミズ准教授の法学入門」の内容
本書の主人公「キタムラ」君(組長)は、高校2年生。喫茶店で近くの大学のキヨミズ准教授と、ワタベ先生に出会い、法学の世界へ導かれるという話である。


試し読みをされたい方は、
http://ji-sedai.jp/works/book/publication/kiyomizu/01/01.htmlをご参照されたい。


基本的には、身近な事例を用いて解説しており、「プリキュアごっこ』の見方に見る社会科学の各分野の違い」「学園祭の『ウォーリーを探せ』企画に見る法解釈」等、興味をそそる事例が集まっている。

何%の女の子がキュアハッピーをやりたがるのだろう、とか、キュアサニーキュアピースをやりたがるのは何%だろう、という形で統計分析をしますね
木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」67頁

等、前著「憲法の急所」でも見られる事例選択の妙味を味わうことができる。


本書で学べるフレームワークとしては、例えば、「法的三段論法」「法体系」「良い法解釈の条件」等がある。これらは、優秀な実務家であれば自然に身に付いているものだが、本書を使えば、入門段階で身につけることができるのである。


印象に残った記載を2つほどあげよう*3

法的三段論法が直感的な生の価値判断を離れて一度法源に戻ることで冷静になるという効果があると述べた後、

法律家は、ある事実関係で判断を示すときに、嫌でも法源を根拠にしなきゃいけないんですね。ここで、無理やり、法源という自分とは違う存在と向き合わせられるから、法的判断というものは深みが出るんですね。法律家個人の判断を相対化するわけです
(中略)
確かに、法源を一見しただけでそこで適用すべき法命題が定まって、そこから自動販売機的に結論が出るかのように見えることもありますね。だから、しばしば裁判官は、自動販売機にならなきゃいけないんです。
でも、裁判官は、自動販売機的な判断と同時に、自分なりの価値判断もするはずでしょう。それと法源との間には、多かれ少なかれ齟齬がありますね。『法律の文言からすると、当然、この人は死刑にしなきゃいけないけど、それはやり過ぎだと思う』とか
(中略)
法的判断の中では、法律家の判断と法源、それぞれが相対化されるんですね。
法源は、先人の知恵の積み重ねだったり民主制という優れた決定方法のアウトプットだったりしますね。だから、それと向き合うことは、法律家が自分の判断はおかしかったと反省するきっかけになりますよね。
とはいえ、法源が常に正しいとまでは言えないわけで、法律家の違和感が、法源を相対化するきっかけになることもあるでしょう
(中略)

ですから、法源を権威的に崇めて、それを疑わない自動販売機は、正しい意味での法律家ではないですね
木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」37〜39頁

と述べる。



「法律を適用するコンピュータ」というのはいろいろと試行錯誤されているが*4「価値判断」ができるようになるまでは、法解釈はしばらく人間の独壇場になりそうである。



また、法体系の重要性についても、以下のように述べる。

最後に、法学が、なぜ体系思考にこだわるのか、についてお話しします。時代の移り変わりなどにより、これまでの法体系では適切な結論が得られない新しい問題に直面することがあります。そういう場合、近代的な法律家は、その問題を法体系の中に位置づけて解決しようとしますね。これはわずらわしい思考方法ですし、何かと前例にこだわる『お役所仕事』に見えます。
しかし、こういう思考は、『公平』という価値と深く結びついているんですね。様々な問題を統一的な原理と体系の下で処理して初めて、公平な判断ができるわけです。『公平』の実現にはコストが必要だ、まどろっこしい思考方法にも意味があるんだ、という側面にも目を向けて頂ければうれしいですね

木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」121〜122頁


このような「法体系」の意義を公平に求めるところも、意外と気づかず、「ハッ」とさせてくれるところである。


上記のとおり、本書は、「骨太のフレームワークの理解」を身につけることを目的としているので、「法解釈手法の類型論」「法源の類型論*5」等のオーソドックスな法学入門書に載っていることは、かなり省略されている。Epilogueに推薦図書が掲載されているので、これらの本を手に取り、補う必要があるだろう。


なお、本書には、「イングランドでは、判例は、議会の立法に拠らない限り変更できないとされています」(本書248頁)等*6、やや疑問に思われる記載もあり*7、この辺りは、てにをはレベルの誤植を含め、増刷の際に改めて頂きたい。


3.高校生・法学部生にお勧め!
進路に迷ってる高校生や、大学で法学の勉強を始めたような人にとっては、本書のChapter 2で 法律学が他の社会科学とどう違うかを意識すると、法律学のものの考え方」*8が分かる。高校生であれば、これが自分にあっているかという観点で進路を検討をすればいいだろう。

特に、以下の法学部生の売り込み文句も参考になる。

「法学部生おススメです」
一 法律の知識があることは、普通に仕事で役に立ちます
二 法的思考の能力は、組織内部で、公平で納得のできる判断を導くのに使えます
三 しっかり法的思考ができることを示せば、取引先から信用を得られます
四 様々な社会問題とその解決法に精通しているので、視野が広くきめ細かい判断ができます
木村草太「キヨミズ准教授の法学入門」203頁


法学部生にとっても、法学を勉強する上で本書のフレームワークを体にしみ込ませることは、正しい法解釈に近づくための重要なプロセスであろう*9


4.法科大学院生や修習生、実務家の方にも!
法科大学院生や修習生、実務家にとっても、いわゆる法哲学や法学史等、いままであまり触れてこなかった面*10を面白く学べる本である。
強い野球部を作るには、バッティングや紅白戦みたい(ママ)実践練習だけじゃなくて、走り込みとか、筋力トレーニングとかが必要でしょ。(略)基礎をしっかりやらないで、いきなり不動産売買の契約のやり方とか、窃盗犯をつかまえて有罪にするやり方とかを教えても、法学部生として、力がつかないんですね」*11という言葉に共感を覚えたら、本書は買いだろう。


しかも、本書については、玄人筋好みの「穿った」読み方もできて面白い。
例えば、エピローグにある「法学に関する面白い参考文献」は、「なぜこういう選択をしたのか」という点を考察するのが興味深い。
例えば、「法社会学」については、入門書はない*12とされているが、川島武宜「日本人の法意識」といった古典をあえて外されたのはなぜか、興味深いところであろう。また、長谷部恭男先生の本は「憲法と平和を問いなおす」「憲法とはなにか」を例示されているが、「法とは何か---法思想史入門」を外されたのはなぜかも興味深い。
更に、刑事訴訟法については、刑法とあわせて山口「刑法入門」を紹介されている。確かに同書にも刑事手続の概要は触れられているが、ほとんどが刑法の解説であり、なぜ刑事訴訟法プロパーの本を選ばれなかったのかも興味深いところである。

まとめ
本書は、「メタ入門書」というべき、「他の入門書で触れられている項目が触れられておらず、逆に他の入門書にない項目が充実している」という特色がある。
表面的な法解釈に留まらない深い解釈ができるようになるための「フレームワーク」を押さえられる本書を、高校生、法学部生、ロースクール生、そして実務家とその卵に推薦したい。
木村先生の次回作憲法の創造力」も楽しみである!

*1:伊藤正己・加藤一郎編「現代法学入門」77頁以下

*2:とはいえ、道垣内先生の本はかなりいろいろな分野を網羅されている。

*3:ほかにも、仕事を怠ける「ダメ法学者」や、「行政法学者は、季刊教育法とか、近代農業とか、月刊コンクリートとか、月刊廃棄物とか、いろんなジャンルの雑誌買わないといけないのに、何で研究費が憲法学者と同じ額なんだよ」(同書92頁、ただし、近代農業、月刊コンクリートは、それぞれ「現代農業」月刊誌「セメント・コンクリート」のことと思われる。)等いろいろ面白い。

*4:例えば、pdfだがhttp://research.nii.ac.jp/~ksatoh/juris-informatics-papers/kbs92-ksatoh.pdf参照

*5:よく法学入門に出てくる明治8年太政官布告103号裁判事務心得3条の「条理」が法源か等

*6:田中英夫「法形成過程」62頁によれば、1966年の貴族院の声明(Practice Statement)で先例拘束性の原理が廃止され、先例を変更することが妥当であると考えられるときは、そうすることができるとなったはず。

*7:キヨミズ准教授の「冗談」なのかもしれないが

*8:どういうルールに基づいて決めているのかという辺りに焦点があたるが、詳しくは本書を参照されたい。

*9:特に法的三段論法が冷静に議論をしてから結論を出すためのものであるという本書28頁は興味深い。

*10:それなので、法学入門(法学言論)講義の受講生が0人だという設定になっている

*11:本書10頁

*12:同書272頁

司法試験受験生の副読本に「憲法論点教室」

憲法論点教室

憲法論点教室

1.はじめに
憲法事例問題を解くことは難しい。
そのためには、(1)憲法の各条文と、その条文につきどのような判例があるかを理解した上で、(2)違憲判断の方法等の憲法訴訟上の問題を理解し、(3)問題を検討して説得的に論述することが必要であろう。


旧司法試験の時代は、(1)と(2)はおざなりにして金太郎飴式の論証パターンでしのぎ、(3)の「あてはめ」勝負*1でなんとかしようという方法が人口に膾炙していた。
しかし、新司法試験ではそうはいかない。その意味でどのように憲法にアプローチするかは重要な課題である。


ここで、今までの芦部憲法・いわゆる「通説」パラダイムを捨てれば*2、そこには、三段階審査パラダイムが広がっている。


小山剛「『憲法上の権利』の作法」、宍戸常寿「憲法解釈論の応用と展開」、木村草太「憲法の急所」は、最近のドイツ流の考えを取り入れた学説を勉強するための必須かつ優秀な文献である。三冊で、一応基本的考えから演習まで揃っている。


とはいえ、司法試験受験生の中には、三段階審査を取り入れるまでの決心がつかないとか芦部憲法をベースに勉強したいが、新しい考え方がどういうものかを知りたいといった需要もあるだろう。


更に、三段階審査の世界に飛び込んだものの、疑問が浮かんでくるけれど、どうやって解消すればいいのかわからないという人もいるだろう。


2.「憲法論点教室」
ここで、このような問題意識を抱えている人のための「副読本」としてオススメなのが、「憲法論点教室」である。


本書は、法科大学院の准教授をされている方を中心とした若手研究者*3法科大学院生等からされる「よくある質問」に答えようとした企画である。年代が近いので、広島市暴走族追放条例事件は「コスプレ・イベント(略)などが規制対象から除外される」といった例が出てくる*4


審査基準とは何か、三段階審査との違いは何か、新司法試験式の当事者主張想定型の問題はどう解くのか、憲法上の主張として検討すべき範囲はどこか...。


等々、法科大学院の授業と自習の成果を元に新司法試験の問題に齧り付こうとして、「歯が立たない」と思った受験生が疑問に思いそうなところが取り上げられている。


例えば、平成22年の問題で「あれ、『憲法上の問題』っていうけど国賠法って書くの?」と疑問に思われた方であれば、「28『憲法上の主張』・『憲法上の問題』が意味することは何か?」が参考になる。出題趣旨や採点実感がこの点に触れることを
要請しているとした上で、

こうした違憲な国家行為と国賠の違法性認定における二分論の思考はー憲法学からの批判もあるようにーまさしく憲法論でもある。

曽我部真裕他「憲法論点教室」205頁

といった形で、出題趣旨や採点実感の「結論」の背景にある憲法学上の議論を解説してくれるのはありがたいのではなかろうか*5

共著なので、論者によって説明の難易度が変わるが、法科大学院生が疑問に思いそうな点について、比較的アクセスしやすい文献を引きながら説明しており、理解を助ける役に立つだろう。


特に、人権論のところでは、芦部説を導入で説明し、そこから、最近の批判がどのようにされているかという形で説明することが多く*6一応芦部憲法は分かったが、そこと最近の議論の関係が分からないという法科大学院生に優しい構成である。


3.本書の特性と望ましい使い方
このように「憲法論点教室」は良い副読本ではあるが、いくつかその特性上の注意点がある。


(1)「普通の法科大学院生」の質問??
本書の「はしがき」によると、あくまでも『普通の』法科大学院生がもう一歩理解を深めるための教材を目指したとある。


もっとも、結構レベルは高い。例えば、

ベースライン論とは何か? 後知恵的な説明以外に答案で使ってよいのか?


(略)


これに対しては、なぜそれを尊重しなければならないのかという説明が不十分だとし、内容形成義務を考えるべきだとする小山剛教授(注13)の批判がある(おそらく(4)の質問者は小山教授に共感を覚えているのでないか
(略)
【13】山野目章夫=小山剛「民法学からの問題提起と憲法学からの応答」法時81巻5号(2009年)12−13頁〔小山剛執筆部分〕


曽我部真裕他「憲法論点教室」134頁


いや、法律時報の「民法学からの問題提起と憲法学からの応答」を熟読して小山説にシンパシーを感じているレベルに至った生徒は「普通の生徒」のレベルではないと思うのですが!?


(2)演習は他の本に任せていること
何度も繰り返しているが、これは「副読本」である。
そこで、抽象的な質問には回答しているが、具体的な議論の適用(そうすると、具体的にこういう事例ではどうなるの?)については書かれていないことが多い。


例えば、平成24年の憲法といえば、政教分離の問題、もう少しいうと、「みんな当然空知太事件判決*7は知ってるよね。でも、空知太が目的・効果基準の判例を引いていることや、その後の白山比咩事件があること等から、最高裁が目的・効果基準を放棄していないことも知ってるよね。じゃあ、本当に空知太事件判決を理解したといえるか、具体的な事例で考えてみよう! *8というものである。


本書は、目的効果基準を使う場合とそうでない場合との使い分けは?」と題して、いわゆる藤田補足意見*9や調査官解説*10についての説明がなされている。その上で、目的効果基準を用いる場合には*1120条3項の問題の場面と、それ以外の場面*12で議論が違い得るという解説もしてくれている。


このような解説がされているという意味では、行間を読める生徒にとっては、本書の解説を読めば、平成24年の問題を解けるようになるだろう。


しかし、行間を読めるレベルに至っているということ自体、合格レベルということである。「普通」の受験生にとっては、更にじゃあ、一見*13純粋な宗教施設の再建のために公共資金を提供するとも見れるが、一回限りの作為行為ともいえる本件の行為はどうなの?*14といった問題意識があるだろう。


仮に規範について自分なりに方向性が決まったとしても、例えば、空知太事件判決の当てはめをする上で、本問のどの要素が具体的に「当該宗教的施設の性格、当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯、当該無償提供の態様、これらに対する一般人の評価」においてプラスないしマイナスに使えるのかというので悩む人もいるだろう。


更に、例えば、目的・効果基準を使うとしても、本書のいう*15「かかわり合いの態様や対象の宗教性の程度などを考えつつも、行為の目的が正当な世俗的目的であるかどうか、その効果が『宗教を援助、助長、促進又は圧迫、干渉等』になるかどうかの判断に力点を置いて、公権力の行為の違法性の有無を認定する」*16といっても、具体的にどうあてはめるのかという悩みを持つ人がいるだろう。


本書は、そのような読者の悩みに答えるため、「演習」として、宍戸「憲法解釈論の応用と展開」等の該当頁が引かれている。


もっとも、具体的な憲法の過去問というレベルの参考文献はない。興味深いことに、同書の出版社である日本評論社から出している法学セミナーの過去問解説は「演習」や「参考文献」として引かれていない。



ここは、「出題趣旨」「ヒアリング」「採点実感」を読む、オフィスアワーにも先生に質問に行く、合格者の添削を受ける、憲法ガールを検討する*17等の努力が必要であり、本書だけで具体的なあてはめまでできるようにはならない点に留意が必要であろう。


3.項目は網羅的ではなく「よく質問される順上位28」であること
確かに、よくある質問はかなり入っているが、網羅性はない。いや、そもそも本書は、よく質問される項目を拾っているのであって、最初から網羅性を目的としていない


例えば、平成24年の予備試験で出題されたような国民審査制はもちろん入っていない*18


芦部憲法の目次*19と照らし合わせると、主な欠落項目としては、思想良心の自由信教の自由プロパー*20学問の自由パブリックフォーラム論を除く表現の自由系全て(知る権利、報道の自由、営利的言論、集会結社等々)参政権教育を受ける権利労働基本権等が挙げられる。


また、内容の深さでいうと、本書が扱っている項目の中でもより深めた疑問であるアメリ憲法学の適用上の訴えと文面上の訴えの区別という議論はどういうものか、この議論と法令審査(違憲)・適用審査(違憲)の議論はどう違うのか?」*21とか、「規制目的が積極・消極いずれかと、損失補償の可否はどのように関係するのか?*22、損失補償の範囲はどう(積極実損、相当因果関係)考えるべきか?*23等についても深めてもらいたかった。


その意味で、この本を1冊潰せば主な論点を十分に深めたことになるとまでは言えないので、あくまでも本書を「副読本」的に使うことが望ましい。


なお、コンセプトは正しいと思うので、ぜひ、補訂版を作成していただき、もう少し扱う範囲と深さを広げていただきたいと思う。

まとめ
三段階審査の三冊を読んで問題なく理解できたという人には本書は不要かもしれない。
しかし、まだ三段階審査に完全に移る踏ん切りはついていないが最新の議論を理解したいとか、三段階審査の本を読んで大体分かって来たが、疑問が残っているという人にとっては、「憲法論点教室」を副読本とするのがいいだろう。
ただし、演習による補充が必要なこと、網羅性等については期待できないことに気をつけるべきである。

*1:といいながらも、規範がいい加減な上、今主流の、判例を「はしご」に、判例の事案(例えば10年以上前に国会で審議・廃案)と問題文の事案(例えば7年前に官庁への請願)を比較してあてはめるなんていう技法は誰もやっていなかった。

*2:実は、後述の3冊は、芦部憲法の考え方を完全に捨てているのではなく、いわば「再構築」したとも言い得ることに注意が必要

*3:長谷部教授が「ご本尊」(134頁)等と呼ばれていることからも、著者の年代が推測される。

*4:曽我部真裕他「憲法論点教室」63頁

*5:同様に、「27 当事者主張想定型の問題について」も、「主張できそうなものは全部主張するということでよいか?」「単純に審査基準を変えればいいのか?」といった司法試験の問題に齧り付いてく苦戦している人の聞きたい質問への回答が示されており、有益だろう。

*6:人権の享有主体性、平等、パブリック・フォーラム論その他

*7:「当該宗教的施設の性格、当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯、当該無償提供の態様、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断」という規範を立てた。最判平成22年1月20日民集64巻1号1頁

*8:もちろん、いろんな理解をする人がいるから、結論はともかく、理由付けが大事だよね!

*9:純粋な宗教施設・行事の便宜のために公有地を提供する行為はまさに憲法89条前段が禁止しようとする中核部分に該当するがゆえ、目的効果基準の適用の可否が問われる以前の問題である

*10:問題とされているのが、従来のような1回限りの作為的行為か、極めて長期にわたる不作為的側面も有する継続的行為であるか

*11:地方公共団体等が宗教っぽい活動を行ったんじゃないの?という

*12:特権付与等

*13:もちろん、「いやいや、純粋な宗教施設ではなくて、世俗的要素たっぷりっすよ」という反論の余地は大きい訳ですが。

*14:当然、3つの種類があるので、これらの種類毎に存在する特殊性に配慮しないと点がつかない訳ですが。

*15:憲法20条3項の検討で考えるような考慮要素を使って

*16:曽我部真裕他「憲法論点教室」120頁

*17:憲法24年については、http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20120526/1338002115http://d.hatena.ne.jp/tower-of-babel/20120526/1338054111

*18:統治は、憲法訴訟論を除くと、法律の概念、権力分立論、条例との関係くらいしか入っていない。

*19:つまり、伝統的に重要と考えられてきた分野ということ。「消極的表現の自由」「政府言論」等は当然ない。

*20:政教分離以外

*21:参考になるものとして、青井未帆「憲法判断の対象と範囲について」(http://www.seijo-law.jp/pdf_slr/SLR-079-182.pdf)がある。

*22:平成18年過去問参照。

*23:平成18年過去問でいうと「逸失利益」と「回収費用」のどの部分について補償を認めるべきか