今年一番笑った同人誌!「大嘘判例八百選」
- 作者: 高橋和之,長谷部恭男,石川健治
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2007/02/27
- メディア: ムック
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1.はじめに
ツイッター上の法クラの中で、「面白い」ネタを得意とされている方は多いが、間違いなくその中で1、2位を争うのが、刑裁サイ太先生(@uwaaaa)である。
先生は、ブログ、ゴ3ネタ
ゴ3ネタ[ゴ3]
の運営者としても有名であり、法クラのスターと言ってよいだろう*1。
そのネタの源泉は、判例秘書*2を中心とした判例検索能力の高さであり、的確な判例を迅速に発見する能力に関しては脱帽である。
ところで、先生が年末出された同人誌、「大嘘判例八百選」を「関係者」*3にご恵贈いただけるとのことでお願いしたところ、ご快諾頂いた。早速、読んでみたところ、今年一番の爆笑をさせていただいた。
2.ウソ判例パート
まず、法クラが作成した*4嘘判例を類型別に体系化・集成した「大嘘判例の部」は、最近のものはもちろん、古典的なもので、
ウソ判例百選[第5版] - Togetter
等でフォローできていないものも多く、資料的価値が高い。
また、弁護士死亡カルタも、
#弁護士死亡カルタ (50音順) - Togetter
を中心に、精選されている。
3.オリジナル部分
ところで、この同人誌で特に必見なのは、後半のサイ太先生オリジナル部分である。
豊胸判例百選は、豊胸に関する裁判例を総覧し、「片胸○円、両胸○円*5」という、判例にみる「おっぱい」の価値を検討している。サイ太先生の胸部に対する並々ならぬこだわりが伺われる。
かくいう私も、昔、「おっぱいの価値」をリサーチし、
オッパイ将棋と賭博罪〜ハチワンダイバーの法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
という記事にまとめたことがあるが、この視点はなかった。
また、裁判官が署名できない理由については、本書発刊の報を聞き、喜びの余り、
署名押印できない理由〜極めて特殊な法ヲタの1分野 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
という記事を書いたが、本書は、この分野の初の文献ではないだろうか。
4.「判例の射程」
そして、非常に面白いと感じたのが「判例の射程」である。
判例の射程というと、通常は、ある判例の判示事項(たとえば、猿払事件の「休みの日であっても、公務員が政治活動するのはダメ。ダメなものはダメ!」*6)が、その判決で問題となった事例を離れて、どの範囲まで適用されるのかであり、たとえば、非幹部公務員の政治活動を無罪とした最判平成24年12月7日(堀越事件判決)は、猿払事件と「事案を異にする」、つまり、判例の射程外だとした*7。
ところが、サイ太先生は、最高裁から、事件の現場や当事者の住所地までの距離という、「射程」という言葉の持つもう1つの意味を用いて、「最高裁判例の射程」を検討される。
そして、射程が短い事件として、自民党本部、麹町中学校、国会議事堂を指摘される。
ただ、これは、GoogleMap上の徒歩距離、つまり、直線距離ではなく歩道を歩いてどのくらいかという基準をとったからであり、単純な直線距離をとればもっと短いものは多いのではなかろうか。
たとえば、パッと思いつく限り、近そうなものとして、大嘗祭出席事件*8の「皇居」(皇居外苑*9ではない)、「新国立劇場事件」*10で被上告財団独立行政法人に対して新国立劇場*11の運営を委託した日本芸術文化振興会(東京都千代田区隼町4-1)*12等がある。
そして、何よりも、最高裁長官忌避事件*13の「最高裁」がある。
なお、逆に「遠い」射程のものとしては、在ブラジル被爆者健康管理手当等請求事件・最判平成19年2月6日民集61巻1号122頁なんていうのはどうだろうか。最高裁に限らなければ、南極海(仙台高判平成23年7月12日、東京地判平成22年7月7日判時2111号138頁、長崎地判平成16年3月2日労判873号43頁等)なんてものもある。
サイ太先生は、大ウソ判例八百選の第2版(第二弾)を計画されているそうである。
まとめ
刑裁サイ太「大嘘判例八百選」は、法クラなら爆笑必至の面白い同人誌である。
特に、前半の資料的価値の高さと、オリジナルの後半部分の、誰も想像できないアイディアを出して判例秘書で検索して実現する行動力には、感服の一言である。
これを「関係者」で独占するのは極めてもったいないので、ぜひ、委託販売や電子出版(Kindle Digital Publishing等)していただきたい。
今から、第二弾が楽しみである。
謝辞:
謝辞 - ゴ3ネタ[ゴ3]
で、早速本レビュー記事をご紹介いただきました。ありがとうございます。
*1:「ビジネス法務系スター弁護士」との呼び声も高い。
*2:「よきパートナー」であり、「判例秘書」か「美女」かどちらかを選べと言われれば、間違いなく「判例美女」を選択するという。刑裁サイ太「大嘘判例八百選」2頁
*3:なお、地方税法415条1項にいう「関係者」とは、一葉ごとの固定資産課税台帳の固定資産について、同法343条により納税義務者となるべき者又はその代理人等納税義務者本人に準ずる者をいうものと解されている(最判昭和62年7月17日判タ657号76頁)。
*4:相当部分サイ太先生作成を含むが、とりとく(@tkbei)先生のご作成のものもかなりある。なお、若干ながら私のものも御収録いただいた。(私的)ウソ判例百選 - ム4ネタ[ム4]参照。
*5:具体的な金額は、「大嘘判例八百選」26頁をご参照ください
*7:所論引用の判例(前掲最高裁昭和49年11月6日大法廷判決)の事案は,特定の地区の労働組合協議会事務局長である郵便局職員が,同労 働組合協議会の決定に従って選挙用ポスターの掲示や配布をしたというものであるところ,これは,上記労働組合協議会の構成員である職員団体の活動の一環と して行われ,公務員により組織される団体の活動としての性格を有するものであり,勤務時間外の行為であっても,その行為の態様からみて当該地区において公 務員が特定の政党の候補者を国政選挙において積極的に支援する行為であることが一般人に容易に認識され得るようなものであった。これらの事情によれば,当 該公務員が管理職的地位になく,その職務の内容や権限に裁量の余地がなく,当該行為が勤務時間外に,国ないし職場の施設を利用せず,公務員の地位を利用す ることなく行われたことなどの事情を考慮しても,公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものであったということができ,行 政の中立的運営の確保とこれに対する国民の信頼に影響を及ぼすものであった。したがって,上記判例は,このような文書の掲示又は配布の事案についてのものであり,判例違反の主張は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切ではなく,所論は刑訴法405条の上告理由に当たらない。
*8:最判平成14年7月11日民事判例集56巻6号1204頁
*9:メーデー事件最判昭和28年12月23日7巻13号1561頁