アホヲタ元法学部生の日常

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情報法関連オススメ海外文献10選+おまけ(by 独断と偏見)

CODE VERSION2.0

CODE VERSION2.0


注:1月17日に補足があります。本エントリの一番下をご覧下さい!


 法務系アドベントカレンダーのCeongSu先生(@CeongSu)の企画である、「海外法関連ウェブサイトおススメ30選+おまけ(by 独断と偏見)
海外法関連ウェブサイトおススメ30選+おまけ(by 独断と偏見) | 日々、リーガルプラクティス。
は、私が知らないサイトを含む多くのサイトをリストアップして下さり、大変有益な企画であった。


 では、私も何かできないか、と思って考えてみたのが「情報法関係海外文献」だが、集めてみたことで、改めて明らかになってしまったのが、


「自分の読んだ情報法の文献がどれだけ狭いか」


 という悲しい現実であった。



 とはいえ、私なりに好きな文献を10+αアップすることにより、他の、より幅広く文献をお読みの方からのご批判を含めたご紹介を頂ければという趣旨で、恥ずかしながらアップさせて頂きたい。



1 John Perry Barlow, A Declaration of the Independence of Cyberspace

A Declaration of the Independence of Cyberspace | Electronic Frontier Foundation

 情報法に関する古典であり、情報法を考える際のスタートラインとも言えるのがこの、A Declaration of the Independence of Cyberspace (サイバースペース独立宣言)である。経緯としては、約20年前、インターネット黎明期(Windows 95の時代)の1996年にCDA (Communications Decency Act)と言われる法律により、インターネットへの規制が始まろうとしていた。このような規制に対する反対を叫んだのがEFF(電子フロンティア財団)の共同設立者の一人でもあるBarlowであり、その文章は、当時の雰囲気を色濃く示唆するとともに、その後の規制の歴史を知る20年後の現代人の一人として感慨深い。とはいえ、個人的に最も重要だと思うのは、その「厨二感」である。

Governments of the Industrial World, you weary giants of flesh and steel, I come from Cyberspace, the new home of Mind. On behalf of the future, I ask you of the past to leave us alone. You are not welcome among us. You have no sovereignty where we gather.(仮訳:産業世界の政府ども、おまえらは肉と鋼鉄でできた弱りきった巨人だ。私は精神の新しい住処であるサイバースペースから来た。未来に代わって、過去であるおまえらに要求する。我々を放っておけ。おまえらは我々に歓迎されていない。おまえらは、我々の集う場所に主権をもたない。)

という冒頭の一節だけでも雰囲気は伝わるのではなかろうか*1



邦訳もいくつかある*2が、ぜひ原文をお読み頂きたい。


2 Lawrence Lessig, The New Chicago School

http://www.jstor.org/stable/pdfplus/10.1086/468039.pdf?acceptTC=true

最初に紹介する文献をこれにすべきか、それともサイバースペース独立宣言にすべきか悩んだ位の重要文献が、LessigのThe New Chicago Schoolである。情報法を勉強していなくても、規制には、法(Law)だけではなく、市場(Market)、規範(Norms)、アーキテクチャ(Architecture)の4種類があるという話くらいは聞いた事があるのではなかろうか。このような、現在の情報法における思考の基本フレームワークを確立したという意味で、極めて画期的な論文である*3

なお、Lessigは極めて多数の有益な論文・著書があり、これ以外にも CODE VERSION 2.0*4等は秀逸である。





当ブログでも、書評として、

日本の政治問題に対しても示唆的? 〜「Republic, Lost(仮訳:失われた共和国)」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

を書いたことがある。





3 James Grimmelmann, INTERNET LAW: CASES AND PROBLEMS

Semaphore Press

 (アメリカの)インターネット法については、有名な事件名等は皆様も聞いた事があるのではないかと思われるが、各分野についての判例の到達点を知ることは容易ではない。弁護士が具体的な事案を受任した場合や、学者がある特定の問題について研究をするのであれば、LexisNexisやWestLawを利用した判例リサーチを行うのだろうが、もっと手軽に勉強する方法としては、アメリカのケースブックの利用が考えられる。本書は、ケースブックの1つだが、その特徴は「無料公開(ただ、30ドルの寄付をお願いしている)」であることと「毎年改訂が入っている」ことの2つである。2014年7月時点でのアメリカ・サイバーローの判例の到達点を手軽に知るには、本書がオススメである。





4 Cass R. Sunstein, Republic.com 2.0

http://press.princeton.edu/titles/8468.html

邦訳が「インターネットは民主主義の敵か」

インターネットは民主主義の敵か

インターネットは民主主義の敵か

ということで、初版は既に邦訳で読まれている方も多いと思われる、Cass Sunsteinの古典的名著の第二版。(2007年刊だが、なぜか二版の方は邦訳が出ていない。

同書が出版された当時”some time in the future(仮訳:将来のどこかの時点)”の話だった、”Without any difficulty, you are able to see exactly what you want to see, no more and no less.(仮訳:何の苦労もなく、あなたは、まさに見たいもの、それだけを見ることができる。)"という世界が、Twitter*5等で実現しつつある現在、同書の意義はますます高まっていると言えるだろう。





5 Jonathan Zittrain, The Future of the Internet ; And How To Stop It


Download :: Future of the Internet – And how to stop it.
ハヤカワから邦訳が出ている

インターネットが死ぬ日 (ハヤカワ新書juice)

インターネットが死ぬ日 (ハヤカワ新書juice)

が、脚注が含まれる英語版はCC BY NC SAであり、無料でダウンロードをしてすぐに読むことができる。



今読むと例が古いと感じるところもあるだろうが、未だに「脱獄」しない限り自由にアプリ等をインストールできないiPhoneのようなエコシステムは根強く、また、「クリーンなインターネットを」といった動きも根強い。その意味では、本書の重要性は未だに消えていないと言えるだろう。



Zittrainは、同書以外にも Internet Points of Control *6や、A History of Online Gatekeeping*7等、多くの重要な論文・書籍を執筆している。





6 William Fisher, Promises to Keep: Technology, Law, and the Future of Entertainment

Promises to Keep
 インターネット世界の知財法のあり方について分析をし、提案をする本はいくつかあるが、個人的な趣味でこれを推したい。特に第6章(無料公開されている)は、著作物が公共財である事に着想を得て、インターネットを通じたファイル交換について、現在の著作権による独占システムを変革し、自由にファイル交換をさせた上で、視聴数に応じた政府(税金)による補償をするシステムを提案している。知財法のあり方としては革命的であり、ここでも厨二的匂いを感じるのは私だけだろうか。現在のアメリカでは、spotify等の定額視聴ビジネスが、ファイル交換を大幅に弱体化させたと理解しているが、この問題については、このような知財法的なアプローチもあり得るのかと、目を見開かされた*8



Fisherは、他にThe Implications for Law of User Innovation*9等の面白い論文も書いている。



7 Yochai Benkler, The Wealth of Networks
Yochai Benkler

いわゆるUGC (User Generated Contents)*10論もいくつか出ているのですが、私の個人的な趣味でこちらを推したい。UGCがどのような構造で発達するのか等の分析に定評がある一冊。CC BY NC SAで全章を無料ダウンロードできる。





なお、Benklerの比較的最近の著書であるYochai Benkler, The Penguin and the Leviathan: How Cooperation Triumphs over Self-Interestは和訳されている

協力がつくる社会―ペンギンとリヴァイアサン

協力がつくる社会―ペンギンとリヴァイアサン

ので、手軽にBenklerの世界に触れるという意味ではこちらから入るのもアリではなかろうか。





8 Tim Wu, Network Neutrality, Broadband Discrimination

Network Neutrality, Broadband Discrimination by Tim Wu :: SSRN

Network Neutrality系で一冊というと悩みますが、これも個人的趣味でこちらを。実証研究部分もありますが、キモは4章(167頁以下、SSRNのファイルだと27頁以下)で、ブロードバンドの利用に対する規制についての許される理由と許されない理由を整理している。この論文が、後にFCC Open Internet Order 2010等の実践につながったとも言われるところ*11





Wuの著書としては、Goldsmithとの共著のWho Controls the Internet?も有名。Barlowのサイバースペース独立宣言と対比すると、より深く理解できると思われる。





9 Christian Peukert他, Piracy and Movie Revenues: Evidence from Megaupload: A Tale of the Long Tail?

Piracy and Box Office Movie Revenues: Evidence from Megaupload by Christian Peukert, Jörg Claussen, Tobias Kretschmer :: SSRN

 海賊版コンテンツホルダーに害を与える」という常識が本当なのかを実証分析により検証した論文。ものすごく荒く要約すれば、Megauploadという、映画等の海賊版アップロードサイトが閉鎖されたことによって、全体的にみて映画館の収入は増えなかった、むしろ中くらいの人気の作品では収入が減ってしまったというもの。超有名作品については海賊版アップロードサイトが閉鎖されたことによって利益を得ているので、この論文の分析だけで、海賊版規制は無駄という結論にはならないものの、こういう研究にもう少し焦点が当たるべきだろう。





10 Natalia Cianfaglione, Hollywood Online: Fan Fiction, Copyright, and the Internet

Hollywood Online: Fan Fiction, Copyright, and the Internet by Natalia Cianfaglione :: SSRN

最後は一人の同人作家(QB被害者対策弁護団「これからの契約の話をしよう」等)として、完全に趣味に走らせて頂きました(笑)。アメリカの「同人ワールド」と、著作権法との相克を論じた論文。日本では、著作権と同人の問題については、よく「黙認」とか「放置」とか「お目こぼし」等といわれる*12状況だが、アメリカではどうなのかを知りたい場合は本論文がオススメ。
本論文以外に同じテーマの論文をご存知の方は、ぜひご教示下さい!*13




おまけ James Boyle, A Politics of Intellectual Property: Environmentalism For the Net?
A Politics Of Intellectual Property: Environmentalism for the Net? by James Boyle
 これも古典ですが、情報法ではなく情報法「政策」なので、「おまけ」に入れました。”Right now, there is an easily described tendency in the world of intellectual property; rights are expanding by the moment, unchecked by public scrutiny or sophisticated analysis.(仮訳:現在の知財界の傾向を簡単に説明すれば、公衆による精査や洗練された分析による確認を経ないまま、権利はさしあたり拡大を続けている。)という状況は、古くはSonny Bono Copyright Term Extension Act、新しくはAaron’s Law*14と、概ね変わっていないと言ってよいだろう。環境法に着想を得たキャンペーンの必要性を訴えるこの論文は今でも意味のあると思われる。



まとめ
 CeongSu先生にインスパイアされ、本当に「独断と偏見」で海外情報法の論文・著作を10本+1本選んでみた。
 こういう作業を行うと、いかに自分が偏った論文しか読んでいないか*15が改めて分かり、お恥ずかしい次第である。
 皆様には、ぜひ、コメント欄、twitter(@ahowota)又はメール(ronnor1あっとgmail.com)で「この書籍・論文が入っていないのはおかしい」「この著者ならこの書籍・論文だろう」等とのご指摘を賜りたい。


補足:Fumi Kudohさん(@inflorescencia)が補足ブログ記事を作成して下さりました。非常に有益なものであり、皆様、ぜひご参照下さい。
「情報法関連オススメ海外文献10選+おまけ」のコメンタリ - postcinnamon age


補足(1/17):成原先生(@satoshinr)に、ツイッターで、
Johnson & Post, Law and Borders:The Rise of Law in Cyberspace
Law and Borders - the Rise of Law in Cyberspace by David R. Johnson, David G. Post :: SSRN
Frank H. Easterbrook, .Cyberspace and the Law of the Horse
https://www.law.upenn.edu/fac/pwagner/law619/f2001/week15/easterbrook.pdf
と、これに対するLessig, The Law of the Horse: What Cyberlaw Might Teach
http://cyber.law.harvard.edu/works/lessig/LNC_Q_D2.PDF
Joel R. Reidenberg, Lex Informatica
http://ir.lawnet.fordham.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1041&context=faculty_scholarship
をオススメ頂きました。確かにいずれも古典的な重要文献(特に Law and Borders)であり、多くの読者の方にとって非常に参考になると思い、成原先生の許可を得て補足させて頂きます。

*1:なお、サイバースペース独立宣言に関する秀逸な評釈は「ポストモダンな日々。」の2009年6月11日の記事であるが、現在プライベートモードになってしまっているのが残念である。

*2:http://museum.scenecritique.com/lib/defcon0/1st.htmhttp://www.asyura2.com/2003/dispute6/msg/284.html

*3:昔はLessig.org(誤記をご指摘頂きました、工藤さん(@inflorescencia )ありがとうございます。)からダウンロードできたが、今はjstorで購入しなければならないようである。

*4:http://codev2.cc/翔泳社の翻訳が出ている。CODE VERSION2.0

*5:好きな人だけをフォローし、嫌いな人はアンフォロー、ブロックすれば良い世界。

*6:http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=388860

*7:http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=905862、邦訳は成原慧・酒井麻千子・生貝直人・工藤郁子(訳) 「オンライン上のゲートキーピングの歴史(1)」知的財産法政策学研究28号(2010年3月)117頁以下。多元分散型統御を目指す新世代法政策学:知的財産法政策学研究28号

*8:本エントリ脱稿後、コンテンツ産業は「産業」なのか - 雑記帳の存在を知った。「実現できるかどうかは別としても、思考実験の道具の一つとして使うのならこんなに面白いものも珍しい。たとえそこにトンデモ論に突っ走ってしまう危険性があるとしても。」という感想は、私が「厨二的匂い」と称したものの内容を見事に言い当てている。

*9:http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1601484

*10:マリみてファンだと、同人サークルを思い浮かべるかもしれませんが、そちらではないです。

*11:その後訴訟が起って〜という経緯は取りあえずhttp://www.fcc.gov/openinternetをご参照下さい。

*12:これらの言葉の間の微妙な違い等についてはここではあえて論じません。

*13:こう書いたら、早速工藤さん(@inflorescencia )から、Copyright and Comics in Japan: Does Law Explain Why All the Cartoons My Kid Watches are Japanese Imports? by Salil K. Mehra :: SSRNのご紹介を受けた。ありがとうございます!

*14:Aaronの自殺がスポットライトを当てた現行知財法・インターネット法の問題点、という意味です。念のため。

*15:Lessigが好きなので、「Lessigのお友達の論文・著作を読んでみました!」感がバレバレ。。。

「江頭会社法第5版」でこの4年間で会社法の変わったところを総さらえ〜「修正履歴付江頭会社法」〜

株式会社法 第5版

株式会社法 第5版

自己紹介
 本エントリは、「アホヲタ元法学部生の日常」を運営する企業法務系ブロガーronnor(ツイッター:@ahowota)が法務系Advent Calender企画として新規に書き下ろしたものです。
法務系 Advent Calendar 2014 - Adventar


 当ブログは、元々は「アニメを法律で分析する」をコンセプトに、
「3月のライオン」を法律的に分析
『楽園追放』を法律的に分析
等のオタクな記事(なお、上記2本はいずれも、本年12月に公開したもの)を作成して参りましたが、


 光栄にも、企業法務マンサバイバル様に
元企業法務マンサバイバル : ビジネス法務の話題を効率良くインプットしたい方にお勧めなtwitterアカウント20選
元企業法務マンサバイバル : おすすめ企業法務系ブログ15+α選
等としてオススメ頂いたこともあり、今後は少しずつ企業法務色を強めていきたいと思っております。
そこで、今般 Legal Advent Calendarに申し込ませて頂きました。どうぞよろしくお願い致します。


なお、同様の趣旨もあって、もうすぐ発売のビジネス・ロー・ジャーナル2015年2月号の「特集 法務のためのブックガイド2015」の中で
「企業法務系ブロガーによる辛口法律書レビュー (2014年版)」
を寄稿させて頂いております*1
2015.2月号(No.83)の目次|Business Law Journal - ビジネスロー・ジャーナル


まだまだ若輩者ですが、企業法務系ブロガーとして今後とも、どうぞよろしくお願い致します。


1.江頭先生、ごめんなさい!
 

「江頭会社法」といえば、言わずと知れた、会社法界の最高峰の教科書である。特徴は理論に裏打ちされた記述を軸とする本文に、実務情報・裁判例・論文等の発展的情報に容易にアクセスできる脚注の情報量である。その*2総ページ数は既に1000ページを超える「重厚長大」っぷりであり、一部の法クラからは、「性質上の凶器」とすら称されている。


 本年7月頃、法クラの間では、6月の改正に直ちに対応した第5版が出版された「江頭会社法」が話題になった。「これは、会社法改正本の決定版になるか?」そう思った多くの読者は、江頭会社法の「はじめに」を読んで度肝を抜かれた。

第186回国会において、平成26年法律第90号として「会社法の一部を改正する法律」が成立したので、今回の改訂を行った。

(略)

改正法の政省令が未成立であるが、その成立後、できるだけ早く補充したいと考えている。


江頭憲治郎『株式会社法(第5版)』1頁*3


多分、この一文で、買う事をやめた方も少なくないだろう。何しろ、自らもうすぐ第6版*4が出ますと言っているのだから。


もしかすると、「第5版を買わせた後で第6版を買わせて総発行部数を増やそうとしているのではないか?」という詮索をした人もいるかもしれない。


実は、第5版(以下「本書」という。)を購入した直後、ある業界関係者の方に、そういう見解についてどう考えるかをこそっと聞いてみたことがある。そうしたら、要旨以下のとおり、その方に私の不明を明確に正して頂いた。

第6版が出版された瞬間に、有斐閣の書庫にある本書は全て「無価値」となる。その意味では、第6版が刊行されるまでの短期間のうちに本書を売り切ることができるということを見越して政治的決断を行ったものと推測される。


しかし、そのような決断はハイリスクである。特に前書きのように「正直に」もうすぐ第6版が出るよと書いている。それを知った読者の買い控えが出てしまえば、有斐閣膨大な不良在庫を抱え込む可能性さえあるのである。


そのようなリスクを負ってでも、早期の本書の発売を決断されたのは、ひとえに読者の便宜のためである。


このような説明を聞き、私としては、自分の不明を恥じ入るとともに、江頭先生のその崇高な理念と、それを実現された有斐閣の決断をおおいに賞賛するものである。



さて、御託はいいから内容に入れという読者の皆様からのお叱りの声がそろそろ聞こえてくるところであるが、本書は非常に良い本であり、まさに「買い」である。皆様には、ぜひ本書をご購入頂きたい。それはなぜかと言えば、「直接改正と関係ない部分について、改正の間接的な影響を受け、変わるのかどうか、変わるならどう変わるのか」が本書を読めば分かるからである。



 ここで、本書のかなりの部分の記述は、まさに第4版と同じである。この意味は、本改正に深く携わった江頭先生ご自身が*5改正が当該事項について一切影響を及ぼさないということを確認して記述をそのままにされたということであって、これを確認できることは大変有益である。また、4年前の最後の改訂時からの学説・判例・実務の進化についても本書の改訂点を読めば総ざらえできる。


 ここで、私は思った訳である。「もし、本書の『修正履歴付バージョン』があれば、各事項について何が変わって何が変わっていないかを総さらえできていいな。」



 ないんなら、作ってみようじゃないの!


 本エントリでは、大量の改訂点/改訂されていない点のうち、実務への影響に鑑みて、独断と偏見で各分野毎にポイントをまとめてみたい*6


 ただし、お恥ずかしながら、このエントリは実は7月から構想を練っていた約半年がかりのエントリであり、その間に政省令案が発表されてしまった。そこで、「何が変わって/何が変わらないか」はあくまでも本書執筆時点の情報に基づいており、政省令案による新たな改訂等はフォローできていないことをお詫びしたい。更にこの「差分」のまとめは、すべて手作業で行っており、見落としも多くあろうかと思う。特に最後の2日は徹夜で作っていたので、そのような「粗い」ものであることにつきお許しを頂きたい。



2.第一章 総論


本書1〜57頁、旧版1〜55頁


(1) 主な改正点
 「親会社等(親会社に自然人である大株主等を含めた概念)」、「子会社等(子会社に会社の姉妹法人を含めた概念)」、「最終完全親会社等(株式会社の完全親会社等であって、自己の完全親会社等がないもの)」の概念が生まれ、定義される*7
 コーポレートガバナンス論として監査等委員会設置会社を設置し制度間競争を図ったことが明記されている*8
 支配・従属会社の利害対立の問題は26年改正審議の1つの焦点だったが、事業報告・監査報告の充実に留まった*9


(2) 判例・理論・実務の進展
(ア) 判例
 大阪地決平成25年1月31日判時2185号142頁(収益還元方式と配当還元方式を用いた取引相場のない株式等の評価)*10
 最判平成23年9月13日民集65巻6号2511頁(狼狽売りによる市場価格の下落も虚偽記載と相当因果関係がある損害)*11
 最判平成23年4月19日民集65巻3号1311頁(市場価格には客観的価値が投資家の評価を通じて反映される)*12
 東京地判平成22年9月30日判時2097号77頁(国際的局面に法人格否認の法理を適用)*13


(イ) 理論
 「上場株式の評価と効率的市場仮説」について江頭憲治郎「企業内容の継続開示」商取引法の基本問題340頁(有斐閣・2011)及び江頭憲治郎「裁判における株価の算定ー日米比較をまじえて」司法研修所論集122号36頁(2013)を踏まえた新規項目立てがされる*14
 得津晶「二つの残余権概念の相克」岩原紳作ほか編会社・金融・法(上巻)111頁(商事法務・2013)*15
 野田博「CSR会社法」体系27頁*16
 江頭憲治郎「上場会社の株主」体系3頁*17
 サイプト「ドイツのコーポレート・ガバナンスおよび共同決定」商事1936号34頁(2011)*18
 江頭憲治郎「合同会社制度のメリットー締め出し防止策の側面」門口正人判事退官記念・新しい時代の民事司法241頁(商事法務・2011)、宍戸善一「合弁合同会社」前田重行く先生古稀記念・企業法・金融法の新潮流211頁(商事法務・2013)の議論を踏まえた、締め出し防止のための合同会社活用論*19 
 太田洋=森本大介「日産車体株主代表訴訟横浜地裁判決の検討」商事1977号16頁・1978号73頁(2012)*20
 清水円香「グループ利益の追求と取締役の義務・責任」法政77巻3号・78巻1号(2010−2011)*21

(ウ) 実務
 法人企業数の減少*22、個人企業数の減少*23、上場企業数の減少*24等も見られる。
 座談会「合同会社等の実態と課題」商事1944号・1945号(2011)*25
 合同会社は旧版の時点では10193社だったのが現時点では16824社*26
 棚橋元「新しい企業形態ー合同会社有限責任事業組合投資事業有限責任組合」体系617頁に投資事業有限責任組合及び有限責任事業組合の現状が記載される*27


(3) 細かな注意点
 公開会社である大会社が元々設置すべき機関は監査役会または監査委員会だが、監査等委員会の設置がオプションとして増える*28
 少数株主権・単独株主権が増加したため、公開会社の義務や特則としての少数株主権・単独株主権行使要件に関する規定も増加(847条の3第6項、827条1項2号、846条の2第1項)*29
 完全親会社の条文番号の変更(会社法847条の2第1項へ))*30
 取締役等の行為の差止事由*31監査役等の取締役等への報告事由(399条の4)が増加*32


(4) その他
 旧版にあった、いわゆるゴードンモデルに関する「未来永劫成長するという仮定を適用できる会社は限られていよう」との批判が削除*33
 経営者の監視について旧版では、経営者に対する監視能力が争点とまとめていた*34のに対しアメリカの議論が百花繚乱という記載に*35
 持分会社の規定が基本的にすべて強行規定とは考えがたい*36


3.第二章 設立


本書59〜119頁、旧版57〜115頁


(1) 主な改正点
 仮装払込規制(私法上の効果、責任等)*37


(2) 判例・理論・実務の進展
 宍戸善一=福田宗孝=梅谷眞人・ジョイント・ベンチャー戦略大全(東洋経済新報社、2013年)*38
 田中恒好「少数派株主の出資金回収に関する実務的考察」立命339=340号140頁(2011)*39



(3) 細かな注意点
 発行可能株式総数四倍規制の条文として180条3項、814条1項が追加*40
 相対的記載事項の条文として205条2項、399条の13第6項が追加*41
 監査等委員会設置会社の設立においては、設立時監査等委員とそれ以外を区別して選任(38条2項、88条2項)*42
 設立時監査等委員を会社設立前に解任するためには議決権の3分の2以上の決定を要する(43条1項)*43
 監査等委員会設置会社を設立する場合、設立時監査等委員は3名以上(39条3項)*44
 監査等委員会設置会社の登記事項等*45
 公告事項増加(172条3項、179条の4第2項、206条の2第2項、172条3項、179条の4第2項)*46
 疑似発起人の責任として103条2項、3項の責任が追加*47


(4) その他
 産活法の廃止及び産競法の制定に伴う現物出資等証明免除の条文変更*48
 改正点ではないが、江頭先生がデューデリを「実地調査」と訳されている*49のには違和感がある。
 平成17年改正後既に10年近く経っているのに、商号専用権につき未だに「今後登記実務は相当変わるものと思われる」*50という記載を残していることに違和感。
 設立時の添付書類として「設立時取締役等の調査報告を記載した書面(会社46条・93条)」を含めていた旧版の記載が削除*51
 代表者の一名の住所は日本でなければならない*52とあるが、この規制を撤廃すると報道されている*53



4.第三章 株式


121頁〜302頁、旧版117頁〜286頁


(1) 主な改正点
 特別支配株主の株式等売渡請求権*54
 全部取得条項付種類株式によるスクイーズアウト手続の整備*55
 競業者による株主名簿閲覧請求を禁止する規定(旧125条3項3号)の削除*56
 株式併合によるスクイーズアウト手続の整備*57


(2) 判例・理論・実務の進展
(ア) 判例
東京高判平成24年11月28日判タ1389号256頁(権利行使者の通知を欠く共有株式の権利行使につき会社が同意した場合に会社が負うべき責任等)*58
東京地決平成25年9月17日金判1427号54頁(取得価格決定申立)*59
東京地決平成25年11月6日金判1431号52頁(取得価格決定申立)*60
横浜地判平成24年11月7日判時2182号157頁(失念株主の請求による特別口座の開設)*61
最決平成24年3月28日民集66巻5号2344頁(反対株主の買取請求に係る個別株主通知)*62
大阪地判平成24年2月8日金判1396号56頁(反対株主の買取請求に係る個別株主通知)*63
東京地決平成24年12月21日金判1408号52頁(公開買付勧誘の目的は株主の権利の確保・行使に関する調査の目的に該当)*64
東京高判平成24年11月28日資料版商事法務356号30頁(相続による準共有者の一部への売渡請求)*65


(イ) 理論
 中川雅博「振替制度における『個別株主通知』の実務」阪法62巻3=4号1109頁(2012)*66
 西村欣也「少数株主権等の行使と個別株主通知の実施時期」判タ1387号36頁(2013)*67
 清水博之「所在不明株主の株式売却制度」商事1955号30頁(2012)*68
 川畑正文「株主権の時効取得について(試論)」門口正人判事退官記念・新しい時代の民事司法303頁(商事法務・2011)*69
 石田眞「『日本版ESOP』における議決権行使の問題点」西南45巻3=4号106頁(2013)*70
 藤田友敬・コメ(4)19頁*71


(ウ) 実務
 株式の譲渡益に関する課税実務の変更*72
 日本版ESOPが「検討」段階から「登場」へ*73


(3) 細かな注意点
 株式買取請求権の条文(182条の4)、代表訴訟提起権の条文(747条の2、747条の3)、書類閲覧請求権の条文(171条の2第2項、179条の5第2項、182条の2第2項)増加*74
 優先株式の優先配当額等の定めの執行役等への委任の条文が追加(399条の13第5項、6項)*75
 議決権制限株式の少数株主権行使の可否に関する条文の追加・変更(206条の2第4項の追加、426条5項から7項へ、796条4項から3項へ)*76
 取得請求権付株式の交付される財産の数学・算定方法の執行役等への委任の条文が追加(399条の13第5項6項)*77
 取得条項付株式に関する定めの執行役等への委任の条文が追加(399条の13第5項6項)*78
 監査等委員会設置会社においては、監査等委員である取締役および/またはそれ以外の取締役を種類総会で選任するという種類株式の設計が可能*79
 株式取得者の単独請求による名義書換えとして特別支配株主が株式等売渡請求により取得した場合(179条1項)が増加*80
 登録株式質権者が直接に給付を得られる範囲に関する条文が若干変更(152条から152条1項括弧書きへ)*81
 物上代位的給付の目的物が金銭の場合に登録質権者は金銭を受領し又は供託を請求できる(154条)が追加*82
 譲渡承認の委任を禁止する条文が追加(399条の13第5項1号6項)*83
 指定買取人指定の委任を禁止する条文が追加(399条の13第5項1号6項)*84
 自己株式取得につき監査等委員会設置会社に関する記載が追加(399条の13第5項2号6項等)*85
 反対株主の買取請求権による自己株取得について、併合により端数が出る場合(会社法182条の4第1項)が追加*86
 株式併合が発行株式総数に影響を及ぼさないとの記載が削除(282頁、旧版268頁)。
 一単元の株式を減少させる又は単元株の定めを廃止する定款変更が執行役等への委任可能という文脈で、監査等委員会設置会社に関する条文が追加(399条の13第5項6項)*87


(4) その他
 登録質権者が優先弁済が得られる「151条各号」の行為が「151条の行為」*88となったのは、同条2項が追加されたからであろう
 自己の株式を対価とする公開買付につき、産競法制定による条文変更等*89
 株式併合と減資を行う場合に関し、産活法制定による条文変更*90
 譲渡制限株式の無償割当により既存の当該種類株主の持株比率が減少する場合には、原則として種類株主総会の決議を必要とすべきとする*91



5.第四章 機関


303頁〜585頁、旧版287頁〜540頁


(1) 主な改正点
 監査等委員会設置会社制度の新設*92
 委員会設置会社制度が指名委員会等設置会社制度へ*93
 業務執行取締役*94社外取締役*95
 子会社からなる企業集団の業務適正を確保する為に必要な体制の法律レベルへの格上げ*96
 特定責任追及*97

(2) 判例・理論・実務の進展
(ア) 判例
 東京高判平成23年9月27日資料版商事法務333号39頁(議案を否決した決議の取消を求める訴えには原則として訴えの利益はないが、設立した決議と密接な関連性がある等の特段の事情のある株主提案の不当拒絶については決議取消の余地を認める)*98
 東京高決平成24年5月3日資料版商事法務340号30頁(株主提案を参考書類に記載することを求める仮処分申請)*99
 東京地決平成24年1月17日金判1389号60頁(議決権行使禁止の仮処分と債務者適格)*100
 東京地判平成23年5月26日判タ1368号38頁(決議無効確認の訴えを濫用と認めた例)*101
 東京地判平成23年1月26日判タ1361号218頁(不存在と認められる取締役解任決議が総会決議により追認されても解任は遡及的に有効にはならない)*102
 横浜地判平成24年7月20日判時2165号141頁(解任の正当事由)*103
 さいたま地判平成23年9月2日金判1376号54頁(重要な財産の処分)*104
 東京高判平成23年9月14日金判1377号16頁(未公開株式の公募による会社の不法行為責任)*105
 大阪高判平成24年4月6日労判1055号28頁(従業員の名誉感情の毀損と会社の不法行為責任)*106
 最判平成23年9月13日民集65巻6号2511頁(虚偽記載と因果関係のある損害の額)*107
 最判平成24年12月21日判時2177号51頁(民事再生申立てによる値下がりと虚偽記載と因果関係ある損害)*108
 東京地判平成24年2月21日判時2161号129頁(法定の決議を欠く行為の効力)*109
 知財高判平成22年5月26日判時2108号65頁(営業秘密の不正利用)*110
 佐賀地判平成23年1月20日判タ1387号190頁(退職慰労金不支給)*111
 東京地判平成25年2月28日金判1416号38頁(経営判断*112
 東京地判平成22年6月30日判時2097号144頁(経営判断*113
 福岡高判平成24年4月10日判タ1383号335頁(経営判断*114
 大阪地判平成25年1月25日判時2186号93頁(経営判断*115
 名古屋高判平成25年3月28日金判1418号38頁(経営判断*116
 仙台高判平成24年12月27日判時2195号130頁(詐害行為取消は代表訴訟ではできない)*117
 東京地判平成24年9月11日金判1404号52頁(監査役の選任についての同意を欠く決議と取消事由)*118
 名古屋高判平成23年8月25日判時2162号136頁(監査役の第三者責任)*119


(イ) 理論
 飯田達矢「一般投資家に開かれた株式会社の運営」商事1941号35頁(2011)*120
 白井正和「持合解消信託をめぐる会社法上の問題」法学76巻5号491頁(2012)及び 佐藤勤「現代の議決権信託とその実質的効果であるエンプティ・ボーティング規制」前田重行先生古稀記念・企業法・金融法の新潮流39頁(商事法務・2013)を引きながら、信託受益権売買等により議決権行使と自益権を分離させる等の事例への懸念を論じる*121
 木村敢二「Web開示とWeb修正の実務対応」商事1959号42頁(2012)*122
 清水幸明「コーポレート・ガバナンスに関する上場制度の見直しの概要」商事1961号31頁(2012)*123
 潘阿憲「取締役の任意解任制」前田重行先生古稀記念・企業法・金融法の新潮流111頁(商事法務・2013)*124
 和田宣喜「取締役の職務代行者が果たすべき権利・義務」商事1992号40頁(2013)*125
 黒沼悦郎「有価証券報告書の虚偽記載と損害との間の因果関係」法の支配157号34頁(2010)や上記の最判等を引きながら、金賞法上の開示書類の虚偽記載によって投資家が被る損害の額について詳論*126
 飯田秀聡「取締役の監視義務の損害賠償責任による動機付けの問題点」民商146巻1号33頁(2012)*127
 釜田薫子「米国における社外取締役の独立性と構造的偏向」法雑58巻2号45頁(2011)*128


(ウ) 実務
 機関投資家である株主の議決権行使の実態につき江頭憲治郎「上場会社の株主」体系3頁を参照とする*129
 公開会社において、一人で50以上の議題を提案する例があり、数や提案理由によっては権利濫用になる*130
 電子投票における株主の同一性の確認方法として使われるIDとパスワードの交付方法につき、中西敏和「株主総会」体系130頁を引きながら、パスワードを株主があらかじめ届け出るとしていた旧版の記述から、会社が各株主に通知するに変わる。*131
 坂東照雄「議決権電子行使プラットフォームの現状と課題」商事1911号45頁(2010)を引きながら、議決権電子行使プラットフォームについて説明*132
 平成26年改正以降も、独立役員の基準の方が社外取締役の基準よりも厳格である*133
 阿部信一郎「総会検査役の任務と実務対応」商事1973号59頁(2012)*134
 内部統制の実態調査として商事法務編集部「内部統制の実態(上)(下)」商事1870号31頁・1781号59頁(2009)を紹介*135 
 裁判所が法定の決議に関する調査義務を課すのは実際には金融機関に限られているとする*136
 支配株主の会社への加害をどのように監視するかが問題であり、社外取締役・社外監査役・独立役員への期待が大きいとする*137
  BIP信託の受益権の付与について内ヶ崎茂「株式報酬インセンティブ・プランの制度設計と法的考察」商事1985号35頁(2012)を引きながら言及*138
 日本公認会計士協会=日本税理士連合会「会計参与の行動指針」が平成23年に最終改正*139


(3) 細かな注意点
 改正法の社外取締役重視の姿勢も株主の業務執行者に対する有効な監視方法があるかという問題に関する1つの試みであるとする*140
 総会招集を執行役等に委任できないという文脈で監査等委員会設置会社に対応(399条の13第5項4号6項)*141
 少数株主権(479条2項1号、847条の3第1項)、簡易合併等の可否(179条1項、244条の2第5項)の条文の増加*142
 出資の履行を仮装した株式は履行があるまでは「株主の権利を行使できない」とされるが、これを得票率の計算の際に分子・分母に入れず、株式未成立として取り扱うべきとする*143
 ウェブ開示等への異議の主体として「監査役等」が異議を述べている場合に当該事項を参考書類に記載しなければならないと明記*144
 利益供与の文脈における「株主の権利」には、適格旧株主、最終完全親会社等の株主の権利を含む*145
 監査等委員会議事録には特別の法的効果が生じる(399条の10第5項)*146
 普通決議定足数の定款の定めによる変更の例外として、支配株主の異動を伴う募集株式発行規制(244条の2第6項)に言及*147
 特別決議事項の条文を追加(200条1項、205条2項)*148
 書面決議と手続開始基準日について書面決議の提案があった日をその日とみなす規定が追加(171条の2第1項1号、182条の2第1項1号)*149
 監査等委員会設置会社への取締役会設置強制(327条1項(3号))*150
 取締役会設置会社以外の取締役の中にも「非業務執行取締役」として責任限定契約(427条)を締結できる者がいる*151
 特別取締役による議決の定めがある場合には社外取締役が登記される(911条3項21号ハ)*152
 親子会社間の責任追及と代表関係についての整理を追加(386条1項2号・3号)*153
 取締役会の権限として特別支配株主の株式等売渡請求の承認(179条の3第3項、179条の6第2項)が増える*154
 取締役の調査権行使について従来指名委員会等設置会社で議論されていたのが、監査等委員会設置会社についても議論を追加*155
 親会社社員の子会社取締役会議事録等請求の根拠に、特定責任追及(847条の2、847条の3)が追記される*156
 利益相反に関する監査報告を事業報告の内容とする*157
 会社株主の利益保護を目的とする具体的規定の追加(199条)*158
 本来会社の中立的な機関が積極的に訴訟活動をする事が望ましいとする場合の参照条文に847条の1第7項、847条の3第8項が追加*159
 分配額超過額支払義務の条文に182条の4第1項が追加*160
 出資の履行に瑕疵ある場合の責任に関する記載が追加*161
 連帯責任の条文増加(213条4項、213条の3第2項、286条4項、286条の3第2項)*162
 多重代表訴訟と責任免除*163
 責任の一部免除の文脈における「特別責任」の条文増加(213条1項、213条の3第1項、286条1項、286条の3第1項)*164
 一部免除及び責任限定契約が社外取締役かではなく業務執行取締役かが基準となる*165
 訴訟上の和解と多重代表訴訟について整理*166
 責任追及の訴えの提起権を持つ株主等が847条の4第2項で「株主、適格旧株主又は最終完全親会社等の株主をいう」と定義された*167
 会社法に規定された取締役の責任の条文追加(213条の3第1項、286条1項、286条の3第1項)*168
 代表訴訟の被告として出資の履行を仮装した募集株式の引受人等(102条の2、213条の2、286条の2)が追加*169
 代表訴訟は財産権上の請求ではない請求にかかる訴えとみなされる根拠条文は847条の4第1項*170
 株式交換原告適格の喪失の有無について整理*171
 募集株式差し止め請求等の条文の補充(171条の3、179条ん7、182条の3、784条の2、796条の2、805条の2)*172
 取締役が情報を開示すべき事項の追加(171条の2第1項、179条の5第1項、182条の2第1項)*173
 監査役とその登記*174
 監査役の設置義務を負わない場合*175
 監査役の終任事由として、会社が監査等委員会設置会社となることが追加(336条4項2号)*176
 監査役の子会社業務調査の根拠、訴訟代理権限、免除同意権限等について多重代表訴訟制度の導入を反映*177
 監査役・会計参与の責任免除が「非業務執行取締役」と同様と説明される*178


(4) その他
 理論的に可能*179な機関構成の図(「沿革」欄の「H26」)が更新されているので参考のこと*180
 「金融商品法適用会社」につき社外取締役の設置が強く勧奨されることとの関係で監査等委員会設置会社の形態の選択が新たに認められた*181との表現はミスリーディングであろう。普通の会社でも、「公募」等をすれば金融商品法は適用される。あくまでも、「有価証券報告制度」の適用の問題に過ぎない。
 従前どおり「議案の提案者が提案理由等を説明した後に質疑応答がなされる形で進行するのが会議体の一般原則」とするが、新たに199条3項、327条の2、361条4項、795条2項(説明事項の法定)が引用される*182
 上場会社の取締役会について旧版にあった「上場会社の取締役会は取締役の人数が多いため、、実質的意思決定の場とするに適さず、セレモニー化していることが少なくない」との記載が削除されているようだが*183、これは、江頭先生の目から見ると、この4年でセレモニー化という状況が解消したという趣旨だろうか、それとも、上場会社関係者から削除要請があったということだろうか?
 電話会議方式による参加について、福岡地判平成23年8月9日裁判所HPが上げられていないのは理解に苦しむ*184
 アメリカは経営判断の原則が適用されれば陪審審理に付さない*185
 「不作為による任務懈怠」自体について上告審では判断されていないが、福岡高判平成24年4月13日金判1399号24頁(不作為による任務懈怠)*186を挙げるのではなく、上告審の最判平成26年1月30日判タ1398号87頁を挙げて、一応高判が破棄されたことを示すべきと思われる。
 利益相反取引について「直接取引の相手方である取締役」と「第三社のため会社と取引した取締役」が挙げられていた*187のが、これに加え、「間接取引において会社と利益が層反する取締役」が追加*188
 重点講義の改訂に対応して2版を引くようになったのはいいが*189、5版出版直後に2版補正版が出てしまっている。
 金商法の不実開示の条文を追加(金商24条の4、24条の7第4項、24条の5第5項、22条)*190
 「委員会設置会社*191は「指名委員会等設置会社」の誤記と思われる。


6.第五章 計算
587頁〜699頁、旧版541頁〜652頁


(1) 主な改正点
 会計監査人の選解任方法について、監査役設置会社と指名委員会等設置会社の間の相違をなくす*192


(2) 判例・理論・実務の進展
(ア) 判例
 大阪地判平成24年9月28日判時2169号104頁(貸倒引当金*193
 名古屋地決平成24年8月13日判時2176号65頁(会計帳簿閲覧権の対象)*194


(イ) 理論
 野村昭文「監査基準の改訂および監査における不正リスク対応基準の設定の概要」商事1997号42頁(2013)*195
 弥永真生・会計基準と法988頁(中央経済社・2013)*196


(ウ) 実務
 IFRSについて、秋葉賢一「IFRS会社法会計」体系341頁等を参考文献として掲げながら、2013年6月までの動きを説明*197
 企業会計審議会「監査における不正リスク対応基準」(平成25年3月)*198
 中小企業の会計に関する検討会「中小企業の会計に関する基本要領」(平成24年)*199
 「退職給付に関する会計基準」(企業会計基準第26号)(平成24年改正)*200


(3) 細かな注意点
 計算書類の監査主体に監査等委員会が入ったことによる所要の改訂がされている*201
 会計監査人への報酬について監査等委員会設置会社は監査等委員会の同意を得ることが必要*202
 監査等委員会が選定した監査等委員も会計監査人に報告を求めることができる*203
 会計監査人の責任として特定責任が追加*204
 監査報告に監査等委員会設置会社の監査報告が追加*205
 総会の承認が不要な場合につき監査等委員会設置に対応*206
 定款による剰余金の処分の授権につき監査等委員会設置会社に対応*207
 現物配当の配当財産の条文が763条12号ロから763条1項12号ロへ*208


(4) その他
 金商法の監査証明をする監査法人と会計監査人が通常同一人であることについて東京証券取引所・有価証券上場規程438条を追加*209
 一時会計監査人の登記の条文追加(911条3項20号、商業登記法55条)*210
 平成14年10月改訂の監査基準委員会報告書11号「違法行為」が挙げられているが*211、旧版567頁注23では平成9年3月としか記載されておらず、本来本書の初版くらいの段階で平成14年の改訂版を引くべきだったのを5版ではじめて修正したものと理解される。
 企業会計基準21号「企業結合に関する会計基準」は平成20年に改正された*212から平成20年に「制定」へ*213
 剰余金の配当が例外的に分配可能額による制約を受けない場合には、利益準備金を積み立てる必要がない(792条、812条)*214


7.第六章 資金調達



701頁〜818頁、旧版653頁〜763頁


(1) 主な改正点
 支配株主の異動を伴う募集株式の発行の規制*215
 出資履行の仮装規制*216


(2) 判例・理論・実務の進展
(ア) 判例
 東京高決平成24年7月12日金法1969号88頁(主要目的ルール)*217
 最判平成24年4月24日民集66巻6号2908頁(総会決議等の瑕疵と無効事由、取締役会の新株予約権行使条件変更権)*218
 最判平成25年11月21日金判1431号16頁(募集株式発行を無効とする判決と再審事由)*219

(イ) 理論
 中東正文「募集株式の発行等」体系407頁を引いて、公募と第三者割当との金商法等における差異について詳論*220
 徳島勝幸「社債の融資等に対する実質的な劣後リスクを考える」NBL987号8頁(2012)*221
 清水幸明=豊田百合子「ライツ・オファリングに係る上場制度改正の概要」商事1963号18頁(2012)*222
 用命保証条項違反を理由とする払込金額の返還請求の可否について篠原倫太郎=青山大樹「出資契約における前提条件と表明保証の理論的・実務的諸問題」金判1370号8頁・1371号8頁(2011)を引いて議論*223
 宍戸善一「ベンチャー企業ベンチャー・キャピタル」体系107頁*224
 棚橋元「新しい企業形態ー合同会社有限責任事業組合投資事業有限責任組合」体系617頁*225
 宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム編・ベンチャー企業の法務・財務戦略231頁(商事法務・2010)*226
 不実開示に基づく責任について野田耕志「証券開示規制における引受証券会社の責任」関俊彦先生古稀記念・変革期の企業法480頁(商事法務・2011)、黒沼悦郎「有価証券届出書に対する元引受証券会社の審査義務」岩原紳作ほか編会社・金融・法(下巻)335頁(商事法務・2013)、後藤元「発行開示における財務情報の虚偽記載と元引受証券会社のゲートキーパー責任」岩原紳作ほか編会社・金融・法(下巻)369頁(商事法務・2013)を引いて説明*227
 オプション価格評価モデルが1つでないことについて岩間哲=新家寛「新株予約権の『公正なオプション額』とオプション評価モデルの選択」NBL988号46頁、989号71頁(2012)を引いて言及*228
 大崎貞和「資金調達方法の多様化」体系442頁*229
 尾坂北斗=阪田朋彦「事業再生の局面におかる社債の元本減免について」NBL999号4頁(2013)を引いて和解についての記載を追加*230


(ウ) 実務
 藤本周ほか「敵対的買収防衛策の導入状況」商事1915号39頁(2010)や茂木美樹=谷野耕司「敵対的買収防衛策の導入状況」商事2012号49頁(2013)を引きながら買収防衛策の実務について説明*231


(3) 細かな注意点
 株式の発行・自己株式の処分の条文増加*232*233
 会社にとって資金調達にならない特殊な発行につき条文変更(272条4項から272条5項)*234
 執行役等への株式募集に関する決定の委任が可能であることについての条文につき、監査等委員会設置会社に対応(399条の13第5項6項)*235
 新株予約券無償割当を株主に対して通知する際の通知期間の短縮*236
 一人が募集株式の総数を引き受ける場合の申込適用除外の条文変更(205条から205条1項)*237
 現物出資について産活法が産競法に変わった事に伴う改訂*238
 特殊の株式発行への差止権の追加に関する言及*239
 法令違反の募集株式の発行の条文の追加(205条2項、206条の2第4項)*240
 取締役・取締役会に募集株式の発行等の権限がある場合として205条2項が追加*241
 不公正な払込金額で募集株式を引受けた者に対する特定責任追及訴訟が可能(847条〜847条の3)*242
 全株式譲渡制限会社における新株予約権無償割当につき制度の不整合を指摘*243
 取得条項付新株予約権の条項が293条1項1号2項−4項が「293条の1項1号の2.2項2号・3項・5項」へ*244
 新株予約権証券の提出を求める公告は293条1項1号から293条1項1号の2へ*245
 新株予約権の違法行使の効果について説明を追加*246
 新株予約権の法令定款違反として244条3項、244条の2第5項を追加*247
 特定認証紛争解決事業者等の確認が行われた償還金額の減額決議の認可について説明を追加*248


(4) その他
 差止制度増加に伴い、特殊の株式と株主による差止について説明方法を変えている*249
 公募と第三者割り当ての違いについて、公募では支配株主の異動を伴う形が事実上ありえないとする*250
 関西国際空港株式会社法が廃止*251されたので、政府保証債の例として株式会社日本政策銀行法25条を挙げている*252
 効率的資本市場仮説について20頁の議論を踏まえ、「特に有利な払込金額」でも言及*253
 ポイズン・ピル新株予約権は、資金調達には役立たないことについて言及*254


8.第七章 会社の基礎の変更


819頁〜962頁、旧版765頁〜901頁


(1) 主な改正点
 重要な子会社株式等の譲渡*255
 法令定款違反の組織再編の差止*256
 濫用的会社分割*257


(2) 判例・理論・実務の進展
(ア) 判例
 東京地判平成20年12月17日判タ1287号168頁(引渡後の検査と買取価格修正)*258
 東京高判平成25年4月17日判時2190号96頁(MBOに際する構成な企業価値移転を図る義務)*259
 東京地判平成24年1月27日判時2156号71頁(表明保証)*260
 東京地判平成23年4月19日判時2129号82頁(表明保証)*261
 大阪地判平成23年7月25日判時2137号79頁(表明保証)*262
 なお、最決平成23年4月19日は民集の引用へ、 最決平成23年4月26日は判時の引用へと変更*263
 大阪地判平成24年6月29日判タ1390号309頁(総会決議無効確認又は取消の訴え提起後の吸収合併)*264
 最決平成24年2月29日民集66巻3号1784頁(合併条件の公正)*265
 大阪地決平成24年4月13日金判1391号52頁(公正な価格)*266
 大阪地決平成24年4月27日判時2172号122頁(公正な価格)*267
 東京高決平成25年2月28日判タ1393号239頁(株式交換・移転における株式買取請求権)*268
 最判平成23年7月8日判時2137号46頁(事業譲渡による承継対象が専ら契約により定まること)*269


(イ) 理論
 佐川雄規「MBO等に関する適時開示内容の見直し等の概要」商事2006号76頁(2013)*270
 石綿学ほか「MBOにおける特別委員会の検証と設計」金判1424号2頁・1425号2頁(2013)*271
 中山龍太郎「表明保証条項のデフォルト・ルールに関する一考察」岩原紳作ほか編・会社・金融・法(下巻)1頁(商事法務・2013)*272
 浜田宰「簡易組織再編の要件」商事1956号46頁(2012)*273
 江頭憲治郎「合併契約の不履行」前田重行先生古稀記念・企業法・金融法の新潮流241頁(商事法務・2013)*274
 飯田秀聡・株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素311頁(商事法務・2013)に対する反対論を展開*275
 太田洋「スピン・オフとスプリット・オフ(上)」商事1945号20頁(2011)*276
 郡谷大輔「詐害的な会社分割における債権者の保護」商事1982号18頁(2011)*277
 相澤哲「会社分割における根抵当権の取扱いについて」門口正人判事退官記念・新しい時代の民事司法401頁注6(商事法務・2011)*278
 岩原紳作「銀行持株会社による子会社管理に関する銀行法会社法の交錯」門口正人判事退官記念・新しい時代の民事司法435頁(商事法務・2011)*279


(ウ) 実務
 原田充浩=中山達也=安井桂大「MAC条項を巡る実務対応に関する一考察」金判1380号2頁・1381号2頁(2011−2012)を引きながらMAC条項について説明*280
 実務では、市場価格がある合併でも、市場価格に反映していない内部情報の加味等を行って各当事者の株式の経済価値を決定している*281


(3) 細かな注意点
 大口株主による買取請求権の濫用的行使の規制の為の制度改革も近時行われている*282
 発行可能株式総数の増加に関する条文の追加(180条3項)*283
 株式併合と買取請求権(182条の4第1項)*284
 買取請求の行使要件につき182条の4第2項1号が追加*285
 振替株式の買取請求に関する(特に買取口座に関する)改正*286
 議決権を行使できない株主の買取請求権に関する条文(182条の4第2項2号)追加*287
 買取価格決定前の支払が許容された*288
 買取の効力発生時期を一律に効力発生日を基準とする改正*289
 三角合併と責任追及の訴えについて496頁を参照せよとする*290
 合併条件不公正自体は合併差し止めの要件にはあたらない*291
 新設合併と発行可能株式総数(814条1項、37条3項)*292
 簡易合併の存続会社の株主に株式買取請求はない*293
 買い取りの効力*294
 簡易合併と略式合併における株式買取請求権*295
 差止制度が入った事による無効事由の変更*296
 人的分割では利益準備金の計上を要しない(792条、812条)*297
 分割計画の条文の変更(763条1号2号及び763条3号4号から763条1項1号2号、763条1項3号4号へ)*298
 会社分割の反対株主の新株予約権買取請求権の条文の変更(763条10号イから763条1項10号イへ)*299
 簡易分割・略式分割と株式買取請求権*300
 監査等委員会設置会社の株式移転計画(399条の13第5項17号6項)*301
 株式交換移転と買取請求権の適用除外*302
 効力発生日までに原因事実が生じた完全子会社となる会社の役員等の責任追及に関する完全子会社の旧株主による責任追求等の訴えにつき496頁参照*303
 株券提出期間中に提出されない株券等の効力に関する条文が219条2項から219条2項5号へと変更*304
 簡易略式株式交換と買取請求権*305
 簡易な事業全部の譲受・略式事業全部の譲受と株式買取請求権*306
 組織変更条文が746条●号が746条1項●号へ*307


(4) その他
 産競法制定に伴う、交付金合併・三角合併の説明の変更*308
 買い取り請求にかかる株式は効力発生日に消滅会社の自己株式となって消滅すると説明していた(旧版811頁注4)が、「自己株式となって、消滅会社については〜割当ては行われない」との説明へ変わった*309
 産競法制定に伴う、略式合併の説明の変更*310
 産競法制定に伴う、交付金分割の説明の変更*311
 会社分割における公告催告の効果について説明が若干変更*312
 産競法制定に伴う、略式分割の説明の変更*313
 産競法制定に伴う、略式株式交換の説明の変更*314
 産競法制定に伴う、略式事業譲渡の説明の変更*315
 「委員会設置会社*316は誤記と思われる。
 旧版では「会社法制定当初は、株式会社から合同会社への組織変更も、相当数行われるかもしれない」*317とあったが、実際には移行は進まなかったようで、この記載が削除されている*318


9.第八章 外国会社
963頁〜971頁、旧版903頁〜911


大阪地判平成22年12月17日判時2126号28頁(デラウェア州のLPを我が国の租税法上「法人」と認めた事案)*319


10.第九章 解散と清算
972頁〜994頁、旧版913頁〜933頁


(1) 主な改正点
 なし



(2) 判例・理論・実務の進展
森江由美子「少数派株主保護の法理」関学62巻3号・4号63巻4号(2011−2013)*320



(3) 細かな注意点
監査等委員会は清算会社に置けない(477条7項)*321
監査等委員会設置会社の監査等委員は清算において監査役になる*322
清算会社が財産を換価する際、子会社持分譲渡の方法による場合には特別決議が必要*323



(4) その他
 休眠会社のみなし解散*324に関し、平成26年11月17日(月)の時点で要件に該当する法人が平成27年1月19日(月)までに「まだ事業を廃止していない」旨の届出がなく役員変更等の登記も申請されなかった休眠会社又は休眠一般法人について平成27年1月20日(火)付けで解散したものとみなされる*325


まとめ
 江頭会社法の改正点を概観すると、監査委員会設置会社社外取締役、多重代表訴訟、株式等売渡請求等の華々しく議論された改正点以外にも、実務的に影響を及ぼし得るマイナーな改正点があることが分かるとともに、改正が影響を及ぼさないと考えられる範囲も理解される。
 法務関係の皆様は、ぜひ、第六版まで待つとは言わず、江頭会社法をご購入頂き、本書の「ご自身の業務に関係する部分」を、特に本エントリに記載した点にフォーカスを当ててお読み頂きたい。これが会社法改正がご自身の業務にどう影響し得るかを知る最短の勉強方法だと考える。
 本エントリを掲載する機会を与えて下さったLegal Advent Calender主催者の柴田先生(@overbody_bizlaw)に心より感謝して本エントリを終えさせて頂きたい。

*1:実は、本エントリのように江頭会社法5版を4版と比較して、業務と関係ある部分で会社法がどう改正「された」のか「されていない」のかを確認すべきということを書いていますので、このエントリは、法律書レビューの補足記事という意味もございます。

*2:索引等をあわせた

*3:以下、ページ数のみは本書の頁を示す。

*4:第5版補訂版かもしれないが、本エントリの論旨からするとどちらでも関係ない。

*5:執筆時現在の政省令策定の見込みを反映すれば

*6:こういうことを考えた時には、それがどれだけ手間ひまがかかる作業か、全く想像がついていなかったのでした。。。

*7:9〜10頁

*8:49頁

*9:54頁注2

*10:15頁注2

*11:20頁

*12:21頁注11

*13:42頁注2

*14:19〜21頁

*15:24頁注3

*16:24頁注3

*17:50頁注4

*18:51頁

*19:52頁注2

*20:54頁注1

*21:54頁注2

*22:1頁

*23:3頁注1

*24:4頁注4

*25:3頁

*26:3頁注2、4頁

*27:12頁注2、注3

*28:7頁注9

*29:7頁注10

*30:8頁及び10頁)。  訴訟・非訟事件において取引相場のない株式等の評価方法が問題となるケースに関する条文が増加(179条の8第1項、182条の5第2項)((14頁

*31:299条の6第1項

*32:33頁

*33:15頁注2。旧版15頁注2も参照

*34:旧版47頁

*35:49頁

*36:56頁注1

*37:82頁、110頁以下

*38:63頁注2

*39:63頁注2

*40:70頁

*41:71頁

*42:84頁、99頁

*43:85頁注2

*44:86頁

*45:104頁、106頁注5

*46:104注3、105頁注4

*47:114頁

*48:89注6

*49:63頁

*50:69頁注3

*51:103頁注2。旧版100頁注2も参照

*52:103頁

*53:http://www.nikkan.co.jp/news/nkx1520141202abas.html

*54:129頁、275頁以下

*55:158頁以下

*56:203頁

*57:282頁以下。なお、旧版128頁注6(本書132頁注6相当)の記載を参照のこと。

*58:122頁注3

*59:161頁

*60:161、162頁

*61:195頁

*62:200頁

*63:200頁

*64:203頁

*65:261頁

*66:199頁

*67:200頁

*68:210頁

*69:219頁

*70:245頁注5

*71:258頁注11

*72:いわゆるNISA等。217頁注1

*73:244頁注5

*74:128頁

*75:140頁

*76:147頁

*77:152頁注21

*78:156頁

*79:165頁

*80:208頁

*81:227頁注7

*82:227頁注8

*83:235頁

*84:238頁

*85:250頁、251頁

*86:263頁

*87:297頁注4

*88:227頁

*89:253頁注4

*90:283頁

*91:292頁

*92:379頁、408頁注4、508頁、509頁、555頁、571頁以下

*93:378頁、544頁以下

*94:377〜378頁

*95:382頁以下514頁以下(社外監査役)、546頁

*96:399頁、400頁注3、406頁、409頁、411頁注8、523頁、527頁

*97:460頁注2、483頁、496頁以下株式交換)、498頁以下(いわゆる多重代表訴訟)、535頁(監査役)、539頁(会計参与)、559頁、561頁及び同注6(いずれも監査委員会と特定責任追及訴訟)、569頁(執行役)

*98:326頁、367頁注6

*99:326頁

*100:347頁

*101:371頁

*102:393頁注6

*103:394頁注7

*104:407頁注2

*105:421頁注1

*106:421頁注1

*107:421頁注2

*108:423頁注2

*109:425頁注4

*110:436頁注8

*111:458頁注28

*112:463頁注3

*113:464頁注3

*114:464頁注3

*115:464頁注3

*116:464頁注3

*117:485頁注2

*118:517頁注1

*119:536頁

*120:306頁注5

*121:336頁注3

*122:343頁注13

*123:385頁注8

*124:394頁

*125:398頁注3

*126:421頁注2

*127:465頁

*128:547頁

*129:306頁注5

*130:326頁

*131:345頁注17、旧版328頁注17

*132:346頁注18

*133:385頁注8

*134:352頁注5

*135:400頁注4

*136:425頁注4

*137:443頁

*138:445頁

*139:538頁

*140:306頁

*141:317頁

*142:331頁

*143:331頁

*144:343頁注13

*145:347頁、467頁

*146:353頁

*147:354頁

*148:356頁注2

*149:358頁注6

*150:375頁

*151:378頁注5

*152:390頁

*153:403頁注6、424頁注3

*154:406頁、549頁注1

*155:410頁注7

*156:419頁

*157:443頁注9

*158:461頁

*159:461頁注2

*160:468頁注8

*161:470頁、553頁、569頁

*162:470頁

*163:471頁及び同注14、473頁、474頁、475頁、477頁、479頁

*164:472頁注16

*165:473頁、478頁、479頁及び同注28

*166:480頁

*167:公告・通知の文脈で481頁注31

*168:484頁注2

*169:485頁注2

*170:486頁

*171:489頁注8

*172:494頁

*173:507頁注9

*174:511頁注3、518頁

*175:511頁、512頁

*176:518頁

*177:524頁、525頁

*178:535頁、540頁

*179:実務的に勧められるものはもっと限られてくる

*180:308頁

*181:311頁

*182:351頁

*183:376頁、旧版358頁

*184:413頁

*185:464頁注3

*186:465頁

*187:旧版441頁

*188:466頁

*189:491頁

*190:507頁

*191:511頁

*192:608頁〜610頁、改正の経緯は608頁注18参照。

*193:645頁注21

*194:696頁

*195:615頁注28

*196:625頁

*197:590頁注4

*198:615頁注28

*199:627頁注6

*200:652頁注3

*201:595頁注1、598頁注2、599頁、600〜601頁、602頁、604頁、617頁

*202:607頁

*203:612頁

*204:613頁

*205:617頁

*206:622頁及び同注6

*207:668頁

*208:676頁注10、旧版629頁注10参照

*209:606頁

*210:610頁

*211:613頁注23

*212:旧版595頁注14

*213:641頁注14

*214:659頁注12

*215:707頁、724頁、750頁以下、766頁、788頁、798頁

*216:740頁、754頁以下、768頁、772頁、773頁、789頁、794頁、799頁

*217:761頁

*218:766頁、779頁、796頁

*219:771頁

*220:709頁注7

*221:715頁注14

*222:738頁注11

*223:745頁注1

*224:748頁注5

*225:748頁

*226:748頁

*227:773頁

*228:777頁注1

*229:780頁

*230:809、812,813頁

*231:785頁注14

*232:213条の2、213条の3

*233:703頁

*234:704頁注2

*235:731頁、732頁、735頁

*236:736頁注8

*237:738頁

*238:741頁、754頁

*239:758頁

*240:758頁

*241:768頁

*242:772頁

*243:787頁注16

*244:793頁、旧版739頁も参照

*245:794頁注4、旧版739頁注4も参照

*246:796頁注6

*247:797頁注1

*248:814頁注7

*249:705頁注2

*250:708頁

*251:関西国際空港及び大阪国際空港の一体的かつ効率的な設置及び管理に関する法律(平成23年法律第54号)附則第19条

*252:714頁

*253:759頁注3

*254:762頁

*255:819頁、824頁、942頁、946頁、948頁

*256:824頁、877頁以下、915頁以下、940頁以下

*257:899頁注3、903頁

*258:820頁

*259:821頁注2

*260:822頁注4

*261:822頁注4

*262:822頁注4

*263:834頁注9

*264:839頁

*265:851頁注2

*266:867頁注4

*267:867頁注4

*268:932頁

*269:943頁

*270:821頁注2

*271:821頁注2

*272:822頁注4

*273:842頁注4

*274:849頁注1、926頁注2

*275:867頁注4

*276:888頁

*277:904頁注2

*278:912頁注7

*279:952頁注1

*280:820頁、822頁注5

*281:860頁

*282:824頁、829頁注1、なお、835頁注12等のことを差していると思われる。

*283:825頁注2

*284:828頁

*285:829頁

*286:830頁、831頁注6、833頁

*287:830頁

*288:835頁注12

*289:836頁注13

*290:844頁

*291:851頁注2

*292:854頁注15

*293:866頁注3

*294:868頁

*295:875頁

*296:880頁、916頁、941頁

*297:885頁

*298:894頁、旧版836頁も参照

*299:901頁、旧版843頁も参照

*300:915頁

*301:925頁

*302:932頁注1

*303:936頁

*304:936頁、旧版876頁注3参照

*305:939頁

*306:949頁注3、950頁

*307:958頁〜959頁。旧版898頁〜899頁参照。

*308:838頁注3

*309:868頁注5

*310:875頁注6

*311:884頁注4

*312:905頁、906頁注5、911

*313:914頁注1

*314:939頁注1

*315:948頁注11

*316:950頁

*317:旧版893頁

*318:953頁

*319:964頁

*320:977頁

*321:982頁

*322:983頁、987頁

*323:989頁

*324:978頁

*325:http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00082.html

待望の改訂版! 「刑事弁護Beginners ver2」〜本年11月の新判決とその刑事弁護における意義

刑事弁護ビギナーズver.2

刑事弁護ビギナーズver.2

1.ついに登場! 改訂版
改訂が待望されていた「刑事弁護ビギナーズ」の改訂版がついに出版された。


7年前、まさに司法改革が実行に移され始めた時期に、右も左も分からない多くの「初心者(Beginners)」の刑事弁護人を救ってくれた救世主、刑事弁護Beginnersは、まさに伝説の本といってもいいだろう。特に「若手」を編集・執筆の中心とするという編集方針は、若手の先生方が「あの時これを知っていれば」という生きたノウハウがふんだんに盛り込まれるという意味で極めて画期的である。



ただ、7年が過ぎてしまった。裁判員裁判に対応していない等、内容の「古さ」に、刑事弁護の良書の紹介を依頼される場合に、流石に他の本を探さないと行けないだろうということで書いたのが、以下のレビューである。
刑事弁護人としてのスタートラインに立つための新しいスタンダード「事例に学ぶ刑事弁護入門」〜「刑事弁護人あるある」付き書評 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常



 そのような状況下、ついに出版された「刑事弁護ビギナーズver2」は、「実務で求められる技術と情熱を凝縮した刑事弁護の入門書」という初版の良さを引き継ぎながら、新しい編集者・著者が新しい時代に対応して大幅に記述を書き換えており、刑事弁護に従事した人なら誰でも失敗し、なしは失敗しかけたであろう点に先回りする「実用性」は圧倒的である。




このように素晴らしい「刑事弁護ビギナーズver2」は、その完成度は高く、私が言える事など、基本的には「買って下さい」「読んで下さい」「弁護活動の際に手元に置いていつでも参照して下さい」の3つだけであるが、一応ツイッターで気になった若干の点を補足してみたので、ご興味のある方はtogetterをご覧頂きたい。
私家版刑事弁護ビギナーズ補足 - Togetter
 そして、このうち、身柄拘束に関する2つの最決と接見交通に関する東京地判は、本年11月に出ており、出版時期との関係で同書がフォローできないのは当然であるが、刑事弁護において重要なので若干敷衍して補足したい。


2.身柄拘束に関する2つの最決*1
 勾留に関する最決平成26年11月17日*2と保釈に関する最決平成26年11月18日*3は、結論としては、最高裁が自ら被疑者/被告人の身柄拘束からの解放を認めたということで、刑事弁護人にとって有利なようにも思えるがなかなか解釈が難しい。


1つの解釈は、あくまでも準抗告審の判断構造を明示したに留まるというものであり、要するに、準抗告審は原審の判断がその裁量に違反していると判断するならば、その理由を具体的に説明すべき*4というものである。


ただ、刑事弁護人としては、異なる解釈の可能性を追求すべきであろう。

被疑者は,前科前歴がない会社員であり,原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば,本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は,罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ,原々審が,勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは,この可能性が低いと判断したものと考えられる。
最決平成26年11月17日

この「罪証隠滅の現実的可能性の程度」への言及は、この点を強調すれば、(少なくとも逃亡の恐れがない事案においては)罪証隠滅の現実的の可能性が高くない限りは勾留をしてはならないと最高裁が判断したという主張も可能になってくるだろう。



 この点は、最決平成26年11月18日が、原々審が「被告人がこれらの 者に対し実効性のある罪証隠滅行為に及ぶ現実的可能性は高いとはいえないこと」「現実的でない罪証隠滅のおそれを理由にこれ以上身柄拘束を継続 することは不相当であること等を考慮して保釈を許可した」ところ、そのような「原々審の判断が不合理であるとはいえない」と述べていることからも補強をする可能性がある。


 もちろん、現実的な可能性というのが具体的にどういうものかは、事案によって異なるだろうが、最決平成26年11月17日を参考にすると、「被疑者と被害少女の供述が真っ向から対立」するいわゆる痴漢否認事件において、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことにも鑑みると罪証隠滅の現実的可能性が低いと判断されているらしいこと、最決平成26年11月18日を参考にすると、共謀も欺罔も争っているいわゆる「組織的取り込み詐欺の事案においても、「被告人と共犯者らとの主張の相違ないし対立状況,被告人の関係者に対する影響力,被害会社担当者の主尋問における供述状況等に照らせば,被告人がこれらの 者に対し実効性のある罪証隠滅行為に及ぶ現実的可能性は高いとはいえない」と言い得る場合があり得ること等が参考になるだろう*5


3.写真撮影を理由とする接見中止
 東京地判平成26年11月7日は、手元に判決文がなく、報道ベース*6だが、要するに弁護人が接見の際に様子がおかしいから写真撮影をしたところ、拘置所職員から撮影した写真の削除を求められるとともに、これを拒否したことにより接見を中止させられたという事案である。


 裁判所は、写真撮影を接見交通権の一部として正面から認めるのではなく、写真撮影等を理由に接見を断ることが刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(収容法)の観点から正当化されるかという枠組みに「逃げ」て、接見を断ってはならないとして国に賠償を命じたものである。


 まず、刑事弁護人としては、この判断の後でも、写真撮影は、接見交通権の一部に入るとの主張をし続けるべきであり、同地判は、収容法違反が認められたことから、収容法違反を捉えて拘置所の行為を違法とした判断に過ぎないと解釈することになるだろう。
 次に、この判断のうち、写真を撮影し、これを消さなかったというだけで接見を中止させてはならないというものは、刑事弁護において非常に重要なものであり、今後の写真撮影を止めようという施設職員の行動に対して「接見を中止させたらまた国賠が認められますよ」と言えるという積極的先例として捉えるべきだろう。


 更に、同判決の写真撮影そのものに対する態度は不明確であるが、もしも、「写真撮影は証拠保全でやることが原則」という趣旨なのであれば、これは逆に言えば、証拠保全刑事訴訟法179条)を申立てる際に、このままだと傷が消えてしまって証拠保全の意味がなくなるから早くやってくれと言う場合に、この判決を援用することができる可能性も否定できない。


 そして、あまり重視されていないが、個人的に重要だと思うのは、裁判所が収容法に「逃げた」ことである。これは、厚くそびえ立つ接見に関する判例学説と正面から向き合いたくないという消極的評価もあり得るが、逆に言えば、クリエイティブな刑事弁護人は、「収容法の問題として議論をすることで、これまでの実務にない有利な判断を導き出す」ことができる余地があるということである。もちろん、収容法を使うことで、接見交通権に基づく主張が弱く感じられる等デメリットもあり得ることから、各事案に応じた臨機応変な対応が肝要だが、今後は、このような使い方も検討に値する。収容法・監獄法を考慮した最近の刑事弁護に関する判断として、例えば、最判平成25年12月10日民集67巻9号1761頁、東京高判平成26年9月10日、東京地判平成24年11月14日、東京地判平成23年3月30日判例タイムズ1356号237頁、東京地判平成22年1月27日判例タイムズ1358号101頁等がある。

まとめ
 「刑事弁護ビギナーズver2」は、今後刑事弁護を行う上で欠かす事のできない、いわば「バイブル」である。
 ただし、出版時期の関係で、本年11月に下された重要な判断についてフォローできていないことは残念であり、その観点から、「100%の私見」としてこれらの3つの判断について刑事弁護人に与える可能性のある意義について試論を展開させて頂いた。
 刑事弁護に詳しい諸先輩方からのご批判を賜ることができれば幸いである。

*1:なお、本稿を作成するにあたって、特に野田先生(@nodahayato)のツイートを参考にさせて頂いた。ここに感謝の意を表させて頂きたい。

*2:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/640/084640_hanrei.pdf

*3:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/641/084641_hanrei.pdf

*4:17日の「原々審と異 なる判断をした理由が何ら示されていない」。18日の「受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある」参照。

*5:なお、本件については、最決平成26年3月25日判時2221号129頁も参照のこと。

*6:http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2014/141107.html参照

中山節炸裂!『著作権法(第2版)』

著作権法 第2版

著作権法 第2版


1.感情がこもった本の面白さ
 学者の書く学術書は、客観的な観点から、冷静沈着にというものが多い。
 しかし、一部、その著者の感情が浮かび上がる記述スタイルを取る本もある。
 このような記述に対しては、一部では批判もあるところだが、私は全面的に支持したい。
 それは、学問の原動力が、「これを伝えたい」という力だからであり、それが紙面にもほとばしり出るくらいパッションが込められている本には、(今その考えが通説ではなくても)必ずやその「思い」に共感する人の輪が広がっていくだろうと思うからである。


 この観点から、すでに「龍田節」を取り上げたことがある


龍田節万歳!〜楽しめる基本書「会社法大要」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常



 龍田先生の『会社法体要』は、第2版が出ないのがさびしい、非常によい本である。



 他には、(学者というのか立法担当者というのかという問題はあれど)稲葉威雄『会社法の解明』や、特にシェーン判決に関する加戸守行『著作権法逐条講義』があげられる。


2.デジタル時代の著作権の新たな形とは何か?
 この行列に今般参加することになった(と私が個人的に感じている)のが、中山信弘著作権法(第2版)』である。もちろん、その萌芽は2007年の初版からあった。しかし、特にデジタルと著作権という観点からいえば立法においても司法においても著作権法における「激動の時代」と評さざるを得ないこの7年を経て、中山先生の本は大幅にパワーアップして帰ってきたのである。



 ここで、フェアユースがすごい」という論調の書評もみられる。
中山『著作権法』第2版必読です | 栗原潔のIT弁理士日記



確かに、フェアユースの論点は、初版と第2版とで、中山先生が大きく考え方を変えられたところである。
しかし、第2版の一番の特徴は著作権の強化と情報の共有あるいはネットの自由の狭間(8頁)」で「混沌(11頁)」とする中、「憂鬱(i頁)」になりながらも、「現代では著作権法が産業政策的な意味合いを持つ(27頁)」という認識の下、デジタル時代の新しい現象に対応しながら、いかに「真の意味での豊かな文化の発展を図る(例えば161頁、283頁等参照)」のかを追求する姿勢だろう。


原著作物の著作権者の保護範囲を広げるということは、全く新しい創作へのインセンティブにはなるが、改作へのインセンティブは減少する。この両者の調和をとりつつ、真の意味での豊かな文化の発展を図るためには、二次的著作物の権利範囲をどのように捉えるべきか、という視点が重要である。
中山信弘著作権法(第2版)』161頁

には、心の中で拍手喝采をした。


3.炸裂! 中山節!
 さて、本書ではどの辺りに「中山節」が出ているのだろうか。私が読んでいて「これは!」と思ったものをいくつか列挙したい。


・(著作権法は)古くて立派な老舗旅館のようなもので、本館と新館と別館があり、その間を渡り廊下で結び、迷子になりそうな感じの作りになっている(11頁)
・いかに強い著作権を有しているとしても、強力なプラットフォーマーの前では跪き、提示される契約を飲まない限り情報の配信が困難となる状況も予想される(10頁)
著作権法が小説からコンピュータ・プログラムまで多種多様な性格を有するものを取り込むことが可能であったという懐の深さ、悪くいえば掃き溜め的性格(12頁)
・ネットを通じて瞬く間に有名となった例は枚挙に遑がなく、昨日までろくに「飯も食えなかった」者が、今日は「こんな不味い飯が食えるか」と言ったという逸話もある(31頁)
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』ダイヤモンド社、2009)という本が大ヒットしたが、このくらいになると著作物性を満たすか否かの境界線(87頁)
・実質的には著作権法保護すべき者を表現(略)と称し、保護すべきでないものを「内容」(アイディア)と称しているともいえる(158頁)
・権利者側も技術的保護手段を施して自衛するようになってきたが、それを破る技術とのごっことなっている(291頁)
・(ダウンロード違法化の)効果も検証されないうちに刑事罰化することには疑問がある(略)いかに民事・刑事の規定を強化しても、ネットから違法複製物を退治することは困難であろう。刑事罰で抑制するのではなく、啓蒙活動の他、新しいビジネス・モデルで対処すべきであろう(298頁)
・違法ダウンロードを行うのは青少年が多く、彼らを犯罪者に仕立てる前に啓蒙の努力をすべきであろう(296頁)
ミッキーマウスの描かれたTシャツを着せた場合とミッキーマウスの人形をだかせた場合とでは、犯罪の成否を分けるほどの大きな実質的な差異はあるのであろうか(307頁)
・(検討の過程における利用、30条の3)何故に審議会報告書に反し、このようなミスリーディングな限定要件を定めたのか、理解に苦しむ(309頁)
・(検索エンジンの例外、47条の6)技術進歩が激しいため、現在現れている問題だけを解決するための細かい規定を置くことが、デジタル時代にはいかに危険であるか、ということを如実に物語っている。(略)今後の立法の悪い参考例となる条文である(380〜381頁)。
・中国や韓国では国産検索エンジンが主流であるが、IT技術の優れた技術があるはずのわが国では外国の検索エンジンに席巻されており、この改正自体は余りに遅きに失したものであるといえる(381頁)
・例えばゴッホなような強者の保護が必要であるとも解かれるが、現実にはマイクロソフト社やIBM社のような世界的覇者が著作権者である場合も少なくないのであり、著作者・著作権者は弱者であり一律に立法保護しなければならないという理由はない(420頁)
・(平成18年の)改正は、有体物*1の侵害と情報の侵害との区別の議論を全くしないままに政治主導でなされたものであり、法改正としては極めて遺憾である。

まとめ

中山信弘著作権法(第2版)』は、デジタル時代の著作権はどうあるべきかを考え抜いた中山先生の「憂鬱」が、通読して目についたものをピックアップしたでもひしひしと感じられる、とても人間臭いいい本である。
ぜひ、皆様にもお読み頂きたい!

*1:誤字がありました。luckymangan 様ありがとうございました!

「誰にでもできる職務質問」〜ラノベみたいなタイトルの「ガチ」な現場警察官への指導書

誰にでもできる職務質問―職質道を極める

誰にでもできる職務質問―職質道を極める



1.タイトルがラノベっぽい、でも立花書房!

 
 立花書房といえば、雑誌「警察公論」等で知られる老舗警察・司法系出版社であり、基本的には出している本は「堅い」内容である。


 この出版社が出した本が、


相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」である。


 タイトルをみてすぐに思いついたのは、なれる!SE 4 誰でもできる?プロジェクト管理」というライトノベルであり、


立花書房もライトノベルっぽい本を出すんだ!


という驚きでいっぱいになった*1


 なお、この本が出版された頃のラノベのタイトルの流行は、文章っぽい感じで、その内容だけで読者の気を引くというものであるが、このタイトルも「誰にでもって、職質できるのって、警官だけやん!」*2といった突っ込みを呼ぶという意味で、その要件を満たしている。


2. 内容はガチ
 このタイトルから受けた印象と、実際の内容はかなり違っていた。


 少しフランクな用語でいえば、「内容はガチ」である。


 本書の企画意図は、日本の治安を守るためには多くの若手警察官の職務質問技術の向上が不可欠という熱い思いから、職質により日本の治安を守り、指導官として職務質問技術の伝承に尽力をされ、そろそろ退職される大阪府警の相良管理官と愛知県警の神部調査官が、職質が苦手な若手の警察官向けに、非常に具体的に職務質問の技能とその経験を語るという、企画的には素晴らしいものである。


著者の、大阪府警の相良管理官という方は本当にすごい方である。

暴力団員を発見すると『宝箱』に見えてしまいます。
(略)
覚せい剤使用の症状の出ている顔をして歩いていれば、発見した瞬間、自分の身体が引きつけられてしまいます。『獲物を見つけたライオンの気持ちってこんな感じだろうな。』と思うのです。
相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」60頁

犯罪者にとってこの方より怖い人はいないといっても過言ではないだろう。



そして、本書は、職務質問を柔道、剣道、茶道、華道、菩薩道のような「職質道」と捉え、全人格を陶冶して職質に当たり、日本の治安を維持せんという強い決意を表明しており、共感できるところも多い。本書によって、このような心と技術を持った若手警察官が多く育成されれば、安全安心な日本社会は守られるだろう、そう感じさせる迫力がある。


この「職質道」という言葉のインパクトはすごく、「戦車道」という言葉を聞いた時のインパクトが半減くらいしてしまったところである。


3.犯罪者による悪用の可能性?
 ただ、本書で気になったのは、この本は立花書房から公刊されている結果、犯罪者も読めてしまうということである。その観点からすると、この内容には疑問がないではない。

 本ブログに内容を詳細に書いた場合には、本ブログの情報自体の悪用の危険もあるので、あえて内容を詳しく書くことは避けるが、職務質問失敗事例、つまり、いかにして不審者が職務質問を突破したかが多数乗っている。これらの失敗事例において不審者が用いた方法は、「職質道」をまだ極められていない多くの若手警官に対しては十分通用し得るだろう。


 また、覚せい剤等の使用者が取りやすい態度、居やすい場所、乗りやすい車(ガタガタ車両*3)等の記載*4や、特殊な隠匿態様*5、証拠隠滅方法*6等の記載もあり、これらの「手口」の悪用も懸念される。


 要するに、この本の中身が犯罪組織において共有されることにより、職務質問の実効性が落ちてしまう可能性があるのである。


4.この職務質問は適法ですか?
 なお視点を変えて、この本を刑事弁護人の視点で読むと、職務質問実務が分かり、その違法性を裁判上主張しやすくなるということで、刑事弁護にとって「非常に有益」な本とも言える。ただ、それも、本書の著者の「本意に反する」かもしれない。


 例えば、パトカー内での職務質問・所持品検査が、実務上どのような態様で行われているのかについて、詳細な説明がある。

パトカーの右後部ドアは内側から開かないようロックしてあります。窓開閉レバーも外して、窓も開かないようにしています。後部座席右側に載せられ、警察官に運転席と左横に来られた(注:状態になる。)
容疑者を後部座席で警察官がサンドイッチで挟まない限り、任意性は確保されています。
相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」96頁

 この状況を具体的に想起していただくとお分かりになると思うが、運転席の警官がドアのロックを外すか、左横の警官がどいてくれない限り絶対に出られない*7。これが本当に「任意性は確保されてい」るのか、むしろ逮捕状のない逮捕なのではないかという疑問が生じる。特に、この状態で何度も被疑者が「帰りたい」といっているのに「荷物を出してからでいいじゃないか」等といって帰してくれなければ、これは違法だろう。


 すると、警察官が職務質問・所持品検査の実務においてこのような位置関係での「実質的逮捕」とも疑われる行為を行っていることが公刊された以上、類似案件で違法性を争う弁護人としては、「このような行為が広く行われており、本件でも同様の違法捜査がされたはずである!」とか「このような行為が実務書にも記載されて広く行われているからこそ、将来の違法捜査の抑止のためには証拠排除が必要である!」という主張を説得的に行うことができるだろう。


 また、職質中に被疑者が弁護士に電話をかけた場合の弁護士に対する話術という項目*8では、以下のような説明が書かれている。

「先生、例えば、服に血のりを付け、『人を殺して来た』という相手を職務質問したとします。その相手が『職務質問は任意でしょ。』と言えば、帰すのですか。情理を尽くして職務質問するのが警察官の努めだと思うのです。覚せい剤も10年以下の懲役の重大な罪です。警察官として情理を尽くして説得しなければならないと思っています。」
相良真一郎・神戸明編著「誰にでもできる職務質問〜職質道を極める」96頁

 と説明するのだそうである。


 しかし、服に血のりをつけて「人を殺して来た」と自白すれば、準現行犯逮捕・緊急逮捕が可能であり、適法に逮捕ができる事例における(逮捕手続の前提ないし一環としての)質問と、逮捕の要件が揃っていない段階における純粋な職務質問を混同した議論を弁護士に対する話術として紹介されているということは、それ自体警察官全体の法律知識のレベルが疑われると言わざるを得ないだろう*9

まとめ
 「若手が職務質問をうまくできるようになり、犯罪をより有効に検挙できるようにしよう!」という「誰にでもできる職務質問」の志は素晴らしい。
 しかし、これを公刊してしまったことは、犯罪者に「手の内を明かす」結果になり、逆に志に反することになっているという点で残念である。
 もっとも、同書が公刊されたおかげで、刑事弁護人としては、職務質問・所持品検査実務をつぶさに知ることができる。その意味で、刑事弁護人にとっては、必ず入手すべき本である。
 本書の続編である、「誰にでもできる職務質問II」*10が警察官限定の発売になったのは、本ブログで指摘する点の反省を生かしてのことだろうが、逆に、入手が難しくなったということを意味するのであり、個人的には残念である。

*1:なお、私は本書の発売直後に買った訳ではなく、時系列的には、本書が先で、なれる!SE4巻が後の出版である。

*2:警察官職務執行法第2条1項は「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。」とする。

*3:119頁

*4:114頁以下

*5:140頁

*6:88頁

*7:本書では、助手席側からの逃走について詳論しているが、左側にいる警官がよっぽどボケっとしていない限り逃走は困難であろう。

*8:項目名は「携帯電話と弁護士」だが、要するにそういう意味である。

*9:これに類する、車内の無令状捜索をやってまった事件については176頁等にも記載されている

*10:http://tachibanashobo.co.jp/products/detail.php?product_id=3038

要件事実の再入門に最適の一冊、『要件事実入門』」〜「要件事実のマニュアル化」を防げ!?

要件事実入門

要件事実入門


1.超話題の書籍、刊行!
 要件事実マニュアル民事訴訟マニュアル、そして岡口撮りで有名な、「岡口基一」裁判官。岡口判事の新刊のタイトルが「要件事実入門」であると公表された時から、一部の法クラの間で期待が高まり、21日と言われていた*1発売日に向け、期待は最高潮に高まっていた。


21日だと思った?残念、20日発売でした!


 同書を早速ゲットしたので、レビューさせていただきたい。



2.「要件事実」の「マニュアル化」を防げ!!
 岡口判事の主著のタイトルから誤解している人が多いかもしれないが、岡口判事は、要件事実のマニュアル化については反対の立場に立っている


 確かに、要件事実は裁判実務における基本ツール*2であり、そのツールをよりうまく使えるためのガイドとして『要件事実マニュアル』シリーズは極めて有益な実務ツールである。



 しかし、要件事実を学習する際に、いわば、「これが正解である」という結論だけを丸暗記する人や、結論を丸暗記させるに等しい教育がなされることがあるが、これでは、要件事実を真に「理解」したことにならないのであって、それでは、たとえばこれまであまり論じられてこなかった訴訟類型の要件事実について自分の頭で考えて要件事実を抽出して訴状を作成したり、争点整理をするといったことはできなくなってしまう。


 このような意味での「要件事実のマニュアル化」問題に関連し、司法研修所において現在要件事実の教授のため用いられている「新問題研究要件事実」に対しては、「司法研修所民事裁判教官各位が、どういう視点から議論された上、記載されるに至ったのか、それを推察する端緒すら見いだせない」*3と批判されているところである。

 
 そして本書でも、いわゆる返還時期の定めのない貸金の返還請求に関する「新問題研究」の記載に対する、以下のような痛烈な批判がなされている。

なお、司研・新問題研究40頁も、「返還時期の定めがないこと」が請求原因の要件事実にならないとしますが、その理由は記載していません。理由を記載せずに結論だけ記載するのでは、要件事実が暗記科目になりかねません。
岡口基一『要件事実入門』75頁


 そう、要件事実はマニュアル化してはいけないのであって、なぜそのような要件事実になるのかを自分の頭で考えて理論的に整理をしてその体系を体得すべきである。


 このような考えから作成された書物が、『要件事実入門』である。


3.「要件事実は裁判規範としての民法」という言葉の意味が分かる
 本書で非常に重要だと思うことは、本書を理解することで「要件事実は裁判規範としての民法という言葉の意味が分かるという点である。


 この点についての私の理解を非常に簡単にまとめると、以下のようになる。


 要するに、立証責任とは何かについては、証明責任規範説と法規不適用説の2つが対立している。


 証明責任規範説は、主要事実の存否が不明な場合には、「その事実をない*4擬制する」のが証明責任規範であり、このような規範を用いることで、主要事実の存否が不明になった場合には、裁判所は、当該規範による擬制に従い裁判をする(通常は、証明責任規範はその事実をないとすることから、法規不適用となる)ことができるので、判決をするのに困らなくなる*5。この見解によれば、立証責任とは、主要事実の存否が不明であるため証明責任規範が適用されて裁判がされることにより生ずる不利益となる。
 法規不適用説は、このような証明責任規範の考えをあえて介在することは必要ないと考える。要するに、主要事実の存在が立証されてはじめて法規が適用されるのであるから、主要事実の存否が不明であれば、当然に法規は適用されないのであって、わざわざ証明責任規範を介在させる必要はないという訳である*6。この見解によれば、立証責任とは、主要事実の存否が不明であるため法規が適用されず、法律効果の発生が認められない不利益となる。


 ところで、民法を行為規範と考えると、法律効果は現実の社会で発生していることになるが、民事裁判において主要事実の存否が不明に終わると、現実の社会で法律効果が発生したか否かがわからない。そこで、その場合でも裁判を可能ならしめるための特別な規範として、証明責任規範が必要になる*7
 反面、民法を裁判規範とすると、法律効果が発生するのは、主要事実の存在が立証され、その判決が確定したときであり、主要事実の存在が立証されないと、法律効果は発生しないことになる。そこで、証明責任規範は不要となる*8


 そして、法的三段論法は「大前提(規範)」→「小前提(あてはめ)」→「結論」であるところ、民法が行為規範であれば、実体法上の行為規範である大前提に裁判の立証のルールである証明責任分配の原則を組み込むことはできないはずである。
 逆に、民法を裁判規範と考えれば、法律効果の発生(@判決の確定)は、民事裁判過程における主要事実の立証と結びついているので、その立証のルールを「大前提」に組み込むことができ、そこで、各当事者が立証責任を負う法律要件のみを当該当事者の攻撃防御方法における「大前提」とする、要件事実論のいわゆる「請求原因」「抗弁」「再抗弁」「再々抗弁」「再々々抗弁」以下の攻撃防御方法の構造が成立するのである*9

2つの考え方 民法は何規範? 証明責任規範の要否 三段論法への証明責任分配の組み込み
要件事実論が前提とする見解 民法は裁判規範 証明責任規範不要 裁判規範なのだから三段論法への証明責任分配の組み込みが可能
もう1つの見解 民法は行為規範 証明責任規範必要 行為規範たる大前提に裁判上の立証のルールたる証明責任分配は組み込めない

岡口基一『要件事実入門』を元に、筆者が独自にまとめたもの。


 本書は、このようにして要件事実論の理論的根拠を明らかにする等、要件事実を「暗記物」ではなく、「真に理解」させるための説明がなされている点で類書のない秀逸な一作と言えよう。



4.要件事実の「再入門」に最適な一冊
 本書は、確かに要件事実の入門書としても適しており、特に、難しいところ等は「初学者の方は読み飛ばしましょう。」*10とされており、要件事実入門のために必要最低限の部分が明示されている点は親切である。



 しかし、本書は、特に、要件事実を暗記物として学んでしまった方への「再入門」として優れている。本書は、「一般に理解しやすい見解」*11のロジックを説明することで、「どうしてそのような結論になるのか」を明快に解き明かしているところ、実は、結論としては本書の結論と、司法研修所の要件事実とはそう大きくは異ならない*12。そこで、容易に暗記物としての要件事実からの脱却ができるのである。親切なことに、これまで司法研修所の要件事実論と、「一般に理解しやすい見解」が異なっている部分については丁寧な説明があるので*13、結論として司法研修所の要件事実論と同じ見解を取りたい人(例えば、現在修習生で二回試験を受けないといけない方)にとっても、本書を通じて要件事実を学ぶ際に注意すべき点が分かって安心であろう。その意味で、予備試験受験生、ロースクール生、司法試験受験生、修習生、若手法曹(≒法クラのみんな)に非常にお勧めである。


 なお、本書の「はじめに」は、再入門者は第1章の民事訴訟入門の部分を読み飛ばしていいとするが、上記3で述べた、「要件事実は裁判規範としての民法」という言葉の意味が分かるという部分は、第1章(特にその末尾の「7 立証レベル」)を読んでこそ十分に理解できるので、少なくともこの部分はきちんと読んでから第2章以下を読むのがよいだろう。


 そして、司法試験受験生にとっては、本書と要件事実問題集

要件事実問題集

要件事実問題集

をあわせて読むことにより、平成19年と平成23年という、要件事実がほとんど問題とならなかった年を除くすべての民法過去問を要件事実の観点から検討できるという点でも大変おいしい一冊である。

まとめ
 要件事実マニュアル」の著者「岡口基一」裁判官の「要件事実入門」は「要件事実のマニュアル化」を防ぐため、要件事実を暗記物ではなく、きちんと理解できるための説明がなされた出色の一冊である。
 入門者にも向いているが、特に要件事実を暗記物として学んでしまった方のための「再入門」として最適であり、予備試験受験生、ロースクール生、司法試験受験生、修習生、若手法曹にとって非常にお勧めである。
 同書のAmazonリンクが見つからなかったのは残念だが、本日まで送料無料で注文できる
【好評予約受付中!8月20日まで】『要件事実入門』(※ご予約の方には送料無料サービス中)|お知らせ|新着情報|株式会社創耕舎
らしいので、ぜひご注文ください!

*1:http://ameblo.jp/pompompomnoone/entry-11893484983.html

*2:井上哲男教官の「要件事実は争点と証拠の整理を行うための『共通言語』」という言葉が本書81頁で紹介されている。

*3:本書はしがき参照。なお、伊藤滋夫先生の、主張立証責任の分配基準に関する記載への批判

*4:又はある

*5:本書19頁

*6:本書20〜21頁。但し、本書21頁のような、「実体法は、法律要件に該当する主要事実が存在する場合には法規が適用され、存在しないばあいには法規が適用されない旨を定めているだけで、主要事実の存否が不明であるばあいに法規が適用されないとは定めていません」「この見解には論理の飛躍があります」という批判に留意

*7:本書31頁

*8:本書31頁

*9:32頁

*10:本書38頁等

*11:はしがき参照

*12:本書79頁。ただし、司法研修所でいう「法律効果の発生障害要件」を「法律要件の不存在の抗弁」としている点や、「要件事実」を司法研修所が具体的事実(主要事実)の意味で使っているのに対し、本書は抽象的事実として使っている等差異はある。

*13:特に本書78頁以下

一番分かり易い「立憲主義」の入門書〜南野森・内山奈月『憲法主義』

憲法主義:条文には書かれていない本質

憲法主義:条文には書かれていない本質



 何が一番分かり易い憲法の入門書か。これは、非常に難しい問題であり、憲法が98条1項で、「俺が最高法規だ!」と宣言しているのと同様に、「自分が一番分かり易い憲法本だ」と主張する本は少なくない。ただ、私の探し方が悪いのか、これまで、「これだ!」というのはなかなか見つかってこなかった*1


 しかし、この度発売された、南野森・内山奈月憲法主義』、これがいいのである。人によっては、「タレント本」「アイドル本」とラベリングしてしまって、そんなのは読まないという人もいるようだが、そういう偏見を持たずに読んでみたところ*2本当に分かりやすく、面白かった


1.立憲主義の本質
 タイトルの「憲法主義」という言葉は、法学クラスタにとっては、やや奇異に感じられる。憲法」も分かるし「主義」も分かる。でも、「憲法主義」って??という感じであろう。


 どうも、日本の若者にとって、*3立憲主義」という言葉を理解するのが難しいので、憲法の主義」、要するに、憲法を政治の根本に据える主義、憲法によって国家を運営して行く主義のことだよ*4と説明したことによるようである。つまり、本書のタイトルを、法クラにとって、親しみ易い言葉に引き直せば、立憲主義になる。


 この立憲主義について、南野先生と、内山さんの間で、興味深いやり取りがある。
 

さて、何度も言うように、憲法は人権を保障するために権力を分立します。ここで、憲法の「名宛人」ということを考えてみましょう。
◆内山 名宛人?
 名宛人って、何だろう?
◆内山 対象者のことですか?
 対象者ね。なるほど。では、憲法は誰を対象にしてるの?
◆内山 その国の国民。
 ではないのです。
◆内山 えっ?

 ここが大事なところです。
 答えから言うと、憲法は国家権力を対象としています。


南野森・内山奈月憲法主義』82頁〜83頁


 この引用部こそが、本書のキモではないかと個人的には考えているところである。本書から伺えるのは、内山さんに対し、学校の社会科や公民の先生は、かなり丁寧に憲法について教えてくれて来たし、内山さんご自身も憲法が好きで、憲法の条文を暗唱する他、色々と憲法について調べている。しかし、その彼女さえも勘違いしているのが、「憲法は誰を縛るためにあるか」という点である。


 内山さんのように、普通の人は、憲法を「法律の親玉」で、国民を縛るのではないかと思っているようだが、そうではなく、国家権力を縛るところに憲法の意義があるというところである。そして、これを理解することこそが、「立憲主義」いや、「憲法主義」を理解することになるのだ。



2.気になった点
 このように、本書はタイトルどおり、「憲法主義」もとい「立憲主義」を分かり易く理解させてくれる本だが、入門書では必然的に発生する「簡略化のし過ぎ」という面があることは否めないだろう。


 まず、明治期に外国の概念に対応する新語が創造されていく経緯が好き*5な一人としては、南野森『憲法主義』66頁が「権利という言葉を作ったのは、西周だと言われています」とすることには疑問がある。西周がregtを「権」と訳したのは1868年と言われるが、その2年前には、津田真道は『泰西国法論』を訳了し、その中で「権利」という語を用いていた。もう少し遡ると1864年の丁韙良『万国公法』に見られる他、1857年の日米条約6条中でrightに「権」という語があてられていたという*6。このような経緯を踏まえると、もう少し正確な表現を期待したかった。


 次に、AKBの恋愛禁止について、それが私人間の行為だから「憲法違反にならない」*7というのは、ある程度割り切ったというかむしろ、上記のような誤解を正すための教育効果をあえて狙った言い方であろう。そもそも、憲法上に15条4項という私人間適用を明文で認めた規定があることはもちろんであるが、それ以外の規定についても、無適用説を採用しない限り(つまり、いわゆる直接適用説、間接適用説、そして憲法適用説のいずれかを採用した場合)、AKBの恋愛禁止問題についても、少なくとも間接的には憲法が適用され得るのである。この点は、憲法は国民を縛らず、国家権力を縛るという部分を強調するためのレトリックに近いのかなとも理解できるが、やや気になった。



 更に、人権の制約根拠について「他の人の人権との調整が必要で、そのためには人権を制約することも、ときには必要になる。」*8という説明がされているが、これを司法試験でそのまま書くと、もしかすると「それでいいの?」と言われるかもしれない。


 いわゆる公共の福祉を「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」と理解する一元的内在制約説は通説ではあるが、以下の『憲法解釈論の応用と展開』の記述を引くまでもなく、現在その理論的基礎は大きく揺らいでいる

 実は、こうした通説的見解に対して、最近では学説の批判があり、その地位は大分揺らいでいます。


(中略)


いずれにせよ、<公共の福祉=内在的制約=「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」>という定式は、そのままでは維持が困難であることがわかります。


宍戸常寿『憲法解釈論の応用と展開第2版』5〜6頁


 要するに、『憲法主義』において、「入門レベル」として、このような通説的見解を学ぶ事自体は十分あり得る事であろうが、その後勉強を重ね、「応用と展開」レベルに入った際には、違う世界が待っていることに注意が必要だろう。



 なお、細かいが、国民主権を権力と権威の2つに分ける場合の権威の意味では「正統性」という漢字を使うことの方が一般的ではなかろうか。『憲法主義』114〜115頁は「正当性」とするが、例えば、野中・中村・高橋・高見『憲法I』第5版91頁は、「正統性」という。



 そして、巻末の文献の紹介方法だが、本書の読者層にとってかなり難解と思われる*9樋口陽一憲法入門』を紹介しているところや、長谷部恭男先生のご著書として『憲法と平和を問いなおす』ではなく、『憲法入門』を紹介しているところ*10は、やや疑問が残る。

まとめ
 九州大学の気鋭の憲法学の教授である南野森先生と、AKBの、憲法を暗唱するアイドル、内山奈月さんがコラボした奇跡の「立憲主義の入門書」が、『憲法主義』であり、入門レベルでは、破格の分かり易さを誇る。
 もちろん、一部気になるところはあるが、それは、入門書において必然的に発生する、分かり易く説明するための簡略化によるものと理解されよう。
 多くの憲法立憲主義にこれまであまり興味が無かった若者が、本書を読んで『憲法』『立憲主義』の面白さに気づいてくれると嬉しい。そして、勉強を進めて大島義則『憲法ガール』等、一人でも多くの人が面白い憲法の世界へと飛び出してくれれば(アイドルという三次元から、憲法ガールという二次元へ)、「法学オタクで、これを布教することを生き甲斐とする」私としては最大の喜びである。

後注:


上記の通り、私は、『憲法主義』を読んだ際に、その中の、恋愛禁止が「憲法違反にならない」という表現が、「恋愛禁止は法律レベルの問題に帰着しており、憲法的価値の考慮の余地がない」というところまで言っているのか、そこまで言っていないのかが理解しずらく、このままでは表現が誤解を招く可能性があると思っていたところであるが、上記のようなエントリを書いたところ、なんと、著者の南野先生自ら、その趣旨について、補足の説明を頂いた。

まさに「用語法の問題」であり、一読者としては、脚注か何かで、このツイートの趣旨を補足してもらっていれば、一読して腑に落ちたのかなと思った次第であるが、一読者の書評に対し、真剣にコメントを返して下さる南野森先生に、心より感謝の意を表させて頂きたい。

*1:なお、一番分かり易い司法試験憲法の勉強のための本は、大島義則『憲法ガール』だが、読者層は明らかに違うだろう。

*2:ちなみに、私は、法学系と思料される本は、かなり広く読むことにしている。例えば、某宗教団体教祖の『法哲学入門』も、とりあえず法律書っぽいタイトルだからということで買って読んだ。

*3:英語圏の人にとってのconstitutionalism等とは異なり

*4:憲法主義』79頁

*5:この経緯について何が面白いかというと、単線ではなく、それまでの漢籍の蓄積、蘭学の蓄積、中国における翻訳の試みの輸入等、様々な語が複線的経緯で創造されていき、その後の受容の過程でも、複数の候補語が一つに絞られたり、新しい語が出てきてそれに取って変わられる等、複線的に受容されていくところである。だからこそ、「●●という語は××が作った」という単純化については、警戒心を隠せない性格である。

*6:http://doors.doshisha.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=BD00008159&elmid=Body&lfname=007000290002.pdf

*7:86頁

*8:98頁

*9:ただし、繰り返し読む毎に含蓄がある

*10:「なぜ立憲主義なのか」について、憲法入門の方では、概ね2頁しか説明がないが、『憲法と平和を問いなおす』では、事実上丸々一冊「なぜ立憲主義なのか」について語っており、「憲法主義(立憲主義)」に興味を持った読者に発展した議論を紹介するという意味では、『憲法と平和を問いなおす』の方が優れている気がする。