アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

山口「刑法」というトロイの木馬

刑法

刑法

 インターネットの普及で有名になった言葉に「トロイの木馬」がある。
有名だが、一応定義を。

積極的な感染活動は行わず、自らを偽り、如何にも有用なソフトウェアであるかのように見せ掛け、 コンピュータの利用者を欺くことで容易にコンピュータ内部へ侵入しようとするもので、こうしたふるまいがギリシア神話に登場する「トロイの木馬」に似ることから、この名で呼ばれている。この種のソフトウェアは、コンピュータウイルスと違い、増殖こそしないが、実行されると、外部からの不正な侵入経路(バックドア)を開くなど、コンピュータの利用者にとっては不利益になる動作を行うものが多い。最も確実な感染防止策は、出処の不明なソフトウェアを実行しないことである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%9C%A8%E9%A6%AC

 しかし、多くの人は、トロイの木馬はインターネット上のものだと誤解している。
 これは大きな誤解でありアナログトロイの木馬も厳然と存在する。その代表格が、最近出版され、各所で話題を呼んでいる、山口御大の著書「刑法」である。ご存知のように山口厚教授は旧来の刑法を徹底的に批判し、「実行行為なんてないんだ!」とか「因果関係には遡及禁止の概念を入れるべきだ!」等の斬新な説を提唱されていること、及び『問題探求シリーズ』『刑法総論』が難解なことで有名である。

 この本の特徴は一見分かりやすいところにある。しかも、あの山口タンが通説で書いている。この衝撃は大きい。

 多くの初学者が、以下のように解釈して、この本を読むのだろう。

ロースクール時代、実務法曹の卵に結果無価値を教えても意味がない。
こういう英断を下された山口先生が、判例・通説で書いた分かりやすい教科書を出してくださった!

しかし、この解釈は、全く間違っている。
山口先生は、山口信者を増やす、教勢拡大のためにこの本を書かれたのだ!

 ちょっと、山口「刑法」を読んでみよう。

このような構成要件的結果への因果関係の起点となる行為を、一般に、実行行為という。

引用元:山口厚「刑法」p30
 おぉ! 山口タンも実行行為を使うのか。多くの人は、こう思って安心してしまうだろう。
しかし、注釈をきちんと読もう

実行行為の概念を「否定」する見解が主張される。
引用元:山口, supra note, p31

 そう、普通の基本書が無視するような説が、わざわざ取り上げられているのだ

 この点を怪しんだ私は、ついに、山口「刑法」の暗号を解読した

  • 「学説上争いがある」

 判例・通説が固まっているのに、山口先生が猛然と判例通説に反旗を翻している論点であることを示す(p33等)。通常、学説上争いはないとされる

  • 「〜とする見解が有力に主張される」「有力説は..」

 判例・通説に対し、山口先生とその仲間達(西田先生が多いかな)が批判を投げかけていることを示す(p30, p114等)。通常、「〜とする少数説がある」とされている

  • なぜか、少数説と判例・通説からのあてはめが併記されている

 山口説がその少数説を取られていることを示す(p114等)。普通の教科書には少数説からのあてはめはない

  • 判例に対し括弧書きで「〜という立場からはこれは批判されるべきこととなる」と書いている

 山口先生が、この立場に立っていることを示す(p84等)。山口先生が判例を肯定的にとらえている部分については、こんな括弧書は存在しない

  • 「学説の一部において主張されているように〜と解すべきではない」

 前田説批判(p121等)。

 そして、極めつけは、中止犯である。判例と学説を、「政策説と法律説は対立するが、結局2つの対立は重要ではない。これらを止揚すべき」と整理する。そして、この次の行から、以下に引用したような記述が置かれる

このような理解からは、中止犯の趣旨は、未遂の段階まで至った行為者に刑の必要的減免という特別の法的効果を与えることによって、結果惹起防止を最後まで図ろうとするものであると理解することができる
引用元:山口、supra note, p144

これ、100%山口説*1ですから!

 まさに、「判例と学説をつぶさに考察すれば、山口説に至る」という、ヤマグチイズムが明らかになっているだろう。しかし、これが山口独自説だということをうかがわせる記述はない。

 まさに、「判例通説の論述に徹した入門刑法の決定版」という「如何にも有用」な教科書と見せかけて、「知らないうちに読者を山口説に染める」。これをトロイの木馬といわずして何といおうか!

まとめ
山口「刑法」の本当の読者は、山口刑法が染み付いた中級者だろう。
「あ、ここもトロイ!」「これもトラップだ!」という、発見の喜びを与えてくれる。
とはいえ、この本を読んでヤマグチストが増えてくれることを切に願う

謝辞:この本ははてブにもしましたが、id:Raz様のおかげで知ることができました。ありがとうございました。また、トロイ説も、Raz様の「実行行為」の指摘*2から思いついたものです。ありがとうございました。

*1:ただ、注釈では、違法・責任減少説とも親和的だと書いている。山口説との整合性、だれか教えて下さい。

*2:http://d.hatena.ne.jp/Raz/20051014/p8