アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

Kanon「魔物問題」についての刑法学的考察〜Kanon法学の形成と展開III

Kanon 7 [DVD]

Kanon 7 [DVD]

0.「魔物問題」とは
特別寄稿〜あゆあゆの「鯛焼問題」についての新たな考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常を寄稿していただいた、名無しさんだよもん様から、Kanonの「魔物問題」といわれる問題についての相談を受けた。この問題は以下のような問題である。

ある夜、祐一と舞が自らの通う学校に忍び込んで歓談していたところ、かねてより祐一に恨みのある真琴もまた、祐一を尾行して同学校に侵入した。真琴は、祐一を驚かせてショック死させようと思い立ち、同学校の備品であるカーテンを奪って身にまとい、魔物であるかのように装って、祐一の背後に忍び寄った。これにより祐一が甚だ驚愕したので、舞はこの事態を魔物の襲来と誤信して、祐一の身を守るため魔物を殺そうと思い、自己所有の刀剣でこれを切りつけようとした。この際、刀剣が誤って祐一に命中してしまい、よって祐一は死亡した。舞及び真琴の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。 〈PC版Kanon劇中描写1月12日をベースとした設例〉

1.問題の所在
この点について、名無しさんだよもん様は、以下のような悩みを抱えていらっしゃった。
(1)舞の罪責〜故意が問題となるのはわかるが故意があるのかないのか、そして理由付けがわからない!

舞の罪責については、魔物(=無主物)だと思っているが実際は真琴(=狐ではなく人だとします)を殺そうとして打撃しているので、客体の錯誤になるかとも思われる。しかし、魔物だと思って真琴を打撃しようとしたが誤って祐一に命中しているので、方法の錯誤とも思われる。誤想防衛についての議論はどのへんに反映させるべきだろうか。

(2)真琴の罪責〜殺そうとして死亡結果が発生しているから殺人罪でいいの?

祐一を殺そうとして実際に祐一が死んでいる以上、真琴に殺人罪を成立させられるとも思われる。因果関係の錯誤は故意を阻却しないので真琴に殺人罪が成立する気がする。しかし、そもそも真琴の「カーテンをかぶって背後から脅かす」という行為に危険性があるといえないので構成要件の時点でアウトという気もする。

2.問題解決の指針
(1) 舞の罪責について

 そもそも、舞は「魔物という、人でもないし*1誰の所有物でもない*2ものを殺すないし破壊する」という意思しかない。そうすると、舞は何らの犯罪を犯す認識もないことになる。
 近代の刑法は、故意責任の原則という考え方を取る。要するに、故意、つまり「わざと」やった場合にしか原則として処罰せず、例外的に過失つまり「うっかり」重大な権利・利益(生命とか)を侵害した場合に処罰をしている。過失犯は処罰されるとしても非常に刑が軽い。過失致死の法定刑の上限が50万円以下の罰金であることからも*3このことはすぐにわかる。
 刑法の条文は、「199条 人を殺した者は5年以上の有期懲役....」というように、犯罪のカタログを列挙している。この刑法に列挙された条文に書かれているようなこと(専門的にいうと構成要件該当事実)をすると罰せられるが、原則としてわざとやらないと罰せられない
 そして、どういう場合にわざとやったとして罰せられるのかといえば条文に書いているようなことを自分が(しようと)していると認識しながらあえてそれをやった場合である。
 例えば、

XはピストルをYに向けて構え引鉄を引き、Yが死んだ

という状況を考えてみよう。
 もしXが引き金を引く際にYがだとわかっていれば、Xは刑法199条の条文の「人を殺」すこと*4を自分がしているとわかっていながら、引鉄を引いてYを殺したことになる。刑法の条文にある犯罪カタログというのはこれをやっちゃダメだよ!ということを集めたものであり、自分が刑法の条文にあたることをしているというのを認識していれば、当然そんなことしちゃあいけないという「良心が芽生え」*5、犯行を思いとどまれるはずであり、思いとどまらなければいけない。にもかかわらず、Yは犯行を行ってしまった。この思いとどまれるはずで、思いとどまるべきなのに思いとどまらなかったという点がまさにXが非難に値する点なのであり、この点についての*6非難こそが、故意犯が本来的に処罰される根拠であり、過失犯に比べて非常に重く処罰される根拠でもある。

 ところが、引き金を引く際にYが人型アンドロイドだと誤解していればどうだろうか。Xは刑法199条の条文の「人を殺」すことを認識していない。だから、「やっちゃだめだ!」という良心が芽生える余地はない*7。だからこそ、この場合のXに「なんで思いとどまらなかったんだ!」という非難ができず、Xに殺人罪は成立しないのである。

 話を本問に移すと、舞はいかなる意味でも刑法の条文にあたる行為*8を自分がしているという認識はなかった。そこで、「なんで思いとどまらなかったんだ!」という非難ができず、いかなる意味でも故意犯は成立しない。

 だからこそ、錯誤の問題を考える余地もなく、故意犯は一切成立しないのである*9

 とはいえ、刀剣はそのもの自体が危険であるから、これを振り回す者は、その刀剣が思わぬ方向に行ったり、思わぬ人や物に当ることがないよう注意する義務がある。舞はこの注意義務に反して祐一の生命という法益を侵害しているのであり、重過失致死罪(211条)で処罰されるだろう。
 また、無断で建造物たる学校に侵入しており建造物侵入罪が成立する(130条)。
 
(2)真琴の罪責
 真琴が実際に行った行為を取り出してみる。「カーテンを奪って、これを体にくるんで、祐一らを襲う。」これだけである。
 まず、カーテンを奪うことが窃盗罪(236条)にならないかを考えよう。
 窃盗罪というのは所有権ないし占有を奪うことで成立するが、ちょっと使って返すだけでは、窃盗罪にならない。例えば、停めてある自転車をちょっと借りて5分後に返すという場合には、窃盗罪として処罰するだけの利益侵害がない不可罰の、いわゆる使用窃盗とされるのである*10
 真琴はカーテンを奪った際、いったい何をしようとしたのかを考えると、カーテンをまとって「魔物だぞ〜」とやって祐一らを殺してそれで終わりだと考えていた。終わりなのだから、これ以上カーテンについての占有侵害・所有権侵害は予定されていない。そこで*11、使用窃盗として、不可罰である。
 次に、祐一らを襲った点であるが、そもそもその行為が身体や生命に対して危険かという問題がある。真琴の主観はともあれ、客観的な行為は、単に人を驚かせるに止まり、心臓の弱い人ならともかく、普通にそれ以上の生命身体への侵害を与える余地はない。そこで、そもそも暴行行為ですらなく*12、主観や、その結果はどうあれ、この点は無罪である*13
 とはいえ、舞と同様に建造物侵入罪が成立する。

3.参考答案
 上記内容をもとに、名無しさんだよもん様と議論をして作成した答案は以下の通りである。

一 舞の罪責
1 真琴に対する罪責
 舞は真琴に向かって刀剣を振り回しており、真琴に対し客観的には殺人未遂罪(203、199条)に該当する危険を発生させている。もっとも、舞は真琴が無主物と考えていたのであり、人を殺す故意に欠ける。そして、過失致死未遂罪は存在しないので、舞は真琴に対する罪責を負わない。
 ここで、魔物が存在しないことは公知の事実であり、「魔物が襲ってきたと思った」という舞の弁解は極めて不合理であるものの、真琴がカーテンを被っていたため、目鼻等の人間の特徴が隠されており、舞が少なくとも人間以外の何らかの無主物が襲ったものと考えることは十分にありえることであって、舞の故意は否定される。
2 祐一に対する罪責
(1) 舞は祐一に対して客観的には殺人罪(199条)に該当する結果を発生させている。しかし、そもそも舞は「襲来する魔物を殺そうとした」という認識をもって刀剣を振るったものである。そして、無主物たる魔物を殺すこと自体は、いかなる犯罪の構成要件にも該当しないから、舞には何らの犯罪についても故意がない。とすれば、錯誤について論ずるまでもなく、舞は祐一に対する殺人罪の故意が端的に否定される。
 よって、舞は殺人罪の罪責を負わない。
(2) 次に過失犯の成否について検討する。舞は、祐一が死亡したことにつき、(重)過失致死罪(210条ないし211条1項後段)の罪責を負うか。
 そもそも、刀剣はそのもの自体が危険であるから、これを振り回す者は、その刀剣が思わぬ方向に行ったり、思わぬ人や物に当ることがないようにする注意義務があった。舞はこの注意義務に反して祐一の生命という法益を侵害しているのであり、過失致死罪の構成要件該当性は認められる。
 そして、刀剣を振り回すことに慣れていないにも関わらず近くにいる祐一に当る可能性がないと軽信して刀剣を振り回した舞の過失は重大な過失といえるので、舞は重過失致死罪(211条1項後段)の罪責を負う。
3 建造物侵入について
 舞は祐一と共に深夜、管理者(校長)の許可無くして、人の看守する建造物たる学校に侵入しており、この行為は建造物侵入罪(130条)に該当する。
4 罪数
 以上より、舞は重過失致死罪及び、建造物侵入罪の両罪の罪責を負う。これらは併合罪(45条前段)関係にある。
二 真琴の罪責
1 真琴は祐一を殺そうとして、祐一を殺す結果を発生させている。そこで、殺人既遂罪(199条)の罪責を負わないか。真琴は魔物を装ってカーテンを被り声を上げて祐一に急に近づくという行為を行っているが、凶器を使ったわけでもないし、特に祐一が心臓が弱いわけでもない。
 すると、かかる祐一の行為は人の生命に危険を生じさせるものではなく、不能犯として実行の着手すら認められない。
2 殺人とはいえないとしても、真琴の行為は暴行罪(208条)に該当しないか。暴行とは不法な有形力の行使をいうが、真琴の行為は単に被害者を驚愕せしむるに過ぎないような行為であり、心臓が弱いといった特段の事情がない限り、身体に対する危険を発生させるものでもなく、身体的接触もない。そこで、「不法」な有形力の
行使とはいえず、真琴の行為は暴行罪にすら該当しない。
3 さらに、学校の備品たるカーテンを奪った点につき、真琴は窃盗罪(235条)の罪責を負うか。
 ここで、真琴は、単にカーテンを身にまとって脅すつもりであるに過ぎず、それ以上の占有侵害を予定していない。そして、権利者を排除して他人の財物を自己の所有物とするからこそ、窃盗罪が重い刑罰を定めてあり、そのような意思なき軽微な占有侵害(使用窃盗)を罰する必要はない。だからこそ、窃盗罪の主観面において権利者を排除して他人の財物を自己の所有物とする意思を要求すべきである(不法領得の意思)。
 そして、真琴は身にまとって脅す以上にカーテンの占有を侵害する意図はなかったのであり、不法領得の意思が欠け、単なる不可罰的な使用窃盗に過ぎない。
したがって、真琴は窃盗罪の罪責を負わない。
4 もっとも、真琴は深夜、管理者(校長と思われる)の許可無くして、人の看守する建造物たる学校に侵入しており、この行為は建造物侵入罪(130条)に該当する。
5 以上より、真琴は建造物侵入罪(130条)のみの罪責を負う。
以上

まとめ
 Kanonは他にも、「 私立学校において、一生徒の不祥事を理由に生徒会が当該生徒の退学を決議したのは妥当か(そもそもそのような決議に法的意味はあるか)」「栞がもし祐一に出会わず自殺していたら、不作為による自殺関与が香里に成立するか」「7年前にちびあゆが立木から落ちて重傷を負ったことに関して、ちびあゆの法定代理人は立木の所有者に対し717条2項に基づく損害賠償を請求できるか」等の憲法民法的刑法的に面白い問題を含んでいる。法学を学ぶ者にとって必須のゲームといえよう。

謝辞:本エントリは名無しさんだよもん様の問題提起及び、名無しさんだよもん様との議論によってできたものです。名無しさんだよもん様の多大な協力にお礼申し上げる。
関連エントリ:あゆあゆの「鯛焼問題」に関する法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
関連エントリ:特別寄稿〜あゆあゆの「鯛焼問題」についての新たな考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
関連エントリ:正当化事由の錯誤とさよなら絶望先生 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
関連エントリ:山口教授の再来? 高山佳奈子「故意と違法性の意識」を読む - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*1:だから殺しても殺人傷害暴行にならない

*2:そこで、壊しても器物損壊罪にならない。なお、Kanonの設定に忠実に考えれば魔物を「舞の所有物」と見ることもできるが、そうだとしても本問の検討には何ら影響しない。器物損壊罪は「他人の物」(261条)を壊すことで成立するので、仮に舞が自分の物を壊したとしても、やはり器物損壊罪にはならないからである

*3:210条

*4:殺人罪の構成要件該当行為

*5:専門用語でいえば「反対動機を形成」でき

*6:道義的

*7:銃刀法違反・器物損壊は考えない。

*8:構成要件該当行為

*9:付言するなら、誤想防衛・誤想避難の論点も出てこない。誤想防衛・誤想非難は「故意」を阻却するものであり、故意犯が成立しない以上は問題とならないのである

*10:そこで、主観面においても、所有権者を排除して、自己の所有物と同様に使用する意思である不法領得の意思が要求される

*11:その後殺人事件の証拠品として押収され、所有権が害されているとしても、

*12:暴行の実行行為性なく

*13:7/2id:leibniz0様の指摘を受けての追記 旧版の大コンメンタール刑法第8巻p252によると社会生活上一般に許容される程度の暴行であれば違法性阻却を論じるまでもなく、構成要件に該当しないと理解する見解が有力とした上で、「相手の暴力をたしなめ、制止するため肩付近を押す」「同房者を寝かしつけるため浴衣の袖を引っ張る」といった軽いもののみならず、「被害者が被告人のわきを通りかかった際、被告人がいきなりテーブルのかげから横に足を突き出した行為は、酔客にありがちな悪戯とみる余地も大きく、これが刑法上の暴行にあたると確定するのは困難である(東京地判昭和42年8月15日判タ213号202頁)」といったけっこうひどい例でも暴行の該当性を否定している例は注目に値する。更に「特に、一般に暴力とは見られないような有形力の行使が『不法』であり、暴行に当ると評価されるには、客観的な傷害の危険性が必要ではなかろうか」とされていることにも注意。