アホヲタ元法学部生の日常

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犬神家の遺言

犬神家の一族 (あすかコミックスDX―金田一耕助ベスト・セレクション)

犬神家の一族 (あすかコミックスDX―金田一耕助ベスト・セレクション)

1.はじめに
 三軒茶屋 別館様が、「アホヲタ法学部生の日常さんをリスペクトして法律ネタを書いてみよう」コーナー第三弾*1として 『犬神家の一族』で考える遺言の内容の法的有効性 - 三軒茶屋 別館という、「犬神家の一族」の遺言の有効性を考えるエントリを掲載されている。非常に興味深い問題なので*2、補足させていただきたい。

2.遺言の内容
 ここで、問題となっている犬神家の遺言状は、大財閥の創始者、犬神左兵衛翁が作成したものであった。全文は三軒茶屋様のエントリに掲載されているので参照いただきたいが、要約すると、以下のようになる。

 野々宮珠世が遺言公表から3ヶ月以内に、犬神佐兵衛の三人の孫のうちから配偶者を選べば珠世は犬神家の事業と財産を取得できる。期限内に配偶者を選ばない場合には、珠世は事業と財産を取得できない。
 仮に3人の孫が珠世との結婚を拒んだり、3人の孫が全員死亡した場合には、珠世は誰と結婚しても事業と財産を取得できる。
 珠世が孫以外から配偶者を選んだり、遺言公表から3月以内に死んだため、珠世が財産と事業を取得できなくなった場合、事業は長女の息子の佐清が事業を継ぎ、財産は3人の孫が5分の1づつ、青沼静馬が5分の2を取得する。なお、現在静馬は行方不明なので、3ヶ月以内に静馬が発見されない場合には、静馬にいくはずの5分の2の財産を犬神奉公会に寄付する。
 珠世が財産と事業を取得できなくなった場合に、3人の孫の中に死ぬ者があった場合、事業は残った孫で協同する。財産については、残った孫はそのままであるが、死んだ孫の分は静馬にいく。3人の孫が全員死ねば、事業も財産も全て静馬にいく。
犬神家の一族』p66〜70より

3.遺言の有効性
 この遺言については、「この遺言状は、けっしてにせものでもなければ、また、法的にもすべての条件を具備しているのです。」と古舘弁護士が述べている*3


 しかし、これは、本当なのだろうか。この遺言の最大の問題は「結婚を財産取得*4の条件とすることの是非」であろう。
 遺言にも条件を付すことも可能(985条)であるが、「この人と結婚しないとお金が入らない」という遺言は公序良俗(90条)に反して無効なのではないだろうか。

 この点、三軒茶屋様は

 自分の娘が気に入らない相手と結婚したら援助せず、そうでなかったら援助する、といったようなことは生前なら私的自治の原則に即したものとして普通に認められるでしょう。であるならば、生前許されていたものが遺言になったら許されないというのも変な話でしょうから、この遺言はやはり有効なものとなるのでしょう

とされる*5

 そもそも、公序良俗違反というのはある契約等が社会の一般的秩序または道徳観念に反するとき、すなわち、その社会的妥当性を欠くときに、無効となる(90条)というものである*6
 ここで、「甲が結婚した場合には特定の土地を遺贈するとの遺言は、甲が結婚するとの条件を成就させた時に効力を生じる(民法985条2項)*7」とされており、結婚を条件とする遺言は有効とも読める。しかし、ここで言われている趣旨はあくまでも「結婚して独立した時には、家を建てたいだろうから、そのための土地をあげるよ」という遺言が有効というだけであり、「誰と結婚するかが決められている」場合ではないだろう。

 ここで、参考になるのは、林良平編「注解判例民法」p312の以下の記述である。

たとえば、一定の営業活動をしない契約とか、結婚をしない契約など、契約の内容自体は自発的にされるかぎり違法でなくとも、それを違約金その他によって拘束することが個人の自由を制限し、反社会性をもつものとして契約が無効とされるものもある。
林良平編「注解判例民法」p312

 要するに、結婚の自由を違約金で縛るような契約は婚姻の自由(憲法24条1項)を害するから反社会性をもち、無効ということである。この観点からは、この遺言は無効とも思える。

 問題は、珠世は遺産を拒絶すれば、誰とでも結婚できるという点であろう。この点は、「信州の大財閥で莫大な財産を抱えている」という点が重要になってくる。「よほどのバカでもないかぎり、この結婚を拒むものはありますまい*8」と金田一耕助が述べていることからも、その額のすごさがわかる。
 すると、事実上、珠世は遺産を拒絶して他の人と結婚するという選択肢が奪われていることになり、この点は、結婚の自由を違約金で縛るような契約と同視でき、公序良俗違反で無効となるのではないか。

 更に、この遺言は、1人でも他のライバルである孫が消えれば相当有利になるのであるから、3人の孫*9が他の孫を殺す大きな動機になる。更に、珠世が孫以外を愛している場合には珠世が孫を殺す動機にもなる。更に言うのであれば、犬神一族の青沼静馬に対する恨みが増幅し、静馬を殺す動機にもなる。この動機は、財産が莫大であるからこそ、現実化の危険性は極めて高い。実際に、連続殺人事件*10という形でこの危険は現実化している。
 この意味でも、「こいつを殺せば財産をやる」という遺言に近いものがあり、この点でも公序良俗違反と言いうるのではないか。

 そして、このような公序良俗違反の不法の条件が付着した場合、民法132条前段により無効となる*11

 このように考えれば、この遺言は無効となろう。

4.大丈夫か? 古館弁護士
 さて、三軒茶屋様は、古館弁護士の説明について、以下のような指摘をされている。

 また、本来なら(裏の事情はここでは加味しないことにします)相続人は松子・竹子・梅子に青沼静馬の4人ですが、松子・竹子・梅子はこの遺言状を通して無視されていますし、静馬も野々宮珠世が候補者三人のうちの誰かと結婚した場合にはやはり一銭も貰えません。こうした場合には遺留分の減殺請求(1031条)を主張することによって、本来の相続分の2分の1の範囲で自らへの相続財産の帰属を主張することができます。犬神家の財産となれば本来の半分でも相当な額になるでしょうから、それで満足するのも十分ありでしょう。遺言状の開封作業の場において遺留分の説明をしなかった古館弁護士の失敗は看過できないものがあると思います。

 遺留分というのは、遺族の生活等を保障するため、死者*12が遺言によっても処分できない財産であり、子どもがいる場合には、「財産の2分の1」となる。要するに、子どもが4人いれば、それぞれ8分の1づつ、計2分の1まではどんな遺言がされても相続できるのであり、残り2分の1についてしか遺言では処分できない。これに反する遺言がされれば、遺留分減殺請求(1031条)という請求をできるのである*13
 三軒茶屋様が指摘されるとおり、「こんな遺言があっても、4人のお子さんは必ず8分の1づつは相続できますよ。珠世さんもこのことは覚悟してくださいね。」と古舘弁護士が説明していれば、殺人事件は防げたかもしれないのである*14

 更に、開封・検認手続きをしていないという問題もある。
  犬神家の遺言書は、封印されている*15ため、遺言書は家庭裁判所において相続人等の立会いの下で開封されなければならない(1004条3項)。そして、保管者である古舘弁護士は、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない(同条1項)。
 遺言内容が争いになることを防ぐために、裁判所の前で開封し内容の確認をしてもらう*16手続きが開封・検認であり、これに反すれば過料の制裁*17が課されている。
 しかし、古館弁護士は少なくとも家庭裁判所において相続人立会いの下での開封は行っていない*18
 古館弁護士に対し、懲戒請求がされれば、連続殺人の引き金を引いたともいえる不十分な説明、及び法律家なら絶対に履践すべき手続き違反を理由に、最低でも戒告、連続殺人との関連性を重く見れば業務停止等となることも十分ありえるだろう。

まとめ
 「犬神家の一族」は、上記遺言状以外にも、某登場人物に対し、警察署長が「共犯...事後共犯の罪がある」と述べている*19等、法律的に怪しいところがいくつもある。
 もっとも、ミステリーとして一級品であるから、「法律的にはどうだ」といった無粋なことを考えずに素直に読むのが、同書を楽しむ一番いい方法なのだろう*20

*1:第一弾はこちら当サイトの補足はこちら、第二弾はこちら、当サイトの補足はこちら

*2:遅くなって大変申し訳ないのだが

*3:同書p76

*4:遺贈と解するべきだろう

*5:なお、「三か月以内に結婚相手を決めろとは何とも無茶」とされた上で、「この点については私も自信があるわけではないので、ご意見どしどし募集しております」とされている

*6:林良平編「注解判例民法」p285より

*7:第二東京弁護士会法律相談センター編「相続・遺言法律相談ガイドブック」p132

*8:同書82、なお、珠世が孫の1人を選んだ場合に孫が拒絶することはないという趣旨で言われていることに注意

*9:及びその関係者

*10:詳しくは同書をお読み下さい

*11:条件のみをとりだして反社会的かどうかは判断できないので、法律行為全体として考察すべきだから。林前掲書p313

*12:被相続人

*13:なお、遺留分は旧民法にもありました。「第1130条 法定家督相続人たる直系卑属遺留分として被相続 人の財産の半額を受く此他の家督相続人は遺留分として被相続人の財産の3分の1を受く(取384,1項)本条は家督相続人の遺留分を定めたるものなり。しかしてその遺留分相続人の種類によりて同じからず。もし相続人が法定相続人たる直系卑属ならんがその遺留分被相続人の財産の半額としほかの家督相続人ならんがその財産の3分の1とせり。けだし家名を維持するに必要なる費用は相続人の何人たるにより差異あるべからずといえどもしかも直系卑属被相続人の財産を受くべき当然の地位に在る者なるが故に偶然家督相続人たるべきほかの者と区別し特に直系卑属遺留分を大にせり。」梅謙次郎『民法要義 巻之四親族編〔第22版〕』(有斐閣書房,1912)なお、http://homepage1.nifty.com/ksk-s/MY5.htm様の復刻による

*14:まあ、そうすると金田一耕助の出番がなくなり、小説にならないのですが。

*15:同書p65

*16:なお、有効性の確認ではない

*17:1005条

*18:同書p65以下なお、同書からは公正証書遺言の可能性もあるが、公正証書遺言だと、公証人に遺言書の謄本を出してもらえるので、若林が死亡することはなかったはずである。この点からは自筆証書遺言と推認される。

*19:刑法上、犯罪後に手助けをしても、それが独立して犯人隠避や盗品罪という構成要件に該当しなければ不可罰である。例えば福田平・大塚仁著「刑法総論」p291では事後従犯は「中世ドイツ法以来、一般に、共犯と混同されてきた。英米法においては、今日もなお、この観念が残されている。だが、大陸法上は、すでに、このような観念は否定され」ているとしている。

*20:などといいながら、いつも無粋なことを考えてしまっているのであるが