アホヲタ元法学部生の日常

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葉月とその父の罪はいかに?ー月詠と刑事訴訟法

月詠 (1) (Gum comics)

月詠 (1) (Gum comics)

1.はじめに
 月詠とは、取材に行ったドイツの古城で、ヴァンパイアの少女、葉月と出会ったカメラマンの森丘耕平が、葉月と共に生き別れの母を探す中、葉月を追うヴァンパイヤ達等と戦う物語である*1

 葉月は、2年前*2に父親にドイツに連れて来られている。しかし、葉月はパスポートを持っていない*3。そこで、入管法(出入国管理及び難民認定法)違反ではないか?

2.「2年前のいつか不明」「どんな態様での出国か不明」でもいいのか?

 仮に葉月を起訴するとすると、

被告人は、平成9年6月頃より同11年*46月下旬までの間に、不詳の方法で、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外の地域たるドイツ連邦共和国に出国したものである。

という公訴事実*5を起訴状に記載し、冒頭陳述*6で、

(1) 平成11年7月1日*7被告人はドイツ連邦共和国からルフトハンザ航空第101航空機*8に搭乗し、同月2目本邦に帰国した。
(2) 同9年6月頃まで被告人は○○市に居住していたが、その後所在が分らなくなった。
(3) 被告人は出国の証印を受けていなかった。

との3点を主張することであろう。

 しかし、葉月自身が「あの城に連れて行かれた日......なにがなんだかわからなかった」と述べている*9ように、「2年前のいつか不明」「どんな態様での出国か不明」である。こんなのでよいのか。

 一般的には、犯罪の日時や態様は、何が裁判の審理の対象なのかを知るために重要であり、また被告人の防御にとって非常に重要である。後者の「防御」というのは、こんな例を考えると分かるだろう。

事例:XはYを「2007年9月3日午前10時頃、新宿駅にてナイフで刺し殺した」として起訴されたが、午前9時から11時までXにはアリバイがあった。

 検察官の主張する犯行日時や態様を基準に、被告人がアリバイ等を主張して防御するのだから、犯行日時・態様はできるだけはっきりとさせる*10べきであり、刑事訴訟法256条3項も「できる限り日時、場所、及び方法をもって」「特定」せよと規定している。

 もっとも、刑事事件では、証拠を被告人が隠滅するのであり、いくら調べても正確な犯行日時・態様が分からないことがある。

 ちょうど、この葉月と同じような事案についての最高裁判例がある。最大判昭和37年11月28日*11、いわゆる白山丸事件である。この事案は、被告人は昭和27年4月頃まで水俣市に住んでいたが、所在が分からなくなり、昭和33年7月上旬、中国から白山丸という船に乗って日本に帰ってきたところ、出国記録がなかったので、

被告人は、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外の地域たる中国に出国したものである

という6年もの幅のある非常にあいまいな日時をもって起訴された事案であった。
 弁護人の、日時等が特定されていない、あいまいだという主張に対し、最高裁は、

犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても,その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。

 つまり、裁判の審理対象を示し、被告人の防御に資するという法の目的を害さない限り、犯罪の種類性質等の特殊事情があれば、幅のある記載をしても適法としたのである。

 そして、判例の事案では当時の日本と中国は国交がなく、出国の顛末の確認が困難という特殊事情があったため、幅のある記載があっても適法とされた。

 葉月についてみれば、ドイツ連邦共和国と国交はあるものの、出国方法には瞬間移動(テレポーテーション)*12を使う、門(ゲート)*13を使う、眼力で出入国管理官を支配するといった複数の可能性があり、それらいずれを使ったかが全く不明であるという特殊事情がある。そして、実際にはどんな方法で出国しても、正当な出国手続きがなければ密出国であることにはかわりないのだから、裁判の審理対象を示し、被告人の防御に資するという法の目的を害するものではなく、このような記載でも問題はないことになる。

3.葉月の父の罪
 とはいえ、葉月は父親に(無理やり)連れていかれた母親が悲しそうな顔をしていた(第1巻p95参照)と述べており、自己の意思による密出国ではない。そこで、故意がなく、犯罪は成立しない*14
 むしろ、問題は、母の意思に反し娘を外国に連れて行った葉月の父の罪である。

 特に問題となるのが、未成年略取誘拐罪(刑法224条)であり、自分の娘を連れて行くことが誘拐*15になるのかが問題となる。自分の娘であれば、親権者としての監護権(民法820条)の行使であり、形式上は誘拐にあたっても、正当な行為として違法ではなくなる(違法性が阻却される)のではないか

 この点、最高裁は、親権者の夫が2歳の子を無理やり別居中の妻の下から連れ戻した事案*16について、

そのような行動に出ることにつき,子の監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから,その行為は,親権者によるものであるとしても,正当なものということはできない。(中略)
本件の行為態様が粗暴で強引なものであること,子が自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,常時監護養育が必要とされるのに,略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると,家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。

 として、未成年者略取罪の成立を認め、正当な行為ではないとした。

 判例の事案では、(1)離婚訴訟中、(2)子が2歳であり生活環境についての判断能力がない、(3)粗暴な方法で連れ去る*17、(4)今後の監護養育についての確たる見通しがないという事情が正当ではないことを基礎付ける事情とされている。

 本件では、(1)離婚訴訟は起こっていないが、葉月母の強い反対があったたことは、ドイツ行き後まもなく葉月の母親が失踪していることから基礎付けられる*18
また、(2)葉月の年齢は不明だが、連れられた状況を理解できないくらいであり、生活環境についての判断能力がないといってよいだろう。
更に、(3)誘拐手法は不明だが、ある程度力を持っていたと思われる母の反対にも拘らず連れてくるということからは、穏当な手段を使っていないことが容易に推測できる。
そして、(4)館に閉じ込めて飼い殺しにするだけで、子女に教育を受けさせる義務(学校教育法22条1項参照)すら履行していない父親に、今後の監護養育についての確固たる見通しがあったとは到底いえない。

 すると、本件においても、判例と同様に、葉月の父親の行為は正当化されず、未成年略取・誘拐罪が成立することになるだろう*19

まとめ
 刑事裁判では、「方法が想像を超える」・「時期が不明」といった事件でも、解決できる判例法理が作られている。
 仮に魔法・魔力を使っても、「不詳の方法で」とすれば、裁くことができる*20のが刑事実務なのである!

*1:かなり適当な要約。なお、コミック化を待っているので、ガム誌上の動きは分かっていません...

*2:第1巻p95参照

*3:同巻p91,92参照

*4:連載開始時。かなり長期連載ですね。

*5:大雑把にいうと「被告人が行ったとされる犯罪事実」とでも言いましょうか。

*6:大雑把に言うと、検察官が訴訟の冒頭で主張する「今後検察官が証拠により証明しようとする事実」のこと

*7:日にちは適当。

*8:第1巻p91ではルフトハンザを示す「LH」が記載されている101はかすれていて読めないのを復元してみたが、間違っている可能性大。

*9:同書p95

*10:専門用語で「特定」する

*11:刑集16巻11号1633頁

*12:11巻p173

*13:13巻p34

*14:正確には、葉月の弁解を排斥できない。なお、葉月の年齢が不明であるが、当時14未満であれば、刑事未成年となる。

*15:手法が無理やりであれば略取、この場合はどのような手法かが不明確なので、一応誘拐で代表させる

*16:最判平成17年12月6日刑集59巻10号1901頁

*17:判決文http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/CEE43E94E656DF8B492570D100267E28.pdfによると被告人が,幼稚園から帰宅しようとした子に向かって駆け寄り,背後から自らの両手を両わきに入れて子を持ち上げ,抱きかかえて,自分の自動車に乗り込み、母運転席の外側に立ち,運転席のドアノブをつかんで開けようとしたり,窓ガラスを手でたたいて制止するのも意に介さず,自車を発進させて走り去ったという事案

*18:また、ヴァンパイヤには当事者適格がなく、離婚訴訟も起せない。それを言い出すと、そもそも被告人になれるかという問題も出てくるが...。

*19:なお、この点における日時・方法の不明確性は訴訟上問題となりえるが、2.で述べたのと同様に、不明確なままでも適法といえよう

*20:なお、出入国のように、因果関係が事実上問題とならない場合はそれでいいが、殺人のように因果関係が問題となる場合には、因果関係の立証があるかという新しい問題がある。この問題については、名探偵コナンと疫学的証明〜名探偵が有罪に?! - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照。