アホヲタ元法学部生の日常

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判例における死刑選択基準について

 長崎地判平成20年5月26日(長崎市長射殺事件)をきっかけに、死刑判決の選択基準について調べた。

1.永山基準
 死刑は、究極の選択である。死刑に対する疑問として「法の名による殺人は許されるか」「死刑に一般予防効果はあるか」「残虐な刑罰か」「誤判の場合の回復不可能性をどう考えるか」があるとされている*1最高裁*2は、死刑は合憲としながらも、死刑を選択が認められる場合として、以下のような基準を立てた(永山基準)。

犯罪の罪質*3、動機、態様*4、結果の重大性*5、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢*6、前科、犯行後の情状等を併せて考えた時、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡*7、一般予防*8の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には死刑の選択も許される

 それ以降の下級審判例は、この判例に従ったものが多く、その後いくつかの最高裁判決・決定も出ている。これらについて2000年の段階で調査をしたのが、札幌学院大学城下裕二教授である。城下教授の論文を元に、城山論文以降の判例を少し補足しながら、死刑判決選択基準についてまとめる*9


2.結果の重大性と死刑
 *10わかりやすい言葉でいうと「被害者が何人以上だと死刑になるか」である。城下論文は、「死刑か無期かという限界事例」について最高裁が判断した事案をいくつか挙げている。

被害者数 高裁 最高裁 最判年月日
1 無期 破棄 H11.11.29
1 無期 無期 H11.12.10
2 無期 無期 H11.12.16
1 無期 無期 H11.12.16
2 無期 無期 H11.12.21
1 死刑 無期 H8.9.20

 なお、高裁の無期を破棄した最初の判決は、強盗強姦・強盗殺人窃盗の事案であった。
 このような判決からは、少なくとも城下論文の段階では、被害者3人以上であればおおよそ死刑*11の方向で、1人だと、前科・殺人以外の犯罪等の他の要素が相当ないと死刑は困難。2人の場合には、微妙な判断であるが、死刑回避も十分ありえるというのが当時の死刑の運用であったといえる*12


3.「更生可能性」論
 城下教授は、永山判決以降の裁判例は、永山基準に従っているようにみせて、実は「罪刑均衡」と「更生可能性」から死刑が相当かを判断しているのではないかと評している。
 上記の永山基準は、罪質態様結果といった「罪刑の均衡」の部分と、「一般予防」、つまり死刑の威嚇力を重視している。
 ところで、城山論文当時は、死刑確定が毎年1人前後という非常に少ない時期であった。そのため、「死刑が伝家の宝刀として存在する」ことが、(当時の)「死刑の威嚇力」の本質であり、「現実に執行されることによる威嚇力」はあまり重視されていなかった*13。そこで、死刑の選択において、死刑の一般大衆への威嚇力という考えは重視されていなかった
 城下教授によると、その代わりに重視されたのが「更生可能性」、つまり、「その被告人について無期懲役にした場合、社会に戻って更生できる可能性がどれだけ高いか」である。城下教授は、例えば、「年齢をも考慮すると、被告人には、矯正の余地がなお残されている」「被告人なりに反省、悔悟の情を示している」等と判示して無期懲役とした裁判例を挙げ*14無期懲役にして、約30年*15かけて更生させ、社会に戻すことの是非を、罪刑の均衡に加味して考え、その上で、死刑か無期かを判断しているというのである。


4.最近の傾向について
 ところが、最近の傾向は変わっている。死刑囚についての調査結果を見ると、特に2005年以降、急速に死刑確定者が増えていることが歴然としている。被害者が2人の場合はもちろん*16、被害者が1人の場合でも、*17殺人・殺人未遂の前科がある場合*18や、身代金等目的誘拐がついている場合が多いが、死刑がかなり出ている。

 私が注目したのは、「一般予防(≒一般大衆への威嚇的効果)」*19が重視されている判決がままあることである。例えば、上記の長崎市長射殺事件では、

犯行の罪質*20などからすれば、一般予防の必要性は非常に大きい。

として死刑を選択している。

 これは、城下教授の説に合致した傾向である。すなわち、城下教授は、当時、死刑というのが「抜かずの宝刀」であることを前提に、裁判所は死刑の威嚇的効果を重視せず、むしろ更生可能性を重視していると論じた。現在のように、死刑が多数行われている状況下では、「死刑が刑として存在すること」の威嚇的効果というよりは、むしろ「社会を震撼させた事件については、きちんと死刑にすることで、社会一般に、こういう犯罪をすると死刑になることを告げ、犯罪を抑止する*21」効果を重視しているのが現在の裁判所といえるかもしれない

まとめ
 長崎市長射殺事件を機に死刑判決の選択基準について調べていたところ、秋葉原通り魔事件の報を聞いた。
 被害者の冥福と回復をお祈りしたい。そして、犯人への適切な処罰を望みたい。

*1:森本他「刑事政策講義」p78

*2:最判昭和58年7月8日

*3:殺人か、放火か、内乱か...etc

*4:ことに殺害の方法の執拗性、残虐性

*5:ことに被害者の数

*6:最近の国民意識調査では、若い方が重罰という考えをもつ国民が多いという結果が出たらしいが、法曹的には「若い人は更生可能性があるから刑は軽く」という発想が普通

*7:刑がやった犯罪にみあっているか

*8:死刑にすることで社会を威嚇し、犯罪を抑止する効果があるか

*9:以下、城下「最近の判例における死刑と無期懲役の限界」ジュリスト1176号66頁を参考にさせていただいている。

*10:誤解を招く可能性があるが

*11:大阪池田小学校乱入殺傷事件、JR下関駅通り魔事件等、なお、被害者数が多い事案では、被告人の精神状態が争点になる事案も少なくない

*12:なお、12人が死亡した地下鉄サリン等事件判決(東京地判平成10年5月26日)では、「本件はあまりにも重大であり、被告人の行った犯罪自体に着目するならば、極刑以外の結論はあろうはずがないが、他方、被告人の真摯な反省の態度(中略)に鑑みると、死刑だけが本件における正当な結論とは言い難く、無期懲役刑をもって臨むことも刑事司法のひとつのあり方として許されないわけではないと考えられる」と判示されていることも注目に値する

*13:城山論文p67は「死刑適用が例外的となったわが国の状況の下では、一般予防を独立に考慮すべき必要性は乏しく、あくまでも「罪刑の均衡」との関連で問題になるにすぎない

*14:上記地下鉄サリン事件の裁判例も、この一例として挙げられている

*15:無期懲役の人が、仮出獄で出た年数の平均が27年という話を聞いたことがある。27年以上経っても出られない人もいるので、平均30年くらいではないか。

*16:2人被害者でも無期懲役の事案がないわけではないが

*17:被害者1人の殺人事件で死刑になった被告はいますか? -04年に小1女児- その他(法律) | 教えて!gooを参考にした。

*18:一度無期懲役等にしている訳だから、それでもまた犯罪を犯すということは、更生可能性が乏しい

*19:社会を震撼させたというところから、一般予防の必要性を導いているものが多いようである

*20:選挙妨害等の目的で市長を射殺

*21:ここまで言うのは言いすぎかもしれないが