アホヲタ元法学部生の日常

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法曹の卵にとっては笑えない一冊〜法科大学院雑記帳

法科大学院雑記帳

法科大学院雑記帳

1 はじめに
 本書は、米倉明先生という愛知学院大学法科大学院民法の教授の方*1が、法科大学院について「戸籍時報」という雑誌に連載していたものを加筆・訂正の上単行本としたものである。

2 本音で法科大学院の問題に切り込む
 本書の特徴は、現役法科大学院教師の方が、法科大学院の抱える問題点に鋭く切り込んでいることである。合格者数が7〜8割といわれていたのに、現実には3〜5割、今後はそれ以下になりそうという問題については

*2司令塔が一本にまとまっていない(中略)。太平洋戦争の敗因のひとつは、陸軍と海軍との足並みがそろわなかったことにあり、その結果は大失敗に終わったのであるが、それと類似の現象が出現したわけである。
(中略)
合格率七〜八割などといううまい話に乗った法科大学院学生が愚かであったと、いわれるかもしれない。しかし、この種の反論(抗弁)は第三者が一種の評論として述べ得るくらいが限度であって、うまい話に乗せた側(当局)が乗せられた側(法科大学院学生)に対して述べるのは、厚顔無恥の度が過ぎる。
同書p2参照

と本音でぶった切っている。

 信州大学において、完成してもいない論文を業績に加えて業績を水増しして法科大学院を開設しようとした問題*3については、

法科大学院教員として最もふさわしくない人々が教員になっていたわけであって(例えば「法曹倫理」など開講できるわけがない)ことが公になって関係者が処分されたのはむしろ幸いであった。
同書p91

とぶった斬っている。

 米倉先生は、本書で法学部廃止論*4予備校教育に対する法科大学院のスタンス*5といった、他の法科大学院教授があまり議論していないような事項について問題提起*6をされている。この点も一読の価値があるだろう。

3 法科大学院生が「笑える」数少ない部分
 とはいえ、これらの内容は、法曹の卵としては笑えないブラックジョークの感がなきにしもあらずである。これに対し、法教育についての米倉先生の本書の議論は数少ない法曹の卵も笑える部分であろう。

 義務教育の中に法教育も含めようという考え方に対し、米倉先生は異論を挟まれる。詳細は本書p103をごらんいただきたいが、その中で、米倉先生は憲法・私法・司法制度を中学生に教える前に知ってもらうべき前提事項」として、以下の物を列挙される*7

(i) 自分に正直であれ。他人の顔色をうかがって、自分の判断・態度を変えることをしないこと、
(ii) 自分に納得がいかないことについては、納得いくまで説明を求めること。そうすることは何も悪いことではないこと
(iii) 納得がいかないのに署名したり捺印などしないこと
(iv) あまりにうまい話にははじめから乗らないこと*8
(v)ルール遵守をやかましくいう人(政府を含む)はまず自分が順守すべきこと
(vi)自分ひとりが勝手なことができる、それがとおるとなると、他の人もまたしかりで(人間は平等のはずだから)、そうなると社会全体にどういう影響をおよぼすことになるか、そしてそれでよいかを考えてみること
(vii)正直者がバカをみる、既成事実を作ってしまったらどうにかなる、というようなことは許せないということ
(Viii)内部の事情を持ち出して外部の人に泣きつくのは半人前のすることで、きちんとした人間のすることでないこと
(ix)契約は契約した者の間でしか拘束力がなく、局外者を拘束できないこと、「部分社会エゴ」も同様(仲間内、例えば業界で勝手なルールを決めても、外部の人には当然には通用しないこと。これが日本のルールだといっても、それが当然に世界に通用するとは限らないこと)、
(x)利益追求・生活維持のためには何をしても許されるというようなことはないこと
(xi)職務に忠実たること、相手次第で態度を変えたり、ルールを曲げたりしないこと、公私混同はいけないこと、自己の立場を利用し、不公正な行為をしてはいけないこと
(xii)手段、手続に気を配ること、目的さえよければ何を、どのようにしても許されるとはいえないこと(中略)
(xiii)何事についても、しかるべき専門家の意見を徴しておくべきこと

 これらの内容は、リーガルマインド以前の内容であるが、法学部出身者の政治家が(v)辺りを順守しているのかなぁと考えると興味深い*9

 また、かなり民法が難しいという例示については、民法に苦しむ*10我々に希望を与えてくれる。

民法の大先生であった梅謙次郎、我妻栄さえも二重譲渡法理が本当にわかっていたのかどうか大いに疑わしめる叙述をしているくらいなのだ*11
同書p88

 ということを初めて知り、興味深かった。

まとめ
法科大学院雑記帳」は、非常に生々しく法科大学院の問題を抉り出しており、法曹の卵は笑えない記述が多い。しかし、笑えないといっても、重要な問題提起であり、また、法教育等、法曹の卵にとっても興味深い叙述もあり、一読の価値がある。

*1:プレップ民法 (プレップシリーズ)の著者として有名。同書については初学者のための民法本案内 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常にレビューを掲載している

*2:司法制度改革審議会と司法試験委員会が違うことを言っている点

*3:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/05112802.htm等参照

*4:同書p139

*5:同書298、要約すると「予備校教育に引きずられることなく、それが法科大学院からみてよい教育であるなら歓迎すべきであり、よくない教育であっても、放置しておくしかない」

*6:しかし、重要な問題提起である

*7:例示列挙

*8:ここで法科大学院が例示されていないところが「ポイント」

*9:元々農相は法学部出身、現首相は政治学科だが法学部出身

*10:法律学民法に始まり民法に終わる」「民法を制するものは司法試験を制する」といった受験諺があるようですが

*11:ここで「本稿の正確上、専門文献の引用は省略する」とされてしまったのが惜しいところである。