- 作者: 小林立
- 出版社/メーカー: スクウェア・エニックス
- 発売日: 2009/07/25
- メディア: コミック
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1.日経コラム「春秋」
春秋とは、日本経済新聞の一面の下にあるコラムで、朝日新聞でいうところの天声人語のようなものである。かなり強引な論理展開をする記事もあるが、最近の話題に、経済人・財界人の興味のある分野(歴史や季語等を含む)を絡めながら、なかなかテンポよくコラムを構成している。
この春秋の本日(8月24日)号に、
から始まるコラムが掲載された。読者の皆様には簡単すぎるだろう。言わずと知れた、「最近人気の文化系の青春を描いた漫画」の紹介コラムである。
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090823AS1K2200322082009.html
(すぐに消えるはずですが、いちおう原文にリンクを張っておきます。)
2.咲がない!
ここで、このコラムで列挙された4つの漫画に注目すると、1つの重大な点がある。
咲がない
のである。
咲〜saki〜とは、麻雀で全国を目指し切磋琢磨する少女(高校生)達の、青春物語である。
麻雀という対象行為の性質上、文化系であることは明白であり、また、作中でも、
(タコス)「全員メガネさんだじょ」
(部長)「まぁ、文化系の部活の大会だしね。でも、すぐに一人メガネじゃなくなるわ」
テレビアニメ「咲」第10局より
文化系であることは明言されている。
ストーリーの内容も、主人公を含む登場人物の大部分*1は高校生であり、何組ものチームメイト同士の友情(百合)や、ライバル同士の対決(変則的な百合)が描かれており、まさに青春が描かれている。
最近ヒットしたという意味では、たとえば、アニメ18話で「池田」の書き込みがわずか30分で3000レスを超える等、明らかにヒットしている。
それなのに、「最近人気の文化系青春物語を描いた漫画」の中に、咲はなかった。なぜか?
3.仮説ー経済人にとっての麻雀
真の理由については、春秋の著者のみぞ知るところだろう。しかし、理由を探るヒントはある。1つ目は、春秋の最後の段落にある。
甲子園では球児らの夏が間もなく終幕。負ければ終わりの真剣勝負をまぶしく観戦しつつ、運動に縁遠かった高校時代を思い出し「野球だけ、スポーツだけが青春ではないぞ」などと心中つい力んだり。何であれ10代の一時期、熱中するものがあるのは素晴らしい。残り少ない夏を悔いなく過ごしてほしいと願う。
日経新聞2009年8月24日「春秋」より
という部分である。
「野球だけ、スポーツだけが青春ではないぞ」などと心中つい力んだり。という、著者の本音がつい出ている文章がコラム中に入っていることを見ると、やはり、これら4作品は、高校時代文化系で通した*2筆者の琴線に触れるところがあったのだろう。
逆にいえば、麻雀をテーマにした漫画は、筆者の琴線に触れなかったと想像される。
琴線に触れない理由としては、単純に、「筆者のイメージする高校生活の中に麻雀部での青春が含まれなかった」だけかもしれない。つまり、「将棋」や「囲碁」と異なり、高校に麻雀部があるところがほとんどないから、筆者の考える青春物語には麻雀が入らなかったという仮説である。
しかし、事はそんなに単純なのだろうか?
ここで考えられるのは、麻雀の経済界におけるイメージだろう。確かに、経済人でも麻雀のルールを理解している人は少なくない。いわゆる第2次ブーム期に学生時代を過ごした財界人の中には、学生時代のみならず、社会人になってからも麻雀でコミュニケーションを図った経験のある人もいるだろう。
しかし、それはあくまでも「私」の世界である。公の世界において、麻雀好きを公言する財界人は少ない。これに対し、将棋や囲碁好きを公言する経済人は多い*3。
プロのタイトル戦も、囲碁や将棋であれば、いわゆる四大紙が主催ないし後援し、さらに王座戦は日経新聞が主催しているが、麻雀で四大紙が主催ないし後援しているタイトル戦はない*4
このように、(「私」の世界における愛好者は相当程度いるはずであるにもかかわらず)公の世界において財界人が「麻雀」を認めにくい理由は、賭博罪(刑法185条)の存在と、実際に麻雀が賭博の手段として使われ続けてきた歴史であろう。
このような背景があるからこそ、春秋の著者は、「何であれ10代の一時期、熱中するものがあるのは素晴らしい。」とは言いながら、「咲」を例示から外したと推測される。
まとめ
咲が、日経新聞のコラムで取り上げられなかった理由を深読みすると、賭博罪(刑法185条)の存在と、実際に麻雀が賭博の手段として使われ続けてきた歴史に行きつく。
咲は、漫画では結構飛ばしている*5が、アニメでは、できるだけ「麻雀」にまつわる「賭け事」「犯罪」の匂いを消して、純粋に百合物語として面白い作品になるように努力している。
次に、日経新聞が「文化系の青春を描いたアニメ」を取り上げる際は、ぜひ、咲を取り上げてほしいものである。