アホヲタ元法学部生の日常

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長崎年金二重課税事件〜 間違ごぅとっとは正さんといかんたい!

長崎年金二重課税事件―間違ごぅとっとは正さんといかんたい!

長崎年金二重課税事件―間違ごぅとっとは正さんといかんたい!

1.あの最高裁判決の裏側が全て分かる
 最近大きな反響を読んだ最高裁判決に、年金二重課税判決がある(最判平成22年7月6日)がある。
簡単に言えば、死亡した夫が、妻のために、年金保険に加入していた。そこで、妻は死亡により年金を受給する権利を得、その後毎年年金を受給する。そして、年金受給権については、これを夫から相続したとして、相続税の対象とされた*1。ところで、妻がこれにもとづいて支払いを受けた200万円余りの年金につき、所得税が徴収された。この年金は、既に相続税の対象とされた年金受給権の具体化しただけのものだから、相続税所得税の双方を取るのは二重課税である。こうして更正を請求し、税務訴訟に至ったというものである。


一審勝訴、二審逆転敗訴、そして最高裁での再逆転勝訴はもちろん、判決直後の報道で、

 一審は弁護士を頼まない本人訴訟だ。

として、本人訴訟であったとされており、どんな方が、どんな思いで訴訟を遂行していたのか、原告(上告人)の方の人となりには興味があった

そこで、原告をサポートしていた税理士の江崎鶴男氏が書かれた本書が出たと聞いて、興味深く読んだ。そこには、あの最高裁判決の裏側の全てが書かれていた


まず、驚いたのは、「著者(税理士)のイニシアチブで、通達と戦った」ということである。
税理士の中には、通達どおりの処理がなされていれば、あえて当局とことを構えることまではしなうといい人も多い中、二重課税を認める通達と戦った著者の姿勢には感銘を受けた。特に、更正決定を繰り返した後は、わずか二万円余りの差異しか残っておらず、通常は「費用対効果」でやらないところを、「間違ごぅとっとは正さんといかんたい!」の精神で戦い抜いたということには素直に感服した。


次に、一審で「事実上の補佐人」として、著者である税理士が活動していたということである(この点は後述する)。弁護士ではないので代理人にはなれないし、もちろん本人でもないが、喫煙所で一緒になった書記官に、それとなく言いたいことを裁判所に伝達してもらうところ等、著者の苦労が克明に記載されている。
「本人訴訟」の報道は事実は事実だが、「原告が税理士の助けを得て頑張った」というよりも、原告について不条理を正そうとした著者が、原告に「名義を借り」て、訴訟を行ったというのが実態だったのである*2


更に、国の「基本権と支分権」という理屈も、なんとなくわかったような分からないような感じではあるものの、「国がそういうなら正しいのではないか」という程度の効果はある。少なくとも通達になる以上その程度以上の理屈はつけている筈で、現に高裁は国を勝たせている。税務訴訟をはじめとする行政訴訟の難しさが理解できる。


2 弁護士の支援制度の欠如
(1)本人訴訟に関する疑問

 ここで、興味を引いたのは、「このような重要な訴訟が少なくとも一審の勝訴まで、弁護士の支援なく行われている」ことである。
もちろん、日本法は本人訴訟を認めているが、この事件では、原告本人の席に一人、ある意味法的議論は分からないが、二重課税はおかしいという思いで訴訟に「協力」している原告がポツンと座り、税理士が傍聴席から支援している。これでいいのかというのは考えさせられた。


(2)著者が代理人、補佐人になれなかったか
まず、「税理士が代理ないし補佐する」というのは(本事案では例外的に事実上認められたようだが)難しい問題がある。それは、弁護士代理の原則民事訴訟法第54条第1項)というものであり、地方裁判所では、弁護士以外は代理人にはなれない。これは、三百代言と言われる、裁判手続の知識弁護士倫理のない者による訴訟代理により、裁判が混乱することを防ぐという趣旨があると言われる。
代理人と異なり、補佐人民事訴訟法60条)という制度がある。意思疎通が下手な親が被告になった場合、子供が補佐して説明を補う等の利用例がある制度であり、裁判所が許可すれば、弁護士でなくともなれる。
ここで、「代理人」ではなく「補佐人」ならいいのかというと、補佐人の陳述は本人が述べたことになるから(民事訴訟法60条3項)事実上代理人になることを認めるのと同じことになる。コンメンタール民事訴訟法(秋山幹男他編)544頁では、「裁判所としては、非弁護士の法律事務の取扱を業とする者を補佐人とすることは、弁護士法の趣旨に反することから、絶対に許可するべきではない」とされる。他の項目でここまで強烈な表現の記載は見当たらず*3、ここが異彩を放っている。これは、いわゆる非弁活動*4の防止という観点だろう。
この点、本件では、著者は報酬を得ていないので、非弁護士の法律事務の取扱を業とする者には該当しないと思われる*5。もっとも、一般論として税理士が申告業務に関連して訴訟を補佐・代理した場合において、申告手数料と訴訟報酬の区別は困難*6であり、裁判所が「もし、補佐人を許可すると、あなたに代理権を、要するに弁護士資格を与えたことになるから、それは無理です(本書49頁)」という態度を取ったのも、ある意味相当だろう。その後事実上補佐人のような行動を認めたのは、審理を進めるに従って、著者が非弁護士の法律事務の取扱を業とする者ではなく、純粋に行政の不当課税を正したいだけなのだという方向に心証が傾いたからではないか(あくまでも推測の域を出ないが)。


(3)弁護士の支援は得られなかったか
ここで、税理士については、税理士法で、ある要件の下、補佐人になることが認められている

第2条の2 税理士は、租税に関する事項について、裁判所において、補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述をすることができる。

要するに、弁護士代理人が付けば、税理士は裁判所の許可がなくとも、補佐人になれるのである。実際、高裁、最高裁では弁護士が付き、著者も補佐人になっている。

ただ、問題は訴額であろう。二万円余りの経済的利益のための訴訟代理人というのは、明らかに、「経済的合理性」を考えると成り手はいないだろう。高裁から弁護士が付いたことは、一審の勝訴が影響していると思われる。
「金額があまりにも小さいもんやから、弁護士を雇うことはできんたい。(本書41頁)」という著者の判断はむべなるものである。


ここで、法テラスの民事法律扶助は利用ができない。それは、民事法律扶助は確かに弁護士費用を国が立て替えてくれる制度ではあるが、対象者は「お金がなくて」困っている人であり、お金を持っているが訴訟が割に合わないとして弁護士が探せない人ではない。例えば、三人家族の場合、270万円以上の財産があれば、扶助は拒絶される*7。本書によれば、基礎控除(5000万円+1000万円×相続人数)後、240万円の相続税が残った*8ということで、明らかに扶助要件にあたらない。


(4)ペイしない訴訟をどうしていくべきか
問題は、こういう「ペイしない ので現行制度下では弁護士が付くことが困難だが、重要な意義を持つ訴訟をどうしていくか」だろう。
立法的解決という意味では、行政事件に限定して、勝訴の場合の訴訟費用を国が払うという制度は考えられる。いわゆる住民訴訟について、住民側が勝訴した場合、原告となった住民が地方公共団体に対し相当と認められる金額の弁護士報酬費用を請求することができる制度がある(地方自治法242条の2第12項)。これは本来は、原告が弁護士費用を立て替えて、地方公共団体のために勝訴してくれたというところに、弁護士費用を請求できる根拠があるので、税務訴訟への拡張は制度趣旨と異なる面があることは否定できない。ただ、住民訴訟でも「割に合わない*9訴訟だからといって、訴訟を諦めさせるのはおかしいから、勝った時は弁護士費用を負担するとうインセンティブを与えよう」という発想がある。この限りでは、少なくとも一部の行政訴訟に拡張するような法改正の余地はありそうである。
実務的解決としては、弁護士会税理士会で協力して「勉強のため、手弁当でも税務訴訟をやりたい」という若手の弁護士や、そのような若手にアドバイスを送る税務訴訟経験ある弁護士のメーリングリストでも作って、税理士が、「この案件に協力して下さい」と依頼するというスキームはあり得る。知り合いの弁護士でも、「税務訴訟は未経験で、一度勉強のためやってみたいのだが、クライアントから依頼はない*10」と言っていた人もいるので、うまくスキームが回れば面白いかもしれない。
ここでは、弁護士法72条や、税理士補佐人の範囲の問題には立ち入らないが、論者によっては、税理士補佐人の認められる範囲を広げる方向性を打ち出す人もいるだろう。
本書を読んだ人からの、活溌な問題提起と議論の深化が望まれる。

まとめ

本書は、税務訴訟の裏側が分かるという意味で税務に興味を持つ人にとって有益というのみならず、経済的合理性ではペイしないが、重要な訴訟に誰がどう関与するかといった問題を提起しているといえ、司法関係者にとっても重要な本である。

*1:実際に払ったという意味ではない。この件でも、配偶者控除前の相続税額が240万円で、配偶者控除等で結局納税額はゼロとなっている(本書15頁)。

*2:これは誇張ではなく、本書41頁には、「奥さん、名前ば貸してくれんね。間違ごぅとっとは正さんといかんたい」というやりとりが記載されている。

*3:コンメンタールらしい穏当な表現が多い

*4:弁護士法72条。法律事務の取扱を弁護士以外が行うこと。

*5:弁護士法72条は、「報酬を得る目的」を要件として、法律事務の取扱を弁護士以外が行うことを禁じる

*6:「報酬を得る目的」というのは、訴訟代理行為等の法律事務の取扱の対価として、額や名称の如何を問わないし、事後的に謝礼を持参することを予期していた場合も該当する(日本弁護士連合会調査室編著「条解弁護士法」611頁)

*7:http://www.houterasu.or.jp/houterasu_gaiyou/mokuteki_gyoumu/minjihouritsufujo/

*8:ただし配偶者控除等で最終的納付額はゼロ

*9:勝ってもポケットにはお金は入ってこない

*10:多分、事件があっても他の弁護士に相談がいっていると予想される