アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

万能鑑定士Qの事件簿の刑事訴訟法的考察〜消去法的認定と裁判員裁判


本エントリもいつも通りネタバレを含んでおります。概ね第1巻と2巻のラストが明かされています。三巻以降は違うエピソードなのであまりネタバレの心配はありません。


1.万能鑑定士Qとは
  高校時代は大の劣等生で天然ボケ、就職活動も面接で奇想天外なことを言って失敗ばかりする。こんな凛田莉子が、リサイクルショップ「チープ・グッズ」のオーナーの助言を得て勉強し、修業した結果、どんなものでも鑑定できる万能鑑定士になって活躍する「人が死なないミステリー*1」が「万能鑑定士Qの事件簿」シリーズである*2


2.誰にも区別できない偽札と通貨偽造罪
  多くのマスメディアに、同一番号の二枚の一万円札が送られるという事件が発生した。
  周知のとおり、お札には、偽造を避けるため、通し番号が振られている。そこで、同じ番号のお札があれば、どちらかが本物で、どちらかが偽物ということになる*3

 ところが、科学鑑定でも、莉子による鑑定でも、二枚のお札の間には「相違」が発見できず、どちらが偽札かどうかも判明しなかった。


 このような、極めて巧妙な偽札を作った場合には、通貨偽造罪になるのか?

刑法第148条 行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は3年以上の懲役に処する。
2 偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。

3.偽札性についての合理的な疑いを容れない程度の証明
  ここで、刑事事件で有罪とするには、被告人が犯行を行ったことについて、「合理的な疑いを容れない程度の証明」が必要である。最高裁はこう述べる。

刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨のものである
最決平成19年1月30日刑集第61巻7号677頁

 要するに、検察側は、100パーセントの真実だとまで裁判官を確信させる必要はない。例えば、抽象的には有罪事実がなかった可能性があっても、それが、「奇跡も、魔法もあるんだよ?」的な、抽象的可能性があるに過ぎないのであれば、なお、有罪にしてよいのである*4。これを被告人の弁解との関係で言えば、被告人が無罪だとして述べる弁解が、世の中は「偶然」というものがある以上、絶対にあり得ない弁解ではないとしても、常識的に考えて不合理な、取るに足らないものの場合には、なお、有罪と認めてよいということである*5


  ここで、1セットだけ、同一番号の二枚の一万円があるという場合、これは、可能性は低いもののエラー品の可能性がある。このようなエラー紙幣の出現率は低いが、同書中でも、一度は「エラー紙幣が流出したもの」という科捜研の見解が示されている*6。そこで、一セットだけであれば、「エラー紙幣を見つけた」との弁解が不合理とまでは言えず、有罪にすることが難しいのでははないか*7
  これに対し、十セットや二十セットとなると、話は別である。国立造幣局の何重ものチェックをまぬがれて、全く異なる番号*8のエラー紙幣が流出するとは考えられない。だからこそ、紙幣での支払いを拒絶する等の大混乱*9が起こったのである。よって、「エラー紙幣が何十も流出した」という弁解は、抽象的には可能性があっても、常識的に見て不合理と言えよう。そこで、被告人が犯人であることの認定さえできれば、二つのお札のうち、どちらが本物でどちらが偽札かについて認定できなくとも有罪として差し支えない


4.危ない工芸官!? 「消去法的認定」に潜む罠
  日本銀行券への信認を守るため、警察は、逮捕状が出ていないのに指名手配をするという暴挙に至った*10。警察は現行犯等の例外を除けば裁判所の令状審査なしに、逮捕等、一般市民の人権を制約できない(令状主義)。
  それにもかかわらず、令状なしに逮捕するよう全国に周知したのだから、裁判所軽視以外の何者でもない*11


 さて、こんな刑事司法の根幹を揺るがす暴挙をしてまで身柄を確保した相手は誰か。これが工芸官の藤堂俊一、つまり、一万円札の原版を描ける職人である。
  警察は、「本物と同水準の偽札は、工芸官の藤堂さんに匹敵する技術を有していなければ作れないはず*12」という論理で藤堂を犯人と考えた。
 このような考え方を「消去法的認定」という。

 犯行が起こった

犯罪を実行できるのはお前以外にいない

犯人はお前だ!


という論理である。これは一見合理的であり、推理小説では、探偵がこの方法で犯人を自白に追い詰めることが多い。
 

 しかし、「消去法的認定」には、がある。
  すなわち、この人以外に犯罪を実行できないという部分が間違ってしまうと、冤罪が発生するのである。真犯人が嘘のアリバイを主張して、それを捜査機関が信じてしまい、無実の人についてお前しかあり得ないと言ってしまう可能性があるのである。


 本件でも、

本物と区別できない偽札が出現

工芸官でないとこんな精巧なもの作れない

工芸官が怪しい

という論理のうち、「工芸官でないとこんな精巧なもの作れない」という部分の詰めが甘いまま、指名手配まで行ってしまったが、結局莉子らの活躍で工芸官の無実が明らかになった


5.裁判所も指摘する消去法的認定の危険性
 このような消去法的認定の危険性については、既に裁判所も判決の中で指摘している。
 例えば葛生事件と言われる事件では、夫が妻を殺したとして起訴された。検察官は、妻の死因、犯人像から、「自由に家に出入りすることができ、入っても騒がれないような人物」が犯人であって、夫以外にありえないとした。第一審判決、検察官の考えを受け入れ、被告人を有罪とした(懲役14年)。
  ところが、東京高裁は、被告人を無罪とした(東京高判平成7年1月27日判例タイムズ879号81頁)。確かに、状況からして、「自由に家に出入りすることができ、入っても騒がれないような人物」が犯人であろう。しかし、被告人を犯人と認定するにはそれだけでは足りず、被告人が現場に存在したという相当程度の蓋然性(可能性)と、妻殺害の明確な動機が必要とした。それは、上記の消去法的認定の危険性に基づく。本来被告人が犯人と断ずるだけの積極的証拠が不足するところを、「被告人以外に犯人はありえないから被告人は犯人だ」という論理的推認でカバーするのは、事実を誤る危険性を多分に孕んでおり、「被告人以外の者の犯行の可能性は考えにくい」ということをもって、直ちに「被告人が犯人である」との証明にはならないとしたものである。

同判決を下した早川裁判長に指導された門野博判事は、この例を引いて、

改めて、検察官の主張(起訴事実)は検察官が構想した仮説(ストーリー)にしかすぎない、その余の見方(アナザーストーリー)もありうる、ということを理解しておくことは(裁判員裁判でも)大変重要なことだと思います。
門野博「刑事裁判ノート〜裁判員裁判への架け橋として(4)」判例タイムズ1306号80頁

と指摘している。

まとめ
「迷宮入り」を嫌う捜査機関が、乏しい証拠にも関わらず、「被告人以外に犯人はありえないから被告人は犯人だ」という消去法的推認で有罪を求め起訴することがある。これは、一見合理的ストーリーだが、本当に被告人以外ありえないのかそもそも被告人を有罪にする方向の根拠の証拠が、消去法的推認でカバーできる程度に存在するのか等を考えなければ、冤罪を生む危険性を孕んでいる。
 万能鑑定士Qの事件簿は、このような裁判員裁判で問題になり得る消去法的認定に警鐘を鳴らすという意味でも、司法関係者、及び裁判員になる可能性のある全ての人にお勧めである

*1:多分第二巻の混乱の中、多くの人が死んでいっているので、「探偵役が解き明かす謎の内容が、人の生死でない推理小説」という程度の意味だろう。

*2:なお、一応ヒーロー役の小笠原は週刊誌週刊角川のうだつの上がらない記者。取材が苦手と酷評されているが、謎の“力士シール”都内で相次ぎ発見 “犯人”は誰?…カルト教団説、テロリスト説も 「意味も目的も分からないし気味が悪い」 - 東京 - ニュースな何か∑(゚∀゚ノ)ノよりもずっと深堀した取材をしているように思われる

*3:まあ、どちらも偽札ということもあり得ますが

*4:つまり、裁判所は、上條君については、奇跡や魔法でもって治る可能性があっても「不治」と認定する訳である。

*5:なお、被告人が述べる弁解自体がいくら不合理でも、検察側の証拠がそもそも弱いものであれば有罪にできないのは当然である

*6:第二巻31頁

*7:なお、マスコミへの送付は偽計業務妨害罪が成立するだろう。ちなみに、最初、「義兄業務妨害罪」と変換され、どこかから「お兄ちゃん」という声が聞こえてきたのは秘密である。

*8:裁断前のシートすら異なるということ

*9:本書63頁以下

*10:第二巻228頁

*11:更に、自宅に侵入しようとするのも同様に重大な違法捜査であり、ここまでひどいと公訴棄却すらあり得るのではないかと思う程である。

*12:本書242頁