アホヲタ元法学部生の日常

アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。頻繁にツイッター(@ahowota)に出没しております。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

加藤一二三事件から学ぶ「ペットと近隣訴訟」〜法律学的にも「伝説の判決」

一二三の玉手箱

一二三の玉手箱

1.将棋界の「伝説の棋士
 近時、日本将棋連盟の米長会長のTwitterの内容がスゴイということで、話題になっている。
日本将棋連盟会長・米長邦雄氏のツイッターがマジキチと話題に | ニュース2ちゃんねる


 将棋界には米長会長のような「伝説の棋士」は数多くいらっしゃるが、やはり、何といっても加藤一二三九段である。
  名前と段位を繋げると何段なのか分からないというベタな伝説から始まって、成績のみならず、「伝説」でも確固たる地位を築き上げられた


  ところで、加藤九段が近隣住民に訴えられたというニュースは、衝撃的であった。
 「ピシャリという駒音の響きが騒音公害で訴えられたのでは!? 全将棋界一丸となって守らねば!」「いや、『あと何分?』を言い過ぎたか、空咳のし過ぎでうるさいというだけだから、将棋界全体への影響は少ないだろう」等といろいろ想像していたら、


野良猫に餌をやったため、沢山猫が来るのが近所迷惑という訴訟であった。


  さて、この裁判は、近隣住民の勝訴に終わったが、法学徒として真面目に同判決を評釈したい


2.ペットと近隣関係に関する従来の議論
 現在日本の法令上は猫を放し飼いにすること自体は禁止されていない*1。もっとも、それは無制限な自由が認めるということにはもちろんならない。
 動物愛護管理法は、7条で動物を飼っている人の責任を規定する。

動物愛護管理法 七条  動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者としての責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。


 要するに飼ってる動物が他人に迷惑をかけないよう適正に飼養することが求められているのである*2


 では、迷惑をかけたらどうなるか。行政上の措置はひとまず措くと、迷惑を被った近隣住民が飼い主に慰謝料を求めることが考えられる。これは、不法行為に基づくものである*3。ここで、不法行為が認められるためには、ペットによる迷惑が、「受忍限度」を超える必要がある。簡単言えば、住宅地でお互いに生活上の騒音を出すのは、それが多少であれば人が生活する上で避けられないことであって、一定範囲で我慢しないといけない。ただこういう我慢の限度(受忍限度)超えた場合、具体的には、その騒音が異常性を持ち、近隣への迷惑が甚だしい場合には、それが不法行為となる*4


 判例としては、犬が「一般家庭における飼い犬のそれとは大きく異なり、長時間にわたり、連日のごとく深夜、早朝に及ぶなど極めて異常」な泣き方で、近隣住民がノイローゼになった事案で一人30万円の賠償が認められたり*5、シェパードの鳴き声による騒音と糞尿の悪臭、蝿の発生により近隣*6へ迷惑をかけたとして一人10万円の賠償が認められたり*7している。
 また、「飼う」状態に至らなくとも、野良猫に餌をやり続け、猫が徘徊するようになり、その糞尿による悪臭が受忍限度を超えれば、ペットを飼うのと同様、損害賠償が認められている*8


 ところで、一般にこのような事件の賠償額はせいぜい一人数十万円程度と低く、お金だけでは損害が回復できないこともある。その場合には、人格権に基づき差止を求めることが理論上考えられる。ただ、差止を求める、つまり相手にペットを飼えなくする*9というのは、飼い主側の権利侵害の程度も高いため、容易ではない。「近隣住民の説得や、地方自治体の勧告や命令にも応じず、近隣の被害が著しい」場合*10等、非常に例外的である。
 例えば、浦和地判平成7年6月30日*11は、アメリカンピット等の闘犬の鳴き声による損害賠償は認められた事案であるが、原告の求めた犬の撤去請求は裁判所によって否定された。「これまでの飼育闘犬による吠え声が、原告の受忍限度を超えるものであったからといって、飼育方法、管理方法、防音方法等の変更による、吠え声の発生や到達を減少させ、被害を軽減することは可能」だから必ずしも「受忍限度を超える吠え声の発生につながるものと推認できない」として、犬の撤去請求を否定したのだ。人格権による差止が認められた例は、調べた限りこれまでなかった。
 もっとも、これは契約がない第三者間の問題なので、例えばペット禁止といって借りた家でペットを飼うとか、管理規約でペット禁止のマンションでペットを飼うという場合には契約等に基づく措置(契約解除等)や、区分所有法に基づく請求が認められることはある。
 例えば、マンション居住者(所有者から使用貸借)による野鳩の餌付けが、区分所有者の共同の利益に反するとして、区分所有法60条1項により、使用貸借契約の解除及び退去が認められた事案がある*12


3.加藤一二三事件判決
(1)判決の概要
  加藤一二三判決(東京地立川支判平成22年5月13日*13)は、簡単にいうと、一戸建て風の家が軒を並べるタウンハウス(区分所有権法が適用される)において、住民の一人*14が野良猫に餌をやったため、野良猫がたかり、糞が他の住民の家等に落ちて蝿がたかる等の被害があったことから、管理組合が猫に餌を与えることの差止を求め、住民が、損害賠償と差止を求めた事案である。
 裁判所は、猫への餌やりによって多くの猫が集まり、一部はすでに「段ボール箱等の提供を伴って住みかを提供する飼育の域に達している」として、管理規約上の動物飼育禁止違反があったとした。
 また、餌やりには、確かにいわゆる「地域猫活動」の趣旨に沿う部分もあり、餌をやっている住民が、糞を減らすために共用部分をパトロールする等の一定の努力をしていたことも認めた。しかし、結局、トイレへの配慮が不十分で、パトロールも不十分であって、糞尿による被害が続いていること、そして、管理組合との話し合いの機会である管理組合総会をほとんど欠席したこと等から、管理組合との関係で、迷惑行為禁止という管理組合規約に違反するとして餌やりの差止を認めた。
 加えて、上記の餌やりの状況は、受忍限度を超え、住民個人の人格権を侵害しているとして、住民個人による餌やり差止請求も認め、また、慰謝料も認めた。


(2)餌やり行為につき人格権による差止を認める
  人格権による差止は、例えば政治団体の街宣活動等であれば認められる事例は多いが、餌やりという私生活上の行為につき人格権を侵害するとして、差止が認められるというのは異例である。調べた限りは初めての判断であった*15
  上記の浦和地判平成7年6月30日におけるような、餌やり方法改善による対応の可能性に期待して差し止めないという判断がなされなかったのは、平成14年頃からの長期に渡る餌やりと、それに対する管理組合との協議の経過、つまり、総会に出席して餌やりについて対話をすることがほとんどなかったことが重視されたと思われる。


(3)棋士には辛い判断
 ところで、プロ棋士にとって、土日は大事な将棋普及の機会である。
将棋大会審判長、将棋まつり、指導将棋・・・。普及のための大事なイベントは土日に設定され、特に加藤九段のような売れっ子の棋士は大忙しである。
  ここで、マンション等の管理組合の総会は通常土日に設定される。サラリーマンが参加できるようにするためであり、なかなか平日に設定されることはないだろう。
  本件で、裁判所が個人の人格権による差止まで認めてしまった理由のうち重要なものは、管理組合総会に参加せず、話し合いに応じなかったというものである。加藤九段の、仕事で日曜日は参加できないという主張に対して、裁判官は、「他の曜日に話し合いの機会を持つことを提案すべきであった」という理由で一刀両断である。
  例え管理組合の総会を平日にやろうと提案しても、総会は平日にできないと断られる可能性は高いのではないか。その意味で、裁判所の示す代替案の実現可能性には疑問が残り、ある意味で棋士に厳しい判断と言えよう*16
 なお、裁判官の加藤九段への考え方は判例時報81頁の、本人尋問の信用性について判断している部分に表れていると言えよう*17

まとめ
 加藤一二三九段の、「猫に餌をやったら訴えられた」伝説は、
人格権侵害による差止を認めた初判断という意味で、法律界でも伝説的な判決を産んだものである。
  もっとも、裁判所も、もう少し棋士が土日は忙しいということに理解を示してもらってもよかったのではというきらいはなくもない。今後の将棋界の一層の裁判所への普及活動の促進に期待する。

*1:長尾美夏子他「ペットの法律相談」83頁

*2:渋谷寛他「Q&Aペットのトラブル110番」102頁

*3:民法709条。なお、動物の占有者には民法718条で特則がある。

*4:長尾美夏子他「ペットの法律相談」78頁

*5:横浜地判昭和61年2月18日判時1195号118頁

*6:賃借人

*7:京都地判平成3年1月24日判時1403号91頁

*8:神戸地判平成15年6月11日判時1829号112頁

*9:又は相手を退去させる

*10:長尾美夏子他「ペットの法律相談」85頁

*11:判例タイムズ904号188頁

*12:東京地判平成7年11月21日判例タイムズ912号188頁

*13:判時2082号74頁

*14:加藤九段

*15:仮処分レベルではあるかもしれないが、正式判決までいくとは・・・。

*16:裁判所が問題視したのは、話し合いをしようとしない「姿勢」であり、総会は例にすぎないといった見方も可能と思われますが

*17:ご興味をお持ちの方は図書館で読んでみてください。なお、ご本人が「猫の命を大切にするという私の取ってきた行動を認めてくれている」とおっしゃっているのは、この部分の判示のことと思われる。