アホヲタ元法学部生の日常

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捜査官の反対尋問〜弁護側からと検察側からの二つの視点

実践! 刑事証人尋問技術 ? 事例から学ぶ尋問のダイヤモンドルール(DVD付) (GENJIN刑事弁護シリーズ (11))

実践! 刑事証人尋問技術 ? 事例から学ぶ尋問のダイヤモンドルール(DVD付) (GENJIN刑事弁護シリーズ (11))

1.一番反対尋問しにくい相手
 刑事裁判でも、民事裁判*1でも、争いのある事実を確定するために、人証、つまり証人を裁判所で尋問し、そこで得た証言は重要である。
 反対尋問が一番し易いのは、あからさまに客観証拠*2に反する証言をする証人である。その場合には、言い逃れできないように、嘘の供述をガチガチに固めさせて*3から、それと真反対の客観証拠(弾劾証拠)を出す。「あっ!」と証人の頭が真っ白になる様子を裁判官の目に焼付けさせると、証人が平静に戻って弁解を始める前に、「終わります」といって尋問を終了する*4。実は成功する反対尋問はほとんどなく、個人的な経験としても、こんな感じのうまい尋問を見たのは一回だけである*5
  これに対し、捜査官の尋問ほど難しいものはない。違法捜査があったのではないかという争い方*6をすると、捜査官が証人として出てくるが、警察官や検察官は、*7頭がいいので、質問者の意図を見抜いた回答をする。また、公判検事と密接なので、頻繁に証人テストができる。証人テストというのは、要するに、事前に公判検事と証人予定者が証言内容について話し合う行為であり、刑事訴訟規則191条の3の求める事前準備の一環として、予定している証人の記憶を確かめ、準備するという目的で実施される(「事実確認」等とも呼ばれる)*8。本来の目的どおり、事実関係を確認して効率的尋問を行うというだけなら問題はないが、事実を確認するためにこんなに必要かという程の回数を重ねたり*9、尋問で、書類の形式的なミスについて問い詰められると「この点は検事に指摘していただいたんですが、誤記です」とポロっと証言する*10等、弁護側からは「偽証の*11教唆ではないか?」と疑問が呈されることもあり、その疑問も単なる憶測ではない場合もありそうである。

  逆に、捜査官としても、違法捜査とされて犯人が無罪となるのは痛恨である。*12特に、覚せい剤犯人が、証拠排除のせいで無罪になるというのは、事後的捜査ミスにより、有罪とすべき人を無罪にしてしまうのだから、国民から捜査官へ、「お前ら何をやっとるんだ!」という痛い視線が突き刺さる。捜査官側も絶対に負けられない戦いという難しさがある。


 その難しい捜査官の尋問を全く逆の立場から解説した二冊の本がある。


2.「実践! 刑事証人尋問技術」
 「実践! 刑事証人尋問技術」は、大阪弁護士会の刑事弁護人の勉強会である、ダイヤモンドルール研究会ワーキンググループが、刑事弁護の季刊誌で、林原めぐみ特集を掲載したこともある、「季刊刑事弁護」に連載した反対尋問についての記事を単行本にまとめたものである。
 本書では捜査官以外の目撃証人や被害者への尋問についても詳細に解説されているが、捜査官の尋問については、2つの実例を元に、獲得目標を上げすぎない捜査官の急所は防衛ラインを高く上げすぎるところにあるという点をアドバイスする。このうちの前者について具体的に見てみよう*13
  獲得目標を上げすぎないというのは、絶対に自白するはずがない「違法捜査」そのものを自白させようとせず、裁判官をして「違法捜査をしたんじゃないのか?」と推認させるような事実を浮き彫りにすることを目標とするということである。本書45頁以下の事例では、捜査官が取調べで保釈を餌に自白を強要したのかが問題となった事案で、被告人との雑談を多々聞いた。

被告人の心を開かせるために雑談もしましたよね。
  はい
(中略)
被告人は、今の内妻との間に子どもができたことを話していたでしょう。
  はい
被告人は、その子を認知したいと話しましたか
  はい
被告人は、自分の母親のことについて話してましたか。
  はい
その母親は、高齢と病気で、ひとりでは歩くのもつらいと言ってませんでしたか。
  そんなことを言っていたと思います。
ダイヤモンドルール研究会ワーキンググループ「実践! 刑事証人尋問技術」50〜52頁

 そんなこと聞いてどうするという感じであるが、こうやって事前に逃げ道を塞ぎ、いざ、本題に切り込む

被告人は、いつ、外にでられるか、ということを気にしていませんでしたか。
  外、ですか・・・。
内妻と子どもに早く会いたいと言っていませんでしたか。
  さぁ・・・。
認知しないといけない、と言っていませんでしたか。
  わかりません。
母親の面倒をみないといけない、と言っていませんでしたか。
  どうでしょう・・・。
(中略)
取調べでは保釈の話は出なかったということでしたね。
  ・・・・はい。
ダイヤモンドルール研究会ワーキンググループ「実践! 刑事証人尋問技術」52頁

 さあ、ここまでくれば、主尋問の「取調べで一度も保釈の話がなかった」という証言が怪しいことは、明らかだろう。判決でも、

被告人は、・・・警察官から、被疑事実に対する認否が保釈の成否の決定的分かれ目である旨を告げられ、保釈を得たい一心で自白に至った可能性、ひいては、警察官が、その点を殊更に利用して、自白の獲得を得た可能性は否定できない。したがって、被告人の警察官に対する自白、あるいは、不利益事実の承認には、任意性に疑いが残るものとして、証拠能力を認めることはできない
ダイヤモンドルール研究会ワーキンググループ「実践! 刑事証人尋問技術」53頁

 と認められている。


 実務的な注意点を一点指摘すると、裁判官の中には、一見関係のない事項を延々と聞く尋問が嫌いな人も多い。とある無罪判決を出した裁判官が、弁護人の*14戦略的に関係のなさそうなところを聞く尋問について「関連性は?」「そんな細かいとこ、聞かなくてもいいじゃないですか?」と、あからさまに嫌そうな顔をしているのを見たことがある。その意味で、裁判官を飽きさせないでうまく「逃げ道を塞ぐ」必要がある。


3.「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」を合わせて読もう!

実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで

実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで

 ここで興味深いことに、幕田検察官*15が書いた、捜査官向け刑事訴訟法解説本に、検察官サイドから見た捜査官の反対尋問が具体的尋問例と共に記載されている。
 これは、検察官側が見た「どう反対尋問に答えると、『捜査に問題がなかった』ことを裁判官によく理解してもらえるか」をよく示しており興味深い。
 例えば、「調書の正確性を争う時、このような*16形式ミスを突いてくることが多い*17」から率直に誤記と認めるようにとか、証人テストをすることは「違法でも不当でもない。検察官と事前に面接しているときは、おどおどすることなく、その旨正直に証言すべきである。(中略)なお、証人から検察官に対し、証人として出廷するときの不安な点や、弁護人から予想される反対尋問の内容について質問することは全く問題ない。*18といった興味深いアドバイスがみられる。捜査官が尋問を受けるときはこのようなアドバイスを受けていると想定すべきだろう。
 特に興味深いのは、同じ、職務質問の適法性が争われた事案について、下手くそな答え方*19と上手な答え方の事例*20を挙げていることである。
 下手な答え方の方では、「朝からバス停で寝ている人がいる、心配なので来てもらえないか」という通報を受けて被告人のところに来て職務質問をはじめた警察官が、弁護人の質問にたじろぐ。

塩原さん(注:通報者)の話から、あなたはどいう点(ママ)で具体的に犯罪に関係があると思ったんですか。
  とりあえず行ってみなければ分からないということで向ったんです。
犯罪の嫌疑があるから行った訳ではないんですか、違うんですか。
  行ってみてそういうことかもしれないし、理由があることであればそれ以上のことはないと思いますけど。
何ら犯罪の嫌疑もないけどあなたは行ったと、こう聞いていいんですか。
  その時点ではそういうことです、電話を受けた時点では何か内容は分からんということですから。
あなたの行動の根拠というのはどれに基づくわけですか。公務員なら根拠に基づいて動くわけでしょう。
  根拠はうまく説明できませんけれども、私の仕事だと思っています。
(中略)
公務員として説明できないような行動だったんですか。
  そうは思ってませんが・・・
幕田英雄「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」518〜519頁

この点を、幕田検事は、「このような証言では弁護人から勉強不足と責められてもしかたない。(中略。警職法2条1項の要件の解説がなされる。)本件でも証人は、『通報内容から犯罪を犯し、犯そうとしている不審者だと考えた。』とか『職務質問の要件の存否を確かめる必要があると考えた』などと自信を持って証言すべきであった。この点の知識が不十分だったため、以下、非常に苦しい証言になってしまうのである。*21」として苦言を呈する。


これに対し、第二回では、勉強の成果が出ている。

警察官が質問して、それをろくに答えないで立ち去ったら、犯罪の嫌疑になるんですか。
  私が質問した段階で、住所氏名だとか、私が納得できるだけの資料を説明してもらえればそれでいいですけれども、その説明もなしに立ち去ったということであれば、そのまま放置することもできないという風に考えます。
なぜできないんですか。まるきり拒否して立ち去っても構わないんでしょう。そういうプライバシーのことを、あなたが納得するまで聞かなければならないんでしょうか。
   プライバシーのことまで聞いた覚えはありません。
住所氏名がプライバシーじゃないですか。
 聞くのが私たちの仕事ですから。
答えなくてもしょうがないんじゃないですか。嫌疑と関係あるんですか。
  そういったものが重なってだんだん嫌疑が濃くなって行くわけです。その中の一つであると理解しました。
幕田英雄「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」532頁

  幕田検事は、「勉強の成果がこの証言にみごとにあらわれている。惜しむらくは、一回目の証言でこのような明快な証言が出てこなかったことである。*22」と褒め称えた。

まとめ
全く同じ「捜査官の尋問」というテーマについて、弁護側と検察側が具体例をもって詳細に解説した本がある。
この双方を学び、「自分サイドのすべきこと」と「相手方の手の内」を学ぶことは、弁護人、検察官、そして法曹を目指す人いずれにとっても有意義だろう。

関連!? 裁判官と弁護人の立場を比較したエントリ
一緒に読むともっと面白い「刑事裁判の心」と「無罪事例集」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常

*1:伝聞法則がないので、刑事より重要性が落ちる

*2:メール、書面、写真、ビデオ等

*3:後で撤回できなくして

*4:ケースバイケースで、ここで畳み掛ける人や、「嘘でした」と認めさせる人もいるが、この辺りは各尋問者の「名人芸」である。

*5:依頼した弁護士の訴訟のやり方は裁判官からどう見える? ー 裁判官の「本当の気持ち」と向き合ってますか? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常参照

*6:典型的には、職務行為が違法だから公務執行妨害罪にならないだとか、覚せい剤の鑑定書が違法収集証拠だから排除されるべきとか、捜査段階でした自白は違法な取調によるものであり任意性がないとかである。

*7:一般に

*8:幕田英雄「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」533頁

*9:聞いた範囲では、A検事に三、四回、B検事に二、三回の計五、六回といういうなかなり多い回数の人もいるそうな

*10:検事がちょっと嫌な顔をしたのが傍聴席からも分かった。

*11:消極的なものを含む

*12:虚偽自白した無罪の人や、違法な職務行為への公務執行妨害罪ならまだよいが

*13:後者にご興味のある方は、ぜひ、本書を購入されることをオススメします。DVD付きで3500円+税です。

*14:多分

*15:「熱い」刑法の基本書〜「捜査実例中心 刑法総論解説」 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常の著者。良い本を書かれます。

*16:実況見分調書の建物の長さに矛盾があった場合

*17:幕田英雄「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」503頁

*18:幕田英雄「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」533頁

*19:第一回尋問

*20:第二回尋問

*21:幕田英雄「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」519頁

*22:幕田英雄「実例中心 捜査法解説―捜査手続から証拠法まで」532頁