- 作者: 糸緒思惟,小路あゆむ
- 出版社/メーカー: 一迅社
- 発売日: 2011/03/19
- メディア: 文庫
- 購入: 2人 クリック: 1,267回
- この商品を含むブログ (28件) を見る
注:いつものことながら、本エントリ*1特に後半で「5年2組の吸血鬼」のネタバレをしておりますので、予めご了承下さい。先に購入されることをオススメいたします。
1.五年二組の吸血鬼とは
上原翔は、流離木小学校五年三組の普通の男の子。
クラスメイトの西本万里衣から、廃屋の探検をもちかけられ、家の隣にある洋館に忍び込むと、地下室の棺桶の中には全裸の幼女、松沢桃子がいた。桃子やその友人の紗理と全裸で王様ゲームをしていると、翔は吸血鬼にさせられて…
というけしからんストーリーと、挿絵がもっとけしからんということで、一部の心ある紳士が一生懸命現物の差押及び検証を実施しているライトノベル*2である。
2.翔は住居侵入罪?
(1)住居と邸宅の違い
翔は、万里衣にけしかけられて洋館に侵入しているが、住居侵入罪にならないか?
刑法第130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
刑法130条は、住居侵入罪を定める。
ところで、住居侵入罪は、「住居」に侵入する場合と、「邸宅」に侵入する場合で、扱いを異にする。要するに、住居に入ったら看守してなくともアウトだが、邸宅の場合、看守している邸宅に侵入してはじめて有罪なのである。
ここでいう、「邸宅」は、日常語の「でっかいお家」ではない。人が住むために建てられた建物のうち、現在居住のために使われていないものである*3。 要するに、空き家やシーズンオフの別荘のようなものである。
例えば、日常的に人が生活している家(住居)であれば、戸締りをわすれてちょっと外出する等の「看守」をしないこともあるだろう。だからといって、「入り放題」というのはおかしいので、「住居」は侵入したら住居侵入罪とした。
これに対し、「邸宅」つまり空き家等は、住居と比べて保護の必要性が低いので、看守されているのにもかかわらず、あえてそこに入った場合にはじめて住居侵入罪(邸宅侵入罪)で処罰するという立法になっているのである。
(2)洋館は住居か?
では、この洋館は住居か、邸宅か?
ここで、屋敷が、誰も住んでないお化け屋敷*4ということであるから、基本的には「邸宅」と考えてよさそうである。しかし、桃子が住んでいることにより、住居にならないか。
どうも、桃子はこの家の正当な主人ではなく、1年くらい前に突如目覚めたらこの町にいた*5とのことである。このような、「不法占拠者」がいることで、邸宅は住居となるのか?
この点、住居侵入罪は住居の平穏を保護するものだというかつての判例の考えに基づき、賃貸借関係終了後に元賃借人が占有を続けていた家に、賃貸人が侵入した事案で住居侵入罪を認めた判例がある*6。要するに、占有が正当か否かを問わず、平穏さえ害すれば、住居侵入罪として十分というものである。
しかし、近時の判例は、平穏を害するかではなく、「管理権者の意思に反する立ち入りを禁止することで、管理権者が持つ誰を入れるかの許諾の自由を守る」という考えに移行した*7。判例変更後の適切な先例は見つからなかった。
*8居住権者として「誰を家に入れるべきか」の判断の自由が刑法でもって保護されるのは、不法占拠者ではなく、正当な権利者と考えるべきだろう(そう考えた場合でも、正当な権利者が「看守」さえしていれば、邸宅として保護の対象になるのだから、勤勉な権利者の保護に欠けることにはならない。)空き家を看守せず不法占拠者が入ったら、邸宅よりももっと保護の厚い「住居」になるというのはにわかに納得できる話ではないのであって、正当な権利者が「居住」する場合のみ「住居」となると考えるべきだろう。
よって、不法占拠者である桃子がいても、なお洋館は邸宅である。
(3)「看守」しているか
では、この「邸宅」である洋館は看守しているか。看守していれば、翔の行為が邸宅侵入罪となることから、看守の有無が問題となる。
ここで、看守とは、必ずしも人が現実にいる必要はなく、物理的に立ち入れなくする方法でもよい。しかし、「単に戸締りをしただけとか立ち入り禁止の立て札を立てただけというようなものは管理・支配の実効性がなく、人が看守するものとは言えない*9」とされている。
本件では、入り口の戸締りはあるが「開いている窓*10」があり、管理・支配の実効性がない。よって、「看守」はないと解するのが妥当だろう。
ここで、興味深いのは、
「あの屋敷、結界なんか張られていたのか!?」
(中略)
「はい、桃子さんはどうやら人払いの呪法を用いていたようですね。」
糸緒思惟「五年二組の吸血鬼」172頁
つまり、桃子が心理的に人を寄せ付けないようにしていた。これは「看守」なのか?
そもそも、看守の要件は、保護が相対的に低い「邸宅」について管理権者が実効的に立入を禁止する措置を取っている場合には刑法で保護しようというものである。偶然第三者が入室を禁止していても、管理者本人が適切な措置を取っていなければなお保護の必要性は低い。そこで、依然として「看守」はないと考えるべきだろう。
以上より、翔に住居侵入罪ないし邸宅侵入罪は成立しない*11。
3.助かったと思うと出てくる軽犯罪法
やれやれ、助かったと思うと、軽犯罪法が出てくる。
軽犯罪法第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する*12。
(中略)三十二 入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入つた者
軽犯罪法1条32号は、看守が不十分な邸宅や建造物への侵入が住居侵入罪等にならない場合に成立する犯罪である*13。
例えば、原爆ドームに侵入した被告人が、「原爆ドームは建造物でない」と争った事例で、裁判所は、確かに建造物ではないが、立入は禁止されていたとして、 軽犯罪法1条32号の罪の成立を認めた*14。
そこで、洋館は少なくとも 入ることを禁じた場所であり、翔には軽犯罪法違反が成立する。
ところで、翔は小学五年生であり、明らかに14歳未満である。
刑法第41条 14歳に満たない者の行為は、罰しない。
このような翔は14歳という「責任年齢」に満たないので、刑事責任を問われない。このような14歳未満で犯罪を犯してしまった者は触法少年と呼ばれる。
触法少年はどのように処遇されるか。これは少年法の問題である。
少年法第3条 次に掲げる少年は、これを家庭裁判所の審判に付する。
1.罪を犯した少年
2.14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年
3.次に掲げる事由があつて、その性格又は環境に照して、将来、罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をする虞のある少年
イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること。
ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと。
ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し、又はいかがわしい場所に出入すること。
ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること。
2 家庭裁判所は、前項第2号に掲げる少年及び同項第3号に掲げる少年で14歳に満たない者については、都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けたときに限り、これを審判に付することができる。
触法少年は、都道府県知事又は児童相談所から事件が家庭裁判所に送られて初めて家庭裁判所の審判に付される(少年法3条2項、3条1項2号)。
少年法第24条 家庭裁判所は、前条の場合を除いて、審判を開始した事件につき、決定をもつて、次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし、決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については、特に必要と認める場合に限り、第3号の保護処分をすることができる。
1.保護観察所の保護観察に付すること。
2.児童自立支援施設又は児童養護施設に送致すること。
3.少年院に送致すること。
そして、原則として、保護観察という形で家庭内で見守るか又は児童自立支援(養護)施設に送ることになる。もっとも、「特に必要と認める」場合には、少年院に送ることができる(少年法24条1項各号)。
実際には、重大犯罪や、犯罪自体は軽くても、*15その後大きな問題につながりかねない場合以外は、触法少年について都道府県知事又は児童相談所から事件が家庭裁判所に送られることは普通はない。 本件では、軽犯罪法という軽い犯罪であるから、その危険は低いだろう。
これが全件送致主義といって必ず家庭裁判所に送られる、14歳以上の未成年では状況が違う。「中学三年二組の吸血鬼」でなくてよかった*16。
4.ところがどっこい「虞犯」少年
ところが、翔は全然安心できないのである。
大人については、犯罪をしたかどうかだけが問題だが、少年については、 犯罪が成立しなくとも、そのおそれ(漢字は「虞れ」)があるだけで、処分を下せるのである(少年法3条1項3号)*17。
これが、虞犯(ぐはん)というもので、
イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること。
ロ 正当の理由がなく家屋に寄り附かないこと。
ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し、又はいかがわしい場所に出入すること。
ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること。
のいずれかがあって、かつ、「その性格又は環境に照して、将来、罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をする虞のある少年」について処分できるのである。
翔は、蝙蝠の翼を生やして家を抜け出しては、夜な夜なプールで全裸水泳大会をしたり、公園で女の子三人がオシッコをするのを観察したりと、「ロ 家屋に寄り付かない」。
しかも、女の子に命令してほぼ全裸でジュースを買わせ、コンビニ店員を狂わせるだとか、警察官に邪気眼*18を使うといった「ハ 犯罪性があり不道徳」な桃子と交際している。
しかも、翔が「将来犯罪を犯すおそれ」は高い。
ここで、判例は、虞犯性、つまり、罪を犯すおそれについて、ある程度具体性をもった犯罪の蓋然性(危険性)があることを要する*19とする。
しかるに、原作であるsol-fa-soft*20の「となりのヴァンパイア」では、普通にあんなことやこんなことが起こっている*21。
刑法第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
13歳未満の女子相手であれば、合意があっても強姦罪である。翔が強姦という犯罪を犯す危険は極めて高く、また、具体的である。
まとめ
翔は軽犯罪法違反の「触法少年」であると同時に、強姦罪を犯す虞のある「虞犯少年」である。
触法少年も虞犯少年も、14歳未満の少年は、都道府県知事*22が家裁に送るかを決める。都道府県知事はこんな強大な権限を持っており、送られれば翔の処分は免れないだろう。
ロリコンはけしからんと言っている某知事が翔を家裁に送らないか、心配である。
*1:法的考察のつもりですが、考察になっているかは…
*2:同人ロリゲーのノベライズ
*4:19頁
*5:185頁
*6:大判昭和3年2月14日新聞2866号11頁
*8:住居権説をとったからといって必ずしも正当な居住権者である必要はないとする学説もあるが
*10:20頁
*11:なお、看守を肯定したり、住居性を肯定する場合、桃子が客として翔を招いた、つまり侵入を認めたことが犯罪成立を否定しないか問題となる。この点、看守者の指揮監督の下に単に事故防止のため監視に当たっている一時的留守番の如きは、その建物について管理権がなく、右建物に他人をして入居させることを許す権限がないものであるから、例え一時的留守番の同意を得て入居したとするも、看守者本人の意志に反することが明らかな状況であれば、本罪が成立する(大阪高判昭和34年5月29日下刑集1巻5号1159頁)という判例からは、ましてや不法占拠者の桃子がオッケーしても犯罪は成立するだろう。
*12:なお、十五 号は、「官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称し、又は資格がないのにかかわらず、法令により定められた制服若しくは勲章、記章その他の標章若しくはこれらに似せて作つた物を用いた者」と規定しており、コスプレの際は注意が必要である。
*13:「補充関係」といわれる。例えば大塚他「大コンメンタール刑法第7巻」268頁
*14:広島地判昭和51年12月1日刑月8巻11・12号517頁
*15:家庭内に重大な問題を抱えていて
*16:まあ、「15だったら興味ねぇよ」という筋金入りの「ロ」の人も本書の対象読者層には多いでしょうから、これは現実にはないのでしょうが。
*17:要するに、大人は自己の犯罪について責任を負う場合だけ刑務所に送られるが、少年院や児童養護施設は刑罰を受けるところではなく、教育・更生させるところだから犯罪にならなくとも処分が可能という考え方である。
*18:?
*19:名古屋高判昭和46年10月27日家裁月報24巻6号66頁
*20:そるふぁそふと
*21:絶賛18禁なので、hを抜いておきます。ttp://www.solfa.jp/27/