アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

インハウスローヤーの仕事が気軽に分かる「小説企業内弁護士」

小説 企業内弁護士―もし弁護士が企業で働いたら

小説 企業内弁護士―もし弁護士が企業で働いたら

1.社内弁護士の仕事は?
  インハウス・ローヤー。企業で働いている弁護士である。アメリカ等ではかなりのローヤー資格を持った方が法務部等で活躍されているが、日本では比較的少ない。未だ数百人のオーダーの少数派と言われる。
  インハウスの少なさの理由の一つは、「インハウス」がどういう仕事をしており、どういうところにやりがいを見いだし、悩みを抱えているかが分かりにくいというところだろう。そのため、そういう点がクリアになりさえすればインハウスとして大活躍できる有能な人材が、弁護士事務所のみを志望し、企業に来ないという状況が一定程度あるのではないか*1


  私も、ロースクール生や修習生等から、インハウスってどう? と質問されることが多く、芦原先生の「『社内弁護士』という選択」を薦める
「社内弁護士」という選択 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
と共に、私が周りから聞いているお話をお伝えしているが、「ある程度気楽に読めて、かつ、情報量としてまとまっている」本がなかなかないのが実情であった。


 ここで、最近発売された、中根敏勝先生の「小説企業内弁護士ーもし弁護士が企業で働いたら」は、組織内弁護士のご経験のある中根先生が、小説形式で企業内弁護士の生活を紹介されており、まさに、この意味で優れた一冊である。


2.気楽に分かるインハウスの仕事
  主人公はメガバンクの法務部で勤務するアラサー女子の茜弁護士。
 インハウスでありそうなエピソードを取り上げる各章が緩やかに繋がっており、短編小説集というイメージだ。
  各章のテーマは、主にインハウスが共通で抱える悩みと、平成23年夏時点の法務部におけるホットなトピックで構成されている。
  前者としては、上司の命令に従う必要のある「従業員」としての立場と、一人の弁護士としての立場の相克とか、どこまでを法務部内で「内製化」しどこまでを外部事務所に「外部委託」するのか*2、従業員からの個人的相談への対応、弁護士の異動と転職といった、古くて新しい問題が取り上げられている。
  後者としては、東日本大震災を踏まえたBCPのあり方IFRSの導入、上場会社法といった問題がある。
  もちろん、小説であって法律書でははないし、法律論としてそのテーマを論じ始めればそれだけでそれぞれ一冊の本になる。そこで、各テーマに関する法律論の詳細を論じるというよりも、企業がどういう問題意識を持っているのかの概観とインハウスの視点が触れられているという感じとお考えいただいて良いだろう*3。このような企業の問題意識や社内弁護士の視点は、いずれもインハウスを選択肢として考えているロースクール生や修習生にとって興味深いものと思われる。


 主人公の茜弁護士のキャラは、「妄想」を繰り返す*4、「新しい出会いに積極的だが、最近は若い子に美味しいところを取られる」*5といった設定であり、特定のモデルはない*6そうであるが、どこかに居そうなキャラだなぁという感じである*7
  茜弁護士に好感が持てれば、最後まで楽しめるのではないか。


3.別の楽しみ方も
 もちろん、ロースクール生や修習生が純粋に本書を楽しむというのが、出版サイドの意図と思われるが、現在法務部にいらっしゃる方や、インハウスの方は、別の楽しみ、つまり、「あるある」「ないない」等とツッコミを入れるという楽しみ方がある。


 茜弁護士が、弁護士のバッチを持っているけれども給料が大手・外資系事務所のような高給取りではなく、同期入行と大きく給料が違わず、単に資格手当分少し高いだけ*8というのは「あるある」だし、名刺に弁護士と書くか等の名刺問題も、特にインハウス慣れしていないところだと「あるある」だ。


  ただ、多分著者の中根先生が金融機関のインハウスを経験され、また、現在のお客さんもほとんどが一流企業だからだと思うが、

社内弁護士が辞職を選択せざるを得ないような違法性の強い事案に直面するような事態は、法務部を持つようなコンプライアンス意識の高い会社にとっては、極端に例外的
中根敏勝「小説企業内弁護士ーもし弁護士が企業で働いたら」14頁

という一節がある。
 これは、いわゆる一流上場企業では全くその通りであるが、最近インハウスの募集が増えてきた*9「上場目指すベンチャー企業における一人法務部の法務部長である弁護士」の場合、法務部はあってもそういう問題が「極端に例外的」と言い難い場合もあるのではないだろうか?


 なお、例えば、茜弁護士の勤める開福銀行は、大手銀行が合併してできた銀行で、茜弁護士は一期入行ということであるが、「一期生だと、リクルート時に元々どこの銀行採用かが未だに問題になってるんじゃないかな」とか、そういう妄想も*10膨らむ。

まとめ
「小説企業内弁護士」は、ロー生や司法修習生がインハウス・カウンセルとしての生き方を手軽に知ることのできるという意味で優れた著作である。
 また、既に内部事情を知っている人にとっても、「あるある」「ないない」といって突っ込んで楽しむことができ、その意味でも楽しみは広がる。

*1:もちろん、「弁護士としては優秀だがインハウスが向かない人」もいることは事実であり、全ての人がインハウスになるべきというつもりもない。

*2:「簡単で単純だから外部委託」という部分は間違いなく競争が激しくなるので弁護士事務所は、それ以外を委託されるよう質を磨く必要があるなぁと改めて思ったり。

*3:なお、茜弁護士に聞くというコーナーで、法律論等の補足もなされている。

*4:11頁、65頁等

*5:6頁

*6:iii頁

*7:弁護士と聞いた一般男性に「ドン引き」されるという話が多数書かれているが、中根先生の周りの女性弁護士の実話??

*8:会社によってこの「少し」がどの程度かがかなり違うが

*9:私の感覚では3〜5年目位の弁護士、特に大手でパートナーになれないんじゃないかと不安になっているアソシエイトに電話を掛けてヘッドハントするパターンに、少なからずあるのではないかと思っているが、どうだろう?

*10:たすき掛け人事とかをやっていたら特に