アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

刑訴ガール第6話〜二人きりの研究室〜平成22年設問2

事例演習刑事訴訟法 (法学教室ライブラリィ)

事例演習刑事訴訟法 (法学教室ライブラリィ)



注:刑訴ガールは、司法試験過去問をライトノベルで解説するプロジェクトです。舞台は架空の法科大学院であり、ロースクールに行っても、刑訴ガールはいません。



「ねえ、つきあってよ。」顔が、近い。かすかな香水の香りが、脳を刺激する。急に、胸の鼓動が大きくなる。まるで、自分の体全体が心臓になったかのようだ。



えっと...。



「ここじゃ、なんだから、研究室まで来てくれる?」ロビン先生は、そう言うと、眼鏡を押し上げた。



ロビン先生の刑事訴訟法の授業終了後、壇上から、ロビン先生に呼び寄せられた。壇上のロビン先生と壇の下の僕は、顔がほぼ同じ高さになる。事情がよく分からないまま、僕は、ロビン先生の研究室のソファーで、お茶を飲んでいる。隣に座るロビン先生が、ほとんど肩が触れそうな距離にいる。



「いろんな授業を通して、あなたしかいないと思ったのよ。」僕、何かしたかなぁ。




「現状を理解した上で、それに盲従せず、自分の頭で考えるところ、そして、権威に対しても、言うべきところは言うところ。もう、ピッタリだとおもって。」ロビン先生は、そういう人がタイプなのかぁ。



「既に、あなたのスペースも準備しているわ。」即同居前提ですか?



「私、あなたにパートナーになって欲しいの。」こ、告白された。


ロビン先生、僕...。



「そうはさせないわ! 」と、突然室内に現れたのがひまわりちゃん。



「教師の権限を濫用して、ひまわりちゃんの助手をたぶらかして不純異性交遊をしようなんて、そうはいかないんだから! こいつはひまわりちゃんのものなんだから、絶対に、誰にも渡さないわ!」指を突き出して、決め台詞を吐く。なんか、僕の意思、関係ないよね。


「あら、二人とも、仲が良さそうで何よりね。あなたが、噂の彼女ね。私の授業を窓の外で聞いているのは知ってるわ。」全く動じないロビン先生。



「か、彼女なんかじゃないわよっ! こいつが刑訴ができないから、かわいそうだから、ちょっと教えているだけなんだから!」


「刑訴の実力アップを期待してるのなら、ひまわりさんにとってもいい話よ。今、ロースクールを出た後、博士後期課程に来ないかって、話をしているところなのよ。ちょうど私の個室の隣に、院生用スペースもあるから、私も頻繁に個別指導、してあげるわ。」


あれ、先生、つき合ってって、言ってませんでしたっけ?


「そうよ、相談があるから、授業後に、ちょっと研究室までつき合って欲しかったのよ。私と一緒に、刑事訴訟法を学びましょう! 私たちがパートナーとして共同研究をすれば、きっと、理論と実務を架橋する、良い研究ができるわ!」



「そ、そんな、お、おとり捜査で、ひまわりちゃんをあぶり出すなんて、刑訴学者のくせに適正手続にももとるわ。」ロビン先生に挑発されて、「ひまわりちゃん」のもの宣言までさせられたのがよっぽど悔しかったのか、リサさんに対するよりも、辛辣な台詞を吐く、ひまわりちゃん。



「あらあら、二人とも、仲良くしないとだめじゃないの。こういう捜査であぶり出されるところからは、ひまわりちゃんの『気持ち』は丸わかりよね。」といいながら、現れたのがリサさん。今日は思いっきり、婦警コスプレだ。



「リサさん、ひまわりが大事な話をしているんだから!奇抜な格好をして割り込まないでください!」



「うふふ、ひまわりさんは、おとり捜査を適正手続にもとる違法捜査と主張しているようだけど、本当なのかしら? 現代型の犯罪は、組織的で、密行性が高いところ、おとり捜査は、そのような容易に証拠をつかめない犯罪の証拠を獲得してこれらを摘発し、治安を維持するための、効果的な方法ではないのかしら?」



「『治安維持』なんてマジックワードで捜査が正当化できるなら、刑事訴訟法は要らないわ。今ひまわりちゃんがやっている具体的事例があるから、おとり捜査がどんなものか、教えてあげるわ。」



「あら、こういう実務、私興味があるわ。その議論に、ぜひ、私も混ぜて下さらない。」ロビン先生も目を輝かせて、2人の間に乱入する気まんまんだ。


Pらは,更なる内偵捜査により,A組とは対立する暴力団B組に属する乙が,以前に 甲からけん銃を入手しようとしたものの,その代金額について折り合いがつかずにけん銃を入手 できなかったため,B組内で処分を受け,甲及びA組に対して強い敵意を抱いているとの情報を入手した。 そこで,Pは,同年6月5日,乙と接触し,同人に対し,もう一度甲と連絡を取ってけん銃を譲り受け,甲を検挙することを手伝ってほしい旨依頼したところ,乙の協力が得られることとな った。この際,Pは,乙に対し,電話で甲に連絡をした際や直接会って話をした際には,甲との 会話内容をICレコーダーに録音したいこと,さらに会話終了後には,引き続き,乙にその会話 内容を説明してもらい,それも併せて録音したい旨を依頼し,乙の了解を得た。同月7日午前11時ころ,乙は,乙方近くのE公園において,自らの携帯電話から甲の携帯電 話に電話をかけ,甲に対し,「前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入したい。もう一 度話し合いたいんだ。」などと言い,甲から,「分かった。値段が張るのはやむを得ない。よく考 えてくれよ。」などとの話を引き出した。乙の近くにいたPは,この会話を乙の携帯電話に接続し たICレコーダーに録音し,さらに,同会話終了後にされた「自分は,平成21年6月7日午前 11時ころ,E公園において,甲と電話で話したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話 合いに応じてくれた。明日午後1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることに なった。」という乙による説明も録音した[録音1]。翌8日午後1時ころ,待ち合わせ場所のF喫茶店において,甲と乙は,けん銃の譲渡について 話合いをした。その際,甲と乙は,代金総額300万円でけん銃2丁を譲渡すること,けん銃は 後日乙の指定したマンションへ宅配便で配送すること,けん銃の受取後,代金を直接甲に支払うことなどを合意するに至った。隣のテーブルにいたPは,このけん銃譲渡に関する会話をICレ コーダーに録音し,さらに,甲が同店を立ち去った後にされた「自分は,平成21年6月8日午 後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってく れることになった。けん銃2丁は宅配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代 金300万円は後で連絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」という乙による説 明も録音した[録音2]。

3 翌9日以降,Pらは,乙がけん銃を受け取ったことを確認し次第,甲をけん銃の譲渡罪で逮捕 し,関係箇所を捜索しようと考え,度々乙と電話で連絡を取り,甲からけん銃2丁が配送されて きたか否か確認を続けた。しかし,同月14日午後9時ころ,Pらは,乙が電話に出なくなった ことから不審に思い,乙の生命又は身体に危険な事態が発生した可能性があることからその安全 を確認するため,乙方マンション管理人立会いの下,乙方に立ち入ると,乙が居間において,頭 部右こめかみ付近から出血した状態で死亡しているのを発見した。乙の死体付近にはけん銃2丁 が落ちており,その近くには開封された宅配便の箱があり,その中を確認するとりんごが数個入 っていた。また,机上には乙の物とみられる携帯電話1台があった。Pらは,甲によるけん銃譲 渡の被疑事実について,裁判官から捜索差押許可状の発付を得た上で,発見したけん銃2丁及び 携帯電話1台を押収した。さらに,Pらは,押収した乙の携帯電話の発信歴や着信歴を確認した が,すべて消去されていたため,直ちに科学捜査研究所で,消去されたデータの復元・分析を図 った[捜査3]。その結果,頻繁に発着信歴のある電話番号「090-7274-△△△△」が確 認され,さらにこの契約者を捜査すると丙女であることが明らかとなった。なお,Pらは,乙方 では遺書等を発見できず,押収したけん銃2丁には乙の右手指紋が付着していたものの,乙が死 亡した原因を自殺か他殺か特定できなかった上,捜査の必要から,乙死亡についてマスコミ発表 をしなかった。また,宅配便の箱に貼付されていた発送伝票の発送者欄には,住所,人名及び電 話番号が記載されていたが,捜査の結果,それらはすべて架空のものであることが明らかとなっ た。

4 翌15日午後7時ころ,Pらが乙の携帯電話を持参して丙女方を訪ねると,丙女は,当初は乙 を知らないと供述したものの,Pらが乙の携帯電話の電源を入れ,丙女の携帯電話番号の発着信 歴が頻繁にあったことを告げると,ようやく,乙と約2年前から交際していたことを認め,乙か ら,今回警察の捜査に協力していることやそのためにA組の甲からけん銃を譲り受けることを打 ち明けられていたなどと供述した。そのような事情聴取を継続中に,突然,乙の携帯電話の着信 音が鳴った。Pらは,着信の表示番号が以前に乙から教わっていた甲の携帯電話番号であったの で,甲からの電話であると分かり,とっさに,丙女から,電話に出ること及び会話の録音につい ての同意を得た上で,丙女に電話に出てもらうとともに,乙の携帯電話の録音機能を使用して録 音を開始した。すると,甲と思われる男の声で,「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおり りんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」との話があり,丙女が,乙が死亡 してしまったこと,自分は乙の婚約者であることを告げると,甲と思われる男は,「婚約者なら乙 の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」などと強 く言ってきた。Pがメモ紙に代金は警察が用意するので待ち合わせ場所を決めるようにと記載し て示すと,丙女は,その記載に従って,「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。 待ち合わせ場所を指定してください。」などと言い,同月17日に甲とF喫茶店で待ち合わせるこ とになった。Pは,電話終了後,乙の携帯電話の録音機能を停止して再生し,丙女と甲と思われ る男の会話内容が録音されていることを確認した[録音3]。

5 同月17日午後3時ころ,丙女がF喫茶店に赴いたところ,甲が現れたので,Pらは,甲をけ ん銃2丁の譲渡罪で緊急逮捕した。

甲は勾留後,否認を続けたが,検察官は,本件けん銃2丁,甲乙間及び甲丙女間の本件けん銃 譲渡に関する[録音1],[録音2]及び[録音3]を反訳した捜査報告書【資料】,丙女の供述等



を証拠に,同年7月8日,甲をけん銃2丁の譲渡罪で起訴した。 被告人甲は,第一回公判期日において,「自分は,乙に対してけん銃2丁を譲り渡したことはな

い。」旨述べた。その後の証拠調べ手続において,検察官は,「甲乙間の本件けん銃譲渡に関する 甲乙間及び甲丙女間の会話の存在と内容」を立証趣旨として,前記捜査報告書を証拠調べ請求し たところ,弁護人は,不同意とした。



(中略)


〔設問2〕 【事例】中の捜査報告書の証拠能力について,前提となる捜査の適法性を含めて論じ なさい。



【資料】
捜査報告書
○○県□□警察署
司法警察員 警視 P 殿
○○県□□警察署
司法警察員 巡査部長
被疑者
(本籍,住居,職業,生年月日省略) 上記の者,平成21年6月17日,銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件の被疑者として
緊急逮捕したものであるが,被疑者は,乙及び丙女との間で電話等による会話をしており, その状況を録音したICレコーダー及び携帯電話を本職が再生して反訳したところ,下記 のとおり判明したので報告する。

1 平成21年6月7日午前11時ころ~午前11時5分ころ,電話による通話等
(1)乙 「もしもし,乙ですが,この間は申し訳なかったね。」
「やはり,物必要なんだ。前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入し たい。もう一度話し合いたいんだ。」
甲 「今更何言ってるの。物って何のことよ。」
乙 「とぼけないでくださいよ。×××のことですよ。」
甲 「前は,高過ぎるとか,ほんとに良い物なのかとか,うるさかったじゃない。うちのは××××とは違うんだよ。」
乙 「悪かったね。やはりどうしても欲しいんだ。助けてほしい。」
甲 「分かった。うちの回転×××の×××は物が良いので,値段が張るのはやむを得ない。よく考えてくれよ。」
乙 「よく分かったよ。明日1時に前回と同じF喫茶店でどうだい。」
甲 「分かった。明日会おう。」
ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
(2)乙 「自分は,平成21年6月7日午前11時ころ,E公園において,甲と電話で話 したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話合いに応じてくれた。明日午後 1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることになった。」
との話が 録音されていた。
2 同月8日午後1時ころ,F喫茶店における会話等
(1)乙 「お久しぶり。この前は悪かったね。」
甲 「だから,この間の条件で買っておけばよかったんだよ。うちの条件は前回と同じ,1丁150万円,2丁なら×××××,物がいいんだからびた一文負けられないよ。」
乙 「分かったよ。それでいいよ。物どうやって受け取るんだい。」
甲 「うちのやり方は,直接渡したりはしないんだ。そこでパクられたら,所持で逃げようないからね。あんたのマンションへ宅配便で送るよ。りんごの箱に入れて,一緒に送るから。受け取ったら,×××渡してくれよ。場所はまた連絡する。」
乙 「それでいこう。頼むね。」
ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
(2)乙 「自分は,平成21年6月8日午後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。 甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってくれることになった。けん銃2丁は宅 配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代金300万円は後で連 絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」との話が録音されていた。
3 同月15日午後7時15分ころ~午後7時20分ころ,電話による通話
甲 「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおりりんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」
丙女「私は,乙の婚約者の丙女です。乙は死んでしまいました。」
甲 「ええ。死んだ。本当かよ。どうして死んだんだ。××か。」
丙女「分かりません。でも,遺書はありませんし,近くにけん銃が落ちていました。」
甲 「それはお気の毒だ。でも物は届いたんだろう。それなら,あんたが代わりに300万円払ってくれ。」
丙女「そんなお金は持っていません。」
甲 「婚約者なんだろ。婚約者なら乙の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」 丙女「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。待ち合わせ場所を指定してください。」
甲 「本当に用意できるのか。それじゃあ。明後日の17日午後3時,F喫茶店に金を持ってきてくれ。××には言うなよ。」
丙女「分かりました。必ず行きます。」
ここで甲丙女間の会話が終了した(なお××部分は聞き取れず)。


「おとり捜査の定義は?」


捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する捜査方法*1


「そうね。最高裁判事も言っているように、人を犯罪に誘い込んだおとり捜査は、正義の実現を指向する司法の廉潔性に反するものとして、特別の必要性がない限り許されないと解すべきよ*2。」今日もノリノリのひまわりちゃん。


「あらあら、それは排斥された少数意見ではなくって? この見解だと、おとり捜査が侵害する法益を看過することにもなる*3、畢竟独自の見解に過ぎないのではなくて?」一喝するリサさん。



ひまわりさんのように、法益侵害の側面に着目することなく、司法の廉潔性や捜査の公正に着目する見解もあるけれど*4、むしろおとり捜査が生む法益侵害という観点に着目する見解が有力よね。この中では、『犯罪が創出され、三者の保護法益が害される』というところに着目する見解と、『おとり捜査の相手方の権利、例えば人格的自律権が制約される』というところに着目する見解が分かれているのよ*5。」ロビン先生の見解の整理能力が高いのは、シェイカー先生とのオムニバス講義で鍛えられているからかなぁ。


「あらあら、おとり捜査の相手方の人格的自律権が害されるという見解は取れないのではなくて? 犯罪を行うかは、捜査の相手方が自分で決めたことだし、憲法の議論でも、犯罪を行う自由まで、憲法13条の保護範囲に入っているという見解は少数派よね*6。」



「リサさんのいうことももっともで、むしろ一般公衆を含めた*7三者(被害者)の法益侵害を検討すべき*8という見解も有力ね。」


「で、あんたはどう考えるのよ?」突然僕に振られる。


犯罪を犯す権利そのものはなくても、犯罪を含めた行為一般について、「国家に騙されて行為させられない」という利益は、法的保護に値すると思うけどなあ。



「うふふ、そうすると、おとり捜査はどういう場合に違法になるのかしら。」



確か最高裁の姿勢は明確ではない*9ので、下級審の多くの裁判例が採っている犯意誘発型は違法で、機会提供型は適法という、いわゆる二分論の枠組みで考えようかなと*10



「「「あちゃ〜...」」」急に澱み出す空気。



「授業でまだ取り上げていないのが悪いんだから、ここは私がきちんと『個別指導』しないとね。そもそも、『犯意』という言葉から分かるように、問題は『故意』ではなく、相手方が働きかけ以前に持っていた、犯罪傾向(predisposition)なのよ。犯意誘発型と機会提供型の区別は、アメリカの判例に影響されているけれど、相手方の主観を基準に、そういう犯罪傾向(predisposition)がある者に対する働きかけるは捜査の公正や司法の廉潔性を害さないという意味で、ひまわりさんのいう司法の廉潔性や捜査の公正に着目する見解と結びつきやすい傾向にあるわ*11。」ソファーで隣同士に座っていても、身長差のため、上目遣いになるロビン先生。こういう指導を受けるのもいいかもなあ。



「二分論が下級審でポピュラーなことを考えると、ひまわりの司法の廉潔性説ってそんなに捨てたものじゃないことも分かったかしら? あんたの見解から素直に検討するならば、まずは、おとり捜査が強制捜査か、任意捜査かを判断して、任意捜査なら、必要性、緊急性を踏まえて相当かを判断することになるわね。」



「うふふ、もちろん、犯罪傾向(predisposition)がない人は、その人に対してわざわざ働きかけまでして摘発する必要性や緊急性がないと言えるから、その意味で、犯罪傾向(predisposition)が無関係という訳ではない*12けれど、おとり捜査への規制根拠を法益侵害ととらえる場合には、犯意誘発型と機会提供型という類型論にそのまま持って行くと、違和感があることには注意が必要ね。」



そうすると、おとり捜査は任意捜査、となるだろう。


「うふふ、どういう思考過程をたどって、その結論に至ったのかしら?」



最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁の枠組みでは、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容されることが相当でない手段を強制処分とするところ、その意味は*13、本人に身体、住居、財産等の重要な利益があれば、原則として処分の受忍を拒絶できるところ、例外的にその意思に反する処分をする場合には、法律の根拠(197条1項但書)が必要(強制処分法定主義)であり、そのような処分には令状主義憲法33条、35条)も働く*14ということ*15


「で、あんたの規範を、おとり捜査にあてはめると、どうなるのよ?」


利益の重要性は、リサさんが指摘したとおり、争いがあるところで、重要とまで言えないかもしれない。仮に重要だとしても、本人が最後は犯罪を行うことに同意している以上、意思に反するとまで言えるか疑問。その意味で、任意捜査と考える*16



「昭和51年最決の枠組みでは、ある捜査が仮に強制処分ではないとしても、それで終わりではなくて、任意処分としての適法性を考えないといけないわね。任意処分の程度が高いと強制処分になるといった単純な理解をしている学生さんもいるけど、そうすると、任意処分としての適法性という問題意識が欠落してしまいがちだから、気をつける必要があるわね*17。」



昭和51年最決は、必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものかという規範を立てており、おとり捜査に具体的にあてはめれば、おとり捜査をするべき必要性、緊急性と、おとり捜査によって侵害される法益を衡量して、それが相当かを判断することになるのだろう。



「うふふ、私のように、第三者法益侵害を重視すれば、おとり捜査によって侵害される法益も第三者法益ということになりそうね。あなたのように、相手方の法益侵害を重視すれば、おとり捜査によって侵害される法益は、相手方の法益になりそうね。」



「最決平成16年7月12日刑集58巻5号333頁は、薬物事犯において、(1)直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、(2)通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、(3)機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことが、任意捜査として許容されるとしているところね。これがどの立場に立っているかは、学生さんからも良く質問を受けるんだけど、よくわからないというのが本当のところよ。この規範の(3)は、犯意誘発型は違法で、機会提供型は適法という枠組みと類似しているけれど、(1)や(2)という要件が付加されているから、その枠組みをそのまま受容したものではないのよ*18。あなたの立場からも、最高裁は必要性、緊急性をおとり捜査に具体的に引き直して説明したもの、と説明できそうね*19。」



「で、あんたは、本件はどう考えるのよ?」



う〜ん、拳銃譲渡は(1)直接の被害者がいない上、(2)組織性・密行性が高く、検挙が困難だよなあ。また、(3)甲は150万円であれば譲渡する意向を既に示していたのであって、甲は機会があれば犯罪を行う意思があると疑われている者と言えそうだから、任意捜査としても適法なんじゃないかな。



「うふふ、拳銃自体が生命身体への重大な侵害を加えうるものであり、社会への悪影響が大きいとか暴力団の収益源になってることから*20、摘発の必要性も高いわ*21。しかも、それまでの捜査で、甲が拳銃譲渡を行っているという嫌疑も高まっており、この点も必要性を裏付ける事実よね。」



「それまでの捜査は違法だから、この点を捜査の必要性に入れて考慮することはできないわ。」ひまわりちゃんのできる反論はこの程度に留まるだろう。




「もう1つ、捜査で重要な問題があるわね。秘密録音は可能なのかも問題よ。」ロビン先生が、話題を変える。



「秘密録音は、プライバシーという重要な権利を、その意思に反して制約するものだから、強制処分よ。」威勢のいいひまわりちゃん。



「あらあら、ひまわりさんは、今回の秘密録音が、乙や丙という対話者の一方の同意を得て行われているということを看過してるのでなくて? 最高裁も、私人間の電話中に、一方が秘密録音をすることを適法としているところ(最決昭和56年11月20日刑集35巻8号797頁)、その原審(東京高判昭和55年2月1日判タ407号58頁 )も、当事者いずれの同意もなく録音をした場合のプライバシー侵害とは程度が違うことを具体的に示しているわね*22。」


「本件に引き直して具体的に説明してあげると、甲は、乙や丙と会話をすることには同意しているのよね。そうすると、乙や丙が後で警察官Pに会話の内容を報告する可能性は常にある訳で、その意味で、(通信傍受等ではなく)乙や丙の意思により情報が外部に出ることとの関係では、会話の秘密性を放棄した、ないし受忍したものとみることができるわ。」



そうすると、適法ということか。



「あんたね、強制処分じゃないとしても、それで終わりだなんて、あるはずないでしょ。刑弁魂が足りないわよ!」


「うふふ、問題は、任意捜査としての適法性よね。ここは、録音1、録音2、録音3でそれぞれ状況が異なることに留意が必要よ。」



録音1については、メモ片によって密売の嫌疑が濃厚となる中、乙が、甲が乙に譲渡をしようとしていると説明しており、甲が拳銃を密売している嫌疑は高度だ。そこに、さっきリサさんが言っていた、拳銃譲渡の組織性、密行性と拳銃自体が生命身体への重大な侵害を加えうるものであり、社会への悪影響が大きいとか暴力団の収益源になってることを加えれば、必要性・緊急性は高く、手法としても、電話にレコーダーを接続して録音するだけでに留まってる。だから、相当だ。




「うふふ、よく出来ているわ。じゃあ、録音2は。」


録音2も、録音1で述べたことに加え、そもそも録音1の内容自体で嫌疑が加わり、しかも、録音1の内容どおり実際に甲が喫茶店に来たということは、甲が冗談ではなく本気だということだから、より必要性・緊急性が高まっている。


「ここは、問題文を見落とす学生が多いんだけど、場所が喫茶店という半ば公の場であることにも注目が必要よね。」


「うふふ、喫茶店でひまわりちゃんみたいに大声を出してイチャイチャしてたら、隣の人には会話の内容が筒抜けってことよ。こういう場所での発言は、更にプライバシーへの期待が低いとして、相当性を認めやすくなるわね。」



「な、何が大声ですって? 大声を出させるのは、リサさん、あんたのせいでしょ!」



「二人とも、恋敵なのは分かるけど、仲良く、仲良く。次は、録音3ね。」



既に乙宅で携帯電話・拳銃の捜索・差押がされていて、録音1、2の経緯と、送付方法、送付された拳銃の数等からは、甲の嫌疑は、いよいよ高まっていた。そのような必要性・緊急性のある中で、単に携帯の録音機能を使って録音しただけなのだから、相当ということかな。



「先生が見込んだとおり、よくできているわ。勝手に他人の携帯を使って通話・録音していいのかも問題になるけど、乙の携帯は差押えられたものだから、222条1項で準用される111条2項の『必要な処分』が根拠になりそうね。」



「後は、伝聞だけど、もう伝聞はあんたにさんざん教えたから、もう大丈夫よね?」


捜査報告書は、Kが作成者となっている書面で、この中に甲・乙・丙の発言が含まれている。このうち、Kについては、書面記載通りの内容かが問題となっているので伝聞。甲・乙の会話は、拳銃譲渡の謀議そのものだから、このような会話の存在が問題となっていて、内容の真実性が問題となっていないから非伝聞。甲・丙の会話も、代金支払いについての会話が存在すれば、甲乙の譲渡を推認させるので、その意味で非伝聞。これに対し、乙の説明は、乙の説明の内容が真実であってはじめて「反訳された内容の会話の存在」が裏付けられるので伝聞。


「まあまあね、『録音テープであるから知覚、記憶、叙述の過程に誤りが入り込む余地はなく、当然に 非伝聞証拠である』と断じるといった受験生によくある間違い*23をしないところだけでも誉めてあげようかしら。」


「今日の個人指導の最後ね。伝聞例外はどうなるのかな。」


Kの過程については、検証と性質が類似するので321条3項の要件を満たせばよい。
乙の説明部分は、321条1項3号の問題であり、乙は死亡しており供述不能の要件を満たす。また、甲は否認して事実を認めていないから、証拠として不可欠。更に、乙は、会話直後の記憶が新しいうちに説明しているし、*24会話内容とも一致し、また、梱包等の客観的状況とも一致するので特信情況もある*25



「本当に不可欠なの? 甲、乙、丙の会話が証拠として出せるんでしょ?」



ひまわりさんも厳しいのね。反訳文には聞き取り不能部分があって、肝心の「拳銃」という言葉は「物」ないしは×××としてしか記載されていない乙の説明による補充が不可欠*26 。」



博士過程、考えもしていなかったが、そういう進路もあるなあ。ロビン先生と二人きりで個別指導を受けるのも悪くないな、そう思った。

まとめ

実は、第5回の修正をしなければいけないのですが、どこまで大幅修正にするか踏ん切りがついていないので、まずは、修正に使えるよう、強制捜査と任意捜査の区別を説明しよう、ということで、おとり捜査メインになっています。今後、第5回の修正に伴い、第6回も修正される予定であることにご留意下さい。

*1:最決平成16年7月12日刑集58巻5号333頁

*2:最決平成8年10月18日判例集未登載における大野・尾崎反対意見

*3:古江「事例演習」121頁「教員:おとり捜査は誰のいかなる法益をも侵害しないということかな。A:そうです。」参照

*4:捜査の公正さをあわせて考えるものとして佐藤「百選(7版)」26頁参照

*5:古江「事例演習」122〜123頁、緑「刑事訴訟法入門」60〜61頁参照

*6:古江「事例演習」122〜123頁

*7:古江「事例演習」123頁

*8:この見解からは、おとり捜査が適法かは、おとり捜査によって惹起された保護法益の大小が重要となるだろう、緑「刑事訴訟法入門」62頁、古江「事例演習」123〜124頁参照

*9:安富2版57頁参照

*10:安富2版56〜57頁

*11:古江「事例演習」124頁

*12:古江「事例演習」124頁

*13:本人がいないところでの捜索等も強制処分と解すべきである以上、(「制圧」という言葉を用いたのは、昭和51年最決の事案に応じて、権利制約の大きさを語る文脈で示されたに過ぎず、)「個人の意思を制圧」を具体的な意思の制圧を要求するものとは解さず、本人の意思に反するかどうかで判断すべきという前提に立てば

*14:強制処分法定主義と令状主義の違いについては、例えば安富2版41頁

*15:緑「刑事訴訟法入門」38頁〜47頁参照

*16:例えば、安富2版は、相手の意思を制圧するものではないとして、任意捜査とする。

*17:ご指摘を踏まえて記載してみました。

*18:二分論からは、二分論を前提に、更に絞り込みを掛けたものと理解されるだろう

*19:古江「事例演習」125頁参照

*20:ご指摘を踏まえて記載してみました。

*21:ご指摘を踏まえて修正いたしました。

*22:捜査官憲が令状に基づかず他人の住居に侵入し、特殊装置を設置したりして室内の会話を盗聴録音する等私人の権利を侵害するような違法な方法により録音した場合や私人が右同様の違法な方法により録音した場合には、それらの録音に証拠能力を認むべきではないとしても、本件のように適法な私人間の対話やその場の音響的状況を対話者の一方が他方の不知の間に録音することは、相互の信頼関係に反するといいうる場合があるとしても、違法なこととはなし難く、従って偶偶後にその録音が刑事事件の証拠に供されることとなったとしても、公権力による不当な権利侵害がなされたときに論ぜられるのと同様に証拠として使用することが禁止されるとまで解すべきものではないとするのが相当

*23:採点実感参照

*24:内容から外部的情況を推認できるところ

*25:なお、特信情況の認定については、異論もあり得るところであり、どちらの結論にするにせよ、具体的事情に鑑みた説得的記述が不可欠であろう。ご指摘を踏まえ加筆させて頂きました。

*26:ご指摘を踏まえ、補充させていただきました。