- 作者: NEDO技術開発機構
- 出版社/メーカー: 丸善
- 発売日: 2008/06/28
- メディア: 単行本
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注:本作品は、環境法司法試験過去問を小説方式で解説するプロジェクトです。本作品に登場する人物は、実在の人物と全く関係ありません。
1.二人きりの勉強会
「ちょっと、待って。」かなめさんが声をかける。
午後の授業が終わった気怠い初夏のある日。ちょうど、教室を出たところだった。
「最近、ほむら先生にフォローしてもらってばかりじゃない。このままだと、ほむら先生の個人指導まで必要になってしまうわ。だから、この私が代わりに指導してあげるわ。感謝しなさい!」なぜか高飛車なかなめさん。
「あ、ありがとう。」
「か、勘違いしないでよね。博論の出版で忙しいほむら先生にご迷惑をおかけするわけにいかないんだからっ!」
僕たちは、駅前の喫茶店で、勉強会をすることになった。なぜか、かなめさんの分のケーキセットをおごらされてしまったのだが。
「今日は、基本的な問題を一緒に解きましょう。環境法における民法と行政法の関係がわかる問題だから、平成23年第2問がいいわね。」
Aは,B県内にある自ら所有する土地(以下「本件土地」という。)で工場(以下「本件工場」という。)を操業し,トリクロロエチレンを用いてきたが,平成11年12月に本件工場の使用を廃止 し,遊休地とした。平成13年12月,Aは,本件土地をCに売却した。平成22年6月,Cは, 本件土地にマンションを建設するために大規模な土地開発工事をする際,B県知事の処分に基づく 義務により,指定調査機関Dに委託して調査をしたところ,トリクロロエチレンに関して,汚染状 態についての環境省令で定める基準値を超過していた。そして,その汚染土壌を掘削し除去するに は40億円,封じ込めるには5億円の費用が掛かることが見積もられた。
その後,同年8月,B県知事は,本件土地を要措置区域に指定し,Cに対して封じ込め措置を採 るよう指示したところ,Cはマンションの分譲を円滑に行うために,40億円掛けて掘削除去をし, 平成23年1月に除去工事を完了した。
なお,平成3年には土壌汚染の環境基準が策定され,平成6年に告示改正によって環境基準項目 にトリクロロエチレンが追加されていた。
現在は平成23年5月であることを前提とし,以下の各設問に答えよ。なお,水質汚濁防止法及 び商法上の問題については考慮しないこととする。
〔設問1〕
(1) Cが本件土地の開発工事の際,調査をしなければならなかった理由を説明せよ。(2) 大規模な開発工事の場合を土壌汚染の調査の契機とする制度は,最近になって導入されたものである。その必要性について説明せよ。
〔設問2〕
Cは,Aに対して,どのような根拠に基づいて,どのような請求ができるか。
2.平成21年土対法改正
「えっと、土壌汚染の調査をしないといけないというのは、土対法にそう書いているから、だよね?」
「条文は?」今日のかなめさんは厳しい。
「さ、3条?」
「もう、50%の問題で外すってどういうこと?どうせ、択一の1/2問題はほぼ全滅*1じゃないの?」
「うう…」否定できないのが辛いところである。
「あのね、問題に時間が出て来たらマークする、これ、司法試験の常識だからね。」
「えっと、工場では特定有害物質(土対法2条)であるトリクロロエチレンを使用していたんだから、土対法3条により平成11年の工場の使用廃止時に調査をしないといけないんだよね?」
「もう、そんなんじゃ、環境法ゼミ失格よ! 土対法ができたのはいつ?」
「平成14年です…。」
「附則3条にはなんて書いているの?」
「『第三条の規定は、この法律の施行前に使用が廃止された有害物質使用特定施設に係る工場又は事業場の敷地であった土地については、適用しない。』あっ!」そういうことか。
「全く、本当にいろんな意味で鈍いんだから。しかも、仮に3条調査なら『工場又は事業場の敷地であった土地の所有者、管理者又は占有者』つまり、Aが調査をするのであって、Cではないわ。結局そうすると、何条?」
「4条。」
「そのとおりよ。1項により環境省令で定める面積を超える土地の形質変更をする場合には届出義務が課されるところ、2項により、知事は調査報告を命じることができるわけ。今回は、平成22年6月のマンションを建設するための大規模土地開発工事の際に届け出義務が生じて、そこで、調査が命じられたってことね。もう、こんなの簡単なんだから、ちゃちゃっとやっちゃいなさいね。」
「はい。」
「ところで、この形質変更が平成22年6月ってのがポイントなのよね。それ以前だったら、法律上の調査はさっきの3条の使用廃止時の調査か、5条の汚染状態に問題がある場合の調査命令しかなかったわけ。その意味は分かる?」
「土地の形質変更と調査がリンクしてないってことかな。」
「そのとおりよ。もし土壌汚染がある土地の形質変更があれば、掘削による土壌汚染飛散や地下水汚染発生、更に汚染拡散等の可能性があるわよね*2。これをカバーできないというのが旧法の大きな問題だったの。そういうこともあって、調査事例のほとんどが法定調査じゃなくて、法定外の自主調査だった訳。」
「自主調査でも、専門の調査機関に調査してもらう*3んだから、問題がないんじゃないかな。」
「甘い甘い、自主調査の場合、その情報は公開されない*4から、汚染に利害関係の深い周辺住民が情報を得られない等透明性の問題があったわ。」
「でも、改正法では3000平方メートル(土対法施行規則22条)以上の土地の形質変更は全部届け出なんだよね*5。ちょっと厳しすぎないかな。」
「届け出をしたからといって、必ず調査が必要な訳ではないわ。例えば特定有害物質の工場があったとか、そういう怪しい事情がある場合にはじめて調査命令を出す訳だから、必ずしも義務が重すぎるものではないわ*6」
3.民法とのリンク
「次は、約10年前に買った土地が有害物質で汚染されていたという事案ね。Cの立場になって、立論しなさい!」
「結局、40億もの除去費用を払って欲しいという請求になるよね。瑕疵担保責任か不法行為かな。」
「まさかこの問題を全部民法だけで解決する気?」かなめさんのあきれ顔。
「えっと、行政法で解決するってこと?」
「土対法8条1項本文を見なさい!『前条第一項本文の規定により都道府県知事から指示を受けた土地の所有者等は、当該土地において指示措置等を講じた場合において、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染が当該土地の所有者等以外の者の行為によるものであるときは、その行為をした者に対し、当該指示措置等に要した費用について、指示措置に要する費用の額の限度において、請求することができる。』とあるわ。これは汚染者支払原則(PPP)のあらわれとして、無過失責任で、民法709条の特則になっているわ。個別環境法の中にある民事的規定を忘れてはいけないわ。」
「なるほど、でも、これって、土対法7条の指示に基づく措置を講じた場合に費用を払えと言えるんだよね。今回は、指示はあったけど、指示内容は『封じ込め』であって、やったのは『掘削除去』だよね。そうすると、8条に該当しないんじゃないかな。」
「なかなかいい視点ね。この点については、結局PPPの観点からは、いずれにせよAは5億円払うべきという考えが有力ね。『掘削削除によって封じ込め以上の効果が実現されたとした場合、請求できるとすれば、封じ込めをした場合に要したであろう費用に限定される』と言われているわ*7。」
「あとは、時効の問題もあるよな。」
「この点は、民法とリンクするわね。土対法8条2項により、原因行為者を知った時から3年で消滅時効にかかり、除斥期間は措置時から起算して20年になっているわ。」
「これと、民法のリンクって?」
「そうすると、土対法8条を民法709条の特則と考えてこの2つを整合的にとらえると、措置時、つまり、Cの汚染除去のときにAの不法行為が成立したと捉えるのが一番素直な考えよね。もちろん、環境省はこれを行政法により特別に創設された請求権とみているから、必ずしも不法行為法の解釈をこれにあわせる必要はないという見方も間違いではないけど。」
「そうすると、5億円は、土対法8条で回収して、残り35億円を瑕疵担保か不法行為で請求するということかな。」
「瑕疵担保はいけそう?」
「瑕疵は土地の通常備えるべき属性を有していないことだけど、最高裁は、瑕疵について『契約の当時者間において』『土壌に含まれていないことが予定されていたものとみること』ができるかという、いわゆる主観的瑕疵概念を取っている*8からAとCの間の取引通念での判断かな。」
「結局、その取引通念上は瑕疵なの、瑕疵でないの?」
「えっと、これも時系列を考えればいいんだろ。平成6年に環境基準項目にトリクロロエチレンが追加されていたから、平成13年の取引当時、既に、環境基準を超える*9トリクロロエチレンが含まれていれば、瑕疵に該当すると見ていい。」
「まあ、良さそうね。じゃあ、期間は?」
「民法570条の準用する566条3項により知った時から1年以内だ。早くても平成22年6月に知り、今が平成23年5月なんだから、今裁判外で権利行使を告げれば良いかな*10。」
「売買から10年近く経過しているから、消滅時効も考えないといけないわ。最高裁は民法167条1項、つまり10年の消滅時効が適用されるといっているわね*11。」
「売却が13年12月だから、この意味でもセーフってことかな。」
「平成23年の過去問的にはね。」意味深な台詞をいうかなめさん。
「それって、どういう意味?」
「商人間の売買の場合には、目的物たる土地の受領時から6ヶ月以内に瑕疵を発見できなければ、それに関する過失の有無にかかわらず瑕疵担保責任を追及できないわ*12。製造業者と土地のデベロッパーの間の土地売買だから、本来は、瑕疵担保は使えないはずよ。」
「最後の不法行為は、故意過失の問題かな。」
「Cだったらどう論じる?」
「Aは工場操業のためトリクロロエチレンを用いており、遅くとも環境基準にトリクロロエチレンが入った平成6年以降は、土地にトリクロロエチレンが飛散しないよう注意する義務を負っており、それにもかかわらず、適切な防護措置を講じることなくトリクロロエチレン汚染を生じさせたことに少なくとも過失が認められるというのではどうかな。」
「これは1つの説明ね。じゃあ、Aはどう反論する。」
「掘削までは必要ないのに、Cが勝手にやったというのはどうかな。」
「いい議論ね。結局、これは、ブラウンフィールド問題*13とも関連するわ。」
「茶色の、土地?」
「基本的には、コストは封じ込めの方が安くて、掘削除去の方が高いというのは分かるわよね。特に、除去した土の処分費用が高いし、適切に処分されないと汚染が拡散してしまう。だから、封じ込めの方が政策的には望ましい。でも、実際には、例えばマンションについて『地下にトリクロロエチレンがありますが、封じ込めているから大丈夫です』と言われて安心して買えるかという問題があって、80%程度が掘削除去で対応されているといわれているわ*14。そうすると、一定の価値があり、単なる封じ込めであれば十分に土地の価値が費用を上回り、利用価値のある土地について、買主が掘削除去を希望するため、費用が土地の価値を上回り、その結果塩漬けになる、こんな現象が起こる訳よ。これをブラウンフィールドと呼ぶわ。平成21年改正は健康被害の生じる恐れの有無に応じて指定区域を2つに分けて対応を変えているけれど、この趣旨は、こういう点にあるのよ。」
「そうすると、Aとしては、知事は封じ込めにより問題が解決できると判断し、封じ込めを命じているのだから、相当因果関係のある損害は5億円に過ぎないと主張する訳か。」
「そうね、じゃあ、Cはもう何も言えないの?」
「今の実務では実際には不安解消のためには、掘削除去が必要という点は否定できないよなぁ。不法行為により被害者に出費をさせた場合、そのような場合に普通の者が支出する普通の額が相当因果関係ある損害だから*15、8割の人が掘削除去するのであれば、まさに掘削除去費用こそが普通の者が支出する普通の額であると主張するかな。」
「そう、いいじゃない。環境基準等の環境法による規制が民法上の瑕疵の有無等の判断に影響するし、環境個別法に民法の特別規定が置かれていることもある。環境法の世界と民商法の世界を縦横無尽に旅するのが、環境法実務家の最低限の資質ね!」
「今日はかなめさんのお陰で、環境法の理解が進んだよ、ありがとう。また環境法の勉強を教えて欲しいな。」
「ま、まったく、しょうがないわね。必要なら、また『勉強会』をしてあげるわっ。ありがたくおもいなさいっ!」こう言うと、顔を真っ赤にしたかなめさんは僕と逆方向の電車に乗って帰って行った。
まとめ
土壌汚染は、個人的には非常に思い入れのあるところで、特にブラウンフィールド問題辺りはいろいろと具体的な問題を思い出して感慨深いところです。実務の問題意識の一端に触れる程度に留まっておりますが、学生のうちから問題意識をもっていただけると、実務家になった時にやりやすいのではないかと思います。
*1:公法系の「正しい場合には1を,誤っている場合には2を選びなさい」問題のこと。昔から受験生の間で、傾向が確率論的におかしいという噂があったが、今回の冬コミで、刑裁サイ太先生が「データで解く司法試験」を刊行され、その謎に迫っている。2013-12-15 - ゴ3ネタ[ゴ3]
*2:北村420頁
*3:北村420頁参照
*4:実務環境法講義128頁
*6:土対法施行規則26条
*7:北村431頁
*9:なお、超えていなければどうかという点については、東京地判平成14年9月27日参照
*12:商法526条2項、北村440頁、東京地判平成18年9月5日判タ1248号230頁参照。なお、同判決の「調査費用も損害であると主張しているが、もともと原告引受承継人は、商法526条により買主に課せられている目的物の検査のための費用を負担すべき立場にあるから、直ちに被告の説明義務の不履行により生じた損害とは認められない。」という判示は興味深い。
*13:北村426頁参照
*14:北村425頁