アホヲタ元法学部生の日常

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中二病をこじらせたら裁判はどうなる? 〜 アイドルマスター・シンデレラガールズ「神崎蘭子」の訴訟法的考察


 7月17日深夜24時00分(シンデレラタイム)からアニメ・アイドルマスターシンデレラガールズの第二期が放映される。それを記念して、デレマスを題材にした法律ツイートをしたところ、一番受けがよかったのが

であった。しかし、神崎蘭子*1厨二病ツイートに反応して下さったフォロワーさんがいらっしゃって、なかなか楽しい会話になったことから、それを膨らませて記事を書いてみることにした。
 もちろん、デレマス1期のネタバレありですので、ご注意ください。


1.はじめに
 346プロ所属の神崎蘭子は、重度の中二病を患っているアイドルである。ゲーム版では同時通訳が付くが、台詞の吹き替えがないアニメ版ではコミュニケーションに苦しんでいる。
 本稿は、神崎蘭子を題材に中二病が訴訟法上どのように扱われるかを検討したい。


2.事例
 デレマスにおける典型的な犯罪は、武内Pによる東京都迷惑防止条例違反のつきまとい行為(「せめて名刺だけでも」)のように思われるが*2、あまり問題視されていないが実は大きな問題は無許可路上ライブであり、基本的には、道路交通法77条1項4号*3に基づき許可が必要であり、道路交通法119条1項第12の4号により三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処される犯罪である(上記迷惑防止条例違反が五十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料なので、迷惑防止条例違反よりもずっと重い犯罪である。)。



 そこで、346プロで路上ライブをした結果、神崎蘭子を含む全員が刑事裁判を受けることになった*4という事例を想定して、神崎蘭子に対する処理を検討しよう。



3.言語の問題
 さて、蘭子の重篤中二病を訴訟法的に分析すると、日本語を話せないという問題になる。


 イメージ的には、罪状認否において

P*5「公訴事実。被告人は、武内某らと共謀のうえ、所轄警察署長の許可を受けないで、平成27年●月●日●時頃から●時頃までの間、東京都●区●●●町目●ー●先道路において、『-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律』を歌い、もって奏楽の方法により、道路に人寄せをしたものである。」
J (裁判官)「被告人、あなたには黙秘権という権利があります。あなたは質問に対し、終始沈黙することができます。また答えたい質問に対してだけ答えることもできます。但し、この法廷であなたが述べたことは、有利不利を問わず証拠となるので注意してください。では、お尋ねしますが、今検察官が朗読した起訴状の内容に間違いはありますか?」
蘭子「この紙片に紡がれるは過去の姿(この起訴状はダメだわ。)。
(一同困惑の表情を浮かべる)


 こんな状況が生じ得る訳である。


 裁判所法74条は「裁判所では、日本語を用いる。」と規定しており、裁判所においては下僕達の紡ぐ言霊(日本語)を用いる必要がある。そのために、通訳制度がある。国語に通じない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせなければならない(刑事訴訟法175条)。
 ところが、彼女の言語を解する者はみりあと武内P(勉強中)しかおらず、しかも二人とも共同被告人である。そうすると、蘭子の通訳者がいないということになる。


4.訴訟能力の問題
 この点も問題であるが、実はもっと大事な問題がある。それは訴訟能力である。
 訴訟能力とは、被告人として重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力である*6
 このような能力を持たない者を法廷に引き出して裁判をしても単なる「裁判ごっこであって、裁判を受ける権利の保障にもとる。そこで、被告人に訴訟能力が欠ける場合においては、公判手続を停止しなければならない(刑事訴訟法314条1項)*7



 問題は、上記のように重篤中二病の結果、他人とコミュニケーションができないことが訴訟能力の欠缺となるかという点である。



 この点、最高裁は、重度の聴覚障害により意思疎通能力がほとんどない者について*8訴訟能力があると判示したことがある*9。確かに、意思疎通ができるかどうかという問題と、自分で利害を判断して防御ができるかという問題は別の問題であり、意思疎通能力がない場合にそのことだけを理由に直ちに訴訟能力を否定することは適切ではないだろう*10



 もっとも、例えば、刑事訴訟で防御をするということは、「否認するか自白するかを決めてそれを表現する」とか「自己の弁解を述べる」といったコミュニケーションの側面を必然的に伴う。コミュニケーションができないことにより、最低限の防御ができないのであれば、訴訟能力欠缺と言う余地があるのではなかろうか。


 特に、重篤中二病については、精神障害に該当する可能性が高いDSM-V(精神障害の診断と統計マニュアル第5版)という診断基準によれば、社会(実用)コミュニケーション障害(Social (Pragmatic) Communication Disorder)というものがある*11

A.以下の全てで示される、言語的そして非言語的コミュニケーションの社会的な使用の持続的な困難:
1.挨拶、情報の共有といった、社会的な状況で適切な方法での、社会的目的のためのコミュニケーションの使用の欠如。
2.校庭と教室では話し方を変えたり大人相手と子供相手で話し方を変えたり堅苦しすぎる言葉の使用を避けたりするといった、状況や聞き手の要求に合わせて、コミュニケーションを変える能力の欠如。
3.順番に話したり相手が理解できていないところは繰り返し話したり言語的または非言語的なサインで相互作用を調節する方法を知っていたりするといった会話や語りの上でのルールに従うことの困難。
4.はっきりと言われていないこと(例、ほのめかし)、そして、論理的では無いまたは曖昧な言葉(例、熟語、ユーモア、比喩、文脈の理解によって変わる複数の意味を持つもの)の理解の困難。

B.有効なコミュニケーション、社会参加、社会的な関係、学術的な成果、または仕事のパフォーマンスに、その欠陥が単体で、または併せて機能的な限界が生じる。

C.発達の早期に症状が出現している(しかし、社会的コミュニケーションの要求がその能力の限度を超えるまでには、完全には症状が現れないかもしれない)。

D.その症状は他の医学的または神経学的状態、あるいは言葉の構築や文法の領域での低機能によるものではなく、自閉症スペクトラム障害、知的な障害(知的発達障害)、包括的発達遅滞、その他の精神障害でよりよく説明することができない。


 蘭子は、挨拶ですら「闇に飲まれよ」や「眩しい太陽ね」等であり、社会的な状況に応じて適切な方法でコミュニケーションすることができない。武内Pとの関係でも、同僚のアイドルとの関係でも同じ中二病語しか話せていない。更に、自分はホラーな感じではない方がいいといった思いを持っていても、それを相手が理解できない場合には単に頬を膨らませるだけで、言い方を変える等して対応することができない。その結果、仕事のパフォーマンスにおいて機能的限界が生じている。彼女の熊本時代は不明であるが、少なくとも彼女は知的障害や精神遅滞等ではなく、常同行動(同じことを繰り返す)等もないので、自閉症等で説明することもできない。


 すると、蘭子は、単に日本語を話せないだけの人というよりもむしろ、社会(実用)コミュニケーション障害という精神障害者と理解するのが適切である。


 そして、このように理解するのであれば、精神障害のため、起訴状に書かれた公訴事実について自白するのか否認するのかと問われても、「この紙片に紡がれるは過去の姿(この起訴状はダメだわ。)」「私の記憶の泉は枯れ果てたわ…(覚えていません)」等と中二病語しか答えることができない。そこで、最低限の防御をすることもできないとして、刑事訴訟法314条1項を適用し、公判を停止する余地が出て来る。



5.手続打切り?
 更に、名古屋地岡崎支判平成26年3月20日は、手続停止から一歩進んで、手続打切り(公訴棄却)の判決を言い渡した*12。この事例は、被告人が2人を殺したとして起訴されたが、精神疾患のために17年もの長きに渡って公判が停止されていて、回復の可能性がないと診断された。そこで、最決平成7年2月28日刑集49巻2号481頁に千種裁判官が付した、被告人の状態等によっては、手続を最終的に打ち切ることができる*13との補足意見に依拠して、打切りを認めた。打切りを認める理由としては、「公判手続の構造的基礎が失われる」*14とか、高田事件判決*15に照らした迅速な裁判を受ける権利の侵害*16等と色々あり得るが、いずれにせよ、訴訟能力の欠缺が一時的ではなく永続的であれば、訴訟手続を打ち切ることができる可能性がある。


 もっとも、悩ましいのは、特に第13話で分かるように、蘭子の中二病が改善傾向にあるということである。特に、武内Pやシンデレラプロジェクトの仲間への信頼感の向上から当該精神障害の改善傾向が生じたということと理解される。


 このような場合には、まさにしばらく公判を停止して、様子を見るという刑事訴訟法314条1項の趣旨があてはまるだろう。その後、裁判ができる程度にまで改善すれば再開し、回復しないなら手続を打ち切るべきである。


まとめ
 蘭子の中二病は、法的には社会(実用)コミュニケーション障害という精神障害によって適切に防御することができない状況と理解される。
 すると、まずは裁判を停止すべきであり、その後の改善状況を見て裁判を再開するか、それとも打ち切るかが決まる。
 コミュニケーション能力の改善状況を判断するという意味でも、アイドルマスターシンデレラガールズ2期における蘭子の活躍を注視することが必要である。さあ、皆、心してデレマス2期を見るがよい!

*1:デレマスは面白い子が多いのですが、一番私の琴線に触れたのが神崎蘭子です。なお、無印アニメだと千早(8歳)ですね。

*2:「人の身体又は衣服をとらえ、所持品を取りあげ、進路に立ちふさがり、身辺につきまとう等執ように役務に従事するように勧誘すること。」を禁止する東京都公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例7条1項7号違反

*3:及び東京都道路交通規則18条6号

*4:少年法については、私は「熟知」していませんので省略ということで、よろしくお願いしたい。ちなみに、少年法14条2項は「刑事訴訟法 中、裁判所の行う証人尋問、鑑定、通訳及び翻訳に関する規定は、保護事件の性質に反しない限り、前項の場合に、これを準用する。」としている。

*5:検察官という意味でありプロデューサーではない。「プ……プロ……プロセキューター(素直になれない…orz)」というネタを理解できる人は少ないかもしれない。

*6:最決平成7年2月28日刑集49巻2号481頁

*7:同条は「心神喪失」というがそれが訴訟能力が欠けるという意味だとするものとして、最決平成7年2月28日刑集49巻2号481頁参照

*8:それでも手話通訳を介することで刑事手続において自己の置かれている立場をある程度正確に理解して、自己の利益を防御するために相当に的確な状況判断をすることができ、個々の訴訟手続においても、手続の趣旨に従い、自ら決めた防御方針に沿った供述ないし対応をすることができるとして

*9:最決平成10年3月12日刑集52巻2号17頁

*10:なお、「耳や口が不自由で、しかも聾教育を受ける機会がなかったため手話もできず文字も読めない、したがって常識に欠け(または知能が劣るため)、刑事手続が全く理解できないような者などは、訴訟能力がないと解してよいと思われる。」とするものとして寺崎嘉博『刑事訴訟法』41頁参照

*11:https://www.autismspeaks.org/what-autism/diagnosis/dsm-5-diagnostic-criteria参照

*12:補足:本エントリ公開後の名古屋高判平成27年11月16日で破棄・差戻の判断がされ、現在上告中です。 @doublespeaker様、ご教示頂き、どうもありがとうございました。

*13:但し、「手続の最終的打切りについては、事柄の性質上も特に慎重を期すべき」

*14:松尾浩也刑事訴訟法(上)』151頁

*15:最判昭和47年12月20日刑集26巻10号631頁

*16:佐々木史郎「訴訟能力を欠く被告人と手続打切り」法セ401号137頁