アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

生徒会は一度決定した美術部への活動費支給を撤回できるのか〜ラブライブ!の行政法的考察

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本エントリはラブライブ!第2期までのネタバレを含みます。未見の方は先にご覧になって、ぜひぜひラブライバーになってください!(布教) そして、ぜひ、大人気の映画「ラブライブ! The School Idol Movie」もご覧になって下さい! *1

なお、本エントリにつきましては、ぱうぜ先生(@kfpause)に目を通して頂き、アドバイスを頂きました。ありがとうございました。ただし、本エントリ中の誤りは全て私の責任です。


1.美術部予算支給撤回問題とは
 廃校の危機にある母校・国立音ノ木坂学院*2を救うため、スクールアイドル、μ’sを結成した高校二年生の高坂穂乃果らの奮闘を描いたのがラブライブ!第一期である*3。学校を廃校の危機から救った後、第二期では、元生徒会長でμ'sのメンバーである絢瀬絵里*4に推薦され、穂乃果は生徒会長になる。しかし、新生徒会長の穂乃果は、μ'sの活動に追われる中、大失敗をしてしまう! それが、美術部活動費支給撤回問題である。



 音ノ木坂学院において、各部への活動費の配分は、来期の予算申請書を各部が提出し、その後全部長が集まった予算会議を開催した上で、最終的に予算が承認・決定される。ところが、予算会議開催前に、美術部の予算申請書を間違って承認の箱に入れてしまい、そのまま承認印を押してしまった。美術部は、「予算が通った」と大喜びで、それを聞いた他の部活から高坂会長に対してクレームが入った。実際は、入学者が減少し、各部の活動費に回せる予算の総額が減少していることから、申請どおり承認することは不可能であり、かつ、予算会議という必要な手続も経ていなかったのであり、これは、穂乃果を始めとする新生徒会執行部の大きなミスであった。美術部活動費支給撤回問題を簡単にまとめると、概ねこんな感じである。


 さて、アニメ本編では、なんとかしようと手を差し伸べる絵里に対し、穂乃果は、「自分で解決します!」と新生徒会長の自覚を表明した。μ'sのメンバーでかつ新生徒会執行部である穂乃果、園田海未及び南ことりの三人は、美術部に対して不手際を謝罪した上で、各部の従前の活動の継続に支障がないよう、申請額の8割以上を確保するという方針で予算案を作成し、各部の代表者に丁寧に説明し、予算会議を通した訳である。
 しかし、もし、一度承認された活動費支給を撤回されてしまった美術部がこれに納得しなかったらどうなるのだろうか。映画『ラブライブ!The School Idol Movie』が大ヒット中である今、この問題を法的に検討したい



2.行政行為の職権取消と取消し制限の法理
 そもそも国立学校内の生徒会と各部の間の関係をどのように捉えるかは議論があるところであるが、今回は、行政庁たる生徒会長(穂乃果)*5が、美術部長*6に対して給付決定を行い、美術部の活動費を給付するという理解を前提に検討したい。


 給付行政に関しては様々な法的仕組みがある*7。部活の活動費等の給付決定については、行政行為という行為形式で行政庁の一方的決定として行うという可能性と、契約という行為形式で行うかという双方の可能性がある*8。本件の場合には、(1)美術部に対する助成金補助金の給付という実質があることから、補助金給付に準じて理解することができること*9、及び、(2)限られた予算総額の中から他の部活との関係で分配を決定するという側面があり、当該給付が行政(生徒会)と受益者(各部活)の二者間に留まるものではなく、第三者との関係でも影響があるという2点に鑑み、これを行政行為と理解することが適切であろう。


 そして、予算会議の位置づけはアニメだけからは不明確ではあるものの、予算会議を経なくても一応有効な(ただし瑕疵が存在する可能性のある)活動費給付決定がなされていることが前提になっていると理解されるので、予算会議は一種の審議会のようなもので、そこに諮問をすることが根拠法令上要求されていると理解される*10


 このように理解すると、今回の美術部に対する活動費給付という行政行為は法定された予算会議への諮問手続を欠いた、瑕疵ある行政行為となる*11。そして、当該行政処分を行った行政庁*12職権取消と言って、職権で当該行政行為の効力を失わせることができる*13。「法律による行政の原理」は、行政行為が違法にされた場合、これを是正することを要請する。そこで、職権取消を認める明文の規定がなくても一般的に職権取消が可能であり、かつ、原則として取消をすべきとされる*14。なお、活動費支給の決定は、裁決等の紛争を裁断する行政行為ではないので、いわゆる不可変更力はない*15


 しかし、補助金の給付のような受益的行政処分等の場合には、行政庁が自ら誤ってした処分を任意に取り消すと、相手方その他関係者の法的地位を不安定にし、信頼を裏切る結果になる*16。取消の効果は原則として遡及するので*17美術部は一度貰えたと思った活動費を失ってしまうから、この美術部の信頼は保護に値するのではないかという問題である。



 確かに、取消し制限の法理が一般に該当すると言われており、受益的処分等の取消しは、国民の信頼や既得権益の尊重を上回る特段の必要性が認められない限り許されない*18。問題は、本事案において、美術部の信頼と、取消の必要性のどちらが重要かということであろう。



 そこで、法治行政と信頼保護に関するリーディングケースである最判昭和62年10月30日判時1262号81頁で検討された諸点*19を参考に検討すると、活動費の予算には上限があり、美術部にだけ申請通りの予算を認めると、他の部活の活動費がその分減額になるという意味で、他の部活との間の平等・公平を犠牲にしても美術部を保護すべき場合か疑問があること、美術部は毎年予算会議を経て予算承認をされてきていることを知っているはずであること、また、美術部は予算申請書どおりの活動費を得ることができる「既得権」を有している訳ではなく、入学者が減少する中、申請よりも減額される可能性が高いことは分かっているはずであることに鑑みると、美術部の責めに帰すべき点は特にないことを鑑みても、取消しを認めていいのではないかと思われる。
 ただ、この点はやはり難しい問題であり、その判断には異論もあり得るところだろう。



3.「部分社会の法理」と判例法理による
 1つの解決策は、かなり「やらせ」的な訴訟だがμ’sのメンバーである矢澤にこ取消訴訟を提起させることであろう。にこは、生徒会から活動費の支給を得ている「アイドル研究部」の部長である*20。ある年の部活全体に対して配分できる活動費の総額が決まっている中、美術部に対する活動費全額支給処分と、いわば競願関係にあるアイドル研究部等の他の部活に対する活動費減額処分は裏表の関係であることから、東京12チャンネル事件*21の法理に基づき原告適格を認めることができるだろう。



 職権取消ではなく取消訴訟を用いることの最大のメリットは、美術部の信頼を考慮しなくてもよいということである。

 職権取消しの限界は、行政が処分を職権で取り消した場合に、処分を信頼した者の保護との関係から論じられる理論である。これに対し、裁判所が違法処分を取り消す場合には、処分を信頼した者の保護という観点から、取消権の限界があるとの発想はない。裁判所の取消権は法治行政一本である。例外は行訴法31条の事情判決である。さもないと、処分の相手方に利益を与える行為を第三者が争うことはそもそもできなくなり、原告適格(これは第三者が出訴する場合にだけ問題になる)という行政法上最も重要な問題も、ほとんど意味がなくなるからである。
阿部泰隆『行政法解釈学I』354頁

 つまり、*22違法な処分であれば裁判所はこれを取消すことができ、この際に、美術部の信頼保護と言う観点を検討することは不要なのである。



 この意味で、この方法はかなり良さげな気もするが、実は結構難しい。それは、「部分社会の法理」があるからである。
 「部分社会の法理」とは、団体の内部規律については、それが一般市民法秩序と直接抵触しない限りは、司法権が及ばないという法理である。国立学校内部の問題はその典型である*23


 ここで、一般市民法秩序と抵触するかという問題は、要するに、団体内部の問題でも、それが名誉毀損等の不法行為に該当するとか、業務に影響を及ぼすとか、一般市民として享有する権利を侵害するという場合にはなお裁判所は審理できるという法理である。この点については、既に響け!ユーフォニアムとの関係で検討したので、興味のある方は、こちらをご参照頂きたい。


「中世古先輩がソロを吹けないのは許せません!」吉川優子の訴えは法的に通るのか〜響け!ユーフォニアムの法的考察 - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常


 いずれにせよ、内部における予算分配は通常『一般市民法秩序との抵触』には当たらないと言えるので、裁判所は審理を差し控える可能性が高い。裁判所で審理をしてもらうことはあまり現実的ではないだろう。



 この問題を解決する方法は、職権取消しを前提にむしろ、高松高判昭和45年4月24日判時607号37頁を使うことではなかろうか。
 この事案は、旧軍人の遺族扶助料支給裁定について職権取消をしたという事案である。上記の通り、職権取消の遡及的効力になり、給付時に遡って扶助料は本来全額返還しなければならない。しかし、このような誤って支給された扶助料を、その処分が違法だと知らずに利得した(善意の利得者)として、民法の規定*24を適用して*25取消された時点でまだ残っている利益だけを返還すればよいとしている*26


 本件でも、美術部が既に全額使ってしまっていたのであれば、その後に生徒会がミスをしたとして返還を求めるのはあまりにも美術部に酷だが、まだ使っていない段階で返還を求めるのであれば、それは上記の諸点に鑑みれば正当化が可能だろう。そこで、高松高判の理論を使うことを前提に職権取消をすれば、現行法上最大限美術部と生徒会の利害を適切に調整することが可能ではなかろうか。


 そして、本件で穂乃果はかなり初期にミスに気付いて謝罪しており、部費はまだ使っていないと理解される。そこで、美術部が異議を申し立てたとしても、なお美術部は一度承認された活動費を返金し、減額された新しい活動費に基づき活動しなければならない

まとめ
 予算会議を経ずに承認した美術部への活動費支給は違法であり、行政法上穂乃果は(「既に承認してもらったと信頼して使ってしまいました」という場合には高松高判の法理によって救済することを前提とすれば)これを適法に取り消すことができる。
 ただし、違法・適法の問題と、生徒会への信頼の問題はまた別問題である。穂乃果がしたような、謝罪をし、全ての部が妥協できそうな予算を組んで承認を求めるというのは、行政の説明責任という意味でも妥当な対応と言えよう。

*1:私は映画は見ていますが、本エントリにおいては映画のネタバレを含みません。

*2:国立大学の附属高校として、同大学の学則により設置されている可能性が高いところ、同大学における学則改廃手続を経ることにより廃止をすることが可能だろう。

*3:第1期は、法科大学院の廃校過程を知っているとめちゃくちゃ心にグサグサ来るので、法クラの皆様に特にオススメである。なお、『女性法曹のあけぼの』は、母校の明治大学女子部廃校の危機を救おうとしたOGの奮闘が描かれており、ラブライブとあわせてオススメである。

*4:特に何かを批判する時はエリチの様でありたいものです。ただ、特にCGの時のエリチのダンスは、私の目からは他のμ’sのメンバーとの違いがよく分からないので。。。なお、「響け!ユーフォニアム」の高坂麗奈のレベルの覚悟を持って批判をするのは一般人にはかなり難しいと思われます。

*5:行政機関は生徒会

*6:権利能力なき社団たる「美術部」等を支給の対象とするとの理解もあり得るが、そうすると、権利関係が複雑になるので、今回は分かりやすいよう、「美術部長」という個人に給付するという仮定をしたい

*7:太田匡彦「権利・決定・対価(1)〜(3)」法協116巻2号185頁、3号341頁、5号766頁参照

*8:これは通常立法裁量による。宇賀克也「行政法概説I第5版117頁参照。

*9:補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律は交付決定を行政行為としていると解される、宇賀前掲117頁。

*10:最低賃金法上の最低賃金審議会のような、利害関係人からの意見聴取手続なのだろう。

*11:例えば、審議会の諮問を経ることが法定されている計画立案に関する、「この手続(注:審議会への諮問)が法律上要求されているのに、特段の事由もなくこれを省くことは許されない。諮問を経ずに策定された計画は違法である。」原田尚彦『行政法要論』全訂第7版補訂2版127頁参照。

*12:この場合は生徒会長。但し、上級行政庁の職権取消については争いがある。宇賀前掲358頁参照。

*13:宇賀前掲書358頁

*14:宇賀前掲書359頁

*15:宇賀前掲書351頁

*16:原田前掲書190頁

*17:宇賀前掲書359頁

*18:最判昭和33年9月9日民集12巻13号1949頁参照

*19:同判決は、青色申告の承認の申請をせず、青色申告書を提出した場合について、(1)納税者間の平等・公平を犠牲にしても納税者を保護しなければならないか、(2)税務官庁が納税者に信頼の対象となる公的見解を表示したか、(3)納税者が税務官庁の表示を信頼して行動したことにより経済的に不利益を被ったか、(4)納税者に責めに帰すべき点はないかを検討して判断した。

*20:なお、自分の部の部員であり、かつ後輩である穂乃果に対し、部費増額を頼むとプレッシャーをかけるにこの行為は疑問なしとはしない。

*21:最判昭和43年12月24日民集22巻13号3254頁

*22:上記のとおり、にこに原告適格が認められるという前提において

*23:国立大学の単位認定が司法審査の対象にならないとする、最判昭和52年3月15日民集31巻234頁

*24:民法703条は善意の受益者について「その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う」としている

*25:同判決は「民法703条にもとづいて」と判示しているので、本文中は「適用」と書いたが、行政行為による給付について民法703条を直接適用したというものであれば、疑問なしとはしない。

*26:上記高松高判は、結論として、現存利益なしとして返還不要とした。