アホヲタ元法学部生の日常

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憲法9条の解釈における「武力なき自衛論」の再興〜ガルパン劇場版の法的考察

お断り:本エントリは、ガルパン劇場版のネタバレを含みます。アニメ版(OVA*1を含む)ガルパンオールスターと新キャラが大活躍で誰(どの学校)のファンでも楽しめる劇場版は必見です!!


1.法の光を行き届かせる必要性を実感させる映画
 ガルパンファン待望の、ガールズ&パンツァー劇場版がついに公開された。法クラにとって一番の注目は、なんといっても、口約束でも契約が成立する根拠として生徒会長*2が、民法91条、97条」を指摘したことではなかろうか。


 もちろん、民法91条は「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。」という規定であるし、
 民法97条は「隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。」という規定であって、いずれも口約束でも契約が成立する根拠条文ではない
 法律をちょっとでもかじったことがある人は誰でも知っているように、現行民法にはこのことを明示的に規定する*3根拠条文はなく、民法改正案第522条2項の「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。」がこれに該当する*4



 この辺りの民法の超基本的な事柄について、大洗女子学園で一番交渉がうまく、全生徒を代表する生徒会長ですら理解できていない*5のは、法の光を世の隅々まで行き届かせる必要性を感じさせるところであり、映画を鑑賞しながら、大洗女子学園を廃校にしてロースクールに転換する必要性は高いなぁとしみじみと思ったところである。



 さて、冗談は兎も角、本エントリでは、あまりにも直球過ぎて前のエントリ
ガールズ&パンツァーの法的考察〜突然戦車道を復活させた大洗女子学園は、戦車道が嫌で転校した西住みほに対して法的責任を負うか? - アニメキャラが行列を作る法律相談所withアホヲタ元法学部生の日常
ではあえて言及を避けた、ガルパンと戦力不保持(憲法9条について検討したい。


2.敵に攻められたら、民衆の蜂起に期待しよう?
 日本国憲法第9条が、以下の通り規定して戦争放棄と戦力不保持を定めることはあまりにも有名である。

日本国憲法第9条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


この条項、特に戦力の不保持については、特に自衛隊の文脈で大きな論争となっていた。



戦力とは陸海空軍、あるいはそれに相当するような、外敵の攻撃に対して実力をもって抵抗し、国土を防衛することを目的として設けられる人的及び物的手段の組織体である(長谷部恭男『憲法』(有斐閣、第6版、2014年)58頁)。


 色々な議論はあるものの、自衛隊違憲とする見解は、以下の2つの見解のうちのいずれかを取っていることが多い。
 まず1つ目は、憲法9条1項を広く解する見解である。憲法9条1項であらゆる戦争、武力による威嚇、武力の行使が放棄されているとした上で、そうであれば当然に2項はあらゆる戦力を放棄していると論じるのである。
 2つ目は、憲法9条1項を狭く解する見解である。憲法9条1項はあくまでも侵略戦争を放棄しているに過ぎないとした上で、そうであっても2項があらゆる戦力を放棄していると解するのである。

1項であらゆる戦争、武力による威嚇、武力の行使が放棄されているとする者はもちろん、1項では侵略目的の戦争、武力による威嚇、武力の行使のみが放棄されていると解する立場の学者も、その多くは、2項前段で保持が禁止されているのはあらゆる戦力であると考える。あらゆる戦力を放棄しない限り、正義と秩序を基調とする国際平和の実現という1項の目的は実現されえないし、また憲法の条文中に自衛のための戦争や軍備の存在を予想した規定は存在しないからである。
長谷部恭男『憲法』(有斐閣、第6版、2014年)58頁


 その結果、憲法学会における従来の通説は、(上記2つのいずれの議論を採用するとしても結局は)憲法9条2項はあらゆる戦力を放棄したというものである。


 このような見解を取る限り、現在の自衛隊は、上述の意味における憲法によって保持が禁止された戦力にあたることとなろう(長谷部前掲書・58頁)。このような文字通りの「武力なき自衛論」は、あの芦部信喜教授も提唱している非常に有力な見解である(芦部信喜憲法学I」(有斐閣、初版、1992年)266頁)。


 この、「武力なき自衛論」によると、日本が万が一敵に攻められたらどうすればいいのだろうか。
 この場合の対処としては、「群民蜂起」(芦部前掲書・266頁)等がその方法として挙げられている。要するに一般の民衆が手に手に武器をとって、パルチザン戦ないしはゲリラ戦を展開し、それをもって敵に対抗するという考え方である*6


 ただ、このような見解には様々な問題がある。例えば、この理論に基づき、本当に自衛隊がある日突然解散すると、極東地域に突然戦力の空白域を発生するということになるが、これは、平和を生むよりも、戦争を生む可能性の方が高いのではないだろうか?

 一国のみが通常兵器を含めて軍備を全面的に放棄してしまえば、他国は軍縮へのインセンティヴを失ううえに、侵略によって得られる期待利益を増大させることにより、非武装によって生じた力の空白は、逆に周辺地域を含めて不安定化し、武力紛争の危険をもたらす危険がある。
長谷部恭男『憲法』(有斐閣、第6版、2014年)68頁


 現代のように、組織的に訓練された兵士が高度に発達した兵器を利用して戦争を行う時代において、群民蜂起などで本当に日本を敵から守れるか、やはり大いに疑問が残るところである。この「武力なき自衛論」を説得的に提唱する上での前提は、自衛隊がいなくとも、市民が手に武器を取って蜂起すれば敵から日本を守れるということではなかろうか。


そんな世界線が。。。。



あった!!



3.「武力なき自衛論」が適用可能なガルパンの世界
 ガルパンの世界では、戦車道が淑女のたしなみとして広く普及し、大量の戦車が日本に存在する。
 様々な私立学校等、多くの非政府組織が戦車道の修練のために大量の戦車を保有しており、(劇場版における大学選抜との戦いのように)「いざ鎌倉!」となれば、駆けつけて主砲をぶっ放して敵を撃滅することができるのである。


 なお、劇場版では、大洗女子学園が色々な経緯で大学選抜と戦うことになった際、多くの「仲間」が戦車を持って加勢に駆けつけた。ストーリー上はこれらの仲間は、私物の戦車を持って大洗女子学園に転入したという建前になっていた。この点は、「単なる建前」であって、実際は各学校の戦車の「使用窃盗」ではないかという疑惑も強いが、本エントリの関係においては、国家・政府機関の所有か、私的団体・私人の所有かが重要な区別であることから、この点については、あえて詳論に入らない*7


 この意味は、ガルパンの世界においては、多くの私人または私的団体がその私物として戦車を所有しており、その陸上兵力は強大だということである。


 しかも、個人の私有する航空戦力の強さも本映画の中では明らかにされた。


 サンダース大付属高校は、スーパーギャラクシー(C-5M輸送機)を持っており、これを学生が操縦している。


 世界最大級の輸送機を普通の学校が保有している世界線なのだから、その航空兵力もまた莫大なものがあるだろう。


 そして、海軍力についていえば、学園が(近代化改修をしなくても普通に空母として使えそうな)学園艦という形で艦隊化されている世界線である以上、水上においても強力な兵力が期待される。


 つまり、敵に攻められた場合には、このような軍事力を擁する私人(私立学校を含む)が陸海空において私有する兵器を活用して敵を殲滅することが期待できるのである。


 このような世界であれば、自衛隊といった戦力を国家機関が有する必要はない。自衛隊が解散しても「力の空白」が生じないばかりか、むしろ高校選抜と大学選抜が手と手を取り合い、(ボコの縁で)西住流と島田流が力をあわせれば、普通に自衛隊より強いのではないかとさえ思われるところである。


 これこそ、武力なき自衛論ないしは群民蜂起説が大手を振って実務で通用する世界線である


4.やっぱり大洗女子学園は廃校に!
 しかし、このような世界線においては、自衛隊違憲だとして即時解散させるだけでは足りない。文字通りの武力なき自衛論(群民蜂起論)をガルパンの世界で採用した場合、もう1つ、即時解散させるべきものがある。それは、大洗女子学園である!!



 ご存知のとおり、大洗女子学園は「県立学校」つまり、公的機関なのである。このような公的機関が日本の高校のトップに君臨するような強大な戦車道部隊、つまり、「陸海空軍、あるいはそれに相当するような、外敵の攻撃に対して実力をもって抵抗し、国土を防衛することを目的として設けられる人的及び物的手段の組織体」を有することは、少なくとも、武力なき自衛論に基づく憲法9条の戦力不保持の解釈上は許されない


 仮に大洗女子学園のみの力では「戦力」に至らないと解するとしても、日本中の国公立学校(大学を含む)の有する戦車道部隊の総力を集結すれば、頻繁に実戦(戦車道大会)を繰り返してその実戦力を強化していることも鑑みれば、違憲の疑いが極めて強いと言わざるを得ない。


 そう、あの超ムカツク文部科学省所属学園艦教育局長のやろうとしている学園艦統廃合は、憲法9条を遵守するため、「戦力」に該当する大洗女子学園等の国公立学園艦を徐々に廃止していこうという、「立憲主義」の観点からは賞賛に値する行動だったのだ!!



 ここでも、「法の光」を隅々にまで広め、立憲主義をみんなが理解し、これを尊重することが必要である。生徒会長のやるべきことは、大洗女子学園の存続のための約束を引き出すことではない。聖グロリアーナ女学院、サンダース大学付属高校、アンツィオ高校プラウダ高校、黒森峰女学園、知波単学園、継続高校その他の各校と手と手を取り合い、県立大洗女子学園を公立高校から私立高校へ転換し、憲法9条を守ることである*8

まとめ
 ガルパンの世界は、憲法9条の解釈における「武力なき自衛論」をそのまま実務に適用できる世界線であるという意味で法律的に非常に興味深い。
 そして、その世界線において文部科学省学園艦局が必死で大洗女子学園を廃校にしようとしているのは、憲法9条を守るための正当な行為なのである。
 憲法9条がある限り、何度でも、何度でも大洗女子学園は閉校の憂き目にあうだろう。
 生徒会長は、閉校撤回の条件について文部科学省と交渉するのをやめ、即刻大洗女子学園を私立学校へ転換するための行動を始めるべきである。
 これが、立憲主義のあり方であり、法の光がガルパンの世界の隅々まで行き届いた場合のあるべき姿なのだ!!

*1:TOKYO MXで2016年1月3日に地上波初放映ですが、これを先に見ておくと、ガルパン劇場版がもっと楽しめます!

*2:角谷杏

*3:民法416条2項がわざわざ「保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。」と規定していることはこのことを裏から確認していると言えるかもしれない。

*4:なお、同条は現行法では承諾通知の延着に関するもの。一般的な法律の条文がどう消えてどう変わっていくのかについては、「大嘘判例八百選」の「削除された条文は,いったいどこへ行くんだろう。」参照

*5:ここは「本当に知らないのか」という問題があるが、国家公務員試験を突破し、法律知識を有する官僚に対し、「適当な法律の条文を言う」ということがハッタリとして効くとは到底思えないので、個人的には本当に知らない説を採りたい。

*6:「国家の自衛権の行使方法についてみると、つぎのような採ることのできる手段がある。つまり甲第一七九号証、証人田畑茂二郎の尋問結果からは、自衛権の行使は、たんに平和時における外交交渉によつて外国からの侵害を未然に回避する方法のほか、危急の侵害に対し、本来国内の治安維持を目的とする警察をもつてこれを排除する方法、民衆が武器をもつて抵抗する群民蜂起の方法もあり、さらに、侵略国国民の財産没収とか、侵略国国民の国外追放といつた例もそれにあたると認められ、また証人小林直樹の尋問結果からは、非軍事的な自衛抵抗には数多くの方法があることも認めることができ、また人類の歴史にはかかる侵略者に対してその国民が、またその民族が、英知をしぼつてこれに抵抗をしてきた数多くの事実を知ることができ、そして、それは、さらに将来ともその時代、その情況に応じて国民の英知と努力によつてよりいつそう数多くの種類と方法が見出されていくべきものである。」とした長沼ナイキ事件第一審判決札幌地判昭和48年9月7日民集36巻9号1791頁参照

*7:この段落につき、12/20に修正

*8:私立学校化に必要な資金は「ガルパンおじさん」が出してくれるかもしれない。