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平成11年1月9日に真琴は祐一と出会い、2人は、まもなく相思相愛の仲となって、水瀬家で同居するようになり、情交関係を結んだ。しかし、真琴は人間に変身した副作用による呪いが原因で心身ともに日に日に弱っていった。同年2月1日*1、祐一は真琴に対し、「結婚しようか、真琴」と申し出、真琴は「あぅ…?」と力なく反応した。祐一はこれを了解と受け取り、有り金をはたいてウェディングヴェールを真琴に買い与え、「結婚式」と称してキリスト教式結婚式を模した一定の儀式を行い、「ずっと、一緒にいような」等と真琴に告げた。そうこうしているうちに、真琴は呪いによりこの世から消失した。
真琴が消失している間、祐一はなぜか美汐といい感じの仲になっており*2、その後、美汐から祐一へ熱烈なアプローチ*3があったので、その気になった祐一は美汐と交際することにした。一方真琴は奇跡により、次の春(約2,3ヶ月後)にはこの世に復帰した*4ところ、かかる祐一の交際現場を見つけ、「真琴と結婚するはずだったのに浮気するなんて許さないんだから! 出るとこ出てやるわよ!」(CV:飯塚雅弓)と息巻いている。真琴が裁判に訴えた場合、真琴の請求は認められるか*5。
2 問題の所在
(1) 内縁関係成立について
婚姻中に、夫婦の一方(例えば夫)が浮気し、婚姻関係を破綻させた場合には、もう一方(妻)は相手(夫)に対し、不法行為(民法709条)を理由に慰謝料を請求できる。
そして、内縁、つまり籍は入れていなくとも、婚姻関係と同様の夫婦生活の実体がある場合にも、同様に一方(例えば夫)が浮気し、婚姻関係を破綻させた場合には、もう一方(妻)は相手(夫)に対し、不法行為(民法709条)を理由に慰謝料を請求できるとされている。
問題は、真琴と祐一の間で内縁関係が成立しているかである。この点は、一応、同居・情交関係が存在し、さらに、「結婚式」というその夫婦関係の存在を示す象徴的行為を行っていることからは、内縁関係の成立を認めてもよいのではないか。
もっとも、「真琴は狐」であり、狐との内縁関係があるか、そしてそもそも人間ではないので、権利を持てない*6。この処理は非常に困難である。
この点については、次の4つの処理が考えられる。
説 | 結論 | 理由 | |
---|---|---|---|
否定説 | 内縁関係否定 | 狐は人間ではないので、婚姻もできないし、権利能力がないから、慰謝料請求権を得られない | |
空想法律読本説 | 内縁関係肯定 | まず、被害者である真琴を保護する必要性がある。そして、人類学において人類と他の類人猿とを画する基準は直立二足歩行・言語の使用等に求められる。真琴はこの要件を満たすので、法的には自然人と評価することに何ら差し支えはない*7(許容性)。 | |
全部露出説 | 内縁関係肯定 | 条文上私権の享有は「出生」に始まる(3条1項)とされているが、民法は「出生」を定義していない。そこで、全身が初めてこの世に露出した時点をもって出生の時と解することで、平成11年1月9日*8には、真琴の全身がシナリオ上初めてこの世に露出したといえる。よって、真琴はこの時を始期として私権の享有を開始する。 | |
「人間だよ。言葉だって使ってるし、二本足で歩いてるよ」*9説 | 内縁関係成立肯定 | 真琴は身体的特徴において完全に人間であって、まさか狐であろうとは他の登場人物からは全く思われていない。裁判所に「あいつは人間に見えるが実は狐!」と、祐一側が主張しても、アホかと思われるだけで裁判所が相手にするとは考えられない。 |
私は、4番目の説が妥当だと考えます。実際に真琴はどこからどう見ても人間であり、仮に祐一が真琴が狐だと主張すれば、それは祐一が裁判でまともに自分の主張を述べる能力がない、法律用語でいうと弁論能力*10欠如(民事訴訟法155条1項)のあらわれとして、その陳述が禁じられるのみであり、この点は、真琴の請求上の障害にならないと考えることができます。
(2) 「不当」破棄なのか
内縁関係が成立していても、簡単には請求は認められません。祐一が美汐と情交関係に陥り、真琴を捨てたのは、真琴が2,3ヶ月もの間行方不明であったためです。そうすると、「妻の死後男やもめが後妻をめとった」と同様に考えられ、不当破棄ではない*11のではないか問題になります。
この点は、「それ以前の交際期間」及び「交際の親密性」が関係してくるでしょう。つまり、それ以前の交際期間が長ければ長いほど、2,3ヶ月は短いものとして不当破棄という判断に結びつきますが、交際期間が短ければ、不当破棄にならないとなるのでしょう。
また、民法770条3項は離婚の事由として「配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。」としています。この意味としては「結婚してる相手がいなければ、普通は何年も探して待っているだろう。」という考え方があると考えられますから、内縁関係の深さが普通の婚姻と同程度ないしそれ以上といえるのであれば、2、3ヶ月という3年に遠く及ばない期間で破棄したのは不当破棄となるでしょう。
本件については、交際期間1ヶ月ということから考えれば、不当破棄ではないとなりそうです。ただ、それにあわせて、これまでの親密性の高さを考えれば、一応は不当破棄であり、交際期間の短さは、慰謝料額の算定上考慮するという方向になるというのが、落ち着きのよい結論なのではないでしょうか。
(3)エロゲの世界ではハーレムはOKでは?
舞シナリオにおける舞および佐祐理さんならびに祐一の関係を考えればわかるように、美少女ゲームの世界においては、1人の主人公が複数の女性と同時に情交関係をもつ、いわゆるハーレム関係が予定されている。
すると、本事案においては、祐一は真琴との内縁関係を破棄したのではなく、真琴との関係と重複的に美汐との関係を結んだだけであるといった主張をしてくる可能性があります。
この点は、あゆシナリオ・栞シナリオ・舞シナリオ等性質の異なるシナリオばかりか、泣きゲーたるKey作品・燃えゲーたるTYPE-MOON作品・抜きゲーたるアトリエかぐや作品等性質の異なるゲームを、「一人の男性主人公に複数のヒロインが服属する」という一律の関係として捉えるもので不当と考えるべきでしょう。
そこで、少なくとも、当該シナリオという個別社会内の価値観からみて、具体的な利益衡量に基づき違法といえる場合には、その行為は違法な内縁関係破棄として、民法上も違法性を帯びると解するべきです。
この真琴と祐一の関係についてみれば、真琴は祐一との一夫一妻制に基づく婚姻を希望していたのであって、美汐・真琴・祐一のハーレム状態は、真琴は望んでいなかった。美汐との情交を知り「あぅーっ!」と言っている真琴をかわいそうと思わず、「三人のハーレム関係を結べ」というのは、日本社会の価値観からみて異常であるのみならず、Kanonの真琴シナリオ内という特殊社会内の価値観をもっても異常です。
そこで、少なくともKanonの真琴シナリオという個別具体的な状況において、祐一の行為は違法との評価をまぬかれません。そこで、やはり祐一の行為は違法と考えるべきです。
3 参考答案
第1 内縁関係の成立
1 真琴は、内縁関係の不当解消が不法行為である(709条)と主張すると考えられるが、そもそも内縁関係が成立しているか。
2 まず、祐一と真琴は、水瀬家で同居し、情交関係を結んでいるところ、真琴が「祐一とけっこんしたい...」と発言し、祐一も「結婚しようか、真琴」と述べているように、かかる情交関係は両者の婚姻を視野に入れた愛情に基づく真摯な関係であり、更に、祐一が当時可能な限りの私財をなげうってウェディングヴェールを購入し、自らキリスト教式結婚式を模した「結婚式」を執行し、かかるヴェール真琴に贈与しており、遅くとも「結婚式」を挙げた時点においては、両者の間に内縁関係は成立している。
3 なお、真琴は狐であり、法律上婚姻できないとも考えられるが、そもそも、法律上婚姻できない者同士の内縁関係も、それが不当に侵害されれば保護に値するとするのが判例であるし、 名雪が「人間だよ。言葉だって使ってるし、二本足で歩いてるよ」と述べたように、真琴はどこからどう見ても人間なのであり、仮に祐一が真琴が狐だと主張すれば、それは祐一の弁論能力欠如(民事訴訟法155条1項)のあらわれとして、その陳述が禁じられるのみであり、この点は、真琴の請求上の障害にならないと解する。
第2 「不当」破棄
1 内縁関係が成立していても、祐一が美汐と情交関係に陥り、真琴を捨てたのは、真琴が2,3ヶ月もの間行方不明であったためであり、祐一の内縁関係破棄行為は、違法性がなく、不法行為に当らないのではないか。
2 この点、真琴との従来の関係は1月足らずであり、2,3月の不在は長期間とも思える。
しかし、婚姻の場合、3年以上生死不明が続かなければ、770条1項3号の離婚事由には当らないとされている。その趣旨は、婚姻関係にある男女は、その一方がいなくなっても、長期間他方を探し続けるのが普通であり、相当程度の期間内に帰ってくれば婚姻関係を継続させるべきというものである。そして、この点は、婚姻届という形式的要件がないだけで、実質的な婚姻状態のある内縁関係にもあてはまるものである。
3 そして、上記の通り、祐一と真琴の間には、真摯で親密な、実質的には婚姻に近い程度の関係が認められる。そこで、祐一は、3年とはいわないまでも、少なくとも3ヶ月以上は真琴を探すべきであり、それ以前に美汐と情交を結んで真琴を捨てたことは「不当」破棄といえる。
第3 美少女ゲームの特殊性
1 もっとも、いわゆる美少女ゲームの社会においては、一人の男性が複数の女性との情交関係を結ぶ、いわゆるハーレム状態の存在が予定されていると解する余地がある。確かに、舞シナリオにおける舞および佐祐理さんならびに祐一の関係にも、このようなハーレム状態を見いだすことは可能である。
すると、(1)本事案においては、祐一は真琴との内縁関係を破棄したのではなく、真琴との関係と重複的に美汐との関係を結んだだけである、ないし(2)このような公序良俗違反のハーレム状態が前提となっている社会における真琴と祐一の関係について、裁判所が請求を認容することは、ある意味において違法状態に加担することになるのではないかという問題が生じる。
2 (1)の点について
(1)そもそも、ハーレム関係予定説のごとき見解は、あゆシナリオ・栞シナリオ・舞シナリオ等性質の異なるシナリオばかりか、泣きゲーたるKey作品・燃えゲーたるTYPE-MOON作品・抜きゲーたるアトリエかぐや作品等性質の異なるゲームを、「一人の男性主人公に複数のヒロインが服属する」という一律の関係として捉えるものである。かかる見解は、美少女ゲームが高度に発達した今日において、正当性を維持しえない。
(2) そこで、少なくとも、当該シナリオという個別社会内の価値観からみて、具体的な利益衡量に基づき違法といえる場合には、その行為は違法な内縁関係破棄として、民法上も違法性を帯びると解するべきである。
(3) 本件についてみれば、真琴は本来祐一との一夫一妻制に基づく婚姻を希望していたのであって、美汐の介在するいわゆるハーレムのごとき状態は、当初よりその望むところではない。美汐との情交を知り「あぅーっ!」と言っている真琴をかわいそうと思わず、「三人のハーレム関係を結べ」というのは、日本社会の価値観からみて異常であるのみならず、Kanonの真琴シナリオ内という特殊社会内の価値観をもっても異常である。よって、少なくともKanonの真琴シナリオという個別具体的な状況において、祐一の行為は違法との評価をまぬかれず、なお、違法性は阻却されない。
3 (2)の点について*12
(1) 上記のとおり、美少女ゲームだからといってハーレム関係が予定されているとは言えないのであり、公序良俗違反のハーレム関係が予定されている社会に真琴と祐一がいるという前提自体が誤っている。
(2) また、仮にそのような社会に真琴らがいたとしても、真琴は、日本の社会秩序に反する祐一の行為によって、損害を被っている以上、このような真琴を救済することは、何ら違法に加担することにならない。
(3)そこで、いずれにせよ、この点は真琴の請求を認める上で問題にならない。
第4 まとめ
以上より、真琴は祐一に対して、内縁関係不当破棄を理由に慰謝料を請求できる。
以上
まとめ
Kanonについての論考も4つ目を発表することができた。前回も本欄に書いたとおり、Kanonはエキサイティングな法律問題を多数含む、非常に法律的に面白いゲームである。拙稿がKanon法学の形成と展開に寄与できれば、最大の喜びである。
謝辞:本エントリは、名無しさんだよもん様のご発案の問題に対し、2人で議論をして作り上げたものです。名無しさんだよもん様の鋭い問題意識のおかげで、深い議論ができたことを感謝いたします*13。
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*1:7/13訂正
*2:ゲーム版真琴トゥルーエンド参照
*4:トゥルーエンド後の真琴が消滅したままか復活したかについては争いがあるが、起草者は復活説に立っていたようである(「Kanonビジュアルファンブック」参照)。本問は復活説を前提としている
*5:7/13訂正
*6:肉牛が、「生存権がある!」とか言い出したら困りますよね。
*7:さらに、民法は自然人をホモ・サピエンスに限る規定を特に置いていないから、真琴を自然人とみなすことが直ちに法に反するわけでもない
*8:すなわち「ぼろを身にまとった真琴が祐一に『あなただけは許さないから!』と申し向け、ぼろをかなぐり捨てて全身を現した時点」
*10:訴訟手続きに関与し、現実に訴訟行為、とくに弁論をするために必要な能力、7/13訂正
*11:違法性がない
*12:この論点については、後日別のエントリで書く予定です
*13:「あうっ...。」を「あぅーっ!」に訂正していただく等、Key信者様の観点からも細部にわたり非常に有益なアドバイスを多々いただきました。